「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 日露戦争 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 日露戦争 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年11月17日月曜日

書評『柔術狂 ― 20世紀初頭アメリカにおける柔術ブームとその周辺』(藪 耕太郎、朝日選書、2021)― 日露戦争前後の数年間、アメリカで大衆的なブームになった「柔術」をめぐるスポーツ文化史

 

 黒船による「開国」で始まった日米関係。建国から100年に日本を「開国」させたアメリカ、「開国」によって国際社会への登場を強いられた日本。 

当時は日米ともに「新興国」であり、「近代文明」の先輩格であるアメリカと、「近代化」でキャッチアップを図ることになった日本の関係は良好なものであった。 

日米関係の分水嶺になったのは日露戦争(1904~1905)である。

開戦当初は、大国ロシアと戦う小国日本に同情的だった米国世論であったが、日本の優勢が目立ち始めると世論が劇的に変化が始まる。そのころから「黄禍論」が台頭するようになり、「排日移民法」の成立などにより日本国内の世論も硬化、最終的に日米戦争にいたった歴史はよく知られていることだ。

日露戦争の前後にアメリカで大流行したのが「柔術」(jiu-jitsu)であった。具体的にいえば1900年にブームが始まり、1906年にはブームが終焉している。柔術ブームは、大衆消費社会に出現した現象であったのだ。 

『柔術狂  ―  20世紀初頭アメリカにおける柔術ブームとその周辺』(藪 耕太郎、朝日選書、2021)は、そんな知られざる歴史を、具体的な人物に即して掘り起こし、アメリカの新聞メディアに登場した言説を丹念に読み解くことで解明したスポーツ文化史の労作である。 

「柔術」といえば、現在ではグレーシー一家の「ブラジリアン柔術」を連想することが一般的であろう。「日本固有の伝統文化」としてアメリカで喧伝された「柔術」だが、アメリカで受け入れられたのは武術としてよりも、健康法の一環としてであったようだ。

アメリカでは大衆文化としてもてはやされた「柔術」ハイブラウな文化として参入をはかった「柔道」。後者の柔道は明治時代になってから生まれたものであり、前者の柔術は前近代からのもじょとはいえアメリカで変容している。 したがって、両者ともに「日本固有の伝統文化」とは言い難い。

とくに「柔道」にかんしては、日本のナショナリズムの確立と同時の「創られた伝統」であったことをを知っておかなくてはならないだろう。「近代武道」という表現は、まさにそのことを示している。 

セオドア・ルーズベルト大統領が「柔道」を稽古していることを公表したのは、中国政策をめぐって日本に好意的な世論をつくるための政権の広報戦略の一環であったという指摘が興味深い。日露戦争を語る際には留意しておきたいことだ。金子堅太郎の話ばかり持ち出すと間違いかねない。

日米関係は、近代文明の先輩格である超大国アメリカと日本の非対称的な関係である。とはいえ、日本人が一方的にアメリカナイズされているわけでもない。この200年の歴史においては、紆余曲折があるとはいえ、相互浸透していることもまた事実である。 

日米文化交流史の一側面として、本書はじつに面白い内容であったが、博士論文をベースにしたものであるためだろう、ややディテールにこだわりすぎているのが難点かもしれないが、詳細な註も参考資料として有用だ。 


画像をクリック!


目 次
序論
第1章 熱狂のとば口  ― ジョン・オブライエンと20世紀初頭のアメリカ 
 補論1 世界大戦と柔術  ―  リッシャー・ソーンベリーを追って 
第2章 柔術教本の秘密  ―  アーヴィング・ハンコックと「身体文化」 
 補論2 立身出世と虚弱の克服  ―「身体文化」からみた嘉納治五郎 
第3章 柔術家は雄弁家  ―  東勝熊と異種格闘技試合を巡る物語 
 補論3 私は柔術狂! ―  ベル・エポック期パリの柔術ブーム 
第4章 柔道のファンタジーと日露戦争のリアリズム  ―  山下義韶と富田常次郎の奮戦
 補論4 日本発祥か中国由来か  ― 「日本伝」柔道を巡って 
第5章 「破戒」なくして創造なし  ―  前田光世と大野秋太郎の挑戦 
 補論5 「大将」と柔術・「決闘狂」と柔道  ―  南米アルゼンチンにおける柔術や柔道の受容 あとがき 
註/史料・文献/図版出典一覧

