「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 南アフリカ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 南アフリカ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2019年12月31日火曜日

JBPressの連載コラム第68回は、「250年前に日本に来ていたトゥーンベリさんは何者か 「今年の人」グレタさんと時空を超えて共通するもの 」(2019年12月31日)-大みそかでもコラム公開です!



JBPressの連載コラム第68回は、250年前に日本に来ていたトゥーンベリさんは何者か 「今年の人」グレタさんと時空を超えて共通するもの 」(2019年12月31日) 
⇒ https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58779 

トゥーンベリさんというのは、グレタ・トゥーンベリさんのこと。みなさんもご存じの通り、今年2019年でもっとも有名になった16歳のスウェーデン人の環境活動家ですね。 


(TIME Person of the Year 2019 に選ばれたグレタ・トゥーンベリ)

なんと、いまから250年前の江戸時代のことですが、田沼意次が老中だった時代に、同じトゥーンベリという名字のスウェーデン人が来日していたのですよ! それも当時の第1級の知識人で植物学者。


(カール・ペーター・ツュンベリー Wikipediaオランダ語版より)

今回は、スウェーデンと日本の架け橋として存在していたトゥーンベリさんについて、時空を超えて250年前を往復する歴史ツアーにおつきあいいただきたい願いましょう。

つづきは本文で https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58779







<ブログ内関連記事>

JBPress連載コラム第51回目は、「略奪と殺戮の時代に終止符を打ったストイックな女王-『自省録』を座右の書にしてきたトップリーダーたち」(2019年5月7日公開)

「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」(国立歴史民俗博物館)に行ってきた(2016年8月12日)-江戸時代後期(=19世紀前半)の日本をモノをつうじて捉える

書評 『オランダ風説書-「鎖国」日本に語られた「世界」-』(松方冬子、中公新書、2010)-本書の隠れたテーマは17世紀から19世紀までの「東南アジア」

「東京大学総合研究博物館小石川分館」と「小石川植物園」を散策(2009年7月12日)
・・小石川植物園は吉宗の時代から

書評 『愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎』(小宮正安、集英社新書ヴィジュアル版、2007)-16世紀から18世紀にかけてヨーロッパで流行した元祖ミュージアム
・・リンネ以前は分類されないままの収集がブームだった

『生誕150年企画展 南方熊楠 100年早かった智の人』(国立科学博物館 東京・上野)に行ってきた(2017年12月22日)-「グローカル」で「智の巨人」であった南方熊楠の全体像を知る企画展

「植物学者 牧野富太郎の足跡と今(日本の科学者技術者シリーズ第10回)」(国立科学博物館 東京・上野)にいってきた

9月になると紫色の実をつけるムラサキシキブの学名(Callicarpa japonica)はツンベルクの命名


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2013年12月25日水曜日

『戦場のメリークリスマス』(1983年)の原作は 『影の獄にて』(ローレンス・ヴァン・デル・ポスト)という小説 ― 追悼 大島渚監督



映画監督の大島渚氏が亡くなったのは、ことし2013年の1月のことであった。

世代的な関係から、「日本のヌーベルヴァーグの旗手」といわれていた大島渚監督の、1960年代から70年代にかけての作品を見てきたわけではない。だが、『戦場のメリークリスマス』(1983年)以降、つぎつぎと話題作を製作していた頃の大島渚監督はTV番組をはじめさまざまな媒体で積極的に発言をしていたのであった。

だから、大島渚といえば、わたしにとっては、なんといっても『戦場のメリークリスマス』なのである。いまから30年前の作品だ。

大島渚監督は、作曲家でテクノ系バンド YMO の坂本龍一ブリティッシュ・ロックのデビット・ボウイ、そして「オレたちひょうきん族」が放送されていた頃のお笑い芸人のビートたけしを映画デビューさせるという離れ業をやってのけたのである。きわめて個性的なキャラクター抜きでこの映画は成り立たない。いまみても、これ以外のキャスティングはあり得ないのではないかというほどまったく違和感がない。

その後、『戦場のメリークリスマス』(Merry Christmas Mr. Lawrence)の原作ローレンス・ヴァン・デル・ポストの『影の獄にて』(The Seed and the Sower)を読む機会があったが、どうしても映画の印象がつよすぎて重ね合わせてしまう。とくにハラ軍曹を演じたビートたけしの演技は、これ以外は考えられないといったものだからだ。




ローレンス・ヴァン・デル・ポスト(Laurens van der Post)は南アフリカ生まれた英語作家である。名前が示しているようにオランダ系移民のボーア人(=ブール人)の末裔。若き日に日本の船長(キャプテン)と知り合い、友人とともに日本に渡航したことのある日本通であった。

