「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 日本資本主義 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 日本資本主義 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年11月28日日曜日

書評『渋沢栄一伝』(幸田露伴、岩波文庫、2020) ― 江戸っ子だった明治の文豪が書いた渋沢栄一伝

 

『渋沢栄一伝』(幸田露伴、岩波文庫、2020)をスキマ時間をつかって断続的に読む。昨日読了。  

明治を代表する文豪・幸田露伴が渋沢栄一の伝記を書いていたことは、この文庫本が昨年出版されるまでまったく知らなかった。原本は、1939年の出版。頼まれて執筆を引き受けたのだという。 

さすが漢文漢籍の豊かな素養の持ち主であった幸田露伴のものだけに、格調が高い名文だが、難読漢字のオンパレードである。だが、漢字にはルビが振られているので心配無用だ。文脈に沿って意味を取れたらそれで十分だろう。ただし、小見出しもなく、行替えが極端に少ないのが問題ではある。 

渋沢栄一がつくった漢詩を引きながら、漢詩に託された真情を描けるのも、明治の文豪ならではだろう。ちなみに、渋沢栄一(1840~1931)は幸田露伴(1867~1947)より27歳年長である。約1世代の違いとなる。 

渋沢栄一には、みずからが語って口述筆記でまとめられた『雨夜譚(あまよがたり)』という自伝がある。語り口の面白さもあって読ませる本なのだが、自伝ならではの問題点もある。記憶違いや、都合の悪い話は省略してしまう傾向があることだ。  

この点にかんして露伴は、執筆の最中にこう語っていたという。 文庫解説から引用しておこう。

今までもらっている資料も、若い頃のものはいいが、晩年のは渋沢が自分で話したことが主になっているから、人間六十を過ぎると確なようでも、どうもひとりよがりになり勝ちなものさ

さすが『努力論』など人生論も書いている、人生の大家ならではの洞察力だ。

渋沢栄一を称賛することを期待しているはずの依頼主に忖度することなく、資料にもとづいて、事実を事実として淡々と記しながらも読ませる伝記になっているのは、さすがに見事な筆力だと大いに感心するものがある。

小説家の露伴ではあるが、想像力を膨らませて小説にすることなく、随筆的に取り組んだという。おなじく明治の文豪であった 森鴎外的にいえば「歴史其儘(そのまま)」というやつだろうか。

露伴は、渋沢栄一は「むしろ時代の児(こ)として生まれたと云った方が宜しいかとも思われる」と書き、この姿勢を最後まで一貫させている。 まさに時代が生み、時代が育て、時代を切り開いたのが渋沢栄一であった。これまた、見事な歴史把握であり、歴史解釈であるというべきだろう。 

事実を淡々と記したこの伝記だが、読んでいると「江戸っ子・露伴」の旧幕への感情がにじみ出ているのが垣間見られて面白い。栄一が仕えた一橋慶喜との関係だけでなく、慶喜とのあいだをつないだ平岡円四郎の取り上げ方に、それがよく現れているのだ。 

幕末から明治維新までの激動期を生き抜いて「日本資本主義の父」となった渋沢栄一。「時代の児」であった渋沢栄一という傑出した人物を描くことは、いっけん断絶しているとみえる明治維新前後の時代を、じつは連続したものと捉えることを可能にしているのである。 

NHK大河ドラマ「青天を衝け」も終盤に入ってきたが、この本でその復習をしてみるのもいいかもしれない。 時代が現代に近いだけに、今年2021年の大河ドラマは脚色がありながらも、かなり歴史的事実に忠実に描いているだけではない。 

渋沢栄一を描くことは、「最後の将軍・慶喜」を描くことであり、「薩長中心史観」へのアンチテーゼにもなっているのである。 

大河ドラマの放送にあわせて初めて文庫化された作品だが、意図せず時代の空気の変化を反映しているのかもしれない。 文庫版につけられた「人名解説」が索引の役割も果たしているので、一粒で二度おいしい本になっている。


画像をクリック!


<ブログ内関連記事>





(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2017年10月22日日曜日

書評『日本教の社会学』(山本七平/小室直樹、ビジネス社、2016 単行本初版 1981)―「日本教」というキーワードで日本社会をあざやかに分析した濃密かつ濃厚で骨太な議論



晴耕雨読というわけではないが、台風接近中の土曜日は読書に専念。2017年10月22日(日)は衆議院総選挙の投開票日だが、季節外れの超大型台風が日本列島を直撃している。

昨年末に購入したが未読だった『日本教の社会学 ― 戦後日本は民主主義国家にあらず-』(ビジネス社、2016)を読む。

この本は、規格はずれの「知の超人」であった小室直樹氏と、おなじく在野の骨太の思想家であった山本七平氏の共同作業による共著。1981年に出版された本だが、長らく絶版となっていたものが昨年ようやく復刊されたものだ。

