「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問は ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 墓地 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 墓地 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年9月20日日曜日

彼岸花(ひがんばな)で正確な季節を知る


本日(2015年9月20日)は彼岸の入り。お彼岸は9月23日だが、すでに彼岸花が咲いている。

この花が咲いているのを見ると、「ああ、お彼岸なんだな」と気づかされる。この花は匂いではなく、毒々しいまでの真っ赤な色彩で季節感をアピールする花だ。キンモクセイのように嗅覚ではなく、視覚に訴える花である。

彼岸(ひがん)とは「向こう側」という意味だ。英語なら beyond であらわされるコトバだ。その反対語の「こちら側」は此岸(しがん)。東京でも下町生まれの人は「ひ」と「し」が同じ発音になってしまうので耳で聞いても区別できないことがある。

彼岸花は曼珠沙華(まんじゅしゃげ)ともいう。サンスクリット語(=梵語)の manjusaka の音写である。大乗仏教経典の『法華経』の漢訳に登場するのだという。

サンスクリット語の「マンジュサカ」は「赤い」という意味らしい。「曼珠沙華」というと山口百恵の歌を想起するが、ドラマの「赤い」シリーズ/で主演していた彼女にはふさわしいイメージであった。ちなみに Manjusri(マンジュシュリ)は文殊菩薩のことだ。

「日本に存在するヒガンバナは全て遺伝的に同一であり、中国から伝わった1株の球根から日本各地に株分けの形で広まったと考えられる。」という記述が wikipedia の項目にある。この事実ははじめて知った。そうか、彼岸花は日本の自生植物ではなかったのだ。人為的に植えられたものである。普通は水田のあぜ道や墓地に植えられている。とくに後者は、此岸(しがん)と彼岸(ひがん)の境界である。

お彼岸といえばあんこもちの「おはぎ」。漢字で書けば「御萩」。秋の花の「萩」である。彼岸花とは関係ない。春の彼岸にも食べる「おはぎ」だが、秋の花にちなむものだというのは面白い。

ことし2015年の8月の関東地方は、前半が猛暑で後半が涼しかったが、彼岸花も咲く時期がすこし早まっていたような気がしないわけでもない。とはいえ、彼岸花で秋の彼岸を知るのは、「地球時計」ともいうべきだろう。じつに正確で、狂いなく秋分の日(=秋の彼岸入り)の告知でをしてくれる。

上掲の写真の彼岸花は街路に植えられていたもの。近年はリコリスという名で、園芸植物として球根が販売されているらしい。墓地にまつわるネガティブなイメージを払拭するためか?

お彼岸といえば彼岸花。お彼岸といえばおはぎ。ともにお彼岸のお墓参りの連想をともなうものだ。そしてキンモクセイの芳香で、ことしもまた秋の訪れを知る。







<関連サイト>

・・ネットで無料で読める「青空文庫」


<ブログ内関連記事>

キンモクセイの匂いが心地よい秋の一日

「におい」で秋を知る-ギンナンとキンモクセイは同時期に「臭い」と「匂い」を放つ・・・

葛の花 踏みしだかれて 色あたらし。 この山道をゆきし人あり (釋迢空)

「無憂」という事-バンコクの「アソーク」という駅名からインドと仏教を「引き出し」てみる ・・「無憂花」(むゆうか)は仏典にも登場するインドの花

今宵は三日月-三日月は英語でクレッセント、フランス語でクロワッサン、そして・・・

書評 『ああ正負の法則』(美輪明宏、PARCO出版、2002)-「正負の法則」は地球の法則である
・・地軸の傾きが昼と夜、夏と冬を作り出すのは「地球の法則」

(2015年9月24日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)










Clip to Evernote 


ケン・マネジメントのウェブサイトは
http://kensatoken.com です。

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!



end

2014年7月21日月曜日

書評『身体巡礼 [ドイツ・オーストリア・チェコ編]』(養老孟司、新潮社、2014)― 西欧人の無意識が反映した「文化」をさぐる解剖学者の知的な旅の記録

(ウィーンのカプチン皇帝廟)