第二次大戦がはじまると志願して英国陸軍のコマンド部隊の大佐として各地を転戦することになる。皮肉なことに、日本軍政下のインドネシアのジャワで日本軍に捕まり収容所で捕虜生活を送ることになる。

日本に原子爆弾が投下されたことで日本が降伏し、ヴァン・デル・ポストも収容所から解放されることになるのだが、その件についてはだいぶ前に 原爆記念日とローレンス・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜』 に書いたとおりだ。


(英国陸軍大佐としてのヴァン・デル・ポスト)


ジャワ島での収容所体験をもとに書かれた作品が、『種子と蒔くもの』(オリジナルタイトル:The Seed and the Sower  1963年)という「クリスマス三部作」に収録された3つの中編小説であある。

「第一部 影の獄にて-クリスマス前夜」(The Bar of Shadow)、「第二部 種子と蒔くもの-クリスマスの朝」(The Seed and the Sower)、「第三部 剣と人形-クリスマスの夜」(The Sword and Doll)のうち、大島渚監督は映画『戦場のメリークリスマス』の製作にあたって、最初の2作品を基にしている。

ジャワ日本軍捕虜収容所での英国軍人ローレンスと捕虜虐待を行う日本人鬼軍曹ハラとの逆説的な出会いと友情、戦友セリエと日本人将校ヨノイとの同性愛、セリエと弟との秘話にあかされる人間の裏切りと愛・・・。相反するものたちのコンフリクトと合一。人間存在の不思議さ。

「種子と蒔くもの」は、フランスの画家ミレーの名作 「種まく人」のことである。もともとは『新訳聖書』の「マタイによる福音書」の13章にある寓話からきている。

「影の獄にて」の「影」とはユング派心理学でいう「影」のことである。単行本の帯には、「ユング的世界と人類学的世界の類い稀な小説化」とある。

作家ローレンス・ヴァン・デル・ポストは、東南アジアでの軍務を終えて英国に渡航した際、ロンドンでユングと知り合いになりすっかり魅了されてしまう。。のちにユングの伝記 Jung and the Story of Our Time を執筆しているが、ユングの影響を大きく受けているわけだ。

人間は自分の「影」という監獄につながれた囚人である。そういう認識が『影の獄にて』という小説のタイトルに反映しているわけだ。

「人類学的世界」とは南アフリカに生まれたヴァン・デル・ポストのたぐいまれな異文化理解能力のことをさしている。この小説は捕虜体験という参与観察による日本人の文化人類学的研究を小説化したといってもいいような作品なのだ。

この原作と大島渚監督との出会いこそが、このすばらしい映画が成立する条件であったのだ。





『影の獄にて』について

『影の獄にて』の内容については、映画のあらすじを見ていただければわかると思うが、もちろん原作の小説と映画は同じものではない。

映画には反映されていない「第三部 剣と人形-クリスマスの夜」も捨てがたい作品である。これはぜひ読んでほしいと思う。

『影の獄にて』の日本語訳の翻訳者・由良君美氏は、「本書は(ヴァン・デル・ポスト)氏の多くのファンの間で、英米ではとくに評判の悪いものであるが、心ある人は、氏の小説における傑作のひとつとしている。われわれは逆に、この本こそ、ヴァン・デル・ポスト世界への、日本人のための最良の入り口と考え・・」と書いている。



またこうも書いている。「・・われわれの無意識の深層に眠るものは変わらない。その日本的心性の古態型(アーキタイプ)を、本書の第一部ぐらい、想像的共感によって、美事に造形した作品は少ない。第二部も、<イニシエーション>を描く部分のごとき、凡百の文化人類学者で<通過儀礼>を学ぶよりも、はるかに迫真的に、その実体を味あわせてくれるものがあろう」。
.
日本語訳は由良君美氏と富山太佳夫氏によるもので、第一部と第三部は由良、第二部は富山の分担になっているが、「ただお断りすべきは、第二部末尾の二ページ分は、戦中の神道美学を濃厚に意識した原文であるため、戦中派である由良が訳したことである」という。日本語訳では最後の3ページ分である。




では、「第二部 種子と蒔くもの-クリスマスの朝」の最後の文章を読んでみよう。主人公の日本人将校ヨノイが原作では戦犯に問われることなく釈放され、戦争終了後、故郷の神社に参拝して奉納したという想定の短詩である。英語そのものも味読していただきたい。英語で日本的なものがここまで表現できるのである。


