「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 人類史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 人類史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2023年10月5日木曜日

中学生時代の愛読書だった『人間の歴史 上下』(イリーン/セガール、袋一平訳、太田大八=絵、岩波書店、1971)は、プラトンよりも デモクリトスを重視する「唯物論」に貫かれたソ連時代に書かれた異色の「人類史」



「人類史」といえば、近年ではベストセラーになったイスラエルの歴史家で思想家のユヴァル・ハラリによる『サピエンス全史 上下 ー 文明の構造と人類の幸福』(河出書房新社、2016)という本が想起されることだろう。

だが、自分の場合ば、なによりもまず中学生時代に愛読していた『人間の歴史 上下』(岩波書店、初版1971年)という本である。 

箱入りのハードカバーの単行本で2冊組。「愛蔵版」である。その後、岩波少年文庫にも収録されたようだが、そちらは見ていない。

著者は、ソ連の科学読み物の作家であるイリーンとセガール、ソ連で出版された子ども向けの「人類史」の本である。

岩波書店による書籍紹介には次のようにある。

人間の祖先は力弱い生きものであったが、手を働かせることを発見し、道具を使い、協力して働くことを覚えて以来、今日のような「巨人」にまで発展してきた。人間の歴史の一大ドラマを若い読者に語る。

もともとのタイトルは「人間はいかにして巨人になったか」。ロシア語の原題は、Как человек стал великаном, 1946 (совм. с Е. Сегал; история развития человечества со времен палеолита до Возрождения)。著者は作家のゴーリキーから激励されたという。

歴史家特有のバイアスがある表現だが、「先史時代」から始まって、さまざまな紆余曲折を経ながらも、人類は偉大な存在に進化したという内容だ。

ボリュームが増えすぎたためか、1600年のジョルダーノ・ブルーノの刑死で終わる。ドメニコ会修道士で、思想に殉じたルネサンス期のイタリア人哲学者である。この名前は、わたしのなかに深く刻み込まれた。

基本的に進化と進歩が基調にあり、しかも「唯物論」で貫かれた内容のユニークな本だ。現代から振り返れば、「異色の人類史」ということになるだろう。

ソ連時代の出版物で、子ども向けに書かれたロシア語による出版物なので、当然のことながらロシア史にかんする記述が多い

私はこの本で、現在では比較的知られるようになった「タタールのくびき」や、日本の世界史の教科書にはでてこない「第三のローマ」「モノマフの冠」といった、ロシア史特有の概念を知った。

いまでこそポピュラー・サイエンスものといえば英語圏の翻訳が中心になっているが、かつてはソ連の科学読み物も多く日本で紹介されていた。講談社ブルーバックスや現代教養文庫にも、ソ連の科学者や作家による物理や化学にかんする解説本が収録されていたはずだ。わたしもかなり読んでいる。

*****

さて、『人間の歴史』についてだが、手垢で真っ黒になるほど読み込んでいたのは「先史時代」を扱った「上巻」のほうだが、「下巻」も繰り返し読んでいるうちに、プラトンよりもデモクリトスのほうに親しみを感じるようになっていた。

プラトンにかんしては、もっぱらエジプトで発達した幾何学に影響されたことが述べられていたと記憶しているが、重点はデモクリトスの原子論に置かれているのである。つまり、観念論(=イデア論)ではなく唯物論。自然科学思考の強い理科少年には、唯物論はすんなりと納得するものがある。

大学時代になってから知ったが、デモクリトスはもともと哲学専攻であったマルクスが博士論文で取り上げたテーマでもある。いわゆる「初期マルクス」の思想である。

開架式の図書館に並べられていた『マルクス・エンゲルス全集』に『 デモクリトスの自然哲学とエピクロスの自然哲学との一般的な差異』というタイトルがあった。手に取って開いてみると、活字が二段組みでしかも分厚い本であり、さすがに読もうとは気は起きなかった。

デモクリトスは、唯物主義の世界観においては重要な存在なのである。

*****

著者のイリー
ン/セガールは夫婦。夫のイリーンはペンネーム。本名は、イリヤ・ヤコブレヴィチ・マルシャーク(1895~1953)である。

現在はウクライナのドネツク州バフムート生まれ。2022年に始まった「ウクライナ戦争」で、いまなお侵略者のロシア軍とウクライナ軍の攻防戦が行われている土地だ。最初はケミカル・エンジニアとしてキャリアを開始している。

