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2025年2月7日金曜日

書評『ヤンキーと地元 ― 解体屋、風俗経営者、ヤミ業者になった沖縄の若者たち』(打越正行、ちくま文庫、2024)―「つかえない内部観察者」という立ち位置による「参与観察」の成果

 


10年にわたって底辺に生きる若者たちとともに行動をともにし、「参与観察」というフィールドワークによって調査を行ってきた社会学者による、読み応えのある渾身の一冊だ。 

この本の存在を知ったのは、じつは著者の訃報をネットニュースで知ってからだ。 昨年2024年12月9日に45歳で急逝した著者。さっそく検索して本書の存在を知った。 

しばらく品切れになっていが、入手したのは12月25日付けの第3刷。だが、2024年11月10日が初版の本書には、著者の死去についてはなにも記されていない。「追記」が必要だと思うのだが・・・ 

ここに記されているのは、2007年から10年間に及ぶ「つかえない内部観察者」という立場による究極の「参与観察」の記録。寝食をともにし、行動をともにしてこそ見えてくるものがある。その記録としてのエスノグラフィー(民族誌)である。 

食えない人文系の研究者である著者は、クラウドファンディングによる支援で、単行本としてまとめ上げることができた。本書は著者にとっては研究の区切りとなるものであり、文字通り代表作となった(・・なってしまった、と言うべきか)。 

登場人物は、著者以外は匿名にしてあるが、リアルな人間の顔の見える、読み応えのある私的ノンフィクションとして読むことも可能だ。 

著者は、文庫版に収録された「補論 パシリとしての生き様に学ぶ」で、「参与観察における調査者の立場」2軸マトリクスで4つに分類している。

関係性としての「部外者/内部者」をヨコ軸に有用性としての「つかえる/つかえない」をタテ軸にした4象限である。以下に示した③と④がいわゆる「参与観察」である。


①つかえない部外者
②つかえる部外者
③つかえる内部関係者
④つかえない内部関係者 


調査対象の内部に入り込む「参与観察」においては、「内部関係者」となることが求められるわけだが、「つかえる」か「つかえない」という違いが、意外と大きな意味をもってくることが、著者自身の「パシリ」としての立ち位置の記録から見えてくる。 それは「寄り添う」などという美辞麗句で表現されるものではない。

著者自身の「自分史」から、おのずと見いだされてきた立ち位置。これは著者独自の希有なものだと言わざるを得ないが、同時に、誰にでもその人なりの立ち位置というものがあることも示唆している。著者とおなじであるハズがないのだから。


(先行する社会学者の佐藤郁哉氏による『暴走族のエスノグラフィー』(新曜社、1984)は、カメラマンという属性によって「参与観察」した成果)


結論めいたものがいっさい記されていない本書だが、間違いなく言えるのは、2007年から10年にかけての、「地元」に生きる沖縄の若者たちの、声にならない声を拾い上げ、記録として残されたことだ。 

読者としては、安直な要約で済ませてしまうのではなく。あくまでもその記録を記録として受け取るべきなのだろう。 

●この記録は沖縄固有のものなのか、それとも日本社会全体に共通するものでもあるのか? ●少子化が進むなか、沖縄の現場労働における外国人労働者の状況は?  

などなど、そんな問いの数々が誘発されるのは、この本に記された内容が、それだけリアルなものだからなのだ。 


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目 次
はじめに 
第1章 暴走族少年らとの出会い 
第2章 地元の建設会社 
第3章 性風俗店を経営する 
第4章 地元を見切る 
第5章 アジトの仲間、そして家族 
補論 パシリとしての生き様に学ぶ ー その後の『ヤンキーと地元』 
解説 打越正行という希望(岸政彦) 
初出一覧 
調査実施一覧 
生活史インタビュー・実施記録 
参考文献

著者プロフィール
打越正行(うちこし・まさゆき)
1979年生まれ。社会学者。2016年、首都大学東京人文科学研究科にて博士号(社会学)を取得。文庫版出版当時、和光大学現代人間学部専任講師、特定非営利活動法人社会理論・動態研究所研究員。2024年12月9日に45歳で急逝。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆修正)