『身体巡礼-[ドイツ・オーストリア・チェコ編]』(養老孟司、新潮社、2014)は、解剖学者の30年来の疑問を解くために中欧を歩いた旅の記録である。

死体処理と墓という「見えるもの」をつうじて、その背後にある西欧人の無意識が反映した「文化」を理解しようとする試みである。脳化社会論であり、世間論であり、情報論でもある。いや、欧州墓巡りの旅として読むのがもっともまっとうな読み方かな。

中欧はもっともヨーロッパ的なものが保存されている地域だといわれることがある。それはじっさいに歩いてみればわかることだ。ハプスブルク家の霊廟、心臓信仰、骸骨でつくられた納骨堂、ユダヤ人墓地、カトリック聖地などなど。養老氏が歩いて見て回ったのは、こういった「見えるもの」として残されている「痕跡」である。

そこに見られるのは「西欧文化」の諸相である。理性とヒューマニズムと合理主義にいろどられた「西欧文明」という意識の外皮の下には、西欧人の無意識が反映した「文化」が「痕跡」として存在するのである。それが「裏側」であり「深層」であり「古層」というものだ。文明と文化は異なるのである。

「日本文化」に生きる日本人には、なんとも理解しがたいものではあるのだが、だからこそ注目する必要があるのだ。逆に言えば、西欧人ではないからこそ西欧人の無意識レベルによる表現が、異様なものとして見えてくることもある。

養老孟司氏については、いまさらあえて解説するまでもあるまい。『バカの壁』が大ベストセラーになったことで一躍時の人となったが、もともとは解剖学者で医学博士である。つまりは理系ということだ。

本書も、その理系的発想と方法論がいかんなく発揮されている。その方法論とは現物を見て検証するというスタイルである。

文献に書いていないからこそ、その場にそのときの自分をおいてみる。その空気を味わってみる。そうすると、考えていたことが確認でき、深まり、新たな地平が広がっていく。
だから、現物に自分であたってみることがいちばん確実だ。人に振り回されないで済む。特にこういう問題は、無意識にやっている一般的な問題だから、文献を調べればいろいろと出てくる。でも、自然科学のスタイルは、現物を見て検証していくことだ。(P.175)

養老氏は、イエズス会が経営するカトリックの男子校・栄光学園の出身であることを最近知った。本書にもそのことが触れられているが、この体験は本書のテーマにも大いに反映しているようだ。


(カバー裏 ウィーン市街を一望できる墓地)


だが、本書にはもっとも肝心なことが書いていない。それはキリスト教の教会がそもそも墓であったという事実だ。*

墓のうえに屋根がかけられたのが教会である。教会の地下室に墓があるというのは建築形式としてはそのように見えるが、発想としては逆なのである。ヨーロッパで教会のなかに入ってみればわかるはずだが、床に墓碑銘がある。それは墓石そのものなのだ。日本人的には墓石を踏むのは、なんとなくはばかられるのだが・・・。

こういうことを書いておいてくれると、初級者にとっての入門書ともなるのだが・・・。


*この記述はかならずしも正確ではないという指摘を、旧知のカトリック司祭からいただいた。キリスト教にかんする知識の不確かさを恥じるとともに、正確な知識をみなさまと共有するため、指摘された事項にかんする文章を掲載させていただくことにしたい。(2026年1月2日 記す)

(引用)「そもそも」という語の使い方にもよるのかも知れませんが、「もともと」の意味だとすれば、やはり無理があるように思います。「教会」という言葉は、ギリシャ語でエクレシア、「招集」を意味する言葉の訳語です。主の日に集まって礼拝や愛餐を行う行為が、エクレシア=教会と呼ばれていたわけです。教会(招集)は最初期には家庭であり、また迫害状況の下ではカタコンベでした。やがて聖人つまり殉教者への崇敬が熱心になるに伴って、殉教者の墓所で集会が行われるようになり、だんだんと殉教者の墓の上に教会堂を建てるようになりました。しかしこれは、あくまで墓の上に教会堂を建てているのであって、教会自体が墓なわけではありません。」 以上