著者プロフィール
藪 耕太郎(やぶ・こうたろう) 
1979年兵庫県生まれ。仙台大学体育学部准教授。2002年、立命館大学文学部文学科(英米文学専攻)卒業。2011年、立命館大学大学院社会学研究科(応用社会学専攻)博士後期課程修了。博士(社会学)。専門は体育・スポーツ史。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<ブログ内関連記事>





(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2022年5月12日木曜日

映画『アンノウン・ソルジャー』(2017年、フィンランド)― 小国を支える 「SISU」(シス)という不屈の「フィンランド魂」を見よ!

 

フィンランドのマリン首相が来日、東大で講演したのち、岸田首相と首脳会談したとのこと。

マリン首相は、ほぼ完璧な英語をしゃべる。映像で見ると白人で青い目をしているが、スラブ人とはまったく異なるフィンランド人の特徴がよくでている。

フィンランドは5月15日にも政府決定として「中立政策」を放棄し、「NATO加盟」を表明することになる。

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻のおかげで(?)、あらためてフィンランドはロシアをはさんで日本と隣国という地政学的現実が見える化されてきた。

日露戦争時の「明石工作」で、帝国陸軍の明石元二郎大佐がフィンランドの独立運動家とタッグを組んだことを想起すべきだ。間接的ではあるが、これが「第1次ロシア革命」(1905年)へとつながったのだ。この事実は、フィンランド史にも記載されている。

フィンランドは、「第2次ロシア革命」(1917年)でロシアが動揺したチャンスを捉えて独立にこぎ着けた。革命後の混乱のなか、レーニンはフィンランド独立を認めた。米国大統領ウィルソンが唱えた「民族自決」の時代背景もあった。

いままたフィンランドは、「ロシアによるウクライナ軍事侵攻」というピンチをチャンスと捉えNATO加盟に舵を切った。独立から105年後のことだ。小国は、情勢の変化に敏感だ。日本も小回りを発揮せよ! 

フィンランドは隣国で歴史的に密接な関係にあるスウェーデンとほぼ同時にNATOに加盟申請することになる。フィンランドもスウェーデンも、ともに現在の首相が女性というのは興味深い。スウェーデンもまた、ナポレオン戦争終結以来、約200年超に及んだ中立政策を放棄することになる。もちろん、加盟が実現するまでにはクリアしなければならない事項は多いとはいえ。


(映画『アンノウン・ソルジャー』予告編より)


フィンランドといえば、スターリンのソ連との二度にわたる死闘を想起しなくてはならない。1939年から翌年にかけて3ヶ月間の「冬戦争」と、1941年から1944年にかけての3年2ヶ月におよんだ「継続戦争」のことである。いずれも侵略してきたソ連軍に対する「祖国防衛戦争」である。

フィンランドは「継続戦争」の敗戦によって国土の1割を失い、いわゆる「フィンランド化」という表現でソ連を刺激しない形で中立政策を維持してきた。ロシアとの国境は1300kmにおよび、国境線に設置された対人地雷の撤去には断固反対してきた。 ロシアの陸路の国境は総延長2万キロに及ぶ。

そのフィンランドのソ連との戦争を描いた『アンノウン・ソルジャー-英雄なき戦場』(2017年、フィンランド)は、独立100周年を記念して製作された映画 1941年から1944年にかけての「継続戦争」を描いたものだ。フィンランドで100万人以上が視聴した大ヒットになったという。英語タイトルが Unknown Soldier となっているのでそのままカタカナのタイトルになっているが、素直に日本語で表現すれば「無名戦士」である。