社前に赴いて深く礼をし、鋭く柏手うって、祖先の御霊に帰朝を報告し、祖霊に読んで頂くべく、つぎの詩を奉納してきた、と。

Presenting himself at the shrine, bowing low and clapping his hands sharply to ensure that the spirits knew he was there, he had deposited his verse for the ancestors to read:


春なりき。
弥高(いやたか)き祖霊(みたま)畏(かし)こみ、
討ちいでぬ、仇なす敵を。
秋なれや。
帰り来にけり、祖霊(みたま)前、我れ願う哉(かな)。
嘉納(おさめ)たまえ、わが敵もまた。


In the spring,
Obeying the August spirits.
I went to fight the enemy.
In the Fall,
Returning I beg the spirits,
To receive also the enemy.


「第二部」の結びの文章は以下のようになっている。相反する反対物の一致について語られている。

「風と霊、台地と人間の命、雨と行為、稲妻と悟得、雷(いかづち)と言葉、種子と蒔く者―すべてのものはひとつだ。自分の種子を選んで欲しいと言い、あとは、内部の種子蒔く者に、みずからの行為のなかに蒔いて欲しいと祈ればよい。それだけで、ふくよかな黄金(こがね)なす実りは、すべての人のものとなるのだ」と。

"Wind and sprit, earth and being, rain and doing, lightning and awareness imperative, thunder and the word, seed and sower, all are one: and it is necessary only for man to ask for his seed to be chosen and to pray for the sower within to sow it through the deed and act of himself, and then the harvest for all will be golden and great."


ユング派心理学にも通じ、日本を深いレベルで知っていた行動と思索の人ローレンス・ヴァン・デル・ポストにとって、人生はまさにあざなう縄のごとしであったのだろうか。日本を愛し、そして日本を敵として戦って捕虜となり、そしてまた日本との絆が深まったのである。

彼の日本とのかかわりは、A Portrait of Japan (1976) のほか、Yet Being Someone Other という自伝的作品にも書き込まれている。





映画 『戦場のメリークリスマス』だけでなく、ぜひ映画の原作と読み比べてほしいものである。『戦場のメリークリスマス』は、このヴァン・デル・ポストの原作と大島渚監督があってこそ生まれた傑作だからだ。

大東亜戦争における英国人捕虜を題材にした英米合作映画 『戦場にかける橋』(1957年)が反日的色彩の濃いものであるのに対し、 『戦場のメリークリスマス』は、日本人を熟知した作家と日本人映画監督のコラボレーションといってもいい。

だからこそ、日本人のいやな面も描きこんでいるとはいえ、いたずらに美化することもなく、ありのままの日本人を描いているから日本人が見ても違和感がないのである。稀有な作品といえるだろう。

思索社から「ヴァン・デル・ポスト選集」が出版されているのだが、この知日派の英語作家の作品はどれくらい日本人のあいだで知られているのだろうか。現在は品切れとなってしまっているようだが・・・。

ぜひローレンス・ヴァンデルポストという作家の作品は読んでほしい。


画像をクリック!



<関連サイト>

『戦場のメリークリスマス』(Merry Christmas Mr. Lawrence 1983年) トレーラー

戦場のメリークリスマス ED - Merry Christmas Mr. Lawrence Ending
・・戦争終了後の1946年、立場が完全に入れ替わったローレンスとハラ軍曹の再会と別れ。戦犯となったハラ軍曹はクリスマスの翌朝、処刑が執行される。ローレンスにむけた最後のセリフが Merry Christmas Mr. Lawrence !



PS 追悼デビッド・ボウイ(1947~2016)

『戦場のメリークリスマス』で英国将校の役を演じたデビッド・ボウイが2016年1月10日に69歳で亡くなった。追悼の意味をこめて フランスの女優イサベル・アジャーニが歌う「ボウイのように美しい」(Beau oui comme Bowie)-追悼デビッド・ボウイ(1947~2016) という記事を書いた。あわせてご覧いただければ幸いである (2016年1月23日 記す)



<ブログ内関連記事>

原爆記念日とローレンス・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜』
・・ジャワの捕虜収容所で「終戦」を迎えたヴァン・デル・ポスト

スローガンには気をつけろ!-ゼークト将軍の警告(1929年)
・・同じような警句を発している鶴見俊輔について触れている。鶴見俊輔は大東亜戦争中、海軍の軍属として通訳官としてインドネシアのジャワにいた。ローレンス・ヴァンデル・ポストとは接点はないが・・

書評 『河合隼雄-心理療法家の誕生-』(大塚信一、トランスビュー、2009)-メイキング・オブ・河合隼雄、そして新しい時代の「岩波文化人」たち・・・ 
・・ユング派の臨床心理学者の河合隼雄


