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2023年12月12日火曜日

書評『水危機を乗り越える! ー 砂漠の国イスラエルの驚異のソリューション』(セス・M. シーゲル、秋山勝訳、草思社、2016)ー 水問題解決のソリューションこそイスラエルにとって人類社会への最大の貢献となる

 

「水問題」解決のためのソリューションこそ、イスラエルの最大の成果であり、これこそが今後の人類社会にとって最大の貢献となりうる。


この本を読まずにイスラエルについて語ることはできないと、つよく感じている。

というのは、ものごとにはすべて正負の両面があるが、2023年の「10・7テロ」以来、ふたたびイスラエルのネガティブな側面が前面にでてしまったからだ。

1,400人が殺害された凄惨な無差別テロへの報復として始まった、無慈悲なまでの爆撃によるガザ地区への攻撃。ハマスの戦闘員を含めたパレスチナ人の一般人の死者が、すでに2万人近くになっている。

イスラエルの国際的なレピュテーションは地に落ちてしまった。国家ブランドは毀損(きそん)してしまったのである。

信頼が回復されるまで長い時間が必要だろう。どんなに脳天気な人間でも、さすがに手放しで礼賛するのは避けようとするに違いない。

イスラエルがこの状態から脱するには、軍事や戦争とは関係性の低い「民政分野での貢献」で国際的な信用を回復することが求められる。たとえ、それが地味であっても、地道で息の長い協力が必要だ。

だからこそ、イスラエル人の長年の汗と知力の結晶ともいうべき、水問題解決のソリューションで国際貢献を推進すべきなのだ。



■人間の生存に水は不可欠。国家の生存に水は不可欠

人間にとっては、水がなければ生存すらおぼつかない。これは断食を体験してみればすぐにでもわかることだ。水だけでも、人間は数日なにも食べなくても大丈夫である。

もちろん、水だけでは人間は生存できない。とはいえ、食物となる動植物も水が必要不可欠だ。土があっても、水がなければ作物は栽培できないのである。植物がなければ動物も生存できない。食物連鎖の最上位にある人間にとっては、言うまでもない。

都市や国家を維持するために水がいかに重要か、これは歴史が示している。

水の重要性を熟知していたからこそ、高度な土木技術で水道を建築したのがローマ帝国であった。身近なところでいえば、玉川上水の掘削によって百万都市江戸を支えたのが徳川幕府であった。

ただし、これらはみな水には恵まれた地域に誕生した国家であった。

イスラエルは、国土の大半が砂漠という恵まれない土地である。だからこそ、建国以前から、ベングリオンをはじめとする入植活動のリーダーたちは、将来の人口増大を支えるため、いかにして水を確保するかを重要なテーマとして捉えていたのである。

日本のような水に恵まれた国でも「節水」が呼びかけられているが、イスラエルにおいては、「節水」は国家安全保障そのものといっていい。

社会主義経済として始まったイスラエルだが、冷戦崩壊後の規制撤廃による自由化で1990年代以降に資本主義経済化が進展したあとも、水だけは国家管理が徹底しており、水問題を政争の具につかえないよう、政治介入を回避する制度的な仕組みが確立している。

「水の一滴」もムダにしないこと、これが幼時の頃から徹底してたたき込まれるのである。しかも「節水」だけでなく、排水や汚水をいかに再利用し、豊富な海水をいかに淡水化して利用するかも課題となってきた。

およそ水にかんする、ありとあらゆる問題解決にチャレンジしてきたのがイスラエルである。国家としてのサバイバルのために不可欠だったからだ。





■イスラエルが生み出してきた水問題解決技術

水問題の解決のため、イスラエルが生み出してきたソリューションには以下のようなものがある。いずれも現場で発生している問題を、机上の空論ではなく、あくまでも実学として現実的に取り組んできた成果である。


わずかな水をムダにすることなく、効率的に農作物を栽培するための画期的な技術である。基本的にローテクだが、発想がすばらしい。流量調整が可能で、施肥も灌漑によって行うことが可能となる。