(M. イリーン Wikipediaより)


『時計の歴史』や『書物の歴史』など、子ども向けの啓蒙書を多数執筆しており、日本語にも翻訳されたものもある。スターリン時代を生き抜いた人である。

共著者の妻はエレーナ・アレクサンドロヴナ・セガール(1905~1980)。セガールという名字でわかるようにユダヤ系。セガールは英語圏ではシーガル(Segal)として流通している。

サンクトペテルブルクで裕福な家庭に生まれたが、そのためにロシア革命後の内戦時代、両親は娘のエレーナを親戚に預けてラトビアのリガに避難した。だが、両親はその地でナチスによで死亡しているという。再婚相手のイリーンとはレニングラード(=サンクトペテルブルク)で出会ったようだ。

こういった事実は、『人間の歴史』の日本語版には書かれていない。インターネットの発達によって、はじめて知ることができた。


(エレーナ・セガール Wikipediaより)


夫のイリーンの兄は『森は生きている』で有名なマルシャークである。サムイル・ヤコブレヴィチ・マルシャーク。イリーンの本名もマルシャークであり、ユダヤ系である。

『サピエンス全史』のユヴァル・ハラリはユダヤ系のイスラエル人である。

「人類史」を書きたがるのは、ユダヤ人の特性なのだろうか? ただ単に知識階層だからという理由だけではないような気がする。





<ブログ内関連記事>

・・「人類史」を書きたがるユダヤ人。『人間の歴史』のイリーン/セガールもユダヤ系

書評 『1417年、その一冊がすべてを変えた』(スティーヴン・グリーンブラット、河野純治訳、柏書房、2012)-きわめて大きな変化は、きわめて小さな偶然の出来事が出発点にある
・・唯物論が「再発見」されたのは、埋もれていたルクレティウスの写本がルネサンス時代に見つかって以降のこと。19世紀以降に唱えられた原子論でデモクリトスも復活

映画「百合子、ダスヴィダーニヤ」(ユーロスペース)をみてきた-ロシア文学者・湯浅芳子という生き方
・・湯浅芳子によるマルシャークの『森は生きている』の日本語訳は、いまでも読み継がれている


・・ウクライナにはかって大規模なユダヤ人コミュニティが存在した


(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2021年3月13日土曜日

書評『花粉症と人類』(小塩海平、岩波新書、2021)-花粉症は「近代文明」の「負の側面」が生み出した

 
「新型コロナウイルス感染症」が蔓延するさなかではあるが、痛風が再発。さらには花粉症でもある。ここには記さないが、近視や口内炎、金欠病など数え切れない慢性疾患を抱えている。 
  
痛風は昨年2020年からのつきあいなのでまだ半年にも満たないが、花粉症との付き合いはじつに長いはじめて発症したのが1981年なので、ことしでもう40年になる。つまり人生の大半を花粉症と共生してきたわけだ。 

こんな本が出たので昨日読んでみた。『花粉症と人類』(小塩海平、岩波新書、2021)がそれだ。  

それにしても「花粉症と人類」とは、ずいぶん大きく出たものだな。とはいえ、単なる疾病というよりも、人類史全体に位置づけると花粉症の特質がよく見えてくるのかもしれないなと、読み終えてから思う。 

この本によれば、「世界の三大花粉症」というのがあるらしい。産業革命後の19世紀の英国の「干し草熱」(hay fever)20世紀前半の米国の「ブタクサ花粉症」、そして20世紀後半の日本の「スギ花粉症」である、と。

もはや「スギ花粉症」は「国民病」といっていいほど、日本人を日本人たらしめている存在だといっていいほど普及してしまったのだ。 

「花粉症」を英語で "hay fever" というのは、先にみたように英国が初発だからだ。英・米・日という順番で発生していったわけだが、たしかにこれは「産業革命」以降の「近現代史の負の側面」の現れといえそうだ。 自然破壊を続けていった「近代文明」に対する、自然界からの逆襲である。

花粉そのものは太古の昔から存在してきたわけであり、花粉に対する人体の反応が変化したにスギないのだ。花粉の表皮は簡単に壊れないので、地質学では年代測定に使用されるほどである。ちなみに花粉は英語で pollen というが、これはラテン語そのものであり古代ローマから存在することばだ。英語に導入されるにあたって変化していない。 

