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2020年4月19日日曜日

「ベジタリアン」とのからみで「トルストイ主義」を振り返る ― そのけっして古びないチカラを思い起こせ!



肉食がすべての悪の根源だとする「ベジタリアン」の思想。肉食を否定し、大地から産まれた植物だけを食べることから「菜食主義」と訳されることもある。

だが、インドがその中心である「菜食主義」と、古代ギリシアのヘシオドスやピュタゴラスまでさかのぼることができる「ベジタリアニズム」は、イコールではないのだという。

ベジタリアン(vegetarian)と植物を意味するベジタブル(vegetable)は、いっけん見ているがもともと関係のないコトバなのだ。


■ベジタリアンの思想を知る

ベジタリアンの思想を知ることができるのが、ベジタリアンの実践者である鶴田静氏の『ベジタリアンの文化誌』(中公文庫、2002)と『ベジタリアンの世界-肉食を超えた人々』(人文書院、1997)の2冊だ。

2冊とも部分的に読んではいたが、今回はじめて通読してみた。入手してからずいぶん時間がたつ。 この2冊は重なる面もあるが、出版は前者のほうが早い。後者は、前者の積み残しの課題を解決したものとなる。
   
古代ギリシアのピュタゴラスやヘシオドスに発するベジタリアンの思想は、キリスト教世界の修道生活を経て、中世前期のアッシジのフランチェスコや、中世後期ルネサンス時代のレオナルド・ダヴィンチを経て、イタリアからフランスへ。両者はともに豊かな農業国だ。 そして19世紀の英国で一大潮流となった。

「ベジタリアン」(vegetarian)というコトバが誕生したのは、1842年のことだそうだ。それまでは、「ピュタゴラス的食事法」と呼ばれていたらしい。そう呼ばれてきた歴史のほうがはるかに長いということだ。逆にいえば、思想として確立したのは近代になってからということになる。

以後、英国から米国、ドイツ、さらにはロシア、日本へとベジタリアンの思想と行動が拡がっていく。日本では、詩人で童話作家の宮沢賢治がもっとも有名だろう。賢治には「ビジテリアン大祭」という作品がある。


  


■ベジタリアン思想の系譜にあるトルストイ主義

このベジタリアンの系譜のなかにあるのが、19世紀ロシアの文豪トルストイ。土地貴族であったトルストイ伯爵は、自分の農地でみずから汗を流して農作業に従事、大地に根ざした生活を信条としていた。トルストイは、59歳で最終的にベジタリアンになった。肉食はいっさいしないことを決意し、実践するようになったのだ。

非暴力主義と平和主義を実践し、武器を焼き捨て兵役を拒否したのがドゥホボール教徒たちだ。カフカス地方に生まれたかれらについては、『武器を焼け-ロシアの平和主義者たちの軌跡』(中村喜和、山川出版社、2002)が最新の研究成果である。

ロシア帝国もその1つであった「近代国家」は、兵役を義務としていたが、その兵役義務を拒否したため、徹底的に弾圧されたドゥホボール教徒たち。カナダへの移住を資金援助するため、印税目的で執筆されたのがトルストイ晩年の大作『復活』だ。ああ、そうだったのだなと、あらためて深く感じ入る。ドゥホボール教徒たちの思想信条は、トルストイ主義ときわめて近い存在であったのだ。

いい機会なので、読まないままになっていたトルストイ晩年の思想を小説化した名作『光あるうち光の中を歩め』(新潮文庫、1952)を読む。

古代ローマの五賢帝時代のハドリアヌス帝時代、いまだキリスト教が迫害されていた時代を背景に描いた作品だ。この小説で、トルストイ主義について知ることができる。享楽にふけるローマ人一般とは異なる、額に汗水流して農作業に従事し、手作業を重視することから産まれる喜び、充実感。「原始キリスト教」の世界を理想としていたトルストイであった。

