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2021年1月17日日曜日

書評『サピエンス異変-新たな時代「人新世」の衝撃』(ヴァイパー・クリガン=リード、飛鳥新社、2018)-腰痛もちは必読! 人類が生み出してきたた発展が急速すぎて人体の進化が追いついていないのだ

  
同時並行的に何冊も読んでいるので話が前後するのだが、『サピエンス異変-新たな時代「人新世」の衝撃』(ヴァイパー・クリガン=リード、飛鳥新社、2018)という本が面白かった。  

正直いって『サピエンス全史』なんかより、はるかに面白い!

そう言いたいところだが、この本の原題は Primate Change - How the World We Made is Making Us であって「サピエンス」の「サ」の字もでてこない。日本語タイトルは、柳の下のドジョウ狙いいか? Primate というのは「霊長類」のことだ。読者を釣るには最適なタイトルだろう(笑) 

そういう話は別にしても、内容はじつに面白い。

というのは、この本の内容を大胆に要約してしまえば、「人類が生み出してきたた発展が急速すぎて人体の進化が追いついていない」ということになるから。 

言い換えれば、21世紀の人類は「アタマでっかち状態でカラダの進化がおいついていない状態」だ。その状況が症状として端的に表れているのが腰痛。オフィスワークが中心になって、ずっと座り続ける生活が続けているが、これが「腰痛」の最大原因となっているのだ。コロナ下で、状況はさらに悪化しているかもしれない。 


「人新世」(アントロポセン)とは聞き慣れないが、地質学上のあらたな概念で、人間が地球環境に影響を与えるようになった年代をさしている。一般的には「産業革命」以降の時代を指しているようだ。周知のとおり、地球温暖化の最大原因である二酸化炭素(CO2)の排出量が指数関数的に増大したのは、18世紀末から19世紀半ばにかけて英国で始まった産業革命以降のことである。

二足歩行をするようになった霊長類(=プライメート)が進化して人類が誕生し、人類のなかで人間(=ホモサピエンス)が生き残ったわけだが、「農業革命」と「産業革命」、さらには「情報革命」を経て現在に至っている。いずれもホモサピエンスのアタマが作り出してきたものだ。

ホモサピエンスが経験してきた大きな革命ごとに、手足や指、背中や腰に大きな負担がかかるようになっている。 にもかかわらず、アタマが作り出した「文明」に、カラダの「進化」が追いついていないことに起因する症状に苦しめられている現在の私たち。 


座ってばかりいないで、立て!そして歩け! というのが、腰痛持ち(この本の著者もそうだという)にとってのアドバイスだ。 座りっぱなしが寿命を縮めるという話は英語圏では「常識」となっている。日本人も「常識」にしたほうがいい。 

腰痛だけでなく、さまざまな障害がなぜ発生するのか、形質人類学の知見と、19世紀英文学(・・まさに「産業革命」とその後の世界)を駆使して書かれたこの本は、とくに腰痛もちの人にはぜひ一読を薦めたい。私が編集者なら「腰痛もち必読!」というコピーを帯に入れたいところだが(笑) 

英語ならまだしも、日本語にするとつまらないジョークが多いのが困ったことだが(笑)、そこらへんは著者が英国人であることで免じてあげよう。 




目 次

プロローグ 私たちの身体に異変が起きている 
第1部 紀元前800万年~紀元前3万年
  すべては「足」からはじまった
 第1章 ヒトは「移動」で進化した
 第2章 「人新世」以前の身体 
第2部 紀元前3万年~西暦1700年
  「移動」をやめた人類に何が起きたか?
 第3章 人類は「定住」に適応していない?
 第4章 家畜は何を運んできたのか?
 第5章 古代ギリシア・ローマ人の警告 
第3部 西暦1700年~西暦1910年
  身体は経済そのもの
 第6章 腰が痛い!
 第7章 大気汚染
第4部 西暦1910年~現在
  動かなくなった人類に何が起きているのか?
 第8章 身体は現代の食生活に追いついていない 
第5部 未来
  ホモ・サピエンス・イネプトゥス(環境に適合しないホモサピエンス)
 第9章 超人類への扉を開ける「手」
エピローグ


著者プロフィール
ヴァイバー・クリガン=リード(Vybarr Cregan-Reid) 
英ケント大学准教授。専門は環境人文学と19世紀英文学だが、扱うテーマは人類史、古典文学、健康、環境問題まで幅広い。ケント大学の名物教授として学生に絶大な人気をほこり、2015年には同大の「ベスト・ティーチャー賞」を受賞。ガーディアン紙、インディペンデント紙、ワシントン・ポスト紙などに寄稿多数。 人類が生み出した文明の速度に、人類の進化が追いついていない問題を大胆に提起した本書『サピエンス異変』は、2018年秋の刊行と同時にBBCワールドサービスで番組化され(全3回)、フィナンシャル・タイムズ紙の2018年ベストブックに選出されるなど、大きな反響を呼んでいる。(出版社サイトより)


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2017年12月28日木曜日

福澤諭吉の『文明論之概略』は、現代語訳でもいいから読むべき日本初の「文明論」だ




「文明論」と題した本は多数ある。そのなかでも、日本でよく言及されるのは、米国の政治学者ハンチントン教授による『文明の衝突』(集英社、1998)であろう。ことし2017年には単行本出版から19年もたって、ようやく文庫化もされている。つまり集英社にとっては、単行本としてよく売れてきたということだ。

中国文明とイスラーム文明が手を結ぶことになる(!)など荒唐無稽の説が書かれているのは、著者のハンチントン教授が「文明論」を専門にするわけではなく、あくまでも政治学者であることがその理由だろう。時の米国政権の委嘱によって執筆したという説もあることはアタマに入れておいていい。

とはいえ、「日本文明」を「中国文明」とは異なる別個の文明として扱った点は、日本でも好意的に評価されてきた。「日本文明」というテーマを打ち出したのは、「文明の生態史観」(1957年)で「文明論」の論客としても知られる梅棹忠夫氏の一連の業績であるが、梅棹忠夫氏自身もハンチントンの著書にかんしては、その点は評価していた。

だが、待って欲しい。何も20世紀の米国政治学者が書いた大冊をあがめ奉ることはない。本は長きがゆえに尊からず。日本には、すでに明治時代に「文明論」が登場している。それは、福澤諭吉の『文明論之概略』だ。「之」は「の」と読む。最近は中国人でも日本語のかな文字「の」を使いたがるくらいだから、このタイトルは古色蒼然(こしょくそうぜん)とした印象を受けるのも無理はない。

この本こそ、「日本文明」という概念を最初に打ち出し、啓蒙主義の立場から日本が進むべき道を指し示した古典的名著である。

ただいかんせん、『学問のすゝめ』と同様に全編が文語体で書かれており、岩波文庫版で本文が300ページもある。歯切れのいいリズミカルな文体でわたしは好きなのだが、現在の日本人の読解力からいったら、敬遠してしまうのも仕方ないだろう。


近代社会の枠組みはアングロサクソンが作った

ネット販売の amazon のサイトには「よく一緒に購入されている商品」 という項目がある。 拙著『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017)の 場合は、『文明論之概略』がでてくる。これは、最新の「現代語訳」だ。近代思想史の研究者・先崎彰容(せんざき・あきなか)氏によるものだ。




この書籍の画像をクリックすると、こんな情報が出てくる。拙著『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』と『ユダヤ人の教養-グローバリズム教育の三千年-』(大澤武男、ちくま新書、2013)とあわせて3冊が「よく一緒に購入されている」ようだ。



拙著の「第5章 第2次グローバリゼーション時代とパックスブリタニカ-19世紀は植民地帝国イギリスが主導した」の「1 大英帝国が世界を一体化した」では、「文明」について考えるための手引きとして『文明論之概略』を使用したことを読み取った読者がいるのだろうか? そういう読み方をしてくれているのは、たいへんありがたいことだ。著者冥利に尽きる。
  
