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2025年5月30日金曜日

書評『僕には鳥の言葉がわかる』(鈴木俊貴、小学館、2025)ー 日本発の世界的大発見は身近な野鳥の観察から始まった! ひとりでも多くの日本の少年少女に読んでほしい

 


著者の鈴木俊貴氏は、1983年生まれの動物言語学者。そう書いたが、この「動物言語学」(animal linguistics)は鈴木氏の発見が出発点にある、まったくあたらしい学問分野なのだ。  

日本ならどこにでもいる野鳥シジュウカラを対象にした観察と実験が生み出した大発見。鳥の声はたんなる音声ではなく、そこには「単語」があり、「単語」を組み合わせて簡単な「文」をつくっているという大発見。 

その発見にいたるまでの「自分史」を、ユーモアたっぷりに描いたこのエッセイが、ことし1月の発売からすでに7万部!というのは大いに納得だ。 

鈴木俊貴氏とその発見の内容については、ネット記事や YouTube での出演である程度まで知っていたが、本という形で読むと、まらあらたな関心がかき立てられる。  


(シジュウカラ Wikipediaより)


なんといっても、日本に当たり前のようにいるシジュウカラが研究対象なのである。日本をフィールドとした、日本生まれ学問分野としては「サル学」や「知識経営」などがあるが、「動物言語学」があらたに追加されたことになる。 

この本は、中学生でも読めるような平易な文章で書かれているので、ぜひ推薦図書としてひとりでも多くの日本の少年少女に読んでほしい。そして、そのなかからひとりでも多くの研究者が生まれてくることを期待したい。 

「好きこそものの上手なれ」、自然科学にかぎらず、学問というものは本来そういうものであるはずだから。



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著者プロフィール
鈴木俊貴(すずき・としたか)
東京大学准教授。動物言語学者。1983年東京都生まれ。日本学術振興会特別研究員SPD、京都大学白眉センター特定助教などを経て現職。文部科学大臣表彰(若手科学者賞)、日本生態学会宮地賞、日本動物行動学会賞、World OMOSIROI Award など受賞多数。シジュウカラに言語能力を発見し、動物たちの言葉を解き明かす新しい学問、「動物言語学」を創設。愛犬の名前はくーちゃん。本書が初の単著。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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2024年7月5日金曜日

書評『津田梅子 科学への道、大学への夢』(古川安、東京大学出版会)― 津田梅子は英米の学術雑誌に論文が掲載された初の日本人女性

 

 女子英学塾(現在の津田塾大学)の創設者であるがゆえに、「津田梅子といえば英語」という連想が固定化しているのではないだろうか? 

ところが、津田梅子は、英米の自然科学系の学術雑誌に論文が掲載された初の日本人女性である。専攻したのは生物学であり、そのなかでも「実験発生学」であった。 

カエルの受精卵が分割されるプロセスで胚が形成される状況について、指導教官と連名で学術雑誌に共著論文が掲載されている。1894年(明治27年)のことだ。 

つまり、津田梅子は生物学に造詣の深い自然科学の素養も備えた人物だったのである。そのことを詳細に跡づけたのが、2022年に出版された『津田梅子 科学への道、大学への夢』(古川安、東京大学出版会)という本だ。科学史家の立場からみた研究書である。 

明治の初期に米国に派遣された5人の女子留学生のうち、ホームシックのため帰国した2人を除いた津田梅子と山川捨松、そして永井繁子の3人だが、6歳で渡米し18歳まで滞在していた梅子が、自分だけが大学を卒業してないことにハンディキャップを感じていたらしい。 




このため、23歳になった1889年(明治22年)に2度目の留学を実現し、東海岸はフィラデルフィア近郊のブリンマー大学(Bryn Mawr College)という、当時は新設の女子大のリベラルアーツカレッジで生物学を専攻したのである。

指導教官からも将来を嘱望されていたというが、梅子は生物学の道を断念して未練を断ち切り、日本に帰国して女子教育に生涯を捧げる決意を固める。そして、女子英学塾の設立と至るわけである。 

どうしても、わずか6歳での渡米ということが話題を引くこともあって、第1回目のアメリカ留学がクローズアップされがちだ。 

だが、なぜ第2回目のアメリカ留学を志したのか、そしてそこでなにを得たのか、このことについて考えることは、日本(女性)教育史だけでなく、日本近代(女性)史においても、重要事項と捉えるべきであろう。 

 
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目 次
プロローグ 
第1章 アメリカに渡った少女 
第2章 ブリンマー大学と生物学 
第3章 生物学者への道 
第4章 英学塾の裏側で 
第5章 塾から大学へ 
エピローグ 
謝辞 ー あとがきに代えて
文献一覧
アメリカ東部関連地図
人名索引/事項索引

著者プロフィール
古川安(ふるかわ・やす)
1948年静岡県に生まれ、神奈川県で育つ。1971年東京工業大学工学部卒業。同年帝人株式会社。1983年米国オクラホマ大学大学院Ph.D.(科学史)取得。1985年横浜商科大学商学部助教授。1991年東京電機大学工学部教授。2004年日本大学生物資源科学部教授などを経て現在、総合研究大学院大学客員研究員。科学史家、化学史学会前会長、英国化学史学会モリス賞受賞。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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2014年8月13日水曜日

『形を読む ― 生物の形態をめぐって』(養老孟司、培風館、1986)は、「見える形」から「見えないもの」をあぶり出す解剖学者・養老孟司の思想の原点



養老孟司氏といえば、口述筆記を活字化した新書本 『バカの壁』(2003年)ですっかり国民的有名人になってしまったが、そのはるか以前の1986年に、一般書ではないが洞察にとんだ本書のような著作を出していることをご存じだろうか。

『形を読む ー 生物の形態をめぐって』(養老孟司、培風館、1986)は、著者みずからが「原点」だとしている本である。いまから28年前のものであるが、幸いなことに現在でも入手可能である。

わたしがこの本と出会ったのは、当時住んでいた場所に近かった書原・杉並本店(南阿佐ヶ谷駅前)である。いまから十数年前のことだ。

書原は、じつに不思議な本屋で、専門書から実用書やマンガまで、じつにさまざまなジャンルの本をジャンル横断型で並べている。かつて丸善本店の一角に実験的店舗として存在した松丸本舗のようなものであった。

