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2026年7月18日土曜日

書評『禅と浪漫の哲学者・前田利鎌 ― 大正時代にみる愛と宗教』(安住恭子、白水社、2021)― 臨済禅と荘子に「自由」の本質を見いだした哲学者の短くも熱い人生

 
 

前田利鎌(まえだ・とがま 1898~1931)という、臨済禅と荘子をつうじて「自由」の本質を見いだした哲学者の、短くも熱い人生を描いた評伝であり、「愛と宗教」が前面にでてたきたものの短命に終わった大正時代を描いたものでもある。 

先日のことだが、『荘子  ―  古代中国の実存主義』(福永光司、中公新書、1964)という本を読んで、まったく魅せられてしまったのだが、その福永氏が大いにインスパイアされたのが前田利鎌の荘子解釈だったのだ。 

漱石門下の同門で親友であった作家・松岡謙が編集し、遺著となった『宗教的人間』(岩波書店、1932)は当時ベストセラーになり、哲学青年たちに読み継がれてロングセラーとなったのだという。

その本の中核をなすものとして、生前に出版された唯一の著書が再編集されたものが『臨済・荘子』(岩波文庫、1990)であり、この本も読み継がれている。  

分析の鋭さと熱いパッションに充ち満ちた『臨済・荘子』本を読んでから、ようやく『禅と浪漫の哲学者・前田利鎌』を読む準備ができたのである。 

というのも、わたしの場合、前田利鎌への関心は、臨済や荘子から発したのではない。しばらく前のことだが『平塚らいてう ― 近代と神秘 ―』(井出文子、新潮選書、1987)という本を読んでいて、らいてうの姉の孝子が大本教に入信していたこと、そしてその孝子と恋愛関係にあったのが前田利鎌であった、その事実を知ったことに発している。  

そしてたどりついたのが、『禅と浪漫の哲学者・前田利鎌』という本であったというわけだ。 

明治維新から約半世紀、猛スピードで欧米にキャッチアップするため「近代化」に邁進した日本。その「近代化」が日露戦争(1904~1905年)を境に物質面にかんしてはピークに達し、「近代」のもつ問題が急速に顕在化してきたのが大正時代(1912~1926年)である。

個人レベルでの精神的飢餓という問題である。「近代化」は、物質的なレベルにとどまり、個人の精神的救済などは、いっさい考慮に入っていなかったのだ。 しかも、表層レベルの西欧近代化深層レベルの日本人としての実存のあいだに大きな亀裂が発生していたのである。

「近代」を生きながら、「近代」を超えようと格闘したのが思想家で運動家の平塚らいてうだった。座禅をつうじて精神世界に親しんでいた人であり、その姉の孝子も当時大流行していた大本教に入信し、精神世界に没入した人であった。 当時の大本教は、「大正維新」を前面に掲げて破竹の勢いで拡張していた。

宮崎滔天らの「中国革命」に全面的にコミットしたあげく、財産を蕩尽して貧窮のどん底に落ちてしまった熊本の名家、その末子として生まれ貧窮のなかで育ったのが前田利鎌である。 

そんな環境で育った彼は、平塚孝子が帰依していた大本教が掲げていた「大正維新」もそうであったが、「社会革命」なるものに幻想などもつことができなかったのは当然であり、個人レベルの「精神革命」に没入することになる。それが学生時代にであった臨済禅であり、禅仏教の成立に多大な影響をあたえた中国の思想家・荘子であった。 

漱石の最後の門下であり、スピノザやニーチェなど西洋哲学に精通した哲学者でありながら、座禅と公案の厳しい修行に没入した求道の人。そして最終的につかみとった「自由」の本質。

それは、拘束するものからの解放を意味する西洋的な「自由」ではなく、なにものにもとらわれない東洋的な真の「自由」であった。「自由」とは、「自らに由って」立ち、常識もふくめてあらゆるものから独立するという意味なのだ。 

大正時代は新興宗教であった大本教にかぎらず、『歎異抄』と親鸞ブームや、友松円諦の真理運動など、宗教が前面にでてきた時代でもある。そして、自由恋愛の時代でもあった。 

個人レベルの精神探求に全身全霊を投じたのが、「禅と浪漫の哲学者」の前田利鎌であった。家族制度の縛りのなか大本教に救いを求めたのが、既婚者で子持ちであった平塚孝子であった。

この二人は志向するところが異なっていたにもかかわらず、しかも女性のほうが13歳年上であったにもかかわらず恋愛関係になる。だが、最終的に溝は埋められないままに円満のうちに関係が終わる。志向するところが完全に合致することがなかったのだ。

前田利鎌と平塚孝子という、大正時代に生きた二人の知られざる関係をほどきながら、関連する人物たちを描くことで、大正時代がどんな時代であったのか、読者の関心を引き出すことに著者は成功している。 

