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2023年12月27日水曜日

書評『言語の本質 ― ことばはどう生まれ、進化したか』(今井むつみ/秋田喜美、中公新書、2023)― 「言語の本質」にかんする知的刺激に満ちた探求が「オノマトペの幸(さきわ)う日本語世界」からでてきたことを言祝(ことほ)ぎたい

 


認知科学と発達心理学、心理言語学を専門とする2人の研究者による実験と観察、そして両者の対話の成果である。じつに面白い。知的刺激を受けることは間違いない。

日本語を母語にする話者にとって、豊富にあってごくごく親しいオノマトペ(擬音語で擬態語)から始まった疑問が、最終的に「言語の本質」とはなにかを探求する道へとつながっていく。

そして進化のプロセスのなかで分岐した、ヒトとチンパンジーをわけるもの、さらにヒトが生み出した AI とヒトとの違いも考察に入ってくる。

「言語」こそ、ヒトとその他の動物をわけるものであり、「言語の本質」にこそ、AIとの違いがある。


(通常のカバーのうえに、さらに特別カバー。包み紙好きなのは日本的?)


オノマトペとは、「もっちり」感があるとか、「もふもふ」としているとか、感覚を表現するのに最適なことばだ。日本語にはきわめて多いが(とはいっても語彙全体の 1% だという)、その他の言語にもなんらかの形で存在する。

副題にあるように、「ことばはどう生まれ、進化したか」の旅路の最初に、赤ちゃんがつかうオノマトペがある。

人間としての成長と発達のプロセスのなかで、いかにことばを覚えて、それをつかえるようになっていくか、その学習のプロセスに「言語の本質」があると著者たちはみている。




この本は、結果ありきという本ではない。結論に至るまでのプロセスを楽しむべき本だ。読んでいるとじつに面白いが、一気読みをさせないという力も働く。内容を充分に咀嚼したうえで、つぎのプロセスに進んでいくことが、暗黙のうちに求められるからだ。

「言語習得とは、推論によって知識を増やしながら、同時に「学習の仕方」自体も学習し、洗練させていく、自律的に成長し続けるプロセスなのである」(P.204)というフレーズが、太字ゴチックで記されている。「ブートストラッピング・サイクル」である。




オノマトペから始まった探求は、赤ちゃんの「言語習得」のステージに入っていくと、がぜん面白さが増していく。赤ちゃんは、上記のような「言語習得」のプロセスを無意識のうちに実行しているのである。

まずは、身体性によって習得したオノマトペから始まるのである。直観的に理解できるからだ。オノマトペから始まった言語習得は、発達とともに複雑化し、具体的な事物から離れた抽象概念を理解して、つかうことができるようになっていく。

そこで行われる「推論」は、まずは「統計的推論」であり、「アブダクション」(=仮説推論)と「帰納法」(=インダクション in-duction)も駆使している。驚きではないか! 赤ちゃんは、いずれも無意識のうちに実行しているのだ。

アブダクション(=仮説推論)とは、結果から「たぶんこうだろう」と推測する推論方法のことだ。いわゆる「●●だと、あたりをつける」という推論方法のことである。否定的に語られがちな「当て推量」もその1つである。

アブダクション(ab-duction)は英語の一般語としては「誘拐」を意味するが、ここでは専門用語として使用されている。19世紀米国の哲学者パースがはじめて提唱した概念だ。なじみがないカタカナ語かもしれないが、アブダクションは、日常的に行われているものだ。

ただし、アブダクションによる推論はあくまでも「仮説」であって、仮説であるという認識をもつことと、それがただしいかどうかは検証しなくてはならない。学者や研究者でなくても、それはおなじである。赤ちゃんや子どもですら日常的に行っているのだから。

仮説検証という作業を怠るのは、子どもではなく大人である。思い込みが固定観念を生み出すことが増えている。AI時代に必要なことは「仮説検証能力」であろう。「ちょっと違うのではないか」という疑問をもち、一呼吸おくことが大事なのだ。

