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2023年10月18日水曜日

ヘルマン・ヘッセの最後の長編小説『ガラス玉遊戯』(1943年)をようやく読了。 ヘッセ最後の長編小説は「音楽」と「瞑想」と「易経」の融合。「自分がほんとうの自分になること」がテーマの集大成

 
 

ヘルマン・ヘッセの最後の長編小説『ガラス玉遊戯』(1943年)をついに読了。今年の8月のことである。

「ようやく読了」というのは、ヘッセ好きでありながら、長きにわたって読まないままだったことを意味している。

ヘッセの『デミアン』と『シッダールタ』は、わたしの愛読書だが、なかなか『ガラス玉遊戯』を読むことはできなかった。

というのは、中編小説の多いヘッセにしては長編であること、タイトルから連想されるテーマがよくわからないというのが大きな理由であった。「ガラス玉遊戯」ってなんだ?


『ガラス玉遊戯』は「易経小説」である!

『ガラス玉遊戯』は「易経小説」である。これは『易経』関連文献を読んでいるうちに、『易の世界』(加地伸行編、中公文庫、1994)に収録されている「西洋人と易」(ジョン・イカム)という論文で見つけたものだ。




『ガラス玉遊戯』は「易経小説」でもある。それでは読まねばなるまいと決意した次第だ。

じつは『ガラス玉演戯』というタイトルの新潮文庫の高橋健二訳と、角川文庫リバイバルの『ガラス玉遊戯』というタイトルの井手賁夫(いで・あやお)訳の2種類をもっているのだが、いろいろ考えた末に角川文庫版で読むことにした。両者はいずれも絶版状態。




というのは、『ガラス玉遊戯』のほうが日本語のタイトルとしてすぐれているからだ。

ドイツ語の原題は Das Glasperlenspiel である。日本語なら『演戯』ではなく『遊戯』とすべきだろう。「遊戯」なら「遊戯王」でも使用されており、ゲームであることがわかる。実際、新訳でも『ガラス玉遊戯』となっている。

「ヘッセ研究会」の初代会長をつとめ、『ヘッセ(人と思想89)』(清水書院、1990)という評伝も書いている井出氏の訳だが、正直いって読みやすい訳ではない。だが、この長編小説を読み込んだ末に訳していることはあきらかである。

ドイツ文学界の大御所であった手塚富雄氏からすすめられて翻訳に取り組んだとある。井手賁夫の訳は1954年に初版がでて、1990年に復刊が再版(=第2刷)である。





■主人公クネヒトは『知と愛』の主人公ナルツィスの系譜

『ガラス玉遊戯』に取り組む前に、未読のままとなっていた『ナルツィスとゴルトムント』(1930年)を読んでおいた。高橋健二の訳で『知と愛』として知られている。

まずは、この長編を読んでおくことが前提条件であると思っていたのだが、それはまことにもって正解だった。じつはこの長編もまだ読んでなかったのだ。

読後感としては、「知と愛」よりも、むしろ「霊と肉」といったほうが、中世ヨーロッパのキリスト教のモチーフとしてふさわしいのだが、その件はここでは脇においておこう。


(『ナルツィスとゴルトムント』は2020年にドイツで映画化されている)


「25世紀のカスターニエン」を舞台にした『ガラス玉遊戯』の主人公のマギステル・ルーディことヨーゼフ・クネヒトは、「中世ドイツのマウルブロン修道院」を舞台にした『ナルツィスとゴルトムント』におけるナルツィスの類型だと思ったからだ。

あくまでも「知」の世界に生きる主人公クネヒト。けっして「情」の世界とは無縁ではないのだが、階梯をひとつひとつ螺旋的に上がっていく姿は、ナルツィスとよく似ている。そして、その最後に弟子に対して深い「情」を示したことにおいてもまた。

そして、『ガラス玉遊戯』には、ほとんど男性しか登場しない。『ナルツィスとゴルトムント』も『デミアン』もまたそうだ。

ヘッセ自身は3回結婚しておりホモセクシュアルではなかったが、作者自身を投影できる主人公は男性であり、男性と男性どうしの友愛であったからだろうか。

こういう性質をもった文学作品であるからこそ、ヘッセが日本の少女マンガに多大な影響を与えたという。そう主張するドイツ文化研究者の森貴史氏の『裸のヘッセ』に収録された「ヘッセと日本の特殊な関係」は説得力がある。