また、生活排水を再処理してリサイクルし、「再生水」を農耕用に確保することを可能としただけでなく、水パイプラインの敷設によって砂漠を農地に変えることに成功してきた。

廃水処理は地下水の汚染をふせぐことにつながり、また土地の「塩害」や「砂漠化」を防ぐための取り組みも積極的に取り組んできた。

「逆浸透膜」をつかって海水を真水に変える技術も開発し、海水から塩分を除去するプラントが建設されている。地中海や紅海に面したイスラエルにとって、海水は豊富に存在する水資源であり、これをつかわない手はない。

さらに、こういった水問題解決のソリューションは、IT化と合体することでパワーアップしている。集中管理センターでのモニター管理が可能となり、たとえば水道管の漏水の早期発見と対応が可能となっている。漏水は節水の敵である。道路陥没の原因でもある。

このほか水関連のさまざまな分野で DX化(=デジタル・トランスフォーメーション)が進展していることに注目すべきであろう。IT分野での先進国イスラエルならではというべきだ。

水問題解決のソリューションは、従来は国家主導で行ってきたが、経済自由化後の現在では国家機関はテクノロジー・インキュベーターとしての役割をはたし、水関連技術のニッチ分野での民間のスタートアップの参入を促がしてきた。

この結果、イスラエルでは各種の「ウォーター・ビジネス」が誕生し、さらには技術輸出によるグローバルな「水市場」の創出に成功している。国内市場の小さなイスラエルとしては理想的な展開である。

水に恵まれた日本人には想像しにくいが、水不足に起因する衛生問題など、水問題に苦労している人びとは世界中でひじょうに多いからだ。しかも、気候変動と環境問題の悪化で、水を求めて「難民」も発生するようになってきている。

建国後の早い時期からのアフリカ支援に加え、国家承認を避けられてきたインドや中国といった大国との関係構築が可能となったのも、水関連ソリューションのおかげである。日本人が知らない世界がそこにある。

水問題にかんしては、日本はイスラエルとは違った意味で水道が危機的な状況にある。この現状を踏まえたうえで、日本人も水問題に主体的な関心をもつことが必要だ。



■米国とイスラエルが密接な関係になった背景にも水問題

トルーマン大統領が議会の反対を押しきって、いちはやく独立直後の1948年にイスラエルの国家承認を行ったことが、米国との密接な関係の始まりにあるとされている。

米国がイスラエルとの関係を深化させたのは、1960年代に入ってからだ。「第3次中東戦争」(1967年)では、それまで武器を供与してきたフランスが親アラブ政策に転じたため、代わって米国が軍事援助を行うようになって現在に至っている。

だが、それだけではない。ケネディ大統領暗殺後に副大統領から昇格したジョンソン大統領は農村出身であり、水問題に対する関心の深さにかんしては、イスラエルの政治指導者と問題を共有していたことも大きい。

建国の父ベングリオンだけでなく、第3代首相となったエシュコルも水問題に大きな関心をもって、米国との関係強化と関係深化につとめたのである。これは知られざる重要な歴史の一コマというべきだろう。ユダヤ系米国人の著者ならではの歴史掘り起こしである。

ニクソン政権になってからは、水問題における重要性が劣後したようだが、環境問題の悪化で水不足に転じたカリフォルニア州を中心に、水問題のソリューションをつうじたイスラエルとの関係も重要性を増してきている。

米国のような先進国もまた、水問題を避けて通れなくなっているのである。



■水問題の解決こそ地域安定化のためのカギ

水問題の解決こそ地域安定化のためのカギである。イスラエルにとっては、とくに近隣のヨルダンとパレスチナの安定が重要である。

ヨルダン川を挟んで東岸で隣接するヨルダン王国とは、水管理の点からも密接な関係を構築している。水源となるヨルダン川と死海は両国の共同管理である。

パレスチナ自治区においても、ほぼ100%に近く水道が敷かれている。この事実は知っておくべきだろう。国連決議を無視して行われているユダヤ人入植地だけでなく、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区全域においてのことある。

