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2024年3月5日火曜日

『平塚らいてう ― 近代と神秘 ―』(井出文子、新潮選書、1987)で、「近代」を生きながら「近代」を超えた平塚らいてうの「精神世界」を知る

 

『出口なお』を読んだあとは、つづけて『平塚らいてう』を読む。そんなことをいうと、奇異に思う人もいることだろう。じつはわたしも数年前までそうだった。

「原始、女性は太陽であった」という女性解放のマニフェストを高らかに宣言した平塚らいてう(1886~1971)は、日本の女性解放運動の草分けと見なされている。これが一般的な理解であろう。 

ところが、1930年代には大本教に限りなく接近していたようなのだ。

出口なおの「お筆先」を読み、しかも出口王仁三郎の『霊界物語』とスウェーデンボルグの霊界探訪記の類似性について大本教の機関誌に寄稿しているくらいなのである。 

平塚らいてうのそんな側面について、きわめて重要な要素だとしているのが、『平塚らいてう ー 近代と神秘 ー』(井出文子、新潮選書、1987)という本だ。副題の「近代と神秘」にその意図するところが示されている。出口王仁三郎とスウェーデンボルグの関係について調べている際にその存在を知り、古書で購入した。 




東京の中流のインテリ家庭に生まれ育った平塚らいてうだが、20歳前後の若い時期に「人はなんで生きるのか」といったいう問いに煩悶し、熱心に座禅に取り組んでいたことまでは、知られているかもしれない。当時は、女性で参禅する人も少なくなかったらしい。 

「父母未生以前の自己本来の面目」という公案を与えられ、20歳で見性(けんしょう)、つまり悟りを得ている。

座禅による瞑想をつうじて、現実の「物質世界」を超えた「精神世界」の存在も知るようになり、この精神世界への志向性が、生涯にわたってつづいていたことが、本書に記されている。きわめて重要なことだ。

大本教と密接な関係をもつようになったきっかけは、実姉が配と偶者の関西赴任によって大本教の熱心な信者になっていたこともあったらしい。どうやら、母親も信者になっていたようだ。 

そんな環境のなかで、出口なおの「お筆先」を読んで、その世界に大いに魅了されたらしい。 

平塚らいてうと大本教のかかわりについては1章をさいて述べられているが、そもそも「原始、女性は太陽であった」という文章じたいが、座禅で精神集中したあとに一気に書きおろされたらしい。これもまた、インテリ版の「お筆先」といえるのかもしれない。 

また、戦後の平和運動へ関与も、大本教との人的なかかわりがあったことが記されている。戦後のらいてうは、左派的な印象さえあるが、どうも実体とはズレがあるようなのだ。 

戦後になってからだが、生前のらいてうと接触のあった女性史研究家であった著者は、最終章に以下のように記している。 


しかし彼女は自伝のなかに自身の霊の世界への感応についてはまったく書いていない。かつて彼女はわたくしにつぎのようにいったのを記憶している。「婦人運動については、どうかあなた方でよく調べてください。でも魂の問題、宗教の問題はわたくし内部のことですから。」(*太字ゴチックは引用者=さとうによる) 



 本書の副題「近代と神秘」の「神秘」にこそ注目すべきだろう。 

神秘の世界、つまり「精神世界」の探求が、理知的な平塚らいてうの根底にあって「近代」を超える力になっていたこと、後世に生きるわれわれも意識すべきではないか、と思うのだ。 

著者自身のらいてうへの深い共感と理解にもとづいた本書は、著者が67歳のときに完成したライフワークである。平塚らいてうを理解するための、またとない評伝であろう。

瀬戸内晴美(=瀬戸内寂聴)の推薦のことばもまた、読ませるものがある。 


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・・文庫版にも「綾部・亀岡-大本教と世界連邦」が収録されている。梅棹忠夫はエスペラントという側面から大本教に関心をもったようだ。「地の利」が活かされたともいえる
「世界平和、人類愛、エスペラント、心霊主義といった広範なテーマを有する大本教の名誉回復を行った文章にもなっている。(・・・中略・・・)日本近代を国家の中枢から推進した国家神道とは対立関係にあった大本教を取り上げたことは、日本文明の二元的構造を示した好例といえるかもしれない。」

