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2011年7月14日木曜日

書評『言葉でたたかう技術 ー 日本的美質と雄弁力』(加藤恭子、文藝春秋社、2010)ー 自らの豊富な滞米体験をもとに説くアリストテレス流「雄弁術」のすすめ


著者の体験からにじみ出た、とくに日本の若者たちに向けた厳しくも暖かいメッセージ

 日本のいまの若者たちを深いレベルで信頼している、1929年(昭和5年)生まれの著者が、自らの豊富な滞米体験をもとに説くアリストテレス流「雄弁術」のすすめが、本書『言葉でたたかう技術 ー 日本的美質と雄弁力』(加藤恭子、文藝春秋社、2010)である。。

 戦後から7年たった1952年に夫の留学について渡米した著者夫妻は、学費を稼ぐために住み込みの家事労働者となる。こういったナマの体験を経た米国理解は、活字や映像をみただけの評論家的なものではまったくない。生きることは闘うこと、闘うための武器はコトバと雄弁術なのだ。発信しなければ泣き寝入りを余儀なくされる。米国留学の経験のある私は、著者の言うことに100%同意する。

 米国留学で悪戦苦闘している最中に著者が運命的に出会ったのが古代ギリシアの大学者アリストテレスの『雄弁術』(レトリカ)。著者は次の一節に大きなインパクトを受ける。これだったのか、と。


「言論による説得には三つの種類がある。第一は語り手の性格に依存し、第二は聞き手の心をうごかすことに、第三は証明または証明らしくみせる言論そのものに依存する」(池田美恵訳)


 西洋世界で「レトリック」として伝承された、本家本流の「雄弁術」の源流がここにあるのだ。

 米国と日本を行ったり来たりの人生を送ってきた著者は、日本人としての「内なる目」と長い外国生活による「外からの目」を兼ね備えるに至ったと述懐している。

 そんな著者にとって、とにかく目につくのが、日本と日本以外の大陸国家とのパーセプション・ギャップ(=認識ギャップ)である。認識をめぐるギャップは、いかにグローバル化が進展しようとも、けっして埋まることのないものである以上、そもそも両者は根本的に違うのだということを基本認識として持っていなければならないのだと説く。

 島国ゆえにさまざまな美質をもった日本人は、この島国を一歩出ると弱肉強食の大陸世界ではヒツジのような存在になってしまうのだが、著者がいうように、「たとえダブルスタンダードであろうが、彼らの流儀を身につけて、闘わねばならない」のである。

 私が非常に面白いと思ったのは、著者が推奨する「手鏡練習法」(P.125)。思いっきり愛想よく笑った次の瞬間、いきなり厳しい表情に切り替えるというテクニックの習得である。笑顔から厳しい表情に瞬時に切り替える手鏡のテクニックはすぐにでも実行できるメソッドだから、ぜひ反復練習で身につけたいものである。欧米人はこれが平気でできる。

 島国であることは弱点だけではない。美質ともいうべき強みを根底に据えつつ、闘うための武器を身につけよというのが著者のメッセージだ。なぜか、このような強い主張をするのは、海外経験の長い日本女性が多いような気がするのは私だけだろうか。

 むずかしい話抜きで読んで面白い体験談でもある。ぜひ一読を薦めたい。


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<初出情報>

■bk1書評「著者の体験からにじみ出た、とくに日本の若者たちに向けた厳しくも暖かいメッセージ」投稿掲載(2011年3月9日)
■amazon書評「著者の体験からにじみ出た、とくに日本の若者たちに向けた厳しくも暖かいメッセージ」投稿掲載(2011年3月9日)


 

目 次

第1章 アメリカでのけんか修行
第2章 アリストテレスの弁論術
第3章 日本人の美点と弱点
第4章 外国人との交渉術
第5章 日本の未来のために
あとがき

参考文献


著者プロフィール

加藤恭子(かとう・きょうこ)

1929年、東京生まれ。早稲田大学文学部仏文科を卒業と同時に渡米・留学。ワシントン大学修士号。フランス留学、再渡米を経て、1961年帰国。1965年早稲田大学大学院博士課程修了。1965年から1972年までマサチューセッツ大学で研究生活を送る。1973年上智大学講師。現在は(財)地域社会研究所理事、専攻はフランス文学。第43回日本エッセイスト・クラブ賞、第11回ヨゼフ・ロゲンドルフ賞、第65回文藝春秋読者賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 はじめての米国がサンフランシスコから、しかもバークリーというのも親近感を感じた点だ。

 わたしは、本書を読みながら、自分自身の対米体験を思い出してもいた。もちろん、わたしが渡米した時代はバブル期の日本で、自信に充ち満ちた日本人のポジションも、加藤さんの時代とは大いに違っていたのだが。

 「日本の常識は世界の非常識」とつねづね語っていたのは竹村健一であるが、「島国の常識は大陸世界の非常識」である。これは、本書を読んでいて何度も思ったことだ。

 「日本人は素直になんでもしゃべってしまう傾向にあるが、西洋人も中国人もみな「大陸人」はホンネを言わないという点においては共通」といった指摘が本書のなかでなされている。第二次大戦中に捕虜になった日本人兵士もペラペラとしゃべっており、米国は貴重な情報源としていた。

 いわゆる「大陸人」は、日本人が思っている以上に、ホンネとタテマエが違う世界に生きていることをよく知っておいたほうがいい。これは、わたしが米国で生活していたときにつよく実感したことである。

 まだまだこういう内容の本が出版される意味があるようだ。


 
<関連サイト>

『言葉でたたかう技術』の著者、加藤恭子さんに聞く(前編) 「日本が戦争に巻き込まれる日が、残念だけれどきっと来ます」

『言葉でたたかう技術』の著者、加藤恭子さんに聞く(後編) 「戦争中も少女たちで集まって、こっそり英語の勉強会を開いていました」
・・『日経BPネット Biz College』に掲載。ゆとり世代、1987生まれの駆け出しフリーライターが、業界の大先輩たちに教えを請うインタビューシリーズ。加藤恭子氏のホンネがよく引き出されているので、読んで面白いインタビューになっている。



<ブログ内関連記事>

「人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ」 (片岡義男)

書評『小泉進次郎の話す力』(佐藤綾子、幻冬舎、2010)

書評 『「言語技術」が日本のサッカーを変える』(田嶋幸三、光文社新書、2007)

書評『外国語を身につけるための日本語レッスン』(三森ゆりか、白水社、2003)

書評『言葉にして伝える技術-ソムリエの表現力-』(田崎真也、祥伝社新書、2010)

1980年代に出版された、日本女性の手になる二冊の「スイス本」・・・犬養道子の『私のスイス』 と 八木あき子の 『二十世紀の迷信 理想国家スイス』・・・を振り返っておこう
・・加藤恭子氏と同様に海外経験の長い、とくに欧米経験の長い女性たちの意見に耳を傾ける

「島国」の人間は「大陸」が嫌いだ!-「島国根性」には正負の両面があり、英国に学ぶべきものは多々ある

(2014年6月19日、2019年1月12日 情報追加)


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