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2020年2月5日水曜日

書評『カント先生の散歩』(池内紀、潮文庫、2016 単行本初版 2013)― カントについて関心のある人、そうではなくても池内紀ファンなら読む価値あり



先日惜しくもお亡くなりになったエッセイストでドイツ文学者の池内紀さん。その知られざる1冊がこれ。『カント先生の散歩』(潮文庫、2016)。 

「知られざる」と書いたのは、潮(うしお)文庫なんて、存在そのものすら忘れていたマイナーな文庫だから。潮文庫を置いている書店も、あまりないしね。 

じつは私もつい最近知ったばかりなのだ。潮出版社のインド関連の本を読む機会があって、試みに amazon で潮出版からどんな本が出てるのかなと検索していたら、この本が出てきた。おお、こんな本があったのか! というわけでさっそく注文。届いたらすぐに読んでみた。

さすがに「散歩中」というわけにはいかないが、「電車での移動中」の読書には最適だ。薄くて軽く読める本だが、内容は面白い。 

カントの哲学書は、正直いって私も途中で読むのを断念している(苦笑)。ところがカントには『人間学』なんて面白い本がある。大学の講義を元にしたらしい。このほか『永遠平和のために』は、21世紀のいまでも読むべき本であって、短いし比較的読みやすい内容だ。 

池内さんは、その『永遠平和のために』の翻訳もしていたらしいと、この文庫本で初めて知った。その翻訳のための調べ物がから生まれたのが、この本のもとになった連載。その連載が、月刊誌『潮』だから、潮出版社から初版がでて、さらにその3年後に文庫化されたというわけ。 

池内さんの『ゲーテさん、こんばんは』(集英社文庫)も面白いが、おなじく18世紀に生きたドイツ人を描いた、この『カント先生の散歩』もいい。味のある作品だ。 

哲学者カントのじつに人間臭い側面、哲学書が生まれた背景にディスカッション・パートナーとして一卵性双生児のような英国人商人が存在したことの意味など、なるほどというエピソードに充ち満ちている。カント哲学は、けっして孤独な思索から生まれたわけではなく、対話から生まれたのである。

世の中全般に通じていた雑学的知識の持ち主で、会食の席で座を盛り上げる名手だったことなど、読んでいて楽しくなってくる。 

そして人間である以上、誰もが避けられない老いについて。頭脳明晰な哲学者カントも、寄る年波には勝てず、介護されながら老衰していく。カントの老いを詳しく描いているのは、著者自身が老境に入っていたためだろう。 

長々と書いてしまったが、カントについて関心のある人、そうではなくても池内紀ファンなら読む価値あり。この本を読めば、哲学者カントについて知ったかぶりができるようになりますよ(笑)


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<ブログ内関連記事>

JBPress連載コラム第29回目は、「ロシアの「飛び地」に見る国境線のうつろいやすさ-Wカップの舞台となったカリーニングラードの歴史」 (2018年7月3日)
・・現在のカリーニングラードは、かつてケーニヒスベルクと呼ばれていた東プロイセンの首都だった。カントが生涯を過ごしたバルト海の港町である

書評 『富の王国 ロスチャイルド』(池内 紀、東洋経済新報社、2008)-エッセイストでドイツ文学者による『物語 ロスチャイルド家の歴史』

書評 『ことばの哲学 関口存男のこと』(池内紀、青土社、2010)-言語哲学の迷路に踏み込んでしまったドイツ語文法学者


『ミヒャエル・エンデが教えてくれたこと-時間・お金・ファンタジー-』(池内 紀・子安美知子・小林エリカほか、新潮社、2013)は、いったん手に取るとついつい読みふけってしまうエンデ入門


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2018年12月24日月曜日

クリスマスに「贈り物」を! ― 『キリスト教は邪教です! 現代語訳「アンチクリスト」』(ニーチェ、適菜収、講談社α新書、2005)



本日は、クリスマス・イブ。イエス・キリストの誕生日の前日。だから、そんな日に最適な「贈り物」はいかがかな? それは、『キリスト教は邪教です! 現代語訳「アンチクリスト」』(ニーチェ、適菜収、講談社α新書、2005)。 

「エセ保守」を徹底的にたたき続ける評論家の出発点がこの「超訳」。10年ぶりにざっと再読してみたが、中高生でも読める、じつにわかりやすい翻訳だと確認。 

 原書は1895年の出版だが、執筆されたのは1888年。ニーチェが精神錯乱する前の最後の年に、絞り出すように書かれたものだという。つまりニーチェはバーンアウト(=燃え尽き)してしまったということだ。それくらい、生命をかけて書かれた本なのだ。倒れてから11年後にニーチェが死んだ。享年55歳。 

内容は、キリスト教への「告発状」。結論、すなわち「最終判決」は、「被告・キリスト教は有罪です」。 末尾の文章を引用しておこう。 


キリスト教は、消え去ることのない人類最大の汚点です。 しかも暦は、こういう悲惨なことが始まった縁起の悪い日をもとにして、数えられています。どうして、キリスト教の最後の日をもとにして時を数えないのでしょうか。 今日をもとにして。すべての価値を転換せよ!

