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2024年2月28日水曜日

『出口なお』(安丸良夫、朝日選書、1987)を購入から37年目にはじめて通読。「民衆思想」の研究者が本格的に取り組んだ「開祖伝」の名著



『出口なお』(安丸良夫、朝日選書、1987)を読了。初版が1977年なので、そこから数えれば出版後47年目となる。 しかも、なんと購入から37年目(!)にして、はじめて通読したことになる。

というのは、 レシートがはさまっていたので、購入したのが出版直後だとわかったからだ。購入した紀伊国屋書店大手町店は、現在でも大手町ビルのテナントであることはおなじだが、現在とは違って当時は地下1階にあり、横に細長い店舗であった。

大学時代に合気道をやっていたので、合気道「開祖」の植芝盛平が壮年時代の8年間、大本教の出口王仁三郎「聖師」のもとで「精神修行」していたことは知っていた。 

当時は講談社文庫から出ていた『巨人 出口王仁三郎』(出口京太郎)という名著も大学1年のときに読んでいたので、王仁三郎のことは比較的よく知っている。

大本ゆかりの綾部や亀岡は、わたしが生まれた舞鶴から近いので、なんとなく親近感がある。いずれも山陰本線の沿線であり、京都府北西部にある。わたしが子どもの頃は、現在は観光鉄道として営業している嵯峨野鉄道の線路を山陰本線が走っていた。


■神がかりした「開祖」と組織者である「聖師」のズレ

大本教の「開祖」は、出口なおという女性である。

貧困のどん底にいた無学文盲の女性が、突然57歳(!)になって「神がかり」し、自動書記によって膨大な「お筆先」を残したのである。当初は発狂したと見なされていたらしい。 

ただし、教団として組織化を行ったのは、娘婿となった出口王仁三郎である。もともとは上田喜三郎という名前だった、出口なおのお筆先で喜三郎が鬼三郎とされ、その後に鬼が王仁王仁となって最終的に出口王仁三郎となった。

 「開祖」と「聖師」は宗教教団である大本教の二本柱だが、その共通点と相違点をよく理解する必要がある。神おろしと判定を行う「鎮魂鬼神」のメソッドと、神道的要素を持ち込んだのは王仁三郎であった。神憑りの内容だけでは宗教教団としての確立も成長もなかったといっていい。 

福知山に生まれ、綾部に嫁ぎ、腕がいい大工だが遊び人の夫と、貧乏人の子だくさんとういうべきか、大家族の生活を一身に背負って苦労を重ね、夫が事故で病床について以後は、ほとんど底辺にまで落ちて、紙くず拾いというその日暮らしとなっていた。 
  
我慢に我慢を重ねた忍従の女性の人生。抑圧に抑圧を重ねた末についに臨界点を越え、無意識の領域から「内面の声」が爆発してあふれ出したのは、ある意味では当然なのかもしれない。ただ、それが異様なまでの神のお告げであっただけに、気が狂ったのではないかとされたのである。 

明治維新後の「近代日本」が生み出した社会矛盾、それに対する底辺の民衆からの激しい異議申し立てが、無学文盲の女性の口からほとばしりでたのである。

破壊と再生を語るその激しい内容は、「世の立て替え」という「千年王国的ユートピア」というべきものであった。 


■『出口なお』は『神々の明治維新』とならんで代表作のひとつ

著者の安丸良夫氏は、『神々の明治維新』という名著で有名な日本思想史研究者であった。

「民衆思想」研究の出発点にあったのが、「地の利」が活かされたというべきか、京都大学の学生時代に参加した『大本70年史』編纂だったという。出口なおの「お筆先」の内容を詳細かつ綿密に分析した成果が、本書に結実している。 

だからこそ、大本教にまつわる「古神道」関連にかんしても、じつに詳細に記述されているのである 長沢雄盾(ながさわ・かつとし)や本田親徳(ほんだ・ちかあつ)、大石凝真素美(おおいしごり・まそみ)といった人名も、37年前ならおそらく読み飛ばしてであろう。 

それなりに人生経験を積んで、知識も蓄積されたいまは、よく理解して読めるということだが、それだけではない。貧富の差が増大し、社会矛盾が増大しつつある現在の日本であるからこそ、すでに100年前の話であるがリアリティをもって迫ってくるものがある。 

一橋大学社会学部教授であった安丸先生の授業は、大学3年のときに受講している。そういう経緯もあって、すでに社会人になってうたが、出版後すぐに購入したのである。ところが、パラパラとみただけでちゃんと読まないまま37年(!)もたってしまったのだ。 

今回あらためて最初から最後まで通読してみて思うのは、さすがに日本思想史の研究者、しかも「民衆思想」の研究者だな、と。 

『出口なお』もまた、いまは亡き安丸良夫氏の代表作のひとつであることを大いに実感した次第である。 





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目 次
はじめに 
1 生いたち 
2 苦難の生活者として 
3 内なる声 
4 告知者として 
5 零落れた神たち 
6 出会いと自認 
7 近代化日本への憤激 
8 天下の秋 
あとがき 
年譜