山本七平が提示した「日本教」というキーワードを、小室直樹が社会科学の観点から現実分析のツールとして鍛え上げた試みである。

「神学」という観点からみた「日本教」の分析はきわめて知的刺激に富んでいる。教義(ドグマ)、救済儀礼(サクラメント)、神議論(テオディツェー)。いずれも聞き慣れない用語だが、有効な分析概念だ。キリスト教徒で聖書関係の出版社を経営していた山本七平と、超人的ともいえる学者・小室直樹の対談形式だが、濃厚で濃密な内容で飽きが来ない。

「日本教」というのは、日本人が暗黙のうちに従わざるを得ない「見えない宗教」のようなものだ。仏教だろうが、キリスト教だろうが、結局は日本流に改造されてしまう理由がそこに求められる。マルクス主義もまた同様だ。

この観点から分析すると、近代以降の日本社会は「戦前」も「戦後」も基本的に変化していないとわかる。いままさに総選挙の最中だが、日本社会はほとんど何も変わっていないのだなと思わざるを得ない。だが逆にいえば、日本社会の基本的構造とメカニズムが理解するには、これ以上ないといっていいほどの分析ツールになっていると思う。

本書のなかで、なんといってもいちばん興味深いのは最終章である「第9章 日本資本主義精神の基盤-崎門(きもん)の学」で詳細に取り上げられている浅見絅斎(あさみ・けいさい)の思想だ。
  
浅見絅斎は、17世紀後半から18世紀にかけて生きた儒学者で独創的な思想家だが、その圧倒的影響が「明治維新革命」につながったとする議論。なぜか現在では、ほぼ完全に忘れ去られて顧みられることのない思想家だが、その「(政治的)正統性」にかんする議論が「尊皇思想」を生み出した点は、大いに注目しなくてはいけないだろう。

小室直樹と山本七平の両氏は、1980年代には当時の「知的ビジネスマン」(・・あえてマンと書いておく)に多大な影響力のあった人たちだが、すでに亡くなってから久しい。したがって、1981年に出版された本書の内容も、出版当時の時事的話題など部分的には古くなっている点は否定できないが、それでも内容的には現在でも十二分に説得力がある。

山本七平氏は、日本人を無意識に動かしている「空気」について最初に指摘した人として現在でも記憶されているだろう。さらに「日本教」という概念を提示した点も記憶されるべきだろう。

骨太な議論が好きな人には、ぜひ薦めたい本だ。


画像をクリック!


目 次

まえがき(小室直樹)
第1部 日本社会の戦前、戦後
 第1章 戦後日本は民主主義国家ではない
 第2章 戦前日本は軍国主義国家ではない
第2部 神学としての日本教
 第3章 宗教へのコメント
 第4章 日本教の教義(ドグマ)
 第5章 日本教の救済儀礼(サクラメント)-自然、人間、本心、実情、純粋、序列、結婚
 第6章 日本教における神議論(テオディツェー)
 第7章 日本教ファンダメンタリズム
第3部 現代日本社会の成立と日本教の倫理(エティーク)
 第8章 日本資本主義の精神
 第9章 日本資本主義の基盤-崎門(きもん)の学
「まとめ」-あとがきにかえて(山本七平)



著者プロフィール

山本七平(やまもと・しちへい)
1921年東京生まれ。1942年、青山学院高等商業学部を卒業。野砲少尉としてマニラで戦い、捕虜となる。戦後、山本書店を創設し、聖書学関係の出版に携わる。1970年、イザヤ・ベンダサン名で出版した『日本人とユダヤ人』が300万部のベストセラーに。以後、「日本人論」で社会に大きな影響を与えてきた。その日本文化と社会を分析する独自の論考は「山本学」と称される。評論家。山本書店店主。1991年逝去。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


小室直樹(こむろ・なおき)
1932年東京生まれ。京都大学理学部数学科卒業。大阪大学大学院経済学研究科、東京大学大学院法学政治学研究科修了(東京大学法学博士)。この間、フルブライト留学生として、ミシガン大学、マサチューセッツ工科大学、ハーバード大学各大学院で研究生活を送る。2010年逝去。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)




<ブログ内関連記事>

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)-日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」。日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?
・・山本七平といえば「空気」

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む
・・これぞ本当の「知の巨人」であった小室直樹

書評 『異端力のススメ-破天荒でセクシーな凄いこいつら-』(島地勝彦、光文社文庫、2012)-「常識に染まらず、己の道を行く」怪物たちの生き様
・・「著者は、集英社インターナショナル社長時代に、小室直樹には『痛快!憲法学』、『日本人のための憲法原論』や『日本人のためのイスラム原論』など書かせた編集者」