なぜ「キリスト教」と「キリスト教の神」が諸悪の根源だとニーチェが言うのか、それはこの本を直接読んで頂くのが手っ取り早い。中高生でも読んで理解できると思うので、この機会にいかが? 一気読みできますよ。でもそれでは、もったいないかも。 

英語の gift は「贈り物」という意味だが、大文字で始まるドイツ語の名詞 Gift には「毒」という意味がある。つまり、「贈り物」は「毒」だということだ。 

「毒」に充ち満ちたニーチェのこの本は、人類への「毒入りの贈り物」ということになるのかな? あえてクリスマスイブにぶつけてみました。 


PS 私はキリスト教信者を誹謗中傷するつもりはありません。あくまでもニーチェがそう言っているのだという紹介ですよ。


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目 次   
訳者から-本来の神の姿をゆがめたキリスト教 
はじめに  
第1章 「神様」ってそういうことだったのか  
第2章 キリスト教が世界をダメにする  
第3章 キリスト教はイエスの教えにあらず  
第4章 戦争を生み出す『新約聖書』  
第5章 敵はキリスト教なり 





<ブログ内関連記事>

書評 『日本をダメにしたB層の研究』(適菜収、講談社+α文庫、2015)-徹底した「近代」批判の書は俯瞰的に左右両極を叩く

書評 『全体主義と闘った男 河合栄治郎』(湯浅博、産経新聞出版、2016)-左右両翼の全体主義と戦った「戦闘的自由主義者」と戦後につながるその系譜

書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ

「精神の空洞化」をすでに予言していた三島由紀夫について、つれづれなる私の個人的な感想


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2015年12月20日日曜日

書評 『使える哲学-ビジネスにも人生にも役立つ-』(古田博司、ディスカヴァー・トウェンティワン、2015)-使えなければ哲学じゃない!?


タイトルは『使える哲学』、副題は「ビジネスにも人生にも役立つ」。出版社はディスカヴァー・トウェンティワン。ユニークな内容のビジネス書でヒットを連発している出版社から出た本だ。哲学分野の「実用書」というべきか。

内容は、前著の『ヨーロッパ思想を読み解く』(ちくま新書、2014)を一般向けにさらにわかりやすく説いたもの。図版を豊富に使用したうえに、語り口が「ですます調」なので読みやすい。「ですます調で」通したのは、もしかして著者にとっては初の試みかもしれない。

目次は以下のとおり。

1. 日本人には見えなかった西洋哲学の秘密
2. 「向こう側」からイノベーションが起こる
3. 「使える学問」と「使えない学問」
4. 仕事の意味、生きる意味を見つける

本書のキーワードは「向こう側」である。さらにいえば、「有用性」あるいは「効用」もまたキーワードであるといえよう。

今回の新著によって、西洋哲学を読み解くカギとして著者が提示するキーワード「向こう側」の意味がより理解しやすくなったのではないかと思う。 とくに、「向こう側」の説明が図解によって明快になったといえる(・・ただし、わたしなら「向こう側」という表現よりも、「この世にありながら目に見えないもの」(invisible in this world)と表現したいところではある。無意識のうちに「世間」にからめとられている日本人には、なかなか著者のいう「向こう側」が見えてこない。

著者は、戦後日本の社会科学や人文科学の発想を規定してきたドイツ哲学にネガティブな評価を下し、それに対してイギリス哲学の有用性を高く評価している。

1962年生まれのわたしは、まさに社会科学研究がドイツ流から英米流へと転換する端境期(はざかいき)を体験しているので、著者が言わんとすることはよく理解できる。だが、一世代前の1953年生まれの著者がその渦中にあった、ドイツ的思考方法が支配していた時代は、著者にとってはまさに災難としかいいようがないのであろう。そんな著者にとっては、哲学というと、いまだにカントやヘーゲルが引き合いに出されることにヘキエキしているはずだ。

カントやヘーゲルが代表する19世紀のドイツ観念論は、18世紀の「先進国」英国が完成していた「近代哲学」のバリエーションに過ぎないことは、すでに日本を代表する哲学者の一人であった廣松渉(ひろまつ・わたる)氏が述べていると著者は注記している。参考のために、ここで廣松氏自身のコトバを引用しておこう。