人口500万人の小国で100万というのは、人口の1/5に該当する。日本でいえば2500万人となる。この映画には原作があり、映画化は今回が3回目なのだという。それほど、フィンランド人にとっては、なんどもなんども、繰り返し繰り返し確認すべきテーマなのであろう。

この映画は、先々週に amazon prime video で視聴した。最初から最後まで一貫して歩兵の視点で描いた戦争映画だ。壮絶なリアルバトルが映画の大半を占める。132分。 




失われた領土を取り戻すために国境を越えた1941年、しかし約3年後の1944年にはふたたび国境線を越えて撤退することになる。そして始まったのは、ソ連(=ロシア)という軍事大国と陸上で国境を接した小国フィンランド苦難の77年。 

先にフィンランド独立前の「明石工作」に触れたが、日清戦争後に獲得した遼東半島を三国干渉によって放棄させられた明治日本は「臥薪嘗胆」というスローガンを掲げた。だが、「フィンランド化」という屈辱的な表現で耐えに耐えたフィンランドの77年こそ、まさに「臥薪嘗胆」というべきだろう。

フィンランドとはそんな国なのだ。小国を支えるのは 「SISU」(シス)という不屈の「フィンランド魂」。それがなにを意味しているのか、この映画で確認するべきだ。 


画像をクリック!



<関連サイト>






・・歩兵の目線で体験して観察した戦争


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2021年5月18日火曜日

戦前日本のベストセラーでロングセラーであった『肉弾』を読む。― 旅順攻囲戦の「戦場のリアル」を描いた、この戦争ノンフィクションがすごい



これまた長らく積ん読になっていたままの本を読み終えた(*)。タイトルは『肉弾』日露戦争の旅順要塞攻囲戦がテーマの戦争ノンフィクションだ。 

*2018年9月12日のこと。FBの投稿からブログへの投稿が大幅に遅れてしまったので、このような記述になっている。ブログ掲載にあたって加筆修正を行っている

ずいぶん前のことだが、赤い表紙の文庫本サイズの小型本を手に入れた(写真)。初版が明治39年(1906年)と日露戦争終結後の出版入手した本は、昭和3年(1928年)で、なんと1,350版! 当時の大ベストセラーでロングセラーだった本だ。 

英語を始め各国語版も出て、世界的ベストセラーになった本だ。冒頭には、セオドア・ローズヴェルト大統領から著者あての書簡が英文で掲載されている。英語版のタイトルは Human Bullets: A Soldier's Story of Port Arthur である。 旅順港は英語でポート・アーサー肉弾は human bullet(人間弾丸)となるわけだ。

作者は、櫻井忠温(さくらい・ただよし)。出版当時は、現役の陸軍中尉だった人だ。陸軍少尉として日露戦争に出征歩兵小隊長として最前線で「肉弾」突撃を敢行、激烈な戦闘を戦った人なのだ。 究極の「中の人」なのである。

軍人であるだけでなく、文章の才能もあった人だ。漢字がやたら多くて、装飾過剰の文体ではあるが、講談調というのだろうか、リズミカルな文章は読んでいて気持ちがいい。総ルビなので、意外とスムーズに読める(下記の画像を参照)。


(『肉弾』より「26 肉弾又た肉弾)


乃木大将が苦戦に苦戦を重ねて、やっと攻め落とすことができたのが旅順要塞。いわゆる203高地である。

著者は、旅順攻囲戦の第1回総攻撃に、小隊長として「肉弾」突撃を指揮した人だけあって、現場にいて実際に見聞きし、体験したことが中心に書かれているので、描写が半端ではない。

まさに「戦場のリアル」が、これでもか、これでもか、と書き込まれているのだ。 

クライマックスは、総攻撃のシーンだが、獅子奮迅の活躍をした本人もまた、砲弾で右手首を吹き飛ばされる重傷を負い、全身血だらけになって倒れているところを救助され、火葬される寸前(!)に息を吹き返している。その体験はハンパではない。