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2023年12月29日金曜日

書評『人類学と骨 ― 日本人ルーツ探しの学説史』(楊海英、岩波書店、2023)― 「旧植民地」出身という「他者の視線」による「日本の形質人類学」の「学説史」から見えてくるもの

 

『人類学と骨 ー 日本人ルーツ探しの学説史』(楊海英、岩波書店、2023)を読了。今週のはじめ(2023年12月25日)にでたばかりの新刊書である。

テーマに対する関心だけでなく、著者にしては意外(?)な感のあるテーマだったので、さっそく読むことにした次第だ。

ちょうどタイミングのいいことに『人類の起源 ー 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』(篠田謙一、中公新書、2022)を読んだばかりだったので、ゲノム解析以前の方法、つまり人骨の計測を主に行っていた「形質人類学」の歩みをトレースできたことになる。



■近代日本の「形質人類学」の特徴

本書は、「旧植民地」出身の「文化人類学者」による、近代日本の「人類学」、とくに「形質人類学」の「学説史」である。

「学説史」といっても、無味乾燥なものではない。しかも、狭い意味の専門分野の「内側からの視点」ではない。日本語で書かれたものであるとはいえ、「日本国民」である著者の立ち位置は、「日本人」のマジョリティとは異なる

「人類学」とは、人類の特徴をつかもうとする学問だ。狭い意味の人類学、もっぱら人骨の計測をもとに分析を行う「形質人類学」は基本的に自然科学に属するものであり、研究者の所属先としては医学部であることも少なくない。

「人類学」は、16世紀に始まる「第1次グローバリゼーション」を機に、地球全体に進出しをはじめた西欧人によって、全世界に植民地を拡大しくプロセスのなかで生まれてきた学問だ。

自分たちとは異なる色の皮膚をもち、異なる言語と生活習慣をもつ人びとに対する旺盛な好奇心から始まった人類学だが、効果的かつ効率的に植民地を経営するための基礎学問として、「第2次グローバリゼーション」以降の19世紀に活発化したものだ。

ここから生まれてきたのが「人種」という概念である。黒人だけでなく、黄色人種なる概念が生み出され、かれらを劣った存在とみなすことで白人の優越感が満足されることになる。

この人種概念が、ユダヤ人差別と結びついて20世紀前半のナチスの暴虐に至ったことは、けっして過ぎ去った過去の話ではない。ゲノム分析によって自然科学の分野では「人種」概念が過去のものとなっているのにもかかわらず、「人種」概念がヘイトを生み出す源泉になっているからだ。

西欧には約40年の格差のもとに近代世界に参入した日本は、キャッチアップのために西欧近代化を積極的に推進した。人類学だけでなく、植民地獲得もまたそれにならったものであり、植民地拡大によって、「人類学」の研究フィールドもまた拡大する。

方法論を西欧に学んだ日本の「人類学」の特徴は、研究の主要目的が「日本人の起源」を探ることに置かれたことにある。その探求は、日本列島の北にある北海道のアイヌ、南にある沖縄、そして植民地拡大にともない、台湾から朝鮮、そして満洲へと研究フィールドが拡大していった。

つまり日本の「人類学」は、植民地拡大によって「帝国」化した、近代日本の歴史そのものなのである。



■「旧植民地」出身で「調査される側」という「他者の視線」から見えてくるもの

著者は、日本に帰化した「日本国民」であるとはいえ、南モンゴルのオルドスの出身のモンゴル人であり、ユーラシア大陸に生まれ育った「大陸人」である。

したがって、日本で生まれ育った「島国の人間」とは感覚が違う。現在は国境があるので移動は容易ではないが、大陸の人間は陸路での移動が可能であった。この点が重要だ。「日本の人類学」の歴史を見る視点も、おのずから異なるものとなるのは当然である。