AIの能力はさらに進化していくが、生身の肉体をもった人間の身体性がゼロになるわけではない。「記号接地問題」こそ重要なのである。AIはデータがなければなにもできない。ゼロからものを生み出すことはできないのだ。それができるのは身体性をもった人間だけである。

あくまでも身体性から生まれることばが、身体をもった人間に使用され、データ蓄積がAIによってあらたな組み合わせが生成され、その生成物を人間が使用し、ふたたびデータとして取り込まれる。

身体性をもった人間とAIとの「双方向性の相互作用」とその循環プロセス」がつづいていくのではないだろうかと、わたしは考えている。楽観的に過ぎるかもしれないが、技術と人間の関係というものは、有史以来おなじパタンを繰り返してきた。

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言語をもち、言語を習得できること
が、ヒトとヒトにもっとも近い類人猿であるチンパンジーをわけている。こういった進化人類学の観点から研究も、今後は大いに期待したいところだ。

もちろん、進化という観点からみたら、チンパンジーと AI にはさまれているのがヒトである。ヒトじたいもAIの進化に応じて変化していく可能性は高い。

言語を軸にした本質にかかわる考察は、人間の根本にかかわる問題である。そんな探求が、「オノマトペの幸(さきわ)う日本語世界」からでてきたことを言祝(ことほ)ぐべきだろう。

『言語の本質 ー ことばはどう生まれ、進化したか』のような、オリジナルな研究をもとにした、新書本にしてはきわめて内容の濃い本がベストセラーになるという現在の日本。すばらしいことではないか!



目 次 
はじめに
第1章 オノマトペとは何か
第2章 アイコン性―形式と意味の類似性
第3章 オノマトペは言語か
第4章 子どもの言語習得1 ー オノマトペ篇
第5章 言語の進化
第6章 子どもの言語習得2 ー アブダクション推論篇
第7章 ヒトと動物を分かつもの ー 推論と思考バイアス
終章 言語の本質 
あとがき
参考文献

共著者プロフィール
今井むつみ(いまい・むつみ)
1989年慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。1994年ノースウェスタン大学心理学部Ph.D取得。慶應義塾大学環境情報学部教授。専門は認知科学、言語心理学、発達心理学。
著書に『英語独習法』(岩波新書)、『学びとは何か』(岩波新書)、『算数文章題が解けない子どもたち ― ことば、思考の力と学力不振』(岩波書店、共著)、『ことばと思考』(岩波新書)、『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書)、『親子で育てることば力と思考力』(筑摩書房)、『言葉をおぼえるしくみ ― 母語から外国語まで』(ちくま学芸文庫、共著)など多数。

秋田喜美(あきた・きよみ)
2009年神戸大学大学院文化学研究科修了。博士(学術)取得。大阪大学大学院言語文化研究科講師を経て、名古屋大学大学院人文学研究科准教授。専門は認知・心理言語学。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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2021年1月17日日曜日

書評『サピエンス異変-新たな時代「人新世」の衝撃』(ヴァイパー・クリガン=リード、飛鳥新社、2018)-腰痛もちは必読! 人類が生み出してきたた発展が急速すぎて人体の進化が追いついていないのだ

  
同時並行的に何冊も読んでいるので話が前後するのだが、『サピエンス異変-新たな時代「人新世」の衝撃』(ヴァイパー・クリガン=リード、飛鳥新社、2018)という本が面白かった。  

正直いって『サピエンス全史』なんかより、はるかに面白い!