ただし、イスラエルが管理する地区と、自治政府が管理する地区ではメンテナンス面などにおいて違いがでているようだ。水泥棒に対する警察権の行使にも違いがでている。

「10・7」テロ後に水や燃料などがストップされ危機的状態になっているガザ地区だが、ハマスが実効支配するガザ地区では、西岸とは違って、はるか以前から水問題が深刻な状況にあったことが本書をよむとわかる。イスラエルが2005年にガザ地区から撤退後、ハマスはイスラエルとの協力を拒んできたからだ。

ガザ地区の深刻な水問題とは、地下水くみ上げによる枯渇、廃水による土壌汚染、汚染水の垂れ流しによる地中海の海洋汚染などである。水問題という観点から、人口増大への対応を行ってきたハマスの責任はきわめて重い。

軍事的手段による「ハマス排除」がいつ、いかなる形で完了するのか現時点ではわからないが、戦争終了後にはイスラエルは民生面で「ガザ地区再建」の責任を果たさなくてはならない。これは当然の責務である。国際社会の目を意識してもらいたい。

さらにいえば、長期的な展望として、水問題の解決がイスラエルとその周辺地域の安定化に貢献することを期待したい。いかなる体制になろうと、共存共栄のための大前提が、水の確保と水問題の解決にあることは、イスラエル自身の経験からも明らかである。

政治面だけではなく、水問題解決という点から地域安定化のカギを見いだすことが可能ではないだろうか。関係者がみな、冷静に考えることが必要であろう。


(Israel's solution for a water-starved world | Seth M. Siegel | TEDxTelAvivSalon)



■「イスラエルによる水問題解決の歴史」と題すべき内容

イスラエルによる水問題解決への取り組みの全体像を知るうえでは、きわめてすぐれたノンフィクションである。

技術関連の説明が少なく、「人工降雨」技術については数行だけで済まされていたのが残念ではあるが(・・イスラエルは2021年以降は人工降雨は実行していないようだ)、じつによく調べて、しかも整理して書れており読み応えがある。同族としての共感と適度な距離感を維持している、ユダヤ系米国人ならではのイスラエル理解である。

日本語タイトルは、原著タイトルの Let There Be Water: Israel's Solution for a Water-Starved World と同様に、イスラエルは副題に隠れてしまっているが、内容的には「イスラエルによる水問題解決の歴史」とでもすべきである。

水が豊富な日本とは真逆のイスラエルは、水に乏しいという「逆境」を逆手にとってサバイバルしてきた。国際関係は、政治だけを見ていただけではわからない。ビジネスと経済、そして技術の視点が不可欠なのである。

『水危機を乗り越える!』は、水問題に関心のある人は言うまでもなく、イスラエルに関心のある人も読むべき本である。英語版でもいいと思ったが、専門用語が多いので日本語訳で読んだほうがいいかもしれない。訳文は正確で読みやすい。







目 次
はじめに 人口 中流階級の台頭 気候変動 汚染水 漏水 世界のソリューションモデル
第1部 水資源立国への道
 第1章 水を敬う文化
 第2章 水は国が管理する
 第3章 給水システムを経営する
第2部 水を生産する
 第4章 したたる水で作物を育てる
 第5章 廃水をふたたび水にもどす
 第6章 海水を真水に変える
 第7章 豊かな水の国に
第3部 国境を越える水問題
 第8章 グローバルビジネスとなった水
 第9章 水の地政学―イスラエル、ヨルダン、パレスチナ
 第10章 水の外交―中国、イラン、アフリカ諸国の場合
 第11章 豊かなはずの国の水危機―ブラジル、カリフォルニアの場合) 
第4部 イスラエルのソリューション
 第12章 水の哲学
謝辞
訳者あとがき
原註
インタビュー一覧
参考文献