当時すでに解剖学の知見をベースにした数々の著書がちくま文庫を中心に文庫化されており、わたしも愛読して大いに影響を受けていたが、本来は専門書の棚にあってしかるべき 『形を読む ー 生物の形態をめぐって』を知ったのも、解剖学では養老氏の先行者にあたる、『胎児の世界』の著者で解剖学者・三木成夫氏の一連の著作と出会ったのも、みなこの書店であった。

たしか平積みになっていたのではないかと記憶している。わたしにとって書原は、ある意味では、図書館以上に「知の発信地」的な存在であった。

この本は、かなりクセのある個性的な内容の本である。「生物の形」の意味について、「形態学という学問」について、「自然科学というもの」について、著者がつねづね疑問に思っていたことを、自分のアタマで考えた内容を独特の文体つづったものだ。

だから、もちろん教科書的な記述ではない。したがって、無味乾燥な内容ではない。哲学や思想までカバーした膨大な読書をもとにした引用も多い。自分の専門に即して、そもそも論を考え抜いた思索の跡を言語化したものだから、いわゆる哲学的な考察にもなっているのだろう。

解剖学も形態学もわたしの専門ではないので、正直いって全部を理解したとは言い難い。だが、ひじょうに刺激的な内容である。通説に反した見解もあえて提示しているからだ。

購入してから部分的につまみ食いしただけだったが、今回あらためて最初から最後までとおして読んでみて、いろいろ思うことがあった。その一端をここに記しておきたいと思う。


人間は視覚をつうじて形(かたち)を認識する

人間はいわゆる五感をつうじて知覚しているわけだが、とりわけ視覚とつうじて「ものの形」を認識している。人間の知覚における視覚のウェイトは、その他の動物と比較して突出して高いこともその理由の一つであろう。

著者は「はじめに」でこう書いている。

「ヒトが見る」世界には、視覚の特質が、強く反映するにちがいない。そこから、形態学の、認識論的性質が生まれる。・・(中略)・・私が形態の意味や解釈をあつかう理由は一つである。それは、そうしたものが、けっきょく、自分の頭の中の現象だと考えるからである。自然科学の各分野は、しばしば対象のみを純粋に取り扱うという「ふり」をしてきた。そうすれば、自分の頭の方は、無視できるからである。形態学も、その典型であろう。((P.iii~P.iv *太字ゴチックは引用者=さとう)

自然科学に限らず、学問研究というものは「自分と対象との関係」がつねに存在するにもかかわらず、「自分」という存在をカッコのなかに入れて、客観的に対象を扱っているという「ふり」をしてきたことに対する痛烈な批判である。

実験し観察する主体である「自分」。この存在を抜きに考えることができないだけでなく、観察対象である事物や現象そのものが、「自分」というフィルターがそれを選択し、自分の脳内で解釈しているという事実。解剖学者がなぜ「唯脳論」などというタイトルの本を出すことになるのか、ここに言い表されている。

かの有名な「バカの壁」というフレーズが、すでに「馬鹿の壁」という表記で、1986年時点で本人が使用していたこともわかる。

自然科学のいわゆる客観性、つまり、いつどこでも同じ結論に達する、という性質は、一種の「強制伝達可能性」である。あるいは、自然科学とは、無限に多用な現実から、そうした部分のみを、情報として切り出してくる作業である。
情報の伝達という面から、自然科学で起こる最大の問題は、じつは情報の受け手が、馬鹿だったらどうするか、というものである。相手が馬鹿だと、本来伝達可能であるはずの情報が、伝達不能になる。これを、とりあえず「馬鹿の壁」と表現しよう
たとえば、そうした相手が、科学の結論を信じこんだとき、科学が宗教と同じ機能をはたす、という現象を生じるだから、科学と宗教は、ときどき仲が悪い。
結論が導かれる過程を重視せず、一方その結論のみを信じるという意味で、宗教の結論も、科学の結論も、御託宣にほかならない。・・(中略)・・ 相手がほんとうに馬鹿なら、科学の結論をみちびく過程、およびその結論が伝達不能だということは、歴然としている。
・・(中略)・・
「文学がわからない」という台辞は、伝達可能性における受け手の問題、つまり自然科学ではふつう隠されている「馬鹿の壁」が、文学ではタブーではなく、前提としてはじめから許されていることを示す。(P.50~53 太字ゴチックは引用者=さとう)


専門分化がさらに進行する現在、専門が狭くなればなるほど「バカの壁」が高くなることがわかる。「バカの壁」とは「専門」と言い換えていい。細分化された、その狭い専門の範囲内では、その分野の特殊な専門用語でコミュニケーションを行うので、きわめて「強制伝達可能性」が高いのであり、つまりポジティブな側面だけを見れば、効率がきわめて良いということを意味している。

いわば青果市場のセリの符丁のようなものだが、魚市場とは符丁が異なるので、当然のことながら同じ日本人であっても、青果市場と魚市場とでは符丁によるコミュニケーションは不可能である。これとおなじことが、細分化された「学会」どうしでは発生するわけだ。

なるほど、こういうことをつねづね考えていた人だからこそ、歴史学者・阿部謹也の「世間論」(1995年)にいちはやく反応し、現在でも「世間」をキータームで社会の諸現象に評論を行っているのだと理解できる。「世間」の内部ではツーカーで話が通じるが、「世間」の外とは前提条件を共有しないので話が通じないことが多い。「バカの壁」とは「専門用語の壁」である。

「学会は世間だ」というフレーズにつよく反応したことは、養老氏は別の著書のなかで語っている。養老氏の阿部謹也部謹也先生との対談もぜひ目を通していただきたいと思う。学会とは細分化された専門を守る外壁であり、その本質が 「専門=学会=世間」 であることがわかるのである。

その意味では、「会社もまた世間」である。ある種の共同体(コミュニティ)なのである。コミュニティと考えれば、「世間」が日本特有の現象ではなく、程度の違いはあれ普遍的な現象であるといっていいかもしれない。



日本語で科学を記述できるか、という問い

日本語は論理的ではあるのだが、どうも情緒的な側面がつよく、事実関係をそのまま記述すると、どうしても無味乾燥なものになってしまいがちだ。

日本人が一般的に、事実と感想を区別しないで語る傾向があるのは日本語にその原因があるのではないか、もしかしたら同じ言語とはいっても、英語と日本語の違いは想像以上に大きいのではないか。