それだけだけでなく、「旧植民地」の出身者として、著者は「調査される側」の視点をもっている。つまり、二重の意味で「他者」の視線をもっていることになる。

だからこそ、日本人が無意識のうちにもっている、「日本人の起源」を知りたいというバイアスから免れているのであり、「日本人の起源」を探ることを主目的としてきた人類学の歴史を距離をおいて見つめることができるわけだ。

とくに重点的に取り上げられているのが、鳥居龍蔵と江上波夫である。いずれも満洲でフィールドワークを行った人類学者であるが、この2人の突出した研究者の共通点と相違点が興味深い。

著者は、鳥居龍蔵(1870~1953)には好意的な評価を示している。現在すでに失われているモンゴル人の生活習慣を記録した鳥居龍蔵の著作は貴重な内容だが、いまなお中国では中国語訳が許可されていないという。人類学が意図せずにもっている、ある種の政治性のためである。

著者は、かつて一世を風靡した「騎馬民族征服説」で有名な江上波夫(1906~2002)とは面識をもっていたというが、評価すべき点は認めながらも、批判すべきところは批判している。

批判すべき点とは、満洲での研究材料としての人骨収集にかんしてのものだ。江上波夫らの行った人骨収集は、限りなく盗掘に近いものだ。墓荒しといっても言い過ぎではない。



■人類学が抱える倫理的問題。学術目的ならすべてが許されるのか?

日本の人類学者は、「旧宗主国」として「旧植民地」で行った行為について自覚し、その倫理的な意味を理解する必要がある。日本国内であってもそれはおなじだ。研究目的で収集した人骨の返却は必要不可欠である。 

「人骨」というと科学研究の対象としての客観的響きしかないが、これを「お骨」や「遺骨」と言い換えたなら、人間の感情がかかわってくる問題だということが日本人なら理解できるはずだ。

誰だって、家族の墓を荒らされて「お骨」が学術研究の名目のもとに持ち去られ、しかも大学の研究室に「ブツ」として展示されていることを知れば、心穏やかではないだろう。戦地に残されたまま、いまだ故国に帰ることのできない「遺骨」の問題もまたおなじだ。

他者の痛みを感じて共感することが必要ではないか。想像力と共感の範囲を拡げなくてはならない。

「人類の起源」の探求において、現在では主流ではなくなった「形質人類学」であるが、ゲノム解析に使用される資料が人骨から得られる以上、人骨との関係がなくなったわけではない

研究のために収集した人骨の扱いにかんする倫理的問題。この問題が、日本の人類学に突きつけられている。

「日本人の起源」にかんする関心が日本人からなくなることはないだろう。だが、その研究に付随して発生する問題について、研究者ではない一般人も自覚的になることが必要なのだ。

そのことを本書『人類学と骨 ー 日本人ルーツ探しの学説史』によって教えられることになった。他者の視線によって「常識」を疑うことが、いかに重要なことであることか。その意味では、得がたい読書体験となった。





目 次
凡例
序章 人類学はなぜ骨を求めたか 白熱する日本人のル-ツ探し
第1章 遊牧民と骨 ー オルドスの沙漠に埋もれる人骨と化石
第2章 アイヌ、琉球から始まった人骨収集 ー 日本の古住民を求めて
第3章 台湾、モンゴルからシベリアへ ー 鳥居龍蔵の視線
第4章 江上波夫のモンゴル ー 騎馬民族征服王朝説の淵源
第5章 人類学者は草原で何を見たか ー 帝国日本の「モンゴロイド」研究
第6章 ウイグル,そして満洲へ ー 少数民族地域のミイラと頭蓋骨
終章 ビッグデータとしての骨 研究と倫理の狭間で
参考文献
謝辞
索引