オランダ領東インドと日本

書評 『西欧の植民地喪失と日本-オランダ領東インドの消滅と日本軍抑留所-』(ルディ・カウスブルック、近藤紀子訳、草思社、1998)-オランダ人にとって東インド(=インドネシア)喪失とは何であったのか

書評 『五十年ぶりの日本軍抑留所-バンドンへの旅-』(F・スプリンガー、近藤紀子訳、草思社、2000 原著出版 1993)-現代オランダ人にとってのインドネシア、そして植民地時代のオランダ領東インド
・・『西欧の植民地喪失と日本-オランダ領東インドの消滅と日本軍抑留所-』の2年後に日本で翻訳出版された。ともに健忘症の日本人への警鐘と受け取りたい。重要なことはバランスのとれた「ものの見方」。夜郎自大にならず、卑屈にも自虐的にもならず

書評 『帰還せず-残留日本兵 60年目の証言-』(青沼陽一郎、新潮文庫、2009) ・・主にインドネシアの事例を取り上げている


大英帝国の東南アジア植民地と日本

映画 『レイルウェイ 運命の旅路』(オ-ストラリア・英国、2013)をみてきた-「泰緬鉄道」をめぐる元捕虜の英国将校と日本人通訳との「和解」を描いたヒューマンドラマは日本人必見!

書評 『裁かれた戦争裁判-イギリスの対日戦犯裁判』(林博史、岩波書店、1998)-「大英帝国末期」の英国にとって東南アジアにおける「BC級戦犯裁判」とは何であったのか ・・「英国主導の「BC級戦犯裁判」においては、「泰緬鉄道関連」もさることながら「華僑虐殺裁判」が中心となったという」事実

(2015年8月13日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2013年12月7日土曜日

巨星落つ!-「超一級の本物のリーダー」であった南アフリカのネルソン・マンデラ氏(1918~2013)を悼む


ネルソン・マンデラ氏が12月5に亡くなった。享年95歳。まさに大往生というべきだろう。

生まれたのが1918年、なんと第一次世界大戦が終了した年だ。ほぼこの一世紀を振り返るのにマンデラ氏の人生を振り返るのが適しているかもしれない。日本のメディアもさることながら、欧米のメディアではこの話題で埋め尽くされているのは、当然といえば当然だろう。

マンデラ氏こそ真のリーダー、本物のリーダーである。27年間(!)の獄中生活を送った不屈の闘志だっただけでなく、国民和解と融和につとねた政治家としてもまた第一級の人物であったからだ。こんな人はめったにいない。

運動のリーダーは「~のために」(for)を語るが、じっさいには「~に対して」(against)が大半であるためだ。後者の思考パターンで運動をしてきた人は、運動が成就したあとに建設的になれないことが多い。

これは南アフリカの隣国で、同じくかつて英国の植民地でありながら、旧支配層の白人を迫害し、経済を破綻させた独裁者ムガベの支配するジンバブウェ(旧ローデシア)を見てみればいい。ムガベは反植民地闘争のリーダーであったが、英国からの独立後の堕落ぶりはすさまじい。

ニュース報道ではじめて見たのが、若き日のマンデラ氏の肖像写真だ。これには驚かされた。もともとは武闘派だったマンデラ氏の面構えがスゴい。なんだかプロボクサーのマイク・タイソンのようではないか! 



釈放後の慈愛に満ちた温顔の人格者のような姿しか知らなかったので、若き日のマンデラ氏の容貌には驚かされた。「艱難汝を玉にす」という故事成語があるが、まさにそのとおりなのだろう。

この点については映画 『インビクタス / 負けざる者たち』(米国、2009)をみるとよくわかる。「ラグビーワールドカップ 南アフリカ大会」をつうじて、大統領として国家再建と国民融和をいかに図ったかが、獄中シーンを交えながら手に取るように理解できる感動的な映画である。 

ちなみに「艱難汝を玉にす」を調べてみると、Adversity makes a man wise. という西洋のことわざの訳だそうだ。『論語』かなにかだろうと思い込んでいたが、東西問わず、似たような発想があるわけだ。

そのむかし、おなじく非暴力(ノン・バイオレンス)の闘争で有名になったガンディー(・・奇しくもガンディーは若き日に南アフリカで弁護士として活動していた)を主人公にした映画でも知られる、英国のアッテンボロー監督がマンデラ氏を描いた『遠い夜明け』(原題:Cry Freedom  英国、1987年)を記憶している人も少なくないだろう。1987年当時はまだマンデラ氏は獄中にいたのだ!