書評 『見える日本 見えない日本-養老孟司対談集-』(養老孟司、清流出版、2003)- 「世間」 という日本人を縛っている人間関係もまた「見えない日本」の一つである

書評 『西郷隆盛と明治維新』(坂野潤治、講談社現代新書、2013)-「革命家」西郷隆盛の「実像」を求めて描いたオマージュ

『雨夜譚(あまよがたり)-渋沢栄一自伝-』(長幸男校注、岩波文庫、1984)を購入してから30年目に読んでみた-"日本資本主義の父" ・渋沢栄一は現実主義者でありながら本質的に「革命家」であった
・・本書の「まとめ」で、日本の近代資本主義を用意した「勤労のエトス」と「町人的合理性」、そして「下級武士のエトス」を合わせ持っていた具体的人物として渋沢栄一を取り上げている

『論語と算盤』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2008 初版単行本 1916)は、タイトルに引きずられずに虚心坦懐に読んでみよう!


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2014年12月22日月曜日

書評『渋沢家三代』(佐野眞一、文春新書、1998)ー 始まりから完成までの「日本近代化」の歴史を渋沢栄一に始まる三代で描く


偉大すぎる父をもった二代目の不幸、そして三代目でみずから没落を受け入れた一族の歴史である。

「偉大すぎる父」とは、日本近代化をビジネスの側面から推進した「日本資本主義の父」で子爵となった渋沢栄一である。そして三代目は戦時下の日銀総裁と敗戦後の混乱期に大蔵大臣を歴任した渋沢敬三。そしてその中間にいる「知られざる二代目」は、偉大すぎる父という重圧に耐えきれず遊蕩の世界に惑溺した渋沢篤二。

栄一、篤二、敬三とつづいた「渋沢家三代」の歴史は、名前をつづけると「一二三」となるが、ホップ・ステップ・ジャンプの三段跳びとはいかなかった。敗戦後のGHQ統治下における「財閥解体」を契機に、三代目は「偉大すぎる祖父」の重圧から逃れるため、みずからニコニコと没落を選択する。渋沢家三代は、まさに日本近代そのものであった。

渋沢家三代の当主でもっとも知られているのは、いうまでもなく渋沢栄一である。

渋沢栄一については、「日本資本主義の父」というフレーズで、いまでも語られることのきわめて多い存在である。日本のエスタブリッシュメントといわれる大企業のきわめて多くに渋沢栄一の息がかかっている。

(三代目 渋沢敬三 第17代日銀総裁、民俗学者)

三代目の渋沢敬三は、日銀総裁と大蔵大臣という公人としての側面だけでなく、みずからも民俗学の研究者でありパトロンであったという側面もあった。このことは、本書の著者・佐野眞一氏のノンフィクション作品 『旅する巨人-宮本常一と渋沢敬三-』(文藝春秋、1996)で全面的に取り上げられて以来、ようやく一致して捉えられるようになったが、いまでもまったく相異なる世界であることには変わりない。

柳田國男と折口信夫が日本民俗学の二大巨人であるとすれば、徹底的に日本国内を歩き回った点では折口信夫をしのぐ存在の宮本常一をあげねばなるまい。その宮本常一のパトロン的存在で、かつみずから民俗学者であったのが渋沢敬三であった。 

渋沢敬三が私費を投じたパトロネージのおかげで、民俗学者や人類学だけでなく自然科学から社会科学にいたるまで、かならずしも「実学」ではないが、日本にとって重要な学問が保護育成されたのである。ここには書き記さないが、梅棹忠夫などそうそうたる学者たちの名が239ページに記載されている。渋沢敬三が蒐集した民具のコレクションが、梅棹忠夫が初代館長を歴任した国立民族学博物館(・・通称みんぱく)のコレクションの一部として引き継がれたことは知っておきたいことだ

その意味では、渋沢敬三の存在はきわめて大きなものがあった。江戸時代から昭和にかけての「殿様生物学者」に匹敵する存在であったというべきだろう。

渋沢栄一という希有な存在を持ち得たことは近代国家としての日本にとっては、まことにもって幸いなことであった。だが、プライベートの側面においては、かならずしもそうであったとはいえない。そんな家に生まれてしまったがゆえに受ける精神的重圧。二代目は遊蕩の世界に惑溺したが、三代目は学問の世界で蕩尽した。

著者は、本書の最後を以下のような文言で締めくくっている。

栄一は近代的企業の創設に命を燃やした。篤二は廃嫡すら覚悟して放蕩の世界に惑溺した。そして敬三は学問発展に尽瘁(じんすい)して、ついに家までつぶした。事業にしろ遊芸にしろ、自分の信じる世界にこれほど真摯に没入していさぎよく没落していった一族が、ほかにいただろうか。(*太字ゴチックは引用者=さとう)

