「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 運命 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 運命 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2023年2月7日火曜日

書評『だまって座れば ― 観相師・水野南北一代』(神坂次郎、新潮社、1988)― 膨大なデータをもとに人相と運勢の相関関係を発見した「観相師」の生涯

 

『だまって座れば ―  観相師・水野南北一代』(神坂次郎、新潮社、1988)という歴史小説を読んだ。これはじつに面白い作品だった。最後まで楽しんで読むことができた。  

作家の神坂次郎(こうさか・じろう)は、かつて『元禄御畳奉行の日記 ー 尾張藩士の見た浮世』(中公新書、1984)がベストセラーとなって、わたしもその昔読んでいる。このほか、『今日われ生きてありー知覧特別攻撃隊員たちの軌跡』(新潮社、1985)はかなり以前に文庫版で読んだ。

昨年2022年9月16日に95歳で亡くなっている。じつに多作の作家であった。

 『だまって座れば ー 観相師・水野南北一代』は、人相判断を科学の域まで高めた「観相師」の一代記である。 

南北というと『東海道四谷怪談』の鶴屋南北を想起するが、こちらは水野南北である。江戸時代後期に生きた同時代人だが、まったくの別人である。鶴屋南北は江戸の人、水野南北は大坂の人であった。 


■人相判断を科学の域まで高めた「観相師」

水野南北(1760~1834)という人物のことは、『江戸時代の小食主義 ー 水野南北『修身録』を読み解く』(若井朝彦、花伝社、2018)という本で、はじめてその存在を知った。

運を呼び寄せ、長生きしたけりゃ、小食に徹すべしという内容だ。その通りに実行はできない内容ではあるが、その趣旨には大いに賛同している。




その水野南北は「観相師」であった。人相判断である。人相を見て運勢を判断するのが観相師。易者ではない。

学問を積んだ学者ではない。もともと極道として入牢経験もある人物であり、ストリート・スマートというべき人物であった。 

死相が見えると指摘されたことにショックを受け、その指摘を行った乞食僧のもとで、人相判断の原理を3日かけて学んだあと、「万人観相」せよという師のアドバイスに従って人間観察の旅に出る。 過去の中国で書かれた専門書の知識ではなく、生きた現実世界のなかで直接自分の目で徹底的に観察せよ、ということだ。

大坂から江戸に出て、さらに石巻沖の金華山で仙人修行もしている。日々の生活は、南蛮渡来と称する秘薬の販売で立てていたという。 



■フィールドワークで膨大なデータを収集し脳内データベース化

人相と運勢の関係について、問題意識をもって仮説検証するには、一定以上のデータを集める必要がある。水野南北は、どうやってそれを実行したのか、それが大いに興味をそそられるのである。

「万人観相」を肝に銘じて、10年近いフィールドワークにおいて膨大な数の男女の顔と人体をサンプルとして観察している。「万人」というが、おそらくサンプル数は1万人ではきかなかったのではないか?

本人はそんな概念など知りもしないだろうが、「帰納法」で人相と運勢の「相関関係」を発見脳内データベースを瞬時に駆使して、限りなく100%に近い精度で運勢を言い当てることが可能になった人物である。 

そのフィールドワークの内容がまたすごいのだ。まずは「髪結い」で3年過ごして人相と運勢の関係を徹底的に観察している。髪結いとは、現代でいえばヘアサロンのことである。お客との会話で情報を聞き出すのである。 

人相が重要で、とくに眼が最重要だが、つねに見えている顔以外の要素も重要だと悟って湯屋(=風呂屋)で三助となって、男女の人体と人相の関係をくまなく観察すること3年(ただし、女性については別途の手段も併用しているという)。さらに、死因と運勢の関係を研究するために葬儀場で3年過ごしているのだ。 

その徹底ぶりには驚くばかりである。現代風にいえば、文化人類学で使用される「参与観察法」の手法そのものである。 

とはいえ、メモなんて取らないのである。いや取れる現場環境ではなかろう。だから、すべてを脳内で反芻し、相関関係を見いだして脳内でデータベース化して記憶していくのだ。下手に学問なんかないから可能だったのかもしれない。 

まさに経験科学であり、統計学の知識をもたない統計学者であったというべきだろう。裏世界にも熟知した、人間観察を極め尽くした人でもある。観相師として大成功し、全国各地から弟子が集まってきたという。 


『江戸時代の小食主義』より。神坂次郎の本によれば、本人もあまり人相がよくないことは自覚していたという)


もてる知識を弟子たちに直接教えただけでなく、出版によって惜しむことなく広く世間に公開している。素晴らしいではないか。 それだけ自信があったのだろうし、また世の中に広めたいという意識も強かったのだろう。