九死に一生を得た彼は、その後は1年近く入院生活を送っている。そのため、負傷以降の戦争描写はない。あくまでも自分が見たこと、体験したことしか書いていないのである。 

旅順攻囲戦(203高地)にかんしては、これまで映画やドラマで映像化されてきたが、この本に描かれた「戦場のリアル」には及ばないもしこの本の記述そのままを映像化したら、間違いなく耐えられない観客が続出するだろう。ほとんどスプラッター状態というほどの凄惨かつ壮絶をきわめた戦場であったのだ。

乃木大将の揮毫による「壮烈」の二文字そのものだったのである。


(『肉弾』に所収の乃木大将の揮毫「壮烈」)


それにしても思うのは、あの当時の日本人は、ほとんど天皇に対する信仰といってもいいような熱情があったからこそ、国のために自らの命を犠牲にすることができたのだろう。

現在の日本人にはとても真似できないし、真似したいという気持ちにもならない。この本を読んでしまうと、日露戦争を手放しで礼賛する気にはなれなくなる。

司馬遼太郎的が、国民文学となっている『坂の上の雲』で描いた「健康なナショナリズム」とも、ちょっと違うような印象を受ける。

それは、著者自身が陸軍少尉(現地で中尉に昇進)であり、目線のありかが高級将校とは違うからだ。地を這うような目線は、将校でありながら、兵士のそれときわめて近い。 

ちなみに個人的な話であるが、私の祖父は日露戦争後のシベリア出兵に動員されているが、祖父の長兄は日露戦争で旅順攻囲戦に参加しており、砲弾で顔の半分を吹き飛ばされる重傷を負っている。九死に一生を得て勲章を授与されたものの、復員後は人目を避けて暮らしていたという。そんな話を聞いたことがある。
     
この本に描かれた「総力戦」が、今度はわずか10年後の欧州で勃発した「世界大戦」の前哨戦となったのである。欧州戦線は、膠着戦になった塹壕戦であり、ありとあらゆる新兵器が導入された過酷な戦争になった。

日露戦争でも、日本軍は鉄条網(しかも電気が流されていた!)と機関銃に翻弄されていたことが、この「戦争ノンフィクション」を読んでよくわかった。 

思うに、日露戦争の時点が「日本ナショナリズム」のピークだったのではないだろうか? 第1次世界大戦末期に始まった「シベリア出兵」のモラル低下ぶりには驚かざるを得ないからだ。

なお、この本はサブタイトルをつけたうえで『肉弾-旅順実戦記-』と題して、2016年に中公文庫に収録されているので、入手が容易になった。私は後者の復刻版のほうは見ていないが、読むべき本だと言っておきたい。

戦場のリアルは、けっしてロマンティックなものではないからだ。


画像をクリック!



著者プロフィール
櫻井忠温(さくらい・ただよし)
1879(明治12)年、愛媛県生まれ。1901(明治34)年、陸軍士官学校卒業。松山の歩兵第二二連隊付少尉として日露戦争の旅順要塞戦に従軍、瀕死の重傷を負い、死体と間違われて火葬される直前に息を吹き返した。その後、陸軍省新聞班長を経て少将、予備役編入。1965(昭和40)年没。



  <ブログ内関連記事>







(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2014年3月8日土曜日

書評『未完のファシズム ―「持たざる国」日本の運命』(片山杜秀、新潮選書、2012)― 陸軍軍人たちの合理的思考が行き着いた先の「逆説」とは



これは面白い! これほど面白い本はひさびさに読んだ、という気にさせてくれる本だ。この『未完のファシズム ー「持たざる国」日本の運命』という本は。

最初から最後まで一気に読みたくなるほど巧みなストーリー構成、意表を突く視点に話題の数々。しかし、読みながらなんともいえない暗澹(あんたん)とした気持ちにもさせられる、そんな本である。