「カネは稼ぐより使うほうがむずかしい」とはよくいわれることだが、社会企業家の先駆者ともいえる渋沢栄一だけでなく、渋沢家は三代にわたって見事にカネを使ったといえるのではないだろうか。

『渋沢家三代』の歴史は、日本近代史そのものである。渋沢栄一だけとりあげて礼賛するだけでは、日本近代を全体的に把握することはできないのである。





<補足>

宮本常一にかんする佐野眞一の記述は、「観察力」のあり方について、拙著 『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(佐藤けんいち、こう書房、2012)にも要約して引用しておうたので、ぜひ参照していただければと思う。「第2章 「引き出しの増やし方②-徹底的に観察する」の「4. 観察する際の視点のあり方」で、佐野眞一氏の本から宮本常一の『民俗学の旅』に記された10か条の人生訓を引用している(→ P.97~100)。



PS 日銀総裁としての渋沢敬三

『歴代日本銀行総裁論-日本金融政策史の研究-』(吉野俊彦、講談社学術文庫、2014 単行本初版 1957)には、第16日銀総裁を歴任した渋沢敬三氏についての記述もある。
   
文人肌で森鷗外についての研究も遺した吉野俊彦氏は、森鷗外と同様に「二足のわらじ」を履いていた日銀調査部長。同じく公人としての務めを果たしながら、学問でも業績を残した渋沢敬三氏への共感を感じることができる内容である。



<関連サイト>

渋沢敬三アーカイブ-生涯、著作、資料- (渋沢敬三記念事業 公式サイト)
・・情報量多し 必見

特別展「渋沢敬三記念事業 屋根裏部屋の博物館 Attic Museum」 (2013年9月9日~12月3日)
・・「みんぱくは屋根裏部屋からはじまった」(キャッチフレーズ)


<ブログ内関連記事>

書評 『日本の血脈』(石井妙子、文春文庫、2013)-「血脈」には明治維新以来の日本近代史が凝縮
・・渋沢家の血脈以外の事例を知るための好著
明治維新以来の日本近現代史が凝縮した本書は、ファミリー・ヒストリー(=家族史)という教科書ではない歴史書

『蛇儀礼』 (アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)-北米大陸の原住民が伝える蛇儀礼に歴史の古層をさぐるヒントをつかむ
・・ドイツ北部ハンブルクの銀行家の家に生まれたアビ・ワールブルクは、家督を弟に譲り美術史家として生きる道を選択した

「長靴をはいた猫」 は 「ナンバー2」なのだった!-シャルル・ペローの 「大人の童話」 の一つの読み方
・・渋沢家の一員であった澁澤龍彦訳の『長靴をはいたネコ』



渋沢栄一が選択しなかった「世襲」という選択肢

書評 『富の王国 ロスチャイルド』(池内 紀、東洋経済新報社、2008)-エッセイストでドイツ文学者による『物語 ロスチャイルド家の歴史』

「世襲」という 「事業承継」 はけっして容易ではない-それは「権力」をめぐる「覚悟」と「納得」と「信頼」の問題だ!


「殿様生物学」

ひさびさに大阪・千里の「みんぱく」(国立民族学博物館)に行ってきた(2012年8月2日)
・・「このように、「みんぱく」のコレクションには、土方久功や、実業家で民俗学者であった渋沢敬三などの個人が収集したコレクションを土台に、大阪万博の際に太陽の塔のなかで展示するために世界各地から収集したコレクションが展示されている」

本の紹介 『鶏と人-民族生物学の視点から-』(秋篠宮文仁編著、小学館、2000)-ニワトリはいつ、どこで家禽(かきん=家畜化された鳥類)になったのか?


渋沢敬三のパトロネージ

書評 『梅棹忠夫-未知への限りない情熱-』(藍野裕之、山と渓谷社、2011) -登山と探検という軸で描ききった「知の巨人」梅棹忠夫の評伝
・・「とくに忘れてはならないのは、パトロンとしての渋沢敬三の存在である。敗戦後に日銀総裁を務めた渋沢敬三は渋沢栄一の孫であり経済人であったが、私財を投じて民族学と民俗学の発展に尽くしただけでなく本人もまたすぐれた学者であった。渋沢敬三が蒐集した民具のコレクションがみんぱくのコレクションの一部として引き継がれたことは知っておきたいことだ」

ひさびさに大阪・千里の「みんぱく」(国立民族学博物館)に行ってきた(2012年8月2日)


佐野眞一氏のノンフィクション

書評 『私の体験的ノンフィクション術』(佐野眞一、集英社新書、2001)-著者自身による作品解説とノンフィクションのつくり方

書評 『あんぽん 孫正義伝』(佐野眞一、小学館、2012) -孫正義という「異能の経営者」がどういう環境から出てきたのかに迫る大河ドラマ

書評 『津波と原発』(佐野眞一、講談社、2011)-「戦後」は完全に終わったのだ!