プラハのユダヤ人墓地は、わたしもこれまで2回も(!)訪問している。訪ずれるたびに奇異な感にとらわれるのだが、今回はじめてマンション12階分の地下まで墓地が掘られている(!)ことを知った。信じられないほど驚異的な話である。

読んでいてわたしが疑問に感じたことがある。ここでいう疑問というのは批判ではなく、純粋な知的好奇心からわき上がってくる疑問のことである。

高貴なる人とはいえ、遺体から心臓を取り出し、その他の臓器も取り出すと、本文には書かれてないが即物的に考えれば、機能は停止していても鮮血がしたたるはずだ。容器に移し替えてもナマのままだから間違いなく腐敗するはずだが臭いはどうなのか、という疑問だ。この容器が教会のなかに保存されてきたのだ。

一カ所だけその点にかんする記述がある。視覚以外の知覚器官をつじた、自分の「身体」を媒介にした考察をもとにした記述である。

たとえば欧州の墓地では、実際に死体の臭いを感じることがある。私は仕事柄、その臭いを知っている。でもふつうの人は気づかないであろう。(P.139)

もちろん、わたしはそれは感じたことはない。そういう仕事にはついていないから敏感ではない。だからこそ、養老氏のこういった記述が意味をもつのである。

おそらく、この続編となる[イタリア・ポルトガル・フランス編]で言及されることになると思うが、重要なテーマはいわゆる「聖遺物」である。聖人信仰のヨーロッパ的な形態である。

[ドイツ・オーストリア・チェコ編]でも、とくにチェコはもっともヨーロッパ的なるものが残存している地域だが、イタリア・ポルトガル(・・スペインがないのが残念!)は濃厚なカトリック地帯なので、聖遺物がらみの話は事欠かない。

続編の出版が大いに楽しみだ。


PS 続編は、 『骸骨考-イタリア・ポルトガル・フランスを歩く-』(養老孟司、新潮社、2016)として2年後に出版された。(2017年5月18日 記す)


(画像をクリック!)

目 次

第1章 ハプスブルク家の心臓埋葬-ヨーロッパの長い歴史は、無数の死者と共にある
第2章 心臓信仰-日本人には見えない、ヨーロッパの古層
第3章 ヨーロッパの骸骨―チェコ、4万体の人骨で装飾された納骨堂
第4章 内なるユダヤ人-埋葬儀礼はヒト特有のもの
第5章 ウィーンと治療ニヒリズム-脳化社会と身体の喪失、その問題の萌芽を探す
第6章 自己と社会と-身体と表裏一体に存在する、意識と脳についての考察
第7章 墓場めぐり-死を受け入れた身体の扱われ方に表象する死生観
第8章 お墓が中心-名もない死体が目の前に流れ着いたとき、あなたは
掲載写真について
その場に身をおくということ

著者プロフィール

養老孟司(ようろう・たけし)

1937(昭和12)年、鎌倉生れ。解剖学者。東京大学医学部卒。東京大学名誉教授。心の問題や社会現象を、脳科学や解剖学などの知識を交えながら解説し、多くの読者を得た。1989(平成元)年『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞。新潮新書『バカの壁』は大ヒットし2003年のベストセラー第1位、また新語・流行語大賞、毎日出版文化賞特別賞を受賞した。大の虫好きとして知られ、現在も昆虫採集・標本作成を続けている。『唯脳論』『かけがえのないもの』『身体の文学史』『手入れという思想』『バカの壁のそのまた向こう』など著書多数。(出版社書籍案内より)。


<参考>

本書には言及がないが、養老氏はかつて『死の発見-ヨーロッパの古層を訪ねて-』(岩波書店、1997)を松原秀一氏と荻野アンナ氏との共著で出している。テーマ的に『身体巡礼』とは直接重なる内容なので、この場で参考文献としてあげておきたい。こういう内容豊富で汲めども尽きぬ話題に満ちた知的刺激に満ちた本が、文庫化されることもなく、再刊されることもなくそのままになっているのはじつに惜しい。




