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2023年10月1日日曜日

書評『予言者 梅棹忠夫』(東谷暁、文春新書、2016)ー 経済ジャーナリストによる異色のウメサオ評伝と「予言」の数々を振り返る



面白かった。裏方の視点から見た梅棹忠夫である。回想と幅広い視野と知識をもとに、著者なりの全体像を描いたものだ。

2010年に亡くなってから6年後の評伝。その評伝をさらに7年後に読む。『文明の生態史観』で著名な梅棹忠夫も、すでに過去の人になってひさしい。

だが、あらためて、その「予言」というか、未来を見通す目に注目したいものである。

現在は経済評論家を名乗っている東谷暁氏だが、いちばん最初の就職先は「民族学振興会千里事務局東京分室」だったという。そこに6年間在籍して「季刊民族学」の編集作業を行っていたのだとか。

「民族学振興会千里事務局東京室分室」は、分解すれば「民族学振興会」「千里事務局」「東京分室」となる。

その背後にあったのは、民族学あるいは民俗学をめぐって、東京と京都を中心とする関西とのあつれきを解消することだったという。梅棹忠夫は、いうまでもなく「京都中華主義者」であった。


■虚心坦懐に見ていれば、おのずから先が見えてしまう

自然科学者の視点で、虚心坦懐に観察し、あるがままにものを見るからこそ、ものごとの行く末が先が見えてしまうのである。老荘思想の無為自然というか、自然体というべきか。

もちろん、それがむずかしいからこそ、多くの人の目は曇ったままなのだが・・。

「行為者」であり、「実務家」であり、「明るいニヒリスト」であった梅棹忠夫。

「予言」というよりも「予見」といったほうが正確だと思うが、その「予言」を列挙してみれば、高度成長、ソ連崩壊、情報化社会、専業主婦の減少など数々ある。

「戦後日本社会」の変化を予言し、しかもその予言がことごとく的中したことは特筆すべきである。

帯に書かれた最後の「予言」とは「日本文明の終わり」というものだ。

そうかもしれないし、そうではないかもしれない。反発を感じる人もいるだろう。

だが、いずれにせよ、右肩上がりの上昇がないことは明らかだ。ふたたび登り調子になるのは、はるか先のことになるだろう。

19世紀前半の「文化文政時代」から始まった「日本文明」の興隆は、すでにピークアウトしたと考えるのが自然ではないか。

とはいえ、これはに日本が消えて亡くなってしまうことを意味しているわけではない。「日本文明」という「文明」が、その「ライフサイクル」の終わりに来ているということだ。わたしはそう解釈している。

文明というものは、すべて循環的なものである。ある文明が興亡し、つぎの文明が別の地域で興亡する。この繰り返しである。どんな文明も永続的ではない。「古代文明」だけでなく、「近代文明」もまたおなじ道をたどることになろう。

巨視的にみれば、そうなるだけの話だ。


■「ロシア解体」という「予言」

著者は「日本文明の終焉」を「最後の予言」とするが、それだけが「最後の予言」ではない。本書には指摘がないが重要な「最後の予言」について触れておこう。

それは鶴見俊輔と河合隼雄をまじえた鼎談の席での発言だが、「予言」というよりも「放言」というべきかもしれない。「思いつき」であるが、常人にはできない「思いつき」である。



それは『丁々発止』というタイトルの鼎談本だ。朝日新聞大阪支社から1998年にでた本である。朝日新聞の企画記事を単行本化したものだ。「20世紀末」であったからこその企画発想であろう。

わかいときから親しい梅棹忠夫と鶴見俊輔、世代的にはすこし下になる河合隼雄。なかなか面白い取り合わせだ。この3人はみな京都大学に籍を置き、京都の知的風土を熟知している戦後世代の論客たちである。

さてその「予言」だが、「ロシア解体」である。「ソ連解体」は最終段階ではなく、さらに「解体」」するであろうという「予言」だ。


梅棹 たとえば、ソ連邦という一種の巨大国家があったけれど、これもばらばらになってしまった。あれで、ソ連邦の第一次解体現象は進行したわけです。私は、まだ進行するとみているけどね。一見、EU(欧州連合)みたいな再編成というか、解体の反対の現象があるようにみえますが、同じことです。あれもまた、解体するやろな。