福澤諭吉は、「日本文明」を独自の存在として認めたうえで、当時は先進であった大英帝国を中心とした西欧にキャッチアップするためには、「西欧文明」を積極的に導入して「近代化」すべきことを説いた人だ。これは、「第2章 西洋の文明を目的とする事」の冒頭で論じられている。

「目次」を紹介しておこう。あくまでも日本人として日本の「自国の独立」を中心におき、「日本文明」の発達を実現するために「西洋文明」を学ぶのはそのためであるとする姿勢が感じられるであろう。じつに骨太の議論を展開しているのだ。


目 次  

緒言
巻之一
 第1章 議論の本位を定る事
 第2章 西洋の文明を目的とする事 
 第3章 文明の本旨を論ず
巻之二
 第4章 一国人民の智徳を論ず
 第5章 前論の続
巻之三
 第6章 智徳の弁
巻之四
 第7章 智徳の行わるべき時代と場所とを論ず
 第8章 西洋文明の由来
巻之五
 第9章 日本文明の由来
巻之六
 第10章 自国の独立を論ず


引用したい箇所は多いが、「条文解釈」は丸山真男の『「文明論之概略」を読む 上中下』(岩波新書、1986)があるので、そちらを参照するとよいだろう。ここでは、文章のリズムを感じてもらうために、岩波文庫版からいくつか引用しておきたい。現代語訳もいいが、できれば原文の雰囲気の一端でも感じてほしいからだ。

智恵は則ち然らず。一度び物理を発明してこれを人に告れば、忽ち一国の人心を動かし、あるいはその発明の大なるに至ては、一人の力、よく全世界の面(おもて)を一変することあり。ゼイムス・ワット蒸気機関を工夫して、世界中の工業これがためにその趣を一変し、アダム・スミス経済の定則を発明して、世界中の商売これがために面目を改めり。(第6章 智徳の弁)

宗教は文明進歩の度に従てその趣を変ずるものなり。(・・中略・・) 人智発生の力は大河の流れるが如く、これを塞がんとしてかえってこれに激し、宗旨の権力、一時にその声価を落すに至れり。則ち紀元千五百年代に始まりたる宗門の改革、これなり。(第6章 智徳の弁)

ここに我日本の殷鑑(いんかん)として印度の一例を示さん。英人が東印度の地方を支配するに、その処置の無情残酷なる、実にいうにしのびざるものあり。(第10章 自国の独立を論ず)


「よく一緒に購入されている3冊」について先に触れたが、拙著ではまた、英米アングロサクソンが作った枠組みの中で、日本人より半世紀先行して西欧世界に入ったユダヤ人についてページ数をかなり割いて取り上げている。なぜなら、現代社会、とくにビジネス界は、アングロサクソンの枠組みのなかでユダヤ人が併走するという枠組みのなかで動いてきたからだ。

ユダヤ人については、俗説にまどわされずに正確な事実を知るべきである。その意味では、拙著では直接使用しなかったが、『ユダヤ人の教養-グローバリズム教育の三千年』(大澤武夫、ちくま新書、2013)もあわせて読むことを推奨しておきたい。


「よく一緒に購入されている商品」として列挙されているこの3冊は、ぜひみなさんの読書計画の参考にしていただきたいと思う次第。




<ブログ内関連記事>

福澤諭吉の『学問のすゝめ』は、いまから140年前に出版された「自己啓発書」の大ベストセラーだ! (2012年の執筆時点で140年前)

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)-「日本文明」は「中華文明」とは根本的に異なる文明である
・・「中華文明と日本文明の2つの文明の差異について展開してきた議論が、ついに「アジア主義との永遠の訣別」の表明に至るのを読むとき、同じく東アジアの二国に深く関与したが故に「脱亜論」を説かねばならなかった福澤諭吉を想起するのは、私だけではないだろう」

『近代の超克ー世紀末日本の「明日」を問う-』(矢野暢、光文社カッパサイエンス、1994)を読み直す-出版から20年後のいま、日本人は「近代」と「近代化」の意味をどこまで理解しているといえるのだろうか?
・・「近代(化)」を主導した福澤諭吉についての言及がある。「明治維新に前後して、新しい日本国Bをつくろうとする機運が生じる。福澤諭吉や伊藤博文などは、その最大のイデオローグであった。日本国Bは、古い国家伝統である「脱亜」を「入欧」と読み変えてみせた。そのうえで、文明開化と富国強兵という、西欧化と近代化とを織り合わせた政策を展開するのである」

書評 『西郷隆盛と明治維新』(坂野潤治、講談社現代新書、2013)-「革命家」西郷隆盛の「実像」を求めて描いたオマージュ 
・・「(西郷隆盛は)福澤諭吉の『文明論之概略』を愛読し大いに評価していたこと。福澤諭吉が西南戦争に際して西郷隆盛を政府の横暴に対する抵抗であると弁護したことは、たとえ会ったことはなくても、両者が互いにリスペクトしあっていたことを物語るものだ。

書評 『もうひとつの「王様と私」』(石井米雄、飯島明子=解説、めこん、2015)-日本とほぼ同時期に「開国」したシャム(=タイ)はどう「西欧の衝撃」に対応したのか
・・「開国」後に、日本は「明治維新」という「革命」を断行し「近代化」=「西欧化」を全面的に遂行して「国民」形成の道を突き進んだのに対し、シャムは上層エリートは「近代化」=「西欧化」を受け入れたものの、「立憲革命」という「革命」は日本に遅れること64年、「国民」形成はそれ以降の課題となった。出発点が同じであったのにかかわらず、日本とタイで大きな差が生まれたのはこのためだ」

書評 『テヘランからきた男-西田厚聰と東芝壊滅-』(児玉博、小学館、2017)-研究者の道を断念してビジネス界に入った辣腕ビジネスマンの成功と失敗の軌跡
・・この本のP.125で、『「文明論之概略」を読む 下』(丸山真男、岩波新書、1986)の「結び」で言及されているイラン人女子留学生のエピソードの謎解きができた。このイラン人女子学生こそ、西田氏の妻となったファルディン・モタメディ氏である。

(2018年1月17日 情報追加)


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2016年4月9日土曜日

書評『銃・病原菌・鉄 ー 1万3000年にわたる人類史の謎(上・下)』(ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰訳、草思社、2000)ー タイトルのうまさに思わず脱帽するロングセラーの文明論


『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰訳、草思社、2000)は、横断的な領域で活躍する理系の研究者による総合的な歴史「科学」の試みであり、謎解きの書である。人文社会系の歴史書にはない、動植物の生態も含めた「環境」という切り口からの人類史が、日本でも出版以来賞賛されてきたことは周知のとおり。

すでに2000年に日本語訳が出版されてから16年。原著が1997年に出版されてから約20年。わたし自身いつ購入したのか記憶がないが、2000年出版の単行本をずっと積ん読のままにしていたのだった。やっと今回、はじめて通読してみた次第だ。

日本語訳の単行本の上下で600ページを超えるこの本は、最初から最後まで「謎解き」に費やされる。その謎とは具体的な歴史的事実に出現したものだ。ユーラシア大陸の西欧文明と、アメリカ大陸のインカ文明との具体的な接触にまつわる謎である。

1492年にコロンブスが「新大陸」を「発見」してから始まった西欧の爆発的な拡大期、1532年にスペインの征服者ピサロが、インカ帝国の皇帝アタワルパをいとも簡単に捕虜にしてしまった。インカ帝国皇帝は4万人に守られていたのにもかかわらず、ピサロの軍勢はわずか168人(!)だったのだ。その理由は、ピサロがもちこんだ「銃と軍馬」のおかげであった。この事実じたいは比較的よく知られていることだろう。

だが、なぜいとも簡単にインカ帝国は滅亡するに至ったのか? なぜヨーロッパとインカ帝国の立場は逆にならなかったのか?