・・「新宗教」として大本教に先行するのが、おなじく「女性の神がかり」から始まった天理教

・・「全8巻のなかにあって、転換点となる第6巻にあたる『美しき魂の告白』。ある女性がつづった手記という形をとった、これじたいがひとつの短編小説のような内容だが、ひたすら自分の「内面の声」に忠実に生きようとした女性の、神との対話をつうじた自己の確立を描いたものだ。このような生き方は、現代でも外的世界とさまざまなコンフリクトを生み出すことは言うまでもない。」



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2024年2月28日水曜日

『出口なお』(安丸良夫、朝日選書、1987)を購入から37年目にはじめて通読。「民衆思想」の研究者が本格的に取り組んだ「開祖伝」の名著



『出口なお』(安丸良夫、朝日選書、1987)を読了。初版が1977年なので、そこから数えれば出版後47年目となる。 しかも、なんと購入から37年目(!)にして、はじめて通読したことになる。

というのは、 レシートがはさまっていたので、購入したのが出版直後だとわかったからだ。購入した紀伊国屋書店大手町店は、現在でも大手町ビルのテナントであることはおなじだが、現在とは違って当時は地下1階にあり、横に細長い店舗であった。

大学時代に合気道をやっていたので、合気道「開祖」の植芝盛平が壮年時代の8年間、大本教の出口王仁三郎「聖師」のもとで「精神修行」していたことは知っていた。 

当時は講談社文庫から出ていた『巨人 出口王仁三郎』(出口京太郎)という名著も大学1年のときに読んでいたので、王仁三郎のことは比較的よく知っている。

大本ゆかりの綾部や亀岡は、わたしが生まれた舞鶴から近いので、なんとなく親近感がある。いずれも山陰本線の沿線であり、京都府北西部にある。わたしが子どもの頃は、現在は観光鉄道として営業している嵯峨野鉄道の線路を山陰本線が走っていた。


■神がかりした「開祖」と組織者である「聖師」のズレ

大本教の「開祖」は、出口なおという女性である。

貧困のどん底にいた無学文盲の女性が、突然57歳(!)になって「神がかり」し、自動書記によって膨大な「お筆先」を残したのである。当初は発狂したと見なされていたらしい。 

ただし、教団として組織化を行ったのは、娘婿となった出口王仁三郎である。もともとは上田喜三郎という名前だった、出口なおのお筆先で喜三郎が鬼三郎とされ、その後に鬼が王仁王仁となって最終的に出口王仁三郎となった。

 「開祖」と「聖師」は宗教教団である大本教の二本柱だが、その共通点と相違点をよく理解する必要がある。神おろしと判定を行う「鎮魂鬼神」のメソッドと、神道的要素を持ち込んだのは王仁三郎であった。神憑りの内容だけでは宗教教団としての確立も成長もなかったといっていい。 

福知山に生まれ、綾部に嫁ぎ、腕がいい大工だが遊び人の夫と、貧乏人の子だくさんとういうべきか、大家族の生活を一身に背負って苦労を重ね、夫が事故で病床について以後は、ほとんど底辺にまで落ちて、紙くず拾いというその日暮らしとなっていた。 
  
我慢に我慢を重ねた忍従の女性の人生。抑圧に抑圧を重ねた末についに臨界点を越え、無意識の領域から「内面の声」が爆発してあふれ出したのは、ある意味では当然なのかもしれない。ただ、それが異様なまでの神のお告げであっただけに、気が狂ったのではないかとされたのである。 