そう言いたいところだが、この本の原題は Primate Change - How the World We Made is Making Us であって「サピエンス」の「サ」の字もでてこない。日本語タイトルは、柳の下のドジョウ狙いいか? Primate というのは「霊長類」のことだ。読者を釣るには最適なタイトルだろう(笑) 

そういう話は別にしても、内容はじつに面白い。

というのは、この本の内容を大胆に要約してしまえば、「人類が生み出してきたた発展が急速すぎて人体の進化が追いついていない」ということになるから。 

言い換えれば、21世紀の人類は「アタマでっかち状態でカラダの進化がおいついていない状態」だ。その状況が症状として端的に表れているのが腰痛。オフィスワークが中心になって、ずっと座り続ける生活が続けているが、これが「腰痛」の最大原因となっているのだ。コロナ下で、状況はさらに悪化しているかもしれない。 


「人新世」(アントロポセン)とは聞き慣れないが、地質学上のあらたな概念で、人間が地球環境に影響を与えるようになった年代をさしている。一般的には「産業革命」以降の時代を指しているようだ。周知のとおり、地球温暖化の最大原因である二酸化炭素(CO2)の排出量が指数関数的に増大したのは、18世紀末から19世紀半ばにかけて英国で始まった産業革命以降のことである。

二足歩行をするようになった霊長類(=プライメート)が進化して人類が誕生し、人類のなかで人間(=ホモサピエンス)が生き残ったわけだが、「農業革命」と「産業革命」、さらには「情報革命」を経て現在に至っている。いずれもホモサピエンスのアタマが作り出してきたものだ。

ホモサピエンスが経験してきた大きな革命ごとに、手足や指、背中や腰に大きな負担がかかるようになっている。 にもかかわらず、アタマが作り出した「文明」に、カラダの「進化」が追いついていないことに起因する症状に苦しめられている現在の私たち。 


座ってばかりいないで、立て!そして歩け! というのが、腰痛持ち(この本の著者もそうだという)にとってのアドバイスだ。 座りっぱなしが寿命を縮めるという話は英語圏では「常識」となっている。日本人も「常識」にしたほうがいい。 

腰痛だけでなく、さまざまな障害がなぜ発生するのか、形質人類学の知見と、19世紀英文学(・・まさに「産業革命」とその後の世界)を駆使して書かれたこの本は、とくに腰痛もちの人にはぜひ一読を薦めたい。私が編集者なら「腰痛もち必読!」というコピーを帯に入れたいところだが(笑) 

英語ならまだしも、日本語にするとつまらないジョークが多いのが困ったことだが(笑)、そこらへんは著者が英国人であることで免じてあげよう。 




目 次

プロローグ 私たちの身体に異変が起きている 
第1部 紀元前800万年~紀元前3万年
  すべては「足」からはじまった
 第1章 ヒトは「移動」で進化した
 第2章 「人新世」以前の身体 
第2部 紀元前3万年~西暦1700年
  「移動」をやめた人類に何が起きたか?
 第3章 人類は「定住」に適応していない?
 第4章 家畜は何を運んできたのか?
 第5章 古代ギリシア・ローマ人の警告 
第3部 西暦1700年~西暦1910年
  身体は経済そのもの
 第6章 腰が痛い!
 第7章 大気汚染
第4部 西暦1910年~現在
  動かなくなった人類に何が起きているのか?
 第8章 身体は現代の食生活に追いついていない 
第5部 未来
  ホモ・サピエンス・イネプトゥス(環境に適合しないホモサピエンス)
 第9章 超人類への扉を開ける「手」
エピローグ


著者プロフィール
ヴァイバー・クリガン=リード(Vybarr Cregan-Reid) 
英ケント大学准教授。専門は環境人文学と19世紀英文学だが、扱うテーマは人類史、古典文学、健康、環境問題まで幅広い。ケント大学の名物教授として学生に絶大な人気をほこり、2015年には同大の「ベスト・ティーチャー賞」を受賞。ガーディアン紙、インディペンデント紙、ワシントン・ポスト紙などに寄稿多数。 人類が生み出した文明の速度に、人類の進化が追いついていない問題を大胆に提起した本書『サピエンス異変』は、2018年秋の刊行と同時にBBCワールドサービスで番組化され(全3回)、フィナンシャル・タイムズ紙の2018年ベストブックに選出されるなど、大きな反響を呼んでいる。(出版社サイトより)


