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2023年9月17日日曜日

書評『インド仏教はなぜ滅んだのか ― イスラム史料からの考察(改訂版)』(保坂修司、北樹出版、2004)― ヒンドゥー教のカースト制を否定するマイノリティの仏教徒は、神の下での平等を説くイスラームに改宗した



「なぜ本家本元のインドで仏教が滅んだのか?」。この疑問を抱く人は少なくないはずだ。

ヒンドゥー教の影響を受け、密教まで発展した大乗仏教。だが、インドが征服王朝であるイスラーム王朝の統治下で「イスラーム化」が進行するなか、非暴力で寛容の精神を説くがゆえに、暴力を前にしたときに、残念ながらなすすべがない仏教は生き延びることができなかった。

そんな簡単な説明で片付けられることが多い。わかったようで、わからない説明だ。

なぜなら、なぜインド全体がイスラーム化されなかったのか、イスラーム王朝のもとにおいても、インド人のマジョリティはヒンドゥー教でありつづけたではないか。現在にいたるまで多種多様な宗教が混在するインドで、なぜ仏教だけが衰退したのか?

そんな反論がすぐにでてくるだろう。

『インド仏教はなぜ滅んだのか-イスラム史料からの考察-(改訂版)』(保坂修司、北樹出版、2004)という本がある。

一般人が疑問に思いながらも、学者が本腰を入れて研究することのなかった「仏教衰退」を、宗教が社会生活そのものであるインドの文脈において、しかもイスラーム史料から解明しよう治した大胆で魅力的な「仮説」が展開されている。

著者十数年間の苦闘の成果というだけでなく、大いに説得力のあるものだと思った。

数年前に読んだ本だが、ブログにアップ機会を失していた。いまあらためて書き直し、アップすることにしたい。


■「ヒンドゥー教地域」ではなく「仏教地域」がイスラーム化した

本書において提示される事実が、じつに興味深い。それは、「ヒンドゥー教地域」ではなく「仏教地域」がイスラーム化したという事実だ。

仏像がはじめて製作されたのは、アレクサンドロス大王の東征によってギリシア文明がおよんだガンダーラ地方であるというのは、よく知られていることだ。

この地域はいずれもイスラーム化されている。中央アジア(=アフガニスタン)とインド西部(=現在のパキスタン)である。21世紀初頭にイスラーム原理主義のタリバーンによって破壊されたバーミヤン大仏はアフガニスタンにあった。

そして、インド東部(=現在のバングラデシュ)もまたイスラーム化された地域である。インドが英国の植民地支配から独立した際、西部と東部のイスラーム地域がパキスタンとして分離独立した。バングラデシュが1971年に独立するまで「東パキスタン」であった。

つまり、イスラーム化されたのは、インドの西と東の辺境地帯なのである。もちろんその他の地域にもムスリムは居住しているが、集団として居住していたのはこれらの地域である。

よく知られているように、仏教はバラモン教が前提とする差別構造を否定した教えである。そして、一神教のイスラームもまた「神の下の平等」を説く教えである。ヒンドゥー世界の差別構造を否定した宗教という点において、仏教とイスラームには共通性がある。

バラモン教の末裔であるヒンドゥー教は、多神教というだけでなく、カースト制という差別構造を温存してきた。

この事実から引き出されるのが、著者による「仮説」である。

インドのイスラーム化が進行するなか、13世紀には大乗仏教信者は消極的にイスラームを受容し、その結果、仏教はインドで消滅したというものだ。

イスラム統治下で生き延びるために必要だったのである。スーフィーたちの布教活動によって集団改宗したのであろう、と。おそらく、二世代目以降はイスラームへの「同化」が進行していったのであろう。

説得力のある「仮説」である。ただし、イスラーム王朝であったムガル帝国において、アクバル帝は「宗教寛容政策」を実行したではないかという反論もありうるだろう。

イスラームが国教化されたバングラデシュには、全人口の1%弱ときわめて少数だが、いまなお初期仏教を伝承する仏教徒がいるではないか、仏教の姉妹宗教といわれることもあるジャイナ教は現在までインドで生き残っているではないか。そんな批判もあるだろう。だから、あくまでも「仮説」として受け取るしかない。

