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2012年11月13日火曜日

鹿児島はおいしい、文句なしにうまい!(2012年10月25日~28日)

(吾愛人本店にて薩摩郷土料理を堪能 地鶏がうまい)

鹿児島はおいしい、文句なしにうまい!

「英国はおいしい」などと、愚にもつかぬピントのはずれたことを書いた作家がいるが、食にかんしては薩英戦争の勝利者はあきらかに鹿児島に軍配が上がる。食材にかんしては、両者のあいだには雲泥の差があることは言うまでもない。

農業王国鹿児島は、料理以前の食材そのものが絶品なのだ。

まずは何といっても薩摩黒豚だろう。

(黒豚そば 吹上庵)

鹿児島現地の人によれば、新幹線が鹿児島まで開通してから、黒豚のしゃぶしゃぶ店がやたら増えたらしいが、たしかに黒豚そばに入っている薄切りの黒豚も旨い。写真は、吹上庵というそばのチェーン店にて。

(黒豚トンカツに薩摩汁)

鹿児島は桜島生まれの友人に連れて行ってもらったのが、黒かつ亭。このお店で黒豚トンカツセットを注文してみた。ロースとヒレが半々なのだが、食べてみてしまったと思った(笑) ロースの脂身がとろけるようなうまさだったので、ロース定食にすべきだったな、と。

また、別のお店で食べた黒豚のコロッケもじつに美味かった。

(指宿の民宿ででてきた海魚の塩焼き・・名前は忘れた)

もちろん、黒豚だけではない。山の幸である野菜類だけでなく、海に面した鹿児島は当然のことながら海の幸にも恵まれている。指宿温泉にもいってみたが、そこの民宿でだされた刺身や焼き魚もうまかった。

今回は枕崎までは行ってないが、聞くところによると、枕崎は鰹節の生産では日本一だという。高知県がそうだと思っていたわたしは自分の無知を恥じるばかりだ。

ところで、冒頭に掲載した写真は、さつま郷土料理の老舗 「吾愛人」(わかな)の本店でのもの。セレブたちによる寄せ書きが所狭しと飾っている本店である。

薩摩郷土料理を一通り食べてみたがじつに美味かった。地鶏の刺身はいうまでもなく、何の変哲もない鳥の唐揚げも食材のもつパワーだろう、じつに美味かったのだ。どうやら、地元の人は鹿児島の食材がこれほどうまいことに気がついていないようだ。

わたしは個人的には、東北の山形と九州の鹿児島が、食材そのもののうまさでは際立っていると感じている。

鹿児島の老舗百貨店に山形屋というのがあるが、鹿児島と山形の関係はけっこう長い歴史がある。

wiki の記述によれば、山形屋の「創業は宝暦元年(1751年)。創業者は近江商人の血を受け継ぐ現在の山形県庄内地方の北前船商人で、薩摩藩主の許可を得て開業した鹿児島城下唯一の呉服商が現在の山形屋の前身といわれる」そうだ。

また、庄内藩と薩摩藩は西郷隆盛を介してつながっていることについては、庄内平野と出羽三山への旅 (2) 酒田と鶴岡という二つの地方都市の個性 にも書いておいたが、それ以外にも食材という点でも大いに共通性があるようなのだ。これはけっして牽強付会な見解ではないと思う。

うまいものはうまい! この単純さに惚れるのである。





<ブログ内関連記事>

鹿児島産の「ぽんかん」を今年もいただいた

庄内平野と出羽三山への旅 (2) 酒田と鶴岡という二つの地方都市の個性

書評 『世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか』(岡田芳郎、講談社文庫、2010 単行本 2008)

山形の庄内藩士と薩摩藩の西郷隆盛との関係については、
「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し」(西郷南洲)

書評 『日本は世界5位の農業大国-大噓だらけの食料自給率-』(浅川芳裕、講談社+α新書、2010)




(2012年7月3日発売の拙著です)





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2010年8月8日日曜日

『ベルギービール大全』(三輪一記 / 石黒謙吾、アートン、2006) を眺めて知る、ベルギービールの多様で豊穣な世界




 このブログでもベルギーについて何度か書いているのだが、一番肝心なことをいままで書いてこなかった。
 それは何かというと、ベルギービールの多様で豊穣な世界についてだ。