政治や経済だけで社会を語ることはできないのである。「愛と宗教」の時代として大正時代を振り返ってみる必要がある。そして、なぜそれが外部環境の激変のなか、短命に終わってしまったことについてもまた。 


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目 次
推薦者の言 諏訪哲史 
1 はじめに 
2 小説『素顔』と前田利鎌 
3 前田利鎌–漱石──前田卓 
4 前田家の崩壊と利鎌の生いたち─『没落』の背景 
5 『宗教的人間』 
6 前田利鎌と禅との出会い 
7 平塚孝子という女性 
8 『素顔』にみる前田利鎌と平塚孝子 
9 日本の近代の明暗 
10 大本教 
11 大本教批判 
12 利鎌と孝子のその後、そして利鎌の最期 
あとがき
図版一覧/参考文献/年譜/索引

著者プロフィール
安住恭子(あずみ きょうこ) 
宮城県生まれ。宮城教育大学卒業。読売新聞記者を経て、演劇評論を中心に執筆活動。演劇の脚本・演出のほか、プロデュースも多数行なう。


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・・合気道開祖の植芝盛平は、大本教の出口王仁三郎師のもとで10年間にわたって精神修行を行っていた




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2026年7月7日火曜日

『荘子 ― 古代中国の実存主義』(福永光司、中公新書、1964)― こんなスゴイ本はめったにあるものではない!

 

 『荘子 古代中国の実存主義』(福永光司、中公新書、1964)という本を読み出して思ったのは、こんなスゴイ本は滅多にあるものではない、という感想だ。  

「老荘思想」というフレーズがあるように、荘子は老子とならび称される古代中国の思想家である。人によって好みの違いがあるだろうが、わたしは深遠すぎる老子より、息づかいまで感じることのできる荘子に惹かれるものがある。 

とはいっても、分量的に多い『荘子』を通読したわけではないし、「胡蝶の夢」などのエピソードや寓話を断片的に知っているだけだ。「道」(タオ)や「真人」など荘子哲学の結論は知っているものの、荘子がどんな人で、どんな環境からその哲学が生み出されてきたのか、正直なところ、それほど関心がなかった。 

そんなわたしだが、本書『荘子 古代中国の実存主義』を読んでいくと、そんな「自由」をめぐる荘子の哲学的考察がなぜ生まれてきたのか、いかに生まれてきたか、臨場感をもって体感できるような気がしてくるのだ。 

「目次」に使用されているフレーズを見たら、ある程度まで実感できるのではないと思う。


序説 
第1章 痛ましいかな現実 ― 荘子の生いたちとその時代 
第2章 危ういかな人間 ― 荘子の人間理解 
第3章 惑える人々 ― 朝三暮四の世界 
第4章 真実性の世界 ―「道」の哲学 
第5章 自由なる人間「真人」「至人」「神人」 
あとがき  『荘子』篇名/荘子時代略年表/参考文献 


前4世紀の「春秋戦国」という過酷な時代を生き抜いた荘子自身の体験と人間観察から生み出されてきた哲学的考察は、が、『荘子』としてまとめられた中国哲学の古典として伝わってきた。 荘子は屈原や孟子、アリストテレスの同時代人である。

2020年代の現在では、かつてほどの人気はない「実存主義」(Existentialism)だが、人間について哲学する際に「実存」(existence)という概念は避けて通ることのできないものだ。 著者は25ページにわたる長い長い「序説」でキルケゴールやハイデガー、サルトルなどの名前を出しているものの、荘子の哲学が実存主義だと言っているわけではない。 

だが、この本を最初から最後まで順を追って読んだあと、ふたたび「序説」に立ち返ってじっくり読み直してみると、荘子を実存哲学として捉えることは、あながち間違ってはいないと実感される。人間とは、誕生以後と死にまでのあいだの存在であるからだ。その「実存」という、個人個人で異なる人生が視野に入ってくるからだ。

人間が人間として生きるなかで、ありのままの現実、矛盾に充ち満ちた混沌とした現実を見つめつづけた荘子の人生と思考は、「自由」の本質とはなにかについての一貫した問いであり、自分が何ものにもとらわれない自分であることが「自由」である、という東洋哲学的な解答、その問いと答えを求める思考の軌跡であった。

 1918年(大正7年)生まれの著者は、京大文学部の支那哲学科を卒業したのち徴兵され、先の大戦では過酷な中国戦線を転戦している。陸軍中尉として敗戦を迎えた著者は、国民党による現地抑留も体験している。著者は、「死を前にした人間」として、戦地で『荘子』を読み込んで苦境を乗り越えてきたのだという。 