■『ガラス玉遊戯』というタイトル

正式名称は『ガラス玉遊戯 マギステル・ルーディ・ヨーゼフ・クネヒトの伝記的試みおよびクネヒトの遺稿』。凝ったつくりの構成である。


Glasperlenspiel というドイツ語を分解すれば、Glas-perlen-spiel となる。「ガラスのパール(真珠)」のプレイ、あるいはゲームである。ドイツ語の Spiel は英語の play よりも意味的な幅が広い。「ガラスでできたパール」とは「ビー玉」のようなものだろう。




哲学や数学と音楽を総合し、瞑想をつうじて宗教的な境地まで高める「遊戯」であるとするが、最後の最後まで具体的に目に見える形で説明されることはない。

もともとは符号や数式のかわりに「ガラス玉」をつかっていたのでそうよばれたが、つかわれなくなったあとも名前だけが残ったとされる。

「ガラス玉遊戯」は、現代風にいえば、「VR」的なものといっていいのかもしれない。「バーチャル・リアリティ(virtual reality)である。目に見えるガラス玉をつかわない、「目に見えない」ゲーム空中に数式や符号を書いて競いあう精神的なゲーム。そんなイメージなのだろうか。

数学と音楽が親和性が高いことは、「七自由学芸」ともいう「リベラルアーツ」の音楽は数学も意味していることからもわかる。その意味では、この小説は「音楽小説」でもある。

そもそも「25世紀の架空世界カスターリエン」が舞台なので、未来小説的でSF的であるし、あるいははるか過去の話であるかのようにも思える。「はるかに遠い未来」から、「現在より先にある未来」を「回想」するという歴史書という形をとっている。

SFは一般的にサイエンス・フィクション(Science Fiction)の略称として理解されているが、日本語で「思弁小説」と訳されている「スペキュラティブ・フィクション」(Speculative Fiction)の略称と考えれば、ヘッセの『ガラス玉遊戯』はそれそのものだといっていい。


そして、ユートピアは失敗する運命にある主人公もまた、身をもってその兆しを感知する。

それ自体が高貴な存在であっても、存続のための資金をみずから生み出さず、現実世界の資金で成り立っている、ユートピア的存在である「カスターリエン」。そのあり方は、中世のシトー派修道院より後退しているというべきか。

砂上の楼閣である以上、失敗する運命は必然だというべきなのだ。



■「自分がほんとうの自分になる」ために歩むべき道がテーマ


「教養小説」というよりも、むしろ「修養小説」としたほうが内容的にはふさわしいがいうべきだが、「人間形成」小説とか、「自分発見」小説といったほうがいいかもしれない。

「人間はいかにして真の自己となるか」がヘッセの一生のテーマであったから、『ガラス玉遊戯』はその集大成といっていいだろう。『デミアン』も『シッダールタ』もみな、おなじテーマを探求したものだ。

「自分がほんとうの自分になる」ということは、ユングにならって「自己実現の道」といってもいいだろう。

自我(エゴ)を超えて自己(セルフ)になるプロセス。究極的にはインド哲学のウパニシャッドでいう「梵我一如」や、中国哲学の儒学や道教の「天人合一」を目指す道。

『ガラス玉遊戯』の主人公クネヒトは(・・ドイツ語の Knecht は「下僕」という意味)は、自己探求のプロセスをへて、「ガラス玉遊戯名人」(マギステル・ルーディ)となる。最高位を極めたわけである。

ところが、頂点に達して見えてきた風景に違和感を感じることになる。違和感はふくらみつづけ、そこにとどまることをよしとはしない

「ガラス玉遊戯名人」というポジションは、「ほんとうの自分になる」ための最終到達点ではない。そのことに気づいてしまったのだ。

現実から遊離し、現実世界との接点を失った、それこそまさに「VR的な遊戯」となっていた「ガラス玉遊戯」の世界に違和感を疑問を感じた主人公は、用意周到な準備のうえ、最後の最後は「自分の道」に踏み出す。

そして、それこそが人生の完成であった。ことばではなく、行動によって唯一の弟子に道を教えた主人公。禅仏教でいう「不立文字」である。ほんとうに大事なことは、ことばでは伝えられない。行動で、態度で示すしかないのだ。

そして、冷たい湖水を泳ぎ始めた主人公は心臓麻痺をおこし、湖底へと沈んでいく。

死によって人生は完成する。ほんとうの自分になるということは、そういうことなのだ。人間はそれを目指して、死に向かって生きていくのだ。

主人公の最期を読んでいて、詩人でシンガーソングライターのレナード・コーエンの世界観に近いなと思うところがあった。そこでネットで調べてみたら、その直観はまったく正解だった。