「関西独立論」の文脈で語っているが、その後のEUの動揺や、ウクライナ侵攻後に動揺するロシアの動向を見ていると大いにうなづくものがある。さすがやな、と。

しかも1998年の発言である。いまから25年前、四半世紀前の発言である。

まあそんな「放言」もふくめて、「予言者」としての梅棹忠夫の「発言」を検証してみるのも面白いことだろう。微視的にみることも大事だが、ときには大風呂敷で巨視的にみることも重要だ。

さて、はたして「ロシア解体」があるかどうか、その行く末もふくめて注視していきたいものである。欧米の見解の受け売りではない、日本発の自前の思想家の発言として。




目 次 
プロローグ 実現した予言と失われた時代 
第1章 「文明の生態史観」の衝撃 
第2章 モンゴルの生態学者 
第3章 奇説を語る少壮学者 
第4章 豊かな日本という未来 
第5章 情報社会論の先駆者 
第6章 イスラーム圏の動乱を予告する 
第7章 万博と民博のオーガナイザー 
第8章 文化行政の主導者へ 
第9章 ポスト「戦後」への視線 
第10章 行為と妄想 
エピローグ 梅棹忠夫を「裏切る」ために
あとがき


著者プロフィール
東谷暁(ひがしたに・さとし)
ジャーナリスト。1953年山形県生まれ。早稲田大学政経学部卒業。大学在学中から国立民族学博嗣着化芋『季刊民族学』編集部で編集に従事。同博物館設立の中心人物で初代館長だった梅棹忠夫の知遇を得る。その後、『ザ・ビッグマン』編集長、『発言者』編集長などを歴任。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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2021年4月26日月曜日

書評『江戸問答』(田中優子/松岡正剛、岩波新書、2021)ー「江戸文明」を「部分」の集合体ではなく「全体」として把握するために

 

「明治維新」からすでに150年以上たっている。言い換えれば「江戸時代」が終わってから150年以上立つことになる。

だが、1868年という時点ですっぱりと江戸時代が終わったわけではない。私見では、江戸時代的要素が最終的に消えていったのは1960年代だと考えている。

これからの日本をどうつくっていくか、日本人としてどう生きていくか、その構想や見解は無数に出ているものの、これだ! としっくりくるものがない。 

個々人としては手探りでも前に進まなくては生きていけないが、日本全体がどうあるべきか、どの方向に向かっていくべきか考えるためには過去にさかのぼって考えてみる必要がある。答えはつねに過去のなかに潜んでいるからだ。 

そのために必要なことは、なんといっても江戸時代をきちんと振り返って、なにが捨てられ、なにが継承されているのか見極めることだ。

「近代」は「前近代」の江戸時代から生み出されたものだからだ。いっけん断絶しているように見えて、かならずしもそうではない。 

『江戸問答』(田中優子/松岡正剛、岩波新書、2021)は、江戸時代を振り返るべきだという問題意識をもった2人による対話篇だ。「問答」無用ではない、「問答」有用である。

江戸時代がブームになって久しいが、江戸時代がすばらしいとしてもてはやされている現在の状況に問題がないとはいえないのだ。 

なにが問題かというと、「かけら」(=部分)にのみ焦点があたっているが、「全体」をみる視点がいちじるしく欠けているという点だ。「部分」をいくらよせ集めても「全体」にならないのである。 

これは「文化」と「文明」の違いにあてはめていいかもしれない。「江戸文化」について語られることが多いが、全体としての「江戸文明」を捉える試みは、それほど多くはない。本書でも取り上げられているが、すでに失われてしまった「江戸文明」を来日外国人の目をとおして復元を試みた『逝きし世の面影(日本近代素描1)』は例外的な試みである。

『江戸問答』は、そんな「江戸文明」を「全体」としてどう捉えたらいいのか、問いを中心にした「問答」である。問答をつうじて、あらたな発見があり、それがあらたな仮説につながっていく。 

田中優子氏と松岡正剛氏の「問答」は、前著の『日本問答』(田中優子/松岡正剛、岩波新書、2017)でも当然のことながら江戸時代についても行われているが、新刊ではより深く江戸時代そのものに迫っている。 

法政大学総長だった田中優子氏(任期は2014年4月から2021年3月末まで)の専門が江戸時代であるだけに、今回は松岡正剛氏が質問者あるいは挑発者の役割を演じている。あえて知らないふりをして、田中優子氏から大胆な仮説を引きだそうとする姿勢である。 

前著の『日本問答』もそうだったが、何度も読み返すに値する濃い内容の本だ。読み返すたびに、あらたな発見があることだろう。 

あらたな発見は、認識を深めることにつながる。再読する際になにをあらたに発見するか、いまから楽しみだ。 



(画像をクリック!)