■水野南北の説いた「小食主義」

そんな水野南北が最終的にたどりついた極意が「食の一条」である。運勢を変えるためには、小食に徹すべしと思想のことだ。運勢とは、その人が生きてきた軌跡そのものであり、それは何を食べてきたかでもある。

その思想は、19世紀後半から20世紀初頭に活躍したルドルフ・シュタイナー(1861~1925)の思想を想起させるものがある。唯物論者フォイエルバッハの「人間は、食べるところのものである」を援用して、人間は肉体だけでなく、その精神も、その人がなにを食べてきたかで決まってくると説いている。

水野南北に戻れば、太陽の気の「天の相法」と「食の相法」が密接に関係していることに開眼したのが、伊勢における21日間の断食行の最終日であったという。 

太陽神である内宮の天照大神(あまてらすおおみかみ)食物の神である外宮の豊受大神(とようけおおかみ)。伊勢神宮ならではの開眼である。 

話としてちょっと出来過ぎのような気がしなくもないが、水野南北本人がそう書いているのだから、そうなのだろう。 

水野南北の観相は、運命をいい当たるだけでなく、凶相を逆転させ良い方向に転換させるアドバイスを行うものであったらしい。これまた素晴らしいではないか。人を脅かして弱みにつけ込むような輩とは、まったく違うのである。苦労人だけに、人情味のある人だったらしい。 

そんな水野南北は、弟子たちには「水野」も名乗らせず、「南北」の文字を使うことも禁止していたという。「一代限り」としていたからだ。これまた素晴らしい。 

ところが、女性を見る目がぜんぜんなっていなかったらしい。観相師で人相判断ができるのに、女性関係にはことごとく失敗している。これまた天の配剤というべきか、人間というのは面白い。 

江戸時代の時代小説というと、「江戸」を舞台にしたものばっかりだが、この作品は主要な舞台が徳川幕府の直轄地であった「大坂」であり、セリフも大阪弁であるのがたいへん良い。もっとも、聞くのと違って、目で読む大阪弁はややわずらわしいのだが・・。 

時代考証もかなりしっかりなされており、なによりも作家自身がこの水野南北という人物を好きであることが、じかに伝わってくる。もちろん、わたしもさらに水野南北に対する関心が深まることになった。 


画像をクリック!



<ブログ内関連記事>

■参与観察法








■大坂で活躍した人びと



■「人間は、食べるところのものである」



・・二宮尊徳も成田山で21日間の断食修行を行っている


■ひらめき



(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2023年2月2日木曜日

書評『人生力が運を呼ぶ』(木田元/渡部昇一、致知出版社、2004)ー 面白い本が埋もれたままになっているのがもったいない



あのハイデガー哲学研究者の木田元氏と、『知的生活』で有名な英語学者の渡部昇一氏が対談していたのか、それは知らなかった。

というわけで、たまたまその存在を知ったこの本を古本で購入して読んでいたらみたら、予想していた以上に面白かった。 

木田元氏は渡部昇一氏より2歳年上で、ともに山形県の鶴岡市に縁のある人

この対談の時点では初対面で、それぞれ75歳と73歳。戦中派だが異なる経験をしていながらも、共通点の多いことがわかって意気投合している。渡部氏が終始2歳年上の木田氏を立てながらの対談も、古風な感じがして気持ちよい。 


■語学学習は「丸暗記」に限る

若いときの猛勉強ぶりが共通している二人だが、「第3章 学びの姿」と「第4章 学問する姿」では、ともに語学学習上の「丸暗記」の効用を強調している。

わたしも中学時代と高校時代には英語は「教科書の丸暗記」で習得したので、その言わんとすることにはまったく賛成だ。 とくに前置詞や定冠詞などの用法は丸暗記に限る。

木田氏の3ヶ月での外国語習得方法は、すさまじいまでの集中力と持続力であり、若くないとできない話だが、その通りだなと大いに納得。 木田氏はなんとこれで英語、ドイツ語、ギリシア語、ラテン語、フランス語の順番で独習でマスターしている。

渡部氏の「六十にして立つ」という話も興味深い。課題となっていたラテン語の完全習得のため、ついに60歳で一念発起して、タクシー移動による空き時間を利用して、丸暗記でマスターしたのだという。

両者ともに、けっして人に勧めているわけではないのだが、これを読んでいる自分は、尻を叩かれているような気分になった。これぞただしい意味での叱咤激励というものだろう。