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2020年3月28日土曜日

書評『サピエンス全史 上下 ― 文明の構造と人類の幸福』(ユヴァル・ノア・ハラリ、柴田裕之訳、河出書房新社、2016)― 想像力によって作り出したフィクション(虚構、擬制)が人類をここまで進化させてきたが・・

(期間限定特装版のカバーはゴーガンの有名な絵画)


 『サピエンス全史 上下 ― 文明の構造と人類の幸福』(ユヴァル・ノア・ハラリ、柴田裕之訳、河出書房新社、2016)を読了。出版されてからすでに4年たつ。

日本語版も「ビジネス書大賞2017 大賞受賞」、「ビジネス書グランプリ2017 リベラルアーツ部門 第1位 」に選出され、現在でもロングセラー状態が続いている世界的な超ベストセラーだ。すでに全世界で2000万部売れたという。

英語版タイトルは、Sapiens: A Brief History of Humankind(2015)、直訳すれば「サピエンス-人類の簡潔な歴史」となる。

ビジネスパーソンである以上、世の中で流行っているモノやコトには一応は注意を払うものの、限られた時間のなかでは、やり過ごすことが多い。

しかも、この本がベストセラーが話題沸騰中でベストセラー街道を驀進中だった頃、最終的に『ビジネスパーソンのための近現代史』(2017年5月刊)というタイトルになった本の執筆に専念していたので、見て見ぬふりをしていた。土日のすべてと、平日の早朝の時間帯を調査と執筆にあてていたので、とても読むヒマなどなかったのだ。

面倒なのでそのまま読まないままで済ませようと思っていたのだが、よんどころのない理由の発生で読まざるをえなくなった。昨年10月のことだ。

それからすでに半年近くたってようやく読み始めたわけだが、新型コロナウイルス騒ぎで、少しヒマができた(というよりも余儀なくされている)ので一気に読了。こういう本は、できれば一気に読んでしまいたいものだ。




想像力によって作り出された「フィクション」(=虚構、擬制)がもたらした進化

なるほど、こういう本がベストセラーになるのだなといいうことは、読み始めてからしばらくして納得した。

日本語の訳文がこなれているからということもあるが、読みやすいからだ。しかも、こういうスタンスで書かれた本があまりないということもその理由だろう。

本書を一貫しているの思想は、想像力によって作り出した「フィクション」(虚構、擬制)が、現在唯一の人類であるホモ・サピエンスをここまで進化させてきた、というものだ。ホモ・サピエンスも動物であるが、フィクションのおかげで生物学的制約を超えることが可能となったのだ。

これが、7万年前に始まった「認知革命」後のホモサピエンスの進化と、地球の覇権確保につながっていく。

神話や伝説、神々や宗教から始まり、企業や法制度、国家や国民、人権や平等、そして自由といった概念もみなフィクションであると著者は言い切っている。 まことにもって明解ではないか! 

そのために人が生き、そのために人が死ぬもの、それは現実に存在するモノそのものではなく、あくまでも概念である。 だが、そのフィクションが「共同主観的」事実として、個々の人間をまとめあげ、集団として行動することを可能にしてきたわけだ。

企業活動に即していえば、著者も冒頭であげているブランドがそうだし、ミッション・ビジョン・バリューなど、まさにフィクションの最たるものだろう。でも、それでいいのだ。
(・・とはいえ、日本語世界では、すでに「共同幻想」という概念が普及しているので、著者の主張はとくに目新しいものではない社会学の専門用語を使用すれば「社会構成」(social construction)ということになるが、インタビュー記事によれば、著者はあえて日常用語を使用したらしい)。

歴史家である著者は、生物学的な制約条件を脱して、独自の進化が可能になった理由をそこに求めている。だから、この本を最初から最後まで貫いているのは、「生物学」と「歴史学」との相克(コンフリクト)といっていいだろう(・・日本語版では「歴史」となっているが、「歴史学」とすべき箇所がある。biology を生物学と訳すなら、history は歴史ではなく歴史学だ)。