明治維新後の「近代日本」が生み出した社会矛盾、それに対する底辺の民衆からの激しい異議申し立てが、無学文盲の女性の口からほとばしりでたのである。

破壊と再生を語るその激しい内容は、「世の立て替え」という「千年王国的ユートピア」というべきものであった。 


『出口なお』は『神々の明治維新』とならんで代表作のひとつ

著者の安丸良夫氏は、『神々の明治維新』という名著で有名な日本思想史研究者であった。

「民衆思想」研究の出発点にあったのが、「地の利」が活かされたというべきか、京都大学の学生時代に参加した『大本70年史』編纂だったという。出口なおの「お筆先」の内容を詳細かつ綿密に分析した成果が、本書に結実している。 

だからこそ、大本教にまつわる「古神道」関連にかんしても、じつに詳細に記述されているのである 長沢雄盾(ながさわ・かつとし)や本田親徳(ほんだ・ちかあつ)、大石凝真素美(おおいしごり・まそみ)といった人名も、37年前ならおそらく読み飛ばしてであろう。 

それなりに人生経験を積んで、知識も蓄積されたいまは、よく理解して読めるということだが、それだけではない。貧富の差が増大し、社会矛盾が増大しつつある現在の日本であるからこそ、すでに100年前の話であるがリアリティをもって迫ってくるものがある。 

一橋大学社会学部教授であった安丸先生の授業は、大学3年のときに受講している。そういう経緯もあって、すでに社会人になってうたが、出版後すぐに購入したのである。ところが、パラパラとみただけでちゃんと読まないまま37年(!)もたってしまったのだ。 

今回あらためて最初から最後まで通読してみて思うのは、さすがに日本思想史の研究者、しかも「民衆思想」の研究者だな、と。 

『出口なお』もまた、いまは亡き安丸良夫氏の代表作のひとつであることを大いに実感した次第である。 





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目 次
はじめに 
1 生いたち 
2 苦難の生活者として 
3 内なる声 
4 告知者として 
5 零落れた神たち 
6 出会いと自認 
7 近代化日本への憤激 
8 天下の秋 
あとがき 
年譜

著者プロフィール
安丸良夫(やすまる・よしお)
1934年〈昭和9年〉6月2日 - 2016年〈平成28年〉4月4日)は、日本の歴史学者。専門は近世・近代の日本思想史、宗教史。一橋大学名誉教授。
「民衆史学」の興隆の中で『日本の近代化と民衆思想』を著し、色川大吉、鹿野政直らとともに民衆思想史の第一人者として活躍した。思想史家らが論じてきた「頂点的思想家」の支配思想と異なり、通俗道徳に基づいた民衆の自己鍛練の思想を論じることで、資本主義成立期の貧農や商人の没落とそれに伴う教派神道などの民衆宗教の勃興を論じている。
その後も『出口なお』、『神々の明治維新』などで近代の民衆信仰を研究し続けたほか、民衆史の退潮に伴い、『近代天皇像の形成』、『文明化の経験』など近世から近代への移行期を描く著作を多く残している。日本の歴史学や思想史学の歴史や方法にも関心が深く、『方法としての思想史』、『戦後歴史学という経験』、『現代日本思想論』などを著している。 
『神々の明治維新』では、全国各地の氏神を祀ってきた神社に記紀の皇統神を合祀し、国による組織化を進めるなど、それまでの民衆の信仰とはかなり違う性質のものとなったと主張している。(Wikipediaより)


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・・文庫版にも「綾部・亀岡-大本教と世界連邦」が収録されている。梅棹忠夫はエスペラントという側面から大本教に関心をもったようだ。「地の利」が活かされたともいえる
「世界平和、人類愛、エスペラント、心霊主義といった広範なテーマを有する大本教の名誉回復を行った文章にもなっている。(・・・中略・・・)日本近代を国家の中枢から推進した国家神道とは対立関係にあった大本教を取り上げたことは、日本文明の二元的構造を示した好例といえるかもしれない。」