著者プロフィール
セス・M・シーゲル(Seth M. Siegel)
1953 年、ニューヨーク生まれ。ユダヤ系米国人ビジネスマンで、作家にして活動家。コーネル大学卒業後、エルサレムのヘブライ大学に留学。帰国後にコーネル大学のロースクールで法学博士の学位を取得。知財関係のビジネスを起業、のちに売却。 
水資源、国家安全保障、中東問題で「ニューヨーク・タイムズ」、「ウォールストリート・ジャーナル」等に寄稿、フォーリン・アフェアーズ外交問題評議会員、国際連合広報局のNGOセミナーなどで講演活動。ブロードウェイのミュージカルのリバイバル公演のプロデューサーをつとめるなど多彩な分野で活躍している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものにWikipedia情報で加筆)

日本語訳者プロフィール
秋山勝(あきやま・まさる)
立教大学卒業。出版社勤務を経て翻訳の仕事に。訳書に『テクノロジーが雇用の75%を奪う』『アメリカの中学生はみな学んでいる「おカネと投資」の教科書』(以上、朝日新聞出版)、『アベベ・ビキラ』『死を悼む動物たち』『他人を支配したがる人たち』『若い読者のための第三のチンパンジー』(以上、草思社)。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)




<関連記事>

・・危機的状態になる以前から、ハマスが実効支配するガザ地区の水問題が深刻だったことは、本書をよむとわかる

・・井戸水くみ上げ過ぎで、地下水位が下がり海面上昇しているガザ地区では、水源である地下水が飲料に適さなくなっている。そのうえ、さらに海水を流し込むことは、非人道的な行為としかいいようがない。水で世界から賞賛されたイスラエルのやることではないことに、イスラエルは気づくべきだ。イスラエルはさらに国際的レピュテーションを下げることばかりやっている。愚か者どもよ(怒)

(2023年12月16日 情報追加)


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・・ドリップ灌漑など意すれる発の農業テクノロジーは、水テクノロジーあってこそ


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・・水さえ飲んでいれば人間はすぐに死ぬことはない。逆にいえば、水がなければ人間は死ぬ


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2023年1月28日土曜日

書評『佐久間象山 上・下』(松本健一、中公文庫、2015)― 「殖産興業」と「富国強兵」路線を先取りした「革命思想家」の生涯

 

『佐久間象山 上・下』(松本健一、中公文庫、2015)を読了。帯によれば、著者が「病床で手を入れた最後の本」だという。原本は『評伝 佐久間象山』というタイトルで2000年に出ている。  

文庫化されて購入してから8年、積ん読のままだった。先日ようやく陽明学の山田方谷(やまだ・ほうこく)の評伝を読んだこともあり、「佐門の二傑」と呼ばれたライバルの佐久間象山も読まねばなるまいと思って、ついに読むことにした次第。  




読み応えのある評伝であった。上下あわせて700ページ近いボリュームだが、まったく飽きさせない。

「革命思想家」であったと著者がいう象山の生涯を描いて、この作品を越えるものはなかろう。 

明治維新後の殖産興業と富国強兵路線を先取りし、その見取り図を描いた先覚者である。朱子学者として出発し、「格物究理」(=格物致知)から西欧の科学と技術の「理」を「究」めようとした洋学者でもあった。 


(『省諐録』のなかで「詳証術」=数学の重要性を説く象山)


尊王も攘夷も超えた次元での「日本」を想定していた愛国者であり、最期はテロの嵐が吹き荒れた幕末の京都で、長州攘夷派による凶刃に倒れている。 愛弟子であった吉田松陰の弟子達によるものだけに、なんとも皮肉な話である。

山田方谷とのからみでいえば、昌平黌では朱子学を講じながらも、陽明学への傾斜を隠さなかった儒者の佐藤一斎。その陽明学の側面に大きな影響を受けたのが方谷であれば、徹底的に朱子学にこだわったのが象山であった。 その意味では、象山にとっての佐藤一斎は反面教師であったようだ。

プライドのきわめて高い象山は、朱子学については自分でやるから教わる必要はない、文章については一斎に学ぶべきものがあるとして実行していたという。象山らしいエピソードである。 


(文庫版の帯)


