日本語のプーチン関連書では「参考文献」としてあげられることに多い本なので、2012年出版とやや古い感がなきにしもあらずだが、読んでみることにした。
通読してみての感想は、2021年時点で読んでも基本的に内容的には古くなっていない、というものだった。なぜなら、全編にわたって鋭い考察と深い洞察に充ち満ちているからだ。
先に米国の現代ロシア研究者たちによる『プーチンの世界』が決定版だと書いたが、謎に満ちた指導者プーチンにかんしては、さまざまな角度やアプローチによって分析する必要があることは言うまでもない。
本書の著者は、出版時点で共同通信記者。ロシア滞在歴10年。2003年12月から2007年2月までモスクワ支局勤務、その後1年半後の2008年9月からは支局長として、リアルタイムでプーチンの動向を現地で見てきた点に特徴がある。
この期間は、プーチン大統領の最初の任期の8年と、その後4年間のメドヴェージェフ大統領のもとでプーチン首相という「タンデム」(*二頭立て馬車のこと)という変則的な形での政権運営期間にあたっている。
なぜ2012年にプーチンがふたたび大統領に戻ることを決意したのか、この考察が本書のキモといっていいだろう。
2000年から2008年までのプーチンが、ソ連崩壊後に大混乱に陥った祖国ロシアを正常軌道に戻した役割を果たしたとすれば、2012年以降のプーチンは「強いロシア」の維持と発展をミッションとしているからだ。
2021年現在から振り返ると、プーチンの大統領復帰は「既定路線」であったかのように思いがちだが、かならずしもそうではなかったのである。
プーチン路線の継承者として前面にでてきたメドヴェージェフだが、知らず知らずのうちに両者の違いが表面化してきたのである。
これは、安部政権の継承者として登場した現在の菅(スガ)首相の動向をみていると納得されることだろう。ポジションについてしまえば、人間は知らず知らずのうちにポジションにあわせて変化していくものである。
東欧の「カラー革命」に端を発した2008年のグルジア(=ジョージア)侵攻、2011年の「アラブの春」が引き起こしたリビア爆撃とカダフィ政権崩壊での対応が、プーチンの大統領復帰の決め手となったようだ。
著者はあとがきで次のように記している。
言論や報道の自由よりも秩序と安定を優先する手法には共感できなかったが、2012年3月の大統領選で当選を決めた後の勝利宣言で思わず涙を見せたプーチンを見て、「この人がロシアの最高指導者として背負っている責任は普通の人には計り知れないほど重いのだ」と気付き、胸を突かれる思いをした。この時あらためて感じた「プーチンは何のために大統領に復帰するのか、何をしようとしているのか」という疑問が、本書執筆の直接の動機になった。 (*太字ゴチックは引用した私によるもの)
世界最大の領土をもち、多民族・多宗教国家のロシア。日本人の想像をはるかに超えた難題を抱えたロシアの国家運営を行うには、ある種の使命感がなければ、とてもその最高指導者の責務など果たすことはできないことは確かなことだ。
2012年に大統領に復帰して以降、現在に至るまでその職にとどまっているプーチンだが、マッチョぶりを示していながらもすでに68歳であり、やや衰えが見えてきたような気がしないでもない。かつてのようなキレが感じられないのだ。ソ連崩壊後に生まれた世代との、価値観にかんする世代間ギャップも拡大している。
実質的な終身大統領の道を歩みつつあるが、「余人をもって代えがたし」という属人的な支配体制は、ロシアが抱えている腐敗構造、官僚主義、行政依存といった悪弊は改革されることなく温存することにつながっている。改革を先送りしてきたツケが回ってきている。もはや、改革の時期は逸してしまったようだ。
プーチン体制の今後についてどうなるか、2012年時点の考察と2021年時点の考察とでは、当然のことながら異なるものとなるが、プーチンの基本的な思考パターンについて知ることは、考察のためにきわめて重要な基礎となる。
指導者の基本的な思考パターンというものは、状況に応じて微調整があってたとしても、外部環境が変化によって変わることはあまりないからだ。
目 次はじめに第1章 大統領復帰の誤算-プーチン苦戦の背景第2章 「WHO IS PUTIN?」再考第3章 「垂直権力機構」の限界第4章 タンデムの成果と欠陥第5章 プーチン復帰後の外交と国防第6章 「プーチン後」への動きおわりに-古いロシア、新しいロシア主な参考文献
著者プロフィール佐藤親賢(さとう・ちかまさ)1964年埼玉県生まれ。東京都立大学法学部卒業。1987年共同通信社入社。1996~97年モスクワ大学留学。東京本社社会部、外信部を経て2002~03年プノンペン支局長。03年12月~07年2月モスクワ支局員。08年9月からモスクワ支局長。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
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