いずれにせよ、インドではイスラームが大乗仏教にとって変わり、大乗仏教はインドではほぼ滅亡した。大乗仏教の最終形態である密教は、インドからヒマラヤ山脈を超えたチベットで栄えることになる。中国経由で空海が持ち帰った日本でも栄えることになった。

西からやってきたインド亜大陸まで進出したイスラームは、その後は陸路ではなく、イスラーム化したインド商人たちによって、海路で現在のマレー半島やインドネシア、フィリピン南部まで普及していくことになった。

また、イスラームとヒンドゥー教の融合によって、平等を説いたシク教を生み出したことにも触れておく必要があるだろう。日常的にターバンを巻いている人たちである。


■宗教がいまでもに熱い「中洋」という地域

注意しておかなくてはならないのは、「宗教」という日本語では、捉えきれないものが「宗教」にはあるということだ。

これは、大宗教発生のゆりかごともいうべき「中東インド世界」について考える際に重要となってくることだ。

この地域は、梅棹忠夫の『生態史観』にならって、インド亜大陸を中心にした「中洋」とよぶべきだろう。インドには西からイスラームが押し寄せてきたのである。

イスラームは、生活全体を律するきつい法体系であり倫理体系である。イスラーム化された地域では、完全にイスラームの生活体系に服すことが求められるのであって、例外はない。その点が、土着の信仰と習合しやすい、ゆるい仏教世界とは違う。

イスラームがマジョリティとなった地域では、イスラーム以外の宗教は存在は認められても劣位に置かれた。原則として認められるのはズィンミー、すなわち「啓典の民」とされるユダヤ教徒キリスト教だけである。現在では、イスラーム主義者の台頭により、イスラーム以外の宗教への攻撃は高まりつつある。


■現在なおインドは一神教と多神教が直接対峙する「最前線」

現在のインドは、ヒンドゥー教徒がマジョリティを占める社会である。分離独立に際してムスリムがマジョリティーを占める西部と東部と分離された結果である。

とはいえ、14億人の人口をもつインドだが、現在なお1億人以上のムスリム人口を抱え、ヒンドゥー教徒との「宗教暴動」が絶えることがない。宗教暴動は、英語では communal violence という。宗教共同体が地域共同体とイコールだから発生する事態である。

現在のモディ政権は「ヒンドゥー至上主義」政党であり、マイノリティとなったムスリムへの締め付けが厳しい。多神教のヒンドゥー教 vs 一神教のイスラーム。

「宗教のるつぼ」であるインドだが、インドはまさに「一神教」と「多神教」が直接対峙しせめぎ合うホットスポットであり最前線なのである。

この点はよく理解しておくことが必要だ。けっして過去の話ではないのである。


(画像をクリック!)



目 次
改訂版序文
序文
第1章 宗教とは何か
第2章 インド仏教衰亡説の検証
第3章 イスラム史料『チャチュ・ナーマ』とは
第4章 『大唐西域記』と『チャチュ・ナーマ』の対照研究
第5章 西インド社会と仏教
第6章 イスラム教のインド征服と仏教
第7章 最初期のインドのイスラム教
第8章 他地域における仏教の衰亡
第9章 比較文明論からの考察
第10章 社会変革の手段としての改宗
第11章 アメリカの社会と宗教
第12章 結論


著者プロフィール
保坂俊司(ほさか・しゅんじ)
1956年群馬県渋川市出身。早稲田大学大学院文学研究科修了。現在、麗沢大学国際経済学部教授、早稲田大学政治経済学部非常勤講師、財団法人東方研究会・東方学院講師、財団法人モラロジー研究所研究員。著書に『シク教の教えと文化』(平河出版社)『イスラームとの対話』(成文堂)など多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに情報追加)



<関連サイト>

・・それぞれベンガル語版もある


<ブログ内関連記事>

・・不可触賎民出身のアンベードガル博士の「仏教復興」の志をつぎ、インド仏教徒の頂点に立つ日本人・佐々井秀嶺師








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2023年9月16日土曜日

書評『西洋人の「無神論」 日本人の「無宗教」』(中村圭司、ディスカヴァー携書、2019)― 「一神教世界」の「無神論」を知れば、日本人の「無宗教」の意味が見えてくる