「未完のファシズム」なんていうと、日本ファシズムは未完成のまま現在に至っている、といったニュアンスなのかという印象を抱かないでもない。だが、著者が意味するところはそこにはない。日本では有史以来、国民が一丸となって事に臨んだことなどない、という歴史的事実を冷静に示した表現なのである。ファシズムとは、もともとイタリア語で束(たば)を意味するコトバからきている。

「軍国主義の時代」や「ファシズムの時代」とされてきた「戦争期日本」には、じつはファシズムは成立していなかった(!)のである。「ファシズム」というには、それはあまりにも「未完成」なものであった。明治憲法下の日本には、ファシズムを成立させる条件がなかったのだ。

明治憲法下においては、「独裁者」とされた東條英機首相(陸軍大将)ですら、戦争指導の実効性をあげるためには首相以外の複数の大臣を兼務するしか策がなかったのであり、「独裁者」というには程遠いのがその実態であった。同時代のヒトラーやムッソリーニ、あるいはスターリンといった「独裁者」たちとはまったく異なるのである。

「未完のファシズム」とはそういう意味でもある。


陸軍軍人たちの「思想」

本書は、陸軍軍人という軍事官僚たちの「思想」を読み説いた本である。

軍事機密にかかわる軍人の思想は、なかなかまとまった形で文字として記されることはない。軍人は軍事官僚であるから、文官と同様、基本的にそのマインドセットは前例主義である。

なかには「世界最終戦論」という形でみずからの特異な思想を語った石原莞爾のような軍人もいるが、あくまでも例外的存在だ。

本書には、小畑敏四郎中将と中柴末純少将(なかしば・すえずみ)という陸軍軍人の思想を大きく取り上げられている。

小畑敏四郎という名前は、東條英機首相退陣後に表舞台にでてくるので目にすることがあっても、中柴末純という軍人とその思想については、本書を読むまでまったく知らなかった。

中柴末純という軍人思想家の軍歴と、その思想が導かれた道筋をたどり、その思想がもたらした結果を知ると、ほんとうに驚かざるをえないのである。

軍人とくに将校クラス以上は、技術エリートとして本来は科学精神にもとづいて合理的思考を行う存在である。中柴末純もまた数学的思考をベースにした工兵出身の将校であり、日露戦争にも出征している。

そんな合理主義の塊のような軍人が、なぜ極度の精神主義を振り回し自滅の道に突き進む先導役となったのか? この問いと、それに対する解答が本書を貫くテーマである。


日本の陸軍軍人たちが第一次世界大戦から受けた衝撃

ことし2014年は、第一次世界大戦が勃発してからちょうど100年。日本でもさまざまな形で取り上げられることになるだろう。

だが、一般の日本人の認識においては、あくまでも「第二次」世界大戦の前哨戦としての「第一次」世界大戦というイメージが変わることはないのではないだろうか。

日本からみたら、遠い欧州が主戦場となった「第一次世界大戦」は、一部の軍人が戦死した以外は、国民が巻き込まれて犠牲になることながったため、どうしても印象が希薄となりがちなのである。それだけでなく、すべて「先の大戦」を基準にものを考えてしまいがちである。「先の大戦」は、戦死者310万人(うち民間人90万人!)という、日本と日本人にとっては、あまりにも悲惨で壊滅的な戦いであったからだ。

日露戦争(1904~1905)の勝利におごった日本は、第一次世界大戦(1914~1918)を体験しなかったために教訓を得ることなく第二次世界大戦に突入し、その結果、見るも無残に惨敗した。日本国民は大東亜戦争を熱狂的に歓迎したつけを払うことになったのである。

国力のすべてをかけて日露戦争を戦った日本は、戦争目的を限定していたため、かろうじて講和条約にもちこみ、からくも敗戦を免れたというのが真相である。合理的思考を旨とする軍人なら、この事実は当然のことながら理解していたのである。

ここまでは『坂の上の雲』などの「国民文学」をつじて司馬遼太郎が流布させた「常識」でありけっして間違っているわけではない。だが、ここから先は、司馬遼太郎は「明治の先人たちに比べて昭和の軍人は・・・」といった嘆き節になってしまう。