著者プロフィール
楊海英(よう・かいえい)
静岡大学人文社会科学部教授。南モンゴルのオルドス生。モンゴル名はオーノス・ツォクト、帰化後の日本名は大野旭。楊海英は学術上のペンネーム。
北京第二外国語学院大学日本語学科卒業。1989年3月来日。国立民族学博物館・総合研究大学院大学博士課程修了。博士(文学)。著書に『墓標なき草原ー内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』(2010年度司馬遼太郎賞受賞)『中国とモンゴルのはざまで ー ウラーンフーの実らなかった民族自決の夢』(以上、岩波書店)のほか、『日本陸軍とモンゴル ー 興安軍官学校の知られざる戦い』(中公新書)、『逆転の大中国史 ー ユーラシアの視点から』(文春文庫)、『羊と長城 ー 草原と大地の<百年>民族誌』(風響社)など多数。(出版社サイトの記述に加筆修正)。



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2022年6月23日木曜日

書評『ANTHRO VISION(アンスロ・ビジョン)人類学的思考で視るビジネスと世界』(ジリアン・テット、土方奈美訳、日本経済新聞出版社、2022)―「見えないもの」を視る、「聞こえない声」を聞くための思考のフレームワークとは

 


たいへん面白い本だった。知的ビジネスパーソンのためのビジネス書というべきだろう。昨年2021年に原書から出版されるのを知って、ぜひ読みたいと思っていた。そうこうしているうちに、ことしの1月に日本語訳がでたので、翻訳版で読むことにした。 

帯には、「なぜ経済学やビッグデータ分析は問題解決に失敗するのか。」という問いが書かれている。その問いに対する著者の答えが「ANTHRO VISION」すなわち「人類学的思考」である。 

「ANTHRO」とは「Anthropo-logy」(人類学)の略称であるが、もともとはギリシア語で「人間」を意味する「Anthropo」からきている。「Anthropo-cene」は「人新世」、「Anthropo-sophy」は「人智学」である。 データの背後にある「人間」を見よ、というメッセージでもある。

全体を「俯瞰」する「鳥の目」だけでなく、個別具体的な事象を「観察」する「虫の目」の必要性である。この両者が必要なのだ。 

「アウトサイダー(=外部観察者)であって、かつインサイダー(=中の人)」である。あるいは、「インサイダーでありながら、アウトサイダーとして距離をとって見る」という視点でもある。 

「相異なる2つの視点」を持ち合わせることなのだ。 


(英国版の副題は、How Anthropology Can Explain Business and Life)


人類学の博士号をもつ著者は金融ジャーナリストとして長銀破綻を本にしている

著者は、英国のFT(フィナンシャル・タイムズ)の記者で、現在はFT米国版の編集委員会委員長を務めている。30年の経験をもつベテラン・ジャーナリストである。 

そんな著者がこのような本を書いたのは、ケンブリッジ大学で「社会人類学*」で博士号(Ph.D)を取得した人でもあるからだ。

ソ連崩壊前、中央アジアのタジキスタンでのフィールドワークがその出発点にある。 小さな村に3年暮らして、社会主義政権下のムスリムたちの婚姻慣習を観察して博士論文を書き上げた。そんなバックグラウンドの持ち主なのである。

*英国では「社会人類学」、米国では「文化人類学」という。先日亡くなった中根千枝博士は「社会人類学者」を名乗っていた。

この本は、人類学者として出発した著者の半自叙伝といった形をとっているが、読者もまた著者とともに、この30年間の激変を振り返ることにもなる。 

ソ連崩壊とグローバリゼーション、リーマンショックなどの金融危機、インターネットが社会基盤となってスマホとSNSが普及、地球環境問題が待ったなしの状態となり、パンデミックにも襲われた。ビジネスと社会をめぐるコンテクストの変化はすさまじい。

そんななかでも、「第10章 モラルマネー-サステナビリティ運動が盛り上がる本当の理由」は読み応えがある。ソ連崩壊によって東西問題が終わり、環境問題の観点から南北問題が浮上したのが1990年代のことだ。持続可能性(サステイナビリティ)が中心テーマとなってきた。 

著者の名前を知ったのは、2003年に出版された『Saving the Sun: A Wall Street Gamble to Rescue Japan from Its Trillion-Dollar Meltdown』というノンフィクションを読んでからである。 


 

