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2024年2月26日月曜日

書評『神と人のはざまで ― 近代都市の女性巫者』(アンヌ・ブッシィ、東京大学出版会、2009)― 日本の庶民信仰の「地下水脈」をさぐった研究成果は読み物としても面白い

  


ついでだからもう1冊読んでおくことにした。こちらもおなじく伏見稲荷のオダイである。それも、前者が活動した京都から福知山に至る地域よりも、さらに濃厚な「宗教地帯」である奈良県の農村から大阪府の天王寺にかけて活動した人だ。 


昨年入手したこの本は、出版されたときに購入しておかなかったのが裏目にでてしまった。ようやく昨年2023年になってから第2刷(!)がでたので、万難を排して購入した。入手不能状態が、なんと14年間もつづいていたのだ。

著者は、フランス人女性で日本研究者日本語に堪能で、長年にわたって日本で研究をつづけてきた人。1992年の初版がでた原文はフランス語で、Les oracles de Shirataka ou La sibylle d'Ôsaka : Vie d'une femme spécialiste de la possession dans le Japon du XXe siècle である。

日本語なら『シラタカのお告げ、あるいは大阪の巫女 ー 20世紀日本に生きたある女性霊能者』とでもなろう。こちらのほうが、本書の内容をより詳しく説明している。日本語版に翻訳者の名前が記されていないのは、本人が希望しないためとのことだ。

フランス語のオラクル(oracle)とは神託、デルポイの神託のそれである。シビル(sybylle)とは古代ギリシアの巫女のこと。西洋文明の人間にとっては、古代ギリシアの連想が日本理解につながるのである。


(日本語版にも収録されている中井シゲノ 伏見稲荷大社にて36歳頃)


さて、 「シラタカ」とは、この本の主人公である中井シゲノ(1903~1991)という女性に降りてきた神のことだ。シラタカさまは、白狐(びゃっこ)である。白キツネである。稲荷信仰では神さまのつかいである。 

本書は、そんな「オダイ」の人生を聞き書きという形でまとめたものだ。話す相手が異国人であり女性であること、しかも本人は両目ともに見えないが聴覚は発達しており、それこそ「心眼」で見抜く能力に富んでいたのであろう。だからこそ、「オダイ」も安心してなんでも話したのであろう。

内容は、話された内容そのままだというが、さすがに専門の研究者の手になるものだけに構成がうまい。ストーリーとしての読みでがある。 

霊能者としての女性のライフストーリーをつうじて、農村から都市へと人口移動がおこった日本近現代史が重なりあわされる。稲荷信仰は、もともと「稲荷=稲成り」であるように、コメつくり農業と密接なかかわりをもっていた。都市の商業活動と結びつくのは、もっぱら近代以降のことなのだ。

中井シゲノが「オダイ」になったキッカケは、事故で両目を失明したことにある。22歳のときである。入院しても治らなかった傷害が、退院後に神さまのおかげで左目がぼんやりと見えるようになり、その後はさまざまな神が降りてきて語りかけてくるようになり、オダイとしての自覚をもつようになる。 

この人の場合も、神に選ばれてしまった以上、覚悟をきめて厳しい修行の道に入るもっぱら滝行が中心であるが、厳しい冬のさなかであっても欠かさないのである。それが「オダイ」であるためには必要条件なのだ。そうでないと神さまの声を聞くことはできないのである。 

奈良県の農村に生まれ育った彼女は、夢のお告げに現れた玉姫様の社(やしろ)を求めて、目が見えないまま大都市の大阪にでて、偶然、いや神さまの導きで天王寺近辺で遭遇することになる。本書の記述はここから始まる。そして、その生涯を見ていったあと、最後は「オダイ」の後継者がどう決まっていくかで終わる。 


(最近あいついで「復刊」された「オダイ」関連の聞き書き)


重要なことは、「オダイ」というのは、「神と人のはざま」にあって、自分の身体を媒体(メディア)にして、神さまを降ろして「お告げを聞く」という職能であるが、失明者がなる東北のイタコとは違って、死者の霊を降ろすことはしない。降ろすのは神さまだけである。 

また、専門の職業霊能者である「オダイ」は、神を降ろすだけでなく、神に帰ってもらうこともできる点が根本的に異なるのである。

トランス状態に入って、そしてまたそこから戻ってくる能力、つまりスイッチを自由自在に切り替えることのできる能力である。これは日々の厳しい「行」(ぎょう)があってこそ、はじめて身につけることにできるなのである。 