本書でも参考書として言及されている『中欧の墓たち』(平田達治、同学社、2001)は、中欧を中心心としたドイツ語文学の専門研究者による詳細なガイドブックとでもいうべき本。ウィーン、プラハ、ベルリンを中心に墓だけで文化史に仕立て上げた怪著である。




この本の姉妹編の『中欧・墓標をめぐる旅』(平田達治、集英社新書、2002)もおすすめだ。上記の三都市に加えてミュンヘン、ハンブルク、ワイマール、チューリヒのドイツ語圏の諸都市の墓が取り上げられている。



<関連サイト>

養老孟司×隈研吾×廣瀬通孝 鼎談:日本人とキリスト教死生観(2) (日経ビジネスオンライン 2014年3月25日)
・・「相対評価」ではなく「絶対評価」が個人主義を育む」  近代精神の主導者であるイエズス会系の栄光学園という男子校出身者の三人が語りあう記事。養老孟司氏が阿部謹也の「世間論」をいちはやく理解した背景がわかる。一部引用しておこう。

- 以前、養老先生は、日本人とキリスト教は折り合いが悪いとおっしゃっていました。
養老: そうね、だから世間にふたつの基準ははいらない、という。
- 若い時にキリスト教的な価値観を浴びたことで、ご苦労されたことはありますか。
養老: 苦労というか、考え方ですよね。これは自分じゃなかなか分からないんですけど、考え方は相当、影響を受けているんじゃないですか。キリスト教的な考え方に合う、合わない、というもとの性質はあるとは思いますけど。だって僕は日本の世間とは、もともとあまり合わないじゃないですか。・・(後略)・・


なお、上記の対談は『日本人はどう死ぬべきか?』というタイトルで日経BP社から単行本化されている(2014年11月28日 記す)


 (画像をクリック!)


<ブログ内関連記事>

書評 『骸骨考-イタリア・ポルトガル・フランスを歩く-』(養老孟司、新潮社、2016)-欧州のラテン系諸国の「骸骨寺」めぐり
・・本書の続編


■養老孟司氏関連

『形を読む-生物の形態をめぐって-』(養老孟司、培風館、1986)は、「見える形」から「見えないもの」をあぶり出す解剖学者・養老孟司の思想の原点

書評 『唯脳論』(養老孟司、青土社、1989)-「構造」と「機能」という対比関係にある二つの側面から脳と人間について考える「心身一元論」

書評 『見える日本 見えない日本-養老孟司対談集-』(養老孟司、清流出版、2003)- 「世間」 という日本人を縛っている人間関係もまた「見えない日本」の一つである

「釈尊成道2600年記念 ウェーサーカ法要 仏陀の徳を遍く」 に参加してきた(2011年5月14日)
・・養老孟司氏とスマナサーラ長老という、ビッグな対談者の存在と発言。 「養老孟司氏の深くて低いトーンの語り口を心地よく聞いていた。脳死問題にかんして、日本で脳死議論が諸外国に比べて10年以上も遅れた理由を「世間」から解き明かしたのは実に明快であった。日本では死ねば「世間」から外に出される。一方、妊娠中絶がまったくといっていいほど問題にならないのは、「世間」に入っていない状態だから」


■解剖学とアート(芸術&技術)

『バロック・アナトミア』(佐藤 明=写真、トレヴィル、1994)で、「解剖学蝋人形」という視覚芸術(?)に表現されたバロック時代の西欧人の情熱を知る

書評 『猟奇博物館へようこそ-西洋近代の暗部をめぐる旅-』(加賀野井秀一、白水社、2012)-猟奇なオブジェの数々は「近代科学」が切り落としていった痕跡

医療ドラマ 『チーム・バチスタ 3-アリアドネの糸-』 のテーマは Ai (=画像診断による死因究明)。「医学情報」の意味について異分野の人間が学んだこと
・・死因の糾明に解剖に頼らず、AI(Autopsy Imaging:死亡時画像診断)を使おうという提唱する医者=作家の作品とそのドラマ化