新しいものが生まれてくる素地のあるベルギー

 ベルギーは欧州の美食大国であり、また国の半分はフランス語圏だが、そのフランス語圏のなかでも、食文化に限らず、何かとあたらしいものが生まれてくる土地柄でもある。
 日本でいえば、関西のようなものだろうか。こんなことをいうとベルギーと関西はイメージが違いすぎる(!)と不満に思われる方がいるかもしれないが、関西でもとくに大阪は、日本のサービス業の世界では、次から次へと新機軸を生み出すゆりかごのような土地である。
 
 ベルギーといえば、なんといってもゴディバ(Godiva)に代表される高級チョコレート大国である。
 ゴーフル(Gaufre de Liège)ともよばれるワッフル(wafel:オランダ語)も実はベルギー生まれ。

 いわゆるフレンチポテト(French fries)といわれるポテトフライがある。ドイツ語では、ジャガイモのことを Kartoffel (カルトーフェル)というのに、フレンチポテトのことは Pommes frites(ポム・フリット)と、フランス語風の言い回しの外来語を使う。ところが起源はフランスではなく、実のところベルギーなのである。
 
 エルジュ作のマンガ「タンタンの冒険旅行」(Tintin)シリーズでもわかるように、実は欧州のマンガ大国である。フランスでもドイツでも本屋にいけば、日本製のマンガの翻訳が所狭しと置いてあるが、マンガを読む素地はもともとあるというわけだ。

 ベルギーという国は、フランス語地域とフラマン語(≒オランダ語)地域を、1830年に人工的に統合してできた国で、政治的にはつねに分裂問題を抱えているが、文化面でみるとハイブリッドの強みが生きているようだ。
 ベルギーにいってホテルでテレビを見ていると、それぞれの言語圏の背後にある大国フランスやオランダの番組がそのまま流されており、欧州内とはいえ異なる文化がつねに流れ込んで来ることを知ることができる。

 これに加えて、旧植民地のベルギー領コンゴもある。
 異文化がぶつかりあって新しいもの生まれてくる素地には、こういう背景があるのかもしれない。


ベルギービールこそ多様性の象徴

 しかしなんといっても、ベルギービールこそベルギーを象徴するのではないか? 酒飲みの意見だといわれたら、その通りではあるが。

 でも、ベルギービールって何?という人は少なくないかもしれない。日本ではまだまだ普及しているとは言い難いからだ。

 日本のビール文化は、圧倒的にドイツの影響下に成長したので、ホップで苦みの効いたドイツビールが主流になっている。ビアガーデンも含めて南ドイツ文化がまるごと輸入されて完全に定着している。
 人によっては米系のライトビールがいいというだろう、いやチェコビールがうまいという人もいるだろう、しかし日本での主流はドイツビールである。このへんの事情については、『ビールと日本人-明治・大正・昭和 ビール普及史-』(キリンビール編、河出文庫、1988)が詳しい。

 私が初めてベルギービールを飲んだのは、取材の仕事で伊丹の小西酒造を訪れたときのきのことだ。頼山陽先生も絶讃したという清酒「白雪」など日本酒で有名な酒蔵だが、日本酒以外の新規事業として、ベルギービールの輸入販売も行っているという話を聞いて試飲もさせてもらった。いまから十数年前の話である。
 小西酒造のベルギービールの輸入販売部門は、小西ベルギービールにウェブサイトがある。

 ベルギービールはこの10年間でかなり日本でも普及してきたように思う。

 専門に飲ませる店も増えているし、また楽天などのネット通販でも買うことができる。『ベルギービール大全』(三輪一記 / 石黒謙吾、アートン、2006)の著者の一人である三輪一記氏が経営する木屋はベルギービール・ジャパンとして、ベルギービールの普及の旗振り役をしている。

 この本には、カラー写真でベルギービールの銘柄が紹介されたハードカバーで、ぜひ一冊はもっていたい本。私もそう頻繁にベルギービールを飲むわけではないので、たまにこの本をチラリと眺めて楽しんでいる。


なんといってもトラピスト・ビール

 ベルギービールが面白いのは、ベルギーでもラガービールのシェアが圧倒的に高いとはいえ、多種多様な地ビール系統の銘柄が生き残っていることであり、しかもトラピスト修道会で醸造される「トラピスト・ビール」(Trappist Beer)が有名で、しかも醸造量も多いということだ。