スペイン人が持ち込んだのは、じつは「銃と軍馬」だけではないインカ帝国を滅亡させたのは「病原菌」であった。ヨーロッパ人が「新大陸」に持ち込んだ天然痘など感染症は、「新大陸」の住民にはまったく免疫がなかったのだ。だから、きわめて短期間のうちに人口の大半が死滅してしまったのである。戦闘における死者よりも、感染症による死亡のほうがはるかに多かったのだ。

だから『銃・病原菌・鉄』というタイトルなのである。「銃・病原菌・鉄」の3つが、ヨーロッパ人が他民族と接触したときに「武器」になったのだ。

タイトルのうまさにはうならされる。タイトルのうまさで売ってきた草思社だが、このタイトルは原著の Guns, Germs, and Steel の直訳である。あまりにもうますぎるタイトルなので、そのまま日本語訳でも活かすことにしたのだろう。翻訳書のタイトルは原著とは似ても似つかないものが多いのにもかかわらず。

(上下のカバーをあわせると一幅の絵画になる)

だがむしろ、副題の「1万3000年にわたる人類史の謎」(原著では The Fate of Human Societies :「人類の諸社会の運命」)のほうが本書の「究極の問い」にかかわるものである。16世紀のピサロ以前の1万3千年を考慮に入れなくてはならないのだ。

「銃・病原菌・鉄」が「直接の要因」であるとしても、その背後にある「究極の要因」を見極めない限り、それを一般化して人類史の謎を解明したことにはならないからだ。特殊事例の説明は可能であっても、それがそのまま一般解にはならない。

「銃と鉄」をさらにパラフレーズすると以下のようになる。銃器や金属加工技術農耕による栽培植物の収穫家畜の飼育、とくに外洋船という海上の運搬・移動手段、そして情報を伝達し保持するためのツールである文字など。「狩猟採集文明」との違いである。

農耕による栽培植物の収穫は「定住」を促し、余剰収穫物が人口拡大を可能とし、生産には直接従事しない権力者と政治機構、さらにはパワーを行使する軍人や、精神活動を規定しお墨付きを与える宗教者など、さまざまな派生分野の活動の経済的基礎となった。これはいわゆる「定住革命」と呼ばれているものの発展形態だ。

「病原菌」は、家畜の飼育という動物と人間との接触と共存から生まれたものだ。ヒトの感染症の大半は家畜由来
のものである。家畜化する動物の種類にめぐまれたユーラシア大陸で感染症の多くが生まれ、その地にする人々に免疫がついていたのはそのためだ。

これらの多岐にわたる要素のいずれにかんしても、ユーラシア大陸の西欧文明は有していたが、アメリカ大陸のインカ文明もアステカ文明も高度文明であったにもかかわらず、有していなかったのだ。


「直接の要因」と「究極の要因」の因果連鎖

以上は、「直接の要因」である。だが、「究極の要因」を押さえておかなければ「謎」が解明したとはえいえない。「なぜユーラシア大陸に発生した文明に優位性が生じたのか?」という究極の問いにかんするものである。


(『銃・病原菌・鉄』単行本上巻のP.125のフローチャート)

ユーラシア大陸がその他の大陸と違うのは、ユーラシア大陸は「東西に拡がった大陸」であるということだ。アフリカ大陸やアメリカ大陸のように、「南北に拡がった大陸」は異なる緯度にまたがっているのだが、「東西に拡がった大陸」は同緯度の地帯が長く続くということを意味している。

緯度のもつ生態系的意味に注目すれば、「肥沃な三日月地帯」という中近東の特定の場所から始まった栽培植物の農耕と家畜飼育が、西はヨーロッパ、東はアジアへと東西方向に伝播したことの意味と、なぜそれが可能だったかが理解できる。「肥沃な三日月地帯」と呼ばれた地帯は、現在の砂漠化した姿とは違って、かつては文字通り緑あふれる肥沃な地帯だった。

栽培できる植物が存在したから、家畜化できる動物が存在したから、そして農耕や家畜にかかわる技術が同緯度の地帯で東西間で伝播が可能だったからこそ、ユーラシア大陸に優位性が生まれたのである。

結論は要約してしまえば、このようにきわめて簡潔なものとなる。

だが、本書は謎解きに重点が置かれた本だ。だから、正直言って冗長な印象をもたざるをえない。同じ話が何度も何度も繰り返されるためだ。一般的に英語のノンフィクションは長いものが多いが、結論を説明するための叙述であれば、半分のページ数で足りることだろう。

個人的な感想を記せば、単行本の上巻の内容はひじょうに刺激的で面白いのだが、下巻の内容はイマイチなのだ。分量的な観点から第3部の途中で上下に分割されているのだが、どうしても下巻の内容には見劣りがある。

下巻でも、ニューギニアでの豊富なフィールドワーク経験をもとにした、太平洋の海域島嶼文明を大きくクローズアップした内容は興味深い。だが、文字や技術、政治機構などにかんする説明はあまり面白くない。この分野にかんするものなら、ほかにも面白い本はいくらでもある。

中国について1章が割かれているが、正直いってあまり面白くないだけでなく、誤った記述も散見される。北方で生まれた同じ文字、すなわち漢字を共有していたが、同じコトバをしゃべっていたわけではないという事実を著者は理解していないようだ。中国大陸の周辺にあって、中国文明との接触の深い日本人からみれば、イマイチわかってないな、と。

これは著者自身の問題設定ではないのだが、「なぜ西欧とはじめて接したインカ帝国はあっという間に滅びたのに、西欧とはじめて接したその他の文明は滅亡しなかったのか?」という問いには必ずしも答えきっているとはいえない。日本人読者の立場からいえば、「なぜ日本はインカ帝国のように滅亡しなかっただけでなく、生き延びることができたのか?」という問いである。

おそらくその理由は、日本の地政学上のポジションがユーラシア大陸の周辺部にあるということに求められるだろうが、それだけでは説明しきれないものがある。著者の議論も含めて、さらに多面的に考察する必要があろう。日本人の研究者による日本語での研究蓄積は、ダイアモンド氏の目には触れていないのだろうが。

本書は著者自身が意図しているように、西欧中心主義からの脱却を目指した内容なのだが、世の中の現実は、西欧文明の影響は依然として圧倒的な存在感をもっていることは否定しようがない。西欧じたいは衰退過程にあるとはいえ、西欧文明の影響を受けた文明が支配的になっているのである。それは日本文明だけでない。現代のイスラーム文明もまた西欧文明の成果を大いに享受している。

ともあれ、この本は冗長な側面もあるが、きわめて面白い内容であることには間違いない。あとは読者が自分なりの問題関心にしたがってどう活用するかにかかっているといえよう。





目 次

日本語版への序文-東アジア・太平洋域から見た人類史

プロローグ ニューギニア人ヤリの問いかけるもの
  ヤリの素朴な疑問
  現代世界の不均衡を生み出したもの
  この考察への反対意見
  人種による優劣という幻想
  人類史研究における重大な欠落
  さまざまな学問成果を援用する
  本書の概略について