なるほど東京農大教授である著者の専門は「植物生理学」であって、人間の活動を広く生態系全体のなかで捉えようという姿勢に立っているらしい。花粉症に対しても医学的なアプローチではなく、スギ花粉が出ないような農学的な対策を研究し、製品開発まで行っているようだ。 

もちろん、こんな本を読んだからといって花粉症が治るわけではないが、「文明」と「自然」の関係を再考するキッカケになれば、意味のある読書となるといってよさそうだ。





目 次 
はじめに
第1章 花粉礼賛
第2章 人類、花粉症と出会う
第3章 ヴィクトリア朝の貴族病?-イギリス
第4章 ブタクサの逆襲-アメリカ
第5章 スギ花粉症になることができた日本人
第6章 花粉光環(コロナ)の先の世界
あとがき


著者プロフィール
小塩海平(こしお・かいへい)
1966年静岡県生まれ。1995年東京農業大学農学研究科博士後期課程修了。東京農業大学助手等を経て、2008~2009年オランダ・ワーヘニンゲン大学客員研究員。現在、東京農業大学国際食料情報学部国際農業開発学科教授。専門、植物生理学。幅広く人間の活動と生態系とを視野に入れる。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<ブログ内関連記事>





 
 (2020年12月18日発売の拙著です)


(2020年5月28日発売の拙著です)


 
(2019年4月27日発売の拙著です)



(2017年5月18日発売の拙著です)


   
(2012年7月3日発売の拙著です)

 





Clip to Evernote 


ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2020年3月28日土曜日

書評『サピエンス全史 上下 ― 文明の構造と人類の幸福』(ユヴァル・ノア・ハラリ、柴田裕之訳、河出書房新社、2016)― 想像力によって作り出したフィクション(虚構、擬制)が人類をここまで進化させてきたが・・

(期間限定特装版のカバーはゴーガンの有名な絵画)


 『サピエンス全史 上下 ― 文明の構造と人類の幸福』(ユヴァル・ノア・ハラリ、柴田裕之訳、河出書房新社、2016)を読了。出版されてからすでに4年たつ。

日本語版も「ビジネス書大賞2017 大賞受賞」、「ビジネス書グランプリ2017 リベラルアーツ部門 第1位 」に選出され、現在でもロングセラー状態が続いている世界的な超ベストセラーだ。すでに全世界で2000万部売れたという。

英語版タイトルは、Sapiens: A Brief History of Humankind(2015)、直訳すれば「サピエンス-人類の簡潔な歴史」となる。

ビジネスパーソンである以上、世の中で流行っているモノやコトには一応は注意を払うものの、限られた時間のなかでは、やり過ごすことが多い。

しかも、この本がベストセラーが話題沸騰中でベストセラー街道を驀進中だった頃、最終的に『ビジネスパーソンのための近現代史』(2017年5月刊)というタイトルになった本の執筆に専念していたので、見て見ぬふりをしていた。土日のすべてと、平日の早朝の時間帯を調査と執筆にあてていたので、とても読むヒマなどなかったのだ。

面倒なのでそのまま読まないままで済ませようと思っていたのだが、よんどころのない理由の発生で読まざるをえなくなった。昨年10月のことだ。

それからすでに半年近くたってようやく読み始めたわけだが、新型コロナウイルス騒ぎで、少しヒマができた(というよりも余儀なくされている)ので一気に読了。こういう本は、できれば一気に読んでしまいたいものだ。




想像力によって作り出された「フィクション」(=虚構、擬制)がもたらした進化

なるほど、こういう本がベストセラーになるのだなといいうことは、読み始めてからしばらくして納得した。

日本語の訳文がこなれているからということもあるが、読みやすいからだ。しかも、こういうスタンスで書かれた本があまりないということもその理由だろう。

本書を一貫しているの思想は、想像力によって作り出した「フィクション」(虚構、擬制)が、現在唯一の人類であるホモ・サピエンスをここまで進化させてきた、というものだ。ホモ・サピエンスも動物であるが、フィクションのおかげで生物学的制約を超えることが可能となったのだ。

これが、7万年前に始まった「認知革命」後のホモサピエンスの進化と、地球の覇権確保につながっていく。

神話や伝説、神々や宗教から始まり、企業や法制度、国家や国民、人権や平等、そして自由といった概念もみなフィクションであると著者は言い切っている。 まことにもって明解ではないか! 