 現在、トラピスト・ビールの名称の使用が許されているのは、ベルギーの6つとオランダの1つのみ。
 かつては修道院醸造所(monastery brewhouse)はフランスにもあったらしいが、フランス革命においてカトリック教会が大打撃を受け、修道院の多くが破壊され、財産が没収された結果、途絶えてしまったらしい。

 現在では、トラピスト・ビールの醸造所はベルギーの6つとオランダの1つのみとなってしまったらしい。

ベルギー
●シメイ Chimay (L'abbaye Nore-Dame de Scourmont)
●オルヴァル Orval (L'abbaye Notre-Dame d'Orval)
●ロシュフォール Rochefort (L'abbaye de Notre-Dame de St.Remy)
●ウェストマレ Westmalle (Trappist Westmalle)
●ウェストフレテレン Westvleteren (L'abaaye Sint-Sixtus)
●アーヘル Achel Achelse Kluis (L'abbaye Sint-Benedictus)

オランダ
●ラ・トラッペ La Trappe Bierbrouwerij ' De Koningshoeven' (Schaapskooi修道院)


 トラピスト・ビールのなかでも、私が一番好きなのは「シメイの青」。ブルーラベルがボトルに貼っている特徴のあるビール。
 アルコール度数は 9%と、日本のビールの平均 5%とくらべて、かなり強い。何本も飲んでいると、あっという間に酔ってしまうくらいのしろものだ。

 サントリーでビール醸造の専門家であった村上満氏によれば、シメイは上面発酵ビール醸造法の伝統を忠実に守っており、瓶で熟成させるという手間のかかる工程で醸造されるビールなのだ。

 日本ではあまり見ないが、ブリュッセルではシメイの大瓶(!)をスーパーマーケットで売っている。日本でもネット通販で入手できるようだが、欧州や米国では、瓶ビールは一人用だと思い込んでいた私には新鮮な印象を受けた。

 シメイそのものは海外市場開拓にチカラを入れており、輸出比率は3割に及ぶという。

 このほか、トラピスト・ビールでは、オルヴァルとロシュフォールが濃厚な味でうまいのでお薦めである。

 ベルギーの修道院醸造所(monastery brewhouse)では、トラピスト・ビールの試飲ができるようだが、実際に見学で訪れたことがないので体験していないのが実に残念。
 ベルギーの修道院醸造所見学は、将来的な課題として、かならず実現したいものだ。


 もちろん、トラピスト・ビール以外にも各種の銘柄がある。

 なかでも有名なのは デュヴェル(Duvel)など。これはブリュッセルのカフェで飲んだグラスの写真。「悪魔」という名前のビールがあるなんて、ベルギーというのは面白い国だ。

 また、ベルヴュー・クリーク(Belle Vue Kriek)は、チェリー味のビールで、日本人がもっているビールのイメージを完全に覆してくれるビールである。ビールというよりも、ほとんどワインに近い。


キリスト教と飲酒-キリスト教の「禁欲」の本当の意味

 一般に日本人のあいだでは、カトリックの神父や修道士が完全禁酒だと思い込んでいる人が多いが、必ずしもそんなことはない。

 完全に禁酒なのがイスラームであり、在家信者にも禁酒を推奨しているのが上座仏教だが、いい加減な日本仏教ではお坊さんまでが「般若湯」とかいって酒を飲む。檀家から奨められれば断れないということもあろうが。
 イスラームでは酒は禁止しているが、タバコや麻薬は禁じていないので、抜け道は多い。

 キリスト教は、そもそも水の質が悪いので、醸造されてワインを日常的な飲料として使用してきた地中海東部地域から生まれた宗教であることが背景にあり、これに「パンとブドウ酒」という教義の解釈もあいまってワイン、とくに赤ワインに重要な位置づけが置かれきた。
 「パンとブドウ酒」が何をシンボライズしているかがわかれば、そもそも禁酒があり得ないことが理解されるはずだ。「パンとブドウ酒」でもって、「キリストの肉体と血」をシンボラズしているわけである。
 
 ただし、ヨーロッパ大陸に普及する課程で、ブドウ栽培が不可能な北方地域では、ワインに替えてビールが醸造されて飲まれることとなる。もっとも、近年では地球温暖化の影響で英国でもブドウ栽培が可能となっているのだが。