言語学の専門家はけっして語らない、このような疑問に対する考察も、解剖学者ならではのものであるといっていい。

日本語でいちばん忘れられているのは、伝達のみでなく、現実を表象し、その代替物として利用できる、そういう言語の機能であろう。西欧語には、解剖学用語のように、言語と現実のあいだに、抜き差しならぬ関係がある。それでは言い過ぎだというなら、ことばと現実のあいだの関節が固い。そんな気がする。
言語と現実のあいだに堅い紐帯があれば、証言は重要である。証言の立証、反証が可能だからである。日本語はむしろ、使用者、つまりわれわれの感情世界との結びつきがより強く、したがって、「語るに落ちる」。
証人が、その事態について、感情の上で同意か不同意かを、日本語は見事に表現してしまう。そうしないためには、日本語ならざる日本語、つまり官庁式答弁をするほかはない。他方、現実のその事態がどんなものかについては、ややいい加減で済む。だから、われわれは伝統的に自白を重視する。これは言語の特性だから、しかたがない。日本語は、使用者の心理状態と、ことばとの間の関節が固いのである。
・・(中略)・・
こうした日本語を用いて、自然科学を表現しようというのは、本来かなりの難事である。自然科学のための日本語はまだ完成していない。そう私は考える。おそらく、そした日本語の完成が、ある意味での、我が国の科学の自立と完成を導くであろう。 (P.48~50 `太字ゴチックは引用者=さとう)


残念なことではあるが、現在でも「自然科学のための日本語はまだ完成していない」ようだ。ビジネス文書を含めた報告書の日本語文体もまた、まだまだ改善の余地が大きい。

自然科学の研究者が、もっぱら米英の専門雑誌に英語で専門論文を発表するのは、実質的に専門コミュニティが英語圏に偏っているからであるが、かならずしもそれだけではないのかもしれない。そんなことを考えさせられる。

一般読者向けに科学を解説したポピュラーサイエンスの読み物が、いまだに英米の翻訳物が圧倒的多数を占めているのが現状だが、こういった科学ノンフィクションの読書に慣れた世代から「自然科学のための日本語」が育っていくと期待したいものだ。



階層構造という西欧思考が生み出す還元論と全体論の対立

「第3章 形態とはなにか」で、作家で思想家のアーサー・ケストラーの「ホロン」(=全体子)を取り上げている。部分と全体にかんする議論である。

かつて「ホロン的経営」(あるいは「ホロニックマネジメント」)なるコンセプトが1980年代後半の日本で話題になったことを知っているわたしには、購入時点でいちばん関心をもった箇所だ。

養老氏は、ケストラーが描く「ホロン」を紹介しているが、というコメントを付している。

ケストラーが描くホロン。 典型的に階層構造を示している。むしろ、階層しか示していないことに留意せよ。それがなぜ「全体子」か。(P.65)

 


(ケストラーの「ホロン」の階層性の図 P.65より)


ケストラー(1905~1983)はハンガリーのブダペスト生まれのユダヤ人だが、ハプスブルク帝国という西欧世界で知的形成を行った知識人だ。中退したもののウィーン工科大学で工学を専攻したケストラーは、無意識レベルまで西欧思想が浸透しているのだろうか。

階層性という考えは、どこから生じたのか。次章にも述べるように、これはおそらく、ギリシャ以来の伝統ではないかと思う。・・(中略)・・プラトン自身が世界の階層性をどう考えていたか知らないが、すくなくともアリストテレス以来、生物界の階層性というものは、西欧思考の前提だったらしい。(P.67)

アメリカの哲学者ラブジョイの『存在の大いなる連鎖』を引きながら論じているのは、日本語訳が1984年に出版されて話題になっていたからだろうが、「階層構造」は世界最古でかつ最強の組織であるカトリック教会の根幹にあるものと考えれば、プラトンとアリストテレスの影響がきわめて強いのは明白である。

生物の構造は、全体を構成する部分がまた下位レベルの全体であり、その部分がまた全体であるという性格をもっている。だが、養老氏は以下のように書いている。

私は、階層性の存在を仮定することが、誤りだとはいわない。しかし、西欧思想のように、それにとわられる必要はないと考える。たしかに、階層性はたいへん便利な観念であるが、おかげで、現実的には、還元論と全体論の対立のような不便もまた、そこから生じる。
階層性ではないとしたら、私の考える構造の特性とはなにか。
それは「輪」である。あるいは、輪廻である。
べつにキリスト教神学の向こうをはって、仏さまを持ち出したわけではない。「輪」のやや具体的な像として、私が頭に描いているのは、たとえば、クレプス回路である。(P.68~69)

クレプス回路とは、クエン酸回路のことである。酸素呼吸を行う生物すべてのみられるものだ。TCA回路、TCAサイクルとも呼ばれる。光合成反応における炭酸固定反応を示したカルビン回路とともに、高校生物学で学習することになっている。いわゆる「動的平衡」である。

ここで大切なのは、クレプス回路自体は、現実の構造ではない、ということである。しかし、その中に、構造がもつ性質がよく表現されている。本の中の図に描き出されたクレプス回路は、じつは現実に存在する生体の構造の、きわめてよく出来たマンガになっている。(P.71)

生物モデルでものを考える際に重要な概念である。モデルは現実に説明を容易にするためにあるが、現実そのものではなく、人間がアタマのなかで描き出して「見える化」したものだ。モデルというのはそういうものである。


(クレプス回路=クエン酸回路 wikipediaより)



「生物は機械である」 & 「「ロボットはヒトの擬態である」

養老氏の「形態」の取り扱い方は、以下の4つの観点によるものだ。これが第6章から第10章まで展開されている。

① 数学的・機械的
② 機能的観点
③ 発生的観点(時間的観点1:個体レベル)
④ 進化的観点(時間的観点2:系統レベル)

わたしがとくに面白いと思ったのは「第7章 機械としての構造」である。生物と機械、人間と機械、人間とロボットの関係についての考察が興味深い。

生物が機械だ、という考えには、いろいろな違いがありうる。こうした言い方は、すでに何度か出てきたが、けっきょく、ことばの定義の問題に過ぎない。
このばあい、私は、機械は人間の一部だと考える。機械は元来、ヒトが作り出したものであり、その意味では道具である。道具は人体の一部だという考えは、古くからあった。ヒトが作り出した道具が、人間の属性を帯びることに、じつは何の不思議もない。そうならなかったら、そのほうが不思議である。その意味でいえば、機械はもともと生物の一部であり、それを生き物と錯覚しても、考えようによってはあたりまえである。
・・(中略)・・
こうして機械を考える際にも、意識的にか無意識的にか知らないが、ヒトはヒトの身体を模倣する。だからやはり、機械はヒトの一部であって、それ以上のものではない。その一部が人間以上の能力を持ちだしたといって、驚くこともない。もともと人間以上の能力を発揮させるために、ヒトは機械を造った。(P.152~153)

