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2026年7月7日火曜日

『荘子 ― 古代中国の実存主義』(福永光司、中公新書、1964)― こんなスゴイ本はめったにあるものではない!

 

 『荘子 古代中国の実存主義』(福永光司、中公新書、1964)という本を読み出して思ったのは、こんなスゴイ本は滅多にあるものではない、という感想だ。  

「老荘思想」というフレーズがあるように、荘子は老子とならび称される古代中国の思想家である。人によって好みの違いがあるだろうが、わたしは深遠すぎる老子より、息づかいまで感じることのできる荘子に惹かれるものがある。 

とはいっても、分量的に多い『荘子』を通読したわけではないし、「胡蝶の夢」などのエピソードや寓話を断片的に知っているだけだ。「道」(タオ)や「真人」など荘子哲学の結論は知っているものの、荘子がどんな人で、どんな環境からその哲学が生み出されてきたのか、正直なところ、それほど関心がなかった。 

そんなわたしだが、本書『荘子 古代中国の実存主義』を読んでいくと、そんな「自由」をめぐる荘子の哲学的考察がなぜ生まれてきたのか、いかに生まれてきたか、臨場感をもって体感できるような気がしてくるのだ。 

「目次」に使用されているフレーズを見たら、ある程度まで実感できるのではないと思う。


序説 
第1章 痛ましいかな現実 ― 荘子の生いたちとその時代 
第2章 危ういかな人間 ― 荘子の人間理解 
第3章 惑える人々 ― 朝三暮四の世界 
第4章 真実性の世界 ―「道」の哲学 
第5章 自由なる人間「真人」「至人」「神人」 
あとがき  『荘子』篇名/荘子時代略年表/参考文献 


前4世紀の「春秋戦国」という過酷な時代を生き抜いた荘子自身の体験と人間観察から生み出されてきた哲学的考察は、が、『荘子』としてまとめられた中国哲学の古典として伝わってきた。 荘子は屈原や孟子、アリストテレスの同時代人である。

2020年代の現在では、かつてほどの人気はない「実存主義」(Existentialism)だが、人間について哲学する際に「実存」(existence)という概念は避けて通ることのできないものだ。 著者は25ページにわたる長い長い「序説」でキルケゴールやハイデガー、サルトルなどの名前を出しているものの、荘子の哲学が実存主義だと言っているわけではない。 

だが、この本を最初から最後まで順を追って読んだあと、ふたたび「序説」に立ち返ってじっくり読み直してみると、荘子を実存哲学として捉えることは、あながち間違ってはいないと実感される。人間とは、誕生以後と死にまでのあいだの存在であるからだ。その「実存」という、個人個人で異なる人生が視野に入ってくるからだ。

人間が人間として生きるなかで、ありのままの現実、矛盾に充ち満ちた混沌とした現実を見つめつづけた荘子の人生と思考は、「自由」の本質とはなにかについての一貫した問いであり、自分が何ものにもとらわれない自分であることが「自由」である、という東洋哲学的な解答、その問いと答えを求める思考の軌跡であった。

 1918年(大正7年)生まれの著者は、京大文学部の支那哲学科を卒業したのち徴兵され、先の大戦では過酷な中国戦線を転戦している。陸軍中尉として敗戦を迎えた著者は、国民党による現地抑留も体験している。著者は、「死を前にした人間」として、戦地で『荘子』を読み込んで苦境を乗り越えてきたのだという。 

本書は、著者自身の実存と密接にかかわる内容であり、『荘子』を「体読」してきた著者が語る荘子は、概説書の域を超えて読む人に迫るものがあるのはそのためだ。著者が荘子になりかわって、荘子自身が語っているのかのような気がしてくる。

あらためて言うが、こんなこんなスゴイ本は滅多にあるものではない。知識を得るための本ではない。人間の「自由」の本質について考える哲学書なのである。 

60年以上も前に出版された本なのに、いまのいままで存在すら知らなかった。だが、いまこの時期にこの本に出会えたことは幸いであった。

機械そのものというべきAIが支配的になり、国際情勢もふたたび厳しい時代に向かっている現在、人間とその自由について深い考察を行った本書のもつ意義は、再浮上してきているのではないだろうか。 


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著者プロフィール
福永光司(ふくなが・みつじ)
日本の中国学者・中国思想史研究者。京都大学名誉教授。老荘思想・道教研究の第一人。『荘子』の邦訳で一般には知られている。また、道教と日本古代史との関わりについても研究し、道教もその重要な構成要素ある中国南部の「船の文化」の文明圏に注目を促した。
1918年、大分県生中津に生まれる。1942年、 京都帝国大学文学部哲学科を卒業。同年10月熊本野砲兵聯隊入営、中国大陸に出征。1944年に陸軍砲兵少尉、1945年に陸軍砲兵中尉。 敗戦を広東省で迎え、1947年、上海から復員。戦争末期の過酷な体験のなか老荘哲学に精神的救いを見出す。東方文化研究所(京都)助手、大阪府立北野高校教諭、 愛知学芸大学助教授、 京都大学人文科学研究所教授を歴任。1974~79年、東京大学文学部教授。1980~82年、京都大学人文科学研究所長。定年退職のあと関西大学文学部教授、 北九州大学外国語学部教授を歴任、引退後は故郷の中津に住み、 執筆・講演学術調査旅行に多忙な日々を送った。老荘思想と道教関連の著書多数。2001年、 逝去(満83歳没)。(*さまざまな情報をもとに加筆修正)。