過去も現在も未来も、いかにしてホモ・サピエンスが、生物学的条件に束縛されながらも、そこから脱しようとしてきたのが現在に至る軌跡であり、それが未来に向かう道筋である。

著者の主張で重要なのは、ホモ・サピエンスだけが人類ではない、としていることだろう。ホモ・サピエンスが覇権を握る以前は、ネアンデルタール人などさまざまな人類が存在したわけであり、しかも生命操作とAIや機械などによる「人間強化」の行く末には、「異なる人類」が誕生する可能性が高い。「超人類」と言い換えてもいい。ホモ・サピエンスの覇権は終わり、ワンノブゼムになるというわけだ。





動物であるホモ・サピエンスが、その他の動物を支配して生きてきたことの功罪

このほか、著者自身の価値観が濃厚にできるなと思わされるのが思わされるのが、動物であるホモ・サピエンスが、その他の動物を支配して生きてきたことの功罪についての記述だ。

1万2千年前の「農業革命」によって、狩猟採取生活から農業と牧畜への生活にシフトしていくわけだが、狩猟採取時代の人間と動植物との共生状態は終わることになった。同時に、ホモ・サピエンスは狩猟採取時代の全脳感を失うことになる。不安定な状態のなかで生きるには、脳力を全開にする必要があるからだ。

有用性の観点から人間は小麦を栽培し、ヒツジなどの動物を家畜化していく(・・ここらへんは、イスラエル人の著者に「中東バイアス」を感じてしまう。日本人が書くなら、まずはコメから始めるだろう。いや縄文人が栽培していたクリか?)。

生活は安定するが、人間の幸福感はかえって減退していったのではないか、というのが著者の見解だ。

また、ホモ・サピエンスがその他の動植物を支配するようになった結果、動物の苦しみは続いているのだ。ヒツジも牛も馬も、有用性という観点から、人類に奉仕するようにされてきたが、それが動物たち本来のあり方とは言えないだろう、と。

いわゆる「アニマル・ライツ」(=動物の権利)派の主張がそこにある。 

もちろん、動物を家畜化して生きるようになってから、家畜の感染症が「動物由来感染症」として人類に転移し、パンデミック(=地球規模の感染爆発)となってきたことは、「農業革命」のネガティブな側面といわねばならない。その意味でも著者が言うように、「農業革命」以後は人類の幸福感は低下傾向にあるというべきかもしれない。

いずえにせよ、「種」全体として人類は進化しても、個々人レベルの幸福感が増大したかどうかは別の話なのだ。この点が著者が強調するものであり、「第18章 文明は人間を幸福にしたのか」に集中的に書かれている。


(ハラリのベストセラーと拙著が隣り合わせで平台に)


■「科学革命」後の急速な発展と進化は何をもたらしてきたのか

本書全体にかんしては、「第1部 認知革命」から「第2部 農業革命」、「第3部 人類の統一」までは面白い

だが、「第4部 科学革命」は、最後の2章を除いては、とくに面白いとは思わなかった。「第4部」は、結局のところ「西洋中心史観」と大差ないからだ。この内容なら類書はいくらでもある。ある意味では、拙著『ビジネスパーソンのための近現代史』も同じ時代を別の観点から取り上げている。

ただ、著者の指摘で重要なのは、15世紀以降の西欧による世界支配は、科学革命による「無知」の発見と肯定にあるとした点だ。

「無知」という自覚があるからこそ、人類は「未知」を探求し、見えないものを見えるもの、すなわち「既知」に変えていくその繰り返しが「科学革命」の本質である。かつては神が創った世界には「未知」はないとされてきたが、「科学革命」によってその世界観は揺らぐことになった。

そして、科学と帝国、資本主義、産業革命とエネルギー革命、こういったフィクション(=虚構、擬制)の複合的な組み合わせが、人類の急速な発展を実現化させたのは、著者のいう通りだろう。

とはいえ、歴史の専門家が無意識に陥っているバイアスも感じられる。

それは、歴史イコール人類の歴史としている点だ。人間がかかわるものにだけ歴史があると考えていては、ホモサピエンス誕生以前には歴史はないことになってしまう。そこに不満が残る。地球の歴史や宇宙の歴史といった観点は著者にはない

