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2025年1月13日月曜日

書評『論理的思考とは何か』(渡邉雅子、岩波新書、2024)ー 論理的思考には文化によって複数の「型」がある。「感想文」で教育された日本人が、さらに「ロジカルシンキング」を習得すれば「鬼に金棒」となる

 

『論理的思考とは何か』(渡邉雅子、岩波新書、2024)は、昨年10月に出版されてすぐに購入し、しばらくしてから通読した。  

すでにベストセラーとなっているので、あらたに書く必要はないと思うが、コメントを書く機会を逸していたので、ここで簡単に書いておくことにしたい。 

論理的思考には文化によって「型」があることを明解に説いた内容の本である。 

「形式合理性」をタテ軸に、「実質合理性」をヨコ軸にとった四次元マトリックスで分類されるのが、以下の4つの合理的行為の累計である。 

●経済領域/政治領域/法技術領域/社会領域 

経済領域は、形式合理的で主観的 
政治領域は、実質合理的で客観的 
法技術領域は、形式合理的で客観的 
社会領域は、実質合理的で主観的 

それぞれの領域に対応して、論理的思考の「型」(パタン)が存在する。 

●経済の論理/政治の論理/法技術の論理/社会の論理 

論理的思考の「型」のそれぞれを代表しているのが、アメリカ/フランス/イラン/日本 となる。 

経済の論理を代表するアメリカの論理的思考は、いわゆる「ロジカルシンキング」として日本のビジネス界でも近年は推奨されているものだ。 

「ロジカルシンキング」は、効率性と確実な目的の達成のために構築され定着してきたものであり、共感を重視した日本の「感想文」とは対極にある。 


■この本を読むべき人は?

わたしは、論理的思考方法に関心がある人なら、ぜひ読むべき本であると言っておきたい。ただし、ビジネスパーソンであるなら中堅以上であることが望ましい。 

なぜかというと、ビジネスパーソンなら、まずは「ロジカルシンキング」に習熟しておくべきだからだ。日本語で初等中等教育を受けた人なら、日本流の感想文については、あえて習得するまでもない。 

それ以外のフランスとイランの「型」については、知識として知っておく程度にとどめておけばよい。 これは中級以上のビジネスパーソンにとっては、「教養」程度にとどめておけば十分だ。

一般人もさることながら、この本をいちばん読むべきなのは、初等中等教育にたずさわる教育関係者であろう。 

というのは、ビジネス界では「ロジカルシンキング」が強調されるものの、それだけが論理的思考ではないことを知ることが重要であること、しかも初等中等教育で行われてきた「感想文」には共感力を養うという、きわめて重要な目的があることを自覚したほうがいいからだ。 

論理的思考には複数の「型」があり、それぞれをつかい分けることが重要だという、著者の主張には大いに納得する。 

日本人としての強みを活かすためにも、ひきつづき初等中等教育では「感想文」を書かせる教育をつづけつつ、ビジネス界に入る前後から「ロジカルシンキング」を身につけること。 

こうすれば、日本人が世界で生きていくうえで「鬼に金棒」となるはずだ。 


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目 次 
はじめに ー 論理的思考はひとつなのか 
序章 西洋の思考のパターン ― 4つの論理 
 1 論理学、レトリック、科学、哲学の論理と思考法の比較表 
 2 論理学の論理 
 3 説得(レトリック)の論理 
 4 科学的発見の論理 
 5 哲学的探究の論理 第
1章 論理的思考の文化的側面 
 1 何が “論理的” だと感じさせるのか 
 2 論理と文化 ― 価値の選択と優先順位 
 3 論理と合理性 
 4 経済・政治・法技術・社会のそれぞれの論理 
第2章 「作文の型」と「論理の型」を決める暗黙の規範 ― 4つの領域と4つの論理 
 1 求められる作文の型を知る 
 2 経済の論理 ― アメリカのエッセイと効率性・確実な目的の達成 
 3 政治の論理 ― フランスのディセルタシオンと矛盾の解決・公共の福祉 
 4 法技術の論理 ― イランのエンシャーと真理の保持 
 5 社会の論理 ― 日本の感想文と共感 
第3章 なぜ他者の思考を非論理的だと感じるのか 
 1 「自己の主張」の直線的な論証(経済)とは相容れない論理 
 2 弁証法の「手続き」(政治)とは相容れない論理 
 3 「ひとつに決まる結論」(法技術)とは相容れない論理 
 4 他者への共感(社会)とは相容れない論理
終章 多元的思考 ― 価値を選び取り豊かに生きる思考法 
おわりに 
参考・引用文献