著者はこの見解に異議を唱えている。それが本書全体に流れる主旋律である。

じつは軍人たちは、第一次世界大戦にきわめて大きな衝撃を受けていたのである! この点を全面的に取り上げたことが本書の最大の成果だろう。日本人の認識を一変させる可能性もあるからだ。

「世界大戦」が「総力戦」であり、そのたった10年前(!)の日露戦争がその「総力戦」のはじまりであったことは、同時代人の世界中の軍人にとっては常識であった。もちろん、日本の軍人も例外ではなかった。いやむしろ、当事者として日露戦争を体験していた日本の軍人にとっては、20世紀の戦争が一国の科学力と生産力を総動員した「総力戦」となることは十二分に理解できることだったのである。だからこそ陸軍は、第一次世界大戦を徹底的に研究し、膨大な研究成果を蓄積したのである。

当時ドイツ領であった青島(チンタオ)攻略作戦は、日本陸軍がかかわった数少ない実戦の一つあるが、勝敗を決したのは日露戦争のときのような肉弾戦ではない。大砲の火力によってドイツ軍を圧倒したのであるという著者の指摘もじつに新鮮である。つまり、日本陸軍は日露戦争の経験から大いに学び、軍事面においては「近代戦」を徹底させたのである。

だが、火力に依存した戦争を長期にわたって継続する能力が不可能なことが、財政という国力からみて明らかなことは、合理的思考を旨とする軍人には十分に理解できたのであった。

悲しいかな、それが「持たざる国」の限界であった。「持たざる国」として、国際社会において「持てる国」と対峙しなくてはならない新興国・日本。

この意味を肌身をつうじて理解していた日露戦争後の日本軍人にとって、4年間という長期にわた継続した「総力戦」、言いかえれば国力のすべてを動員した「消耗戦」であった第一次世界大戦の衝撃がいかに大きなものであったか、イマジネーションを働かせれば現在の日本人にも理解できないことではない。


「持たざる国」日本という認識ゆえに・・

では「持たざる国」日本は、いかなる道を歩むべきであったのか? 道は二つあった。

一つ目の道は、財政負担の観点から国民を疲弊させず、あくまでも身の丈にあった範囲で勝てる見込みのある戦いしかしないという保守的な現状維持志向陸軍内部では「皇道派」と呼ばれていた軍人たちの思考である。直接の関係はないが、経済ジャーナリスト石橋湛山が主張した「小国主義」にも通じるものがある。

もう一つの道は、「持てる国」に対抗するために、自らが「持てる国」を目指し、そのためは無理にでも背伸びして国力を増強させる未来志向陸軍内部では「統制派」と呼ばれていた軍人たちの思考である。「大国主義」である。特異な宗教的ビジョンを発想の根底においていた思想派軍人・石原莞爾は、軍事大国建設のための経済基盤を満洲に求めて満洲事変の主導者となる。

いずれも合理的な選択である。ちなみにここに引き合いにだした石橋湛山も石原莞爾も、ともに日蓮信仰の持ち主であったが、その方向性は真逆であった。

ワシントン条約における海軍軍縮に憤慨したことに端的にあらわれていたように、国民の多くは日本が「小国」であることを受け入れようとしなかった閉塞感のつよまる社会では「内にこもる選択」よりも「外に打って出る選択」が好まれるということだろう。

関東軍による満洲事変とその後の満洲国建設が国民に支持された理由も、閉塞感の打破が期待されたからだろう。過去にこだわるよりも、未来に賭ける志向。戦前においては右派こそ「革新」の担い手であった。

失敗に終わったクーデターであった二・二六事件の結果、陸軍内部では現状維持派の「皇道派」がパージされ、拡大路線の「統制派」が陸軍中枢を握ることになった。その結果、なし崩し的に戦争へとなだれこんでいくことになる。