その後、『セイビング・ザ・サン-リップルウッドと新生銀行の誕生』というタイトルで翻訳されたこの本は、バブル経済崩壊後の日本の金融危機を、長銀(いまは亡き日本長期信用銀行。R.I.P.)を中心に描いたものだ。著者は、FT記者として5年間日本に駐在経験をもっている。  

そう考えると、著者は金融ビジネスを中心に日本社会をフィールドワークしていたこのになるわけだ。ただし、その時点では著者は人類学者としてのバックグラウンドは公にしていなかった。


■「異文化マネジメント」と重なる問題意識

「第2章 カーゴカルト-インテルとネスレの異文化体験」には、ネスレ日本の「キットカット」の事例が登場する。「きっと勝つど」である。この事例は、日本のビジネスパーソンにとってはなじみ深いものであろう。 

この例でもわかるように、著者のいう「人類学的思考」は、ある意味では「異文化コミュニケーション」や「異文化マネジメント」と重なり合う部分がある。

「第5章 企業内対立ーなぜGMの会議は紛糾したのか」などは、その最たるものだ。

「会議」の意味づけがことなる出身者があつまった合弁企業における事例だが、おなじ会社のなかでもよく経験するコミュニケーションギャップである。 部門による違いは、ときにコミュニケーションを阻害する要因になりかねない。


(米国版の副題は、A New Way to See in Business and Life)


■欧米企業では人類学者を多用している!

読んでいて驚かされたのは、米国を中心とした欧米企業では人類学者を雇用しているケースがじつに多いという事実だ。 

「見えないものを視る、聞こえない声を聞くため」に人類学の専門教育を受けた研究者を雇用しているのである。ハイテク企業の設計者やエンジニアの直線的思考の盲点を補うための手段だという。 

日本企業でも、かなり昔から顧客を知るため、現場レベルでさまざまな手法を工夫し実践してきたが、さすがに人類学で博士号を取得した研究者を雇用する習慣はないようだ。 

欧米社会と日本社会では、「博士号」という「学位」の意味合いと位置づけが異なるためだろう。これじたいが社会学や人類学の研究テーマになりうることだ。「センスメーキング」のテーマでもある。 

個人的には、1980年代の社会科学系の大学で学生時代を送ったわたしは、当時流行していた「ニューアカ」(・・ニューアカデミズムの略。中心にいたのは浅田彰や中沢新一)の影響もあって、文化人類学者の山口昌男の本を中心に、人類学関連の本はかなり読んできた。専攻は社会人類学にするか、社会言語学にするか迷ったくらいだ。最終的に社会史(歴史学)にしたのではあったが。 

大学卒業後は、自分自身は研究者ではないので論文は書かないが、マインドセットとしては、ビジネス社会をフィールドワークしてきたつもりだ。「インサイダー」でありながら「アウトサイダー」の視点をもちながら。

そんなこともあって、本書に登場する人類学者の名前や人類学の専門タームにはなじみがあって、大いに楽しみながら読んだのだが、おそらく一般のビジネスパーソンにとっては、はじめて聞く名前や概念ばかりだろう。 

分が知らない「未知」の遭遇は、それじたいが「異化」効果をもたらすものだ。とはいえ、人類学的思考をビジネスと社会を理解するためのツールとして、使いこなすには不親切というべきではないか。 

日本語版には「人名解説」や「用語解説」を付加価値としてつけるべきだったのではないか。日本語訳がこなれた訳文になっているのに、もったいないことだ。


■「データ分析と人類学」の組み合わせも必要に

スティーブン・ジョブズの「テクノロジーとリベラルアーツの接点」が重要だというフレーズは、もっぱら製品開発にかんするものだが、変化のスピードが激しい「VUCAの時代」には、ビジネスと社会を理解するためには、著者がいうように「データ分析と人類学」の組み合わせも必要となる。 

もちろん、かならずしも「人類学」でなくてもいい。著者もまた、広い意味での「社会科学」として、「社会学」や「人類学」、「エスノグラフィー」をあげている。個々の人間を見ることが必要であり、「人間と人間の関係性」を見る視点が重要なのだ。 