著者プロフィール
安丸良夫(やすまる・よしお)
1934年〈昭和9年〉6月2日 - 2016年〈平成28年〉4月4日)は、日本の歴史学者。専門は近世・近代の日本思想史、宗教史。一橋大学名誉教授。
「民衆史学」の興隆の中で『日本の近代化と民衆思想』を著し、色川大吉、鹿野政直らとともに民衆思想史の第一人者として活躍した。思想史家らが論じてきた「頂点的思想家」の支配思想と異なり、通俗道徳に基づいた民衆の自己鍛練の思想を論じることで、資本主義成立期の貧農や商人の没落とそれに伴う教派神道などの民衆宗教の勃興を論じている。
その後も『出口なお』、『神々の明治維新』などで近代の民衆信仰を研究し続けたほか、民衆史の退潮に伴い、『近代天皇像の形成』、『文明化の経験』など近世から近代への移行期を描く著作を多く残している。日本の歴史学や思想史学の歴史や方法にも関心が深く、『方法としての思想史』、『戦後歴史学という経験』、『現代日本思想論』などを著している。 
『神々の明治維新』では、全国各地の氏神を祀ってきた神社に記紀の皇統神を合祀し、国による組織化を進めるなど、それまでの民衆の信仰とはかなり違う性質のものとなったと主張している。(Wikipediaより)


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・・文庫版にも「綾部・亀岡-大本教と世界連邦」が収録されている。梅棹忠夫はエスペラントという側面から大本教に関心をもったようだ。「地の利」が活かされたともいえる
「世界平和、人類愛、エスペラント、心霊主義といった広範なテーマを有する大本教の名誉回復を行った文章にもなっている。(・・・中略・・・)日本近代を国家の中枢から推進した国家神道とは対立関係にあった大本教を取り上げたことは、日本文明の二元的構造を示した好例といえるかもしれない。」

・・「新宗教」として大本教に先行するのが、おなじく「女性の神がかり」から始まった天理教

・・安丸良夫の名著『神々の明治維新』を取り上げている

・・「神道系新宗教への親近感、霊性の観点からみた女性の男性に対する優位性など、折口信夫の思想のラディカルな性格」

・・「全8巻のなかにあって、転換点となる第6巻にあたる『美しき魂の告白』。ある女性がつづった手記という形をとった、これじたいがひとつの短編小説のような内容だが、ひたすら自分の「内面の声」に忠実に生きようとした女性の、神との対話をつうじた自己の確立を描いたものだ。このような生き方は、現代でも外的世界とさまざまなコンフリクトを生み出すことは言うまでもない。」



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2024年2月18日日曜日

「熊楠論」の『熊楠 生命と霊性』(安藤礼二、河出書房新社、2020)と「熊楠研究」の『闘う南方熊楠 ―「エコロジー」の先駆者』(武内善信、勉誠出版、2012)は、あわせて読むべき南方熊楠関連本

 

このところ南方熊楠関連の本をひさびさに読んでいる。 南方熊楠は、粘菌研究を中心にして、森羅万象すべてに強い関心を抱いていた「知の巨人」である。わたしは大学時代から断続的に読んできた。 

集中的に読んだのは2009年のことであったが、15年後の2024年の今回ひさびさに南方熊楠関連本を読むきっかけとなったのは、『熊楠 生命と霊性』(安藤礼二、河出書房新社、2020)である。

文芸評論家の安藤礼二氏は、ライフワークである『折口信夫』という大著で知られているが、最近その『大拙』を読んで大いに感心したので、積ん読のままになっていた『熊楠』も読んでおこうと思った次第。

 安藤氏の『熊楠 生命と霊性』は、「粘菌・曼荼羅・潜在意識」/「神秘と抽象」/「生命と霊性」の3本の論文からなる。 

最初の文章は別にして、のこりの2つは大拙がらみの熊楠というものであって、あくまでも「日本的霊性」を説いた大拙に熊楠を引きつけて論じている。そんな印象の強い内容であった。 

その意味では、安藤氏の『熊楠』は『大拙』の副産物という位置づけと考えるべきであろう。まあ、森羅万象を論じた熊楠を論じるのはやっかいな仕事ではあるな。 

熊楠は、あくまでも具体的な事物に関心が向かっており、思弁的な傾向はけっして強くない。安藤氏は、熊楠を買いかぶりすぎているようだ。読んでいて面白いのだが、はたしてそう言えるのかという疑問が生じる。 深読みが過ぎて、創作の領域に踏み込んでいるという印象だ。