こういう冷めた見方を、しれっと語る姿勢がじつにいい。「なんでこんな簡単なことがわからないのか?」という著者の内心の声が聞こえてくるようだ。冷静に考えれば十分に納得する内容だろう。

素材にこだわると、かえってわからなくなることは多い。形態学者もまた、その穴に落ちる。後に述べる擬態は典型的な例である。擬態は機械とおなじように、同じ生物が、違う素材で作られた、と考えてもいい。ふつうは、違う生物が同じ形をとる、と考えるが、それでいけないわけではない。しかし、ときには逆に考えてよいであろう。(P.154)

形と素材を区別せよ、という議論もきわめて重要だ。機械はもっぱら金属製であることが多いが、素材がプラスティックでも、セラミックスでも、木材であっても、同じ形に作ることは可能である。素材主義への注意を促している。

ロボットはその意味では、ヒトの擬態である。擬態である証拠に、かつてのあるいはマンガのロボットは、しばしばヒトそっくりにできている。その必要性は、いわゆる機能からすれば、明らかではない。現実のロボットは、形の上で、かならずしもヒトに似ていない。アンドロイドを作ろうとする理由は、通常きわめて行動学的なものである。ひと目でヒトに見えないというのは、社会行動にはいささか具合が悪い。だから、ヒトそっくりのアンドロイドを考えるのである。(P.154)

擬態とは、生物が攻撃から身を避けるために、周からだの色や形などを周囲の植物・動物に似せたり、その他の生物に似せたりすうことを意味しているが、「ロボットはヒトの擬態である」とまで言い切ることに、ある種のすがしがしさを感じるのは、わたしだけではないだろう。

こう考えることで、生物と人間、そしてロボットを同じ土俵で論じることが可能になる。


(紀伊國屋書店のサイトに掲載 画像をクリック!



「見える形」を論じて、「見えないもの」をあぶり出す

以上見てきたように、本書は原液のような濃いエッセンスに充ち満ちた本である。

その後の著作では、本書で展開された思索が希釈化され、飲みやすく(=読みやすく)なっているが、原液そのものはかならずしもすんなりと飲み干せないものを感じることだろう。

だが、それでいいのである。「原点」としての「原典」を読むことの重要性は、あらためて強調するまでもない。

「見える形」を論じて、「見えないもの」をあぶり出す思考法は、その後の「唯脳論」などで本格的に展開されている。これは、養老氏がイエズス会系の栄光学園という男子校出身であることと関係があるのかもしれない。たとえ信者ではなくても、教育をつうじて「見えないもの」に対する感知力が高くなるのであろう。

もともと西欧で発達した自然科学という思考法もまた、「見えないもの」を「見える化」することにある。あくまでもアタマのなかで構築された世界を、実験と観察という実証をつうじて理論化するのが科学的思考の本質なのである。

人体を扱う解剖学者がなぜ、臓器の一部とはいえその他の臓器とは性格の異なる脳の話に行き着くのか、本書を読むとその理由が見えてくるはずだ。

ぜひ一度は手に取って読んでみてほしい本である。



目 次

はじめに
第1章 自己と対象 1 客観主義
 2 実験科学
 3 形態学とはなにか
 4 形をあつかう
第2章 形態学の方法 1 具体的な方法
 2 画像と言葉
 3 形態学と言語
 4 方法の限界-情報の伝達可能性
第3章 形態とは何か 1 構造の定義
 2 ホロン
 3 構造と輪
第4章 対応関係―相同と相似
 1 タコの眼とヒトの眼
 2 相同関係
 3 具体的な対応関係の検討
 4 相似あるいは類比
第5章 重複と多様性
 1 剰余が多様性をみちびく
 2 構造の剰余
 3 剰余性の統御
第6章 純形態学
 1 形だけを扱う
 2 原型としての鰓弓血管
 3 数学的な形の取り扱い
第7章 機械としての構造 1 生物は機械か
 2 素材の違い
 3 現代の機械論
第8章 機能解剖学
 1 機能解剖学とはなにか
 2 機能における枠組み
 3 機能は形を決定するか
第9章 形態と時間
 1 形態学の立場
 2 発生過程と進化過程
 3 発生と形
 4 進化と形
第10章 形態の意味
参照文献

著者プロフィール
養老孟司(ようろう・たけし)
1937(昭和12)年、鎌倉生れ。解剖学者。東京大学医学部卒。東京大学名誉教授。心の問題や社会現象を、脳科学や解剖学などの知識を交えながら解説し、多くの読者を得た。1989(平成元)年『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞。新潮新書『バカの壁』は大ヒットし2003年のベストセラー第1位、また新語・流行語大賞、毎日出版文化賞特別賞を受賞した。大の虫好きとして知られ、現在も昆虫採集・標本作成を続けている。『唯脳論』『かけがえのないもの』『身体の文学史』『手入れという思想』『バカの壁のそのまた向こう』など著書多数。(最新著書の書籍案内より)。


<関連サイト>

養老孟司×隈研吾×廣瀬通孝 鼎談:日本人とキリスト教死生観(2) (日経ビジネスオンライン 2014年3月25日)
・・「相対評価」ではなく「絶対評価」が個人主義を育む」  近代精神の主導者であるイエズス会系の栄光学園という男子校出身者の三人が語りあう記事。養老孟司氏が「見えないもの」にかんする感知力が高い理由の背景がわかる。一部引用しておこう。

- 以前、養老先生は、日本人とキリスト教は折り合いが悪いとおっしゃっていました。
養老: そうね、だから世間にふたつの基準ははいらない、という。
- 若い時にキリスト教的な価値観を浴びたことで、ご苦労されたことはありますか。
養老: 苦労というか、考え方ですよね。これは自分じゃなかなか分からないんですけど、考え方は相当、影響を受けているんじゃないですか。キリスト教的な考え方に合う、合わない、というもとの性質はあるとは思いますけど。だって僕は日本の世間とは、もともとあまり合わないじゃないですか。・・(後略)・・

養老: 僕は当事者の感情を書くのにも、どうしてもロジックで書くようになる。そうすると、典型的にヨーロッパ風になる。栄光の教育では、ヨーロッパの思想が日本という違う風土に入った分、もっと純粋化されている。もともと理屈っぽかったんだけど、それに拍車をかけられてしまった感じですね。


なお、上記の対談は『日本人はどう死ぬべきか?』というタイトルで日経BP社から単行本化されている(2014年11月28日 記す)



PS 2020年1月にようやく文庫化が実現!