ドゥホボール教徒は19世紀末にカナダへの移住に成功するが、宗教に基づかないトルストイ主義者たちは、ロシア革命後のソ連で生きていくことになる。ロシア以外では、日本の「新しき村」もトルストイ主義の影響を受けた白樺派の作家・武者小路実篤がつくったものだ。


  


■ソ連に残った「トルストイ主義者」たちの運命

トルストイ主義者たちがソ連でつくった共同生活体(コミューン)に、「生活と労働」というものがあった。

かれらについては、『愛と微笑みのパッションー西シベリアを目指したトルストイ主義者たち』(人見楠郎・油家 みゆき・小波宏全、新読書社、2000)で、詳しく取り上げられている。

著者の筆頭に名を出しているのは、昭和女子大学の学長(当時)、この大学はトルストイ主義を理想として建学されたものであったことを今回はじめて知った。

コルホーズによる集団農場化が推進されたソ連で、モスクワ郊外にあった「生活と労働」は、さまざまないやがらせを受けるようになる。自由意志にもとづくコミューンが許されない状況となりつつあったのだ。

理想の地を求めてウラル山脈の先、アルタイ山脈の近くの西シベリアに移住を実行、苦労を重ねながらも定住に成功する。

しかし1930年代にはスターリンによる締め付けが厳しくなるなか、コミューンの指導者たちは逮捕され、強制労働の刑を受けたり、処刑された者もあった。そして、コミューンはコルホーズ化され、歴史から消えていった。

まさに受難である。タイトルにある「パッション」とは、キリスト教用語で受難を意味する。






■インド独立の父ガンディーに受け継がれたトルストイ主義

ロシアでは息絶えたトルストイ主義だが、その思想はインド独立の父ガンディーにも影響を与えているのである。

南アフリカ時代のガンディーと晩年のトルストイが書簡を交わしており、弁護士として成功していたガンディーは、南アフリカ時代に現地で土地を確保して「トルストイ農場」を開いていた。

言うまでもなく、インド出身でヒンドゥー教徒のガンディーは子どもの頃から「菜食主義」の生活習慣をもっていた。菜食主義を貫くジャイナ教徒たちとの接点があったことも大きい。

このガンディーが、留学中のロンドンで誕生した「ベジタリアン」の思想と出会うことになった。生活習慣としての「菜食主義」と、思想としての「ベジタリアン主義」の出会いである。

ここにおいて、古代インド以来の「菜食主義」と、古代ギリシア以来の「ベジタリアン思想」(=ベジタリアニズム)が融合することになったのである。ガンディーという、インド出身で、近代西欧思想の影響をどっぷりと受けた生身の人間の心身において。

こういう思想の流れがあることを知っておきたい。また、こういう観点からガンディーの思想についても考えて見る必要があるだろう。


  


PS ベジタリアンを実践するのはむずかしい

ただし、私自身は「ベジタリアン」を理想としていながらも、なかなか徹底できないヘタレであります。肉食はできるだけ減らすように努力しておりますが、昔に比べたらあまり肉を食べたいという気持ちは、なくなってきましたけどね。野菜中心の食事を心がけております。もちろん、魚も卵も食べますよ。


<関連サイト>

「コミューン 生活と労働」について
Life and Labor Commune - Wikipedia(英語版。日本語版はなし)
https://en.wikipedia.org/wiki/Life_and_Labor_Commune


<ブログ内関連記事>

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(2020年8月2日 情報追加)


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2017年10月27日金曜日

タイのラーマ9世プミポン前国王の「火葬の儀」がバンコクで行われた(2017年10月26日)

(煙につつまれる火葬塔 The Nation の動画よりキャプチャ)


2017年10月26日、タイのラーマ9世プミポン・アドゥンヤデート前国王(通称プミポン国王)の「火葬の儀」(Royal Cremation)が行われた。文字通り誇張なく、タイ全土が涙に包まれた一日となった。これが最期のお別れとなる。合掌。
   