そんな象山を代表するものとして著者が引き出し、本書を貫く主要旋律となるがのが、帯にも引用されている、つぎの2つのフレーズである。 

●「夷の術を以て夷を制す」 
●「宇宙に実理は二つなし」 

あくまでも愛国者の立場から、「夷」(=西欧)の技術でもって「夷」(=西欧)を制するとする。地球が一体化した時代に真理は一つしかないとする。東洋だろうが西洋だろうが、真理は一つである。だから、西洋の技術を徹底的に身につけることで、他者に侮られない強い自分をつくることができるのだ、というのが趣旨である。 

象山といえば、「東洋道徳・西洋芸術」(・・ここでいう芸術とは技術のこと)がよく知られている。のちに「和魂洋才」という通俗的なフレーズで一般に知られることになるが、著者はそれでは象山をつかみきれないとする。だから、先の2つのフレーズなのだ。 とくに後者の「宇宙に実理は二つなし」は、象山の思想の歴史的意味を考えるうえできわめて重要である。

もともと朱子学者であった象山は、アヘン戦争(1840年)の衝撃のなかで「夷の術を以て夷を制す」を歩むことになる。34歳ではじめてオランダ語を学び、たった2ヶ月でマスターしたという猛烈ぶりだ。 

佐久間象山といえば、愛弟子の吉田松陰を黒船に密航させようとして失敗したことでも知られているが、その本意は「夷の術を以て夷を制す」にあったのである。間者として米国に送り込んで敵情を知る。「敵を知り己を知れば・・」の孫子の兵法である。あくまでも軽挙妄動を戒めていた。 

「宇宙に実理は二つなし」は、もう一人の愛弟子であった長岡藩士の小林虎三郎が帰郷する際にあたえた文章にでてくるという。小林虎三郎は「米百俵」の人である。かれは吉田寅次郎(=松陰)と並んで象山門下の「両虎」と呼ばれていたという。


(象山の『省諐録』は明治4年に勝海舟の尽力で出版された)


佐久間象山については、ずいぶん昔から親しくその名前を知っていた。たぶん勝海舟の『氷川清話』を中学生のときに愛読していた以来のことだろう。

だが、あくまでも蘭学者(=洋学者)としての興味に限定されていたように思う。 今回、松本健一氏による評伝を通読して、朱子学者として出発したその生涯をはじめてくわしく知った。


(中学時代に購入した岩波文庫の『省諐録』 もちろん読みこなせるはずもなかったが・・)


象山の『省諐録』(せいけんろく)は昔から読んできたが、松本健一氏の本書はその注釈書にもなりうる。 逐条解説というわけではないが、重要な文章を取り上げて論じているからだ。

引用された象山の文章にのほぼすべてに現代語訳がなされている。ややうっとおしい感もなくはないが、漢文訓読体になれていない人には、大いに助けとなるだろう。 

明治維新から150年、途中にはさまざまな紆余曲折があったものの、基本的に佐久間象山が見通していた道を歩いてきた日本。

あらためて佐久間象山という思想家について知ることは、日本の行く末について考えるためにも重要ではないか。


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目 次 
序章 象山暗殺
第1章 宇宙に実理は二つなし
第2章 非常の時、非常の人
第3章 『省諐録』 
第4章 異貌のひと 
第5章 東アジア世界図の中に 
第6章 夷の術を以て夷を制す 
第7章 黒船来航 
第8章 開国
第9章 幽閉生活のなかで
第10章 再び幕末の動乱へ
第11章 統一国家のために
終章 人事の尽くるところ
佐久間象山人間関係図


著者プロフィール
松本健一(まつもと・けんいち)
日本の評論家、思想家、作家、歴史家、思想史家。麗澤大学経済学部教授。 中国日本語研修センター教授、麗澤大学経済学部教授、麗澤大学比較文明文化研究センター所長、一般財団法人アジア総合研究機構評議員議長、東日本国際大学客員教授、内閣官房参与(東アジア外交問題担当)などを歴任した。主な著書に『近代アジア精神史の試み』(岩波現代文庫、アジア・太平洋賞受賞)、『日本の近代1 開国・維新』(中公文庫、吉田茂賞)、『評伝北一輝 全五巻』(中公文庫、毎日出版文化賞・司馬遼太郎賞)など多数。2014年没。(本データは『「孟子」の革命思想と日本』2014年が刊行された当時に掲載されていたものに wikipedia 情報で加筆)


<関連サイト>

・・冒頭に米国の思想家エマソンの一節が引用されている。
Trust thyself : every heart vibrates to that iron string. ――Emerson.