・・「新宗教」として大本教に先行するのが、おなじく「女性の神がかり」から始まった天理教

・・安丸良夫の名著『神々の明治維新』を取り上げている

・・「神道系新宗教への親近感、霊性の観点からみた女性の男性に対する優位性など、折口信夫の思想のラディカルな性格」

・・「全8巻のなかにあって、転換点となる第6巻にあたる『美しき魂の告白』。ある女性がつづった手記という形をとった、これじたいがひとつの短編小説のような内容だが、ひたすら自分の「内面の声」に忠実に生きようとした女性の、神との対話をつうじた自己の確立を描いたものだ。このような生き方は、現代でも外的世界とさまざまなコンフリクトを生み出すことは言うまでもない。」



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2022年1月14日金曜日

40年ぶりにふたたび手に取った『合気道入門』(植芝吉祥丸、光文社カッパブックス、1972)-18歳のときに読んだ記憶が鮮明に蘇る

 

 いまから40年前のことだが、大学に入学した1981年に体育会合気道部に入部した。18歳のときのことだ。 入部してしばらくしてから読んだのがこの『合気道入門』(植芝吉祥丸、光文社カッパブックス、1972)という1冊。

いまは亡き親友H.S.君が合気道部の部室に持ってきた本。この本を読んだから合気道を始めたのではない。その逆だ。 合気道を始めてから読んだのだ

読んだ記憶が濃厚に自分のなかに残っていたこの本を、オークションで落札して40年ぶりに手に取った。こんなことも書いてあったか、そんなことも書いてあったかと、読み返してみてあらためて驚きも感じている。 


(浄土宗で作家の寺内大吉氏は植芝吉祥丸先生と同窓生だった!)


この本がすぐれているのは(・・というより、開祖植芝盛平(=大先生)の息子で二代目道主の吉祥丸先生の本はすべてそうだが)、「入門書」であるにもかかわらず、合気道のもつ精神的な側面にも多く触れていることだ。「合気道はたんなる武術ではなく、精神の修行を重んじる精神の科学でもある」(本書p.22)。


(『合気道入門』本文よりスキャン。ただし、このイラストは、ほんとうは正確ではない。綾部時代の開祖は50歳代で、白髪の老人ではなかった)


植芝吉祥丸先生の「吉祥丸」という名は、大江山の鬼退治で有名な源頼光の幼名だが、大本教の出口王仁三郎師じきじきの命名である。夭折した2人の息子についで生まれた息子だったからということもあろう。当時、開祖は京都の綾部にて王仁三郎師のもとで精神修行を行っていた。だから、合気道用語には「古神道」由来のものがすくなからずある。 




開祖が開眼した際の神秘体験についても書かれている。「黄金体と化す」という神秘体験の記述は、わたしの心のなかに深く刻まれて現在に至る。その体験で得たものが「我即宇宙」という深い哲理なのだ。 

そんなことが書かれているこの本は、「入門書」としてはきわめて異色というべきであろう。ここではあえて説明はしないが、「1972年という出版年」のもつ意味も考える必要があるかもしれない。 



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・・綾部という土地柄のもつ意味。大本教、同志社系キリスト教・・


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2016年2月18日木曜日

「三千世界一度に開く梅の花」


「三千世界一度に開く梅の花」。このフレーズにすぐにピンときたら、 あなたはそうとうの物知りというべきでしょう。 気になる人は検索してみるとよろしいでしょう。スピリチュアル系のフレーズですよ。

わたしがこのフレースを知っているのは合気道をやっていたから。合気道開祖・植芝盛平の語録である『合気神髄』には「道歌」が収録されていますが、そのなかにこんな道歌があります。

三千世界一度に開く梅の花
二度の岩戸は開かれにけり

いきなり「三千世界一度に開く梅の花」ですね! 「岩戸」は『古事記』に登場する「天の岩戸神話」のこと。アマテラスが引きこもっていた岩戸をアマノウズメのストリップで開けさせたというエピソードですね。二度目に開けるとは合気道開眼のことをさしているのでしょう。

(千葉県市川市の白幡天神社にて)