そのために人が生き、そのために人が死ぬもの、それは現実に存在するモノそのものではなく、あくまでも概念である。 だが、そのフィクションが「共同主観的」事実として、個々の人間をまとめあげ、集団として行動することを可能にしてきたわけだ。

企業活動に即していえば、著者も冒頭であげているブランドがそうだし、ミッション・ビジョン・バリューなど、まさにフィクションの最たるものだろう。でも、それでいいのだ。
(・・とはいえ、日本語世界では、すでに「共同幻想」という概念が普及しているので、著者の主張はとくに目新しいものではない社会学の専門用語を使用すれば「社会構成」(social construction)ということになるが、インタビュー記事によれば、著者はあえて日常用語を使用したらしい)。

歴史家である著者は、生物学的な制約条件を脱して、独自の進化が可能になった理由をそこに求めている。だから、この本を最初から最後まで貫いているのは、「生物学」と「歴史学」との相克(コンフリクト)といっていいだろう(・・日本語版では「歴史」となっているが、「歴史学」とすべき箇所がある。biology を生物学と訳すなら、history は歴史ではなく歴史学だ)。

過去も現在も未来も、いかにしてホモ・サピエンスが、生物学的条件に束縛されながらも、そこから脱しようとしてきたのが現在に至る軌跡であり、それが未来に向かう道筋である。

著者の主張で重要なのは、ホモ・サピエンスだけが人類ではない、としていることだろう。ホモ・サピエンスが覇権を握る以前は、ネアンデルタール人などさまざまな人類が存在したわけであり、しかも生命操作とAIや機械などによる「人間強化」の行く末には、「異なる人類」が誕生する可能性が高い。「超人類」と言い換えてもいい。ホモ・サピエンスの覇権は終わり、ワンノブゼムになるというわけだ。





動物であるホモ・サピエンスが、その他の動物を支配して生きてきたことの功罪

このほか、著者自身の価値観が濃厚にできるなと思わされるのが思わされるのが、動物であるホモ・サピエンスが、その他の動物を支配して生きてきたことの功罪についての記述だ。

1万2千年前の「農業革命」によって、狩猟採取生活から農業と牧畜への生活にシフトしていくわけだが、狩猟採取時代の人間と動植物との共生状態は終わることになった。同時に、ホモ・サピエンスは狩猟採取時代の全脳感を失うことになる。不安定な状態のなかで生きるには、脳力を全開にする必要があるからだ。

有用性の観点から人間は小麦を栽培し、ヒツジなどの動物を家畜化していく(・・ここらへんは、イスラエル人の著者に「中東バイアス」を感じてしまう。日本人が書くなら、まずはコメから始めるだろう。いや縄文人が栽培していたクリか?)。

生活は安定するが、人間の幸福感はかえって減退していったのではないか、というのが著者の見解だ。

また、ホモ・サピエンスがその他の動植物を支配するようになった結果、動物の苦しみは続いているのだ。ヒツジも牛も馬も、有用性という観点から、人類に奉仕するようにされてきたが、それが動物たち本来のあり方とは言えないだろう、と。

いわゆる「アニマル・ライツ」(=動物の権利)派の主張がそこにある。 

もちろん、動物を家畜化して生きるようになってから、家畜の感染症が「動物由来感染症」として人類に転移し、パンデミック(=地球規模の感染爆発)となってきたことは、「農業革命」のネガティブな側面といわねばならない。その意味でも著者が言うように、「農業革命」以後は人類の幸福感は低下傾向にあるというべきかもしれない。

いずえにせよ、「種」全体として人類は進化しても、個々人レベルの幸福感が増大したかどうかは別の話なのだ。この点が著者が強調するものであり、「第18章 文明は人間を幸福にしたのか」に集中的に書かれている。


(ハラリのベストセラーと拙著が隣り合わせで平台に)


■「科学革命」後の急速な発展と進化は何をもたらしてきたのか

本書全体にかんしては、「第1部 認知革命」から「第2部 農業革命」、「第3部 人類の統一」までは面白い

だが、「第4部 科学革命」は、最後の2章を除いては、とくに面白いとは思わなかった。「第4部」は、結局のところ「西洋中心史観」と大差ないからだ。この内容なら類書はいくらでもある。ある意味では、拙著『ビジネスパーソンのための近現代史』も同じ時代を別の観点から取り上げている。