本書は、著者自身の実存と密接にかかわる内容であり、『荘子』を「体読」してきた著者が語る荘子は、概説書の域を超えて読む人に迫るものがあるのはそのためだ。著者が荘子になりかわって、荘子自身が語っているのかのような気がしてくる。

あらためて言うが、こんなこんなスゴイ本は滅多にあるものではない。知識を得るための本ではない。人間の「自由」の本質について考える哲学書なのである。 

60年以上も前に出版された本なのに、いまのいままで存在すら知らなかった。だが、いまこの時期にこの本に出会えたことは幸いであった。

機械そのものというべきAIが支配的になり、国際情勢もふたたび厳しい時代に向かっている現在、人間とその自由について深い考察を行った本書のもつ意義は、再浮上してきているのではないだろうか。 


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著者プロフィール
福永光司(ふくなが・みつじ)
日本の中国学者・中国思想史研究者。京都大学名誉教授。老荘思想・道教研究の第一人。『荘子』の邦訳で一般には知られている。また、道教と日本古代史との関わりについても研究し、道教もその重要な構成要素ある中国南部の「船の文化」の文明圏に注目を促した。
1918年、大分県生中津に生まれる。1942年、 京都帝国大学文学部哲学科を卒業。同年10月熊本野砲兵聯隊入営、中国大陸に出征。1944年に陸軍砲兵少尉、1945年に陸軍砲兵中尉。 敗戦を広東省で迎え、1947年、上海から復員。戦争末期の過酷な体験のなか老荘哲学に精神的救いを見出す。東方文化研究所(京都)助手、大阪府立北野高校教諭、 愛知学芸大学助教授、 京都大学人文科学研究所教授を歴任。1974~79年、東京大学文学部教授。1980~82年、京都大学人文科学研究所長。定年退職のあと関西大学文学部教授、 北九州大学外国語学部教授を歴任、引退後は故郷の中津に住み、 執筆・講演学術調査旅行に多忙な日々を送った。老荘思想と道教関連の著書多数。2001年、 逝去(満83歳没)。(*さまざまな情報をもとに加筆修正)。



 













<ブログ内関連記事>

・・ハイデガーの「世界内存在」は、岡倉天心の『茶の本』(The Book of Tea)の一節である "the art of being in the world" (処世術)からの剽窃であると、哲学者の今道友信が告発している。「処世」は『荘子』に由来するもので、岡倉天心は老荘思想に深く傾倒、また中国南部の文明に注目していた

・・六角堂は、仏教と道教思想にもとづく岡倉天心の瞑想ルーム

・・ともに老荘思想に深く傾倒していた京都出身の科学者2人による対談。湯川秀樹は少年時代から老荘、とくに荘子に深くなじんでいた京都人。京大は東洋学の中心地、なかでも老荘思想とはなじみが深いようだ

・・バレエと合気道、そして太極拳をマスターしていた「西野式呼吸法」の創設者である西野皓三氏は、「真人は踵(かかと)で呼吸する」という荘子のフレーズの意味を深いレベルで体得していた

・・東京商科大学(現在の一橋大学)の卒業生の会を「如水会」と命名したのは渋沢栄一。「如水」は、「君子の交はりは、淡きこと水の如し。小人の交はりは、甘きこと醴(あまざけ)の如し」 (君子之交淡如水 小人之交甘若醴)からきたもので、出典は『荘子 外篇』(山木篇第二十)である。

・・インド発で中央アジアから入ってきた外来宗教としての仏教は、中国で道教と接触することで300年かけて中国化し、とくに浄土教と禅仏教として確立した

・・トルストイは、古今東西の名句のアンソロジー『文読む月日』には老子も荘子も多く引用しているだけでなく、日本人と協力して『老子』のロシア語版を行っている


・・井筒俊彦には『Sufism and Taoism』と題した、イスラーム神秘主義と老荘思想(タオイズム)を詳細に分析した比較哲学の書がある。

・・「一般人が当たり前だと見なして考えもしないことを、驚きの目でもって凝視し、考え抜くのが「哲学者」という存在であり、「哲学」という知の営みだ。(・・・中略・・・)20世紀後半に「ヒューマニズム」(=人間中心主義)という「近代」の行き詰まりが誰の目にも明らかになって以降、かつて隆盛を誇った19世紀以降の哲学者たちの言説が、あまりにも無意味なものに感じられる状況が続いている。それを超えようとしてきた現代思想も、私には同様に映る。そんな状況において、根源(アルケー)にさかのぼってギリシア哲学を再読する意味は大きい。それは非理性の領域に足を踏み込み、心身両面にわたる霊性修行を行い、常識を否定する思考をおこなうことを意味している。」

(2026年7月21日 情報追加)


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