第1部 勝者と敗者をめぐる謎
 第1章 1万3000年前のスタートライン
 第2章 平和の民と戦う民との分かれ道
 第3章 スペイン人とインカ帝国の激突

第2部 食料生産にまつわる謎
 第4章 食料生産と征服戦争
  食料生産と植民
  馬の家畜化と征服戦争
  病原菌と征服戦争
 第5章 持てるものと持たざるものの歴史  食料生産の地域差
  食料生産の年代を推定する
  野生種と飼育栽培種
  一歩の差が大きな差へ
 第6章 農耕を始めた人と始めなかった人  農耕民の登場
  食料生産の発祥
  時間と労力の配分
  農耕を始めた人と始めなかった人
  食料生産への移行をうながしたもの
 第7章 毒のないアーモンドのつくり方  なぜ「栽培」を思いついたか
  排泄場は栽培実験場
  毒のあるアーモンドの栽培化
  突然変異種の選択
  栽培化された植物とされなかった植物
  食料生産システム
  オークが栽培化されなかった理由
  自然淘汰と人為的な淘汰
 第8章 リンゴのせいか、インディアンのせいか
  人間の問題なのか、植物の問題なのか
  栽培化の地域差
  肥沃三日月地帯での食料生産
  8種の「起源作物」
  動植物にかんする知識
  ニューギニアの食料生産
  アメリカ東部の食料生産
  食料生産の開始を遅らせたもの
 第9章 なぜシマウマは家畜にならなかったのか
  アンナ・カレーニナの原則
  大型哺乳類と小型哺乳類
  「由緒ある家畜」
  家畜化可能な哺乳類の地域差
  他の地域からの家畜の受け入れ
  家畜の初期段階としてのペット
  すみやかな家畜化
  繰り返し家畜化された動物
  家畜化にしっぱいした動物
  家畜化されなかった6つの理由
  地理的分布、進化、生態系
 第10章 大地の広がる方向と住民の運命
  各大陸の地理的な広がり
  食料生産の伝播の速度
  西南アジアからの食料生産の広がり
  東西方向の伝播はなぜ速かったか
  南北方向の伝播はなぜ遅かったか
  技術・発明の伝播

第3部 銃・病原菌・鉄の謎
 第11章 家畜がくれた死の贈り物  動物由来の感染症
  進化の産物としての病原菌
  症状は病原菌の策略
  流行病とその周期
  集団病と人口密度
  農業・都市の勃興と集団病
  家畜と人間の共通感染症
  病原菌の巧みな適応
  旧大陸からやってきた病原菌
  新大陸特有の集団感染症がなかった理由
  ヨーロッパ人のとんでもない贈り物
    (以上、上巻)
    (以下、下巻)
 第12章 文字をつくった人と借りた人
 第13章 発明は必要の母である
 第14章 平等な社会から集権的な社会へ

第4部 世界に横たわる謎 第15章 オーストラリアとニューギニアのミステリー
 第16章 中国はいかにして中国になったのか
 第17章 太平洋に広がっていった人びと
 第18章 旧世界と新世界の遭遇
  アメリカ先住民はなぜ旧世界を征服できなかったのか
  アメリカ先住民の食料生産
  免疫・技術のちがい
  政治機構のちがい
  主要な発明・技術の登場
  地理的分断の影響
  旧世界と新世界の遭遇
  アメリカ大陸への入植の結末
 第19章 アフリカはいかにして黒人の世界になったのか
エピローグ 科学としての人類史
  環境上の4つの要因
  考察すべき今後の課題
  なぜ中国ではなくヨーロッパだったのか
  文化の特異性が果たす役割
  歴史に影響を与える「個人」とは
  科学としての人類史
訳者あとがき
索引
(*なお、文庫版には「参考文献」がついているとのこと)


著者プロフィール

ジャレド・ダイアモンド(Jared Diamond)
1937年ボストン生まれ。生理学者、進化生物学者、生物地理学者。ハーバード大学で生物学、ケンブリッジ大学で生理学を修めるが、やがてその研究領域は進化生物学、生物地理学、鳥類学、人類生態学へと発展していく。『銃・病原菌・鉄(上)(下)』(倉骨彰訳、小社刊)はそれらの広範な知見を統合し、文明がなぜ多様かつ不均衡な発展を遂げたのかを解明して世界的なベストセラーとなった。カリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部生理学教授を経て、現在は同校地理学教授。アメリカ科学アカデミー、アメリカ芸術科学アカデミー、アメリカ哲学協会の会員にも選ばれている。アメリカ国家科学賞、タイラー賞、コスモス国際賞など受賞は多く、『銃・病原菌・鉄』ではピュリッツァ-賞を受賞している。邦訳書は上記のほかに『セックスはなぜ楽しいか』(長谷川寿一訳、小社刊)『人間はどこまでチンパンジーか?』(長谷川真理子・長谷川寿一訳、新曜社刊)がある。長年にわたってニューギニアでフィールドワークを続けている。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものを再編集したもの)

訳者プロフィール
倉骨彰(くらほね・あきら)
数理言語学博士。専門は自動翻訳システムのR&D。テキサス大学オースチン校大学院言語学研究科博士課程修了。同校で数学的手法による自然言語の統語論と意味論を研究。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)






<関連サイト>

ダイアモンド『銃、病原菌、鉄』2005年版追加章について銃、病原菌、鉄 (山形浩生)

Jared Diamond "Guns, Germs and Steel" Further Readings
・・単行本初版(2000年)に収録されなかった「参考文献」の山形裕生チーム訳、文庫版(2012年?)には参考文献は収録されているとのこと

ダイアモンド『銃、病原菌、鉄』2005年版追加章 (山形浩生訳)
 日本人とは何者だろう?
 2003年版エピローグ
 訳者コメント


<ブログ内関連記事>

「世界の英知」をまとめ読み-米国を中心とした世界の英知を 『知の逆転』『知の英断』『知の最先端』『変革の知』に収録されたインタビューで読む
・・「『知の逆転』(吉成真由美=インタビュー・編、NHK出版新書、2012) の「第一章 文明の崩壊―ジャレド・ダイアモンド」


太平洋の島々

書評 『私は魔境に生きた-終戦も知らずニューギニアの山奥で原始生活十年-』(島田覚夫、光人社NF文庫、2007 単行本初版 1986)-日本人のサバイバル本能が発揮された記録

書評 『南の島の日本人-もうひとつの戦後史-』(小林泉、産経新聞社、2010)-ミクロネシアにおける知られざる日本民族史の一コマ

映画 『コン・ティキ』(2012年 ノルウェー他)をみてきた-ヴァイキングの末裔たちの海洋学術探検から得ることのできる教訓はじつに多い

水木しげるの「戦記物マンガ」を読む(2010年8月15日)
・・ニューギニア・ラバウル線線で視線をさまよった経験をもつマンガ家の水木しげる。爆撃で左腕を失った水木氏は、原住民と深いレベルでの交流をもった人でもある

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家畜と栽培植物

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「近代化=西欧化」であった日本と日本人にとって、ヒツジのイメージはキリスト教からギリシア・ローマ神話にまでさかのぼって知る必要がある

書評 『思想としての動物と植物』(山下正男、八坂書房、1994 原著 1974・1976)-具体的な動植物イメージに即して「西欧文明」と「西欧文化」の違いに注目する「教養」読み物

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・・商品作物としての綿花(コットン)

「世界のヒョウタン展-人類の原器-」(国立科学博物館)にいってきた(2015年12月2日)-アフリカが起源のヒョウタンは人類の移動とともに世界に拡がった

秋が深まり「どんぐり」の季節に
・・人間にとっての有用植物でありながら栽培植物化されrていないオーク(樫)


■病原菌と感染症

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・・捕虜の多くは熱帯特有の病原菌のため倒れていった

スワイン・フルー-パンデミック、すなわち感染症の爆発的拡大における「コトバ狩り」について


ユーラシア大陸の特性

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!
・・ユーラシア大陸は東西軸で見る

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ

はじけるザクロ-イラン原産のザクロは東に西に
・・栽培植物のザクロはユーラシア大陸の東西軸で伝播


■西欧文明とアメリカ大陸

レヴィ=ストロースの 『悲しき熱帯』(川田順造訳、中央公論社、1977)-原著が書かれてから60年、購入してから30年以上の時を経てはじめて読んでみた

書評 『現代世界と人類学-第三のユマニスムを求めて-』(レヴィ=ストロース、川田順造・渡辺公三訳、サイマル出版会、1986)-人類学的思考に現代がかかえる問題を解決するヒントを探る
・・「文化相対主義」をもたらした人類学的認識が、西洋文明至上主義の終焉に果たした役割は大きい。」

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)-「西欧主導のグローバリゼーション」の「最初の500年」を振り返り、未来を考察するために
・・ヨーロッパによる中南米の征服に重点を置いた

(2016年5月3日 情報追加)


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2014年10月8日水曜日

梅棹忠夫の幻の名著 『日本探検』(1960年)が、単行本未収録の作品も含めて 2014年9月 ついに文庫化!