『西洋人の「無神論」 日本人の「無宗教」』(中村圭司、ディスカヴァー携書、2019)を読むと、日本人が「無神論」なるものをまったく理解していなかった、いやいまでもほとんど理解していないことがわかる。

「無神論」と「無宗教」はまったく異なるものだ。多くの日本人が自分のことをそうであると思い、軽々とクチにする「無宗教」は、じつのところ「無神論」ではない。両者は似て非なるものなのだ。

本書は、宗教学者が「無神論」なるものに本格的に取り組んだめずらしい本である。「無神論」について知り、それについて考えることで、日本人の「無宗教」の意味が浮き彫りになってくる。

出版されてすぐに読んだ本だが、ブログにアップ機会を失していた。4年後のいま、あらためて書き直してアップすることにしたい。


■海外では「無宗教」は禁句という「常識」

1979年は「一神教」のイスラームが前面に登場してきた年として記憶すべきである。

わたし自身は、1979年の「イラン・イスラーム革命」と「メッカのカーバ神殿占拠事件」、そして「無神論」国家・ソ連による「アフガン侵攻」について、あくまでもニュースではあるが高校2年のときにリアルタイムで見てきた。

そういうわけで「一神教」のイスラームだけでなく、「宗教」に対しては先行世代よりも、はるかに深い関心を抱いてきた。

「神は存在するのか?」と疑問に思っていた高校時代のわたしは、神が人間を創ったのではなく、人間が神(という概念)を創ったのであるが、神(=絶対者)という存在を設定すると、説明が可能になることが多い、という結論に達した。拙いながらも自分のアタマで考えた結論である。

とはいえ、間違っても自分のことを「無宗教者」や「無神論者」などと語ったことはいっさいない。自分のことを「無神論者」などと思ったこともない。もちろん普段から神社仏閣をお詣りし、苦しいときには神頼みする、ごくごくふつうの日本人である(笑)

海外生活の「常識」として「無宗教」など絶対にクチにするな、とくにイスラーム圏においては死を招きかねないぞ! そう言いくるめられ、海外に旅立った日本人は少なくないはずだ。自分もまたそうである。

社会人になってから、はじめての海外出張でマレーシアに渡航した際も、KL(=クアラルンプール)空港から乗車したタクシーで、さっそく運転手から宗教を聞かれるという体験をしている。30年以上前のことだ。マレーシアは人口の7割がイスラーム教徒である。現在は国家としてイスラーム化を推進している。

キリスト教国の米国でも平気のように宗教を聞かれたこともある。もちろん間髪を入れずに即座に「ブディスト」(=仏教徒)であると回答している。こう答えておけば、熱心な信者ではなくても、まったく問題はない。安心されるのである。

イスラーム圏でも、キリスト教圏でも、信仰をもたない人間は、まともな人間とみなされないのである。このことは、なんどでも繰り返し強調しておこう。だからこそ、「無神論者」であることは、ある意味では確信犯的なのである。それだけの覚悟が求められるのだ。

とはいえ、日本仏教と神道の関係などめんどうくさいので、そこまで詳細な説明はしない。「比較宗教学」を学んだことのない一般人には、なにをどう説明しようが、どうせ理解できるはずがないからだ。

ちなみに、この点にかんしては、タイやミャンマーにおいても日本と似たような状況であることを、実際に住んでみて確認した。これらの上座仏教圏においても、仏教と土着の信仰が共存、あるいは融合しているのである。


■米国では「無神論」が増大中!?