安藤礼二氏は中沢新一系列の人なので、どうしても文学的想像力を駆使した飛躍が多いという印象を受ける。本人も「熊楠論」であって「熊楠研究」ではないと、断りを入れているのはそのためであろう。 あくまでも文芸評論家の「作品」と受け取るべきか。

*****

その「熊楠研究」の立場から、中沢氏系列の仕事に対して批判的な立ち位置にあるのが、『闘う南方熊楠 ー「エコロジー」の先駆者』(武内善信、勉誠出版、2012)である。

「熊楠研究」と「熊楠論」を区別するよう主張しているのがこの本だ。 武内氏の分類によれば、安藤氏の『熊楠』は「熊楠論」であり、安藤氏もそれを認めている。批判を謙虚に受け止めた結果である。 

安藤氏は、『闘う南方熊楠』について上記の『熊楠』ではフェアな態度で言及しており、しかも武内氏の本には、南方熊楠と紀州田辺出身の合気道開祖の植芝盛平の関係も書いてあるようなので、さっそく取り寄せて確認してみることにした。 

『闘う南方熊楠』は、和歌山市立博物館の学芸員という、「地の利」を活かした研究者による実証的な「熊楠研究」である。

新発見の資料などをもとに描かれた熊楠像は、実像に近い姿を描き出しているといえよう。「移民県」であった和歌山、そんな土地柄を知り尽くした人ならではの解釈は説得力がある。南方熊楠のような海外体験者は、当時の和歌山ではごろごろしていたのだ。 

とくに「Ⅱ 在米民権運動とアメリカ時代の意味」「Ⅳ 神社合祀反対運動と「エコロジー」」が大いに読ませるものがある。このテーマには、むかしから大いに感心をもってきたからだ。 

植芝盛平と南方熊楠が「神社合祀反対運動」において接触をもっていたことは、2代目道主・植芝吉祥丸の『合気道開祖 植芝盛平伝』でも触れられていた。 これは大学1年のときに読んで知っていた。

その事実が、本書のなかで、南方熊楠自身も書簡のなかで「植芝なる豪傑」について触れているという記述で裏付けられたことに、大いに満足感を覚えている。 

というのも、こちらは安藤礼二氏好みのテーマであるが、鈴木大拙に与えたスウェーデンボルグの影響は、大拙による訳書をつうじて、これまた巨人というべき大本教の出口王仁三郎の霊界観にも大きな影響を与えているからであり、その王仁三郎と熊楠という両巨人と接点をもっていたのが植芝盛平だからなのだ。 

合気道関係者は例外として、植芝盛平に対する関心をもっている一般人はそれほど多くないだろう。合気道を知らずに論ずるのは危険であることもあろうが、もっと植芝盛平の「思想」には関心をもってほしいと思っている。 

*****


さて、話がそれてしまったが、安藤礼二氏の『熊楠 生命と霊性』が「熊楠論」であれば、武内善信氏の『闘う南方熊楠』は「熊楠研究」である。 

後者はあくまでも研究者としての立ち位置を崩さす、前者は文芸評論家という立ち位置で事実関係をベースにしながらも、イマジネーションを駆使した作品と考えるべきだろう。 ある意味では、この2冊は補完的な関係にあるといってもいいかもしれない。

ただし、安藤氏にとっての熊楠は、折口信夫のようなライフワークではないので、どうしても折口論や大拙論に劣後するという印象は否めない。

熊楠は、大拙のような思想系の人物ではない。 森羅万象に関心を抱いていた南方熊楠だが、主要業績として現在に至るまで大きな意味をもっているのは「粘菌研究」であり、生物学者でもあった昭和天皇とあわせて顕彰すべき存在である。 

なぜ熊楠が粘菌類を主要な研究テーマとしたのかについては、さまざまな見解があるが、熊楠在世当時の「進化論」を踏まえたうえで、考える必要があるという、安藤氏の指摘には耳を傾ける価値がある。武内氏の「進化論」にかんする言及は、通俗的見解に引きずられて不十分なようだ。熊楠のいう「エコロジー」は、ヘッケルの「エコロジー」そのものではない、と。

また、安藤氏が『近代論ー危機の時代のアルシーヴ』(NTT出版、2007)の段階でも指摘しているように、南方熊楠にかんしては「潜在意識」と「狂気と夢」にかんする安藤氏の指摘には無視できないものがある。この分野は、「予知夢」とからめて、また別途に探求する必要があろう。

南方熊楠は、わたしにとっては主要な研究テーマではないが、高校時代まで生物学に多大な関心を抱いており、小学生の頃から生物学者としての昭和天皇を尊敬してきたわたしにとって、熊楠は依然として親しみを感じる存在でありつづけている。 