著者プロフィール
渡邉雅子(わたなべ・まさこ)
コロンビア大学大学院博士課程修了、Ph.D(博士・社会学)。現在、名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授。専攻、知識社会学、比較教育、比較文化。著書に『「論理的思考」の文化的基盤』、『「論理的思考」の社会的構築』(岩波書店)など。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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2013年9月28日土曜日

月刊誌 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2013年11月号の 「特集 そして、「理系」が世界を支配する。」は必読!-数学を中心とした「文理融合」の時代なのだ


月刊誌 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)の最新号(2013年11月号)の 「そして「理系」が世界を支配する。」はじつに面白い特集だった。

アメリカでは、名門ハーバードですら人文系(humanities)の人気が下がっているという。就職で有利にならないからだ。人文系教育を中心にした小規模リベラルアーツ・カレッジでも状況は同じらしい。

もともと遅れて近代化を開始して日本は、欧米先進国へのキャッチアップを至上命題としてきたため、実用性の高い工学部が法学部が最重視されてきた。就職に直結しない人文系は低い扱いを受けてきた。だから最初このタイトルをみたときは、日本みたいになってきたのかな、と思った。

だが、アメリカの状況はそうではない。数学の重要性がかってないほど大きくなりつつあるというのだ。その理由はビジネス界におけるビッグデータにある。

ビッグデータとは、膨大なデータを収集分析することによって、いままで見えてこなかった相関関係を複雑なアルゴリズムにもとづいた統計的手法によって発見し、経験や勘に頼らない意思決定を行うことをさしている。膨大な量のデータを解析するため市販のソフトウェアでは処理不可能で、データ・アナリストという専門家が必要とされる。

そのデータ・サイエンティスト人気が沸騰しているのがいまのアメリカの現状であり、後追い的に日本でも人気が高まりつつある現状だ。いまもっともセクシーな職業(!?)とさえいわれている。

データ・アナリストになるには、統計学はもちろんのことコンピュータサイエンスや数学といった基礎的な学問だけではなく、世の中のもろもろについて通じている必要がある。分析対象が人間のかかわる現実社会である以上、たんなる技術オタクだけではデータを的確に読み取ることもできないからだ。

だから、人文系専攻の人気は急速に低下しているのである。学問としての必要がないわけではないが、就職先がないのでは仕方あるまい。そう考えている学生がアメリカでは少なくないらしい。

キーワードは、数学を中核においた「文理融合」というべきだろう。


■アングロサクソン世界における確率論的思考

「因果関係よりも相関関係」で考える! 編集長の冨倉氏は後記で特集のキモを的確に要約している。

時間差メカニズムが本質の因果関係が解明できなくても、2つの事象のあいだに相関関係があることがわかれば、それがビジネスの現場であればアクセルを踏み込めばいい。極論すればそういうことだ。むしろ過度に因果関係にこだわると足をすくわれることがある。

なぜなら、これは統計学や確率論をやっていれば「常識」であるが、相関関係イコール因果関係ではないからだ。統計的な相関関係は、かならずしも因果関係ではないのだ。日本人がよく理解していないのはこの点だ。

そもそもアメリカを中心としたアングロサクソン世界では確率論的思考が重視されてきた。人間社会は因果律に支配されているのではなく、未来は確率論により選択された意思決定によってつくられていくものである、と。

ビジネスの世界では生産管理は当然のこととして、それ以外のマーケティングにおいても統計学が重視されてきたし、全体的にその傾向がある。

ある意味では、アングロサクソン的思考そのものが理系の思考とは親和性が高いと思われる。実験と観察を重視し、しかも観察は多面的かつ複眼的に行うことが当然のこととされている。集合知という発想はコンピュータの処理能力アップが前提ではあるが、アングロサクソン的思考そのもののようだ。

いまアメリカではビッグデータ時代になってからデータアナリストの人気がうなぎのぼりで、必然的に統計学や数学が重視される傾向にあるわけだが、20数年前にアメリカの理工系大学のMBAコースにいたわたしの個人的印象ではかならずしもそうではなかった。

アメリカでは理系人気が落ち込み、ユダヤ系やインド系を除くと、一般的に白人のアメリカ人は数学が弱いという印象をわたし個人としてもっていた。だから、英語がそれほど得意ではない日本人でも、日本人としては平均レベルの高校数学さえできれば留学生活はなんとかやり過ごせるのだ、と(笑)

だが、この認識を改めなくてはいけないようだ。それほどアメリカでは急激に変化しつつあるのだ。


■「私立文系」の受験に数学の復活を!