大東亜戦争に踏み切ったのは「ABCD包囲網」によって追い詰められたという側面もあるが、拡大路線に必要な資源とエネルギーを求めて南進したことが英米を中心に警戒を招いたことは否定できない。みずから播いたタネであったのだ。

「持たざる国」日本の軍人は、当然のことながら日米の国力と軍事力の大きな格差を数字で認識していた。だが、戦争に踏み切った以上、「持たざる国」日本には「有形」の資産は人間しかいない。この有形の資産をフル稼働させるために「無形」の精神力が強調されることになる。合理的思考をつきつめたがゆえに、活路は非合理的な神懸かりにしか求めることしかできなかった理由はここにあったのだ。

「生きて虜囚の辱めを受けるなかれ」という『戦陣訓』は、「撃ちてし止まん」という敢闘精神は死に物狂いの万歳突撃を生み出し、そしてついには合理的な観点からはまったく意味のない総攻撃による全滅を、「玉砕」というレトリカルな美辞麗句で飾って称賛するまでにいたる。

一度はじまった戦争は自動機械のように自ら止めることがでず、一般市民を大量に巻き込んで犠牲にすることで、「総力戦」としての戦争は壊滅的打撃を受けた結果ようやく終わることになる。

この代償がいかに巨大なものであったかは、あえて語るまでもないことだ。


「逆説(アイロニー)の日本近現代史」

本書は、むしろ「逆説(アイロニー)の日本近現代史」とでもしたほうがよかったかもしれない。

合理的思考をつきつめたがゆえに、活路は非合理的な神懸かりにしか求めることしかできなかったという逆説。合理信仰が非合理主義を生み出したのはフランス革命であったが、「反対物の一致」というフレーズも想起する。

「持たざる国」日本は、あまりにもムリにムリを重ね、破綻すべくして破綻したのである。目標を設定して成長していくこと自体に問題はない。だが、身の丈を無視してたあまりにも無茶な拡大は、大きな禍根をもたらす危険も抱えている。

この教訓を日本人は個人としても、また国民全体としても共有しなくてはならないのだが・・・・

ぜひ読むことを薦めたい。読めば必ずや認識が変わることは間違いない力作である。


画像をクリック!


目 次

はじめに
第1章 日本人にとって第一次世界大戦とは何だったのか
第2章 物量戦としての青島戦役-日本陸軍の1914年体験
第3章 参謀本部の冷静な『観察』
第4章 タンネンベルク信仰の誕生
第5章 「持たざる国」の身の丈に合った戦争-小畑敏四郎の殲滅戦思想
第6章 「持たざる国」を「持てる国」にする計画-石原莞爾の世界最終戦論
第7章 未完のファシズム-明治憲法に阻まれる総力戦体制
第8章 「持たざる国」が「持てる国」に勝つ方法-中柴末純の日本的総力戦思想
第9章 月経・創意・原爆-「持たざる国」の最期
主要参考文献
あとがき

著者プロフィール

片山杜秀(かたやま・もりひで)
1963年生まれ。思想史研究者、音楽評論家。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学法学部准教授。著書に『音盤考現学』、『音盤博物誌』(ともにアルテスパブリッシング、この2冊で吉田秀和賞、サントリー学芸賞を受賞)、『近代日本の右翼思想』などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに情報追加)。



<関連記事>


(項目新設 2023年1月19日)



<ブログ内関連記事>

書評 『国の死に方』(片山杜秀、新潮新書、2012)-「非常事態に弱い国」日本を関東大震災とその後に重ね合わせながら考える


じつは「集団主義」とはほど遠い日本人

日体大の『集団行動』は、「自律型個人」と「自律型組織」のインタラクティブな関係を教えてくれる好例

アムンセンが南極に到達してから100年-西堀榮三郎博士が説くアムンセンとスコットの運命を分けたチームワークとリーダーシップの違い

* ラグビーのスローガン "One for All"(一人はすべてのために) がよく引用されるが、日本人の大半はこのフレーズにつづくものを失念している。それは "All for One"(すべては一人のために) というものだ。"One for All, All for One" と相まってはじめて「個人主義」と「集団主義」が両立することを知らねばならない。これがアングロサクソン発想であり、個人主義の国ほどいざという非常事態に底力を発揮する秘密がここにある。だから、個人主義の確立していない日本人は、いざというときにまとまらないのである。小異を捨てて大同につくというフレーズがたんなるレトリックに終わってしまうのであえる。