初期のアルバム "The best Of"  に収録された曲の数々は、確証はないが、わたしには『ガラス玉遊戯』の世界観が反映されているように思われたのだ。レナード・コーエンに影響を与えたのは、禅仏教やチベット仏教だけではない。





「音楽」と「瞑想」と「易経」の融合

「音楽」と「瞑想」と「易経」。この3つの要素が融合した世界が『ガラス玉遊戯』である。そんな言い方をしても間違いでないだろう。

「音楽」はクラシック音楽に代表される「音楽の国ドイツ」を。「瞑想」は「瞑想の国インド」を。「易経」は「古代中国文明」を意味している。

しかも、古代中国の儒学と音楽が密接な関係にあったことも、ヘッセはこの小説の「序文 ガラス玉遊戯」のなかで『春秋』の「音楽編」からの引用を行って指摘している。宇宙の秩序を表現するのが音楽である。それは西洋も東洋もおなじなのだ。

母方の祖父は、敬虔派のプロテスタントで、インドで宣教活動を行っていた。その祖父の娘として、母もまたインドで過ごしている。そんな家庭に育ったヘッセは、子どもの頃から毎週1回はカレーを食べていたという。

インド世界への親近感に加えて、中国文明への親近感もまた、ヘッセの人間関係のなかで生じてきたものだ。この件については後述する。

「インド文明」と「中国文明」に代表される「東洋文明」によって、生命力を失い衰退しつつあった西洋文明を「再活性化」する。ヘッセによるこの試みは、21世紀の現在では当たり前のものとなった。その意味ではヘッセは時代に先駆けた存在であるといえよう。

ただし重要なことは、東洋文明のエッセンスを取り入れたからといって、西洋人が東洋化したわけではない。逆もまたしかりだ。日本人を筆頭に西洋化した東洋人は、けっして西洋人になったわけではない

それほど、現在でも「東洋」と「西洋」は依然として別個の存在である。これは東洋人である日本人がみずからを徹底的に考えてみれば、わかることだ。表層的には西洋化した日本人だが、その深層は東洋人である。日本につづいて西洋化していった、その他の東洋人もまた同様であろう。





リヒャルト・ヴィルヘルムには、ドイツ帰国後に心理学者C. G. ユングとの共著で出版した『黄金の華の秘密』という、道教の瞑想法についての翻訳と解説の本がある。

人格が「東洋と西洋に引き裂かれていた」というのは、ユングの表現である。



■『ガラス玉遊戯』に登場する『易経』

『ガラス玉遊戯』に登場する、「竹林」に住む中国の賢者のような人物は、おそらくヘッセ自身もよく知っていたリヒャルト・ヴィルヘルムだろう。

かれがドイツ語訳した『易経』は「変化の書」として ドイツで "I Ging: Das Buch der Wandlungen" として出版されているだけでなく、そのドイツ語版から英語に重訳された "I-Ching or Book Of Change" が英語圏でも広く読まれてきた。

 
(リヒャルト・ヴィルヘルム訳の『易経』)


『易経』は「四書五経」のうちのひとつで、儒学では重視されてきたと同時に、道教においても重視されてきた経典である。

易占とその解釈について解説された実用書であるとともに、「宇宙の法則」、すなわち「変化の法則」と「循環の法則」に影響される人間の運命について説いた哲学書でもある。

その『易経』をドイツ語訳したのがリヒャルト・ヴィルヘルム(1873~1930)である。

宣教師としてドイツの植民地であった青島(チンタオ)に赴任しながら、約25年間の中国滞在中、誰一人も改宗させなかったことを誇りにしていたほど、中国文明に魅せられ、のめり込んだ人であった。


(リヒャルト・ヴィルヘルム Wikipediaより)


宣教師の一家に生まれ育ったヘッセと、宣教師であったリヒャルト・ヴィルヘルムは、おなじ精神の持ち主であったと考えていいのではないか。

先にも触れた「西洋人と易」には、以下の文章がある。


ノーベル文学賞受賞者、そしてR.ヴィルヘルムの知人であるH.ヘッセの書いた『ガラス玉演戯』(1943年)という小説は、『易』から広い影響を受けている。この小説の構想展開、主人公がたどった一生の段階は、乾卦の六爻(こう)に即しているとみなすことができる。すなわち、並んでいる6本の爻(こう)において、下から上へ向かって変化する易の展開に沿っているといえるからである。 