そもそも、西洋文明においては古代ギリシア以来、リベラルアーツのなかに数学はしっかりと位置付けられている。有名なプラトンの学園には、「幾何学を学ばざる者この門をくぐるべからず」という額がかかっていたのであった。

だから、アメリカにおいても、もともと数学や理科はリベラルアーツ教育においても重視されてきたのだ。全体に安直な志向のなか数学を勉強する者が減っていたのであろう。だが、とくに2008年のリーマンショック以来、そんなことを言っていられない状況にあるということだ。

「理系」というのが日本語独特の表現で、「理系」と「文系」という区分じたい日本だけである。「文理融合」とならなくては日本には未来はない。

「私立文系」というカテゴリーは大学受験予備校がつくりだしたものだが、大学受験に数学がない(!)という状況は異常である。受験に数学をいれると受験生が減少し、その結果、受験料収入が減少してしまうという私学経営者の懸念は理解できなくはないが、日本全体のレベル底上げという大義はしっかりと理解していただきたいものだ。

英語だけではない。数学も必要なのだ。英語ができる生徒は数学もできるというのは、日本でもむかしからよく知られている「相関関係」の事例ではないか!

英語と数学に共通するもの、それはロジックである。論理的思考である。

わたしはこの10年以上、ことあるごとに数学の重要性を主張してきた。「黒船」というわけではないが、海の向こうのアメリカからやってくる大きなうねりによって、ようやく大学教育における数学重視の姿勢が生まれてくるのではないかと期待している。

日本の教育関係者のみなさんには、ぜひこの「特集 そして「理系」が世界を支配する」をすみずまで読んで危機感をいだき、そして数学の重要性について覚醒していただきたいと願う次第だ。





目 次

PART 1 世界のルールは「理系」が作る

●数字がすべての世界で、私たちは「アルゴリズムの奴隷」になるのか
●情報量の爆発的増加で ニュースの読まれかたも変わる
●世界を震撼させた「新時代の予言者」ネイト・シルバーとは何者か
●米国の名門大学が育成に力を注ぐビッグデータの〝魔術師〞とは
●ハーバードの学生たちに広がる急激な「文系離れ」の波紋
●ウォール街を 支配しているのは、経済学者ではなく数学者たちだった

◆Interview-1 大栗博司|物理学者
米国の「理系学生」たちの優秀さは日本の学生とは比べものになりません
◆Interview-2 竹内薫|サイエンスライター
 〝文系バカ〞になりたくないなら まず統計を学ぶことから始めよう

PART 2 「理系」は世界をこう見ている

●もし「数学オタク」のアラフォー女性が世界的IT企業のCEOになったら
●「理系」の億万長者たちが夢見るあまりに過激な「未来予想図」
●シリコンバレーの政界進出で米国の産業構造が塗り替えられる!?
●〝経験〞や〝勘〞なんかに頼らない
●グーグル流「革命的ベンチャー投資法」
●「2045年、すべての病は治療可能になり、他人の脳と〝連結〞できるようになる」
●ビッグデータは人間の脳を超えるのか「まったく新しい人工知能」の衝撃

◆Interview-3 安宅和人|ヤフーCSO
 これからのビッグデータ時代に「必要とされる人材」の条件とは
◆Interview-4 青木薫|翻訳家
〝文系人間〞でも楽しめる必読「理系の教養本」ガイド

その他は省略



<関連サイト>

 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2013年11月号
http://courrier.jp/contents/courrier108.html

経営者よ「因果関係」は追うな!「相関関係」を見よ-「ビッグデータ」伝道師が日本企業に告ぐ (ダイヤモンドオンライン 2014年3月20日)

「技術革新で仕事の5割が消滅」20年後の社会 (ハフィントンポスト 2014年1月20日 執筆者 Michael Rundle 47% Of All Jobs Will Be Automated By 2034, And 'No Government Is Prepared' Says Economist)