目 次
1 面影問答
2 浮世問答
3 サムライ問答
4 いき問答
あとがき1 新たな江戸文明の語り方へ(田中優子)
あとがき2 訂正と保留をこえて(松岡正剛) 

著者プロフィール

田中優子(たなか・ゆうこ)
法政大学社会学部教授などを経て法政大学総長(2021年3月末まで)。専門は日本近世文化・アジア比較文化。『江戸の想像力』で芸術選奨文部大臣新人賞、『江戸百夢』で芸術選奨文部科学大臣賞・サントリー学芸賞。著書多数。2005年度紫綬褒章。江戸時代の価値観、視点、持続可能社会のシステムから、現代の問題に言及することも多い。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

松岡正剛(まつおか・せいごう)
工作舎、東京大学客員教授、帝塚山学院大学教授などを経て、現在、編集工学研究所所長、イシス編集学校校長。著書多数。2000年よりインターネット上でブックナビゲーションサイト「千夜千冊」を連載中。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)





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2018年3月21日水曜日

書評『日本問答』(田中優子/松岡正剛、岩波新書、2017)―「日本の来し方・行く末」について考えるための読み応えのある濃厚な対話



 『日本問答』(田中優子/松岡正剛、岩波新書、2017)を読んだ。

この二人の名前はいわずもがなと思うが、田中優子氏は現在は法政大学総長、専門は近世日本つまり江戸時代の文化史で、日本をグローバル世界のなかに位置づけて考察している。わたしも『江戸の想像力』や『近世アジア漂流』その他の著作には大いに感心してきた。

松岡正剛氏は、いわば「知の巨人」。古今東西の書籍の膨大な読書を続けている編集工学の主唱者。ウェブで連載が継続中の「千夜千冊」などのほか、『空海の夢』や『知の編集工学』などの著作には大いに啓発されてきた。 こんな二人の問答が面白くないはずがない。

とはいえ、日本にかんして、ある一定程度の知識をベースにした「教養」がないと、その面白さを十二分に堪能できないかもしれない。まさに日本の古今東西だけでなく、日本を越えて世界に及ぶ、縦横無尽といった内容の対話録だからだ。

出版社の岩波書店による内容紹介は以下のとおり。

「日本はどんな価値観で組み立てられてきたのか.なぜそれが忘れられてきたのか.「内なる日本」と「外なる日本」,「善」と「悪」,「表」と「裏」――デュアル思考で見えてくる多様性の魅力とは.常に新境地を切り開く江戸文化研究者と古今東西の書物を読破し続ける編集工学者が,日本の来し方・行く末をめぐって侃侃諤諤の知の冒険!」

いまの日本人に決定的にかけているのは、江戸時代の日本型儒教にかんする知識だという「第5章 日本儒学と日本の身体」での松岡正剛氏の指摘は重要だ。

儒教という思考方法を身につけたことによってカタチの明確でなかった神道が確立し、国学へとつながっていくからだ。こういう思想の発展経路は、小林秀雄晩年の大著『本居宣長』に詳しく書かれているのだが、日本人全般の「教養」にはなっていないのだろうか?

この対話録も終わりに近づくにつれて、とくに田中優子氏のリベラル派というか左派的な地金が浮上してくるのが、わたしにとってはややうっとおしいが(笑)、江戸時代を中心にした日本文化の考察にかんしては、大いに傾聴すべき指摘も多いことは否定しようがない。

第8章のタイトルではないが「日本の来し方・行く末」について考えるためには、読み応えのある濃厚な対話であるといえよう。


(画像をクリック!)