歴史を生物学との対比と相克という点から見ている点に、著者の立ち位置のユニークさがあるのだが、それは同時に弱点でもあるように思う。

というのは、著者の立ち位置には「環境」という視点がないからだ。地球科学や地理学という観点が欠落しているのだ。まあ、あえて捨象したのかもしれないが・・。


■『サピエンス全史』には、進化と進歩のもたらした負の側面も視野にある

本書のような「人類史」はいままであまりなかったように思う。ベストセラーとなった理由はそこにある。

進化と進歩のもたらした負の側面にまで視野に入っているのは、1970年代以降のものだからだろう。(・・その意味では、日本ではすでに人類学者の梅棹忠夫やSF作家の小松左京による試みが先行していたことは記しておかねばならない)。

個人的な話だが、この本を読みながら思い起こしたのは、中学生時代に愛読していた『人間の歴史 上下』(岩波書店、初版1971年)という本のことである。 




著者は、ソ連の科学読み物の作家であるイリーンとセガール、ソ連で出版された子ども向けの人類史の本である。いまでこそポピュラー・サイエンスものといえば英語圏の翻訳が中心になっているが、かつてはソ連の科学読み物も多く日本で紹介されていた。

岩波書店による書籍紹介には次のようにある。


人間の祖先は力弱い生きものであったが、手を働かせることを発見し、道具を使い、協力して働くことを覚えて以来、今日のような「巨人」にまで発展してきた。人間の歴史の一大ドラマを若い読者に語る。

「先史時代」(・・この表現も歴史家特有のバイアスがあるが)から始まって、1600年のジョルダーノ・ブルーノの刑死で終わる内容。もともとのタイトルは「人間はいかにして偉大になったか」だっと思うが、基本的に進化と進歩が基調にあり、しかも唯物論で貫かれた内容のユニークな本だ。紆余曲折を経ながらも、人類は偉大な存在になったという内容だ。ロシア語によるソ連の出版物なので、当然のことながらロシア史にかんする記述が多い。

『サピエンス全史』の著者ハラリ氏は、ユダヤ系のイスラエル人『人間の歴史』の著者イリーンとその配偶者のセガールも、ともにユダヤ系ロシア人であった。イリーンはペンネームで本名はマルシャーク、『森は生きている』で有名なマルシャークの実弟だ。

イスラエルという21世紀前半の資本主義社会(・・ただし、集団農場キブツに代表されるように、もともとイスラエルは社会主義的傾向が強かった)と、ソ連という20世紀の共産主義社会との違いはあるが、人類史という観点で、人類が個別性を喪失しながら一元化の方向に向かうとする歴史を記述する姿勢に、なにか共通するものを感じるのである。

単なる偶然ではないと思う。普遍性志向の強いユダヤ人特有の一元志向だろうか? 両者はともに無神論者のユダヤ人である点は共通している。

違いといえば、『サピエンス全史』の著者は、すでに人類のペシミスティックな未来が見えていることだろうか。

1970年代の「成長の限界」以降に生まれ、しかもテクノロジーの急速な進歩によって「超人類」が誕生し、ホモ・サピエンスが唯一絶対の立場から、再びワンノブゼムの存在に転落しつつあるというペシミズムだ。

この違いは、イスラエルとソ連の違いを超えて、世代観として意外に大きな意味をもっているのかもしれない。

『人間の歴史』がソ連で出版されたのは、ソ連を自壊に追い込むキッカケとなったチェルノブイリ原発事故(1986年)のはるか以前のことであった。科学と技術が輝いていた「科学万能時代」のことである。そこには一片のペシミズムも存在しなかった。

チェルノブイリ原発事故以降、それ以前に存在したユートピア的な科学信仰の空気は、もはやロシアには存在しない。いや、先進国のどこにも存在しないといっていいのではないか。もちろん、2011年の福島原発事故以降の日本も同様だ。