この映画の影響も含めて、南アフリカとの貿易ボイコットなど国際的な圧力が高まった結果、マンデラ氏が釈放されたのは1990年、人種隔離政策であるアパルトヘイトが撤廃されたのは、その翌年の1991年であった。まさに現代史そのものなのである。

ソ連が崩壊し冷戦構造が終わったのが同じ1991年、たんなる偶然ではないのかもしれない。ソ連も南アフリカも、ともにごく一握りの特権階級(=ノーメンクラツーラ)による抑圧的な政権であり、それがともに崩壊したのは不可逆な流れであったかもしれない。

いま書きながら思い出したが、アパルトヘイト末期の南アフリカの白人政府は、国際的孤立状態をのなか、みずからの生き残りのためなんと核兵器の開発も行っていたのである。もはや忘却の彼方にあることだが・・

アパルトヘイト時代、日本人は「名誉白人」として遇されていた。こういう人間として「恥ずべき過去」はけっして忘却してはいけない。



わたし自身は、マンデラ氏の半分しか生きていないが、それでもマンデラ氏の最後の50年を「同時代人」として生きてきたという実感がある。

われわれが生きている時代に、マンデラ氏のような超一級のリーダーをもてたことは、人類にとって大きな幸福というべきだろう。

御冥福をお祈りします。合掌。





<関連サイト>

ネルソン・マンデラ・アーカイブ(英語)

Obituary Remembering Nelson Mandela's Unsung Economic Legacy By Charles Kenny December 05, 2013
・・大統領としてのマンデラ氏が南アフリカ経済発展のために功績のあったこと

“虹の国”を目指した男 ~ネルソン・マンデラ氏のメッセージ~(NHKクローズアップ現代 2013年12月9日)

南アの黒人解放とその後、故マンデラ元大統領が残した名言と課題 (大前研一 nikkei BPnet 2013年12月25日)
・・「とりわけイギリス、オランダ、米国のような国々がマンデラ氏を過剰とも思えるほど称賛するのは、アパルトヘイト(人種隔離政策)をすべて南アの白人政権の責任にして、自分たちはその裏側に隠れようとする意図があるようにも思われる。 そもそもマンデラ氏が収監されることになったのは、米中央情報局(CIA)によるところが大きいとされる。イギリスのサッチャー元首相もマンデラ氏をテロリストと呼んでいた時期がある」。





PS  報道によれば、12月10日に開かれるマンデラ氏の南アフリカ政府による国葬に日本からは皇太子殿下が出席されるという。王室以外では異例のことであり、マンデラ氏がいかに人類社会にとって偉大なリーダーであったかを示しているのではないだろうか。(2013年12月8日 記す)





<ブログ内関連記事>

映画 『インビクタス / 負けざる者たち』(米国、2009)は、真のリーダーシップとは何かを教えてくれる味わい深い人間ドラマだ
・・マンデラ大統領とラグビーワールドカップ南アフリカ大会

「ハーバード リーダーシップ白熱教室」 (NHK・Eテレ)でリーダーシップの真髄に開眼せよ!-ケネディースクール(行政大学院)のハイフェッツ教授の真剣授業

キング牧師の "I have a dream"(わたしには夢がある)から50年-ビジョンをコトバで語るということ ・・非暴力!

「サッカー日本代表チーム」を「プロジェクト・チーム」として考えてみる
・・FIFAワールドカップ(2010年)

原爆記念日とローレンス・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜』
・・南アフリカでオランダ系アフリカーナーとして生まれたローレンス・ヴァン・デル・ポスト

書評 『南アフリカの衝撃(日経プレミアシリーズ)』(平野克己、日本経済新聞出版社、2009)-グロ-バリゼーションの光と影

書評 『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)-知的刺激に満ちた、読ませる「大英帝国史」である
・・現在はジンバブウェというローデシアの命名のもとになったセシル・ローズは、数々の著名人を教育してきたオックスフォード大学ローズ・スカラーシップの生みの親である



(2022年12月23日発売の拙著です)

(2022年6月24日発売の拙著です)

(2021年11月19日発売の拙著です)


(2021年10月22日発売の拙著です)

 
 (2020年12月18日発売の拙著です)


(2020年5月28日発売の拙著です)


 
(2019年4月27日発売の拙著です)



(2017年5月18日発売の拙著です)

(2012年7月3日発売の拙著です)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2010年6月11日金曜日