目 次 
1 折りたたむ日本 
2 「国の家」とは何か 
3 面影の手法 
4 日本の治め方 
5 日本儒学と日本の身体
6 直す日本、継ぐ日本
7 物語とメディアの方法 
8 日本の来し方・行く末

著者プロフィール
田中優子(たなか・ゆうこ)
法政大学社会学部教授などを経て法政大学総長(2021年3月末まで)。専門は日本近世文化・アジア比較文化。『江戸の想像力』で芸術選奨文部大臣新人賞、『江戸百夢』で芸術選奨文部科学大臣賞・サントリー学芸賞。著書多数。2005年度紫綬褒章。江戸時代の価値観、視点、持続可能社会のシステムから、現代の問題に言及することも多い。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

松岡正剛(まつおか・せいごう)
工作舎、東京大学客員教授、帝塚山学院大学教授などを経て、現在、編集工学研究所所長、イシス編集学校校長。著書多数。2000年よりインターネット上でブックナビゲーションサイト「千夜千冊」を連載中。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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書評 『日本力』(松岡正剛、エバレット・ブラウン、PARCO出版、2010)-自らの内なる「複数形の日本」(JAPANs)を知ること

書評 『法然の編集力』(松岡正剛、NHK出版、2011)-法然は「念仏」というキーワードを膨大な大乗仏教経典のなかからいかに抽出したのか?

『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻-読書術免許皆伝-』(松岡正剛、求龍堂、2007)で読む、本を読むことの意味と方法

書評 『松丸本舗主義-奇蹟の本屋、3年間の挑戦。』(松岡正剛、青幻舎、2012)-3年間の活動を終えた「松丸本舗」を振り返る

書評 『脳と日本人』(茂木健一郎/ 松岡正剛、文春文庫、2010 単行本初版 2007)


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2015年5月29日金曜日

『ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画 ― 「マネジメントの父」が愛した日本の美』(千葉市美術館)に行ってきた(2015年5月28日)― 水墨画を中心としたコレクションにドラッカーの知的創造の源泉を読む

(雪村周継 「月夜独釣図」 ドラッカー・コレクションより)


『ドラッカー・コレクション珠玉の水墨画- 「マネジメントの父」が愛した日本の美-』(千葉市美術館)に行ってきた(2015年5月28日)。千葉市美術館の「開館20周年記念展」である。会期 2015年5月19日から 6月28日まで。

ドラッカーとは、もちろん「マネジメントの父」といわれた経営学者で社会生態学者のピーター・ドラッカー(1909~2005)。「ドラッカー・コレクション」とは、そのドラッカーが生涯をかけて収集した日本美術のコレクションである。みずから「山荘コレクション」(Sanso Collection)と名付けていた。

しかも、その収集の出発点であり、中心であったのが室町時代の水墨画。ドラッカーと水墨画の取り合わせは、ビジネスやマネジメントしか関心のない人にはピンとこないだろうし、逆に日本美術愛好家にはドラッカーといってもピンとこないかもしれない。それくらい一般的には水と油のような関係の組み合わせである。


■水墨画のなかに「没入」するドラッカー

「正気を取り戻し、世界への視野を正すために、私は日本画を見る」と、コレクター本人が書いているらしい。

人によってはアウトドア活動であったり、スポーツであったりするが、雑事にまみれた実務の世界などの「アクティブ・ライフ」(Vita activa)から離れて「没入」する対象が、書斎派のドラッカーの場合は掛け軸で水墨画であったということだ。

「没入」は「沈潜」といっていいかもしれない。無意識に始まったものとはいえ、その後に確立された、ある種の瞑想法にも近い自己(再)発見のテクニックではないか、と思われる。

水墨画といえば雪舟くらいしか思い浮かばないのが一般的な日本人の反応だろうが、ドラッカーのコレクションは日本人もまったく知らないような絵師の作品にまで及んでいる。

収集がもっとも活発であった時期は、マネジメントにかんする考察がもっとも活発に行われていたクリエイティブな時期と重なるという。「没入」と「創造性」の関係について示唆的な話である。無意識のうちに集中している状態は、ハンガリー出身の心理学者チクセントミハイの提唱した「フロー」の概念に該当する。