ただ、著者の指摘で重要なのは、15世紀以降の西欧による世界支配は、科学革命による「無知」の発見と肯定にあるとした点だ。

「無知」という自覚があるからこそ、人類は「未知」を探求し、見えないものを見えるもの、すなわち「既知」に変えていくその繰り返しが「科学革命」の本質である。かつては神が創った世界には「未知」はないとされてきたが、「科学革命」によってその世界観は揺らぐことになった。

そして、科学と帝国、資本主義、産業革命とエネルギー革命、こういったフィクション(=虚構、擬制)の複合的な組み合わせが、人類の急速な発展を実現化させたのは、著者のいう通りだろう。

とはいえ、歴史の専門家が無意識に陥っているバイアスも感じられる。

それは、歴史イコール人類の歴史としている点だ。人間がかかわるものにだけ歴史があると考えていては、ホモサピエンス誕生以前には歴史はないことになってしまう。そこに不満が残る。地球の歴史や宇宙の歴史といった観点は著者にはない

歴史を生物学との対比と相克という点から見ている点に、著者の立ち位置のユニークさがあるのだが、それは同時に弱点でもあるように思う。

というのは、著者の立ち位置には「環境」という視点がないからだ。地球科学や地理学という観点が欠落しているのだ。まあ、あえて捨象したのかもしれないが・・。


■『サピエンス全史』には、進化と進歩のもたらした負の側面も視野にある

本書のような「人類史」はいままであまりなかったように思う。ベストセラーとなった理由はそこにある。

進化と進歩のもたらした負の側面にまで視野に入っているのは、1970年代以降のものだからだろう。(・・その意味では、日本ではすでに人類学者の梅棹忠夫やSF作家の小松左京による試みが先行していたことは記しておかねばならない)。

個人的な話だが、この本を読みながら思い起こしたのは、中学生時代に愛読していた『人間の歴史 上下』(岩波書店、初版1971年)という本のことである。 




著者は、ソ連の科学読み物の作家であるイリーンとセガール、ソ連で出版された子ども向けの人類史の本である。いまでこそポピュラー・サイエンスものといえば英語圏の翻訳が中心になっているが、かつてはソ連の科学読み物も多く日本で紹介されていた。

岩波書店による書籍紹介には次のようにある。


人間の祖先は力弱い生きものであったが、手を働かせることを発見し、道具を使い、協力して働くことを覚えて以来、今日のような「巨人」にまで発展してきた。人間の歴史の一大ドラマを若い読者に語る。

「先史時代」(・・この表現も歴史家特有のバイアスがあるが)から始まって、1600年のジョルダーノ・ブルーノの刑死で終わる内容。もともとのタイトルは「人間はいかにして偉大になったか」だっと思うが、基本的に進化と進歩が基調にあり、しかも唯物論で貫かれた内容のユニークな本だ。紆余曲折を経ながらも、人類は偉大な存在になったという内容だ。ロシア語によるソ連の出版物なので、当然のことながらロシア史にかんする記述が多い。

『サピエンス全史』の著者ハラリ氏は、ユダヤ系のイスラエル人『人間の歴史』の著者イリーンとその配偶者のセガールも、ともにユダヤ系ロシア人であった。イリーンはペンネームで本名はマルシャーク、『森は生きている』で有名なマルシャークの実弟だ。

イスラエルという21世紀前半の資本主義社会(・・ただし、集団農場キブツに代表されるように、もともとイスラエルは社会主義的傾向が強かった)と、ソ連という20世紀の共産主義社会との違いはあるが、人類史という観点で、人類が個別性を喪失しながら一元化の方向に向かうとする歴史を記述する姿勢に、なにか共通するものを感じるのである。

単なる偶然ではないと思う。普遍性志向の強いユダヤ人特有の一元志向だろうか? 両者はともに無神論者のユダヤ人である点は共通している。

違いといえば、『サピエンス全史』の著者は、すでに人類のペシミスティックな未来が見えていることだろうか。

1970年代の「成長の限界」以降に生まれ、しかもテクノロジーの急速な進歩によって「超人類」が誕生し、ホモ・サピエンスが唯一絶対の立場から、再びワンノブゼムの存在に転落しつつあるというペシミズムだ。