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2022年1月19日水曜日

書評『2030 半導体の地政学-戦略物資を支配するのは誰か』(太田泰彦、日本経済新聞出版、2021)-現在を知り近未来を考えるための必読書

 

いまや国家の命運を制する「戦略物資」となった半導体について考えることは、世界の現状と日本の近未来について考えるために必要不可欠といっていい。 

昨年2021年後半になって、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に終息の方向が見え始めてからモノ不足が顕在化してきたが、それ以前から不足が問題となっているのが半導体だ。すでに5Gの時代となっている情報通信機器だけでなく、自動車のEV化によるエッジ・コンピューティングが膨大な需要を生み出している。 

1980年代後半の「日米半導体戦争」のまっただなか、半導体は「産業のコメ」といわれていたが、もはやそんな比喩はまったく意味をなさない。2020年代の「米中経済戦争」の中心テーマもまた、最先端の半導体をめぐるものだ。 

そしてまた、「地政学」の適用範囲は、陸・海・空さらには宇宙空間といったリアル世界だけでなく、仮想空間であるサイバースペースにまで拡張する必要が生じている。半導体が絶対不可欠の戦略物資となっただけでなく、地政学そのものも、その意味と内容にかんして再考を迫られているのである。

 本書は、米中経済戦争というホットイシューと、そのカギを握り米中の争奪戦のターゲットとなっている TMSC を擁する台湾、そして Samsung の韓国、さらには半導体をめぐる競争で大幅に遅れをとってしまった日本の現状と今後の可能性について、広範囲から取材し、考察を行っている。 

そんな本書において薬味となっているのがシンガポールにかんする考察だろう。シンガポール駐在体験がありその関連書を著書としてもつ著者は、旧来の地政学においてもチョークポイントであるマラッカ海峡に近接するシンガポールだが、サイバースペースにおける地政学においても無視できない存在となっている。また、カフカースの知られざる IT立国アルメニアなどにも目を向けており興味深い。 

理系出身の記者の書いた、国家の命運を左右する戦略物資としての半導体をめぐる政治経済状況をビジネス書。1961年生まれで、わたしとほぼ同世代のこの記者は、1985年から長年にわたって半導体を担当して、その盛衰を見てきた人だ。 見てきた風景の一部は重なっている。

現役のビジネスパーソンなら、世界の現在を知り、近未来を考えるために、いま絶対に読むべき本だと強調しておきたい。 




目 次
序章 司令塔になったホワイトハウス
Ⅰ バイデンのシリコン地図
Ⅱ デカップリングは起きるか
Ⅲ さまよう台風の目-台湾争奪戦
Ⅳ 習近平の百年戦争
Ⅴ デジタル三国志が始まる
Ⅵ 日本再起動
Ⅶ 隠れた主役
Ⅷ 見えない防衛線
終章 2030年への日本の戦略
あとがき


著者プロフィール
太田泰彦(おおた・やすひこ)
日本経済新聞論説委員兼編集委員。1961年生まれ。北海道大学理学部卒業(物理化学専攻)、1985年に入社。米マサチューセッツ工科大学(MIT)留学後、ワシントン、フランクフルトに駐在。2004年より編集委員兼論説委員。一面コラム「春秋」の執筆を10年間担当した。2015年に東京からシンガポールに取材拠点を移し、地政学、通商、外交、イノベーション、国際金融などをテーマにアジア全域で取材。2017年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。著書に『プラナカン-東南アジアを動かす謎の民-』(日本経済新聞出版社、2018)がある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに情報追加)。



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2021年8月14日土曜日

『MITテクノロジーレビュー〔日本版〕vol.4/summer 2021』(アスキームック、2021年)で「世界を変える10大技術」を読む-それでも、テクノロジーは社会を変えるチカラをもっている!