水墨画世界のなかに「没入」することが、ある種の「観想的生」(Vita contemplativa)であったと考えれば、ドラッカーにとって、一点を除いてすべてが掛け軸であった日本美術のコレクションを「観る」ことが一番のストレス解消策であり、インスピレーションの源泉でもあったと考えるべきなのだろう。

経営はアートかサイエンスか、という議論が昔から続いているが、答えは言うまでもなく両方である。ここでいうアートとは「芸」「と「術」の双方を含むものであるが、ドラッカーのマネジメントはより人間重視のアート志向といっていいだろう。ドイツ語圏のウィーン出身で、「教養」のもつ重要性を熟知し、みずから実践していた人である。

しかも、ドラッカーが日本美術に目覚めたのは偶然の出会いからだという。

ナチス支配の強まるドイツを逃れ、ロンドンで証券アナリストをやっていた25歳のとき、1934年6月である。雨宿りのために入った美術館の展示を見て、突然恋に落ちてしまったのだという。ドラッカーの日本とのかかわりは、マネジメント指導を通じた日本企業とのかかわりよりもはるか前に、日本美術との偶然の出会いから始まっていたのである。

その時代に誕生したのが、思想家ドラッカーの出世作でチャーチルにも大きな影響を与えた名著『経済人の終わり』(The End of Economic Man)である。マネジメント概念の確立以前のドラッカーには、思想家としての側面と水墨画愛好家という側面があったわけだ。





■30年ぶりの「ドラッカー・コレクション」の企画展

『ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画』を企画したのは、ことしが開館20年目の千葉市美術館。同時に開催されている「歴代館長が選ぶ所蔵名品展」にも現れているように、初代館長の辻惟雄氏、第二代館長の小林忠氏、そして現在は第三代の河合正朝氏はいずれも日本美術史研究の泰斗である。

三代目館長は、室町時代の水墨画研究家の河合正朝氏。まさに『ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画-』のテーマを扱うのにこれほどの適任者がいないというだけでなく、じつは今回の企画展は、河合氏自身が30年前に企画した展覧会をさらに精選し、パワーアップしたものだとのことだ。

「公式サイト」の紹介文には、企画展の趣旨が以下のように記されている。

 人口当たりでは最大の読者を持ち、特に影響が大きく深かった日本。しかしこれまでのさまざまな "ドラッカー学" の中でも、美術コレクションが意味したものについての考察は、未開拓の分野であったと言えましょう。 本展は、知られざる存在となりつつあった本コレクションを改めて調査し構成した、初公開作品を含む111点の里帰りとなるものです。コレクションの軌跡をたどり、ドラッカーその人への関心と彼が美術を通じて見た日本という視点を加えながら、新たな切り口で作品の魅力をご紹介いたします。

企画展は8部構成となっている。


序章 日本美術との出会い
第1章 1960年代、初期の収集
第2章 室町水墨画
第3章 水墨の花と鳥 動物画の魅力
第4章 聖なる者のイメージ
第5章 禅画 江戸のカウンターカルチャー
第6章 文人画の威力
終章 書斎に吹く風 クレアモントのドラッカー


それぞれの展示作品につけられたキャプションを読むと、ドラッカーによる日本美術のキーワードは、意匠としてのデザイン、トポロジー、そして統合性と両極性とある。ドラッカーは、日本美術と日本文明の特色は、美術だけではなく経営にも現れているとみているようだ。

今回の企画展は展示品だけでなく、「目録」(2,300円)もじつによくできているので購入することをぜひすすめたいが、目録所収の論文や関係者の回顧録やコラム記事などすべて読み、あらためて展示作品を目録の掲載されている写真で眺めていると、またさまざまな角度から思考を深めることが可能となる。

デザイン性や統合性については、日本美術については比較的よく語られてきたことだが、トポロジーという把握が印象に残る。トポロジーとは位相幾何学のことである。

遠近法の背景にある西欧の幾何学でも、中国の対称性の代数学でもなく、日本美術はトポロジカルというのはドラッカーならではの理解だが、なかなか美術だけをやっている人間から聞くことのない指摘である。トポロジーはギリシア語のトポス(=場)からの派生語だが、「現場」など、なによりも「場」を重視する日本人の志向性を想起させるものがある。