講談社学術文庫から同じタイトルのまま『形を読む ー 生物の形態をめぐって』として文庫化されます。これを機会に養老孟司氏の原点であるこの本が広く読まれるようになることを願う次第。(2020年1月9日 記す)


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<ブログ内関連記事>

養老孟司氏関連

書評 『唯脳論』(養老孟司、青土社、1989)-「構造」と「機能」という対比関係にある二つの側面から脳と人間について考える「心身一元論」

書評 『身体巡礼-[ドイツ・オーストリア・チェコ編]-』(養老孟司、新潮社、2014)-西欧人の無意識が反映した「文化」をさぐる解剖学者の知的な旅の記録

書評 『見える日本 見えない日本-養老孟司対談集-』(養老孟司、清流出版、2003)- 「世間」 という日本人を縛っている人間関係もまた「見えない日本」の一つである

書評 『希望のしくみ』(アルボムッレ・スマナサーラ/養老孟司、宝島社新書、2006)-近代科学のアプローチで考えた内容が、ブッダが2500年前に説いていた「真理」とほぼ同じ地点に到達

「釈尊成道2600年記念 ウェーサーカ法要 仏陀の徳を遍く」 に参加してきた(2011年5月14日)
・・養老孟司氏とスマナサーラ長老という、ビッグな対談者の存在と発言。 「養老孟司氏の深くて低いトーンの語り口を心地よく聞いていた。脳死問題にかんして、日本で脳死議論が諸外国に比べて10年以上も遅れた理由を「世間」から解き明かしたのは実に明快であった。日本では死ねば「世間」から外に出される。一方、妊娠中絶がまったくといっていいほど問題にならないのは、「世間」に入っていない状態だから」


解剖学とアート(芸術&技術)

『バロック・アナトミア』(佐藤 明=写真、トレヴィル、1994)で、「解剖学蝋人形」という視覚芸術(?)に表現されたバロック時代の西欧人の情熱を知る
・・この本も南阿佐ヶ谷の書原本店で出会った

書評 『猟奇博物館へようこそ-西洋近代の暗部をめぐる旅-』(加賀野井秀一、白水社、2012)-猟奇なオブジェの数々は「近代科学」が切り落としていった痕跡

医療ドラマ 『チーム・バチスタ 3-アリアドネの糸-』 のテーマは Ai (=画像診断による死因究明)。「医学情報」の意味について異分野の人間が学んだこと
・・死因の糾明に解剖に頼らず、AI(Autopsy Imaging:死亡時画像診断)を使おうという提唱する医者=作家の作品とそのドラマ化


形態学(モルフォロジー)に専念したゲーテの「原型」

ルカ・パチョーリ、ゲーテ、与謝野鉄幹に共通するものとは?-共通するコンセプトを「見えざるつながり」として抽出する

銀杏と書いて「イチョウ」と読むか、「ギンナン」と読むか-強烈な匂いで知る日本の秋の風物詩

「ルドルフ・シュタイナー展 天使の国」(ワタリウム美術館)にいってきた(2014年4月10日)-「黒板絵」と「建築」に表現された「思考するアート」
・・ゲーテの科学思想の研究から出発したシュタイナー

「生命と食」という切り口から、ルドルフ・シュタイナーについて考えてみる
・ゲーテの科学思想の研究から出発したシュタイナー


古生物学と進化論

書評 『神父と頭蓋骨-北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展-』(アミール・アクゼル、林 大訳、早川書房、2010)・・あるイエズス会士の古生物学者とローマ教皇庁との軋轢。科学と宗教の葛藤


部分と全体、階層性、そしてアーサー・ケストラー

「ホリスティック」に考える-「医学」のアナロジーで「全体」を観る視点を身につける
・・ケストラーの「ホロン」の議論とも重なる哲学的視点

書評 『武士とはなにか-中世の王権を読み解く-』(本郷和人、角川ソフィア文庫、2013)-日本史の枠を超えた知的刺激の一冊
・・ツリー型の階層型組織構造が一神教と親和性が高いこと

・・ユダヤ教が布教された地域は、アーサ-・ケストラーの著作で有名になった「ハザール王国」だけではない
最近ふたたび復活した世界的大数学者・岡潔(おか・きよし)を文庫本で読んで、数学について考えてみる

書評 『「大発見」の思考法-iPS細胞 vs. 素粒子-』(山中伸弥 / 益川敏英、文春新書、2011)-人生には何一つムダなことなどない!

企画展「ウメサオタダオ展-未来を探検する知の道具-」(東京会場)にいってきた-日本科学未来館で 「地球時代の知の巨人」を身近に感じてみよう!
・・「「発見」というものは、たいていまったく突然にやってくるのである」(梅棹忠夫)


人間と動物とロボット

書評 『ロボットとは何か-人の心を写す鏡-』(石黒浩、講談社現代新書、2009)-「人間とは何か」、「自分とは何か」という哲学的な問いを考える手引き ・・ロボットに魂をもちうるのか?

書評 『動物に魂はあるのか-生命を見つめる哲学-』(金森修、中公新書、2012)-日本人にとっては自明なこの命題は、西欧人にとってはかならずしもそうではない
・・デカルトの「動物機械論」の波紋とその攻防の西欧近代思想史


■日本語の特性について


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2012年6月17日日曜日

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!


梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!・   

梅棹忠夫の代表作といえば、『文明の生態史観』であることは、誰にも異存はないだろう。それだけインパクトの大きな論文であったのだ。

わたしがはじめてこの論文が収録された文庫本を読んだのは大学2年のときだったと記憶している。1981年頃の話であるから、いまから30年前の話になる。

正確な記憶がないのだが、この本を知ったキッカケは、推薦図書のリストの一冊にあげられていたのではないかと思う。

社会科学の総合大学に入学したわたしが真っ先に取り組んだのは、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(・・いわゆる通称「プロ倫」)であったが、『文明の生態史観』もまた、それに劣らず重要な文献であるとされていたはずだ。

1981年当時は、社会科学の分野では、まだまだマルクス主義が勢力を保っていた。ソ連が崩壊したのはそれから10年後、1991年のことであるから、すでに凋落の兆しが見えていたとはいえ、ウェ-バーとならんでマルクスは必読書であったのだった。