この違いは、イスラエルとソ連の違いを超えて、世代観として意外に大きな意味をもっているのかもしれない。

『人間の歴史』がソ連で出版されたのは、ソ連を自壊に追い込むキッカケとなったチェルノブイリ原発事故(1986年)のはるか以前のことであった。科学と技術が輝いていた「科学万能時代」のことである。そこには一片のペシミズムも存在しなかった。

チェルノブイリ原発事故以降、それ以前に存在したユートピア的な科学信仰の空気は、もはやロシアには存在しない。いや、先進国のどこにも存在しないといっていいのではないか。もちろん、2011年の福島原発事故以降の日本も同様だ。



*****


以上ながながと書いてきたが、結論としては、ある種の偶像破壊的な内容であるが、人類史を一気通貫で描く試みとして、読み物としては面白い、ということになる。

ただし、著者特有のバイアスに注意を払いながら読めば、有意義な読書体験となるであろう。こういう本は、シンギュラリティ(=特異点)が来るとされる2045年の時点で読み返して見ると面白いのではないだろうか。


画像をクリック!


PS こういうベストセラーでロングセラーは出版社にとってはドル箱なので、なかなか文庫化されないと覚悟したほうがよさそうだ。

PS2 ところが、2023年11月にはあっけなく文庫化されてしまった。それでも、単行本の出版から7年後のことになる。単行本もひきつづき増刷されつづけているが、文庫版のほうが読みやすいのはたしかだな。(2024年9月8日 記す)



目 次 
歴史年表 
第1部 認知革命 
 第1章 唯一生き延びた人類種 
 第2章 虚構が協力を可能にした 
 第3章 狩猟採集民の豊かな暮らし 
 第4章 史上最も危険な種 
第2部 農業革命 
 第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇 
 第6章 神話による社会の拡大 
 第7章 書記体系の発明 
 第8章 想像上のヒエラルキーと差別 
第3部 人類の統一
 第9章 統一へ向かう世界 
 第10章 最強の征服者、貨幣 
 第11章 グローバル化を進める帝国のビジョン 
 第12章 宗教という超人間的秩序 
 第13章 歴史の必然と謎めいた選択 
   1 後知恵の誤謬 2 盲目のクレイオ 
第4部 科学革命 
 第14章 無知の発見と近代科学の成立 
 第15章 科学と帝国の融合 
 第16章 拡大するパイという資本主義のマジック 
 第17章 産業の推進力 
 第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和 
 第19章 文明は人間を幸福にしたのか 
 第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ 
あとがき-神になった動物 
謝辞 
訳者あとがき 
原註 
図版出典 
索 引 

著者プロフィール 
ハラリ、ユヴァル・ノア(Harari, Yuval Noah)  
1976年、イスラエルのハイファで生まれた歴史学者。オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻、2002年に博士号を取得。現在、エルサレムのヘブライ大学で歴史学を教えるかたわら、2018年のダボス会議での基調講演など、世界中の聴衆に向けて講義や講演も行なう。オンライン上での無料講義も行ない、多くの受講者を獲得している。著書は、世界的なベストセラーの本書のほか、日本語訳されている『ホモ・デウス』と『21 Lessons:21世紀の人類のための21の思考』はいずれも世界的ベストセラーとなっている。このほか、軍事史や中世騎士文化についての3冊の著書* があるが、いずれも日本語訳はない。(最新刊の略歴に引用者が加筆)。

(*注)タイトルは以下のとおり

Renaissance Military Memoirs: War, History and Identity, 1450–1600 (Woodbridge: Boydell & Brewer, 2004)


The Ultimate Experience: Battlefield Revelations and the Making of Modern War Culture, 1450–2000 (Houndmills: Palgrave-Macmillan, 2008)

(2023年11月13日 情報追加)


<関連サイト>

『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリ氏、 “新型コロナウィルス”についてTIME誌に緊急寄稿!(2020年3月24日 河出書房新社のサイト)
・・基本的にこの人は理想主義的傾向が強いのだが

