フォン・ノイマンといえば、ありとあらゆる分野に名前を残している「超天才」である。ノイマン型コンピュータ、原爆などの工学分野だけでなく、経済学の分野でもゲーム理論で知られている。
52年の生涯で150編の論文を発表、その範囲は論理学・数学・物理学・化学・計算機科学・情報工学・生物学・気象学・経済学・心理学・社会学・政治学に及んでいる。常人の常識を超えた怪物としかいいようがない。
最近でたばかりの『フォン・ノイマンの哲学-人間のフリをした悪魔』(高橋昌一郎、講談社現代新書、2021)は、そんなフォン・ノイマンの「哲学」を、知られざる豊富なエピソードをまじえながら、その人生をたどりながら跡づけようとしたものだ。
オーストリア=ハンガリー二重帝国(いわゆるハプスブルク帝国)のブダペストに生まれたユダヤ系のジョン・フォン・ノイマン(1903~1953)は、マッドサイエンティスト的匂いをプンプンさせているにもかかわらず、意外なことに、いわゆる奇人変人タイプの科学者ではなかった。愛情たっぷりの家庭環境で育ち、豊かな教養を身につけた社交家でもあった。
フォン・ノイマンの「哲学」といっても、ここでいう「哲学」は、哲学者が扱う哲学といいうよりも、言動を根底で支えている「思想」といったようなものだ。経営者の「哲学」とか、職人の「人生哲学」のようなものだと考えればいい。
「科学優先主義」「非人道主義」「虚無主義」。この3つが著者が取り出した「フォン・ノイマンの哲学」だ。
科学で可能なことは徹底的に突き詰めるべきであり、目的のためなら原爆のような非人道的兵器でも許され、この世界には普遍的な責任や道徳など存在しない。
彼をモデルにしたとされるキューブリック監督の『ドクター・ストレンジラブ』に登場するマッド・サイエンティストそのものである。あるいは、第1次世界大戦時のドイツで毒ガス開発に従事したユダヤ系の化学者のフリッツ・ハーバーを想起させるものがある。
こんな人物が、第2次世界大戦での米国の勝利に多大な貢献をなしたのである。「戦後」の米国を支配した「合理主義信仰」の権化のような存在であった。
数学で天才ぶりを発揮したが、「純粋数学」の分野はゲーデルに譲り、もっぱら実際的な問題解決に資する「応用数学」に注力した。限りなく工学分野に近い数学である。その天才的知性は、とてつもない記憶力をフルに活用した産物である。1日4時間睡眠でも可能だったのだ。
原爆開発中に浴びた放射能が原因でガンになり、52年というけっして長くない人生を閉じたフォン・ノイマンだが、肉体的な苦しみについては伝わっていても、闘病生活と早すぎる死をどう内面的に捉えていたのかが、まったくわからない。少なくともこの本には書かれていない。おそらくフォン・ノイマン自身もなにも語っていないのでろう。
徹底的な虚無主義だったのだろうか? ほとんど共感というものを感じさせない「人間のフリをした悪魔」であった人物だが、現代に生きるわれわれはフォン・ノイマンの発明の恩恵を多大に受けているのである。 そのことは、けっして忘れてはならないことだ。
あらためてフォン・ノイマンという超天才の生涯をたどってみるのも意味あることだろう。少なくとも、わたしはひじょうに楽しみながらこの本を読んだ。
目 次はじめに-人間のフリをした悪魔第1章 数学の天才第2章 ヒルベルト学派の旗手第3章 プリンストン高等研究所第4章 私生活第5章 第2次大戦と原子爆弾第6章 コンピュータの父第7章 フォン・ノイマン委員会おわりに
著者プロフィール高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)1959九年生まれ。ミシガン大学大学院哲学研究科修了。現在は、國學院大學教授。専門は、論理学・科学哲学。主要著書に『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』などがある。
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