■カトリック世界とヨーロッパ

Memento mori (メメント・モリ)と Carpe diem (カルペー・ディエム)-「3-11」から 49日目に記す
・・「死を忘れるな!」と「この日を生きろ」

書評 『ラテン語宗教音楽 キーワード事典』(志田英泉子、春秋社、2013)-カトリック教会で使用されてきたラテン語で西欧を知的に把握する

語源を活用してボキャブラリーを増やせ!-『ヰタ・セクスアリス』 (Vita Sexualis)に学ぶ医学博士・森林太郎の外国語学習法

「マリーアントワネットと東洋の貴婦人-キリスト教文化をつうじた東西の出会い-」(東洋文庫ミュージアム)にいってきた-カトリック殉教劇における細川ガラシャ
・・イエズス会の保護者でもあったカトリックの牙城ハプスブルク家出身のマリー・アントワネット

書評 『修道院の断食-あなたの人生を豊かにする神秘の7日間-』(ベルンハルト・ミュラー著、ペーター・ゼーヴァルト編、島田道子訳、創元社、2011)-修道院における「断食」は、減量法を越えてスピリチュアルへの道を拓く ・・ドイツのカトリック系修道院


■墓と建築物の関係

「ルドルフ・シュタイナー展 天使の国」(ワタリウム美術館)にいってきた(2014年4月10日)-「黒板絵」と「建築」に表現された「思考するアート」
・・「シュタイナーは「墓が建築物の発端である」と見ていたそうだ。キリスト教の教会建築がそもそも墓であるように、墓=母体の連想は古代以来のものである。沖縄の亀甲墓(きっこうぼ)もまた内部が空洞の構造であるが、墓や洞窟は死を内包する空間なのである。ドイツ生まれのユング派心理学者エーリヒ・ノイマンの『グレート・マザー』やスイス人法律家バッハオーフェンの『母権制』を想起させる。いずれもドイツ語圏が生み出した思想家である」


■「日本文化」における死者と埋葬

鎮魂!「日航機墜落事故」から26年 (2011年8月12日)-関連本三冊であらためて振り返る
・・「死ねば遺体はたんなるモノに過ぎないと割り切れる、宗教や死生観を別にする諸外国の人たちとは異なり、遺体にこだわる日本人にとっては、遺体確認の作業はきわめて重要なタスクである」

両国回向院(東京)で戦後はじめて開催された「善光寺出開帳」にいってきた(2013年5月4日)+「鳥居清長名品展」(特別開催)
・・関東大震災の死者を弔う回向院

書評 『霊園から見た近代日本』(浦辺登、弦書房、2011)-「近代日本」の裏面史がそこにある ・・青山墓地を筆頭に東京は墓地の一大集積地帯でもある。維新後の東京に眠る、福岡に源流を持つ政治結社「玄洋社」に連なる人びととのお墓をはさんだ対話録

書評 『「結婚式教会」の誕生』(五十嵐太郎、春秋社、2007)-日本的宗教観念と商業主義が生み出した建築物に映し出された戦後大衆社会のファンタジー
・・ちなみに、明治時代にキリスト教が「解禁」されてからも、葬儀にかんしてはなかなかキリスト教式が認められなかった。明治17年まで葬儀は仏教式以外は認められていなかった(!)のである。

(2014年7月25日、8月12日、28日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2011年11月22日火曜日

書評『霊園から見た近代日本』(浦辺登、弦書房、2011)― 「近代日本」の裏面史がそこにある


■「近代日本」という時代の激変を福岡で体感した人びとが東京を舞台に■

 「近代日本の裏面史」である。日本史の教科書にでてくる有名人も数多く登場するが、お墓を媒介にして見えないところでつながっている人脈をたぐりよせると、日本史の教科書にはでてこない世界が浮かび上がってくる。

 幕末に「開国」を迫られ、欧米中心で弱肉強食の厳しい国際社会のまっただなかに放り込まれた小国・日本。「近代日本」とは、日本と日本人が生き残りをかけた生存競争の時代であった。その状況のもと、日本人の潜在能力が解き離たれ、さまざまな分野で爆発した時代でもあった。