機械学習革命 的中したビル・ゲイツの予言 (日経コンピュータ、2014年8月4日~8日)
・・「自ら学習するマシンを生み出すことには、マイクロソフト10社分の価値がある」。 米マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏は今から10年前の2004年2月にこう語った。 その時は来た。 米グーグルや米アップル、米フェイスブックといった先進IT企業は今、コンピュータがデータの中から知識やルールを自動的に獲得する「機械学習」の技術を駆使し、様々なイノベーションを生み出し始めている。 これらは来たる機械学習革命の、ほんの序章に過ぎない。 機械学習の本質は、知性を実現する「アルゴリズム」を人間の行動パターンから自動生成することにある」

Keen On-『第二の機械時代(The Second Machine Age)』の著者にデジタル経済が進展する中での人間の役割を聞く (TechCrunch、2014年2月14日)

Artificial intelligence meets the C-suite Interview|  (McKinsey Quarterly, September 2014)
・・「Technology is getting smarter, faster. Are you? Experts including the authors of The Second Machine Age, Erik Brynjolfsson and Andrew McAfee, examine the impact that “thinking” machines may have on top-management roles.」  『第二の機械時代』の共著者ブリニョルフソンとマカフィーをまじえた座談会。エグゼクティブははたして生き残れるか?という議論で、ある起業家は、「機械にできることは機械にまかせるという発想はアウトソーシングの発想と同じだ」と喝破している。 

(2014年9月11日 情報追加)



<ブログ内関連記事>

書評 『コンピュータが仕事を奪う』(新井紀子、日本経済新聞出版社、2010)-現代社会になぜ数学が不可欠かを説明してくれる本

書評 『1億人のための統計解析-エクセルを最強の武器にする-』(西内啓、日経BP社、2014)-ビジネスパーソンなら誰もが使えるはずのエクセルでデータ分析が可能となる

書評 『グーグル秘録-完全なる破壊-』(ケン・オーレッタ、土方奈美訳、文藝春秋、2010)-単なる一企業の存在を超えて社会変革に向けて突き進むグーグルとはいったい何か?

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?
・・アメリカの発明家でフューチャリスト(=未来研究者)のレイ・カーツワイルがその議論の中心

書評 『失われた歴史-イスラームの科学・思想・芸術が近代文明をつくった-』(マイケル・ハミルトン・モーガン、北沢方邦訳、平凡社、2010)
・・コンピュータの処理手順を意味するアルゴリズムは、9世紀の科学者アル・フワーリズミーのラテン語読みがなまったものである

本の紹介 『ユダヤ感覚を盗め!-世界の中で、どう生き残るか-』(ハルペン・ジャック、徳間書店、1987)
・・「自分でプログラムを組んでいてわかることは、これはまさしくタルムード思考の、例の複雑な論理そのものの現実化ではないか、ということである。ある条件ではこうしてみる、ある条件ではこんなふうにするということが、複雑に関連し合って絡み合うことが、本当にタルムード的なのである」、と著者は言う

書評 『知的複眼思考法-誰でも持っている創造力のスイッチ-』(苅谷剛彦、講談社+α文庫、2002 単行本初版 1996)

What if ~ ? から始まる論理的思考の「型」を身につけ、そして自分なりの「型」をつくること-『慧眼-問題を解決する思考-』(大前研一、ビジネスブレークスルー出版、2010)

書評 『山本覚馬伝』(青山霞村、住谷悦治=校閲、田村敬男=編集、宮帯出版社、2013)-この人がいなければ維新後の「京都復興」はなかったであろう
・・「砲術家だけに数理的能力が高く、経済にも明るかった理詰めの人。余談になるが、江戸時代の日本では数学がブームだったという背景を知っておくことが必要だろう。カネがかからないひまつぶしとして、数学の難問を解くことが一般庶民レベルまで流行っていたらしい」 

書評 『シゴトの渋滞学』(西成活裕、新潮文庫、2013)-数学者が数式をつかわずに書いた読みやすくて役に立つ実用書

映画 『マネーボール』 をみてきた-これはビジネスパーソンにとって見所の多い作品だ!
・・「メジャーリーグ球団のひとつ、カリフォルニア州北部にフランチャイズのあるオークランド・アスレティクス(Oakland Athletics)の GM(=ゼネラル・マネージャー)として球団経営に数字とロジックを持ち込んで、劇的な V字回復を果たした44歳の中年男の実話(ture story)に基づいた映画」クーリエの特集でも取り上げられているネイト・シルバー(Nate Silver)がデータ・アナリストのモデルといわれる 

シリコンバレーだけが創造性のゆりかごではない!-月刊誌 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2012年1月号の創刊6周年記念特集 「未来はMITで創られる」 が面白い