世の中には神さまが降りてくる、言い換えれば体質的にモノに憑かれる憑依(ひょうい)型の人は多い。だが、それだけではオダイにはなれないのである。「あっち側」にいってしまっても、いったきりではダメなのだ。自らの意思で「こちら側」に戻ってくることができないと、単に精神異常に過ぎない。 

本書は、そんな具体的な傑出したオダイの人生を聞き書きでたどりながら、現在なお大都市に生きる霊能者たちの存在に、日本の民衆信仰の地下水脈ともいうべきものを見いだし、近代化にうまく適応しながら生き延びてきたことを明らかにする。 

中井シゲという傑出した「オダイ」が特筆すべきなのは、彼女自身が宗教化への道をかたくなに拒否したことにある。 

信者が増えてくると、その信者集団が宗教へと志向する道が開かれてくるが、同時代に生きた北村サヨのように「教祖」になることも拒否している。組織というヒエラルキーをともなう「男性原理」を拒否したといえるのかもしれない。

逆にいえば、天理教の中山みきや、大本教の出口なおのような存在は、日本では無数に存在してきたということなのだ。

霊能者たちへの需要がなくなることは、今後もないであろう。人間生きていれば、さまざまな問題がふりかかってくる以上、最終的に助けを求める先として霊能者は重要な位置づけをもつ。基本的に庶民信仰の世界であるが、インテリもまたその世界とは無縁ではない。

「オダイ」や職業的霊能者をめぐる状況は、今後も大きく変化していくであろうが、意外としたたかに、かつ柔軟に生き延びていくのかもしれない。いや、形を変えながら生き延びていくのだろう。


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目 次
日本語版への序 
プロローグ 1983年、大阪、天王寺区
1 玉姫の契り
2 ままならぬ世
3 村での神がかり 
4 火と水、地と空
5 仲立ちの世界にて
6 崩壊と繁栄の渦巻きのなかで 
7 神と人の交換手 
8 オダイはあと3年 
あとがきにかえて 
シゲノの後、果てしない歩み(日本語版のために) 
解説『シラタカのお告げ』の現代的意義(鈴木正崇) 
参考文献 
中井シゲノ年譜

著者プロフィール
アンヌ・ブッシイ(Anne Bouchy)
フランス国立極東学院教授。16年間日本に暮らして以来、今もフィールド・ワークと研究活動を日本で続け、日本の民俗宗教研究を専門としている。フランス国立極東学院のほか、トゥールーズ大学と社会高等研究院で宗教民俗学、日本民俗学と修験道の研究指導にあたっている。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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・・古代ギリシアにおいて「哲学」が生まれたのは、それまで支配的であった「神々」のパワーが弱体化していった時代であった

・・「「救い=癒し」の観点から、魂の病である精神疾患に「ニッチ分野」を発見したイエス教団(・・・中略・・・)最終的には地中海世界での病気治しの勝利者となる。」

・・稲荷信仰は、もともと「稲成り」から転じたように、稲作農業と密接なかかわりをもっていた




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2024年2月22日木曜日

書評『霊能一代(増補改訂版)』(砂澤たまゑ、二見書房、2024)ー 「霊能者」の聞き語りだがタイトルから連想されるような「オカルト本」ではない

 

 『霊能一代(増補改訂版)』(砂澤たまゑ、二見書房、2024)という本を読んだ。  amazonでレコメンドされて、はじめてその存在を知った本だ。

まだ出版されたばかりなのに、レビューの数と熱度が高い。いずれもやらせレビューではない。これは読まねばなるまいと、勝手に決めてすぐにポチ。どうしても、この手のタイトルに惹かれるものがあるのだ。なぜか「引き寄せ」てしまう。いや、AIの解析結果のレコメンドに過ぎないのだが(笑) 

内容は、帯に書いてあるとおりだ。「伏見稲荷のオダイが辿った数奇な運命の物語。希有な霊能者が語るお稲荷さんの不思議な力と神秘体験の数々・・・」。 いかにも読みたくなるコピーだな。

「オダイ」とは「お代」神さまの代わりに、神さまのことばをとりつぐ霊能者のことだ。具体的にいえば、「稲荷大神様」の「行者」(ぎょうじゃ)である。 伏見稲荷といえば、京都の伏見稲荷である。

本人もなぜそのような人生を送ることになったのかわからない、と語っているように、自分の意思とは関係なく、神さまに選ばれてしまったのだから仕方がないのだ。 

最終的に覚悟を決めて、その道に進むことになったが、それはもう厳しい修行の道であったことが語られている。塩水だけの「百日断食」なんて、まずふつうの人には不可能だろう。