戦争を選んだ日本人

書評 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(加藤陽子、朝日出版社、2009)-「対話型授業」を日本近現代史でやってのけた本書は、「ハーバード白熱授業」よりもはるかに面白い!

書評 『マンガ 最終戦争論-石原莞爾と宮沢賢治-』 (江川達也、PHPコミックス、2012)-元数学教師のマンガ家が描く二人の日蓮主義者の東北人を主人公にした日本近代史

庄内平野と出羽三山への旅 (2) 酒田と鶴岡という二つの地方都市の個性
・・石原莞爾と大川周明

『王道楽土の戦争』(吉田司、NHKブックス、2005)二部作で、「戦前・戦中」と「戦後」を連続したものと捉える


美辞麗句に騙されないために

スローガンには気をつけろ!-ゼークト将軍の警告(1929年)
・・軍人(=官僚)社会における「標語」(=スローガン)もまた目くらましだ。第一次大戦で敗戦後のドイツ参謀本部のトップをつとめ、ヴェルサイユ条約で弱体化させられたドイツ国防軍の再建を果たした知将ゼークト将軍(1866-1936)の著書、『一軍人の思想』(篠田英雄訳、岩波新書、1940)」

水木しげるの「戦記物マンガ」を読む(2010年8月15日)
・・「玉砕」という美辞麗句

スワイン・フルー-パンデミック、すなわち感染症の爆発的拡大における「コトバ狩り」について
・・BSEというコトバは、「科学的表現」を装った「目くらまし」である

「TPP」 という 「めくらましコトバ」 にご用心!
・・「略語」という目くらまし

書評 『岩倉具視-言葉の皮を剝きながら-』(永井路子、文藝春秋、2008)
・・「歴史用語」という決まり文句を使うことは、その時点で思考停止状態をもたらすだけだ。多くの歴史家がそのワナにかかっている。著者は「言葉は虚偽の衣装を身に纏う曲者(くせもの)である」という考えのもと、「尊皇攘夷」、「佐幕」、「王政復古」、「明治維新」といった歴史用語をいっさい使用せずに記述を進める

書評 『醜い日本の私』(中島義道、新潮文庫、2009)-哲学者による「反・日本文化論」とは、「世間論」のことなのだ
自分が見たくないものを見ないことにしてしまうという日本人の精神衛生上の知恵がマイナスに働くのが非常時・・


世界の「小国主義」

「小国」スイスは「小国」日本のモデルとなりうるか?-スイスについて考えるために


未来を切り開くために近現代史を総括する

書評 『日本近代史の総括-日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析-』(湯浅赳男、新評論、2000)-日本と日本人は近代世界をどう生きてきたか、生きていくべきか? ・・社会科学の分野では小室直樹と双璧をなすと、わたしが勝手に考えている湯浅赳男氏。この本は日本人必読書であると考えているが、文庫化されることがないのはじつに残念なことだ

書評 『田中角栄 封じられた資源戦略-石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(山岡淳一郎、草思社、2009)-「エネルギー自主独立路線」を貫こうとして敗れた田中角栄の闘い
・・「エピローグ 「持たざる国」の選択」として原子力を選択した日本

書評 『持たざる国への道-あの戦争と大日本帝国の破綻-』(松元 崇、中公文庫、2013)-誤算による日米開戦と国家破綻、そして明治維新以来の近代日本の連続性について「財政史」の観点から考察した好著
・・陸軍軍人の経済オンチが招いた大東亜戦争の破局

(2014年7月22日、8月7日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end