本書によれば急速に「無神論」が増大中だという。これは驚きだ。

「エヴァンジェリカル」と総称される「キリスト教原理主義」(=ファンダメンタリズム)の存在が大きい米国という認識をもっていたからだ。

ところが本書では、代表的な「無神論者」(atheist)として、キリスト教世界からクリストファー・ヒチンズ、さらにはイスラーム国家のイランから脱出してカナダに移住した元ムスリムのアーミン・ナヴァビが紹介されている。

前者については、まあそういう人は、ホーキンス博士を始めとした知識人を中心に、いてもおかしくはないだろうと思うが、かつてイスラーム教徒だった人間が「無神論者」になった例など聞いたこともなかった。自分のなかに固定観念があったのだろう。

しかし、いずれにせよ「無神論」は基本的に「一神教世界」の話であることが、本書で確認することができる。キリスト教もイスラームもともに一神教である。

宗教学者である著者は、「第4章 無神論のロジック」で、多神教世界から生まれた一神教の「ヤハウェの3つの性格」を、「創造の神」「奇跡の神」「規律の神」に分解して、それぞれ「無神論」との関係を考察している。「無神論」は「一神教」の神のもつそれぞれの要素の否定という形で表現される。

「無神論」自体がひとつの「宗教」になっているという揶揄や批判もあるそうだが、たしかにそうだろう。「無神論者」の一神教の神を否定するロジックとパッションは、正直いって多神教世界の住人であるわたしには、アタマでは理解できても、心情的に共感は感じないのが正直なところだ。

著者によれば、無神論者は、現在のところ、「多神教世界」の神否定にはあまり関心がないようだ。もしそのような批判をしたところで、のれんに腕押しといったところだろう。そうである以上、無神論が日本の知的風土のなかで話題になることもあるまい。

共産主義という宗教体制における「無神論」をかかげたソ連についての言及がないのが不思議だが(・・ソ連のアフガン侵攻がイスラーム世界で激しい反発を招いたのはそのためだ)、西の一神教世界の「無神論」と東の多神教世界の「無宗教」について考えるために大いに参考になる議論である。


■日本人の「無宗教」とは?

これまでも「日本人は無宗教か?」という問いは、それこそ腐るほどされてきた。

統計データでは「無宗教」とアンケートに回答した結果がでるにもかかわらず、お守りをみにつけたり、年始には初詣、お盆や春分や秋分には墓参りする日本人。日本人にとっても、それは大いなる「謎」であったのだ。

ただ単に宗教に「無関心」であるか、あるいは「スピリチュアル」であっても、特定の「宗教」や「宗派」に所属していないだけのことなのだ。慣習としてやっていることであり、逆にいうと、やらないとなんだか気持ちが悪いというとらえ方だろう。

まあ、わたしなら山本七平にならって、それが「日本教」なんだよと言ってしまえばいいのではないか、と思ってしまうが。あるいは経済思想研究者で民俗学者の住谷一彦のように  》Das Japantum《 (ダス・ヤーパントゥーム)と社会科学風に決めてみるか。後者は生活全般を規定した「ユダヤ教」を意味する  》Das Judentum《(ダス・ユーデントゥーム)のもじりである。

まあ、そういう話は別にして、そんな日本人としての生き方について考えるためにも、「一神教世界における無神論」についてくわしく考察した本書は有益である。本書は「無神論」について論じながら、「宗教」現象そのものの解説にもなっている。


   
(画像をクリック!)


目 次
はじめに
第1章 無神論-世界の新たなトレンド?
 1. 「宗教なし」「神なし」が世界で急伸!
 2. 『ダ・ヴィンチ・コード』騒動に見る現代欧米の宗教事情
 3. 宗教家による情報汚染-ファンダメンタリスト VS ドーキンス
 4. クリストファー・ヒチンズとアーミン・ナヴァビ
第2章 盛り上がる無神論ツイッター
 1. 神様って変?
 2. 信仰は不道徳?
 3. 議論を起こせ!
第3章 無神論と無宗教を理解するための宗教史
 1. 多神教から一神教へ
 2. 仏教-神頼みから悟りの修行へ
第4章 無神論のロジック
 1. ヤハウェの三つの性格
 2. “創造の神”
 3. “奇跡の神”
 4. “規律の神”
 5. 究極のロジック
第5章 西洋人の無神論 日本人の無宗教


著者プロフィール
中村圭志(なかむら・けいし)
1958年北海道小樽市生まれ。北海道大学文学部卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学(宗教学・宗教史学)。宗教学者、昭和女子大学非常勤講師。 著書は『図解 世界5大宗教全史』(ディスカヴァー・トエンティワン)、『教養としての宗教入門』『聖書、コーラン、仏典』(中公新書)ほか多数。 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