全12章で構成されたこの小説は、6本の爻(こう)が2つで構成されているというわけか。

ヘッセが理想とした最終的な境地は「易経」に代表される古代中国文明であるといっていいだろう。

旅を前にして、その道を進むかどうか迷ったとき、主人公クネヒトは易を立てている。「第4章 二つの教団」に、その具体的な易占のシーンがある。(*訳文には一部変更を加えてある)


クネヒトが旅にのぼる前に、セイヨウノコギリソウの茎*で易を占うと、「旅」(Lü)という漢字にあたった。これは「旅人」(Der Wanderer)をあらわし、「乏しきに安んずれば成る。旅人はただ、みずから守ること貞正なれば、すなわち吉なり」(Durch Kleinheit Gelingen. Dem Wnderer ist Beharrlichkeit von Heil)という判断であった。彼は六二(ろくじ)**を見いだして、その書の解釈を追った
 
  旅行して宿舎に安着し 
  充分なる旅費を懐中にし 
  召使いの童僕もきわめて忠実なり 
 
Der Wanderer kommt zur Herberge. 
Er hat seinen Besitz bei sich.
Er erlangt jungen Dieners Beharrlichkeit.
 
* 西洋鋸草。筮竹(ぜいちく)の素材は、キク科の多年草であるノコギリソウ 
 ** 6本線のうち一番下から2番目の爻(こう)を「二爻」といい、「陰/陽」の「陰」である場合、それを「六二」という


(セイヨウノコギリソウの茎を乾燥させた筮竹 Wikipediaより)


(セイヨウノコギリソウ Wikipediaより)


(ヴィルヘルム訳からの英語重訳版 Book1 Text より「56 旅」)



『易経』に表現された秩序については、「第7章 職務にて」につぎのような文章がある。


クネヒトは、ガラス玉遊戯のある着想を心に持ち回っていたので、マギステルとしての最初の祭典遊戯に使用したいと思ったのである。
この遊戯の(これはよい思いつきであった)構造と次元の基礎をなすものは、支那人の家の建築の、孔子の教えによる古い儀式的な図式であって、方位づけは天の方角にしたがい、門、鬼門よけの壁、建築物と中庭の割合と規定、それらの星辰、暦、家族生活への順応、さらに庭園の象徴と様式規定がある。
かつて彼が易経の注釈を研究したさい、この法則のもつ神話的秩序と意義は、宇宙の、また世界のなかへの人類の配列として、とくに心をひく好ましい譬喩と思われたのであった。


日本とのかかわりも深いが、やはり古代インドと古代中国こそ、ヘッセにとっては母語としてのドイツ語圏とならんで「精神的な祖国」であるというべきなのだろう。

インド文明は『シッダールタ』に、そのうえでさらにインド文明と中国文明が『ガラス玉遊戯』に結晶している。『世界文学をどう読むか』(高橋健二訳、新潮文庫、1951 原書は1929年初版)には、インドや中国の古典が多数紹介されている。

下記に示したページには、「わが愛読書」から、リヒャルト・ヴィルヘルム訳の『易経』や、『ガラス玉遊戯』の「序文」にも引用されている『(呂氏)春秋』があげられている。


(赤い傍線部分がヴィルヘルム訳『易経』 筆者所蔵本より)


だからこそ、西欧の精神世界を描いて、インドの瞑想と中国の易経の精神で補完したこの作品は、ヘッセの集大成となるのだろう。

ヘッセは集大成ともいうべき、この最後の長編小説でノーベル文学賞を受賞していることを付記しておこう。西洋文明の再活性化を試みたことが評価されたのであろうか。

行替えが極端に少ないので読みにくく、内容的にもやや難解なところのある長編小説だが、さまざまな切り口でアプローチしてみることが可能だ。ここではその一環を示したに過ぎない。本は、自分が好きなように読めばいいのである。


 
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目 次(*角川文庫版)
序文 ガラス玉遊戯 ー 遊戯の歴史を一般の人びとにわかりやすく説明しようとする試み
マギステル・ルーディ・ヨーゼフ・クネヒトの伝記
第1章 召命
第2章 ヴァルトツェル(森の僧坊)
第3章 研究時代
第4章 二つの教団
第5章 使節
第6章 マギステル・ルーディ
第7章 職務にて
第8章 二つの極
第9章 一つの対話
第10章 準備
第11章 回章
第12章 伝説
ヨーゼフ・クネヒトの遺稿
生徒時代および研究生時代の詩
三つの履歴
 雨乞い祈祷師
 聴罪師
 インドの履歴
訳注(上・下にそれぞれ収録)
解説(上巻に収録)