書評『南アフリカの衝撃(日経プレミアシリーズ)』(平野克己、日本経済新聞出版社、2009)ー グロ-バリゼーションの光と影




「南アフリカには世界がある」-グロ-バリゼーションの光と影-

 2010年6月に開催されるFIFAワールドカップ南アフリカ大会にあわせての出版であるが、アパルトへイト廃止後の南アフリカについて、新書版200ページで過不足なく解説した非常にすぐれた本である。

 私にとっては、マンデラ元大統領を主人公にした映画『インビクタス』を除けば、アパルトヘイト廃止後の南アフリカについて読んだ、初めての本となった。
 
 「南アフリカには世界がある」とは、著者の友人が語ったコトバであるそうだが、この表現がすべてを物語っているといえるだろう。

 アパルトヘイト時代の1980年代から、すでに新自由主義(ネオリベラリズム)の経済政策を実行してきた南アフリカは、アフリカ大陸の経済の中心であり、アパルトヘイト廃止後に経済制裁が解除されてから後は、グローバル世界の経済プレーヤーとしての位置を確保している。アフリカ大陸の製造業の中心でもある。また、物流の観点からいえば、アジアと南米のハブでもある。

 しかし、その反面、グローバリゼーションの負の側面も大いにもっている。殺人で年間2万人が殺害され、経済破綻国である隣国ジンバブエから低賃金労働者を移民を無制限に受け入れ、世界最大の所得格差国にもなっている。

 グローバリゼーションの光と影をともに体現しているのが、南アフリカなのである。

 本書は、JETROの駐在員として、アパルトヘイト時代もアパルトヘイト廃止後も南アフリカを観察してきた著者ならではの鋭く、かつ暖かいまなざしで描かれた南アフリカである。何よりも、ビジネスを中心とした経済についての記述が詳しく、日本とのかかわりの中心であるビジネスマンの存在に焦点をあてていることは本書の特色でもある。

 さらに政治や社会についても過不足のない解説がなされているのがありがたい。アパルトヘイトによる人種差別を否定し、基本的人権の保障という政治的理念が、経済的自由主義の根本にあるという指摘は貴重である。

 しかしながら、部族対立につながりやすい民族主義を中心に据えず、普遍的な基本的人権を重視したことから、産業社会の重要なモチベーターであるナショナリズムは不成立のままに今日にいたっている。
 
 ワールドカップを機会に南アフリカに興味を抱いた人にぜひすすめたい一冊である。本書を読むことで、アフリカが必ずしも遠い存在ではないという思いを抱くことになるだろう。



<初出情報>

■bk1書評「「南アフリカには世界がある」-グロ-バリゼーションの光と影-」投稿掲載(2010年6月10日)
■amazon書評「「南アフリカには世界がある」-グロ-バリゼーションの光と影-」投稿掲載(2010年6月10日)





PS 読みやすくするために改行を増やした。 (2014年8月30日 記す)


<関連サイト>

南アフリカ 企業が挑むもう1つの W杯(日経ビジネスオンライン 2010年6月に連載)


<ブログ内関連記事>

映画 『インビクタス / 負けざる者たち』(米国、2009)は、真のリーダーシップとは何かを教えてくれる味わい深い人間ドラマだ
・・マンデラ大統領とラグビーワールドカップ南アフリカ大会

原爆記念日とローレンス・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜』
・・南アフリカでオランダ系のアフリカーナーとして生まれたローレンス・ヴァン・デル・ポスト

巨星落つ!-「超一級の本物のリーダー」であった南アフリカのネルソン・マンデラ氏(1918~2013)を悼む

(2014年8月30日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2010年2月20日土曜日

映画『インビクタス / 負けざる者たち』(米国、2009)は、真のリーダーシップとは何かを教えてくれる味わい深い人間ドラマだ






監督・製作:クリント・イーストウッド
主演:モーガン・フリーマン、マット・デイモン


 「2010年 FIFA サッカー・ワールドカップ」が開催される南アフリカ、この映画は同じフットボールでも足しか使わないアソシエーション・フットボール(=サッカー)ではなく、足も手も使うラグビー・フットボールのドラマである。

 長年にわたって続いてきた「アパルトヘイト」(人種隔離)政策が終わり、1990年に28年の獄中生活から解放されたネルソン・マンデラは、1994年には南アフルカ初の黒人大統領になった。

 マンデラにとっての課題は、「アパルトヘイトを理由にした経済制裁」が解除されたことによって可能となった、外国からの直接投資を陣頭指揮して誘致するだけでなく、少数派であるが経済や軍と警察の実権を握る白人層と、圧倒的多数を占める黒人層との国民的融和を図り、国民統合をいかに実現するかという大きな政治的課題であった。