 この本は、長年にわたってオダイから聞き取りを行ってきた翻訳著述業に従事する内藤賢吾氏が、聞き書きの内容を整理し、構成と執筆を行って2004年にでた原本の「増補改訂版」である。 

「第一部 神様に導かれて歩んだ」と「第二部 信者さんたちとともに歩んだ道」の二部構成になっている。 

20年後の「増補改訂版」では、出版にいたる経緯をまとめた内藤氏による「まえがき」と「追記」、「あとがきに代えて」が加えられている。なによりも内藤氏による「註」に意味がある。著者の語りの記憶違いなどを、できるかぎり事実関係の検証を行っているからだ。 

通読してみて思うのは、タイトルから連想されるような「オカルト本」ではない、ということだ。激動の日本近現代史を生きたひとりの女性のライフストーリーである。それがたまたま「霊能者」であったということに過ぎない。そんな読み方も可能だろう。 

とはいえ、そんな霊能者の言うこと(・・いやいや違う、霊能者の口をつうじて神さまが言うことだ)に耳を傾ける悩める人たちが、熱心な信者になっていったということ。その意味では、ごくごく普通の日本人の精神世界を描いているともいえる。

社会の表層がいかに「近代化」しようが、深層にある日本人の精神世界は連綿としてつづいている。「稲荷信仰」は現在なお根強い人気がある。「商売の神さま」というだけの存在ではない。 

語り手である著者が本拠地にしていたのが京都府の福知山だ。わたしは福知山にはそれほど土地勘はないが、聞き語りになんどもでてくる舞鶴は生まれ故郷なので、なんだか親近感を感じるものがあった。

著者が語っているのは、「信じる者は救われる」ということに尽きる。そのためには、「素直な心」が重要だと説いている。 

「素直な心」といえば「経営の神さま」となった松下幸之助が残したことばを想起するが、本書によれば幸之助翁は若き日に伏見稲荷で熱心に行(ぎょう)を行っていたらしい。 なるほどそういうことだったのか。著者の砂澤たまゑは、実際に何回か直接会っているという。

また、痔の治療薬であるボラギノールは、福知山出身者の創業者が、悩み多き若き日に伏見稲荷に籠もっていたときに思いついたのだという。福知山で活動していた著者ならではの話だ。

ただし、本書全体をつうじて著者が語るところに耳を傾けるかどうかは、読者次第であることは言うまでもない。 


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目 次
増補改訂版まえがき 
復刊に至るまでの奇妙な出来事 
はじめに 
第一部 神様に導かれて歩んだ 
第二部 信者さんたちとともに歩んだ道 
おわりに 
増補改訂版『霊能一代』の註 
【追記】最晩年の砂澤
増補改訂版のあとがきに代えて 砂澤は「生きていた」 


著者プロフィール
砂澤たまゑ(すなざわ・たまえ) 
1922年、兵庫県朝来郡和田山村(現在の朝来市)に生まれる。稲荷信仰の行者(オダイ)。稲荷神など神の声が聞こえる稀代の霊能者だった。若いころから厳しい行をおこない、京都府福知山市の内記稲荷神社を世話しながら神様を祀っていた。独力で京都・伏見稲荷大社の支部である三丹支部を立ち上げ、多くの信者を集めた。2009年9月11日に逝去。2021年9月、第13代・伏見稲荷大社名誉宮司の故・坪原喜三郎氏とともに同社内の霊魂社に合祀される。(書籍カバーおよび出版社の書籍サイトより)



PS 『お稲荷さんと霊能者』(内藤憲吾、河出文庫、2021)

『お稲荷さんと霊能者』(内藤憲吾、河出文庫、2021)を読むと、『霊能一代(増補改訂版)』(砂澤たまゑ、二見書房、2024)成立の経緯がよくわかる。

『霊能一代』が内藤氏のよる聞き書きであることは同書にも記されているが、『お稲荷さんと霊能者』にはその事情がより詳細に記されているので、あわせ読むといいだろう。

不思議な現象に翻弄されながらも、次第次第に霊能の世界に目覚めていく著者の体験記でもある。1995年に会社を辞めてフリーになってから、著者が霊能者の口をつうじて語られる神さまのお導きで生き延びてこられたのである。

それが著者自身の実感であり、主観的だとはいえ、著者にとっての「真実」なのだということも。まこと「信じる者は救われる」のである。「素直な心」がいかに大切なことであることか。   (2024年3月5日 記す)


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