*****


以上ながながと書いてきたが、結論としては、ある種の偶像破壊的な内容であるが、人類史を一気通貫で描く試みとして、読み物としては面白い、ということになる。

ただし、著者特有のバイアスに注意を払いながら読めば、有意義な読書体験となるであろう。こういう本は、シンギュラリティ(=特異点)が来るとされる2045年の時点で読み返して見ると面白いのではないだろうか。


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PS こういうベストセラーでロングセラーは出版社にとってはドル箱なので、なかなか文庫化されないと覚悟したほうがよさそうだ。

PS2 ところが、2023年11月にはあっけなく文庫化されてしまった。それでも、単行本の出版から7年後のことになる。単行本もひきつづき増刷されつづけているが、文庫版のほうが読みやすいのはたしかだな。(2024年9月8日 記す)



目 次 
歴史年表 
第1部 認知革命 
 第1章 唯一生き延びた人類種 
 第2章 虚構が協力を可能にした 
 第3章 狩猟採集民の豊かな暮らし 
 第4章 史上最も危険な種 
第2部 農業革命 
 第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇 
 第6章 神話による社会の拡大 
 第7章 書記体系の発明 
 第8章 想像上のヒエラルキーと差別 
第3部 人類の統一
 第9章 統一へ向かう世界 
 第10章 最強の征服者、貨幣 
 第11章 グローバル化を進める帝国のビジョン 
 第12章 宗教という超人間的秩序 
 第13章 歴史の必然と謎めいた選択 
   1 後知恵の誤謬 2 盲目のクレイオ 
第4部 科学革命 
 第14章 無知の発見と近代科学の成立 
 第15章 科学と帝国の融合 
 第16章 拡大するパイという資本主義のマジック 
 第17章 産業の推進力 
 第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和 
 第19章 文明は人間を幸福にしたのか 
 第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ 
あとがき-神になった動物 
謝辞 
訳者あとがき 
原註 
図版出典 
索 引 

著者プロフィール 
ハラリ、ユヴァル・ノア(Harari, Yuval Noah)  
1976年、イスラエルのハイファで生まれた歴史学者。オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻、2002年に博士号を取得。現在、エルサレムのヘブライ大学で歴史学を教えるかたわら、2018年のダボス会議での基調講演など、世界中の聴衆に向けて講義や講演も行なう。オンライン上での無料講義も行ない、多くの受講者を獲得している。著書は、世界的なベストセラーの本書のほか、日本語訳されている『ホモ・デウス』と『21 Lessons:21世紀の人類のための21の思考』はいずれも世界的ベストセラーとなっている。このほか、軍事史や中世騎士文化についての3冊の著書* があるが、いずれも日本語訳はない。(最新刊の略歴に引用者が加筆)。

(*注)タイトルは以下のとおり

Renaissance Military Memoirs: War, History and Identity, 1450–1600 (Woodbridge: Boydell & Brewer, 2004)


The Ultimate Experience: Battlefield Revelations and the Making of Modern War Culture, 1450–2000 (Houndmills: Palgrave-Macmillan, 2008)

(2023年11月13日 情報追加)


<関連サイト>

『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリ氏、 “新型コロナウィルス”についてTIME誌に緊急寄稿!(2020年3月24日 河出書房新社のサイト)
・・基本的にこの人は理想主義的傾向が強いのだが

Yuval Noah Harari’s History of Everyone, Ever His blockbuster “Sapiens” predicted the possible end of humankind. Now what?  By Ian Parker February 10, 2020, New Yorker Magazine
・・最新の密着取材記事。『サピエンス全史』の読者層が20歳代から30歳代の男性が中心で(そうだろうなと納得)、その著者の学問経歴、知的に早熟で、中世史と軍事史を専攻しながらも病気(?)のため兵役は済ませていないこと、交友関係からプライベートの性的傾向(パートナーは男性)、いわゆるヴィーガン(=完全なベジタリアン)であること、オックスフォード大学留学中に始めたヴィッパサナー瞑想法の深い影響(たとえば、仏教の「無常」観が記述に反映? 毎年1回はインドで瞑想のリトリートを行い、その間はいっさい情報機器に触れない情報断食の実践、そもそもスマホはもたない)、現在は無神論など。Wikipedia英語版以上に詳しいプロファイルがよくわかる好記事