「三千世界一度に開く梅の花」とは、ネット検索すれば、すぐに判明しますが、じつは大本教の開祖・出口なおの『お筆先』に登場するフレーズなのです。

『大本神諭』にある、「三千世界一度に開く梅の花、艮(うしとら)の金神(こんじん)の世になりたぞよ。神が表(おもて)に現れて 三千世界の立替え立直しを致すぞよ」との宣言のことです。ユートピア実現ということですね。これが、出口なおのクチを借りて語られたというわけです。

植芝盛平翁が父危篤の知らせを受けて、北海道から故郷の紀州田辺に引き上げる途上、京都府綾部にある大本教(おほもと)教主の出口王仁三郎(でぐち・おにさぶろう)聖師のウワサを聞きつけて訪れ、父親が亡くなったあとも当地にとどまって精神修行を行っていたのです。そして出口聖師のもとで「植芝塾」を開き、武道を教えていたのでありました。大正時代のことです。

というわけで、「三千世界一度に開く梅の花」というフレーズが道歌にでてくるのでしょう。知らず知らずのうちに、植芝翁の無意識レベルに浸透していたというべきかもしれません。


「三千世界」とはもともと仏教要語です。須弥山(しゅみせん)世界が 10億個(!)集まった空間、つまり「十万億土」を表すコトバで、広大な世界全体を意味しているといってもいいでしょう。スケール感がケタはずれですね。

「三千世界」といえば、幕末の志士・高杉晋作の有名な戯れ歌を想起しますね。

三千世界の鴉(からす)を殺し
ぬしと朝寝がしてみたい

意味はご想像いただきたく。


ところで、この記事に掲載した梅の花は、 「天神様」の境内で咲いていたものを、今週撮影したものです。

といっても、かの有名な大宰府天満宮でも京都の北野天満宮でも、東京の湯島天神でも亀戸天神ありません。千葉県市川市内の白幡天神社、という古社です。たまたま用事があって近くまでいくことがあった際に、梅の花の見事な咲きっぷりに「三千世界一度に開く梅の花」 を想起した次第。

天満宮は、日本全国に広く分布しています。  

日本人にとって「梅の花」といえば、なんといっても天神様こと菅原道真でしょう。左遷先の太宰府で詠んだ有名な和歌があります。


東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花
主なしとて 春を忘るな  (拾遺和歌集)


遣唐使を廃止した菅原道真でありましたが、梅(うめ)そのものは大陸から渡来したもの。発音は「メー」ですね。日本人はそのままでは発音できないので「ウ」をつけて「ウ・メ」としたわけです。馬(ウ・マ)もまた同じです。

桜もいいが、梅もよし。2月というこの時期は、やはり梅の花を楽しみたいものですね。



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合気道・道歌-『合気神髄』より抜粋

古事記と勾玉(まがたま)

お神楽(かぐら)を見に行ってきた(船橋市 高根神明社)(2009年10月15日)
・・お神楽のフィナーレは「天の岩戸舞」


かつては「花」といえば桜ではなく梅だった

「散る桜 残る桜も 散る桜」 (良寛)
・・もともと日本では「花」といえば「梅」だったが・・。


菅原道真の仇敵の藤原時平を祀った神社もある

下総国の二宮神社(千葉県船橋市)に初詣(2015年1月3日)-藤原時平を祀る全国でもめずらしい神社
・・「学問の神さまとなった菅原道真を太宰府に追いやった左大臣・藤原時平を主神として祀っているのは、この地域がもともと藤原氏の所領だったためらしい。藤原時平を祀った時平神社が隣接する八千代市にあるようだが、国民的には人気のない藤原時平を祀った神社は全国的に見てもめずらしい」

市川文学散歩 ①-葛飾八幡宮と千本いちょう、そして晩年の永井荷風
・・「白幡天神社は、12世紀までさかのぼることのできる古社のようだ。神さびていながら掃除が行き届いており、土地に根ざした産土神として大切にされてきたことがうかがわれる」


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