書評 『ネット・バカ-インターネットがわたしたちの脳にしていること-』(ニコラス・カー、篠儀直子訳、青土社、2010)

書評 『教養の力-東大駒場で学ぶこと-』(斎藤兆史、集英社新書、2013)-新時代に必要な「教養」を情報リテラシーにおける「センス・オブ・プローポーション」(バランス感覚)に見る

ビジネスパーソンに「教養」は絶対に不可欠!-歴史・哲学・宗教の素養は自分でものを考えるための基礎の基礎

(2014年9月11日 情報追加)


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2011年7月14日木曜日

書評『言葉でたたかう技術 ー 日本的美質と雄弁力』(加藤恭子、文藝春秋社、2010)ー 自らの豊富な滞米体験をもとに説くアリストテレス流「雄弁術」のすすめ


■著者の体験からにじみ出た、とくに日本の若者たちに向けた厳しくも暖かいメッセージ■

 日本のいまの若者たちを深いレベルで信頼している、1929年(昭和5年)生まれの著者が、自らの豊富な滞米体験をもとに説くアリストテレス流「雄弁術」のすすめが、本書『言葉でたたかう技術 ー 日本的美質と雄弁力』(加藤恭子、文藝春秋社、2010)である。。

 戦後から7年たった1952年に夫の留学について渡米した著者夫妻は、学費を稼ぐために住み込みの家事労働者となる。こういったナマの体験を経た米国理解は、活字や映像をみただけの評論家的なものではまったくない。生きることは闘うこと、闘うための武器はコトバと雄弁術なのだ。発信しなければ泣き寝入りを余儀なくされる。米国留学の経験のある私は、著者の言うことに100%同意する。

 米国留学で悪戦苦闘している最中に著者が運命的に出会ったのが古代ギリシアの大学者アリストテレスの『雄弁術』(レトリカ)。著者は次の一節に大きなインパクトを受ける。これだったのか、と。


「言論による説得には三つの種類がある。第一は語り手の性格に依存し、第二は聞き手の心をうごかすことに、第三は証明または証明らしくみせる言論そのものに依存する」(池田美恵訳)


 西洋世界で「レトリック」として伝承された、本家本流の「雄弁術」の源流がここにあるのだ。

 米国と日本を行ったり来たりの人生を送ってきた著者は、日本人としての「内なる目」と長い外国生活による「外からの目」を兼ね備えるに至ったと述懐している。

 そんな著者にとって、とにかく目につくのが、日本と日本以外の大陸国家とのパーセプション・ギャップ(=認識ギャップ)である。認識をめぐるギャップは、いかにグローバル化が進展しようとも、けっして埋まることのないものである以上、そもそも両者は根本的に違うのだということを基本認識として持っていなければならないのだと説く。

 島国ゆえにさまざまな美質をもった日本人は、この島国を一歩出ると弱肉強食の大陸世界ではヒツジのような存在になってしまうのだが、著者がいうように、「たとえダブルスタンダードであろうが、彼らの流儀を身につけて、闘わねばならない」のである。

 私が非常に面白いと思ったのは、著者が推奨する「手鏡練習法」(P.125)。思いっきり愛想よく笑った次の瞬間、いきなり厳しい表情に切り替えるというテクニックの習得である。笑顔から厳しい表情に瞬時に切り替える手鏡のテクニックはすぐにでも実行できるメソッドだから、ぜひ反復練習で身につけたいものである。欧米人はこれが平気でできる。

 島国であることは弱点だけではない。美質ともいうべき強みを根底に据えつつ、闘うための武器を身につけよというのが著者のメッセージだ。なぜか、このような強い主張をするのは、海外経験の長い日本女性が多いような気がするのは私だけだろうか。

 むずかしい話抜きで読んで面白い体験談でもある。ぜひ一読を薦めたい。


(画像をクリック!)