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『闘う南方熊楠 ー「エコロジー」の先駆者』
目 次
はじめにー熊楠研究の動向と本書の目的
Ⅰ 「明治」という時代とともに
  城下町和歌山と熊野
  「南方」という家、「熊楠」という名前
  城下町和歌山の学問・文化・教育と南方熊楠
Ⅱ 在米民権運動とアメリカ時代の意味
  熊楠の渡米と自由民権
  在米民権新聞『新日本』からの手紙
  南方熊楠所持の条約改正反対意見秘密出版書
  アナーバーの回覧新聞『大日本』の再検討
  補論 南方熊楠対長坂邦輔―『珍事評論』の背景
Ⅲ ロンドンから熊野の森へ
  孫文と南方熊楠
  南方熊楠における珍種発見と夢の予告
  「那智隠棲期」の検討
Ⅳ 神社合祀反対運動と「エコロジー」
  南方熊楠と神社合祀反対運動
  神社合祀反対運動の始動と展開
  南方熊楠と世界の環境保護運動
  日露戦後の自然保護運動と「エコロジー」
  神社合祀反対運動における神社林と入会林
  「大逆事件」と運動の終局
あとがき
初出一覧
南方熊楠の神社合祀反対運動関係年表
索引

著者プロフィール
武内善信(たけうち・よしのぶ)
1954年和歌山県に生まれる。同志社大学大学院法学研究科博士課程後期満期退学。和歌山市立博物館主任学芸員、和歌山城文化財専門員。専門は日本近代史。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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2022年1月14日金曜日

40年ぶりにふたたび手に取った『合気道入門』(植芝吉祥丸、光文社カッパブックス、1972)-18歳のときに読んだ記憶が鮮明に蘇る

 

 いまから40年前のことだが、大学に入学した1981年に体育会合気道部に入部した。18歳のときのことだ。 入部してしばらくしてから読んだのがこの『合気道入門』(植芝吉祥丸、光文社カッパブックス、1972)という1冊。

いまは亡き親友H.S.君が合気道部の部室に持ってきた本。この本を読んだから合気道を始めたのではない。その逆だ。 合気道を始めてから読んだのだ。

読んだ記憶が濃厚に自分のなかに残っていたこの本を、オークションで落札して40年ぶりに手に取った。こんなことも書いてあったか、そんなことも書いてあったかと、読み返してみてあらためて驚きも感じている。 


(浄土宗で作家の寺内大吉氏は植芝吉祥丸先生と同窓生だった!)


この本がすぐれているのは(・・というより、開祖植芝盛平(=大先生)の息子で二代目道主の吉祥丸先生の本はすべてそうだが)、「入門書」であるにもかかわらず、合気道のもつ精神的な側面にも多く触れていることだ。「合気道はたんなる武術ではなく、精神の修行を重んじる精神の科学でもある」(本書p.22)。


(『合気道入門』本文よりスキャン。ただし、このイラストは、ほんとうは正確ではない。綾部時代の開祖は50歳代で、白髪の老人ではなかった)


植芝吉祥丸先生の「吉祥丸」という名は、大江山の鬼退治で有名な源頼光の幼名だが、大本教の出口王仁三郎師じきじきの命名である。夭折した2人の息子についで生まれた息子だったからということもあろう。当時、開祖は京都の綾部にて王仁三郎師のもとで精神修行を行っていた。だから、合気道用語には「古神道」由来のものがすくなからずある。 




開祖が開眼した際の神秘体験についても書かれている。「黄金体と化す」という神秘体験の記述は、わたしの心のなかに深く刻まれて現在に至る。その体験で得たものが「我即宇宙」という深い哲理なのだ。 

そんなことが書かれているこの本は、「入門書」としてはきわめて異色というべきであろう。ここではあえて説明はしないが、「1972年という出版年」のもつ意味も考える必要があるかもしれない。 



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・・綾部という土地柄のもつ意味。大本教、同志社系キリスト教・・


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2010年8月1日日曜日

「生命と食」という切り口から、ルドルフ・シュタイナーについて考えてみる



(ウィーン南駅近くの公園にあるシュタイナー記念碑 筆者撮影)


■Der Mensch ist, was er ißt.(デア・メンシュ・イスト、ヴァス・エア・イスト)

 英語には Man is what he eats. (人間は、食べるところのものである)という表現がある。よく引用されるので、知っておられる方も少なくないだろう。食べるという行為から人間を定義した名言である。

 もともとは、ドイツ語で Der Mensch ist, was er ißt. という。

 ドイツ語の ist と ißt が同じ音なので、ダジャレっぽくくて覚えやすい。ただし、最新のドイツ語正書法では、ißt を使用せず isst(<essen 食べる の三人称単数現在形)を使用する。

 日本を代表するドイツ語学の大家であった関口存男(せきぐち・つぎお)の『関口・新ドイツ語の基礎』(三修社、1981)によれば、19世紀の唯物論哲学者ルートヴィヒ・フォイエルバッハ(Ludwig Feuerbach)のコトバだという。

