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2011年11月5日土曜日

『選択の人 法然上人』(横山まさみち=漫画、阿川文正=監修、浄土宗出版、1998)を読んでみた


 「選択」と書いて「せんちゃく」と読む。これは浄土宗の読み方である。

 この『選択の人 法然上人』というマンガは、高校生二年生の男子が、「先人の生き方に学ぶ」を400字で10枚書いてくることという夏休みの宿題のテーマに、法然上人を「選択」したことからはじまるという筋立てだ。

 大学受験を前に進路の「選択」を迫られる20世紀末の高校二年生男子と、12世紀から13世紀の「末法の世」に生きて「南無阿弥陀仏」を「選択」した法然上人の生涯がパラレルに進行するという構成になっている。ハリウッド映画の『リトルブッダ』とよく似た構成である。

 キーワードは、随所にでてくる「選択」。高校二年生男子の「選択」と法然上人の「選択」。よくできた構成のマンガだと思う。

 法然上人の主著である『選択本願念仏集』(せんちゃく・ほんがん・ねんぶつしゅう)八百年記念として、1998年(平成10年)に浄土宗から企画出版されたものという。

 監修は大正大学教授の浄土宗学僧、編集は浄土宗宗門学校校長会ということで、オーソドックスな見解から逸脱することのない内容であるといえよう。

 とはいえ、横山まさみちの絵はどうしても、「オットセイ」を思い出してしまう。とくに主人公の高校二年生男子の同級生の女性生徒の顔が・・(笑) 「オットセイ」が何を意味するのかは、中高年男性諸氏は含み笑いで対応いただきたく。

 たまたま浄土宗のウェブサイトを見ていたら、出版目録があってこの本を発見した。だが、たいへん残念なことに「販売終了」とある。ネット古書店でようやくみつけて注文し、入手して一読したという次第だ。

 せっかくだから、「法然上人八百回忌」の今年2011年に復刊すればいいのに。「あの横山まさみちのマンガで法然を学ぼう!」とかキャッチコピーをつけて。今年2011年の10月25日から国立博物館で開催されている「法然と親鸞-ゆかりの名宝」のミュ-ジアムショップで販売すればいいのに。大きな教団というのは、機を見るに敏ではないなあ、図体がでかすぎるのかねえ、と思ってしまう。

 ところで、このマンガに『徒然草』の一節が紹介されていた。念仏にかんして法然上人が質問されたときの回答である。 

第三十九段
或人、法然上人に、「念佛の時、睡におかされて行をおこたり侍る事、いかゞして此のさはりをやめ侍らん」と申しければ、「目のさめたらんほど念佛し給へ」とこたへられたりける、いとたふとかりけり。又、「往生は、一定と思へば一定、不定と思へば不定なり」といはれけり。これもたふとし。又、「うたがひながらも念佛すれば往生す」ともいはれけり。これも又たふとし。

(*太字ゴチックは引用者=私)
(出典)Japanese Text Initiative 所収の「徒然草」(Tsurezuregusa)
Japanese Text Initiative は、バージニア大学図書館エレクトロニック・テキスト・センターとピッツバーグ大学東アジア図書館が行っている共同事業。

 いちおう現代語訳をつけておこう。作家の佐藤春夫(1892~1964年)によるもの。先日はじめて知ったのだが、和歌山県の新宮出身の佐藤春夫は、じつは法然上人をたいへん尊敬しており、その伝記小説まで執筆していたのであった。

 ある人が、法然上人に、「念仏の時に眠くなってしまって行ができませんが、どうしてこの障害を防いだらよろしゅうございましょうか」と言うと、「目が覚めたら念仏をなさい」と答えられた。じつに尊かった。
 また、往生は確実なものと思えば確実、不確かと思えば不確かであるとも仰せられた。これも尊い。また疑いながらでも、念仏をすれば往生するとも仰せられた。これも尊い。

(出典:『現代語訳 徒然草』(吉田兼好作、佐藤春夫訳、河出文庫、2004、原版1976)P.48~49

 佐藤春夫が法然上人好きだと公言していたのは、こんなエピソードを知っていたのもその理由の一つだろう。厳格主義とは無縁の人であった法然上人は、じつに人間的ですばらしい。こんなエピソードを知ると、やたらジョークを飛ばして笑いをさそうダライラマ法王を思い浮かべてしまう。

 ところで、なぜ横山まさみち氏にマンガを書いてもらうことに白羽の矢がたったのか、この本には何も書いてないからわからない。浄土宗サイドの依頼者がスポーツ紙に連載されていた『やる気満々』を読んでいたのだろうか? それとも、横山まさみち氏は浄土宗だったのだろうか?