<初出情報>

■bk1書評「著者の体験からにじみ出た、とくに日本の若者たちに向けた厳しくも暖かいメッセージ」投稿掲載(2011年3月9日)
■amazon書評「著者の体験からにじみ出た、とくに日本の若者たちに向けた厳しくも暖かいメッセージ」投稿掲載(2011年3月9日)


 

目 次

第1章 アメリカでのけんか修行
第2章 アリストテレスの弁論術
第3章 日本人の美点と弱点
第4章 外国人との交渉術
第5章 日本の未来のために
あとがき
注
参考文献


著者プロフィール

加藤恭子(かとう・きょうこ)

1929年、東京生まれ。早稲田大学文学部仏文科を卒業と同時に渡米・留学。ワシントン大学修士号。フランス留学、再渡米を経て、1961年帰国。1965年早稲田大学大学院博士課程修了。1965年から1972年までマサチューセッツ大学で研究生活を送る。1973年上智大学講師。現在は(財)地域社会研究所理事、専攻はフランス文学。第43回日本エッセイスト・クラブ賞、第11回ヨゼフ・ロゲンドルフ賞、第65回文藝春秋読者賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 はじめての米国がサンフランシスコから、しかもバークリーというのも親近感を感じた点だ。

 わたしは、本書を読みながら、自分自身の対米体験を思い出してもいた。もちろん、わたしが渡米した時代はバブル期の日本で、自信に充ち満ちた日本人のポジションも、加藤さんの時代とは大いに違っていたのだが。

 「日本の常識は世界の非常識」とつねづね語っていたのは竹村健一であるが、「島国の常識は大陸世界の非常識」である。これは、本書を読んでいて何度も思ったことだ。

 「日本人は素直になんでもしゃべってしまう傾向にあるが、西洋人も中国人もみな「大陸人」はホンネを言わないという点においては共通」といった指摘が本書のなかでなされている。第二次大戦中に捕虜になった日本人兵士もペラペラとしゃべっており、米国は貴重な情報源としていた。

 いわゆる「大陸人」は、日本人が思っている以上に、ホンネとタテマエが違う世界に生きていることをよく知っておいたほうがいい。これは、わたしが米国で生活していたときにつよく実感したことである。

 まだまだこういう内容の本が出版される意味があるようだ。


 
<関連サイト>

『言葉でたたかう技術』の著者、加藤恭子さんに聞く(前編) 「日本が戦争に巻き込まれる日が、残念だけれどきっと来ます」

『言葉でたたかう技術』の著者、加藤恭子さんに聞く(後編) 「戦争中も少女たちで集まって、こっそり英語の勉強会を開いていました」
・・『日経BPネット Biz College』に掲載。ゆとり世代、1987生まれの駆け出しフリーライターが、業界の大先輩たちに教えを請うインタビューシリーズ。加藤恭子氏のホンネがよく引き出されているので、読んで面白いインタビューになっている。



<ブログ内関連記事>

「人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ」 (片岡義男)

書評『小泉進次郎の話す力』(佐藤綾子、幻冬舎、2010)

書評 『「言語技術」が日本のサッカーを変える』(田嶋幸三、光文社新書、2007)

書評『外国語を身につけるための日本語レッスン』(三森ゆりか、白水社、2003)

書評『言葉にして伝える技術-ソムリエの表現力-』(田崎真也、祥伝社新書、2010)

1980年代に出版された、日本女性の手になる二冊の「スイス本」・・・犬養道子の『私のスイス』 と 八木あき子の 『二十世紀の迷信 理想国家スイス』・・・を振り返っておこう
・・加藤恭子氏と同様に海外経験の長い、とくに欧米経験の長い女性たちの意見に耳を傾ける

「島国」の人間は「大陸」が嫌いだ!-「島国根性」には正負の両面があり、英国に学ぶべきものは多々ある

(2014年6月19日、2019年1月12日 情報追加)


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2011年7月12日火曜日

「人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ」 (片岡義男)



 米国社会、特にビジネス社会でコミュニケーションがいかに必須のスキルであることか!

 このことについては、わたしが拙いコトバを書きつらねるよりも、作家・片岡義男のエッセイ「人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ」 からの引用に語らせた方がいいだろう。

 これほど的確に、コトバを自由自在に運用する能力がすべてを決定していることを示した文章はほかにはない。はじめて読んだときに大いに納得して、抜き書きもしてみた文章だ。

 わたしは米国留学の際に、この本を日本からもっていった。そして、現地に暮らしてみて、まったくそのとおりだとつよく実感した。

 先日、パソコンのファイルを整理していたら、この抜き書きがでてきたので、そっくりそのまま紹介しておきたい。かなり長い引用になるが、すごく大事なことを指摘しているので、じっくり読んでみてほしい。

 
 「人生に成功をおさめるためにぜったいに欠かせない最大の条件は言葉に習熟することだ」、という伝統的な考え方が、アメリカにはある。この考え方は、いまでもつづいている。

