ジャイナ教がいまでも生きた宗教であることを知ったのは、1995年にはじめてインド北部にいったときのことだ。
仏教寺院かなと思って尋ねてみたら、ジャイナ教の寺院だという答えが帰ってきた。おお、ジャイナ教はいまでも存在するのか!
高校時代にジャイナ教のことは習ったが、ゾロアスター教や景教などとおなじく古代宗教だと思っていたからだ。ちなみにゾロアスター教もいまでもインドで生きている宗教である。
『ジャイナ教とは何か ー 菜食・托鉢・断食の生命観(ブックレット<アジアを学ぼう>㊾)』(上田真啓、風響社、2017)は、ジャイナ教とはなにかを「菜食」に代表される生命観から解説したものだ。「ジャイナ教入門」として読んでみて、これはよくできた本だと思った。いまから4年前のことだ。
出版されてからしばらくして読んだ(?)が、ブログに書いてなかったので、あらためて紹介しておきたい。
■ガンディーにも影響を与えたジャイナ教
ジャイナ教は、マハトマ・ガンディーの生き方と思想にも影響を与えている。ガンディーについての本を準備しているなかで知った。
ガンディーが生まれ育ったインド西部のグジャラートにはジャイナ教徒が多く住んでいて、ヒンドゥー教徒のガンディー家は隣人としてつきあっていたという。ガンディーは、アタマではなくカラダでジャイナ教を理解していているのである。
不殺生を徹底するジャイナ教では、虫や微生物を殺してしまうかもしれないという理由で、大地を耕す農業は避けられている。このため商売や学問、そのなかでも宝石を扱う商人が多く、意外なことに金持ちも少なくない。
ジャイナ教徒の人口は約450万人、インドの総人口14億人のわずか 0.3% しかいないのに、インド全体の個人所得税の 20% をジャイナ教徒が納めているという事実にそれが反映している。
この点については、『ジャイナ教の教え 信用と成功を手にする一番簡簡単な方法』(上林龍永、渡辺研二監修、三笠書房、2007)が自己啓発書の形態でまとめられていて、読みやすくためになる。
■仏教とは姉妹宗教だがインド以外には普及せず
ジャイナ教とはマハーヴィーラ(=ジナ)の教えであり、ジャイナ教徒とはジナの教えにしたがって生きる人びとのことであるが、十把一絡げにジャイナ教とはこういうものだとは説明できないほど多様化しているようだ。
仏教と姉妹宗教であると言われることも多い。仏教もジャイナ教も、その創始者であるブッダもマハーヴィーラも、紀元前6~5世紀という同時期、東インドという同地域に生きていて活躍した人である。反バラモンという性格が共通している。つまりヒンドゥー教とは異なる存在なのである。
不思議に思うのは、仏教がインドでは消滅したのに対し、なぜ似たような教義のジャイナ教はインドで生き延びたのかということだ。ヒンドゥー教と違って、仏教もイスラームも平等主義であることは共通している。ジャイナ教もまたそうだ。
だが、仏教とは違って、ジャイナ教はインドの外に向かって布教されることもなかった。完全にインド土着の民族宗教なのである。
ジャイナ教が生き残った理由のひとつは、その教義にもとづく徹底的な菜食主義にあったのではないだろうか?