ドラッカーが禅仏教に傾倒したという話は聞かないが、みずから収集した水墨画や禅画のコレクションをつうじてドラッカーは禅的なものに強く影響を受けているようだ。

禅画をカウンターカルチャーと位置づけるのは、1970年代のアメリカ、とくに西海岸のトレンドとは無縁ではあるまい。世代は大きく異なるが、禅仏教に傾倒し、日本好きであったスティーブ・ジョブズと同時代を生きていたのである。

青年期まで過ごしたウィーンやフランクフルトなどで接していた、第一次世界大戦と同時代の「ドイツ表現主義」が実現できず終わったことを、すでに江戸時代の日本人が禅画で実現していたというドラッカーの発言もまた興味深い。日本文明の根底の一つを形成している、禅仏教的な知覚による直観的把握について語っているわけだが、西洋美術との比較で禅画を見直してみるのも、一つの鑑賞方法であろう。

ドラッカーは西欧文明の中心地の一つであるウィーンに生まれ育ったユダヤ系の知識階層出身者であり、自分自身が徹底的に教育を受けたデカルト的な分析的知性と日本美術をつうじて学び取った知覚による直観的把握を大事にしてきたようだ。この両者が合わされば、まさに鬼に金棒だろう。西欧人にとっては後者が、日本人にとっては前者を強化することが重要である。

この企画展の英文タイトルは、Masterpieces from the Sanso Collection: Japanese Paintings colleted by Peter F. and Doris Drucker となっている。収集はドラッカー個人によるものではなく、ドリス夫人との夫婦によるものであったことにも注目しておきたい。

「ドラッカーコレクション」は、基本的に著名な絵師の著名な作品よりも、日本人ですらまったく聞いたことのないような絵師も多く、テーマ性のきわめて明確なコレクションだが、なかにはいま日本でも人気の高い若冲の水墨画もある! 

「梅月鶴亀図」(1795年)がそれである。マグネットも販売されていたのが、美術マグネット・コレクターとしてはうれしいかぎりだ。


(伊藤若冲 「梅月鶴亀図」の一部  ドラッカーコレクションより)


この企画展は巡回展で、千葉市美術館のあとは、長野県信濃美術館(2015年7月11日~8月23日)、山口県立美術館(2015年10月30日~12月6日)で開催される。東京や大阪など大都市ではなく地方都市の公立美術館での開催だが、価値ある企画展なので、ぜひ足を運んでほしいと思う。


(展覧会図録です 画像をクリック!)


(2015年6月5日 大幅加筆して再構成)



PS 『すでに起こった未来-変化を読む眼-』(ドラッカー、ダイヤモンド社、1994)の「第7部 社会および文明としての日本」の「11章 日本画に見る日本」が、ドラッカーの日本美術論である


PS2 『ドラッカー 教養としてのマネジメント』(ジョゼフ・マチャレロ/カレン・リンクレター、日本経済新聞社出版社、2013)の「日本語版序文」(村山にな)に、ドラッカーと日本美術との関係が簡潔に記されている。


<関連サイト>

『ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画- 「マネジメントの父」が愛した日本の美-』 出品リスト

ピーター・ドラッカー 日本美術へのラブレター(NHK日曜美術館、2015年6月7日 放送)


<ブログ内関連記事>

■日本美術展

「若冲と蕪村-生誕300年 同い年の天才絵師」(サントリー美術館)に行ってきた(2015年5月6日)-なるほど二人合わせてジャクソン(=若+村)か!

「白隠展 HAKUIN-禅画に込めたメッセージ-」にいってきた(2013年2月16日)
・・仙崖とともにドラッカーが収集していた

「ザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860~1900」(三菱一号館美術館)に行ってきた(2014年4月15日)-まさに内容と器が合致した希有な美術展
・・日本の美術や工芸品が世紀末英国美術に与えた決定的影響。 とくにオスカー・ワイルドの日本美術びいきには注目


■日本美術コレクション

「特別展 雪村 ― 奇想の誕生」(東京藝術大学大学美術館) にいってきた(2017年5月18日)― なるほど、ここから「奇想」が始まったのか!
・・ドラッカーも雪村を好みにして収集していた