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2016年1月5日火曜日

インドの叙事詩『ラーマーヤナ』に登場するハヌマーン-2016年の干支はサル ④

(インドの絵本に登場する火のついた尻尾でランカーを焼き払うハヌマン)


インド神話に登場する「ハヌマーン」について知っているだろうか。

数々の動物が神として信仰されているのがインドのヒンドゥー教である。日本でも比較的知られているのがガネーシャだろう。ゾウのアタマをもった商売繁盛の神様である。このほか、ウマのアタマをもったハヤグリーヴァ(=馬頭)については、このブログでもウマ年に取り上げている。

ハヌマーン(Hanuman)はサルである。人間のカラダにゾウのアタマがついているガネーシャとは違って、ハヌマーンはアタマの先から尻尾の先までサルである。ハヌマーンは神様ではないが、インドでは民間信仰の対象として愛されてきた。

ハヌマーンが登場するのは叙事詩の『ラーマーヤナ』。インド文学としては『マハーバーラタ』のほうが世界的に有名だが、インド文明が及んだ地域では、圧倒的に『ラーマーヤナ』の影響がつよい。タイ、ラオス、カンボジア、インドネシアに至るまで及んでいる。

さらにいえば、孫悟空が登場する中国の『西遊記』の源流のひとつはインドの『ラーマーヤナ』であるとされている。インド起源で中国で受容されたのは大乗仏教だけではない。ハヌマーンと孫悟空の関係について考えてみるのも面白い。

『ラーマーヤナ』は、王子ラーマとその后のシータをめぐる物語。ハヌマーンは猿王スグリーヴァの軍師として、魔王に誘拐されたシータの捜索で大活躍する。変幻自在で空を自由に飛び回り、火のついた尾っぽで魔王の宮殿を焼き払う(・・トップの画像)。


(胸を裂いてラーマとシータを示すハヌマーン wikipediaより)


そして、なによりもラーマに対する忠誠心の深さは比類ない。ハヌマーンは、胸を裂いてラーマとシータを示すのである(・・上掲の画像)。こういう感覚は日本人的には、ナマナマしすぎて敬遠したくなうのだが・・・。

ラーマはヴィシュヌ神の化身(=アヴァタール=アバター)とされインド民衆のあいだでは深い信仰の対象となっている。そんなラーマへの忠誠心のあついハヌマーンもまた愛されてきた。


■東南アジアのインド文明圏

『ラーマーヤナ』は、インド文明が及んだ地域には大きな影響を与えており、タイの仮面舞踊劇であるコーン、インドネシアの影絵芝居であるワヤンにおいても主要なテーマである。

20年ほど前にはじめてタイやインドネシアを歩き回ったとき、東南アジアには仏教もイスラームも超えた共通性があることに気がつかされた。その代表が神鳥のガルーダであり、ハヌマーンなのである。タイでは王室関連でガルーダの紋章が使用され、インドネシアの国営航空はガルーダである。

タイの歴代の国王がラーマを名乗っていることにも注意しておきたところだ。古くは石碑で有名なラームカムヘン大王、そして現在のラタナコーシン王朝の国王は、初代から現在に至るまでラーマを名乗っている。現在のプミポン国王はラーマ9世である。


(タイの仮面舞踊劇コーンに登場するハヌマーン タイの出版物より)


多様な宗教が混在する東南アジアであるが、基層にあるインド文明、そして『ラーマーヤナ』が重要な要素であることはアタマのなかに入れておいたほうがいい。学術シンポジウムの記録である 『ラーマーヤナの宇宙-伝承と民族造形-(慶応義塾大学地域研究センター叢書)』(金子量重・鈴木正崇・坂田貞二=編、春秋社、1998)がその参考になる。この本では、ビルマ(=ミャンマー)やスリランカ、日本についても取り上げられている。

『ラーマーヤナ』は、日本語訳が平凡社東洋文庫から出版されているが、全7巻とかなり長いのでなかなか躊躇してしまう。

さいわいなことに、子ども向けに童話化したものであるが『ラーマーヤナ(上下)-インド古典物語-』(河田清史、レグルス文庫、1971)として入手可能なので、物語そのものを知るにはたいへん都合がよい。もともと初版は戦時中に出版されたらしい。大東亜戦争が日本とアジアの距離を一気に縮めたのである。