梅棹忠夫の幻の名著 『日本探検』(1960年)がついに文庫化された。中央公論社から刊行されている自選の『著作集』に収録されているとはいえ、単著として手軽な形で読めようになったことは、じつに喜ばしいことだ。

わたしはこの「幻の名著」をオリジナルの単行本を古本で入手したが、なぜいままで文庫版を含めた別バージョンで出版されないのか不思議でならなかった。その意味でも講談社学術文庫から文庫化されたのはありがたいことだ。ウメサオタダオの本は、『狩猟と遊牧の世界-自然社会の進化-』『生態学入門』(共編著)が講談社学術文庫が発足した 1976年 に出版されているが、それ以来ということになる。

『日本探検』というネーミングは1960年前後では、ひじょうに新鮮かつ斬新なものであったようだ。そもそも「探検」とは、未知なる世界で行うものであって、既知であるはずの世界を「探検」するとはどういうことか、と。

たしかに、未踏の地(terra incognita)が消滅し、未踏峰の高山も、未開の森林もなくなりつつあったのが1960年代であったが、完全になくなってしまう前に、既知であるはずの世界をあえて「探検」するという姿勢で取り組んだ先駆的な意味は大きい。


(1960年刊のオリジナル単行本 マイ・コレクションより)


『日本探検』がいかなる意味で「幻の名著」であるかについては、講談社BOOK倶楽部のウェブサイトに掲載されている踏み切った「紹介文」を読んでいただくのがよいだろう。学術文庫編集部の思いが伝わってくるはずだ。

知の巨人は「日本」をどう見たか。『文明の生態史観』 と 『知的の生産技術』の間に書かれた梅棹学のターニングポイント、文庫化!

梅棹忠夫こそは、戦後日本に屹立する知の巨人です。若き日に『モゴール族探検記』『文明の生態史観』『知的生産の技術』をひもといた人は多いのではないでしょうか。しかし、ここにもう一冊、あまり知られていないスゴイ本があります。それが本書『日本探検』です。

1955年のカラコルム・ヒンズークシ学術探検、1957年の第一次東南アジア探検から1961年の第二次東南アジア探検までの数年間、梅棹には一見「小休止」ともみえる時期があります。しかし、そんなことはありません。この期間にも彼の知的関心はやむことなく、その視線は「日本」に向いていました。それまでの探検で培った比較文明的、巨視的手法でみずからの生まれた社会を対象化したのです。

1959年に『中央公論』誌上ではじまった連載は7回にわたり、そのうちの4回分が翌年に単行本となりました(著作集では第5回の「事務革命」を除くものが収録され、新たに著者自身による解説的な新稿が付されています。今回の文庫はそれに基づきます)。このあと梅棹は国立民族学博物館の設立という大事業に乗り出していくわけですが、「日本探検」は梅棹学が生態学から文明学、情報学へとフィールドを拡げていくうえでの転換点であったと位置づけられます。(*太字ゴチックは引用者=さとう)

「「日本探検」は梅棹学が生態学から文明学、情報学へとフィールドを拡げていくうえでの転換点であったと位置づけられます」、とある。この点については、『日本探検』を直接読んで実感していただきたいと思う。


(京都大学人文研をリードした桑原武夫の推薦文 単行本カバー袖より)



「なんにもしらないことはよいことだ」(ウメサオタダオ)

『日本探検』の冒頭に収録された「福山誠之館」は、以下の文章が導入となっている。まずは文庫版からではなく、1960年出版の単行本から引用を行っておこう。この段階ではまだ漢字の使用が多い

何にもしらないことはよいことだ。自分の足であるき、自分の眼でみて、その経験から、自由に考えを発展させることができるからだ。知識は、あるきながら得られる。歩きながら本を読み、読みながら考え、考えながら歩く。これは、いちばんよい勉強の方法だと、わたしは考えている。わたしはいままで、日本の外を歩く機会が多かった。そこで、いつもこういう勉強の仕方をしてきた。

まさに名言である。これこそフィールドワークを学問の中心においたウメサオタダオの方法論である。知らないからこそ、知りたいのである。知りたいというのは人間の本能である。子どものような好奇心をもって観察する。これが学問の原点なのである。

19世紀アメリカの生物学者ルイ・アガシーの Study nature, not books ! に匹敵する名言だとわたしは考えている。まずは知的好奇心となる対象が自分のなかで生まれ、それを観察し、考察を深めるために本を読むのである。本の知識で語るのは本末転倒なのである。まずは一次情報を最重要に位置づけなくてはならないのだ。

つぎに文庫版から同じ箇所の引用を行っておこう。文庫版は、1990年の『梅棹忠夫著作集 第7巻』を底本としている。30年後のバージョンでは、さらに漢字が減っていることに気がつくはずだ。

なんにもしらないことはよいことだ。自分の足であるき、自分の目でみて、その経験から、自由にかんがえを発展させることができるからだ。知識は、あるきながらえられる。あるきながら本をよみ、よみながらかんがえ、かんがえながらあるく。これは、いちばんよい勉強の方法だと、わたしはかんがえている。わたしはいままで、日本のそとをあるく機会が多かった。そこで、いつもこういう勉強の仕かたをしてきた。

小学生でも読める文章になっていると思うが、漢字を極限まで減らしたこの文章は、みずからもその一役を担った事務合理化の流れのなかで登場したワープロの発明が、日本語文章に不要な漢字を増やしてしまったことへのアンチテーゼではないだろうか。日本語論については別にブログ記事として書いているので、そちらを参照していただきたいが、1990年段階のつぎは、ローマ字化を想定していたと考えられる。


(企画展「ウメサオタダオ展にて筆者撮影)


企画展「ウメサオタダオ展-未来を探検する知の道具-」(東京会場)では、会場にこの名言が展示されていたのは当然といえば当然だろう。

この方法論は、「1957年の第一次東南アジア探検から1961年の第二次東南アジア探検までの数年間」に行われた 『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) では、「移動図書館」として実践されている。現在なら、気になったらすぐにスマホで検索し、さらに詳しく知るために本を読むという方法論になるだろう。問題意識の深め方として、これほどすぐれた方法論はない

梅棹忠夫自身は、文庫版に収録されている「『日本探検』始末記」で、「主著となっていたはずの本」だと、振り返っている。

出版当時は、書評では好意的に取り上げられたのにかかわらず重版がかからなかったままだったらしい。現在でも「良書」にはよくありがちなことだが、1960年当時もそうであったわけだ。

文庫化されることなく、単行本未収録の4本を「続編」として出版する計画も、Tradition & Modernity in Japanese Civilization というタイトルでオックスフォード大学出版局から英訳版を出す計画も頓挫(とんざ)している。そのための定本となる日本語合本版もも実現することなく終わったという。

もしこの『増補改訂 日本探検』と英訳版が出版されていたら、この『日本探検』の仕事は、わたしの著作のなかでも主著のひとつとなったであろう。(『日本探検記』始末記 より)