「沖縄復帰」から40年-『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(佐野眞一、集英社、2008)を読むべし!

書評 『沖縄戦いまだ終わらず』(佐野眞一、集英社文庫、2015)-「沖縄戦終結」から70年。だが、沖縄にとって「戦後70年」といえるのか?

(2014年12月27日、2015年8月22日 情報追加)


(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2014年12月6日土曜日

書評『渋沢栄一 上・下』(鹿島茂、文春文庫、2013 初版単行本 2010)― 19世紀フランスというキーワードで "日本資本主義の父" 渋沢栄一を読み解いた評伝



「日本資本主義の父」というフレーズがつねについて回る渋沢栄一。だが、渋沢栄一については、わたし自身その決まり文句以上のことは、じつはよく知らなかった。最後まで通読して、つよくそう感じさせてくれた長編評伝だ。

もし渋沢栄一が日本にいなかったら、近代日本は現在のロシアや中国のような略奪資本主義となって、結局は「近代化」に失敗していた可能性がきわめて高い。その意味でも、日本の近代化と資本主義経済の導入の出発点に渋沢栄一という希有な人物をもったことは、日本にとってはきわめて幸運なことであった。

時代が人をつくるという。だが、そうはいっても、すぐれた人物の多くが非業の死を遂げるのが変革期である。幕末から維新にかけてもそうであった。明治に入ってからの「近代化」のステージにおいて、きわめて重要な活躍をした渋沢栄一が92歳という長寿を全うし、最期まで精力的に社会に貢献したことは、日本の経済界のみならず、近代日本にとっては幸いなことであった。

『渋沢栄一 上下』(鹿島茂、文春文庫、2013)は、文庫本で上下あわせて1,000ページ以上もあるだが、最初から最後までまったく飽きさせることがない充実した内容である。「発見」のよろこびを感じながら最後まで読み進めると、上記のような感想を抱く人も少なくないと思う。


ナポレオン三世のフランスの第二帝政期の空気を吸った渋沢栄一

なによりも視点の面白さはバツグンだ。その視点とは、渋沢栄一の20歳代後半におけるフランスにおける体験の重要性に正面から取り組んだことである。

近代資本主義を日本に定着させた渋沢栄一だが、若い頃に決定的に影響を受けたのは近代資本主義の牙城であった英国でも米国でもない。晩年は米国との関係を最重要視したが、若き日に大きな影響を受けたのは幕府崩壊前の一年半を過ごしたフランスであった。

倒幕と攘夷に血をたぎらせていた若き渋沢栄一は、心ならずも一橋家の家来となり、主君の一橋慶喜が徳川慶喜として将軍となったことで自動的に幕臣となる。それゆえに実現したフランス行きであった。幕府にはフランス、薩長には英国がバックについていたからである。渋沢栄一は、慶喜の実弟の徳川昭武の随行者としてフランスに渡航する。


(カバー写真はパリの渋沢栄一)


渋沢栄一を語ることのできる人はたくさんいるが、19世紀フランスとのからみで生き生きと描くことできるのは、本書の著者の鹿島茂氏をおいてほかにいないだろう。バルザックの翻訳や19世紀フランスを題材にしたエッセイ多数で知られる多作の人である。『子供より古書が大事と思いたい』というエッセイ集をもつ古書の収集家でもある。

19世紀フランスはナポレオン三世の第二帝政時代。パリ万国博覧会という「博覧会的」なるものが、産業資本主義へと発展し、パリ改造が美しき都を生み出したフランス近代の分水嶺の時期にあたる。現在のパリは、ナポレオン三世時代の大改造後のものである。

フランス革命以後、狭義の「近代」がはじまるわけだが、基本的に国家中心の中央集権で反資本主義的傾向の濃厚なフランスにおいて、ナポレオン三世の時代は例外的に資本主義との親和性の高い時代であった。

その時代に開催されたパリ万国博覧会への出展を兼ねて、徳川昭武一行がフランスに渡航したわけである。そして会計担当として随行した渋沢栄一は、その時代のパリの空気を存分に吸ったというわけなのだ。

本書の最大の特色は、渋沢栄一が意図せずしてサン=シモン主義の影響を受けているという指摘である。サン=シモン主義とは、社会思想家のサン=シモン(1760~1825)が主張した産業主義のことであるが、この思想はフランスでは例外的な発想であり、ナポレオン三世時代のフランスを支えた思想でもある。