日本語訳者プロフィール
井手賁夫(いで・あやお)
1910(明治43)年岡山県に生まれる。慶応義塾大学文学部卒業。東海大学教授総代・学長代理、北海道大学教授・教養部長、北海道薬科大学教授、北里学園大学教授を歴任。北海道大学名誉教授。全国日独協会・日本自然保護協会評議員を歴任。「ヘッセ研究会」の初代会長。勲三等・ドイツ功労勲章受章。1995年逝去。(本データは『ヘッセ(人と思想89)』が刊行された当時に掲載されていたものに補足)



<ブログ内関連記事>


・・リヒャルト・ヴィルヘルムと『易経』



・・『易経』の易占の日本的展開が陰陽師の呪術性につながっていく

・・もちろん易経(I-Ching)は取り上げられている

・・ヘッセの『ナルツィスとゴルトムント』のテーマにも重なる。「俗世の泥や塵にまみれるなかで、修行を積む。 寺院のなかで修行するだけが、仏道修行ではない」のは、宗教は異なり、性は異なるが、ゴルトムントの軌跡とおなじである。ちなみに「ゴルトムント」(Goldmund)はドイツ語で「金の口」。聖クリュソストモスのことである。


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end

2013年12月25日水曜日

『戦場のメリークリスマス』(1983年)の原作は 『影の獄にて』(ローレンス・ヴァン・デル・ポスト)という小説 ― 追悼 大島渚監督



映画監督の大島渚氏が亡くなったのは、ことし2013年の1月のことであった。

世代的な関係から、「日本のヌーベルヴァーグの旗手」といわれていた大島渚監督の、1960年代から70年代にかけての作品を見てきたわけではない。だが、『戦場のメリークリスマス』(1983年)以降、つぎつぎと話題作を製作していた頃の大島渚監督はTV番組をはじめさまざまな媒体で積極的に発言をしていたのであった。

だから、大島渚といえば、わたしにとっては、なんといっても『戦場のメリークリスマス』なのである。いまから30年前の作品だ。

大島渚監督は、作曲家でテクノ系バンド YMO の坂本龍一ブリティッシュ・ロックのデビット・ボウイ、そして「オレたちひょうきん族」が放送されていた頃のお笑い芸人のビートたけしを映画デビューさせるという離れ業をやってのけたのである。きわめて個性的なキャラクター抜きでこの映画は成り立たない。いまみても、これ以外のキャスティングはあり得ないのではないかというほどまったく違和感がない。

その後、『戦場のメリークリスマス』(Merry Christmas Mr. Lawrence)の原作ローレンス・ヴァン・デル・ポストの『影の獄にて』(The Seed and the Sower)を読む機会があったが、どうしても映画の印象がつよすぎて重ね合わせてしまう。とくにハラ軍曹を演じたビートたけしの演技は、これ以外は考えられないといったものだからだ。




ローレンス・ヴァン・デル・ポスト(Laurens van der Post)は南アフリカ生まれた英語作家である。名前が示しているようにオランダ系移民のボーア人(=ブール人)の末裔。若き日に日本の船長(キャプテン)と知り合い、友人とともに日本に渡航したことのある日本通であった。

第二次大戦がはじまると志願して英国陸軍のコマンド部隊の大佐として各地を転戦することになる。皮肉なことに、日本軍政下のインドネシアのジャワで日本軍に捕まり収容所で捕虜生活を送ることになる。

日本に原子爆弾が投下されたことで日本が降伏し、ヴァン・デル・ポストも収容所から解放されることになるのだが、その件についてはだいぶ前に 原爆記念日とローレンス・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜』 に書いたとおりだ。


(英国陸軍大佐としてのヴァン・デル・ポスト)


ジャワ島での収容所体験をもとに書かれた作品が、『種子と蒔くもの』(オリジナルタイトル:The Seed and the Sower  1963年)という「クリスマス三部作」に収録された3つの中編小説であある。

「第一部 影の獄にて-クリスマス前夜」(The Bar of Shadow)、「第二部 種子と蒔くもの-クリスマスの朝」(The Seed and the Sower)、「第三部 剣と人形-クリスマスの夜」(The Sword and Doll)のうち、大島渚監督は映画『戦場のメリークリスマス』の製作にあたって、最初の2作品を基にしている。

ジャワ日本軍捕虜収容所での英国軍人ローレンスと捕虜虐待を行う日本人鬼軍曹ハラとの逆説的な出会いと友情、戦友セリエと日本人将校ヨノイとの同性愛、セリエと弟との秘話にあかされる人間の裏切りと愛・・・。相反するものたちのコンフリクトと合一。人間存在の不思議さ。