梅棹忠夫には、実現しなかった「未刊行」の企画が多いことに気がつかされる。みずからの遅筆のせいだとしているが、まことにもって残念なことである。

たとえば、 『世界の歴史 25 人類の未来』 (河出書房、未刊) がその最たるものだが、企画をつめてメモもつくりながら結局は書けずじまいになってしまった。この本は、 『梅棹忠夫の「人類の未来」-暗黒の彼方の光明-』(梅棹忠夫、小長谷有紀=編、勉誠出版、2012) として没後に編集されて刊行されている。

本書に関連した主題で、1962年に創刊された中公新書から『日本群島』というタイトルで出版される予定があったが、これも企画倒れに終わっていると本人が述懐している。じつに残念なことだ。

ちなみに中公新書の創刊時に出版されてベストセラーとなり現在でも読み継がれているロングセラーとなったのが、おなじく京都学派の歴史学者・会田雄次の『アーロン収容所』である。


『日本探検』はフィールドワークによる「日本文明論」構築の軌跡

『日本探検』と銘打って「中央公論」で連載されたタイトルは以下の7つである。

① 「福山-殿様と学校」
② 「綾部・亀岡-大本教と世界連邦」
③ 「北海道独立論-根釧原野」
④ 「高崎山」
⑤ 「事務革命」
⑥ 「名神道路」
⑦ 「出雲大社」

なんだかバラバラなテーマがならんでいるようにみえるが、これは著者自身の知的好奇心を最優先にされたためである。

単行本の「あとがき」には以下にようにある。

とりあげた主題は、一見それぞれまるでバラバラである。しかし、わたしとしては一貫して、現代日本の文明史的課題を追求しつづけているつもりである。説きつくされた日本の歴史も、比較文明論の立場から見れば、またいくらかは新しい見方もでてくるであろう。未来のことをいうならば、人類史の未来に日本文明は何を寄与しうるか、あるいはまた、日本文明における新しい可能性は何か、というのがわたしのほんとうの主題である。(*太字ゴチックは引用者=さとう)

日本近代化と日本文明の関係という一貫した大きなテーマを、個々の具体的な小さなテーマを深掘りすることによって解明しようという、ある種のケーススタディ作成を想定していたのではないだろうか。

その意味では、せっかくの文庫版刊行であったが、きわめて残念なことに、⑤ 「事務革命」が収録されていない「日本探検 事務革命」を収録しなかったのは編集方針としては大きな誤りであったと言わざるを得ない

たしかに、梅棹忠夫自身が書いているように、「事務革命」は「日本語論」に近いので『著作集』では「日本語論」として自身の判断によって日本語論の巻に収録している。「事務革命」は、『著作集』のほか、単行本としては『日本語と事務革命』(くもん選書、1988)に収録されている。内容的には、『知的生産の方法』にも重なるものである。

だが、「事務革命」は大阪本町のビジネス街の「探検」記であり、聞き取りを中心にしたフィールドワークの記録であることに変わりはない。

もちろん個々の論考はケーススタディであるのでバラして読んでも差し支えはないが、なぜこのようなテーマを選択したのかという著者自身の当初の問題意識を探るうえでは大きな問題なのだ。

さらに、「日本探検」には着手されながら活字化されなかった「日本探検⑧ 近江菅浦」がある。梅棹家の発祥の地である琵琶湖畔の近江菅浦の「探検」記である。「初公開・草稿」として、 『梅棹忠夫-地球時代の知の巨人-(KAWADE夢ムック 文藝別冊)』(河出書房新社、2011)に収録されている。

文庫版に収録された「「日本探検」始末記」によれば、さらに「日本探検⑨」として「陶」(すえ)が予定され、現地探訪も文献調査も行っていたとある。岐阜県の洋陶の発祥の地を取り上げたこの論考が書かれていれば、「近江菅浦」とともに、人類学的手法による近代日本経営史のよいケーススタディとなったのではないかと惜しまれる。


(「日本探検」はいまだバラバラのまま一冊になっていない!)


梅棹忠夫の意志に反してでも、『著作集』を再度バラして編集担当者がコメントをつける形で再編集し、オリジナルを復元すべきであったとわたしは思う。かならずだれかに実現してほしいので、豪腕の編集者が現れることを期待したい。

文庫版には単行本には掲載されていた写真がいっさいないのが残念だ。権利処理が面倒だから省いてしまったのもしれないが、これまたじつに残念なことだ。そのかわりとして、単行本のカバー袖にある著者近影をアップしておこう。


 (出版当時40歳の著者 単行本カバー袖より)



文庫版に収録された「日本探検」について

文庫版に収録された「日本探検」の諸編について簡単にコメントを記しておこう。


① 「福山誠之館」(ふくやませいしかん)は、江戸時代の福山藩の藩校である。現在の広島県福山市である。

福山誠之館については、福山出身ではないわたしはまったく知らなかった。福山出身の友人知人もいるが、その名を聞いたこともない。あるいは聞いても忘れてしまったのかもしれない。

藩校という「封建時代」の発明品が、「近代と前近代」「伝統と近代」「中央と地方」「集中と分散」といった、いっけん二項対立的にみえるものをつなぐ存在であることが明らかにされる。

日本近代が突然変異的に発生したものではなく、日本文明には封建制が存在したがゆえに近代化が可能であったという逆説的な事実を、1960年という時点で示したことの意味について意識すべきだろう。

すでに近代が終わっている現在からみればあたりまえと見えることも、唯物史観が猛威を振るっていた1960年当時の「近代」においては、じつに勇気のいる発言であった。ある意味では蛮勇をふるった発言でもあったのである。狭義の歴史学者ではないからこそ可能であったかもしれない。


② 「大本教」は、近代日本で徹底的に弾圧された神道系の新宗教である。

大本教は、京都府の亀岡と綾部に本部があり、ともに京都が始発の山陰本線の途中にある。

個人的な話だが、綾部はわたしの生まれ故郷の舞鶴からも近い。京都始発の列車は綾部駅でスイッチバックして舞鶴線に入る。現在では亀岡はすっかり京都の通勤圏となっている。

大本教を取り上げたのは、梅棹忠夫が京都のエスペランティストであったことが根本にある。戦前から大本教はエスペラントの熱心な推進者であったからだ。

世界平和、人類愛、エスペラント、心霊主義といった広範なテーマを有する大本教の名誉回復を行った文章にもなっている。戦前のモンゴル調査で出会った紅卍会(こうまんじかい)や戦後のベトナム調査で訪れたカオダイ教などの話題もでてくるこの論考は、日本文明の世界への発信という点でも興味深い。

『美意識と神さま』(中公文庫、1985)にも大本教関連として、戦前の国家神道のもとにおける大本教弾圧事件をモデルにした長編小説高橋和巳の『邪宗門』の書評が収録されている。

日本近代を国家の中枢から推進した国家神道とは対立関係にあった大本教を取り上げたことは、日本文明の二元的構造を示した好例といえるかもしれない。




③ 「北海道独立論」は、大東亜戦争の敗戦後、樺太(サハリン)という辺境を失った日本列島において、あらたに辺境(フロンティア)となった北海道を取り上げたものだ。

とりあげられた根室と釧路に拡がる根釧平原は、アメリカやデンマークの影響を受けた近代農業を全面的に展開した、まさに「近代」そのものといえるような地域である。内地ではすべてが実現できなかった「近代化」の実験地であったともいえる。

だが、一方では先住民のほかに、近代以前から内地からの流れ者が定住を行ってきたことも事実であり、漁業関係者や商工業者は、エリートによる近代化とは異質の存在である。内地からの定住者は近代以降も増加し、その意味では北海道も内地化しているわけである。

「北海道独立」の実現性についての考察が行われているが、なぜか沖縄への言及がまったくない。北海道と沖縄は日本文明における位置づけが異なる点は共通しているが、日本近代における位置づけはそれぞれ異なるものであった。沖縄への言及がないのは、当時の沖縄は米軍の軍政下にあったためでもあろうか。