 そこで国家を率いる指導者(リーダー)であるマンデラが目をつけたのが、目前に迫っていた「1995年 第3回ラグビー・ワールドカップ」である。アパルトヘイトのため、ワールドカップから除名されていた南アフリカは、この大会は開催国であり、かつ初出場だったのである。

 スポーツが国民統合の「求心力」となるのは理由がある。なによりもスポーツは一般人にもわかりやすく熱狂しやすい。スポーツのもつ特性には、感動・ひたむきさ・爽やかさ・チャレンジ精神・フェアプレイ精神といった好感度なイメージがあり、見る者をエキサイトさせ、巻き込んでいく。これは、芸術などの文化活動と比較した場合、対象がより大衆的で、かつ効果がダイレクトにあらわれるということでもある。これは現在開催中の「2010年 バンクーバー・冬期オリンピック」も例外ではない。

 ただし、近代スポーツ発祥の地である本家本元の英国では、サッカーが主に労働者階級のスポーツであるのに対し、ラグビーは上流階級のスポーツである。南アフリカではこの構図がさらに人種が重なることによって、白人エリートのスポーツであるラグビーが、果たして国民意識統合につながるのか、誰もが疑問に思ったことだろう。

 しかし、国家の政治指導者(リーダー)であるマンデラ大統領がとった行動は、ワールドカップのスケジュールを最優先し、代表ラグビーチームの白人主将(キャプテン=リーダー)を直接官邸に招いて歓談し、奮起を促したことだった。


 マンデラをして、政治犯として投獄されていた28年間(1962-1990)を精神的にもちこたえさせたのは、英国ヴィクトリア朝時代の詩人による Invictus(不屈)という詩であった。そしてこの詩句は、代表ラグビーチームの白人主将をもインスパイアしていく・・・。

 I am the master of my fate: I am the captain of my soul.

 実に味わい深いコトバではないか。噛みしめると勇気がわいてくる。

 人々の気持ちをインスパイアし、もてる実力以上のチカラを引き出すには何をしたらいいのか。

 この映画は、あらゆるレベにおいて必要なリーダーシップについて人間集団である組織の求心力をいかにつくりあげるかという課題にかんする生きた教材といえる。コトバとそれにともなう行動が、いかに人間の気持ちをインスパイアするものであることか。

 依然として多くの問題を抱えている南アフリカではあるが、同じく白人支配を脱しながらも、独裁者が君臨し、経済的破綻国への途をひたすら突き進んでいるジンバブエ(旧ローデシア)と比較すると、南アフリカにネルソン・マンデラというリーダーがいたこと、それに応えた人々がいたことが、いかに大きなチカラとなったか、感動的なフィナーレとともに味わっていただきたいと思う。

 それにしても奇跡は起こりうるのである! 
 この映画は実話(true story)に基づいたものなのだ。

日本版オフィシャルサイト
米国版オフィシャルサイト
オフィシャル・トレーラー(YouTube)





<補足コメント>

 身に覚えのないのに終身刑を宣告され投獄された囚人が脱獄して自由を手に入れる内容の『ショーションクの空に』(1994 The Shawshank Redemption)では主人公の一人を演じた、米国の名優モーガン・フリーマンの演じるネルソン・マンデラは真に迫ったものがある。今回の映画は出獄後の政治家を演じているが。トレーラーはこちら。

 それにしても監督としてのクリント・イーストウッドは一作ごとに素晴らしい映画を製作・監督している。いまではかつての名優としてのクリント・イーストウッドもさることながら、次の作品を期待したい監督としての存在が大きくなった。

 なお、「1995年 ラグビ-・ワールドカップ」の結果については Wikipedia の項目を参照。

 ネルソン・マンデラを、そしてラグビー代表チーム主将をインスパイアした詩 Invictus(不屈)の原文は以下のものである。

Invictus  by William Ernest Henley (1849–1903)

Out of the night that covers me,
Black as the pit from pole to pole,
I thank whatever gods may be
For my unconquerable soul.


In the fell clutch of circumstance
I have not winced nor cried aloud.
Under the bludgeonings of chance
My head is bloody, but unbowed.

Beyond this place of wrath and tears
Looms but the Horror of the shade,
And yet the menace of the years
Finds and shall find me unafraid.

It matters not how strait the gate,
How charged with punishments the scroll,
I am the master of my fate:
I am the captain of my soul.