 本書は、著者が東京に散在する霊園をたずねて、死者たちと交わした対話記録といってもいい本である。墓が墓を呼び、イモヅルをたぐりよせるようにして現れてきたのは「見えないネットワークでつながっている人脈」であった。

 その中心にあって、本書の通奏低音として流れているのは、福岡に源流を持つ政治結社「玄洋社」に連なる人びとである。そしてその背後にあった名も無き日本人たちだ。
 東京にいくよりも朝鮮半島のほうが近い、東京までの距離と上海までの距離はほぼ同じという地理的条件をもった国際都市・福岡。福岡出身の著者が、福岡の出版社から出したこの本は、福岡出身者でなければ書けない内容だといっていいかもしれない。関心のありかたが、福岡出身者以外とはやや違いがあることを感じさせるからだ。

 幕末から明治維新にかけての動乱期、当時の藩主・黒田長溥(くろだ・ながひろ)の致命的な情勢判断ミスによる意志決定のため、本来は倒幕派であったのにかかわらず、佐幕派とみなされて維新後の社会において苦杯を飲まされることになった福岡藩。明治維新の敗者となった「負け組」は、会津藩や越後長岡藩といった東北だけではなかったのである。

 その環境のなかからでてきたのが「玄洋社」であった。いまだに右翼団体というレッテルを貼られたままの玄洋社だが、最初の頃は自由民権運動の担い手の一つだったことに、少なからぬ読者は驚くのではないだろうか。この玄洋社が民権から国権に比重を移していったのもまた「近代日本」である。

 面白いことに本書には、ただの一枚も肖像写真は掲載されていない。出てくるのはひたすら墓、墓、墓...

 著者みずからが撮影した墓石と墓碑銘の写真ばかりである。東京はある意味では、近代日本のオモテだけでなく、ウラの歴史もあわせた巨大な霊園地帯なのかもしれないという気さえしてくる。

 霊園で死者たちの声を聴き取った著者は、さながら霊媒のような存在だといったら著者からは叱られるだろうか。むしろ、タイトルは『霊園で聴いた近代日本』とするべきだったかもしれない。

 すでに中途半端なままに終わってしまった「近代日本」とは何であったのか、本来どういう方向にむかう可能性があったのか。このことを考えることは意味のあることだろう。だから「近代日本の裏面史」である本書は、オルタナティブな可能性をもっていた「近代日本史」でもあるのだ。

 本書には珍しく「主要人名索引」が完備しているので、索引から人名をたぐりよせてみる読み方も面白いかもしれない。ぜひ一読を薦めたい。


(画像をクリック!)


<初出情報>

■bk1書評「「近代日本」という時代の激変を福岡で体感した人びとが東京を舞台に行ったこととは?」投稿掲載(2011年9月13日)
■amazon書評「「近代日本」という時代の激変を福岡で体感した人びとが東京を舞台に行ったこととは?」投稿掲載(2011年9月13日)


目 次

第1章 朝鮮半島をめぐる外交摩擦
 青山霊園のあたり
 外人墓地から
 日清戦争の背景
 金玉均の墓所にて
第2章 幕末から西南戦争まで
 黒田長溥の墓所から
 維新の策源地「延寿王院(えんじゅおういん)」
 戦国大名の争奪地「博多」
 西南戦争という価値転換
第3章 アジアとの関わり
 玄洋社の看板、頭山満
 自由民権団体の玄洋社
 ロシアの南下政策とヒンターランド構想
 宮崎滔天の「落花の歌」
第4章 近代化のはざまで
  日露開戦の予言
 新興宗教と病気なおし
 宮沢賢治という宗教と科学を極めた人
 エスペラント語と革命
第5章 日本近代化の総仕上げに向けて
  「五箇条の御誓文」という近代化
 ハルビン学院と杉原千畝
 大杉栄と後藤新平の関係
 犬養毅、後藤新平の産業立国主義
あとがき
参考文献
索引

著者プロフィール

渡辺 登(うらべ・のぼる)

1956年(昭和31年)福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌への投稿を行う。オンライン書店bk1では「書評の鉄人」の称号を得る。著書に『太宰府天満宮の定遠館』(弦書房)。