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2011年7月1日金曜日

「家の作りやうは、夏をむねとすべし」 (徒然草)―「脱・電気依存症文明のために顧みるべきこと



 このブログで、たびたび『徒然草』から引用しているのは、長い年月にわたって読み継がれてきた古典には、顧みるだけの価値というものがあるからだ。

 なんといっても日本という風土に生きて暮らしてきた人たちの知恵につまっているから、それは当然といえば当然のことだろう。

 今回は、「家の作りやうは、夏をむねとすべし」(第五十五段)という随想。ことに夏が暑くて過ごしにくい日本においては、すこぶる有用な知恵であったといえよう。20世紀後半に「電力依存症文明」が日本全体を支配するにいたるまでは。

 まずは、原文を引用しておこう。短い文章なので、すぐに読めるはずだ。

徒然草 第五十五段

家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。暑き比、わろき住居は堪へがたき事なり。

深き水は涼しげなし。淺くて流れたる、遙に涼し。こまかなる物を見るに、遣戸(やりど)は蔀(しとみ)のまよりもあかし。天井の高きは、冬寒く、燈暗し。造作は、用なき所を作りたる、見るも面白く、萬の用にも立ちてよしとぞ、人の定めあひ侍りし。

(*太字ゴチックは引用者=私)
(出典)Japanese Text Initiative 所収の「徒然草」(Tsurezuregusa)
Japanese Text Initiative は、バージニア大学図書館エレクトロニック・テキスト・センターとピッツバーグ大学東アジア図書館が行っている共同事業。


 念のために、注釈をつけておこう。遣戸(やりど)とは、引き違いの戸のこと。蔀(しとみ)とは、つり上げ型の格子戸(こうしど)のこと。

 夏さえやり過ごせば冬はなんとかなるというのは、極端な意見も聞こえなくもないが、それだけ日本の夏が過ごしにくいといいうことだ。浅い流れの川が涼しげという感性は、現在に日本人も共有しているだろう。

 日本の夏は暑い、「地球温暖化」などの議論がでるはるかむかし、鎌倉時代すなわち13世紀の人であった兼好法師すら、こういっているではないか!

 幕末の開国以来、日本に在住する欧米人たちは商売は横浜や神戸、東京でしても、夏のあいだは、軽井沢などの高原に避暑地で夏をやり過ごしていたのは、その意味では当然なのだ。

 エアコンもなにもない時代、快適に過ごして英気を養うためには、避暑地を開発して、そこに別荘を建てて済むというライフスタイルである。

 以前、フィンランドの駐日初代公使をつとめたラムステッドの回想録を読んだことがあるが、日本の夏ほど不快で過ごしにくいものはないということを述べており、つよく印象に残った記憶がある。 『フィンランド初代公使滞日見聞録』(ラムステッド、坂井玲子訳、日本フィンランド協会、1987) という本である。ちなみに、ウラルアルタイ語研究の言語学者のラムステッドは日本語もよくし、エスペラント関係で柳田國男や宮澤賢治にも会っている。

 日本の夏が暑く耐え難いのは、タイのバンコクに住んでみてよくわかったことでもある。

 タイをはじめとするインドシナ半島やインドは、もっとも暑いのは乾期の4月で、逆に雨期の8月は日本ほど暑くはない。日本の夏は世界的にみても、きわめて過ごしにくいのは、誇張でもなんでもないのだ。

 タイでも田舎にいくと、川のうえにたてられた小屋で昼寝をしている人たちがいる。京都の夏の風物詩である鴨川納涼床のように、涼ををもとめてひとは水辺にいこいを求める。

 日本の軽井沢に限らず、高原リゾートはアジア各地に点在している。たとえば、英国の植民地であったスリランカ(・・当時はセイロン)にも、ヌワラ・エリヤという高原リゾートがある。一度訪れたことがあるが、まさに高原リゾート、下界とはまったく異なる別世界である。

 昭和40年代に子ども時代を過ごしたわたしには、エアコンといえばギンギンに冷えた銀行の支店という連想があったほど、エアコンはまったく普及していなかった。みんな忘れているだろうが、首都圏を走る電車だって、つい 20年前にはエアコンなどなかったのだ。天井に扇風機が回っていたことを、みな忘れているのではないのかな?

 米国でもたいていのクルマはエアコンは標準装備ではない! エアコンよりも窓をあけて自然の風にあたりながら運転するほうがはるかに気持ちいいものだ。米国の東部の場合は寒冷地仕様であった。冬場は積雪を溶かすために、毎朝膨大な量の塩をまく。塩で錆びないボディのほうが、エアコンよりも重要なのだ。

 一ヶ月掛けてイタリア全土をくまなく列車で旅したことがある。1991年の夏休みのことであったが、欧州ではいまでも標準ある、電気機関車がひっぱる客車にはエアコンなどなく、みな窓から入ってくる風に身をさらしていたものだ。

 なによりも列車の旅は窓があいているほうがいい。旅情というものは、そういうものだ。イタリアのヴェネツィアを舞台にした、キャサリン・ヘップバーン主演の『旅情』という映画がむかしあったが、列車の窓があかなかったら、ラストシーンの旅情も何もあったものではないか!