(日本語でかんたんに読める『ラーマーヤナ』 筆者蔵)


■東西文明におけるサル

仏教に限らず、アジア文明の源泉がインドにあることは、美術を中心に論じた岡倉天心の『東洋の理想』以来のテーマであるが、擬人化した知恵者のサルが登場する物語もまたインドが起源であることは、先に見てきたとおりだ。

興味深いのは、インドから東に向かってはサルの物語は伝播したが、インドの西には拡がらなかったという事実だ。

これは端的にいって、サルが生態系のなかに存在するかどうかの違いであろう。インドでも東南アジアでも中国でも日本でも、サルは当たり前の存在であるが、インドの西に拡がる砂漠の先にはサルはいない。アジア以外でサルが生息するのはアフリカ大陸である。

どうやら、アフリカへの本格的進出まで、西洋人はサルを見たことがなかったようなのだ。動物園が普及している現在からは考えにくいが、生態系のなかにサルが存在しない以上、当たり前といえば当たり前だろう。あくまでも珍獣という認識だろうか。

そう考えると、西洋人がかつてあからさまに日本人をサル扱いしてきたことや、ヒトとサルが同じ先祖をもつというダーウィン進化論を拒絶するアメリカの福音主義者たちの存在も理解できなくはない。サルには親しみを感じないのが一般的な西洋人なのであろう。

日本人として生まれ育った人間には想像しにくいが、サルに親しみを感じる感性は、どうやら人類共通のものではないようなのだ。

そう考えると、温泉ザルなどのニホンザルを見るために外国人観光客が増大中という近年の動向は、西洋人の認識に変化の現れかもしれないと思ってみたりもするのだが、さてじっさいはどうなのだろうか・・・。



<ブログ内関連記事>

インド神話のハヤグリーヴァ(馬頭) が大乗仏教に取り入れられて馬頭観音となった

タイのあれこれ(17) ヒンドゥー教の神々とタイのインド系市民

「無憂」という事-バンコクの「アソーク」という駅名からインドと仏教を「引き出し」てみる

書評 『世界を動かす聖者たち-グローバル時代のカリスマ-』(井田克征、平凡社新書、2014)-現代インドを中心とする南アジアの「聖者」たちに「宗教復興」の具体的な姿を読み取る


書評 『驕れる白人と闘うための日本近代史』(松原久子、田中敏訳、文春文庫、2008 単行本初版 2005)-ドイツ人読者にむけて書かれた日本近代史は日本人にとっても有益な内容


■「サル年」関連

「見ざる、言わざる、聞かざる」(See No Evil, Hear No Evil, Say No Evil)-2016年の干支はサル ①

船橋市本町の猿田彦(サルタヒコ)神社を参拝-2016年の干支はサル ②

華人世界シンガポールの「ハウ・パー・ヴィラ」にも登場する孫悟空-2016年の干支はサル ③

『サル学の現在 上下』(立花隆、文春文庫、1996)は、20年後の現時点で読んでもじつに面白い-「個体識別」によるフィールドワークから始まった日本発の「サル学」の全体像

映画 『猿の惑星』の原作は、波乱万丈の前半生を東南アジアで送ったフランスの作家が1963年に発表したSFである

(2016年2月1日 情報追加)


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2014年1月11日土曜日

インド神話のハヤグリーヴァ(馬頭) が大乗仏教に取り入れられて馬頭観音となった

(多頭のヴィシュヌとハヤグリーヴァ wikipediaより)


ほんとインドのヒンドゥー教世界というのは極彩色の世界。日本のようなシックな色調をよしとする墨絵の世界とはまさに真逆の世界でありますねえ。

そのむかし地方の観光名所で売っている絵ハガキに「総天然色」というのがありましたが、それを思いださせます。

ヒンドゥー教の神様といえば、日本でも商売の神様ガネーシャは知名度が高いかもしれません。象の神様ガネーシャは、日本には聖天(しょうてん)さまという形で男女一対のいわゆる歓喜仏という秘仏で伝来しています。