幕末から明治時代初期にかけてのフランスの影響というと、中江兆民に代表されるルソーの「天賦人権論」を想起するが、渋沢栄一のサン=シモン主義の場合は思想から入ったのではなく、実務をつうじて交際のあったフランス人からの影響のようだ。


(サン=シモン 『産業者のカテキスム(教理問答)』 岩波文庫より)


■サン=シモン主義と19世紀フランスの「圧縮した産業発展」

著者によれば、資本主義とはあまり「親和性が高くないフランスだが、例外的に近代資本主義への道を準備したのがサン=シモン主義であるという。フランスでは異端の産業思想なのである。

近代資本主義の発祥の地はいうまでもなく英国だが、英国に比べて資本主義の点でははるかに遅れていたフランスは、サン=シモン主義をベースにした第二帝政期の産業資本主義によって、遅れを取り戻したのである。つまり超高速度でキャッチアップを行った「圧縮した産業発展」を遂げたということだ。

だからこそ、日本をはじめとする当時の「新興国」は、フランスをお手本にして演繹的に学ぶことができたというのが著者の見方である。この見方はじつに興味深い。

渋沢栄一自身は、著者によれば子どもの頃から帰納法的な発想にすぐれ、システム思考の持ち主であった人でった。その意味ではむしろアングロサクソン的知性の持ち主であったが、フランスにおいて「圧縮した発展」を実務をつうじて学ぶことができたことで、資本主義の「ゲームのルール」を体得したわけである。

フランス語を学び、フランスで西欧近代を体感した渋沢栄一は、「個」のチカラを束ねる株式会社の重要性を知る。株式によって小さなカネを集めて大きな資本とし事業を推進する。経済という側面だけでなく、社会全体にもあてはまる話である。


株式会社制度による近代ビジネスによって日本近代化を推進

豪農の家に生まれたが農民出身で武士になり、倒幕を志していた渋沢栄一であったからこそ、つねにお上(=官)が民のうえに幅をきかす身分制度の問題点に敏感であった。

渋沢栄一が目指したのは、ビジネスをつうじた日本近代化といっていいだろう。商慣習の近代化をテコに意識改革を行い、近代市民意識を育成し、近代的な市民社会の創造するという理想。それは、株式会社による「社会革命」でもある。倒幕という熱い思いから出発した渋沢栄一は、根本において「革命家」であったわけだ。

「官尊民卑」打破という強い思いは、福澤諭吉と共通するものがある。「近代化」に邁進していた明治日本において、渋沢栄一は福澤諭吉と同様に大きな意味をもった人なのだ。ともに「一身にして二生を経る」ことになった人である。福澤諭吉が蘭学を経て英学に進んだ学問の人であるのに対し、渋沢栄一は本格的な学問はやっていないが漢籍の教養をもつ実践知の人であった。

福澤諭吉が言論と教育という間接的な形でそれを行ったにの対し、渋沢栄一はビジネスという実践という直接的な形と、それをサポートする教育をはじめとする社会事業によってそれを行ったのである。

資本主義のプロモーター、資本と経営の分離の推進者、商業教育と女子教育を全面的にバックアップ、労使協調を重視、日米関係を最重要視した晩年の民間外交。

こういった渋沢栄一の「事業」は、ただたんに「日本資本主義の父」というフレーズからだけは見えてこないものだ。全体像として把握しないと、渋沢栄一が目指していたものが見えてこないのである。

文庫本の上巻は「算盤篇」、下巻は「論語篇」となっているのは、渋沢栄一のもうひとつの有名なフレーズである『論語と算盤』から取られたものだが、「算盤篇」と「論語篇」は便宜的にわけたものである。両者あいまって「渋沢栄一的なるもの」を形成しているのである。




「君子の交はりは 淡きこと水の如し」(荘子)

渋沢栄一は、商業教育においても大いなる推進者であった。日本近代化を「民」の立場から、経済の面から支えるビジネスマンの人材養成を担った「実学」である。

その代表的なものが現在の一橋大学である。初代文部大臣となった森有礼(もり・ありのり)がポケットマネーで開設した商法講習所という「私塾」から出発した一橋大学だが、明治7年に「商学校ヲ建ルノ主意」という設立趣意書を執筆したのは福澤諭吉であり、財政面でのバックアップに手腕を発揮したのが渋沢栄一である。東京高商の大学昇格も、渋沢栄一が全面的にバックアップしている。