梅棹忠夫の 『文明の生態史観』 は、ある意味では自然科学の観点からみた、マルクス主義とは異なる意味での「唯物論的」なものの見方であったといえるかもしれない。

もともと理科少年で、しかも生物と地学が大好きなわたしのような人間にとっては、『文明の生態史観』は、文学作品よりもピンとくる内容であったことは確かだった。しかも、高校時代には小室直樹の一般デビュー作『ソビト帝国の崩壊』をリアルタイムで読んでいたので、共産主義や社会主義に対する幻想をもたないどころか、嫌悪感すらもっていたことも大きい。


大学キャンパスではいまだに社会主義幻想の残滓(ざんし)とでもすべきものは残っていたが、それはビジネスマン養成大学とは、学問的には社会科学が研究対象であったことも大きいだろう。この点については、書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論 も参照していただきたい。


もっとも、バブル経済前夜であり、「西の京大、東の一橋」と語られていたキャンパスは、ちょうどその頃に開業したディズニーランドになぞらえて語られることも多かったのだが。

しかも、わたしが学んだ一橋大学の歴史学においては、社会科学の先達としてのマルクス本人には敬意を表しながらも、唯物史観にもとづく「発展段階説」には否定的であった。つまり、社会科学者としてのマルクスは尊敬しても、唯物史観はイデオロギーに過ぎないという姿勢が強かったのは幸いであった。

この見方は、唯物史観(=マルクス主義) VS. 生態史観(=梅棹理論) という枠組みで、あざやかに整理して見せた歴史学者・川勝平太の一連の著作を読んだことで、おぼろげながらその意味がわかってきたのだが、これはまた別の機会に取り上げることとしよう。


文明とは? なぜ文化ではなく、文明か?

日本語では、「文化」と「文明」はあまり意識して区別されていないような気もするが、梅棹忠夫はこの両者を明確に区分して使っている。

文化はドイツ語のクルトゥーア(Kultur)に該当するのに対し、文明はフランス語のシヴィリザシオン(civilisation)に該当するという理解もあるが、ドイツ語にもフランス語起源のツィヴィリザチオン(Zvilisation)、フランス語にも文化を意味するキュルチュール(culture)というコトバはある

『文明の生態史観』のなかで、梅棹忠夫はつぎのような表現で、文化と文明の違いについて書いている。引用は「文明の生態史観」という同名の論文から。

戦前は文明国ということばをよくきいた。戦後はもっぱら文化国で、文明をいわなくなったのはどういたことだろうか。戦争にまけて、鼻べちゃになったので、文明国の名を返上したのだろうか。しかし日本は、戦争にまけても、依然として高度の文明国である。ある部分では、戦前よりも文明の度がすすんでさえいる。
いちいち文明の特徴をあげるまでもないが、たとえば、巨大な工業力である。それから、全国にはりめぐされたぼう大な交通通信網。完備した行政組織、教育制度。教育の普及、豊富な物資、生活水準の高さ。たかい平均年齢、ひくい死亡率。発達した学問、芸術。

以後、梅棹忠夫は一貫して「日本文明」という表現を使用していることは、梅棹忠夫の読者なら十二分に了解していることだろう。

なお、『文明の生態史観』(中公文庫版)は、以下の論文から構成されている。( )内は論文の初出年度(・・発表されてない場合は執筆年度)である。


東と西のあいだ (1962年)
東の文化・西の文化 (1956年)
文明の生態史観 (1957年)
新文明世界地図-比較文明論へのさぐり (1957年)
生態史観から見た日本 (1957年) 
東南アジアの旅から-文明の生態史観・つづき (1958年) 
アラブ民族の命運 (1958年)
東南アジアのインド (1958年)
「中洋」の国ぐに (1961年)
タイからネパールまで-学問・芸術・宗教 (1962年)
比較宗教論への方法論的おぼえがき (1965年)


なお、「東南アジアの旅から-文明の生態史観・つづき」(1958年)の内容を発展させたものが、『東南アジア紀行』となっている。この本については 『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある を参照していただきたい。



「生態史観」とは何か?-簡単に振り返っておこう

「戦後の日本人に元気を与えた論文」として評価の高い「文明の生態史観」であるが、基本的には「中洋」の発見ということがもっとも大きなポイントであることは言うまでもない。

「中洋」とは「西洋」でも「東洋」でもない、その中間地帯にあるもの。具体的にいえばインド亜大陸(sub-continent)がそれに該当する。

先にも引用したように、梅棹忠夫は「日本は高度文明国」であるという認識を根底においている。中国文明の影響を受けながらも、独自の一つの文明を成立させているのが日本文明である、と。

従来の見方によれば、日本は「東洋」の一国ということになるのだが、日本は東洋という枠組みにはおさまるものではない。中国文明とは異なる文明である。

そこで、梅棹忠夫が提示したのが「生態史観」という考え方である。文明の発達度合いによって、世界を第一地域、第二地域に分け、西ヨーロッパの数カ国と日本という高度文明国の第一地域とし、それ以外のユーラシア大陸全土を第二地域とした。

ユーラシアでものを考えるための基本的フレームワーク(枠組み)が、「東南アジアの旅から-文明の生態史観・つづき」に収録された2つの概念図である。斜線が引かれた乾燥地帯が、東洋でも西洋でもない「中洋」に該当する。


a図の説明
(出典:「東南アジアの旅から-文明の生態史観つづき」(1958)


b図の説明
(出典:「東南アジアの旅から-文明の生態史観つづき」(1958) 



この2つの概念図で明らかなのは、ユーラシア大陸をはさんで反対側に位置している西ヨーロッパと日本が、構造的には同じポジションに位置しているということだ。

つまり、生態学的に地球規模でみれば第一地域に属する日本と西欧はきわめて似た存在なのであり、そこで発生し発達した「文明」が似通っているのは、ある意味では当然なのである。

梅棹忠夫によれば、文明というものは、自然環境とその社会自体の変化によって起こるものであり、地域により違った発展がありうるのは当然である。これを、生態学用語から転用した「遷移」(succession:サクセッション)という概念でもって説明しているのだが、この発想が、もともと自然科学者から出発した梅棹忠夫の独創的なところなのである。

『文明の生態史観』が発表されてから約40年後に書かれた文明の生態史観はいま』(梅棹忠夫、中公叢書、2001)で、梅棹忠夫は、この概念図について、どのような発想のもとに作製されたのか、歴史学者の川勝平太との対談みずから語っているので引用しておこう。