 ここで、キリスト教でいう「禁欲」とは何かについて少し触れておきたい。

 ギリシア語で「禁欲」を意味するアスケーシスのもともとの意味は、「カラダを動かしてする訓練やトレーニングのこと」で、きわめて行動的な生活態度であり、行動様式のことである。これがドイツ語に入って Askese(アスケーゼ)となっている。マラソン選手がレースに勝つために、ひたすら節制して訓練を積み、ゴールをめざして走る、そういった行為そのものを指している。
 キリスト教の場合は、これがイエス・キリストや使徒たちに倣って、人間的完成を目指してコントロールしていく生活をさしているのである。
 キリスト教でいう「禁欲」とは、むしろ「献身的アクティヴィズム」であると、社会学者で浄土真宗僧侶の大村英明氏はいう。日本人が想定している「禁欲」は、むしろ「鎮欲」であるとも。

 もちろん、苦行という形をとって断食などを行う人もいるようだが、基本的には禁酒は項目には入っていないようだ。


トラピスト修道会とビール醸造

 といいながらも、トラピスト修道会がなぜビール(?)という疑問は、誰もが抱くものだろう。この意外(?)な取り合わせに違和感をもつのは当然といえるだろう。私もむかしはそう思った。

 なぜなら、日本人一般が思っているトラピストとは、修道院のなかではいっさいクチをきかず、黙々と祈りと労働に従事している修道士や修道女というイメージがあるからだ。なにかしら時代にも世の中にもいっさい背を向けて生きている、変わった人たちというイメージといっていいかもしれない。

 トラピスト修道会は、中世のシトー派修道院の流れを汲む修道会で、「厳律シトー派」というのが正式名称である。
 「祈りかつ働け」(ora et labora)を日々実践し、パンやチーズ、ワインなどを自らの手で作る自給自足の生活をモットーしてきた、中世の11世紀末以来のシトー会修道院において、17世紀フランスのラ・トラップ大修道院で始まった改革運動が、のちのトラピストの原点となっている。
 
 修道院は、基本的に自給自足でかつ経営的には独立採算であるが、収益目的での事業経営はしてはならないことになっている。
 函館のトラピスト修道会では、牧畜と農業を基本に、バターやクッキーを製造して販売している。函館の観光名所であり、お土産品としても有名だ。

 ベルギーのトラピスト修道会では、「トラピスト」銘柄のビールが主要な収入源となっているようだ。
 この件にかんしては、Wikipedia の Trappist beer という項目(英語版)が詳しいので、以下に日本語で要約しておこう。

 もともと、ベルギーのトラピスト修道会でも、ビールは自家消費のために自家醸造していたのが原点であるようだが、現在では修道院の維持のための経済活動として、ビールを醸造販売している。
 現在では、先にあげたようにベルギーの6つと、オランダの1つしか残っていないが、過去300年においてはフランスに9つ、ベルギーに6つ、オランダに2つ、ドイツに1つ、オーストリアに1つ、ボスニアに1つ存在した。またそのほかの国でも存在した可能性がある。
 ところが、とくにフランス革命と2回にわかる世界大戦で、修道会と修道会醸造所の多くは破壊されてしまった。


 とくに、「フランス革命」における修道院破壊はすさまじいものがあったようだ。
 「自由・平等・兄弟愛(博愛)」を説いたフランス革命を手放しで礼賛する人は、さすがに日本でもごく少数派になったようだが、「フランス革命」はカトリック教会と修道院の立場からみたら、中国の文化大革命にも匹敵する、とんでもない文化破壊であったことがわかる。日本でいえば、「明治維新」の神仏分離と廃仏毀釈における文化破壊に匹敵するといっても言い過ぎではない。

 しかしなぜ、ベルギーに集中的にビールを醸造するトラピスト修道会が残ったのか、この謎は詳しく知りたいと思うのだが、なかなかその謎の解明にまで突っ込んだ文献がみつからないので、とりあえず探求はここでペンディングとしておこう。

 なお、トラピスト修道会にとっては、貴重な収入源を安定的に確保するためのビールの醸造と販売であるが、ブランドとしての「トラピスト」銘柄を守るために、訴訟も含めていろいろ苦労しているようだ。儲かるとわかれば、「トラピスト」を勝手に商標として使用する者がでてきても不思議ではない。


 現在では、「純正なトラピスト・ビール」であることを証明するために、Authentic Trappist Product というコトバが入った独自のロゴマークを作り、ラベルに印刷している。ロシュフォール(Rochefort)のコースターの写真を参照。