Yuval Noah Harari’s History of Everyone, Ever His blockbuster “Sapiens” predicted the possible end of humankind. Now what?  By Ian Parker February 10, 2020, New Yorker Magazine
・・最新の密着取材記事。『サピエンス全史』の読者層が20歳代から30歳代の男性が中心で(そうだろうなと納得)、その著者の学問経歴、知的に早熟で、中世史と軍事史を専攻しながらも病気(?)のため兵役は済ませていないこと、交友関係からプライベートの性的傾向(パートナーは男性)、いわゆるヴィーガン(=完全なベジタリアン)であること、オックスフォード大学留学中に始めたヴィッパサナー瞑想法の深い影響(たとえば、仏教の「無常」観が記述に反映? 毎年1回はインドで瞑想のリトリートを行い、その間はいっさい情報機器に触れない情報断食の実践、そもそもスマホはもたない)、現在は無神論など。Wikipedia英語版以上に詳しいプロファイルがよくわかる好記事

(2020年4月15日 項目新設)
(2020年4月18日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『銃・病原菌・鉄-1万3000年にわたる人類史の謎-(上・下)』(ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰訳、草思社、2000)-タイトルのうまさに思わず脱帽するロングセラーの文明論
・・「人文社会系の歴史書にはない、動植物の生態も含めた「環境」という切り口からの人類史」

「世界の英知」をまとめ読み-米国を中心とした世界の英知を 『知の逆転』『知の英断』『知の最先端』『変革の知』に収録されたインタビューで読む

書評 『21世紀の歴史-未来の人類から見た世界-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2008)-12世紀からはじまった資本主義の歴史は終わるのか? 歴史を踏まえ未来から洞察する
・・「資本主義と民主主義を人類史の中心テーマと捉え、過去を簡単に振り返って発展のパターンを抽出したうえで、大胆な予測を21世紀の人類史について行ったのが本書の内容(・・中略・・)世界を動かしてきたのは、宗教人・軍人・商人という三つの人間類型であるが、発展の主導力となったのは「商人」であり、商人が主導してきたのが世界史」

書評 『唯脳論』(養老孟司、青土社、1989)-「構造」と「機能」という対比関係にある二つの側面から脳と人間について考える「心身一元論」
・・「養老氏の基本的立場は、すべては脳で考えられたものだ、というもの」

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)-「西欧主導のグローバリゼーション」の「最初の500年」を振り返り、未来を考察するために

書評 『ヨーロッパ思想を読み解く-何が近代科学を生んだか-』(古田博司、ちくま新書、2014)-「向こう側の哲学」という「新哲学」

書評 『人間にとって科学とはなにか』(湯川秀樹・梅棹忠夫、中公クラシック、2012 初版 1967)-「問い」そのものに意味がある骨太の科学論
・・「学者と科学者以外の一般人は、それぞれが自分なりに「納得」したいというマインドセットを共有しているにもかかわらず、精神構造が大きく異なるということだ。そもそも科学と科学者という存在が確立したのが19世紀であるから、科学者はある時期までかなり特殊な人間類型であったのである。ところが、科学者が特殊な存在ではなくなり、「職業人」として一般化したことの意味について考える必要もある」

梅棹忠夫の幻の名著 『世界の歴史 25 人類の未来』 (河出書房、未刊) の目次をみながら考える
・・「梅棹忠夫は、「科学や知的探求は、人間の業(ごう)であるから制御できない」という意味の発言を1970年の時点でしていたという。(・・中略・・)思えば、1970年頃は梅棹忠夫のような発言はけっして異様ではなかった。当時でたローマクラブによる暗い未来図など、進歩がうたわれる反面でかなり暗い未来図が提示されていた時代であった」

書評 『梅棹忠夫の「人類の未来」-暗黒の彼方の光明-』(梅棹忠夫、小長谷有紀=編、勉誠出版、2012)-ETV特集を見た方も見逃した方もぜひ
・・「すべてを「地球レベル」というマクロの視点と、具体的な事物というミクロの視点で同時に見ている」

映画『復活の日』(1980年、日本)を初めて見た-生物兵器と核兵器で2度滅亡した人類の「復活の日」

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?
・・「特異点」(シンギュラリティ)が2045年にくるとカーツワイルが予測する。カーツワイルも無神論のユダヤ人

書評 『人類が絶滅する6のシナリオ』(フレッド・グテル、夏目大訳、河出文庫、2017)-人類滅亡シナリオの第1位は「スーパーウイルス」だ!
・・ふたたび「終末論」が語られる時代になってきた

(2020年4月4日、2020年4月27日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end