 たとえば、ハーバード大学のビジネス・スクール(経営大学院)を出た人というと、アメリカではエリートになる可能性がもっとも高い人たちのうちに入るのだが、ハーバード・ビジネス・スクールで学んだことがあなたにあたえたさまざまな影響のなかで、最大のそしてもっとも大切なものはなにだと思うかと、友人たちにきいてみると、ほぼ全員が、『自分の考えていることを他人にむかって明晰に表現する能力の基礎をしっかりと身につけたことだ』とこたえてくれる。

 ハーバード・ビジネススクールにかぎらず、東部の名門でしっかりと猛勉強をしてきたアメリカ人の友人たちも、大学の勉強ぜんたいをとおして自分が得た最大のものは、言葉を使う能力を高度に身につけ、大学を出てからもずっと勉強をつづけていくための強固な土台をそれによって自分のものにしたことだ、とこたえてくれる。

 出世したり成功をおさめたり、トップにたつエリートになったりしたければ、アメリカで生きる場合まず最初にやらなくてはいけないのは、言葉の勉強なのだ。

 いろんな分野でトップの位置にある人たち、あるいはトップにむけて確実にのぼっていきつつある人たちと知り合ってまず最初にぼくが関心するのは、自分の考えていることを外にむけて表現するときの言語使用能力の次元がきわめて高くて深く、しかもそのことの基礎が非常にちゃんとしているということだ。

 アメリカはたいへんな階層社会だが、トップに近ければ近いほど言語使用能力が高度な次元のものになっていく。そして、主として街角で知り合う低い階層の人たちは、気の毒になってしまうほどに幼稚な、次元の低い言語能力しか持ってないことが、すぐに、そして、はっきりと、わかる。

 中間的な階層の人たち、あるいは中の下くらいの階層の人たちのなかには、もっと上へのぼっていきたいのになかなかのぼっていけず、鬱屈した思いを自分の内部にじっと閉じこめているような人たちが多いが、彼らも、これでは上昇はまず無理だなと思えるような言葉の使い方をしている。

 アメリカ社会はいろんな文化からの移民で構成されている。ことなった歴史や文化の背景をもった人たちを自分の国のなかに受け入れることに関して、一般的に言ってアメリカは非常に寛容的だが、言葉の使い方の習熟度を高めないことには、アメリカのほんとうの内部には絶対に入っていけない。英語が話せなくてもアメリカ市民として一生食っていくことはできるけれども、それはただ単にそれだけのことであり、アメリカの核心に接近することはできない。・・以下略・・

(出典)「人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ」(片岡義男)in 『ブックストアで待ち合わせ』(新潮文庫、1987 単行本初版 1983) *太字ゴチックは引用者(=サトウ)によるもの


 「自分の考えていることを他人にむかって明晰に表現する能力」、まさにこれである!

 アメリカのビジネス社会でコミュニケーション能力が特に重視されるのは、上記の理由による。コミュニケーション能力には、話す能力と書く能力の双方が含まれる。前者はプレゼンテーション、後者は論文だけでなく社内メモ、レターなどが含まれる。

 重要なのは、しゃべる英語と書く英語は異なるということである。しゃべり言葉なら許されても、書き言葉では間延びしただらだらした表現は、特にビジネスの世界では許されない。それこそアタマの程度を疑われることとなる。これはビジネスに限定されない。

 なお、この文章の初出は雑誌『ポパイ』に連載されたものだと「文庫本のためのあとがき」にある。アメリカの本について語ったエッセイである。

 現在からみれば、まだまだアメリカ文明が輝いていた頃の文章だが、ここに書かれていることは、40年ちかくたった現在でもまったく色あせていない。


■自分の考えていることを、コトバで的確に表現し、相手に伝える能力を高める

 まずは自分の考えていることを、コトバで的確に表現し、相手に伝える能力を高めること。これが日本人にはもっとも求められていることだ。

 日本語は、なんとなくわかった気分になりがちな言語である。とくに漢字語が多いとその傾向が助長される。

 相手の話を鵜呑みにぜず、論理的に言語を分析すること、これは英文法の時間にいやになるほど勉強したはずだ。あまりいい思い出をもっていないかもしれないが・・。

 これは英語だけではなく、フランス語についても強調される。「明晰(めいせき)でなければフランス語ではない」と自慢されるフランス語の授業では、文法をひととおり勉強すると、l'analyse logique(アナリーズ・ロジック)とよばれる演習をしつこくやらされる。構文分析である。ものづくり用語でいえば、リバース・エンジニアリングといってもよい。分解だ。