2014年には英国からのスコットランドの分離独立に向けての国民投票が大きなイシューとなったが、北海道の場合も独立よりも連邦制のなかでの自治権強化の方向が現実的というべきだろう。あるいは「道州制」(大前研一)の議論につなげて考えることも面白い。

梅棹忠夫が鋭くも指摘しているように、分離独立は経済基盤の確保がカギとなることは言うまでもない。


④ 「高崎山」は、日本のサル学を世界最高水準のものとした伊谷純一郎の名著『高崎山のサル』(1954年)で知られている高崎山のことである。『高崎山のサル』は、講談社学術文庫から2010年に再刊されている。

高崎山というと日本のサル学の聖地という印象がつよいが、もともとは自治体の首長の発想で開発された自然環境を観光資源化したサル山なのである。現在なら下北半島の「スノーモンキー」が世界的に有名だが、当時の日本国内では高崎山が先駆者としてもっとも有名であった。

サル学は日本独自の「土着科学」である。それは研究対象となるニホンザルが日本国内というフィールドに存在するだけでなく、日本人の自然観が無意識のうちに大いに反映した科学だからでもある。

日本文明におけるサルの位置づけは、キリスト教世界とは異なり、親近感に満ちたものである。人間のつぎにサルがあるという自然序列観は日本人には不思議でもなんでもない。「河童駒引」や柳田國男の『孤猿随筆』などへの言及もあるが、サル学はナチュラル・ヒストリーの復権という意味合いもあることを梅棹忠夫は記している。

個体識別という方法論が、日本のサル学を世界的なものとした。餌付けによってサルとの関係を構築し、一匹一匹ごとに識別してサル社会の生態を明らかにしたのである。

日本のサル学の成果は、すでに日本では「一般常識」として共有された財産になっている。日本以外ではかならずしもそうではないだろう。

『高崎山のサル』(伊谷純一郎)はわたしも高校時代か大学時代かに読んだが、あわせて読んでおきたい名著である。とくにサルがイモを海水で洗って塩味つきで食べる「文化」が群れ全体に伝播し、その「文化」が世代を超えて継承されていく姿は、ドーキンズの「ミーム」(=文化遺伝子)論を先行しているというべきだろう。 




⑤ 「事務革命」は、講談社学術文庫版には収録されなかったが、内容について説明しておこう。

日本語の近代についての論考である。近代ビジネスと日本語の表記方法との戦いの歴史が、事務革命というイノベーション生み出した源泉となった。

 「日本探検-事務革命」には、総合商社伊藤忠の伊藤忠兵衛が登場する。 若き日に欧米を体験して、ローマ字による事務処理が日本語の漢字かなまじり文の事務処理とは、段違いに効率的であることを痛感していた伊藤忠兵衛は、熱心なカナモジ論者となり、社内でもカナモジ化をみずから推進したのであった。 梅棹忠夫は、この二代目伊藤忠兵衛(1886~1973)を隠居先に訪問してくわしく話を聞き取っている。

『知的生産の方法』ではなぜか黙殺されてきた第7章「ペンからタイプライターへ」にぐっと接近した内容である。 もしわたしが 『実業家の思想』 というアンソロジー集を編集することがあれば、実業家自身が書いた文章ではないが、ぜひ入れたい一編である。

日本文明における日本語の表記法というテーマは、梅棹忠夫においてはカナ文字論やローマ字論として展開されているが、英語全盛時代のなかで日本文明が生き残るための課題として、もっと論じられてよいテーマである。


(くもん選書から出版された「日本語三部作」)



⑥ 「名神高速道路」は、モータリゼーションという「近代化」について、道の文明史の視点で書かれたものだ。

もし「日本探検」がつづけて執筆されていれば、1964年の東京オリンピック開催にあわせて開業した「東海道新幹線」について書かれていたかもしれないと考えてみるのも面白い。

だが、京都中心主義者の梅棹忠夫にとっては、東京を中心にして関西を結んだ東海道新幹線よりも、京都を始点にした国道一号線のバイパスとして建設された名神高速道路のほうが意味があったのかもしれない。

自動車は馬車の延長線上にある発想であるが、ウマが存在しながら馬車が生まれなかった日本文明においては高速道路という発想も生まれてこなかった。日本にはひとが歩く歩道の発想は生まれても、クルマが走る道路という発想が脆弱なことが、現在にいたるまで尾を引いているような気もする。

この論考で展開されている「建設の論理」と「存在の論理」という二項対立も興味深い。「建設の原理=未来志向=近代化」とすれば、「存在の論理=現在と過去=伝統」、と整理できるが、近代がすでに終わっている現在、ますます「存在の論理」がふたたび前面にでてきていることは当然といえば当然だろう。

国土の制約性の強い日本における日本文明と、広大な未開拓地をもつアメリカのアメリカ文明の根本的に異なる点である。この点、ヨーロッパも日本と近い。


⑦ 「出雲大社」は、『日本探検』のなかでは「大本教」と対(つい)になるものであろう。

京都人の梅棹忠夫にとっては、出雲は意外と心理的に近いものを感じていたのではないだろうかという解説者・原武史氏の指摘にはうなづくものがある。山陰本線の夜行特急「出雲」が、京都が始発であったことを想起すればよい。

「日本文明の二元構造」についての指摘が重要だ。幕藩体制における天皇と将軍、中央と地方、東京と京都、国家神道と大本教、そして伊勢と出雲。

同じ関西でも京都や奈良の神社をとりあげず、冥界の主となったオオクニヌシを主神とする出雲大社を取り上げたことに大きな意味を感じる。

縁むすびの神さまとして有名な出雲大社だが、根本にあるのは稲作と密接な関係をもつ農業神であって、縁むすびは神学とは無縁の一般庶民の信仰である。

時代が変われば、神信仰のあり方も変わる。この論考は家族制度についてのテーマでもあり、風俗史でもあり、庶民信仰の話でもある。多彩なテーマを出雲大社という軸で描いている点に梅棹忠夫ならではのものがあるといっていいだろう。

『美意識と神さま』(梅棹忠夫、中公文庫、1985)に「家庭における神と芸術」という一章があるが、収録された文章のタイトルをみれば、この「出雲大社」と問題関心のありかた重なっていることがわかるだろう。

「神々のまきかえし作戦の成功と失敗」
 [追記] 神前結婚の起源
神さまの格づけと小型電気洗濯機について
工業的大量生産と神々の復活
 [追記] 産業化社会のアニミズム
機能的デザインと洗濯ものの美学
三種の神器と嗅覚的芸術 

「近代化」は完成し、すでに「近代」の終わっている日本であるが、日本文明は今後どのように展開し、世界に貢献できるのか、本書を読みながら考えてみたいものだ。


(未完に終わった「近江菅浦」 『梅棹忠夫』(河出書房新社、2011)所収)



『日本探検』の続きは読者みずからの「日本探検」を!