あれは気候学をベースにしているんです。気候学の基本概念には「理想大陸」というものがあります。たとえば北半球の大陸では、地球自転の影響で偏西風がおこり、それが地球自転の偏向力によって北へ曲がるのです。その結果、理想大陸の中央には乾燥地帯が斜めに走る。この図ではトポロジー(位相幾何学)の関係性を図にする手法を用いており、あえて距離や方向性については捨象してあります。
・・(中略)・・
もうひとつ、やはり『文明の生態史観』には書いていませんが、そのベースにあるのはケッペンの精密な気候区分なんです。森林の樹種をタイプ分類すると、西ヨーロッパは硬葉樹林のゾーンで、日本は照葉樹林のゾーンになる。これは対応します。
・・(中略)・・
そうなんです、生態史観の基本には、地球幾何学があるんです。その美しさが文科の人にはわかってもらえない。世界文明というものは合理的にできているのです。それは地球の構造からきているわけです。

(出典:『文明の生態史観はいま』 P.42~44)

 


(ケッペンの気候区分 wikipediaより)


■「中洋」の発見
   
基本的には「中洋」の発見ということがもっとも大きなポイントであると書いたが、これについては、梅棹忠夫も編集委員の一人に名をつらねて、最終巻の『人類の未来』を書く予定であった河出書房版の『世界の歴史 19 インドと中近東』というタイトルに注目していただきいたい。

インドは、梅棹忠夫が『文明の生態史観』で指摘したように、そこは西洋でも東洋でもない「中洋」としかいいようのない世界なのだ。日本や中国、韓国をふくんだ東アジア世界とはまったく異質の世界である。

「インド世界」はむしろその西側に位置する、いわゆる中近東に近いことは、歴史をみれば明らかなのである。その意味では、現在にいたるまで『世界の歴史 19 インドと中近東』(岩村忍・勝藤猛・近藤治、河出文庫、1990)の価値は減じてない。これもまた、東洋学をベースにした「京大歴史学」の成果である。

文庫版のカバーの左側にある、かの有名なタージ・マハールはムガル帝国の皇帝が建設させたものだが、ムガル帝国はイスラーム王朝であり、しかも公用語はペルシア語であったのだ!

文庫版は現在でも入集可能なので、機会があればぜひ手にとっていただきたい歴史書である。

インドを考える際には、英国の植民地となる以前、ムスリム帝国であったムガール帝国が長く支配していた歴史的経緯を考えれば、「中洋」という枠組みで考えたほうがしっくりといくはずなのだが。ちなみに、ムガール帝国の公用語はペルシア語であったことは、世界史で大学受験をする受験生にとっても、盲点の知識かもしれない。

なおインド西部には、イスラーム化されたイラン(=ペルシア)から、ゾロアスター教徒が逃れてきてコミュニティを形成している。パルシーと呼ばれる民族集団である。


梅棹忠夫が提唱した「中洋」という文明地域概念であるが、かならずしも一般化しているとはいいがたい。

国会図書館のデータベースで「中洋」をタイトルに含む本を検索してみても、『文明の生態史観』を収録した『梅棹忠夫著作集 第4巻』(石毛直道ほか編、中央公論社、1990)を除いては、『中洋の商人たち-インド・ペルシャ・アラブの商才民族-』(日本経済新聞社 編、日本経済新聞社、1982)くらいしか見つからない。『中洋の歴史と文化-杉勇古代オリエント学論集-』(杉勇、筑摩書房、1991)という本もあるが、これは専門研究者の専門論文集であろう。

「新興国」として中国とならんで話題になることの多いインドであるが、『中洋の商人たち』という新聞連載をもとにした書籍を出版している日本経済新聞じたいが、「中洋」というコトバと概念をすっかり忘れてしまっているようである。

梅棹忠夫が、最晩年に残したコトバを引用しておきたい。

梅棹 「文明の生態史観」は、少なくともアジアとヨーロッパの両方が見えていて、ちゃんとわかっていないと理解できないと思う。わたしは若いとき、学生時代から、いまの東方文化研究所、東洋学センターの流れのなかにはいっている。・・(中略)・・「文明の生態史観」も東洋学のなかに入っていると思ったらいいやろうな。そして、名前のとおり「生態学」。生態学という流れを理解してほしい。・・(中略)・・そう、みな「生態」がぬけてしまっている。とくに生態史観の基本になっているのはサクセッション理論、これは歴史論なんです。・・(後略)・・

(出典:『梅棹忠夫語る』P.34~36

(特別展「ウメサオタダオ展」 の図録 『知的先覚者の軌跡』(2011年)より )



「日本はアジアではない」(梅棹忠夫) 日本は「海洋国家」である

梅棹忠夫は、『文明の生態史観』で、日本と西ヨーロッパが文明として対応する関係にあるとしたが、「西欧文明」はさらに「海洋文明」と「大陸文明」に区分しなくてはならない。この両者は、まったく異なる文明のタイプである。

ユーラシア大陸をはさんだ日本と英国とのポジションの近似性について考えることが必要だろう。日露戦争前に、なぜ「日英同盟」が成立したのか、これは政治だけでは理解できないことだ。地球儀を回してみることではじめて理解できることである。

これについては、梅棹理論の創造的発展となった歴史家・川勝平太の『文明の海洋史観』(中公叢書、1997)に言及しなくてはならない。

英国が大陸ヨーロッパではないのと同様、日本はアジアではないのである!!

このことは、 書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010) でも詳しく書いたが、いまだ日本人の常識となってないのが残念なことだ。

日本と大陸の距離よりも、英国と大陸の距離のほうが短いので、英国はより大陸の影響を受けているのであるが、それでも地政学的にみて日本と英国がきわめて似たポジションにあることは、梅棹忠夫と同時代人であった京都大学教授・高坂正堯(こうさか・まさたか)の『海洋国家日本の構想』を読めば、納得できることだ。書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008) を参照。

たしかに、アングロサクソン世界の衰退が始まっており、海洋国家・米国を中心にしたアングロサクソン世界の重要なメンバーとして国際社会のなかで生きてきた日本は、今後の進路について思考停止状態になっていけないことは言うまでもない。

しかし、新興国と呼ばれる中国もインドもしばらくは勃興するが、ふたたびユーラシア大陸の動乱に巻き込まれて没落していくことも否定できないことだ。いまこれを書いているわたしが生きているあだは、中国やインドはさらに成長するであろうとしても、その後については衰退は必至であろう。

文明の中心は移動するだけなのだ。この重要な教訓は、地球レベルで生態学的に考える「生態史観」からは、当然のように導き出される結論である。

なお、日本と英国の比較については、梅棹忠夫の理論とはまったく独立に英国側から行われた『イギリスと日本-マルサスの罠から近代への跳躍-』(アラン・マクファーレン、船曳建夫監訳、北川文美/工藤正子/山下淑美訳、新曜社、2001)という大著がある。