トラピスト修道会についてのあれこれ

 函館にある日本のトラピスト修道会は、正式名称を「厳律シトー会 灯台の聖母トラピスト大修道院」という。公式サイトには歴史や写真集もある。
 
 フランスから派遣された宣教師によって開かれたものである。これがもしベルギーから派遣された宣教師でであったなら、もしかすると日本でのトラピスト修道会のイメージは180度違っていたかもしれないなどと考えてみるのは、不埒なことであるが面白いことでもある。

 『彼方』で有名な、フランスの自然主義文学者ユイスマンスに『出発-苦悩と高邁の神秘神学-』(田辺貞之助訳、光風社出版、1985)という作品がある。フランスはイニイのトラピスト修道会に参籠した体験記で、原著は1895年に出版されている。この本を読んだ人はあまりいないだろうが、19世紀末当時のトラピスト修道会の雰囲気を知るにはいいかもしれない。
 ユイスマンスは、もともと悪魔主義的な作品を書いていたが、カトリックに回心したのち、『出発』を執筆した作家である。

 「赤とんぼ」の作詩で有名な三木露風が、函館のトラピスト修道会の文学講師として滞在して、そこで夫婦で洗礼を受けたことは、あまり知られていない事実だろう。大正時代の日本では、キリスト教は西欧のイメージそのものであったようだ。
 たまたま、私が通っていた小学校の校歌に作詞者が三木露風だった。もちろん、トラピスト修道会に滞在していたことを知ったのは、かなり後年のことであるが。

 ところで、禅や東洋の宗教にも造詣が深く、東西対話を熱心に推進していた、思想家で著述家の米国人トマス・マートン(Thomas Merton)もトラピストであった。旅先のバンコクで客死したのちも、米国ではペーパーバック版で広く読まれている。私も米国滞在時代に何冊か入手して、禅や老荘思想にかんする文章を読んでいた。

 ベルギーのトラピスト修道会には直接関係のない話だが、こういう例を知っているとトラピストのイメージも少しは変わってくるかもしれない。


ベルギービールの楽しみ方

 ベルギービールも、なにごとも百聞は一見にしかず、というよりも、まず飲んでみたらいい。

 まず必要なのは専用グラス。これなしにはベルギービールの楽しみは半減するといっても言い過ぎではない。銘柄ごとに専用グラスがあって、デザインも含めて本当に多種多様なのである。

 専用グラスについては、これがほんとうによくできている。
 よく冷やしたベルギービールを、瓶からグラスに注げば、よっぽど下手な注ぎ方でない限り、一本まるまるがピッタリと収まって、一滴もこぼれず、泡がふっくらと盛り上がるのだ。
 お気に入りの銘柄が見つかったら、ぜひ専用グラスを購入して楽しんでいただきたいものだ。
 ちなみに、私はシメイ専用のグラスと、ベルヴュークリーク専用のグラスをもっている。

 酒の肴、つまみはムール貝のワイン蒸しが、なんといっても一番あうのだが、ほかにもいろいろある。これは、『ベルギービール大全』(三輪一記 / 石黒謙吾、アートン、2006) などを参考にしてもらえばいいだろう。


 ではみなさんご一緒に、乾杯!!





<関連サイト>

ベルギービール JAPAN(木屋)
・・「ベルギービール200種類以上、ビールグラス100種類以上を販売しているネットショップ」
楽天市場店もある。

小西ベルギービール・・小西酒造のベルギービールの輸入販売部門

トラピスト・ビール Trappsit Ale
・・情報量のつまった内容豊かなサイト。

直接テーマには関連していないが、中世のドイツの事例については、阿部謹也先生の「中世ハンブルクのビール醸造業と職人」(「一橋論叢」、1980)という論文もある。中世ドイツでは、基本的に日常生活に不可欠であったパン焼きと同様ビールも自家醸造であったという。


<その他参考書>

『ベルギービールという芸術』 (田村 功、光文社新書、2002)は、ベルギービールについて日本語で読める貴重な一冊。

『世界ビール史紀行-ビール通のための15章-』(村上 満、ちくま文庫、2010 単行本初版 2000)の「第13章 ベルギーとビール」を参照。サントリーでビール醸造の責任者だった人。ベルギーのブルワリー訪問記と官能テスト結果の記述もある。

『ヨーロッパの首都 ベルギー美味しい旅 (Shotor Travel)』(相原恭子、小学館、2008)も見て楽しめる写真満載のベルギー美食紀行。ベルギービールについての記述もある。