ビジネスもまた、広いコンテクスト(=文脈)に位置づけて考える必要がある。社会のなかの一つの構成要素として存在しているからだ。 

「応用人類学」ともいうべき本書を読んで、ビジネスを異なる視点で見る習慣を身につけるキッカケにしてほしいものである。 

と、ここまで書いて、わたしの著者デビュー作『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(こう書房、2012)のテーマがまさにそれであったことに、あとから気がついた。自分が実践してきたことは、ジリアン・テット氏の主張とまったくおなじではないか!



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目 次
まえがき もうひとつの「AI」、アンソロポロジー・インテリジェンス 
第1部 「未知なるもの」を身近なものへ 
 第1章 カルチャーショック-そもそも人類学とは何か
 第2章 カーゴカルト-インテルとネスレの異文化体験
 第3章 感染症-なぜ医学ではパンデミックを止められないのか
第2部 「身近なもの」を未知なるものへ
 第4章 金融危機-なぜ投資銀行はリスクを読み誤ったのか
 第5章 企業内対立-なぜGMの会議は紛糾したのか
 第6章 おかしな西洋人-なぜドッグフードや保育園におカネを払うのか
第3部 社会的沈黙に耳を澄ます
 第7章 「Bigly」-トランプとティーンエイジャーについて私たちが見落としていたこと
 第8章 ケンブリッジ・アナリティカ-なぜ経済学者はサイバー空間に弱いのか
 第9章 リモートワーク-なぜオフィスが必要なのか
 第10章 モラルマネー-サステナビリティ運動が盛り上がる本当の理由
結び アマゾンから Amazon へ―誰もが人類学者の視点を身につけたら
あとがき 人類学者への手紙
謝辞
参考文献
原註


著者プロフィール
ジリアン・テット(Gillian Tett)
ケンブリッジ大学にてPh.D.取得(社会人類学専攻)。1993年から “フィナンシャル・タイムズ” 紙にて記者として活躍、ソ連崩壊時には中央アジア諸国を取材した。1997年から2003年まで同紙東京支局長。その後、英国に戻り同紙の名物コラム「LEXコラム」の副責任者。現在はFT紙アメリカ版の編集長であり、FT紙有数のコラムニストでもある。2007年には金融ジャーナリストの最高の栄誉「ウィンコット賞」を、2008年には「ブリティッシュ・ビジネス・ジャーナリスト・オブ・ジ・イヤー賞」を、また2009年には『愚者の黄金―大暴走を生んだ金融技術』で「フィナンシャル・ブック・オブ・ジ・イヤー賞」を、金融危機の報道でイギリス新聞協会の「ジャーナリスト・オブ・ジ・イヤー賞」を受賞している。そのほか、ベストセラーになった『サイロ・エフェクト』がある。(各種資料をもとに編集)。


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2014年12月22日月曜日

書評『渋沢家三代』(佐野眞一、文春新書、1998)ー 始まりから完成までの「日本近代化」の歴史を渋沢栄一に始まる三代で描く


偉大すぎる父をもった二代目の不幸、そして三代目でみずから没落を受け入れた一族の歴史である。

「偉大すぎる父」とは、日本近代化をビジネスの側面から推進した「日本資本主義の父」で子爵となった渋沢栄一である。そして三代目は戦時下の日銀総裁と敗戦後の混乱期に大蔵大臣を歴任した渋沢敬三。そしてその中間にいる「知られざる二代目」は、偉大すぎる父という重圧に耐えきれず遊蕩の世界に惑溺した渋沢篤二。

栄一、篤二、敬三とつづいた「渋沢家三代」の歴史は、名前をつづけると「一二三」となるが、ホップ・ステップ・ジャンプの三段跳びとはいかなかった。敗戦後のGHQ統治下における「財閥解体」を契機に、三代目は「偉大すぎる祖父」の重圧から逃れるため、みずからニコニコと没落を選択する。渋沢家三代は、まさに日本近代そのものであった。