タイ現地時間の午後11時(=日本時間では27日の午前1時)、現国王で長男のラーマ10世ワチラロンコーン国王が火葬塔の薪に点火、前国王は荼毘に付された(冒頭の画像)。

火葬塔(Royal Crematorium)は高さ50メートルと歴代のタイ国王の葬儀のなかでは最長で総工費は5億バーツ(日本円で約16億円)、仏教の世界観を表現した須弥山(しゅみせん)を象ったものだ。つまりは仏教式なのだが古代インドの宇宙観であり、その意味においては限りなくヒンドゥー教的でもある。タイの王権は、カンボジアなどと同様に、ヒンドゥー教の王権神授説にのっとったものである。


(須弥山を象った「火葬塔」の宇宙観 The Nation サイトより) 


(須弥山の構造 wikipediaより)


ゴールドで輝く豪華絢爛な構築物で、ディテールに至るまで細かい装飾が施されたもの。この火葬塔のなかに安置されたご遺体が焼かれたのである。「大王」にふさわしい葬儀である。



(シンガポールの Channel NewsAsia のLIVE中継をキャプチャ)



■「火葬の儀」のスケジュール

葬儀は念入りに計画されたもので、一連の儀式は10月25日から29日まで5日間にわたる。26日は国民の公休日となった。式次第は以下のとおりだ。情報は、タイの英文日刊紙 The Nation の記述に基づく。

<葬儀の式次第>

10月25日(水) 
  17:30 宮殿に安置された御遺体へのタンブン(A royal merit-making ceremony)とお別れの祈り。 ご遺体の移動準備

10月26日(木) 
  7:00 宮殿から火葬場への御遺体移動
  17:30 仮火葬式(The symbolic Royal Cremation)
  22:00 本火葬式(The actual Royal Cremation)

*この間、18時から翌朝6時までの12時間にわたって、前国王に別れを告げ捧げるために、タイの古典仮面舞踊劇のコーン、人形劇、オーケストラの演奏などのパフォーマンスが王宮(サナーム・ルアン)で行われる

10月27日(金)
  6:00 ご遺骨(Royal Relics)と御遺灰(Royal Ashes)の収集。ご遺骨を納めた骨壺が宮殿に移動、ご遺灰は容器に移されワット・プラケーオ(=エメラルド寺院。いわゆる「エメラルド・ブッダ」が納められた寺院)のプラ・シー・ラッタナ・チェディー(Phra Sri Rattana Chedi)に移送

10月28日(土)
  17:30 宮殿でご遺骨へのタンブン(A royal merit-making ceremony)

10月29日(日)
  10:30 ご遺骨が宮殿内の Heavenly Abode in Chakri Maha Prasat Throne Hall に安置されるために移送
  17:30 ご遺灰が2つの寺院、ワット・ラチャボピット(Wat Rajabopidh)とワット・ボーウォンニウェート(Wat Bovoranives)に安置されるために移送


(10月26日の「ご遺体」移送経路 The Nation サイトより)


火葬後のご遺骨(Royal Relics)と御遺灰(Royal Ashes)は、別の扱いを受けることになるようだ。

タイ国内からインターネットで生中継されていたのだが、仕事の関係上でリアルタイムの視聴は一部に限られたのは残念だった。だが、幸いなことに動画や画像はネットで視聴可能である。royal cremation で検索してみるといいだろう。


(シンガポールの Channel NewsAsia 画面からキャプチャ)


葬儀の中心は10月26日で、この日はゴールドで装飾された豪華絢爛な、船を象った霊柩を移動。英国のバッキンガム宮殿の近衛兵のような兵士が護送役にあたっている。霊柩車が船の形をしているのは、さすが「水の民」である。


(シンガポールの Channel NewsAsia 画面からキャプチャ)


だが、日本の天皇の神道式の葬儀と比べると、だいぶ違う印象を受けるのではないだろか。近代以前の天皇の葬儀は仏式だったが、タイのような豪華絢爛なものでなかったことは確かだ。