■「寄り道」の効用

人文系の学問をする上での基礎づくりの話だけでなく、「寄り道の効用」も二人に共通している。

エリートコースを一直線というのとはまったく異なる人生行路が、「人間力」というか「人生力」を生むというのも、大いに説得力がある。敗戦後の木田氏の闇屋体験、渡部氏のテキ屋体験など、なかなか読ませるものがある。 

すでに二人とも鬼籍に入って数年たつが、残念ながらタイトルと出版社で損をしているなと思う。「致知出版社」で「人生力」なんてタイトルだと、そういうのが好きな人でないと素通りしてしまうだろう。もったいない話だ。 

出版社を代えて、タイトル変えて文庫化したら、売れる可能性があるのではないかなと愚考する次第。 




著者プロフィール


<ブログ内関連記事>






(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2009年8月6日木曜日

原爆記念日とローレンス・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜』(The Night of the New Moon)



 本日は毎年めぐってくる広島原爆投下の日だ。

 8月9日の長崎と二回にわたって行われた原爆投下は、白人が非白人に対して行った極悪非道の行為、原爆投下にかんしてはそれ以外の表現はない。今に至るまで米国政府からはただの一言の謝罪もないのは理解に苦しむ。

 ここにきて米国のオバマ大統領が「核廃絶」の一歩を踏み出したのは、彼が半分は白人の血が混じっているとはいえ、半分はアフリカの黒人の血が入っていることと関係なくはあるまい。果たしてオバマ大統領が「遺憾の意」を表明することはあるのだろうか?

 白人の非白人に対する差別視、蔑視は、恐怖感の裏返しであろう。鬼畜米英の裏返しは、ジャップは人間ではないという自己正当化。敵愾心は無知による恐怖感の裏返しである。

 えんえんと「昭和20年」の歴史を書き続ける民間史家・鳥居民(とりい・たみ)の『原爆を投下するまで日本を降伏させるな-トルーマンとバーンズの陰謀-』(草思社、2005)は必読書である。

 原爆投下の意志決定を行ったトルーマンは、公式には自分の非をいっさい認めなかったが、内心では死ぬまで自らの意志決定を倫理的に正当化することができず、精神を蝕んでいったようだ。当然だろう。原爆投下こそまさに「人類に対する犯罪」である。

 昨年の8月、出張のついでにはじめて広島の原爆ドームを訪れた。「少年ジャンプ」に連載されていた『裸足のゲン』はリアルタイムで読んでいたし、大学時代には教室でドキュメンタリー映画『人間をかえせ』を見た。そして、大学の卒業旅行で友人たちと1ヶ月かけて九州を回った際には当然のことながら長崎の原爆資料館は訪れている。

 しかし、広島の原爆ドームには一回もいったことながなったのだ。


*******

 現在、東アジアの近隣某国が核ミサイル開発に狂奔し、日本もその射程圏に入っている。目には目を、歯に歯を、といいたいところであるが、核に対して核を、とは決して思わない。

 広島の原爆資料館を訪れてあらためて思ったのは、原爆の被害はあまりにも非道すぎる、核戦争は絶対に避けねばならない、という倫理観というよりも、生理的な感覚であった。あまりにも酷すぎるのだ。悲惨すぎるのだ。

 たとえ「敵」とはいえ、生身の人間だ。憎むべきは独裁政権であり、独裁政権のもとで苦しむ一般民衆ではない。核による核への報復はけっして望むものではない。


 米国ワシントンの「酢味噌に餡」博物館に、広島に原爆投下を行ったエノラ・ゲイが展示され、あまっさえミュージアムショップでは売れ筋だという。なんだか割り切れないものを感じるのは私だけではあるまい。


 米国の在郷軍人会は一貫して、原爆投下は戦争継続による日米双方の死傷者を増大させないための必要悪であった、と。このロジックは一見もっともなことをいっている。しかしほかに何も変わるべき手段はなかったのだろうか?なぜ原爆なのか?


*******

 しかし、こういう人がいた、ということも、頭の片隅に置いておきたいとは思う。

 その人とは、ローレンス・ヴァン・デル・ポスト大佐(Sir Colonel Laurens van der Post)である。

 南アフリカ出身、名字からもわかるとおり、オランダ系ブール人(ボーア人)の末裔、第二次世界大戦の際には、英国陸軍コマンド部隊の将校として東南アジア戦線に派遣され、オランダ領インドネシアのジャワにおいて特殊部隊を率いて日本軍と戦うが戦争捕虜(POW)となり日本軍の捕虜収容所に入れられる。

 このときに経験をもとに執筆されたのが、大島渚監督の『戦場のメリークリスマス Merry Christmas Mr. Laurence』の原作『影の獄にて』(The Seed and the Sower, 1963)である。