渋沢家三代の当主でもっとも知られているのは、いうまでもなく渋沢栄一である。

渋沢栄一については、「日本資本主義の父」というフレーズで、いまでも語られることのきわめて多い存在である。日本のエスタブリッシュメントといわれる大企業のきわめて多くに渋沢栄一の息がかかっている。

(三代目 渋沢敬三 第17代日銀総裁、民俗学者)

三代目の渋沢敬三は、日銀総裁と大蔵大臣という公人としての側面だけでなく、みずからも民俗学の研究者でありパトロンであったという側面もあった。このことは、本書の著者・佐野眞一氏のノンフィクション作品 『旅する巨人-宮本常一と渋沢敬三-』(文藝春秋、1996)で全面的に取り上げられて以来、ようやく一致して捉えられるようになったが、いまでもまったく相異なる世界であることには変わりない。

柳田國男と折口信夫が日本民俗学の二大巨人であるとすれば、徹底的に日本国内を歩き回った点では折口信夫をしのぐ存在の宮本常一をあげねばなるまい。その宮本常一のパトロン的存在で、かつみずから民俗学者であったのが渋沢敬三であった。 

渋沢敬三が私費を投じたパトロネージのおかげで、民俗学者や人類学だけでなく自然科学から社会科学にいたるまで、かならずしも「実学」ではないが、日本にとって重要な学問が保護育成されたのである。ここには書き記さないが、梅棹忠夫などそうそうたる学者たちの名が239ページに記載されている。渋沢敬三が蒐集した民具のコレクションが、梅棹忠夫が初代館長を歴任した国立民族学博物館(・・通称みんぱく)のコレクションの一部として引き継がれたことは知っておきたいことだ

その意味では、渋沢敬三の存在はきわめて大きなものがあった。江戸時代から昭和にかけての「殿様生物学者」に匹敵する存在であったというべきだろう。

渋沢栄一という希有な存在を持ち得たことは近代国家としての日本にとっては、まことにもって幸いなことであった。だが、プライベートの側面においては、かならずしもそうであったとはいえない。そんな家に生まれてしまったがゆえに受ける精神的重圧。二代目は遊蕩の世界に惑溺したが、三代目は学問の世界で蕩尽した。

著者は、本書の最後を以下のような文言で締めくくっている。

栄一は近代的企業の創設に命を燃やした。篤二は廃嫡すら覚悟して放蕩の世界に惑溺した。そして敬三は学問発展に尽瘁(じんすい)して、ついに家までつぶした。事業にしろ遊芸にしろ、自分の信じる世界にこれほど真摯に没入していさぎよく没落していった一族が、ほかにいただろうか。(*太字ゴチックは引用者=さとう)

「カネは稼ぐより使うほうがむずかしい」とはよくいわれることだが、社会企業家の先駆者ともいえる渋沢栄一だけでなく、渋沢家は三代にわたって見事にカネを使ったといえるのではないだろうか。

『渋沢家三代』の歴史は、日本近代史そのものである。渋沢栄一だけとりあげて礼賛するだけでは、日本近代を全体的に把握することはできないのである。





<補足>

宮本常一にかんする佐野眞一の記述は、「観察力」のあり方について、拙著 『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(佐藤けんいち、こう書房、2012)にも要約して引用しておうたので、ぜひ参照していただければと思う。「第2章 「引き出しの増やし方②-徹底的に観察する」の「4. 観察する際の視点のあり方」で、佐野眞一氏の本から宮本常一の『民俗学の旅』に記された10か条の人生訓を引用している(→ P.97~100)。



PS 日銀総裁としての渋沢敬三

『歴代日本銀行総裁論-日本金融政策史の研究-』(吉野俊彦、講談社学術文庫、2014 単行本初版 1957)には、第16日銀総裁を歴任した渋沢敬三氏についての記述もある。
   