「種子と蒔くもの」は、フランスの画家ミレーの名作 「種まく人」のことである。もともとは『新訳聖書』の「マタイによる福音書」の13章にある寓話からきている。

「影の獄にて」の「影」とはユング派心理学でいう「影」のことである。単行本の帯には、「ユング的世界と人類学的世界の類い稀な小説化」とある。

作家ローレンス・ヴァン・デル・ポストは、東南アジアでの軍務を終えて英国に渡航した際、ロンドンでユングと知り合いになりすっかり魅了されてしまう。。のちにユングの伝記 Jung and the Story of Our Time を執筆しているが、ユングの影響を大きく受けているわけだ。

人間は自分の「影」という監獄につながれた囚人である。そういう認識が『影の獄にて』という小説のタイトルに反映しているわけだ。

「人類学的世界」とは南アフリカに生まれたヴァン・デル・ポストのたぐいまれな異文化理解能力のことをさしている。この小説は捕虜体験という参与観察による日本人の文化人類学的研究を小説化したといってもいいような作品なのだ。

この原作と大島渚監督との出会いこそが、このすばらしい映画が成立する条件であったのだ。





『影の獄にて』について

『影の獄にて』の内容については、映画のあらすじを見ていただければわかると思うが、もちろん原作の小説と映画は同じものではない。

映画には反映されていない「第三部 剣と人形-クリスマスの夜」も捨てがたい作品である。これはぜひ読んでほしいと思う。

『影の獄にて』の日本語訳の翻訳者・由良君美氏は、「本書は(ヴァン・デル・ポスト)氏の多くのファンの間で、英米ではとくに評判の悪いものであるが、心ある人は、氏の小説における傑作のひとつとしている。われわれは逆に、この本こそ、ヴァン・デル・ポスト世界への、日本人のための最良の入り口と考え・・」と書いている。



またこうも書いている。「・・われわれの無意識の深層に眠るものは変わらない。その日本的心性の古態型(アーキタイプ)を、本書の第一部ぐらい、想像的共感によって、美事に造形した作品は少ない。第二部も、<イニシエーション>を描く部分のごとき、凡百の文化人類学者で<通過儀礼>を学ぶよりも、はるかに迫真的に、その実体を味あわせてくれるものがあろう」。
.
日本語訳は由良君美氏と富山太佳夫氏によるもので、第一部と第三部は由良、第二部は富山の分担になっているが、「ただお断りすべきは、第二部末尾の二ページ分は、戦中の神道美学を濃厚に意識した原文であるため、戦中派である由良が訳したことである」という。日本語訳では最後の3ページ分である。




では、「第二部 種子と蒔くもの-クリスマスの朝」の最後の文章を読んでみよう。主人公の日本人将校ヨノイが原作では戦犯に問われることなく釈放され、戦争終了後、故郷の神社に参拝して奉納したという想定の短詩である。英語そのものも味読していただきたい。英語で日本的なものがここまで表現できるのである。


社前に赴いて深く礼をし、鋭く柏手うって、祖先の御霊に帰朝を報告し、祖霊に読んで頂くべく、つぎの詩を奉納してきた、と。

Presenting himself at the shrine, bowing low and clapping his hands sharply to ensure that the spirits knew he was there, he had deposited his verse for the ancestors to read:


春なりき。
弥高(いやたか)き祖霊(みたま)畏(かし)こみ、
討ちいでぬ、仇なす敵を。
秋なれや。
帰り来にけり、祖霊(みたま)前、我れ願う哉(かな)。
嘉納(おさめ)たまえ、わが敵もまた。


In the spring,
Obeying the August spirits.
I went to fight the enemy.
In the Fall,
Returning I beg the spirits,
To receive also the enemy.


「第二部」の結びの文章は以下のようになっている。相反する反対物の一致について語られている。

「風と霊、台地と人間の命、雨と行為、稲妻と悟得、雷(いかづち)と言葉、種子と蒔く者―すべてのものはひとつだ。自分の種子を選んで欲しいと言い、あとは、内部の種子蒔く者に、みずからの行為のなかに蒔いて欲しいと祈ればよい。それだけで、ふくよかな黄金(こがね)なす実りは、すべての人のものとなるのだ」と。

"Wind and sprit, earth and being, rain and doing, lightning and awareness imperative, thunder and the word, seed and sower, all are one: and it is necessary only for man to ask for his seed to be chosen and to pray for the sower within to sow it through the deed and act of himself, and then the harvest for all will be golden and great."