思い切った言い方をすれば、近代哲学は基本的には18世紀のヒュームあたりで終わっているという言い方もできると思うんです。その後、後進国ドイツで、カント、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルというドイツ観念論の大展開がありますけれども、これは先進国イギリスで一巡した近代哲学の後進国におけるヴァリエーションにすぎないという見方も可能だと思います。(・・後略・・)
(出典: 『哲学に何ができるか』(廣松渉/五木寛之、中公文庫、1996) P.28 なお、初版は1978年の出版。当時の廣松氏は45歳)

日本ではイマイチ知名度が低い英国の哲学者ヒュームであるが、廣松渉氏の発言には大いに耳を傾ける価値がある。哲学に限らず、近代日本ではドイツ流が幅を利かせてきたのは、日本もまた「後進国」だったからだといえるわけだ。

全体的にかなり思い切った大胆な発言が多いので、「そこまで言ってしまっていいのか?」という声も上がるだろう。だが、哲学なんてこむずかしくひねくり回すものではないのだという著者の主張に賛同する人も少なくないと思う。

読みやすいがゆえに、突っ込みどころは多々あろう。それは著者との読者との対話のキッカケにもなりうる。たとえば、個人的には「希望」についての著者の姿勢には賛成しかねるものがある(p.121)。 「希望より勇気」というのがわたしの信条であるからだ。これはアメリカの在野の哲学者エリック・ホッファーの主張でもある。


科学的発明に限らず、いままでにない新しいこと、イノベーションなるものは、この世に存在していながら「見えないもの」を、「見える化」すなわち可視化することによって実現されるものだ。

著者自身は「向こう側」と名づけているが、「向こう側」を見る方法として著者があげている「超越」「直観」「にじり寄り」「マーカー総ざらい」のそれぞれについては、読者が自分自身の経験に照らし合わせて実感してみるのがよいだろう。おそらく、無意識のうちに実践している方法も少なくないはずだ。要は自覚的に方法論として実行することだ。

たとえば、これらの方法論は「モデル化」や「仮説設定」などでじっさいに取り組んでいる人も少なくないはずだ。「しらみつぶし」や「ローラー作戦」などの時間と労力を要する、ある種のチカラワザであっても、ビッグデータ時代にかえって脚光を浴びている地味な手法もある。

「哲学が役に立つのかどうか」という設問よりも、「役に立つためにはどう哲学を使うのか」を考えるほうが賢明である。本書は、自分で考えるためのひとつの道筋をつけてくれる独自の入門書だといっていいかもしれない。





著者プロフィール

古田博司(ふるた・ひろし)
1953年生まれ。筑波大学人文社会系教授。専門は政治思想・朝鮮政治。著書に『東アジアの思想風景』(岩波書店、サントリー学芸賞受賞)『東アジア・イデオロギーを超えて』(新書館、読売・吉野作造賞受賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。






<ブログ内関連記事>

書評 『ヨーロッパ思想を読み解く-何が近代科学を生んだか-』(古田博司、ちくま新書、2014)-「向こう側の哲学」という「新哲学」
・・本書のもとになった著作

■その他の古田博司教授関連

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)-「日本文明」は「中華文明」とは根本的に異なる文明である

書評 『「紙の本」はかく語りき』(古田博司、ちくま文庫、2013)-すでに「近代」が終わった時代に生きるわれわれは「近代」の遺産をどう活用するべきか

書評 『醜いが、目をそらすな、隣国・韓国!』(古田博司、WAC、2014)-フツーの日本人が感じている「実感」を韓国研究40年の著者が明快に裏付ける


■ドイツ的思考と英米的思考

書評 『ドイツリスク-「夢見る政治」が引き起こす混乱-』(三好範英、光文社新書、2015)-ドイツの国民性であるロマン派的傾向がもたらす問題を日本人の視点で深堀りする
・・目の前にある現実よりも、あるべき姿や理想、そして夢を追い求める傾向がドイツ人にはあるようだ。これは英米流の事実重視の志向とは異なる

書評 『白い航跡』(吉村昭、講談社文庫)-脚気撲滅に情熱をかけた知られざる海軍軍医・高木兼寛の生涯を描いた伝記小説
・・ドイツ医学 vs イギリス医学

書評 『知的複眼思考法-誰でも持っている創造力のスイッチ-』(苅谷剛彦、講談社+α文庫、2002 単行本初版 1996)-「複眼的思考法」は現代人にとっての知恵である!
・・ファクト・ベースでものを考えるという英米流思考法

書評 『ことばを鍛えるイギリスの学校-国語教育で何ができるか-』(山本麻子、岩波書店、2003)-アウトプット重視の英国の教育観とは?


■イノベーション

書評 『「無分別」のすすめ-創出をみちびく知恵-』(久米是志、岩波アクティブ新書、2002)-「自他未分離」状態の意識から仏教の「悟り」も技術開発の「創出」も生み出される




(2017年5月18日発売の新著です)


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