『出口なお』(安丸良夫、朝日選書、1987)を読了。初版が1977年なので、そこから数えれば出版後47年目となる。 しかも、なんと購入から37年目(!)にして、はじめて通読したことになる。
というのは、 レシートがはさまっていたので、購入したのが出版直後だとわかったからだ。購入した紀伊国屋書店大手町店は、現在でも大手町ビルのテナントであることはおなじだが、現在とは違って当時は地下1階にあり、横に細長い店舗であった。
大学時代に合気道をやっていたので、合気道「開祖」の植芝盛平が壮年時代の8年間、大本教の出口王仁三郎「聖師」のもとで「精神修行」していたことは知っていた。
当時は講談社文庫から出ていた『巨人 出口王仁三郎』(出口京太郎)という名著も大学1年のときに読んでいたので、王仁三郎のことは比較的よく知っている。
大本ゆかりの綾部や亀岡は、わたしが生まれた舞鶴から近いので、なんとなく親近感がある。いずれも山陰本線の沿線であり、京都府北西部にある。わたしが子どもの頃は、現在は観光鉄道として営業している嵯峨野鉄道の線路を山陰本線が走っていた。
■神がかりした「開祖」と組織者である「聖師」のズレ
大本教の「開祖」は、出口なおという女性である。
貧困のどん底にいた無学文盲の女性が、突然57歳(!)になって「神がかり」し、自動書記によって膨大な「お筆先」を残したのである。当初は発狂したと見なされていたらしい。
ただし、教団として組織化を行ったのは、娘婿となった出口王仁三郎である。もともとは上田喜三郎という名前だった、出口なおのお筆先で喜三郎が鬼三郎とされ、その後に鬼が王仁王仁となって最終的に出口王仁三郎となった。
「開祖」と「聖師」は宗教教団である大本教の二本柱だが、その共通点と相違点をよく理解する必要がある。神おろしと判定を行う「鎮魂鬼神」のメソッドと、神道的要素を持ち込んだのは王仁三郎であった。神憑りの内容だけでは宗教教団としての確立も成長もなかったといっていい。
福知山に生まれ、綾部に嫁ぎ、腕がいい大工だが遊び人の夫と、貧乏人の子だくさんとういうべきか、大家族の生活を一身に背負って苦労を重ね、夫が事故で病床について以後は、ほとんど底辺にまで落ちて、紙くず拾いというその日暮らしとなっていた。
我慢に我慢を重ねた忍従の女性の人生。抑圧に抑圧を重ねた末についに臨界点を越え、無意識の領域から「内面の声」が爆発してあふれ出したのは、ある意味では当然なのかもしれない。ただ、それが異様なまでの神のお告げであっただけに、気が狂ったのではないかとされたのである。
明治維新後の「近代日本」が生み出した社会矛盾、それに対する底辺の民衆からの激しい異議申し立てが、無学文盲の女性の口からほとばしりでたのである。
破壊と再生を語るその激しい内容は、「世の立て替え」という「千年王国的ユートピア」というべきものであった。
■『出口なお』は『神々の明治維新』とならんで代表作のひとつ
著者の安丸良夫氏は、『神々の明治維新』という名著で有名な日本思想史研究者であった。
「民衆思想」研究の出発点にあったのが、「地の利」が活かされたというべきか、京都大学の学生時代に参加した『大本70年史』編纂だったという。出口なおの「お筆先」の内容を詳細かつ綿密に分析した成果が、本書に結実している。
だからこそ、大本教にまつわる「古神道」関連にかんしても、じつに詳細に記述されているのである 長沢雄盾(ながさわ・かつとし)や本田親徳(ほんだ・ちかあつ)、大石凝真素美(おおいしごり・まそみ)といった人名も、37年前ならおそらく読み飛ばしてであろう。
それなりに人生経験を積んで、知識も蓄積されたいまは、よく理解して読めるということだが、それだけではない。貧富の差が増大し、社会矛盾が増大しつつある現在の日本であるからこそ、すでに100年前の話であるがリアリティをもって迫ってくるものがある。
一橋大学社会学部教授であった安丸先生の授業は、大学3年のときに受講している。そういう経緯もあって、すでに社会人になってうたが、出版後すぐに購入したのである。ところが、パラパラとみただけでちゃんと読まないまま37年(!)もたってしまったのだ。
今回あらためて最初から最後まで通読してみて思うのは、さすがに日本思想史の研究者、しかも「民衆思想」の研究者だな、と。
『出口なお』もまた、いまは亡き安丸良夫氏の代表作のひとつであることを大いに実感した次第である。
PS 現在は、岩波現代文庫から『出口なお ― 女性教祖と救済思想』と副題をつけて2013年に再刊されている。
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目 次はじめに1 生いたち2 苦難の生活者として3 内なる声4 告知者として5 零落れた神たち6 出会いと自認7 近代化日本への憤激8 天下の秋あとがき年譜
著者プロフィール安丸良夫(やすまる・よしお)1934年〈昭和9年〉6月2日 - 2016年〈平成28年〉4月4日)は、日本の歴史学者。専門は近世・近代の日本思想史、宗教史。一橋大学名誉教授。「民衆史学」の興隆の中で『日本の近代化と民衆思想』を著し、色川大吉、鹿野政直らとともに民衆思想史の第一人者として活躍した。思想史家らが論じてきた「頂点的思想家」の支配思想と異なり、通俗道徳に基づいた民衆の自己鍛練の思想を論じることで、資本主義成立期の貧農や商人の没落とそれに伴う教派神道などの民衆宗教の勃興を論じている。その後も『出口なお』、『神々の明治維新』などで近代の民衆信仰を研究し続けたほか、民衆史の退潮に伴い、『近代天皇像の形成』、『文明化の経験』など近世から近代への移行期を描く著作を多く残している。日本の歴史学や思想史学の歴史や方法にも関心が深く、『方法としての思想史』、『戦後歴史学という経験』、『現代日本思想論』などを著している。
『神々の明治維新』では、全国各地の氏神を祀ってきた神社に記紀の皇統神を合祀し、国による組織化を進めるなど、それまでの民衆の信仰とはかなり違う性質のものとなったと主張している。(Wikipediaより)
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・・文庫版にも「綾部・亀岡-大本教と世界連邦」が収録されている。梅棹忠夫はエスペラントという側面から大本教に関心をもったようだ。「地の利」が活かされたともいえる
「世界平和、人類愛、エスペラント、心霊主義といった広範なテーマを有する大本教の名誉回復を行った文章にもなっている。(・・・中略・・・)日本近代を国家の中枢から推進した国家神道とは対立関係にあった大本教を取り上げたことは、日本文明の二元的構造を示した好例といえるかもしれない。」
・・「新宗教」として大本教に先行するのが、おなじく「女性の神がかり」から始まった天理教
・・安丸良夫の名著『神々の明治維新』を取り上げている
・・「神道系新宗教への親近感、霊性の観点からみた女性の男性に対する優位性など、折口信夫の思想のラディカルな性格」
・・「全8巻のなかにあって、転換点となる第6巻にあたる『美しき魂の告白』。ある女性がつづった手記という形をとった、これじたいがひとつの短編小説のような内容だが、ひたすら自分の「内面の声」に忠実に生きようとした女性の、神との対話をつうじた自己の確立を描いたものだ。このような生き方は、現代でも外的世界とさまざまなコンフリクトを生み出すことは言うまでもない。」
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