 













<ブログ内関連記事>

・・ハイデガーの「世界内存在」は、岡倉天心の『茶の本』(The Book of Tea)の一節である "the art of being in the world" (処世術)からの剽窃であると、哲学者の今道友信が告発している。「処世」は『荘子』に由来するもので、岡倉天心は老荘思想に深く傾倒、また中国南部の文明に注目していた

・・六角堂は、仏教と道教思想にもとづく岡倉天心の瞑想ルーム

・・ともに老荘思想に深く傾倒していた京都出身の科学者2人による対談。湯川秀樹は少年時代から老荘、とくに荘子に深くなじんでいた京都人。京大は東洋学の中心地、なかでも老荘思想とはなじみが深いようだ

・・バレエと合気道、そして太極拳をマスターしていた「西野式呼吸法」の創設者である西野皓三氏は、「真人は踵(かかと)で呼吸する」という荘子のフレーズの意味を深いレベルで体得していた

・・東京商科大学(現在の一橋大学)の卒業生の会を「如水会」と命名したのは渋沢栄一。「如水」は、「君子の交はりは、淡きこと水の如し。小人の交はりは、甘きこと醴(あまざけ)の如し」 (君子之交淡如水 小人之交甘若醴)からきたもので、出典は『荘子 外篇』(山木篇第二十)である。

・・インド発で中央アジアから入ってきた外来宗教としての仏教は、中国で道教と接触することで300年かけて中国化し、とくに浄土教と禅仏教として確立した

・・トルストイは、古今東西の名句のアンソロジー『文読む月日』には老子も荘子も多く引用しているだけでなく、日本人と協力して『老子』のロシア語版を行っている


・・井筒俊彦には『Sufism and Taoism』と題した、イスラーム神秘主義と老荘思想(タオイズム)を詳細に分析した比較哲学の書がある。

・・「一般人が当たり前だと見なして考えもしないことを、驚きの目でもって凝視し、考え抜くのが「哲学者」という存在であり、「哲学」という知の営みだ。(・・・中略・・・)20世紀後半に「ヒューマニズム」(=人間中心主義)という「近代」の行き詰まりが誰の目にも明らかになって以降、かつて隆盛を誇った19世紀以降の哲学者たちの言説が、あまりにも無意味なものに感じられる状況が続いている。それを超えようとしてきた現代思想も、私には同様に映る。そんな状況において、根源(アルケー)にさかのぼってギリシア哲学を再読する意味は大きい。それは非理性の領域に足を踏み込み、心身両面にわたる霊性修行を行い、常識を否定する思考をおこなうことを意味している。」

(2026年7月21日 情報追加)


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2021年12月18日土曜日

書評『太平天国 ― 皇帝なき中国の挫折』(菊池秀明、岩波新書、2020)― 現代中国を理解するために「太平天国」について知ることは不可欠だ

 

ことし2021年は「太平天国」が1851年に誕生して170年目にあたる。 

科挙に3回挑戦したが失敗して挫折した「客家」(ハッカ)出身の洪秀全が、キリスト教の濃厚な影響のもとで始めた新興宗教が巨大化し、中国南部から北上する軍事勢力となったのが「太平天国」だ。

南京を占領して首都とするに至り、南京から南をほぼ支配下に置いたのである。 太平天国そのものは、その14年後の1864年に清朝の反撃によって壊滅したが、一時は清朝を壊滅の瀬戸際まで追い込んでいたのである。太平天国の乱による死者は2,000万にも及ぶとされる。桁違いの多さである。


■日米中でほぼ同時進行で発生した「内戦」

米国史上最大の内戦となった「南北戦争」(The Civil War)は、1861から1865年。にかけて起こっている。南北戦争における米国人の死者は60万人強、第二次世界大戦における米軍兵士の戦死者より多いという。米中ともに南北戦争であり、しかも南部が敗者となった点は共通している。

黒船来航は1853年で明治維新は1868年。「内戦」となった戊辰戦争は1968年から翌年にかけて起こっている。戊辰戦争の死者は1万人強と推定されている。こちらは西南と東北の戦いであり、東北が最終的な敗者となった。

19世紀半ばに、日米中で同時進行で大規模な政治変動が進行していたのだ。 


■「太平天国」の位置づけは時代で変化してきた

「太平天国」については、世界史の教科書にはかならず記載されているし、名前ぐらいは耳にした記憶があるはずだ。だが、中国の近現代史における位置づけは、時代とともに変遷してきた。 




かつては「中国革命の先駆者」としての位置づけであったが、2019年の「中華人民共和国建国70年」を経た現在では、かつてのような礼賛一辺倒というわけではなくなっている。 それに応じて、かつて日本で出版された「太平天国の乱」の関係書もニュアンスの違いが反映している(*上掲写真を参照)。