ユング派心理学にも通じ、日本を深いレベルで知っていた行動と思索の人ローレンス・ヴァン・デル・ポストにとって、人生はまさにあざなう縄のごとしであったのだろうか。日本を愛し、そして日本を敵として戦って捕虜となり、そしてまた日本との絆が深まったのである。

彼の日本とのかかわりは、A Portrait of Japan (1976) のほか、Yet Being Someone Other という自伝的作品にも書き込まれている。





映画 『戦場のメリークリスマス』だけでなく、ぜひ映画の原作と読み比べてほしいものである。『戦場のメリークリスマス』は、このヴァン・デル・ポストの原作と大島渚監督があってこそ生まれた傑作だからだ。

大東亜戦争における英国人捕虜を題材にした英米合作映画 『戦場にかける橋』(1957年)が反日的色彩の濃いものであるのに対し、 『戦場のメリークリスマス』は、日本人を熟知した作家と日本人映画監督のコラボレーションといってもいい。

だからこそ、日本人のいやな面も描きこんでいるとはいえ、いたずらに美化することもなく、ありのままの日本人を描いているから日本人が見ても違和感がないのである。稀有な作品といえるだろう。

思索社から「ヴァン・デル・ポスト選集」が出版されているのだが、この知日派の英語作家の作品はどれくらい日本人のあいだで知られているのだろうか。現在は品切れとなってしまっているようだが・・・。

ぜひローレンス・ヴァンデルポストという作家の作品は読んでほしい。


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<関連サイト>

『戦場のメリークリスマス』(Merry Christmas Mr. Lawrence 1983年) トレーラー

戦場のメリークリスマス ED - Merry Christmas Mr. Lawrence Ending
・・戦争終了後の1946年、立場が完全に入れ替わったローレンスとハラ軍曹の再会と別れ。戦犯となったハラ軍曹はクリスマスの翌朝、処刑が執行される。ローレンスにむけた最後のセリフが Merry Christmas Mr. Lawrence !



PS 追悼デビッド・ボウイ(1947~2016)

『戦場のメリークリスマス』で英国将校の役を演じたデビッド・ボウイが2016年1月10日に69歳で亡くなった。追悼の意味をこめて フランスの女優イサベル・アジャーニが歌う「ボウイのように美しい」(Beau oui comme Bowie)-追悼デビッド・ボウイ(1947~2016) という記事を書いた。あわせてご覧いただければ幸いである (2016年1月23日 記す)



<ブログ内関連記事>

原爆記念日とローレンス・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜』
・・ジャワの捕虜収容所で「終戦」を迎えたヴァン・デル・ポスト

スローガンには気をつけろ!-ゼークト将軍の警告(1929年)
・・同じような警句を発している鶴見俊輔について触れている。鶴見俊輔は大東亜戦争中、海軍の軍属として通訳官としてインドネシアのジャワにいた。ローレンス・ヴァンデル・ポストとは接点はないが・・

書評 『河合隼雄-心理療法家の誕生-』(大塚信一、トランスビュー、2009)-メイキング・オブ・河合隼雄、そして新しい時代の「岩波文化人」たち・・・ 
・・ユング派の臨床心理学者の河合隼雄


オランダ領東インドと日本

書評 『西欧の植民地喪失と日本-オランダ領東インドの消滅と日本軍抑留所-』(ルディ・カウスブルック、近藤紀子訳、草思社、1998)-オランダ人にとって東インド(=インドネシア)喪失とは何であったのか

書評 『五十年ぶりの日本軍抑留所-バンドンへの旅-』(F・スプリンガー、近藤紀子訳、草思社、2000 原著出版 1993)-現代オランダ人にとってのインドネシア、そして植民地時代のオランダ領東インド
・・『西欧の植民地喪失と日本-オランダ領東インドの消滅と日本軍抑留所-』の2年後に日本で翻訳出版された。ともに健忘症の日本人への警鐘と受け取りたい。重要なことはバランスのとれた「ものの見方」。夜郎自大にならず、卑屈にも自虐的にもならず

書評 『帰還せず-残留日本兵 60年目の証言-』(青沼陽一郎、新潮文庫、2009) ・・主にインドネシアの事例を取り上げている


大英帝国の東南アジア植民地と日本

映画 『レイルウェイ 運命の旅路』(オ-ストラリア・英国、2013)をみてきた-「泰緬鉄道」をめぐる元捕虜の英国将校と日本人通訳との「和解」を描いたヒューマンドラマは日本人必見!