このほか猿の神様ハヌマーンや神鳥ガルーダながいるインドのヒンドゥー教の世界はいわゆる「多神教世界」です。

インドにはなんと馬の神様もいるんですね!その名もハヤグリーヴァ。

複数のアタマをもったヴィシュヌ神と馬神ハヤグリーヴァ。この写真は wikipedia からとってきました。インドはほんと極彩色の世界。


(ヒンドゥー教の馬神ハヤグリーヴァ wikipediaより)


ハヤグリーヴァ(Hayagriva)はサンスクリット語で「馬の首(=たてがみ)をもつもの」という意味だそうで、もともとはヒンドゥー神話のブラフマー(梵天)が倒した悪魔。のちに転じてブラフマー神あるいはヴィシュヌ神のアバター(化身)とされるようになったとか。

そう、馬神はもともと悪馬ならぬ悪魔だったのです。インドではもともと牛がもっとも神聖な存在ですが、馬は後代にユーラシア中央部から南下して伝来したようです。そういう事情が神話に反映しているのでしょう。

石田英一郎は主著『河童駒引考』において以下のような推論をおこなっています。わたしが書いたブログ記事から引用してきます。

東南アジアからインドをへて地中海にいたる「南方ユーラシア圏」においては、もともと牛を耕作に使用する農耕文明が主流であり、したがって「牛神=水神」の信仰が広がっていたのであった。
この牛神中心の「南方ユーラシア圏」に南下してきたのが、「北方ユーラシア圏」の馬神である。もともとあった牛神と馬神が混交し、あるいは馬神が優勢となった結果、牛神=水神の連想が馬神=水神の連想に転化したのである。
この関係は「二項対立」として整理することができる。
●牛(神)-大地-母神-農耕-南方ユーラシア
●馬(神)-天上-父神-遊牧-北方ユーラシア

インドの叙事詩『マハーバーラタ』におけるハヤグリーヴァとヴィシュヌについては、『インド神話-マハーバーラタ-』(上村勝彦、ちくま学芸文庫、2003)の P.280~283 を参照していただくとよいでしょう。ヴィシュヌによるハヤグリーヴァ殺害は大洪水神話と結び付いて語られているとのことです。

・・(前略)・・後代、ハヤグリーヴァに関する神話を統一する必要が生じ、次のような折衷的な神話が作られた。すなわち、悪魔ハヤグリーヴァは苦行の結果、馬の頭を持つもの(ハヤグリーヴァ)以外の何物にも殺されない身体となった。そこでヴィシュヌは、ある事情で頭を失った時、馬の頭をつけてハヤグリーヴァを殺したという。(P.283)

馬神ハヤグリーヴァは大乗仏教に取り入れられて馬頭明王(ばとうみょうおう)となります。馬頭観音(ばとうかんのん)ともいいます。

馬頭明王(=馬頭観音、馬頭観世音)はチベットでも日本でも見ることができます。チベットの馬頭観音はヒンドゥー教時代の「悪魔」の痕跡をとどめていることがわかります。


(立ち上がる髪の毛のなかにいななく蒼い馬が wikipediaより)


馬そのものはユーラシア大陸中央部にも近いチベット高原のほうがインドよりも伝来は早かったのではないかと思われますが、半農半牧のチベット民族においても仏教は後代になってから逆にインドから北上して伝来したものなので、このような形態になったのでしょうか。

日本ではすっかりやさい観音さまとなってますね。行き倒れになった馬や殺処分された馬を供養する供養塔には馬頭観音が刻まれて祀られていることが多いのです。


(千葉県鎌ケ谷市にて筆者撮影)


インドからヒマラヤを越えてチベットの方向と、インドから中国を経て日本への方向とでは、おなじ大乗仏教といってもだいぶ印象が異なりますね。

高地にあって空気の希薄なチベットは、インドのヒンドゥー教世界以上の極彩色の世界。それに対して、四季の明確な温帯の日本は墨絵の世界です。ただし日本でも密教の曼陀羅は極彩色の世界でありますが。

馬という動物の伝来と、大乗仏教という目に見えない思想の伝来とは、かならずしも一致していないということでしょう。モノの移動と思想の移動が一致していない例として馬神の事例は興味深いものがあります。


 


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