歴史家と同時代認識の関係である。具体的にいえば、『太平天国』(増井経夫、岩波新書、1951)は、「太平天国100年」を記念した出版物であり、中華人民共和国誕生からわずか2年後のものである。ただし、同時代人として上海で太平天国の動向を観察した高杉晋作など日本人が見た太平天国の記述は現時点からしても興味深い内容だ。

『洪秀全と太平天国』(小島晋治、岩波現代文庫、2001 初版1987)は、「太平天国150年」を記念して文庫化された作品だ。すでに中華人民共和国建国から半世紀以上たった時点での文庫化であり、前者と違ってかなり公平な見方が可能となってきた時点での最新成果であった。

『「ゴッド」は神か上帝か』(柳父章、岩波現代文庫、2001 初版1986)もまた、「太平天国150年」を記念して文庫化された作品だ。太平天国を直接扱った作品ではないが、翻訳論の専門家による God の漢訳をめぐるストーリーは、太平天国という新宗教をつくりだすきっかけとなった中国におけるプロテスタント布教と受容をたどることで明らかになる異文化論でもある。

過去の中国史においては「常識」といっていいが、王朝の滅亡は宗教が主導する民衆暴動がきっかけになったことが多い。それだけに宗教を敵視し、徹底的に宗教弾圧に向かっている習近平体制は、はたして新興宗教であった太平天国をどう評価していくのだろうか。 

そうでなくても近現代史というのは、立ち位置によって解釈が大きく異なるので扱いが難しいが、中国共産党が支配を続けている限り、中国近現代史について正確な歴史認識をもつには限界がある。平気で歴史を捏造するのが中国共産党であり、歴代の中国王朝である。


■『太平天国-皇帝なき中国の挫折』(2020)は現代中国を理解するための必読書

先日のことだが、『太平天国-皇帝なき中国の挫折』(菊池秀明、岩波新書、2020)を読んだ。ことし2021年は「太平天国170年」にあたる年である。

すでに見てきたように、太平天国について書かれた本は少なくないが、この本は最新の研究成果を織り込んだコンパクトな1冊で、読みやすく、しかも読みごたえがある。著者は、太平天国研究の現在の第一人者といっていいだろう。  

帯にもあるように「人類史上最悪の内戦」というのは、誇張でもなんでもない。少なく見積もっても、2,000万人以上(!)が殺されているのである。太平天国壊滅後に処刑された者を含めての人数だ。 

著者のスタンスは、現代中国を理解するためには太平天国を理解することは不可欠、というものだ。 

著者は「結論」で以下のように書いている。 (*太字ゴチックは引用者=さとう)


急速に大国化に向かう現在の中国を見るとき、太平天国に現れた中国社会の問題点は、なお未解決のまま残っていることがわかる。自分とは異なる他者を排斥してしまう不寛容さと、権力を分割してその暴走を抑える安定的な制度の欠如は、中国国内だけでなく、台湾や香港、少数民族をはじめとする周辺地域に深刻な影響を与えている・・ 


太平天国には、中国が抱える問題点が集約的に現れていたわけなのだ。「皇帝なき中国」を目指したはずの太平天国も、結局は中国の伝統的統治モデルをなぞるしかなかった。 

現在を理解し、近未来を考えるために必要なのが歴史的思考だ。中国共産党支配がもたらす問題点に冷静に対応するためにも、太平天国については最低限の知識をもつ必要がある。

そのためには、昨年2020年に出版されたこの本は最適だろう。ぜひ読むべきだ。 


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目 次

はじめに 
1 神は上帝ただ一つ 
2 約束の地に向かって
3 「地上の天国」の実像
4 曽国藩と湘軍の登場
5 天京事変への道
6 「救世主の王国」の滅亡
結論
あとがき
参考文献
図版出典一覧
関連年表


著者プロフィール
菊池秀明(きくち・ひであき)
1961年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業、東京大学大学院人文社会研究科博士課程修了。博士(文学)。中国広西師範大学、広西社会科学院に留学および在学研究。その後、中部大学国際関係学部国際文化学科講師、助教授、国際基督教大学准教授などを経て、国際基督教大学教授。専攻は中国近代史。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<参考> 19世紀半ばのほぼ同時期に内戦状態にあった日米中

◆中国: 太平天国の乱(1851~1864)
◆米国: 南北戦争(1861~1865)
◆日本: 戊辰戦争(1868~1869)



<ブログ内関連記事>

・・「(ヴォーリスは)中国ミッションの困難と苦難に関する講演を聴いている最中、キリストの姿(=ビジョン)を幻視し、キリストから直接語りかけられたという劇的な回心を体験し、キリスト教の海外伝道という自らの使命(=ミッション)に目覚めた結果、建築家になる夢をあきらめ、後ろ盾もなく身一つで英語教師として日本に渡った」

・・宣教師ネットワークでつながっていた米中の深層底流

・・カトリックの中国ミッションの歴史



・・東アジアにおけるキリスト教土着は日本だけでなく、朝鮮半島でも中国大陸でも


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