 フォイエルバッハは、ヘーゲル左派の立場から、マルクスに大きな影響を与えたドイツの唯物論哲学者である。

 この表現は、ある意味では、身も蓋もない即物的な表現だが、自然科学的唯物論を面白く皮肉に要約した言だと関口存男は記している。独文和訳の問題として出題されている。

 余談だが、ドイツ語は私にとっては大学時代の第三外国語で、参考書として勉強した本。数年前にドイツ語を復習した際に、この本を改めて読み直し、この名言を再発見した。

 『関口・新ドイツ語の基礎』は、原本が1945年発行のもので戦前のよき伝統を残しつつ、敗戦後の日本社会復興という時代の息吹も感じられる名著である。ドイツ語を英語との対比だけでなく、広く印欧語のなかに位置づけている。言語学を押さえた注には、ギリシア語、ラテン語、ロシア語もでてくる。また、哲学やドイツ思想にかかわる背景説明も詳しくて読んで面白く、旧制高校的教養主義の香り豊かな作品である。

 関口存男は、旧制高校生からは関口ゾンダンよばれていたそうだ。ドイツ語の sondern(そうではなく) にひっかけたダジャレである。

 関口存男は、昭和のはじめ、創刊された最初の頃の岩波文庫にモリエールのコメディ『人間嫌ひ』(Le Misanthrope)を翻訳している。フランス語にも堪能な人であった。
 


■「人間は、食べるところのものである」 とルドルフ・シュタイナー

 Der Mensch ist, was er ißt.(人間は、食べるところのものである)。この表現がヘーゲル左派の哲学者フォイエルバッハの言であると見れば、まさに内容は唯物論そのままである。

ところで、人智主義(アントロポゾフィー)の思想家ルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner)は、『健康と食事』(シュタイナー、西川隆範訳、イザラ書房、1992)に収められた「肉食と菜食」(1908年)で、この表現にふれた講演を行っている。

 シュタイナーは唯物論の立場ではなく、彼のいう「精神科学」の立場からこのコトバが重要だといっている。

 19世紀の偉大な哲学者フォイエルバッハは、「人間は、食べるところのものである」という、有名な言葉を残しました。この言葉は霊的理想主義者たちを驚愕させました。唯物論は、人間とは食べものの集積であり、身体だけでなく、精神も食べ物という物質から発生すると考えている、と多くの人々は思いました。
 ・・(中略)・・
 精神科学は、「人間は、食べるところのものである」という言葉を、唯物論者とはべつの意味で用います。精神科学にとっては、わたしたちの周囲にあるものは、すべて霊的なものの現れです。・・(中略)・・物質の背後には、霊的なものが存在します。食べものの背後にも、霊的なものが存在します。わたしたちは、目の前にある食べものだけを食べるのではありません。わたしたちは食べものの背後に存在する霊的なものも、いっしょに食べるのです。わたしたちは食べものをとおして、その背後に存在する霊的なものと関係するのです。も、いっしょに食べるのです。「人間は、食べるところのものである」という言葉は正しいのですが、その間、物質的なプロセスだけでなく、霊的なプロセスも存在していることを理解しなければなりません。

(出所:『健康と食事』(シュタイナー、西川隆範訳、イザラ書房、1992) P.7-9、「肉食と菜食」(1908年より 太字ゴチックは引用者=さとう による)


 シュタイナーも、基本的に 「人間は、食べるところのものである」 というコトバのもつ唯物的な側面を否定しているわけではない。その上でさらに霊的なものが含まれるのだと主張しているわけだ。


 ほぼ同時期に行われた講演「精神科学の光に照らした栄養問題」(1909年)でも、フォイエルバッハのこのコトバを引き合いに出している。『身体と心が求める栄養学』(シュタイナー、西川隆範訳、風濤社、2005) 所載。

 シュタイナーの主張の是非はさておき、『健康と食事』を読んで驚くのは、すでに1922年から1924年にかけての時期に、「狂牛病」について警告を発していたことである。

 シュタイナー自身は「狂牛病」という表現は使っていないが、ゲーテアヌムの労働者たちにむけて、講演のなかで述べている。ゲーテアヌムとは、シュタイナー自身が設計した建築物で、人智学運動の中心として位置づけられている。18世紀ドイツの文豪にして知的巨人であったゲーテにインスパイアされたものだ。