 

モニタープログラムに応募したところ採用され、無償でいただいたので読んでみた。メルマガ登録して、ふだんは主要記事の目次に目を通している程度だが(・・ときどき記事本体も読んでいる)、まとまった形でムック版を読むのは初めてだ。 

特集「世界を変える10大技術」は、米国版の『MIT Technology Review』で20年前からつづいている特集「10 Breakthrough Technologies」の最新版だ。その年のもっとも重要なテクノロジーを選んだものだ。 


1. メッセンジャーRNAワクチン(Messenger RNA Vaccines) 
2. GPT-3 
3. TikTok の「おすすめ」アルゴリズム(TikTok Recommendation Algorithms) 
4. リチウム金属電池(Lithium-Matal Batteries) 
5. データ信託(Data Trust) 
6. グリーン水素(Green Hydrogen) 
7. デジタル接触追跡(Digital Contact Tracing) 
8. 超高度精密側位(Hyper-Accurate Positioning ) 
9. リモートシフト(Remote Everything) 
10. マルチスキルAI(Multi-Skilled AI) 


■コロナワクチンに採用された「mRNA治療技術」は過去20年間の研究蓄積があってこそ花開いたテクノロジーだ
 
「10大技術」のいちばん最初にくるのが「メッセンジャーRNAワクチン」であるのは、この時節柄ほとんど誰にも異議はないだろう。 

新型コロナウイルス感染症対策として、日本でいま接種が推進されている「ファイザー」( ビオンテックの共同開発)と「モデルナ」の2大主要ワクチンは、いずれも mRNA 技術にもとづくワクチンだ。 

感染爆発から1年もたたないうちに開発に成功したのは、20年にわたる研究蓄積があったからだ。その背景となるストーリーが興味深い。 

「mRNAテクノロジー」を含めた「10のテクノロジー」は、世界に与えた(あるいはこれから与えるであろう)インパクトに注目して選出されたようだが、順位に意味のある「ランキング」として捉えるべきではないだろう。 

もちろん、話題性といった要素も加味されているだろう。だが、技術の内容そのものや、経済やビジネスという観点からだけ捉えられたのでもない。あくまでも社会とのかかわりから、その技術の重要性と可能性に着目したものだ。テクノロジーは、それじたいが素晴らしいものではない。 

前書きに記された文章に説得力がある(*太字ゴチックは引用者による)

振り返ってみると、2020年はこうした以前から「出番待ち」だったテクノロジー花開いた花開いた1年だったといえる。人びとが道具や方法を変えながらも、何とかして仕事や学び、遊びを維持し、生活を取り戻そうとしたとき、、テクノロジーは実際に役立ったのだ。

テクノロジーは社会をよい方向へ変えるチカラをもっていることは、多くの人びとが実感しているところだろう。

すくなくともコロナウイルス感染症対策のワクチンにかんしては、ワクチン拒否派すら、ワクチンの有効性を認めざるをえない方向に向かうことを余儀なくされつつある。


■2001年版の「10大技術」の20年後の「振り返り」が興味深い

関連記事として「技術楽観主義の再来-テクノロジーは明るい未来を照らすのか?」と題して、20年前の2001年に発表された「ブレークスルー10」の解説が興味深い。

20年後の振り返りから得られた教訓が4つあげられている。 

「教訓1 進歩は得てして遅い」 
「教訓2 危機で状況が一変することもある」 
「教訓3 思いもしない方向へ行くことがある」
「教訓4 どう進歩するかが重要となる」 

この4つの教訓は、いずれも大いに納得されるものだ。 

2021年版の「世界を変える10大技術」もまた、10年後や20年後に振り返ったら、面白い結論が得られるに違いない。現在話題になっている技術も、期待通りに(予想通りに)進歩するという保証はないからだ。 