 構文分析がキチンとできれば、作文は逆をやればいいだけの話だ。キチンと伝えたい文章は、論理的に構築することが求められる。

 しかし、感情に届くコトバを選択することも視野に入れなければならない。そのために必要なのはレトリックだ! ロジックだけで人は動かない。


■ロジックとレトリックは両輪

 ロジック(logic)とレトリック(rhetoric)。このふたつが両輪となって、伝わる文章ができあがる。すくなくとも西洋社会ではそれが常識だ。欧州文明の延長線上にある米国文明もその忠実な弟子である。

 ロジックが設計(デザイン)なら、レトリックは外装と内装。こういうアナロジー(比喩)も可能だろう。ロジックを建築をたとえてみれば、ロジックは骨組みであり、それなくして構築物は物理的存在として存在しえないものだ。

 ロジックとレトリックを取り違えている者が政治家にすくなくないのが日本だが、レトリックは、アリストテレス以来、基本的に「雄弁術」のなかで発達したものだ。日本の大学では教えられないが、米国の大学にはそのものずばり「レトリック」という授業がある。

 ロジックばかりが強調される昨今の日本だが、ロジックだけではクルマの両輪のうち、一輪を論じているに過ぎない。西洋社会では、古代ギリシア以来、レトリックが重視されてきたことを知っておくべきだ。

 
■作家・片岡義男の日本語論

 片岡義男(1940~)の小説はほとんど読んでいないわたしだが、英語と日本語にかんするエッセイは多く読んできた。平明だがあいまいさのない日本語は、ひじょうにわかりやすい。思想がすけて見えるような文体だ。英語をベースに日本語で書いているから(?)かもしれない。

 ちなみに片岡義男の父親は日系二世。本人も東京生まれだが、少年時代はハワイに移住して英語教育を受けてきたひとだ。日本語で作家活動をしてきたひとなので、英語だけでなく、もちろん日本語もともに熟知している。

 戦後の日本では、大学教育を米国でうけた思想家の鶴見俊輔の文体に近いかもしれない。あと一人くわえれば、梅棹忠夫の文体だろうか。ともに「戦後日本の日本語文体」であるといっていいだろう。

 片岡義男には日本語や英語をテーマにしたエッセイや評論はすくなくないが、『日本語の外へ』と『日本語で生きるとは』 という長編評論はぜひ読んでおきたい。たんなる語学を越えた、英語と日本語それぞれの内在的論理を知ることのできる、すぐれた評論である。

 日本語を母語とするひとは、なかなか自分自身を日本語で客観視することはむずかしい。その意味では、片岡義男という作家の存在は、日本語にとってはじつに貴重であるといっていいだろう。

 「人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ」。このアドバイスは、いまからでも遅くない。ぜひずべての世代の日本人は自覚してほしいものである。


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■コトバを運用する能力を鍛える

書評 『小泉進次郎の話す力』(佐藤綾子、幻冬舎、2010)
・・ロジックとレトリック。とくにレトリックについて、雄弁術の観点から、パフォーマンス学の第一人者が徹底解説した本

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書評 『外国語を身につけるための日本語レッスン』(三森ゆりか、白水社、2003)

書評 『言葉にして伝える技術-ソムリエの表現力-』(田崎真也、祥伝社新書、2010)

『伝え方が9割』(佐々木圭一、ダイヤモンド社、2013)-コトバのチカラだけで人を動かすには


■米国のエリート教育

書評 『ハーバードの「世界を動かす授業」-ビジネスエリートが学ぶグローバル経済の読み解き方-』(リチャード・ヴィートー / 仲條亮子=共著、 徳間書店、2010)

「ハーバード白熱教室」(NHK ETV)・・・自分のアタマでものを考えさせるための授業とは

書評 『エリートの条件-世界の学校・教育最新事情-』(河添恵子、学研新書、2009)-世界の「エリート教育」について考えてみよう!


■日本語と英語

日本語で書くということは・・・リービ英雄の 『星条旗の聞こえない部屋』(講談社、1992)を読む

『ストロベリー・ロード 上下』(石川 好、早川書店、1988)を初めて読んでみた

書評 『ワシントン・ハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』(秋尾沙戸子、新潮文庫、2011 単行本初版 2009)-「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン)の東京に「戦後日本」の原点をさぐる

(2014年6月12日、2015年6月29日 情報追加)


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