修道院制度については、『修道院にみるヨーロッパの心(世界史リブレット)』(朝倉文市、山川出版社、1996)が、紀元後のエジプトで発生した修道院制度の、ヨーロパ中世において完成した原型について完結に記述している。

トラピスト修道会については、『修道院の歴史-砂漠の隠者からテゼ共同体まで-』(K.S.フランク、戸田 聡訳、教文館、2002)を参照にした。この本は修道院の歴史についてその起源から現在まで書いているが、類書とは異なり、「宗教改革」以後のカトリックと修道院制度の破壊と再生、「フランス革命」前後の壊滅的打撃と再興、そして現代社会における衰退についてまで書いている。ドイツのフランシスコ会士の手になる、護教論的色彩の薄い、冷静に記述である。



<関連情報>

As the World Drinks More Belgian Beer, Belgians Drink Less(BloombergBusinessWeek  November 01, 2013)
・・輸出は大幅に伸びているが、ベルギー国内のベルギービール消費量は減少傾向にあるようだ。どこの国でも似たような現象が起こっているものだ



<ブログ内関連記事>

in vino veritas (酒に真理あり)-酒にまつわるブログ記事 <総集編>

映画 『シスタースマイル ドミニクの歌』 Soeur Sourire を見てきた
・・ベルギーが映画のブタ一だが、こちらはドミニコ修道会

修道院から始まった「近代化」-ココ・シャネルの「ファッション革命」の原点はシトー会修道院にあった
・・フランスのシトー派修道会

コンラッド『闇の奥』(Heart of Darkness)より、「仕事」について・・・そして「地獄の黙示録」、旧「ベルギー領コンゴ」(ザイール)
・・ベルギーにはこういう顔もある

タイのあれこれ(5)-ドイツ風ビアガーデン
・・面白いことに、タイではドイツ風が流行りだ。

ベルギーとポテトの関係-ベルギー・ポテトの水煮缶詰が便利!

書評 『ターゲット-ゴディバはなぜ売上2倍を5年間で達成したのか?-』(ジェローム・シュシャン、高橋書店、2016)-日本との出会い、弓道からの学びをビジネスに活かしてきたフランス人社長が語る

(2014年7月30日、2016年3月3日 情報追加)


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2010年1月30日土曜日

グルマン(食いしん坊)で、「料理する男」であった折口信夫


 折口信夫 独身漂流』(持田叙子、人文書院、1999)の第一章は「餓鬼の思想-大食家・正岡子規と折口信夫」と題されている。著者の文章をそのまま引用させていただく。


二人とも生涯独身の借家住まい。身辺のあれこれについて、驚くべき無頓着と淡泊を示す一方、食生活への執着が異様に激しいこと。そしてその執着を隠蔽しようとしなかったこと。実際、両者とも、それぞれが自分が生きた時代の、”知識人” ”学者”としては珍しく、肉・臓物類まで歓び貪る己の口腹の貪婪・希有な大食をその文章において標榜してはばかることがない。さらに問題は、彼らにおけるそのような執着が、あまりにも脂ぎり、あまりにも情けないほどに子供めき、およそ美食・大食の伝統の志向する”洗練された感覚” “卓抜した生活思想”という主題とは無縁なことである。(P.6)


 折口信夫は、最近の表現を使えば、文字通り「肉食系」の人であったようだ。「食い倒れの町」大阪出身の人である。

 この第一章には、アララギ派の同人で、『野菊の墓』の作者・伊藤左千夫が自ら庖丁を握ってウサギを屠り、料理する姿も引用されており、意外な感を抱くものである。

 歌人・釋迢空として、自らを、むさぼり食う”餓鬼”(ガキ)になぞらえた歌を作っている。


前(サキ)の世の 我が名は、
人に、な言ひそよ。
藤澤寺の餓鬼阿弥(ガキアミ)は、
我ぞ


神奈川県の藤沢にある時宗(一遍宗)の寺、藤沢の遊行寺(ゆぎょうじ)の餓鬼阿弥(ガキアミ)のことを語った歌だ。

 説教節の主人公・小栗判官(をぐりはんがん)は舅に毒殺されて地獄に堕ちるが、遊行寺の坊さんに救済されて、醜い餓鬼の姿のまま生き返る。

 手押し車に乗せられ、妻である照手姫(てるてひめ)がさまざまな人たちの助けをかりなが熊野まで連れて行き、熊野の湯で湯治してもとの小栗に甦った、という伝説にもとづく。