官尊民卑の風潮のなか、その歴史においては何度も存続の危機に見舞われた一橋大学であるが、危機に見舞われる度ごとに渋沢栄一が学校と政府との仲裁役として登場し、事態の収拾に大きなチカラを発揮している。それほど商業教育という「実学」に、理想実現のための大きな意義を感じていたということだ。渋沢栄一は戦前の一橋大学の守護神でありつづけたのである。

時代の激動期に武士になり、一橋家に仕えた政治志向のきわめて強かった渋沢栄一は、一橋大学の卒業生の同窓会組織である「如水会」の命名者でもある。如水会の如水は黒田如水(=黒田官兵衛)からではない。中国の古典である『荘子』からとられたものだ。

君子の交はりは 淡きこと水の如し  
小人の交はりは 甘きこと醴(あまざけ)の如し
(君子之交淡如水 小人之交甘若醴)
出典: 「荘子」 山木篇第二十


「君子の交はりは 淡きこと水の如し」とは、正しい交際のあり方についての格言である。君子と対語(ついご)の関係にある小人(しょうじん)ではじまるフレーズと対比させれば、おのずから意味が明らかになるだろう。

それはベタベタとしたなれ合いの甘ったるい関係ではなく、自立して自律できる「個」をベースにした近代的な人間関係を示唆したものだといってよいだろう。それは砂糖水のような混ぜものではなく、ときには厳しささえも感じる清冽な真水のような関係である。

このフレーズを中国の古典から引いてきて、「近代」という新たな生命を吹き込んだことにも、渋沢栄一の思想が反映しているといっていい。もちろん、ビジネスエリートどうしの交際は「かくあるべし」という理念にかかわるものなので、実現は容易ではないのではあるが。

キャプテン・オブ・インダストリーを標榜してきた一橋大学は、渋沢栄一の思想だけでできあがったものではないが、渋沢栄一の思想を体現していることはいうまでもない。理想実現のための仕組みの一つでもあった。

一橋大学の卒業生組織である如水会は、ことし(2014年)設立100周年を迎えた。神田一橋の地にキャンパスのあった一橋大学は、当時の名称は東京商科大学であったが、戦後の大学改革のなか一橋大学と校名変更が行われた。

「日本資本主義の父」が同窓会の名称の命名者でもあるということで、わたし自身は渋沢栄一には「大いなる親近感を抱いてきた。「君子の交はりは 淡きこと水の如し」というフレーズの意味も30年以上にわたって幾万回となく反芻(はんすう)し、その意味を考えてきた。

渋沢栄一と一橋大学との関係は、「第5章 すべては「民」の発展のために」の「第43回 東京高商の設立」に書かれているが、このフレーズへの言及はない。あえて取り上げて解説しておいた次第だ。

一橋大学以外にも東京商工会議所をはじめ、渋沢栄一の息がかかった会社や組織はじつに多い。みずからの司令塔であった」第一国立銀行を中心に500社(!)の創立・発展に関与しているからだ。近代ビジネスに不可欠のビジネスインフラつくりに邁進した成果である。

日本のエスタブリッシュメントといわれる大企業の多くが、渋沢栄一が関与した基幹産業分野のものである。それぞれの立場で、渋沢栄一の存在を身近に感じてきた人は多いことだろう。

(如水会にある渋沢栄一の胸像 筆者撮影)


「渋沢栄一なるもの」の要約

繰り返すが、日本の近代化と資本主義経済の導入の出発点に渋沢栄一という希有な人物をもったことは、日本にとってはきわめて幸運なことであった。これが本書のテーマである。

本書の内容を、さらにわたしなりに「渋沢栄一なるもの」として以下の三項目に要約しておこう。

実利志向の現実主義者であるが、もともと政治志向の強い血気盛んな理想主義者であった
20歳代後半に、19世紀フランスで最先端の「近代西欧文明」の本質をつかんだ
西欧の制度と習慣を身につけた「欧化主義者」だが、キリスト教の影響をほとんど受けていない。教養の基本は漢籍であった

それぞれの項目について説明すると長くなるのでここでは省略するが、意味するところは本書を通読して感じ取っていただきたいと思う。

本書は、渋沢栄一の生涯を全体像として描いたものだ。著者は、企画から単行本の出版にこぎつけるため、18年も要したライフワークの一つであると「あとがき」に書いている。

それだけの価値ある大著である。ぜひ時間をつくって読むことを薦めたい。


 画像をクリック!