まだこの本は読んでいないので、ここではコメントはできないが、歴史人類学の立場から、同じ島国という生態系が、同じような文明を生み出してきたことを解明したものである。近い将来、一読してコメントを書いてみたいと思っているのだが・・・。


文庫版裏表紙に記された小松左京のコトバ

最後に、梅棹忠夫とは同じ関西人で盟友でもあった小松左京の『文明の生態史観』評を引用して、この記事の締めとしたい。文庫版の裏表紙に記されている文章である。

『文明の生態史観』は、戦後提出された最も重要な「世界史モデル」の一つであろう。それは、これまで東と西、アジア対ヨーロッパという、慣習的な座標軸の中に捉えられてきた世界史に革命的といっていいほどの新しい視野をもたらした。この視野によって複雑に対立し、からみ合う世界の各地域の文明が、はじめてその、「生きた現実」の多様性を保ったまま、統一的に整理される手がかりが与えられたといっていい。発表後数年を経てなお色あせぬのみか、将来、一層みのり多い成果が、この視野からもたらされるであろうと期待している。(小松左京、1974年発行の中公文庫版初版) 

この「予言」は、そのコトバとおりに実現した。さすが、SF作家であり未来学的な著作も多い小松左京氏ならではの評言であろう。小松左京もまた今年2011年に亡くなったのは残念である。


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PS 画像を一枚追加した(2014年3月27日 記す)。



<ブログ内関連記事>

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ


長期的スパンで歴史を読むために

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)
・・ブローデルの日本の封建制にかんする発言は、自然科学から出発した梅棹忠夫が提唱した「文明の生態史観」と一致している。ブローデルの発想も自然地理学からのものであることは大きな意味をもっていると考えてよいのではないか

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)

書評 『100年予測-世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図-』(ジョージ・フリードマン、櫻井祐子訳、早川書房、2009)
・・1492年にはじまった西欧500年の支配史は1991年のソ連崩壊によって終わる

書評 『歴史入門』 (フェルナン・ブローデル、金塚貞文訳、中公文庫、2009)・・封建制が西欧と日本だけのものであることも指摘

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む

書評 『ヨーロッパとは何か』(増田四郎、岩波新書、1967)

書評 『失われた歴史-イスラームの科学・思想・芸術が近代文明をつくった-』(マイケル・ハミルトン・モーガン、北沢方邦訳、平凡社、2010)

「想定外」などクチにするな!-こういうときだからこそ、通常より長いスパンでものを考えることが重要だ

「理科のリテラシー」はサバイバルツール-まずは高校の「地学」からはじめよう!


海洋国家としての日本

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)
・・通商国家日本の生存条件について書かれた戦後日本の古典的名著。梅棹忠夫とともに戦後日本の論壇をリードした京大の知性

書評 『日本は世界4位の海洋大国』(山田吉彦、講談社+α新書、2010)

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂 聰、新潮社、2009)

海上自衛隊・下総航空基地開設51周年記念行事にいってきた(2010年10月3日)

マンガ 『沈黙の艦隊』(かわぐちかいじ、講談社漫画文庫、1998) 全16巻 を一気読み

書評 『江戸時代のロビンソン-七つの漂流譚-』(岩尾龍太郎、新潮文庫、2009)


(海洋国家としての英国)

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)

書評 『「海洋国家」日本の戦後史』(宮城大蔵、ちくま新書、2008)

書評 『田中角栄 封じられた資源戦略-石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(山岡淳一郎、草思社、2009)


「封建制」について

書評 『歴史入門』 (フェルナン・ブローデル、金塚貞文訳、中公文庫、2009)

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)
・・ブローデルの日本の封建制にかんする発言は、自然科学から出発した梅棹忠夫が提唱した「文明の生態史観」と一致している。ブローデルの発想も自然地理学からのものであることは大きな意味をもっていると考えてよいのではないか

書評 『封建制の文明史観-近代化をもたらした歴史の遺産-』(今谷明、PHP新書、2008)-「封建制」があったからこそ日本は近代化した!

書評 『日本近代史の総括-日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析-』(湯浅赳男、新評論、2000)-日本と日本人は近代世界をどう生きてきたか、生きていくべきか?

書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論


ユーラシア大陸国家の興亡-海洋国家・日本の反面教師

書評 『モンゴル帝国と長いその後(興亡の世界史09)』(杉山正明、講談社、2008)
・・大陸国家の本質について考えることは、それとは全く異なる生存条件をもつ海洋国家・日本について考えるための合わせ鏡となる

書評 『帝国陸軍 見果てぬ「防共回廊」-機密公電が明かす、戦前日本のユーラシア戦略-』(関岡英之、祥伝社、2010)

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む

書評 『ノモンハン戦争-モンゴルと満洲国-』(田中克彦、岩波新書、2009)


地球の法則

「理科のリテラシー」はサバイバルツール-まずは高校の「地学」からはじめよう!
・・地学とは地球科学の略。地学の知識は現代人の教養であるべき

書評 『ああ正負の法則』(美輪明宏、PARCO出版、2002)-「正負の法則」は地球の法則である
・・地球が自転しているから、地軸が傾いているから、地球には昼夜の区別があり、四季がある


梅棹忠夫関連

書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)
・・最晩年の放談集。日本人に勇気を与える元気のでるコトバの数々

書評 『梅棹忠夫のことば wisdom for the future』(小長谷有紀=編、河出書房新社、2011)

書評 『梅棹忠夫-地球時代の知の巨人-(KAWADE夢ムック 文藝別冊)』(河出書房新社、2011)

書評 『梅棹忠夫-知的先覚者の軌跡-』(特別展「ウメサオタダオ展」実行委員会=編集、小長谷有紀=責任編集、千里文化財団、2011)

梅棹忠夫の幻の名著 『世界の歴史 25 人類の未来』 (河出書房、未刊) の目次をみながら考える

『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある

書評 『回想のモンゴル』(梅棹忠夫、中公文庫、2011 初版 1991)-ウメサオタダオの原点はモンゴルにあった!

書評 『人間にとって科学とはなにか』(湯川秀樹・梅棹忠夫、中公クラシック、2012 初版 1967)-「問い」そのものに意味がある骨太の科学論

梅棹忠夫の幻の名著 『日本探検』(1960年)が、単行本未収録の作品も含めて 2014年9月 ついに文庫化!

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