 引用は「酒とタバコ(2)」から。

 草食動物がいるのはご存じのとおりです。肉を食べない動物がいるわけです。たとえば、牛は肉を食べません。馬も肉を食べません。
 ・・(中略)・・
 牛が肉を食べるとしてみましょう。牛は自分で肉を作れます。そのための力を内に有しているのです。牛が草のかわりに肉を食べると、どうなるでしょうか。肉を作る力を使わないことになるのです。・・(中略)・・そのような状態では非常に多くの力が無駄に失われます。動物の体のなかで失われる力は、そうかんたんにただ失われるという具合にはいきません。最後にはこの力が牛のなかにいっぱい詰まるようになるのです。そうなると植物から肉を創るのとはちがったことが生じます。力が牛のなかにとどまっています。その力の活動によって、さまざまな汚物が作られるのです。肉が作られるかわりに、有害な物質が作られるのです。牛が肉を食べるとあらゆる有害な物質が体に満ちるようになります。とくに尿酸、尿酸塩が体内に満ちます。
 尿酸塩には特別の性質があります。尿酸塩は、神経組織と脳を溺愛しているのです。牛が肉を食べると、、大量の尿酸塩が体のなかに分泌されます。尿酸塩は脳に行き、牛は気が狂います。・・(以下略)・・ (P.113-116)


 この講演は、先にも記したように1924年になされたものである。シュタイナーはここまでいっているのである。この講演では、死んだ牛が原料となった肉骨粉については直接言及されていないが、ほとんで予言といってもいいような響きがある。

 尿酸(uric acid)は通常は老廃物として尿と一緒に排泄されるが、ビールの飲み過ぎやプリン体を多く含む食べものを摂取しすぎると体内で過剰な状態となり、尿酸塩という細かいガラスの破片状になって、足の親指や膝の関節にたまって痛風の原因になることはよく知られている。尿酸値というデータで示されるが、尿酸値が高いと健康診断で問題とされる。

 尿酸塩が脳障害の原因になるのかどうか、現在の医学知識からみて正しいのかどうか、私は医学は専門ではないのでわからない。

 とはいえ、いまから86年前の講演で、このような内容の話をしていること自体が驚きなのだ。



『生命と食』(福岡伸一、岩波ブックレット、2008)によれば、狂牛病(mad cow disease)の原因となった肉骨粉(meat and bone meal)は、すでに20世紀初頭からレンダリングとよばれる工程で製造され、欧州では一大産業となっていたという。福岡ハカセは B.S.E. という表現を使っていては事の本質を見失う可能性が高いとして「狂牛病」という表現を使うべきだとしている。

 シュタイナーはこの事実を踏まえて、1924年時点で不気味な「予言」、いや「預言」(?)をしていたのかもしれない。

 世界ではじめて「狂牛病」が発見されたのは、1985年の英国である。1985年までまったく存在しなかった「狂牛病」について、その60年以上まえにシュタイナーは危険について語っていたことになるのだ。

 また、『健康と食事』でシュタイナーは、ジャガイモは食べるとバカになるという実践的アドバイスを何度も繰り返している。シュタイナーがいう根拠はここでは省略するが、私はこの文章を読んで以来、どうもこのアドバイスが気になって仕方がない。

 南米アンデス原産で、アイルランドの飢饉を救ったジャガイモ。 シュタイナーの主張が、どの程度まで、現段階の栄養学的知識と合致しているのか私にはわからない*。コロッケはうまいと思って食べてしまう。
 

*現代の医学的見地からみても、やはりジャガイモはからだに悪いようだ。『40歳からの予防医学 ー 医者が教える「病気にならない知識と習慣74』(森勇麿、ダイヤモンド社、2021)には、以下のような記述がある。「34. 高血圧と体重増加の罠 じゃがいも を食べすぎると早死 にする」から冒頭部分を引用しておこう。著者の森勇麿氏は、産業医・内科医。

残念ながら「じゃがいも」は、体に悪い食べ物です。「野菜の一種で体にいいのでは?」とイメージしたかもしれませんが、じゃがいもは「野菜」と定義しないほうがいいです。12万人を対象にアメリカで行われた「4年間にわたって食事と体重の関係を調査した論文」を見てみましょう。
一般的な野菜や果物は体重の減少に寄与していたのに対して、じゃがいも、そしてポテトチップス、フライドポテトがワンツーフィニッシュで 体重の増加に影響を与えていました。生活習慣病との関係でも、「じゃがいもをゆでて食べた場合は若干糖尿病のリスクが上がり、フライドポテトにかんしては明らかに高血圧のリスクが上がっ た」 というデータが存在します(・・・中略・・・)
さらには「じゃがいもと早死に」にかんして調査した研究も北米で行われており、揚げなければ早死に自体には関係ないものの、フライドポテトを定期的に摂取している人は死亡リスクの増加、すなわち早死ににつながったという論文もあります。(・・・後略・・・)


ルドルフ・シュタイナーの先見性には、あらためて驚くばかりだ。

(2025年1月9日 記す)



■ルドルフ・シュタイナー(1861~1925)とは

 シュタイナーというと、日本では「シュタイナー教育」で有名な教育学者として紹介されることがもっとも多いだろう。「モンテッソーリ教育」とならんで幼児教育の世界では二大勢力である。