しめやかに行われる日本、豪華絢爛に行われるタイ。おなじ「仏教国」といっても、内実は大きく異なる。大乗仏教と上座仏教の違いだけではなく、それ以外の要素も大いに反映していると考えるべきだろう。

先に見たように、タイ国王は現在でも「神聖にして絶対不可侵」の存在である。すでにそうのような存在ではない天皇も、近代以降は神道式の葬送儀礼となっている。



■これから名実ともに「新しい時代」が始まることを期待

タイ国民から絶大の信頼と敬愛の的であったプミポン国王が崩御されたのは、一年前の昨年(2016年)の10月13日。享年88歳。在位70年目(!)であった。」

タイ史上では最長であることはもちろん、英国のエリザベス二世女王(現在最高齢の91歳)の在位65年よりも長い。タイ現代史、とくにここ40年ほどは、まさにプミポン国王の時代であったといっても過言ではない。

その意味では、この日をもって名実ともに一つの大きな時代が終わったのである。日本近現代史でいえば、明治大帝が崩御したあとの「大正時代」、あるいは昭和大帝が崩御したのちの「平成時代」に該当するが、はたして今後のタイは「大正時代」なのか「平成時代」なのか、それとも・・・??

「火葬の儀」が無事つつがなく終了したあとには、新国王の即位式が待っている。現時点(10月26日現在)では、来る12月1日の可能性が高いとされている。

前国王のラーマ9世の兄で、悲劇的な死を遂げた前々国王のラーマ8世の葬儀(1946年)の際は、3年間にわたって喪に服すことが求められたが、さすがにグローバル資本主義のまっただ中に置かれた現在のタイには不可能な話だ。葬儀の5日間が終わる29日で1年間の服喪期間は終わる。30日からは、黒づくめだったタイにはふたたび明るい色彩が戻ってくる。

「2014年クーデター」による軍政下のもと、現在は議会が停止中のタイであるが、新憲法の批准はすでに終わり、あとは民政移管と総選挙がいつ行われるかが焦点になっている。

粛々と平常化への道を歩むことを期待したい。








<関連サイト>

Phra Meru Mas (the royal crematorium) for the late King Bhumibol Adulyadej
・・歴代の国王葬儀のための火葬塔の写真あり

Thailand's royal cremation ceremony caps year of mourning(CNN、October 27, 2017)
・・動画あり

【AFP記者コラム】プミポン前国王の葬儀で見えた秘密と不敬罪の国(AFP、2017年12月12日)

(情報追加 2017年12月12日)


<ブログ内関連記事>

「タイのあれこれ」 全26回+番外編 (随時増補中)


タイ王国のラーマ9世プミポン国王が崩御(2016年10月13日)-つひにゆく道とはかねて聞きしかど・・・

タイのあれこれ(17) ヒンドゥー教の神々とタイのインド系市民

『Sufficiency Economy: A New Philosophy in the Global World』(足るを知る経済)は資本主義のオルタナティブか?-資本主義のオルタナティブ (2)

タイのあれこれ (8)-ロイヤル・ドッグ
・・「タイ語のマンガ版が興味深いのは、タイ王国憲法では、「神聖にして絶対不可侵」の存在である国王陛下を(・・戦前の大日本帝国憲法と同じ)、いかにマンガに登場させるかという点にかんして作者が大いに悩んだという。その結果、国王陛下はすべて白塗りで、透明人間のような描き方となった」

書評 『タイ-中進国の模索-』(末廣 昭、岩波新書、2009)-急激な経済発展による社会変化に追いつかない「中進国タイ」の政治状況の背景とは

書評 『皇室外交とアジア』(佐藤孝一、平凡社新書、2007)-戦後アジアとの関係において果たした「皇室外交」の役割の大きさ
・・「火葬の儀」に日本からは秋篠宮ご夫妻が参列。ブータン国王夫妻も参列

成田山新勝寺の 「柴灯大護摩供(さいとうおおごまく)」に参加し、火渡り修行を体験してきた(2014年9月28日)
・・火のもつ力について


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