 彼は、『新月の夜』(The Night of the New Moon, 1970)という回想風小説のなかで、原爆投下によって日本降伏が早まり、ジャワの捕虜収容所から解放されて再び生きて世界に戻ることができたことを、神秘的な体験とともに描いている。原爆投下によって救われた命もある、これは確かな事実なのだ。この小説は米国にいるときに Penguin Books で読んだので(上掲の写真)、非常に印象が強く残っている。


 若き日に南アフリカから、日本人船長の好意で日本船に乗せてもらい日本にきた親日家で日本通の文筆家が、敵となった日本軍と戦うにいたった運命の皮肉

 第二次大戦後スイスのチューリヒで心理学者C.G.ユングと出会い大きな影響を受けた小説家は(・・Jung and the Story of our Time, 1976 という本をのちに書いている。この本は途中まで読んだままになっているが、実に面白い)、運命の不可思議さについて語っている。

 けっして日本人を憎んでいるわけではなく、また原爆投下が正しかったと主張しているわけではない。原爆投下によって日本の降伏が早まったことが、彼の命を救ったのである、これは否定しようのない事実である、と。
  
*******
 
 何事も一筋縄でいくものはない。ヴァン・デル・ポストという著名人の個人的体験だけでなく、無数の英国人、米国人そしてまた日本人も朝鮮人も中国人も、日本の降伏が早まったことによって命が救われたことは否定できない。そのかわり原爆によって多くの死傷者がでたこともまた事実であり、いまだ後遺症に苦しむ人たちが多数いることも事実である。

 では今後、核戦争を行うことが正当化されうるのか? もちろん NO である。
 
 かつて日本を代表する軍事思想家であった陸軍参謀将校の石原完爾は『最終戦争論』(1942年出版)において、「戦争をなくすための最終戦争」を構想し、西洋文明の代表選手である米国と東洋文明の代表選手である日本が最終戦争において激突し、その後に「永久平和」が訪れることになると、軍事科学と彼が信仰する法華経的世界観を合体した終末論的解釈による予言を行った。

 その結果はどうであったか? 日本は敗れ去ったが米国が最終勝者となり、その結果として米国の核の傘の下に入った日本には長く続く平和がもたらされることとなった。

 しかし、現実世界においては「永遠の勝者」はありえない。世界は流動化する。「永久平和」は錯覚だったのか?

 米国の支配力の弱体化にともない、核拡散は止まる勢いがない。東南アジア某国の軍事政権がすでに核開発に着手しているという未確認情報もある。

 終末論で語ることは現実世界においては不可能である。いや、別の形の終末がもたらされるのか?


 人間は痛い思いをしないと本当に目覚めることはない。
 しかしそれではあまりにも遅すぎる。

 オバマ大統領はいかなる構想をもって、先の発言を行ったのか? 核廃絶に言及はしても、陸上戦力によるアフガニスタン介入は積極的に推進しようとしている。

 お題目ではない、戦略としての核廃絶について詳しく知りたいものである。

               
画像をクリック!



PS 読みやすくするために改行を増やした。内容には手は入れていない。あらたに<ブログ内関連記事>をつけくわえた。(2014年6月21日 記す)

PS2 さらに読みやすくするために行分けを行い、写真の位置を変更した。また、リンクを増やした。(2025年8月15日 記す)



<ブログ内関連記事>

『戦場のメリークリスマス』(1983年)の原作は 『影の獄にて』(ローレンス・ヴァン・デル・ポスト)という小説-追悼 大島渚監督

書評 『原爆を投下するまで日本を降伏させるな-トルーマンとバーンズの陰謀-』(鳥居民、草思社、2005 文庫版 2011)

広島の原爆投下から66年-NHKスペシャル 「原爆投下 活かされなかった極秘情報」 をみて考える

書評 『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』(高瀬毅、文春文庫、2013 単行本初版 2009)-"最初の被爆地" 広島と "最後の被爆地" 長崎の背後にあった違いとは?

書評 『原爆と検閲-アメリカ人記者たちが見た広島・長崎-』(繁沢敦子、中公新書、2010)-「軍とメディア」の関係についてのケーススタディ

書評 『マンガ 最終戦争論-石原莞爾と宮沢賢治-』 (江川達也、PHPコミックス、2012)-元数学教師のマンガ家が描く二人の日蓮主義者の東北人を主人公にした日本近代史

書評 『アメリカに問う大東亜戦争の責任』(長谷川 煕、朝日新書、2007)-「勝者」すら「歴史の裁き」から逃れることはできない

(2014年6月27日 項目新設)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end