トルコ共和国が建国されてから、来る2023年で100周年となる。あと2年である。
ここ数年に「建国100年」や「独立100年」を迎える国が多いのは、第1次世界大戦(1914~1918年)とロシア革命(1917年)が「民族国家」の誕生の引き金を引いたからだ。トルコ共和国の場合は、オスマン帝国の崩壊がそのきっかけとなった。
トルコ共和国は、混迷を深める中東では随一の民主主義国家である。かつてはクーデターによって軍が政治に介入することがたびたび行われていたが、2016年のクーデター未遂事件を最後に、もはやそういうことはなくなった。シビリアン・コントロールが貫徹する国となったのである。
民主主義の手続きにしたがって選出された親イスラム政党AKP(公正発展党)の政治指導者エルドアン大統領が、そうでなくても不安定な中東情勢をなんとか切り抜けて現在に至っている。
権威主義的で強権的な独裁者だという批判がつきまとうエルドアン大統領だが、直接選挙によって選出され、民意をバックにつけているだけに基盤は固い。トルコ国民が、なによりも「安定」を重視している以上、その期待に応えていることも確かである。この意味は間違わないことだ。
『トルコ 中東情勢のカギを握る国』(内藤正典、集英社、2016)という本を読んだ。トルコ研究30年以上の著者による蓄積の成果である。読みやすく、しかも公平な記述が信頼感を生み出している。読み物としても、すぐれた内容になっている。
なぜエルドアンが政治の表舞台に登場したのかが、この本を読むとよくわかる内容だ。
「世俗主義」を原則にし、「脱イスラム」と「西欧近代化」を国是としたケマル・アタチュルクのトルコが、なぜ現在のようなイスラム色を全面にだした民主国家になったかについても、納得のいく説明がなされている。
出版年が2016年2月なので、当然のことながら「2016年トルコクーデター未遂事件」(2016年7月15日)には言及されていない。だが、この点にかんしては「第3章 ヒズメト運動」を読めば、その大きな背景は理解できるだろう。
「ヒズメット運動」とは、別名「ギュレン運動」のことである。草の根レベルの改革運動のことだ。その創始者である米国在住のフェトフッラー・ギュレン師をめぐって、トルコ政府と米国政府との攻防は終わっていない。相性のよかったトランプ氏も大統領時代には引き渡しを拒否している。ギュレン師自身は、クーデターへの関与は否定して いるようだ。
あわやクーデタ成功か、と思われたあの衝撃的な事件から、もう5年もたっているのかという思いがあるが、この事件も踏まえた改訂版の出版を「建国100周年」(2023年)の際に期待したいところだ。
また、シリア内戦のため難民が発生しているが、西欧諸国が受け入れを抑制したため、その多くがトルコ内に居住している。難民のなかにはイスラム学者もいるようだ。イスラム学の重要な中心の1つが、シリアからトルコに移動しているという指摘も興味深い。
イスラム色が前面にでてきたトルコだが、「世俗国家」の原則に変更はない。そんなトルコがイスラム学の中心の1つともなりつつあるわけだ。この意味についても、よく考えておきたいものである。
目 次はじめに いまなぜ、トルコか第1章 トルコの近代化と脱イスラム第2章 トルコの再イスラム化第3章 ヒズメト運動第4章 トルコと西欧諸国の関係第5章 トルコと周辺諸国の関係おわりに
著者プロフィール内藤正典(ないとう・まさのり)1956年生まれ。79年東京大学教養学部教養学科(科学史・科学哲学分科)卒業。1982年同大学院理学系研究科地理学専門課程中退、博士(社会学・一橋大学)。一橋大学大学院社会学研究科教授を経て、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授、一橋大学名誉教授。専門分野は現代イスラーム地域研究。
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