「単行本あとがき」には以下のようにある。

できることなら、まだ当分はこれを続けてゆきたいと思っている。あるいはまた、このまま国外の探検に接続してゆくことになるかもしれないが、そのときはそのときで、それでもよいと思っている。

じっさいにこのとおりとなってしまったわけだが、『日本探検』以降も、さまざまな「探検」が著者によって国内外を問わずに行われている。その記録は『著作集』に結実しているわけだが、失明してからも「探検」は続けられた 『まだ夜は明けぬか』(梅棹忠夫、講談社文庫、1994)にまとめられた体験と観察の記録である。

未知の世界を知りたいという知的好奇心。人間の本能に根ざしたこの欲求は、すべての人間に本来そなわっているものだ。

『知的生産の技術』もそうだが、『日本探検』を手引きにして、読者みずからが自分のフィールドのなかで「探検」を続けていくことこそ、フィールドワークの科学者であった著者自身の願いであったのではないかと思う。

そのための方法論は『知的生産の技術』に結晶しているが、その萌芽が『日本探検』にもある。ぜひ多くの人に読んでもらい、みずからの「日本探検」をブログなどでどんどん発信していってほしいと思う。

「日本探検」のネタは、ぜったいに尽きることなどないのだから。わたしのこのブログもまた「日本探検」の一つである。


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 福山
 誠之館
 藩校
 東京の福山
 創業三百年
 地方と中央
  追記 「福山誠之館」その後
大本教
 山陰道
 世界連邦
 大本教
 世界を結ぶことば
 神々の国会
 国を超えるもの
  追記 「大本教」その後
北海道独立論
 津軽海峡のかなたに
 根釧原野をたずねて
 失われた開拓線
 異質化と同質化
 分離か、統合か
 開発論争
 独立への道
  追記 「北海道独立論」その後
高崎山
 高崎山
 幸島・都井岬  
 ウマ・シカ・サル
 個体識別  
 モンキー・センター
 世界への進出
 サルと自然観
  追記 「高崎山」その後
中央公論社刊『日本探検』のためのあとがき

(以下、単行本未収録)
名神高速道路
 過去の道・未来の道
 高速道路
 道の文化史
 未来をひらくもの
  追記 「名神高速道路」その後
出雲大社
 天下無双の大廈(たいか)
 神とひとの歴史
 縁むすびの神さま
 神がみの復活
空からの日本探検

『日本探検』始末記
解説 (原武史)


著者プロフィール

梅棹忠夫(うめさお・ただお)

民族学者。1920年、京都西陣に生まれる。京都府立京都第一中学校、第三高等学校を経て京都帝国大学理学部に学ぶ。はじめ動物学を専攻。今西錦司の薫陶を受け、北部大興安嶺探検隊に参加。モンゴルで牧畜調査に従事する。敗戦で帰国後、大阪市立大学助教授となる。1955年、京大カラコルム・ヒンズークシ学術探検隊に参加(この記録が翌年『モゴール族探検記』[岩波新書]となる)。1957年「文明の生態史観序説」を『中央公論』2月号に発表し、大きな反響をよぶ(『文明の生態史観』刊行は1967年)。1965年京都大学人文科学研究所に転ずる。1969年『知的生産の技術』(岩波新書)を刊行。国立民族学博物館の設立に尽力し、1974年に初代館長となる。1986年、ウイルスによる球後視神経炎のため両眼の視力を喪失するも旺盛な著作活動を展開する。1991年文化功労者、1994年に文化勲章受章。2010年、90歳で死去。主な著作は「梅棹忠夫著作集」(全22 巻 別巻1 中央公論社)に収められている。(出版社サイトより)



(追記) 2015年12月に講談社学術文庫から梅棹忠夫の『日本語と事務革命』が文庫化された。

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<ブログ内関連記事>

梅棹忠夫関連

書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)
・・最晩年の放談集。日本人に勇気を与える元気のでるコトバの数々

書評 『梅棹忠夫のことば wisdom for the future』(小長谷有紀=編、河出書房新社、2011)

書評 『梅棹忠夫-地球時代の知の巨人-(KAWADE夢ムック 文藝別冊)』(河出書房新社、2011)

書評 『梅棹忠夫-知的先覚者の軌跡-』(特別展「ウメサオタダオ展」実行委員会=編集、小長谷有紀=責任編集、千里文化財団、2011)

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!

『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある

書評 『回想のモンゴル』(梅棹忠夫、中公文庫、2011 初版 1991)-ウメサオタダオの原点はモンゴルにあった!

書評 『まだ夜は明けぬか』(梅棹忠夫、講談社文庫、1994)-「困難は克服するためにある」と説いた科学者の体験と観察の記録


梅棹忠夫の「科学論」

書評 『人間にとって科学とはなにか』(湯川秀樹・梅棹忠夫、中公クラシック、2012 初版 1967)-「問い」そのものに意味がある骨太の科学論
・・進化論

書評 『梅棹忠夫の「人類の未来」-暗黒の彼方の光明-』(梅棹忠夫、小長谷有紀=編、勉誠出版、2012)-ETV特集を見た方も見逃した方もぜひ

梅棹忠夫の幻の名著 『世界の歴史 25 人類の未来』 (河出書房、未刊) の目次をみながら考える

企画展「ウメサオタダオ展-未来を探検する知の道具-」(東京会場)にいってきた-日本科学未来館で 「地球時代の知の巨人」を身近に感じてみよう!
・・「「発見」というものは、たいていまったく突然にやってくるのである」(梅棹忠夫)


梅棹忠夫の「日本語論」

梅棹忠夫の「日本語論」をよむ (1) -くもん選書からでた「日本語論三部作」(1987~88)は、『知的生産の技術』(1969)第7章とあわせて読んでみよう!

梅棹忠夫の「日本語論」をよむ (2) - 『日本語の将来-ローマ字表記で国際化を-』(NHKブックス、2004)


「封建制と藩校」関連

幕末の佐倉藩は「西の長崎、東の佐倉」といわれた蘭学の中心地であった-城下町佐倉を歩き回る ③
・・千葉県立佐倉高校は佐倉藩の藩校であった

書評 『封建制の文明史観-近代化をもたらした歴史の遺産-』(今谷明、PHP新書、2008)-「封建制」があったからこそ日本は近代化した!


「大本教」関連

合気道・道歌-『合気神髄』より抜粋
・・合気道開祖・植芝盛平は大本教の出口王仁三郎聖師のもとで精神修行をしていた

書評 『「悲しき熱帯」の記憶-レヴィ-ストロースから50年-』(川田順造、中公文庫、2010 単行本初版 1996)-『悲しき熱帯』の日本語訳者によるブラジルを多角的、重層的に見つめる人類学的視点
・・人類教教会

グンゼ株式会社の創業者・波多野鶴吉について-キリスト教の理念によって創業したソーシャル・ビジネスがその原点にあった!
・・綾部と郡是(グンゼ)


「北海道と近代化」関連-アメリカとデンマーク

日本が「近代化」に邁進した明治時代初期、アメリカで教育を受けた元祖「帰国子女」たちが日本帰国後に体験した苦悩と苦闘-津田梅子と大山捨松について
・・近代化とアメリカ。津田梅子らをアメリカに送り込んだのは北海道開拓使であった黒田清隆である

内村鑑三の 『後世への最大遺物』(1894年)は、キリスト教の立場からする「実学」と「実践」の重要性を説いた名講演である
・・岩波文庫版に一緒に収録されている「デンマルク国の話」とあわせて読むべき

書評 『クオリティ国家という戦略-これが日本の生きる道-』(大前研一、小学館、2013)-スイスやシンガポール、北欧諸国といった「質の高い小国」に次の国家モデルを設定せよ!

「幕末の探検家 松浦武四郎と一畳敷 展」(INAXギャラリー)に立ち寄ってきた


「高崎山のサル」関連

『サル学の現在 上下』(立花隆、文春文庫、1996)は、20年後の現時点で読んでもじつに面白い-「個体識別」によるフィールドワークから始まった日本発の「サル学」の全体像

『新版 河童駒引考-比較民族学的研究-』(石田英一郎、岩波文庫、1994)は、日本人がユーラシア視点でものを見るための視野を提供してくれる本

「石に描かれた鳥たち-ジョン・グールドの鳥類図譜-」(玉川大学教育博物館)にいってきた(2013年1月26日)-19世紀大英帝国という博物学全盛時代のボタニカルアート
・・英国の動物学の前提には博物学(ナチュラルヒストリー)がある

猛暑の夏の自然観察 (2) ノラネコの生態 (2010年8月の記録)
・・個体識別をノラネコに応用する


出雲関連

『水木しげるの古代出雲(怪BOOKS)』(水木しげる、角川書店、2012)は、待ちに待っていたマンガだ!

(2016年8月11日 情報追加)


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