 あるいは熱心な読者が存在する、オカルト思想家のような扱いを受けることも多い。シュタイナー教育かオカルト思想家か、日本人の関心はそのどっちしかないようだが、実際はそのような枠におさまるような人物ではない。

 シュタイナーは、ハプスブルク帝国時代に現在のクロアチアで生まれている。ウィーン工科大学に学んでいるように、幅広い自然科学的知識をもっていた。

 まず本人の自己規定にあるように「人智学者」(アントロポゾーフ)である。「人智学」(アントロポ・ゾフィー)は、ギリシア語で人間を意味するアントローポス(anthropos)と叡智を意味するソフィア(sofia)の合成語で「人間の叡智」を意味する。叡智を愛するという意味をもつフィロ・ソフィア(哲学)を想起させる。

 人間の叡智を、部分最適ではなく、全体として捉えるという姿勢であろう。人間存在を部分ではなく全体で捉えるという思想。
 
 私はシュタイナー思想の熱烈なファンではないし、思想内容をついて詳しく知っているわけではない。シュタイナーの生涯にわたる活動を専門分野でいえば、教育実践、芸術、建築、医学、農業、哲学、宗教、社会変革と、きわめて広範囲にわたっていることからもわかるように、一言で要約するのは難しい。

 若き日にゲーテ全集の編集に携わった経験もあろう、ゲーテのもつ人間存在の全体性を、自らも実践しているといえるのでないだろうか。日本で一般に知られているのは文学にかんする側面だけであるが、ゲーテはひろく自然科学関係の研究を行っている。

 ルドルフ・シュタイナーは、日本でいえば、同時代に生きた大本教の出口王仁三郎(1871-1948)のような存在であったろうか。

 こういうことをいうとシュタイナーの熱烈なファンからは、無理な対比ではないかといわれそうだが、スピリチュアル世界(霊的世界)へのかかわりの深さと口述筆記による著作の膨大さからみれば、この二人は似ているような気がするのだがどうだろうか。

 私が不勉強なためよく知らないが、シュタイナーの影響は間接的に出口王仁三郎に与えているかもしれない。もちろん、この両者には同時代人としてのシンクロニシティはありそうだ。

 深く尊敬してやまなかったゲーテと同様、シュタイナーもまた、自然科学から芸術にまたがる「知の巨人」であり、「万能人」であった。

 ただし、医学的知識はシュタイナー存命当時からすでに90年近くもたっており、現在では修正を要するものも多々あることだろう。

 まお、ドイツ語でなされたシュタイナーの思想は、ドイツの「緑の党」への思想的影響もある。『モモ』の作者ミヒャエル・エンデの思想にも大きな影響を与えたようだ。



■シュタイナー農法について-バイオ・ダイナミック農法

 スロヴェニアのワイン農家で、ワイン栽培に「シュタイナー農法」を実践している人の話を、本人の口から直接聞いたことがある。

その後読んだ、『ブドウ畑で長靴をはいて-私のロワールワイン造り奮闘記-』(新井順子、集英社インターナショナル、2005)は、フランス・ロワール地方でワイン作りをする日本人女性による半自叙伝だが、この本のなかにはシュタイナー農法の話がでてくる。「ミッシェル・オジェのビオディナミ勉強会」(P.58-62)

 フランス語表記で bio dynamic は通常英語で biodynamics agriculture、日本語ではバイオダイナミック農法という。

 「バイオダイナミック農法」(ビオデュナミ農法)とは、有機農業のような地球の観点だけでなく、天体の動きとの関係、とくに太陽や月など、宇宙との関係に基づいた「農業暦」にしたがって、種まきや収穫などを行うという、自然と調和した農業のことである。

 1924年以来、デメター(Demeter:デメテル)運動として欧州で普及して今日にいたる。デーメテールとはギリシア神話で豊穣の女神のことだ。

 また、ここで取り上げたように、「バイオダイナミック農法」(ビオデュナミ農法)の創始者として、とくにヨーロッパでは広く実践されていることも知っておいて損はないだろう。

 ちなみにスロヴェニアのワイン農家で試飲させていただいたワインは、赤も白もデザートワインもみなたいへん美味であった。



■生命(いのち)と食について

 先日、生まれてはじめて断食を実行した。この体験については、成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 と題して7回にわたって書いておいたが、陳腐ないい方だが、食べることの意味をあらためて考える貴重な機会になった。

 また断食参籠修行期間中は、「殺生戒」に反しない生活を短期間とはいえ送ることもできた。日本人で仏教徒である私は、「生きとし生けるものが幸せであるますように」という慈悲の心には強く共感するし、また「殺生戒」と「生命と食」について、いろいろ考えることも多い。