 そんな記憶の数々をたどりながら、「家の作りやうは、夏をむねとすべし」 という『徒然草』の一節を顧みるのも、すこしは納涼になるだろうかな?

 「脱・電気依存症文明」、これはこの夏を機会に真剣に考えてみたほうがいい。もちろん、電気のない生活など考えられないが、なんでもかんでも電気というのは、日本だけかもしれないと思うのである。

 昨年からエアコンのない生活をすでに送っているわたしは、かなり真剣に考えている。


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(2014年7月18日、8月25日 情報追加)


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2011年5月16日月曜日

「目には青葉 山ほととぎず 初かつを」― 五感をフルに満足させる旬のアイテムが列挙された一句


 
目には青葉 山ほととぎず 初かつを(山口素堂)

 いまの季節にピッタリの俳句。作者の山口素堂(やまぐち・そどう 1642年~1716年)は、江戸時代前期の俳人・治水家だそうだ。松尾芭蕉の同時代人である。
 
 江戸時代前期には、すでに初鰹(はつがつを)が旬の食材として話題に上っていたことがわかる。

 この俳句は、ただたんに季節ものを並べただけなのだが、ビジュアルなイメージが浮かんでくるだけでなく、視覚・聴覚・味覚・触覚・嗅覚の五感すべてを満足させてくれるものになっているのが面白い。

 まずは青葉。青葉とは新緑のこと。目にまぶしい青葉で、太陽光とともに視覚が刺激される。

 ホトトギスが鳴いているのが聞こえる。聴覚の刺激。耳に聞こえてくるホトトギスの鳴き声で、姿は見えぬがココロのなかで視覚イメージとして再現する。ホトトギスの鳴き声は、YouTube で聞いてみるとよい。

 初鰹(はつがつを。これはいうまでもなく味覚。そして舌触りという触覚。目で見て楽しむ赤身。現代なら、冷やしたビールでクイっと一杯といったところか。

 それにしても、初かつを、これはちょっと値段は高いが、じつに旨い。
 
 そういえば、たしか、徒然草にも「かつを」がでてきたという記憶がある。

第百十九段

 鎌倉の海に、かつをと云ふ魚は、彼(か)のさかひには雙(さう)なきものにて、此(こ)の比もてなすものなり。それも、鎌倉の年寄の申し侍(はべ)りしは、「此の魚、己等若かりし世までは、はかばかしき人の前へ出づること侍らざりき。頭は下部も食はず、切りて捨て侍りしものなり」と申しき。
 かやうの物も、世の末になれば、上ざままでも入りたつわざにこそ侍(はべ)れ。
(*太字ゴチックは引用者=私)
(出典)Japanese Text Initiative 所収の「徒然草」(Tsurezuregusa)
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 鰹(かつを)は、すでに鎌倉時代には食べられていたということがわかるエビデンスのひとつである。

 いちおう現代語訳をつけておこう。文学者の佐藤春夫訳による。

 鎌倉の海で、鰹(かつを)という魚は、あの辺では無上のものとして近来は賞美されている。これも鎌倉の老人が話したのだが、「この魚は自分らの若年の時代までは相当な人の前には出なかったものである。頭(かしら)は、下男ですら食べず、切って捨てていたものである」ということであった。このようなものでも世が末になると上流へもはいりこむものである。
(出典:『現代語訳 徒然草』(吉田兼好作、佐藤春夫訳、河出文庫、2004、原版1976)

 吉田兼好がこの話を聞いてからすでに、800年近くもたった現在は、世の末の末の末・・・か? それでも日本人は生きているわけだ。

 ところで、冒頭に掲載した「桜の若葉」、これもまた目で楽しむだけでなく、食用にもなる edible leaves である。塩漬けにして道明寺を包むのに使う。柏餅の柏の葉っぱは包むだけだが、道明寺を包む桜の若葉はそのまま食べることができるわけだ。

 そういえば、このブログでも、以前に「味噌で酒を飲む話」を書いたのだったなあ。

 どうも、食べものの話に終始してしまいがちなわたしである(笑)。また、そういう話ばかり「アタマの引き出し」のなかにあるというのもまた、「好きこそものの上手なれ」ということか?