<書評への付記>

 ことし2011年は奇しくも「中国革命100年」の年にあたる。

 革命家・孫文につらなる縁で、本書にもその多くが登場している玄洋社につらなる人びとや、その周辺にいた日本人たちに脚光が浴びたのは、たいへん喜ばしい。

 東西冷戦が崩壊してすでに20年、左翼の崩壊にともない右翼もその意味を失った結果、右でも左でもない日本と日本人を見直すにはじつによい時代となった。 

 本書の出版は、「3-11」という、未曾有の大地震と大津波という自然災害と、それ原発事故という人災に苦しむ国難が発生する以前に書かれたものだ。「3-11」によって「戦後」も完全に終わったことは、ある意味では、さらに物事を虚心坦懐に見ることを可能としたといってもいいだろう。

 ところで、文化人類学者の山口昌男に『敗者の精神史』という大著がある。明治維新の敗者の側から描いた近代日本史もまた、オルタナティブな日本近現代史となっている。

 福岡生まれの著者が福岡の出版社から出版した本であると言うことは、東京のまなざしとはイコールではないということを意味している。

 本書は、やや玄人ごのみの内容だが、索引もしっかりつけてあるので、人物エピソードで読む近代日本裏面史として、あるいは東京の墓地めぐりガイドとしてもいいかもしれない。

 それぞれの墓地の案内図はつけていないが、これはみずから足を運んで、自分で墓探しをすべしというメッセージだろうと受け取った。

 維新後、1/10の規模に縮小させられた谷中墓地、あらたに造成された青山霊園。

 「人間、至る所に青山あり」という詩句があるが、青山(あおやま)と青山(せいざん)は同じ漢字を書く。青山(せいざん)とは墓のことであり、青山霊園というのは、なにかトートロジー(=同語反復)なものを感じてしまう。霊園とファッションは、なぜか親和性が高そうだ。

 本書には、お墓の写真以外、人物写真はいっさい収録されていない。写真資料が満載の『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』(読売新聞西武本社編、海鳥社、2001)とあわせて読むことを望みたい。



PS 2024年に「新装版」が発売された

福岡在住で、精力的に調査と執筆をつづけておられる地方史家の浦辺登さんから、7月にでたばかりの『霊園から見た近代日本』(弦書房)の「新装版」をいただいた。  




本書は、著者が東京在住時代に青山霊園をはじめとする各地の霊園をたずねて、たぐりよせた「近代日本の見えないネットワークでつながっている人脈」である。 

その中心にあって、本書の通奏低音として流れているのは、福岡に源流を持つ政治結社「玄洋社」に連なる人びとである。そしてその背後にあった名も無き日本人たちだ。 

つい最近、新宿中村屋創業者の相馬愛蔵・黒光夫妻と亡命インド人のラス・ビハリ・ボースの関係に言及したばかりなので、ちょっとしたシンクロには驚きを感じている。まったく意識してなかったので・・・ 

それにしても「新装版あとがき」の内容は考えさせられるものがある。 

現代中国人の「玄洋社」への関心の強さと、それに反して一般的な日本人の認識の低さ。日本人の認識が変化しつつあるとはいえ、いまだ道半ばである。 

それは、日本人自身の認識においても、「福岡を中心とした九州から見える東アジア」と、「東京から見える東アジア」との落差でもある。そう言い換えることも可能だろう。視点の違いは、認識の違いにつながっている。 

まあ、そんな話は別にしても、めずらしく「完備された人名索引」を頼りに「東京の霊園めぐりガイドブック」としても使う、そんな読み方もありなので、本書はぜひ手にとっていただきたいと思う。 

(2024年7月17日付けのFBへの投稿を改稿して、2024年7月25日に掲載)


<ブログ内関連記事>

『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』 (読売新聞西部本社編、海鳥社、2001) で、オルタナティブな日本近現代史を知るべし!
・・玄洋社につらなる人たちの肖像写真は、この写真集でとくとご覧いただきたい






(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
ぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end