文人肌で森鷗外についての研究も遺した吉野俊彦氏は、森鷗外と同様に「二足のわらじ」を履いていた日銀調査部長。同じく公人としての務めを果たしながら、学問でも業績を残した渋沢敬三氏への共感を感じることができる内容である。



<関連サイト>

渋沢敬三アーカイブ-生涯、著作、資料- (渋沢敬三記念事業 公式サイト)
・・情報量多し 必見

特別展「渋沢敬三記念事業 屋根裏部屋の博物館 Attic Museum」 (2013年9月9日~12月3日)
・・「みんぱくは屋根裏部屋からはじまった」(キャッチフレーズ)


<ブログ内関連記事>

書評 『日本の血脈』(石井妙子、文春文庫、2013)-「血脈」には明治維新以来の日本近代史が凝縮
・・渋沢家の血脈以外の事例を知るための好著
明治維新以来の日本近現代史が凝縮した本書は、ファミリー・ヒストリー(=家族史)という教科書ではない歴史書

『蛇儀礼』 (アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)-北米大陸の原住民が伝える蛇儀礼に歴史の古層をさぐるヒントをつかむ
・・ドイツ北部ハンブルクの銀行家の家に生まれたアビ・ワールブルクは、家督を弟に譲り美術史家として生きる道を選択した

「長靴をはいた猫」 は 「ナンバー2」なのだった!-シャルル・ペローの 「大人の童話」 の一つの読み方
・・渋沢家の一員であった澁澤龍彦訳の『長靴をはいたネコ』



渋沢栄一が選択しなかった「世襲」という選択肢

書評 『富の王国 ロスチャイルド』(池内 紀、東洋経済新報社、2008)-エッセイストでドイツ文学者による『物語 ロスチャイルド家の歴史』

「世襲」という 「事業承継」 はけっして容易ではない-それは「権力」をめぐる「覚悟」と「納得」と「信頼」の問題だ!


「殿様生物学」

ひさびさに大阪・千里の「みんぱく」(国立民族学博物館)に行ってきた(2012年8月2日)
・・「このように、「みんぱく」のコレクションには、土方久功や、実業家で民俗学者であった渋沢敬三などの個人が収集したコレクションを土台に、大阪万博の際に太陽の塔のなかで展示するために世界各地から収集したコレクションが展示されている」

本の紹介 『鶏と人-民族生物学の視点から-』(秋篠宮文仁編著、小学館、2000)-ニワトリはいつ、どこで家禽(かきん=家畜化された鳥類)になったのか?


渋沢敬三のパトロネージ

書評 『梅棹忠夫-未知への限りない情熱-』(藍野裕之、山と渓谷社、2011) -登山と探検という軸で描ききった「知の巨人」梅棹忠夫の評伝
・・「とくに忘れてはならないのは、パトロンとしての渋沢敬三の存在である。敗戦後に日銀総裁を務めた渋沢敬三は渋沢栄一の孫であり経済人であったが、私財を投じて民族学と民俗学の発展に尽くしただけでなく本人もまたすぐれた学者であった。渋沢敬三が蒐集した民具のコレクションがみんぱくのコレクションの一部として引き継がれたことは知っておきたいことだ」

ひさびさに大阪・千里の「みんぱく」(国立民族学博物館)に行ってきた(2012年8月2日)


佐野眞一氏のノンフィクション

書評 『私の体験的ノンフィクション術』(佐野眞一、集英社新書、2001)-著者自身による作品解説とノンフィクションのつくり方

書評 『あんぽん 孫正義伝』(佐野眞一、小学館、2012) -孫正義という「異能の経営者」がどういう環境から出てきたのかに迫る大河ドラマ

書評 『津波と原発』(佐野眞一、講談社、2011)-「戦後」は完全に終わったのだ!

「沖縄復帰」から40年-『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(佐野眞一、集英社、2008)を読むべし!

書評 『沖縄戦いまだ終わらず』(佐野眞一、集英社文庫、2015)-「沖縄戦終結」から70年。だが、沖縄にとって「戦後70年」といえるのか?

(2014年12月27日、2015年8月22日 情報追加)


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