<関連情報>

 「スポーツのもつ求心力」については、日本では企業が「企業スポーツ」という形で活用してきた。
 今回のバンクーバー・オリンピックでも男子スピードスケートで銀メダルと銅メダルを獲得した日本選手が、ともに日本電産サンキョー(旧 三協精機)に所属する選手である。日本電産サンキョー・スケート部のサイトを参照。
 長野県・諏訪の名門精密機器メーカーである三協精機を買収した、京都に本社のあるグローバル企業・日本電産の創業社長・永守氏は、従業員の解雇を一切行わないだけでなく、従業員の求心力となるスポーツのもつ重要性を理解したうえでスケート部を廃部にしなかった。さらに、今回のメダル報奨金の半分をポケットマネーから支出している。
 もしご興味があれば、私が1997年に行った講演録をご覧いただきたい。「企業とスポーツ」①「企業とスポーツ」②
 1時間の講演を要旨としてまとめたものである。

 リーダーシップについては、書評『国をつくるという仕事』(西水美恵子、英治出版、2009)を参照。真のリーダーシップとは何かを教えてくれる本、というタイトルでこの本を紹介している。南アフリカのネルソン・マンデラも、一国の指導者として、真のリーダーシップを発揮した人である。

 人を動かすコトバについては、岡倉天心の世界的影響力-人を動かすコトバのチカラについて-という文章をブログに書いている。

 南アフリカ出身の作家ローレンス・ヴァン・デル・ポスト(1906-1996)についてブログに書いた文章はこちら。原爆記念日とローレンス・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜』。20歳台で日本に来たこともある日本通の作家は、運命の皮肉で英国陸軍のコマンド部隊大佐としてインドネシアのジャワ島で日本軍と戦い捕虜収容所に収容されることになり・・・


P.S. 追記

現代時評:「南ア・アパルトヘイトの今昔」 Ken(2010年2月23日号)
・・マンデラ大統領就任前に南アフリカに商用で入国した著者の回想録。
 
■■ 旧宗主国、英国系の白人は内心絶対的な白人優先の潜在意識もあるが、同じ白人でもユダヤ人やアフリカーナ、つまり旧オランダ系ボーア人の後裔などは二流白人の地位に甘んじてい、白人優先の南ア共和国という意識は希薄であった。マンデラ氏の前任者デクラーク元大統領もアフリカーナである。
■■ ここまで考えてくると、南アのアパルトヘイトは有色人と白人の争いというよりむしろ、貧乏で怠惰な有色人とまじめな有色人の間の争いという方が、正鵠を得ているかも知れない。 それをボクら日本人は
、「虐げられて可哀想な南アのアパルトヘイト」と、誤解していたのではなかったろうか。

 なかなか味わい深いコメントである。ぜひ全文をお読みいただきたい。(2010年2月23日記)



<ブログ内関連記事>

巨星落つ!-「超一級の本物のリーダー」であった南アフリカのネルソン・マンデラ氏(1918~2013)を悼む

書評 『南アフリカの衝撃(日経プレミアシリーズ)』(平野克己、日本経済新聞出版社、2009)-グロ-バリゼーションの光と影

キング牧師の "I have a dream"(わたしには夢がある)から50年-ビジョンをコトバで語るということ

「ハーバード リーダーシップ白熱教室」 (NHK・Eテレ)でリーダーシップの真髄に開眼せよ!-ケネディースクール(行政大学院)のハイフェッツ教授の真剣授業

映画 『プロミスト・ランド』(米国、2012)をみてきた(2014年9月8日)-衰退するコミュニティ(=共同体)とプロミスト・ランド(=約束の地)
・・マット・デイモン主演で、みずからが脚本を書きプロデュースした映画

映画 『アメリカン・スナイパー』(アメリカ、2014年)を見てきた-「遠い国」で行われた「つい最近の過去」の戦争にアメリカの「いま」を見る
・・クリント・イーストウッド監督作品


英連邦と英国生まれの近代スポーツであるラグビー

「近代スポーツ」からみた英国と英連邦-スポーツを広い文脈のなかで捉えてみよう!
・・ラグビーは英国生まれのスポーツ。上流階級のスポーツであるラグビーと中流以下のスポーツであったサッカーとの違い

『イメージとマネージ-リーダーシップとゲームメイクの戦略的指針-』(集英社、1996)-平尾誠二氏のあまりにも早い死を悼む(2016年10月20日)

(2014年9月15日 項目新設)
(2015年6月14日、2016年10月27日 情報追加)



(2022年12月23日発売の拙著です)

(2022年6月24日発売の拙著です)

(2021年11月19日発売の拙著です)


(2021年10月22日発売の拙著です)

 
 (2020年12月18日発売の拙著です)


(2020年5月28日発売の拙著です)


 
(2019年4月27日発売の拙著です)



(2017年5月18日発売の拙著です)

(2012年7月3日発売の拙著です)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end