 さきにふれた『生命と食』(福岡伸一、岩波ブックレット、2008)で、分子生物学者の福岡ハカセはこういうことを言っている。

 ルドルフ・シェーンハイマー(1989-1941)というドイツに生まれてアメリカに亡命した一人のユダヤ人科学者が、もっと重要なことを発見していました。彼は、食べものというのは、単なるカロリー源ではないということを明らかにしたのです。
・・(中略)・・
 食べものの分子は単にエネルギー源として燃やされるだけでなく、体のすべての材料となって、体の中に溶け込んでいき、それと同時に、体を構成していた分子は、外へ出ていくということです。
・・(中略)・・
 食べものの分子そのものが体を一瞬作り、それが分解されて、また流れていく。体というふううに見えているものは、そこにずっとあるわけではなくて、絶え間なく合成されて分解されていく、流れの中にあるのです。(P.8-9)


 これが「動的平衡論」(dynamic equilibrium)という学説である。福岡ハカセの一連の研究は、生命現象を「動的平衡論」の立場から捉えたものである。

 人間が食べたものは、動物だろうが植物だろうが、文字通り人間のカラダそのものと一体化するのである。瞬間的であるが。

 その意味では、Der Mensch ist, was er ißt. という表現は部分的であれ正しいわけなのだ。分子が合成され分解され、瞬間瞬間に入れ替わっているということまでは表現されていないが。

 このように見るとき、人間は、動物であれ、植物であれ、他者の生命をいただいて食べることで、自らが存在していることの意味を、たんなる精神論だけでなく、きちんとした科学的知見に基づいて行う必要があるだろう。

 これはシュタイナーの発想とは逆になるが、実は唯物的な話と、精神的な話が合致することが重要なのかもしれないと思うのである。

 「生命」は「いのち」と読むと、さらに味わいが深くなる。


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 なお冒頭に掲げたルドルフ・シュタイナーの記念碑は、オーストリアの首都、ウィーン南駅(Wien Süd)近くの公園で私が撮影したものである。銘板には「ルドルフ・シュタイナー 1861-1925 哲学博士。フィロゾーフ(=哲学者)にしてアントロポゾーフ(=人智学徒)」と刻まれている。

 まさかそこに記念碑があるとは知らずに、数年前のとある秋の日、たまたま公園内を逍遙していた際に発見したのだが、ご覧のとおり綺麗に掃除されて、花も美しい。

 この時期のウィーンの講演には、いたるところにカスターニエン(=マロニエ)の実が転がっていた。

 シュタイナーは、いまでも影響力の強い存在なのだ。





<関連サイト>

西川隆範:シュタイナー人智学の研究 シュタイナー思想を日本語で語りなおす

西川隆範シュタイナー系アーカイヴ
・・シュタイナーの著作を精力的に日本語に翻訳してきた西川隆範氏は、2013年にお亡くなりになっていることを書き添えておく。合掌

(2017年9月23日 お彼岸 項目新設)

牛の角も材料!何とも「風変わりな農法」の中身-バイオダイナミック農法とは何か(東洋経済オンライン、2019年11月16日)

(情報追加 2019年11月16日)


<ブログ内関連記事>

「ルドルフ・シュタイナー展 天使の国」(ワタリウム美術館)にいってきた(2014年4月10日)-「黒板絵」と「建築」に表現された「思考するアート」

シュタイナー研究家の西川隆範氏による仏教書は、教団や教派とは関係のないフリーな立場に身を置いた個人ベースのスピリチュアリティ重視の仏教を志向する

子安美知子氏の「シュタイナー教育」関連本をまとめて読んで「シュタイナー教育」について考えてみる
・・日本でも根強い人気のある「シュタイナー教育」について考えてみる

「人間の本質は学びにある」-モンテッソーリ教育について考えてみる
・・シュタイナー教育よりも世界的な影響力をもつモンテッソーリ教育について考えてみる

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・・「じゃがいもを食べるとバカになる!?」と説いたルドルフ・シュタイナー という「補論」を書いておいた

書評 『食べてはいけない!(地球のカタチ)』(森枝卓士、白水社、2007)-「食文化」の観点からみた「食べてはいけない!」

I am part of all that I have met (Lord Tennyson) と 「われ以外みな師なり」(吉川英治)
・・これまでの人生で出会った人、食べた食事。これらはみな自分にとっての「栄養」だ。いいものも悪いものもみな

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・・シュタイナーの記念碑のある公園で撮影したカスターニエン(=マロニエ)の実について書いてみた

書評 『ことばの哲学 関口存男のこと』(池内紀、青土社、2010)-言語哲学の迷路に踏み込んでしまったドイツ語文法学者

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・・「新型インフルエンザ」という「豚インフルエンザ」の言い換えは、BSEという狂牛病の言い換えに同じ欺瞞の産物


(付記) 2013年9月7日に「ブログ内関連記事」を追加しました。本文にはいっさい手を加えていません。(2014年2月10日、4月12日、4月21日 情報追加と再編集 )
(2016年6月18日、2017年12月2日 情報追加)




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