書評 『若冲になったアメリカ人-ジョー・D・プライス物語-』(ジョー・D・プライス、 山下裕二=インタビュアー、小学館、2007)
・・テーマ性で収集したドラッカーとは異なり、埋もれていた一人の絵師の作品に惚れ込んだアメリカ人コレクターによるコレクション

「特別展 ボストン美術館 日本美術の至宝」(東京国立博物館 平成館)にいってきた(2012年5月18日)
・・岡倉天心がその整理にかかわった日本美術の一大コレクション

・・橋口五葉や川瀬巴水を中心とした「新版画」、そして陶器への愛

「人間尊重」という理念、そして「士魂商才」-"民族系" 石油会社・出光興産の創業者・出光佐三という日本人
・・ドラッカーも好んだ仙崖を中心に収集した個人コレクターとしての出光佐三


■「社会生態学者」を自称するドラッカーの原点

『「経済人」の終わり』(ドラッカー、原著 1939)は、「近代」の行き詰まりが生み出した「全体主義の起源」を「社会生態学」の立場から分析した社会科学の古典
・・欧州における「キリスト教の失敗」が一般民衆のファシズムやナチズムへの熱狂を生み出したことを、ヒトラーと同時代人として若き日に指摘したドラッカーは、ユダヤ系だがキリスト教の洗礼を受けて育った同化ユダヤ人である。水墨画への「没入」は、宗教の代替物としての美術という文脈で捉えることも可能かもしれない

書評 『知の巨人ドラッカー自伝』(ピーター・F.ドラッカー、牧野 洋訳・解説、日経ビジネス人文庫、2009 単行本初版 2005)-ドラッカー自身による「メイキング・オブ・知の巨人ドラッカー」

書評『思想家ドラッカーを読む ー リベラルと保守のあいだで』(仲正昌樹、NTT出版、2018)ー ドラッカーをその出発点であった「保守主義」の「政治思想家」として捉える


■「経営学者」としてのドラッカー 

レビュー 『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』(アップリンク、2010)
・・「経済よりも社会のほうがはるかに重要だ」というドラッカーの発言がすべてを言い表している。「マネジメントはサイエンスでもアートでもない、プラクティス(実践)である」という発言も

書評 『ドラッカー流最強の勉強法』(中野 明、祥伝社新書、2010)-ドラッカー流「学習法」のエッセンス

NHKのアニメ 『もしドラ』 最終回(5月6日)後に全10回のおさらい-ミッションの重要性と「顧客」は誰か?

ドラッカーは時代遅れ?-物事はときには斜めから見ることも必要
・・ホリエモンの興味深い発言を参照のこと

経営計画の策定と実行は、「自力」と「他力」という仏教の考えをあてはめるとスムーズにいく
・・「ゆだねる」という他力の思想


■自己発見のテクニック

書評 『ヨーロッパ思想を読み解く-何が近代科学を生んだか-』(古田博司、ちくま新書、2014)-「向こう側の哲学」という「新哲学」
・・自分の内部という「向こう側」に沈潜して再び戻ってくるという自己発見のテクニックは、ドイツ語圏の思想家であるユングやシュタイナーにもみられる

カラダで覚えるということ-「型」の習得は創造プロセスの第一フェーズである
・・イエズス会の創始者ロヨラは『霊操』でイメージトレーニングによる観想方法を確立した。この手法はイメージを消していく禅仏教の方法とは真逆の関係にある


■千葉市美術館で開催された日本美術展

『酒井抱一と江戸琳派の全貌』(千葉市美術館)の初日にいってきた-没後最大規模のこの回顧展は絶対に見逃してはいけない!

「蕭白ショック!! 曾我蕭白と京の画家たち」(千葉市美術館)にいってきた

「生誕130年 橋口五葉展」(千葉市美術館) にいってきた
・・千葉市美術館は館長に美術史家の小林忠氏がいるので、じつによい企画が多い。これもその一つ

美術展 「田中一村 新たなる全貌」(千葉市美術館)にいってきた
・・百貨店でよく取り上げられる田中一村だが、きちんと美術館で正当な評価を行ったことはすばらしい

(2015年6月6日、2024年1月28日、2026年6月30日、7月2日 情報追加)


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