 この話は、『説教 小栗判官』(近藤ようこ、ちくま文庫、2003)というマンガに描き尽くされている。私が好きな物語である。折口信夫はこの物語を「餓鬼阿弥蘇生譚」とよんでいる。

 大学一年生のとき、フランス語会話の授業で習ったのは、グルメとグルマンとは違う!ということだ。グルメ(gourmet)は美食家グルマン(gourmands)は食いしん坊。フランスでは、グルメとよばれてストレートによろこぶ人はあまりいないようだ。

 日本人はやたら何かと「グルメ」と口にするが、フランス語のニュアンスでは、必ずしもほめコトバではないらしい。スノッブな響きがあるためか。

 この意味でいえば、正岡子規も折口信夫もグルマンであったといえるだろう。

 大食漢であり、「食いしん坊ばんざい!」である。私もグルメではなく、グルマンである。何よりも旨いものを食って、旨い酒を飲むのがすきな、関西人の DNA を100%受け継いでいる。

 各種の回想録によれば、折口信夫はグルマン(食いしん坊)であり、酒は日本酒は飲まずビールのみだったという。

 日本の「古代」を研究する学者がビールしか飲まなかったというのも面白い。コメつくりが弥生人によっってもたらされる以前、縄文人は「日本酒」は知らなかったわけだが、それとは関係はないだろう。趣味嗜好の問題に過ぎないと思われる。

 また、折口信夫は、自ら料理する男、でもあった。


●集合写真のキャプションより

大正10年信夫宅で。前列左より金田一京助、ニコライ・ネフスキー、柳田國男、後列左より信夫・・(中略)・・この時か、20人分位の天麩羅を信夫が一人で揚げてもてなし柳田はこんなに料理を熱心にする人の学問は果たして大成するのかと思ったという
(出典:『新潮日本文学アルバム26 折口信夫』(新潮社、1985) P.40 太字は引用者による)

●わがまま料理

折口信夫は料理をつくるのが好きだし、上手だった。ところが夜中に急に「しるこをつくろう」などといい出し、弟子たちに用意させる。それができあがるころには夜もしらじらと明けかかるのだった。

(出典:『世界史こぼれ話』(三浦一郎、辻まこと=イラスト、角川文庫、1976)


 料理は、女が作るものと頭から決めてかかっていた柳田國男には理解不能なことだったのだろう。「あなた作る人、私食べるひと」という固定観念である。

 料理作りほど身近にあってクリエイティブな行為はない、と実際に料理作りをする私は思うのだが・・。料理作りとは、素材を使った加工という側面だけではなく、情報編集そのものであり、創造性そのものにかかわる行為である。

 「料理をつくる男」としての折口信夫、私が編集者だったら、誰かに書いてもらいたいテーマなんだけどねー。檀一雄の『檀流クッキング』は有名なのだが。



PS 読みやすくするために改行を増やし、写真を大判にした(2014年3月12日 記す)

PS2 よくよく考えてみれば、アララギ派の歌人であった伊藤左千夫は、正岡子規に心酔してその弟子になったわけであり、折口信夫(=釈迢空)もまた最初はアララギ派に属していた人たちである。
アララギ派とグルマンにかんしては、なんらかの関係があるのだろうか?
(2025年5月9日 記す)


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「料理する男」たち

『檀流クッキング』(檀一雄、中公文庫、1975 単行本初版 1970 現在は文庫が改版で 2002) もまた明確な思想のある料理本だ

『こんな料理で男はまいる。』(大竹 まこと、角川書店、2001)は、「聡明な男は料理がうまい」の典型だ         
・・「料理する男」はもてる!?

邱永漢のグルメ本は戦後日本の古典である-追悼・邱永漢
・・「投資の神様」は「料理する男」でもあった

書評 『缶詰に愛をこめて』(小泉武夫、朝日新書、2013)-缶詰いっぱいに詰まった缶詰愛
・・発酵学者もまた「料理する男」

『きのう何食べた?』(よしなが ふみ、講談社、2007~)
・・男が男のために料理する

『聡明な女は料理がうまい』(桐島洋子、文春文庫、1990 単行本初版 1976) は、明確な思想をもった実用書だ
・・「女が「女性化」すると料理がヘタになる」という名言

(2014年7月20日 情報追加)


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