(2020年4月15日 項目新設)
(2020年4月18日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『銃・病原菌・鉄-1万3000年にわたる人類史の謎-(上・下)』(ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰訳、草思社、2000)-タイトルのうまさに思わず脱帽するロングセラーの文明論
・・「人文社会系の歴史書にはない、動植物の生態も含めた「環境」という切り口からの人類史」

「世界の英知」をまとめ読み-米国を中心とした世界の英知を 『知の逆転』『知の英断』『知の最先端』『変革の知』に収録されたインタビューで読む

書評 『21世紀の歴史-未来の人類から見た世界-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2008)-12世紀からはじまった資本主義の歴史は終わるのか? 歴史を踏まえ未来から洞察する
・・「資本主義と民主主義を人類史の中心テーマと捉え、過去を簡単に振り返って発展のパターンを抽出したうえで、大胆な予測を21世紀の人類史について行ったのが本書の内容(・・中略・・)世界を動かしてきたのは、宗教人・軍人・商人という三つの人間類型であるが、発展の主導力となったのは「商人」であり、商人が主導してきたのが世界史」

書評 『唯脳論』(養老孟司、青土社、1989)-「構造」と「機能」という対比関係にある二つの側面から脳と人間について考える「心身一元論」
・・「養老氏の基本的立場は、すべては脳で考えられたものだ、というもの」

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)-「西欧主導のグローバリゼーション」の「最初の500年」を振り返り、未来を考察するために

書評 『ヨーロッパ思想を読み解く-何が近代科学を生んだか-』(古田博司、ちくま新書、2014)-「向こう側の哲学」という「新哲学」

書評 『人間にとって科学とはなにか』(湯川秀樹・梅棹忠夫、中公クラシック、2012 初版 1967)-「問い」そのものに意味がある骨太の科学論
・・「学者と科学者以外の一般人は、それぞれが自分なりに「納得」したいというマインドセットを共有しているにもかかわらず、精神構造が大きく異なるということだ。そもそも科学と科学者という存在が確立したのが19世紀であるから、科学者はある時期までかなり特殊な人間類型であったのである。ところが、科学者が特殊な存在ではなくなり、「職業人」として一般化したことの意味について考える必要もある」

梅棹忠夫の幻の名著 『世界の歴史 25 人類の未来』 (河出書房、未刊) の目次をみながら考える
・・「梅棹忠夫は、「科学や知的探求は、人間の業(ごう)であるから制御できない」という意味の発言を1970年の時点でしていたという。(・・中略・・)思えば、1970年頃は梅棹忠夫のような発言はけっして異様ではなかった。当時でたローマクラブによる暗い未来図など、進歩がうたわれる反面でかなり暗い未来図が提示されていた時代であった」

書評 『梅棹忠夫の「人類の未来」-暗黒の彼方の光明-』(梅棹忠夫、小長谷有紀=編、勉誠出版、2012)-ETV特集を見た方も見逃した方もぜひ
・・「すべてを「地球レベル」というマクロの視点と、具体的な事物というミクロの視点で同時に見ている」

映画『復活の日』(1980年、日本)を初めて見た-生物兵器と核兵器で2度滅亡した人類の「復活の日」

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?
・・「特異点」(シンギュラリティ)が2045年にくるとカーツワイルが予測する。カーツワイルも無神論のユダヤ人

書評 『人類が絶滅する6のシナリオ』(フレッド・グテル、夏目大訳、河出文庫、2017)-人類滅亡シナリオの第1位は「スーパーウイルス」だ!
・・ふたたび「終末論」が語られる時代になってきた

(2020年4月4日、2020年4月27日 情報追加)


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