目 次 

上 算盤篇

まえがき-渋沢栄一とドラッカーとサン=シモン主義と
第1章 渋沢なくして日本の奇跡はなかった
第2章 パリで西洋文明の本質を見抜く
第3章 大蔵官僚として「円」を造る
第4章 日本の資本主義を興す

下 論語篇

第5章 すべては「民」の発展のために
第6章 民間外交でみせた手腕
第7章 「論語」を規範とした倫理観
第8章 近代性に貫かれた家庭人としての渋沢
あとがき 
渋沢家略系図
渋沢栄一年表
渋沢栄一関連事業一覧
索引


著者プロフィール

鹿島茂(かしま・しげる)
1949(昭和24)年横浜市生まれ。東京大学大学院修了。共立女子大学教授を経て、明治大学教授。専門は19世紀のフランス文学。1991年『馬車が買いたい!』でサントリー学芸賞、96年『子供より古書が大事と思いたい』で講談社エッセイ賞、1999年『職業別パリ風俗』で読売文学賞、2004年『成功する読書日記』で毎日書評賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<関連サイト>

鹿島茂「損をして得を取った渋沢栄一に学ぶ」-インタビュー(本の話WEB)

公益財団法人 渋沢栄一記念財団 (公式サイト)

渋沢栄一ミュージアム (深谷市 公式サイト)


<ブログ内関連記事>

渋沢栄一関連

書評 『渋沢栄一-日本を創った実業人-』 (東京商工会議所=編、講談社+α文庫、2008)-日本の「近代化」をビジネス面で支えた財界リーダーとしての渋沢栄一と東京商工会議所について知る

日印交流事業:公開シンポジウム(1)「アジア・ルネサンス-渋沢栄一、J.N. タタ、岡倉天心、タゴールに学ぶ」 に参加してきた

書評 『渋沢栄一-社会企業家の先駆者-』(島田昌和、岩波新書、2011)-事業創出のメカニズムとサステイナブルな社会事業への取り組みから "日本資本主義の父"・渋沢栄一の全体像を描く

『雨夜譚(あまよがたり)-渋沢栄一自伝-』(長幸男校注、岩波文庫、1984)を購入してから30年目に読んでみた-"日本資本主義の父" ・渋沢栄一は現実主義者でありながら本質的に「革命家」であった

『論語と算盤』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2008 初版単行本 1916)は、タイトルに引きずられずに虚心坦懐に読んでみよう!

書評 『渋沢家三代』(佐野眞一、文春新書、1998)-始まりから完成までの「日本近代化」の歴史を渋沢栄一に始まる三代で描く


「官尊民卑」打破!

Captain of industry (キャプテン・オブ・インダストリー)、どんな業界であってもそうありたいもの!

福澤諭吉の『学問のすゝめ』は、いまから140年前に出版された「自己啓発書」の大ベストセラーだ!

『自助論』(Self Help)の著者サミュエル・スマイルズ生誕200年!(2012年12月23日)-いまから140年前の明治4年(1872年)に『西国立志編』として出版された自己啓発書の大ベストセラー

「主権在民」!-日本国憲法発布から64年目にあたる本日(2011年5月3日)に思うこと

書評 『鉄道王たちの近現代史』(小川裕夫、イースト新書、2014)-「社会インフラ」としての鉄道は日本近代化」の主導役を担ってきた
・・最初は民間実業家たちが担った鉄道事業も、社会主義国ではないのにかかわらず、日露戦争を境に「国有化」されていった

幕末の動乱期

書評 『龍馬史』(磯田道史、文春文庫、2013 単行本初版 2010)-この本は文句なしに面白い!
・・龍馬の坂本家は、商人からカネで武士の身分を買った一族。武士であったが商人の血が流れていた。江戸時代は意外と身分は流動的であった。幕臣の渋沢栄一は京都で新撰組の面々とも面識があっただけでなく協力関係にあったので、坂本龍馬とは対極の立ち位置だったことになる


明治維新

書評 『明治維新 1858 - 1881』(坂野潤治/大野健一、講談社現代新書、2010)-近代日本史だけでなく、発展途上国問題に関心のある人もぜひ何度も読み返したい本
・・大名と下級武士の結合、すなわち中抜きであった維新革命

書評 『西郷隆盛と明治維新』(坂野潤治、講談社現代新書、2013)-「革命家」西郷隆盛の「実像」を求めて描いたオマージュ
・・廃藩置県という封建制度700年の歴史に終止符を打った革命家・西郷隆盛だが、残念ながら経済や財政にはかならずしも明るくなかった


■財政史の観点から明治維新前後を考える

書評 『持たざる国への道-あの戦争と大日本帝国の破綻-』(松元 崇、中公文庫、2013)-誤算による日米開戦と国家破綻、そして明治維新以来の近代日本の連続性について「財政史」の観点から考察した好著
・・「第二部 軍部が理解しなかった金本位制」の「第1章 江戸の通貨制度」「第2章 江戸の金銀複本位制から明治の金本位制へ」は渋沢栄一も関与した大蔵省初期の近代化の意味を知る参考になる


資本主義にかかわる思想を異にしたライバル


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end