2011年の「福島原発事故」を体験している以上、日本人だけでなく人類全体が、脳天気なまでの手放しの「技術楽観主義」は、もはや持ち得ないものとなっている。

だが、それでもテクノロジーは社会を変えるチカラをもっていることは力説すべきだろう。地球環境問題など、解決しなければばらない問題は山のように存在するからだ。 

テクノロジーが本来的に抱えている「負の側面」をいかに制御しながら、社会をよくするために善用していくか、そのためには専門技術者以外の一般人も、技術を読むリテラシーを高めていくことが必要不可欠だと、あらためて感じている。 本書は、その一助となるだろう。

この特集号を、隅から隅まで読んでみて、そう思った次第だ。 





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2020年1月5日日曜日

千葉県立現代産業科学館(市川市)に行ってみた(2020年1月5日)-「電気・石油・鉄鋼」を中心にした近代産業史のミュージアム

(千葉火力発電所タービンローター 筆者撮影)

千葉県立現代産業科学館(市川市)に初めて行ってみた(2020年1月5日)。初詣のついでの3軒目の立ち寄りである。

これまた初めて訪問した市川市文学ミュージアムはメディアセンターのなかにあるのだが、その隣の建築物が「千葉県立現代産業科学館」であることを Google Map で知った。地図を表示すると出てくるからだ。気になって当然だ。

「千葉県立現代産業科学館」は名前だけは知っていたが、訪れるのは今回が初めてだ。もともと予定には入れてなかったが、なにごとも思い立ったら実行すべきである。この機会を逃したら、行く機会はなかなか訪れないだろう、ということで訪問実行

千葉県の工業というテーマで一貫しているのかなと思ったが、むしろ現代の産業社会を成り立たせている「電気・石油・鉄鋼」を軸に(このいずれも京葉工業地帯のからみではある)、その他の先端産業について、子どもから大人まで啓蒙するのが目的のミュージアムであった。


(ベッセマー転炉 筆者撮影)

(上記の説明書きの拡大)

メインの展示は2階の「電気・石油・鉄鋼」で、工業史、産業史といった観点での展示が楽しめる。ベッセマー転炉は、1/2サイズの模型だが、はじめて実物を見た。なるほど、こういうものか、と。

一昨年のことになるが、「韮山反射炉」を見に行ってきた 際に気になっていたのがベッセマー式だ。幕末に日本各地で反射炉が建設された時点では、すでに最先端の鉄鋼製造はベッセマー式になっていたことを知ったので気になっていたのだ。

京葉工業地帯にある川崎製鉄の高炉もある。1953年に建設当時は世界最先端の製鉄設備で、1977年まで現役で使用されていたらしい。「技術史的にも、世界の大型一貫製鉄所の先駆けとなった鉄鋼業発展の記念碑的存在」とある。


(川崎製鉄千葉製鉄所1号高炉 筆者撮影)

(上記の説明書きの拡大)

メインの展示は2階だが、1階には「放電体験コーナー」がある。現代産業の中心にあるのは電力だが、自然現象である雷と電力ネットワークを守る避雷という観点から、放電現象を目の前で見せてくれる10分間の体験。大音響で火花が散るのを見るのは、なかなかの体験だ。

今回は、いろいろ回ってから立ち寄ったので(なんせ立ち寄りの3軒目だ)、すこし歩き疲れたこともあって見学はだいぶ省略したが、次回以降はもっとじっくり見学してみたいと思った。









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「韮山反射炉」を見に行ってきた(2018年4月21日)-日本人なら一度は見学しておきたい反射炉は、まさに「百聞は一見にしかず!」の産業遺産
・・この当時すでに英国ではベッセマー転炉が開発されていた

書評  『「夢の超特急」、走る!-新幹線を作った男たち-』(碇 義朗、文春文庫、2007 単行本初版 1993)-新幹線開発という巨大プロジェクトの全体像を人物中心に描いた傑作ノンフィクション

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鎮魂!戦艦大和- 65年前のきょう4月7日。前野孝則の 『戦艦大和の遺産』 と 『戦艦大和誕生』 を読む



 
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