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・・塩漬けにした桜の葉っぱで餅を包んだ道明寺

(2014年6月18日 情報追加)


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2009年5月18日月曜日

味噌を肴に酒を飲む


 酒席の話題である。 

 「『徒然草』に味噌を肴に酒を飲むという話があるが知ってるか?、高校の古文の教科書に載っていたぞ」、とある酒席で話題にしたら、同席していた飲み友達たちはそんなこと覚えてない、という。少し前の話であるが、いやあまったくどうしようもないねー(笑い) 古文は受験とともに去りぬ、かい?

 まあ高校時代、「日本古典文学少年」といわれた私のことだから覚えているのかもしれないが、とはいえ教科書はとうの昔に処分してしまったので確かめようもない。

 彼らの蒙をひらいてやるために、ここでひとつ出典をキチンと示しておいてやろう。参考にしたまえ。


 第二百十五段

 平 宣時(たいらののぶとき)朝臣、老いの後、昔語(むかしがたり)に、「最明寺入道、或宵の間に呼ばるゝ事ありしに、『やがて』と申しながら、直垂(ひたたれ)のなくて、とかくせし程に、また、使(つかい)来りて、『直垂などの候はぬにや。夜なれば、異樣(ことよう)なりとも、疾く』とありしかば、萎えたる直垂、うちうちのまゝにて罷(まか)りたりしに、銚子に土器(かはらけ)取り添へて持て出でて、『この酒をひとりたうべんがさうざうしければ、申しつるなり。肴こそなけれ。人は静まりぬらん、さりぬべき物やあると、いづくまでも求め給へ』とありしかば、紙燭(しそく)さして、隈々(くまぐま)を求めし程に、台所の棚に、小土器に味噌の少し附きたるを見出でて、『これぞ求め得て候ふ』と申ししかば、『事足りなん』とて、心よく數獻(すこん)に及びて、興に入られ侍りき。その世にはかくこそ侍りしか」と申されき。
 出典:『新訂 徒然草』(西尾実・安良岡康作校注、岩波文庫、1985)


(現代語訳)
 平 宣時朝臣(大仏宣時)が、老後の述懐談に、最明寺入道北条時頼からある宵の口に召されたことがあったが、「すぐさま」と答えておいて直垂(ひたたれ=武士の平服)が見えないのでぐずぐずしていると、また、使者が来て「直垂でもないのですが、夜分のことではあり、身なりなどかまいませんから早く」とのことであったから、よれよれの直垂のふだん着のままで行ったところ、入道はお銚子に土器を取りそろえて出て来て「これをひとりで飲むのが物足りないので、来てくださいと申したのです。肴がありませんが、もう家のものは寝たでしょう。適当なものはありますまいか、存分に探してください」と言われたので、紙燭(ロウソクがわりの一種のたいまつ)をつけて隅々まで探したところが、台所の棚に、小土器に味噌の少しのせてあったのを見つけて「こんあものがありましたが」と言うと、「それでけっこう」と、それを肴に愉快に数杯を傾け合って興に入られた。その当時はこんな質素なものであったと申された。
 出典:『現代語訳 徒然草』(吉田兼好作、佐藤春夫訳、河出文庫、2004、原版1976)



 飲み屋で、もろきゅう(=もろみ味噌をつけた生きゅうり)を肴に日本酒飲むと旨い。現代語訳を行った佐藤春夫の解釈とは違って、味噌で酒を飲むのはけっして質素なことではない、と思う。

 もっとも、一般庶民とは違って、鎌倉幕府第五代執権という時の最高権力者にまつわる話だけに、兼好法師も記すに値すると思ったのだろう。

 徒然草は、大人になってから、とくに中年以降に読むと面白い。



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in vino veritas (酒に真理あり)-酒にまつわるブログ記事 <総集編>

「家の作りやうは、夏をむねとすべし」 (徒然草)-「脱・電気依存症文明のために顧みるべきこと ・・第五十五段

「目には青葉 山ほととぎず 初かつを」 -五感をフルに満足させる旬のアイテムが列挙された一句 ・・第百十九段

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (1) こんなうまい食事は滅多にない
・・断食後の食事のうまさ。重湯と梅干し、そして焼き味噌

P.S. 写真を挿入し、一部加筆と情報の追加を行った。(2011年10月23日)

『選択の人 法然上人』(横山まさみち=漫画、阿川文正=監修、浄土宗出版、1998)を読んでみた
・・法然好きの佐藤春夫の『徒然草』の現代語訳から法然が念仏について語る一節

詩人・佐藤春夫が、おなじく詩人・永井荷風を描いた評伝 『小説 永井荷風伝』(佐藤春夫、岩波文庫、2009 初版 1960)を読む

(2014年1月10日、9月1日、2015年1月30日 情報追加)


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