不殺生(アヒンサー)といえばガンディーという連想があるが、なんせ、ジャイナ教においては、虫や微生物を殺してしまうかもしれないので農作業には従事しないという徹底ぶりである。2500年以上にわたって、固く守り通してきたということであろう。
■ジャイナ教の5つの実践倫理と菜食主義
ジャイナ教の創始者であるマハーヴィーラが重視したのは、以下の5つの実践倫理である。
●生き物を傷つけない●嘘をつかない●与えられていないものを取らない●性的禁欲を守る●所有しない
仏教と同様に出家と在家が区分されており、出家者には厳しい戒律が課せられるが、在家信者にはそれよりゆるやかなものとなる。
ジャイナ教の菜食主義は、不殺生(アヒンサー)の実践を食生活から捉えたものである。
「そこに生命が存在する可能性」のあるもの、「そこから生命が発生する可能性」があるものは食べることを避けるという。
ジャイナ教で食べられないものは、以下のものがあげられている。肉を食べないのは当然のこととして、植物にも規制は及んでいる。
自然死した動物のものを含めた肉類、ハチミツ、イチジク類の果実、酒類、濾過されていない水など。「殺生によって得られるから」で「無数の微生物がいるから」である。
葉のもの、湿った食べ物、発酵食品、腐敗した食べ物は、「そこに微生物がいる」という理由で規制されている。家庭での作り置きも奨励されない。
タマネギなどの球根、大根などの根菜類、イモ類などの地下茎は、「そこからあらたな生命が生じるから」。ザクロやナス、トマトなど「多くのタネをもつもの」。不殺生が徹底される。
以上のようなさまざまな規定があるが、出家者は托鉢で施されたものだけを食べ、午後は水も飲まないが、在家信者の場合は、食材を調理することは許されているという。
日常的な食は、見た目にかんしてはヒンドゥー教徒の菜食とさほど変わらないという。素材の違いがあるが、地域によっても、家庭によってもすべての規制が守られているわけでもないようだ。
とはいえ、ベジタリアンの極地であるヴィーガンの、そのまた極北ともいうべきジャイナ教の菜食主義なのである。
にもかかわらず、本書に掲載された写真を見る限り、やせて貧相な人はいない。徹底した菜食主義を2500年ちかくつづけけてきた人たちのことを考えれば、ほんとうに肉が必要なのか疑問に思ってくるのは、わたしだけではないのではないか?
本書は、著者のインド留学中のフィールドワークをもとにした研究の成果であり、教義や経典の解説に終わっていない点がすばらしい。ただ欲をいえば、ジャイナ教の菜食主義について、レシピも含めた解説本を見てみたいとつよく思う。できれば実際に食べてみたい。
どなたか、『古今東西 菜食主義大全』みたいな本を書いてくれないかな。
目 次
はじめに-ジャイナ教とは何か1 現在における分布2 少ない人口・高い識字率3 ジャイナ教とは何か4 ジャイナ教は「ヒンドゥー」か5 ジャイナ教に神様はいるのか6 仏教との共通点-沙門の文化二 マハーヴィーラ1 ティールタンカラの存在2 マハーヴィーラの生涯3 マハーヴィーラの教え4 ジャイナ教の聖典三 教団の歴史と体系1 空衣派(くうえは)と白衣派(びゃくえは)2 両派の分裂3 両派の違い4 在家と出家5 大誓戒と小誓戒四 出家とは-出家修行者の特徴1 なぜ出家するのか-輪廻と業の理論2 出家の儀式3 不殺生の実践4 出家修行者の持ち物5 遊行6 禁欲5. 出家修行者の食生活1 ジャイナ教の生物観-菜食主義の背景2 托鉢3 托鉢における不殺生4 托鉢の偶発性5 施主との関係6 食事に対する姿勢7 断食と断食死8 原則と例外六 在家信者の生活1 12の誓い2 施しを行うこと3 プージャー(礼拝)七 在家信者の食1 そこから生命体が発生するか2 食べられるべきではないものリスト3 インドの中のジャイナ教八 まとめ注・参考文献 あとがき
著者プロフィール上田真啓(うえだ・まさひろ)1980年生まれ。 京都大学大学院文学研究科(インド古典学)博士後期課程指導認定退学。 現在、京都大学文学部非常勤講師。 これまでの論文には「ジャイナ教の他学派批判―不殺生をめぐる議論について」(『印度学仏教学研究』第59巻第1号、日本印度学仏教学会、2010)“Nikṣepa in Tattvārthādhigamasūtra: A Method for the investigation of words” (『印度学仏教学研究』第60巻第3号、日本印度学仏教学会、2012)などがある。
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書評 『輪廻転生-<私>をつなぐ生まれ変わりの物語-』(竹倉史人、講談社現代新書、2015)-科学的精神の持ち主こそ読んでほしい本
・・動物を殺生して食べない理由に、古代インド以来の輪廻転生(サンサーラ)の思想がある
・・シュタイナーもジャガイモは食べるなと強調している。ただし、ジャイナ教とは理由は違う
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