書評 『裁かれた戦争裁判-イギリスの対日戦犯裁判』(林博史、岩波書店、1998)-「大英帝国末期」の英国にとって東南アジアにおける「BC級戦犯裁判」とは何であったのか ・・「英国主導の「BC級戦犯裁判」においては、「泰緬鉄道関連」もさることながら「華僑虐殺裁判」が中心となったという」事実

(2015年8月13日 情報追加)


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2010年10月6日水曜日

書評『日本型プロフェッショナルの条件 ー アメリカ的論理思考では問題は解決できない』(安永雄彦、ダイヤモンド社、2009)ー 30歳代以上のビジネスパーソンにとって本当に重要なことを説いたビジネス法話集


30歳代以上のビジネスパーソンにとって本当に重要なことを説いたビジネス法話集

 エグゼクティブサーチのプロフェッショナルが書いた、ワンランク上を目指す30歳代以上のビジネスパーソンにとって本当に重要なことを懇切丁寧に説いた本である。 

 著者が教鞭をとるビジネススクールでの授業で、最後の5分間で話す「法話」がことのほか好評らしい。さすが50歳台で、失敗もふくめて、酸いも甘いもかみ分けた、人生経験を積んだビジネスマンだからこそ説得力があるのだろう。

 いわゆるビジネススキルといった狭い範囲の話ではなく、ビジネスをつうじて、人としてどう生きて行くべきかを、著者の豊富なビジネス経験と浄土真宗の僧侶という立場も踏まえて説かれた「ビジネス法話集」を一書としてまとめあげたものだ。

 こう書くと、「なんだ、お坊さんの説法か」、という印象を抱くかもしれないが、著者はもともと日本の都市銀行の銀行員としてキャリアを始めた人で、1980年代後半の英国勤務時代に「プロフェッショナル」とは何かと思い知らされ、その道を目指したという。

 人材関係のプロフェッショナルとしての独立後に、自分探しの旅のなかで仏教に出会い、出家したという変わった経歴の持ち主である。もちろん、現在でもスーツを着てネクタイを締めた、第一線のビジネスマンとして活躍、心の内面の世界と現実世界の処世を両立させながら、ユング心理学でいう「個性化」の道を歩いている人である。

 プロフェッショナルといっても、いわゆる弁護士や会計士などの狭い意味の専門家を意味しているわけではない。組織内部で組織の論理との葛藤を経験しながらも、「個性化」を貫いて組織の論理を越えて生きていける、信頼される一流のビジネスパーソンを目指す読者が想定されている。なによりも「内発的動機づけ」が重要なのである。

 米国流のポジティブシンキングの成功哲学では割り切れない、人生の矛楯や明暗。矛楯や明暗が存在するのは、ビジネスでも人生でも当たり前。そんななかで、ありのままの自分を知り、そしてそれを正面から受け止め、目前の課題に地道に取り組むこと。これこそが、30歳代以上のビジンスパーソンが、人間として成長するための急がば回れの早道であり、王道なのだ

 現状から一歩踏み出し、ワンランク上を目指し、一流のビジネスパーソンになるために本当に重要なことだ。最後に引用されたスティーブン・ジョブスの卒業スピーチの、著者による解釈はかみしめるべきものがある。

 ぜひ著者の「ビジネス法話」に耳を傾ける心の余裕が欲しいものである。


<初出情報>

■bk1書評「30歳代以上のビジネスパーソンにとって本当に重要なことを説いたビジネス法話集」投稿掲載(2010年8月24日)
■amazon書評「30歳代以上のビジネスパーソンにとって本当に重要なことを説いたビジネス法話集」投稿掲載(2010年8月24日)




目 次

序章 日本モデルのビジネス・プロフェッショナルの条件
第1章 ヘッドハンターから見た一流の条件
第2章 比較優位の世界で生きる術
第3章 自分を活かすには仕組みを知らなければならない
第4章 多様な視点―概念化
第5章 多様な視点―抽象化
第6章 葛藤を乗り越え現実に対応する
第7章 覚悟を決めて実行する力
第8章 後悔しないキャリアの作り方と生き方
第9章 内面世界を充実させるには


著者プロフィール

安永雄彦(やすなが・ゆうひこ)

エグゼクティブ・サーチを行う株式会社島本パートナーズ代表取締役。慶應義塾大学経済学部卒業、ケンブリッジ大学大学院博士課程修了(経営学専攻)。三和銀行、ラッセルレイノルズを経て現職。グロービス経営大学院大学教授(人材マネジメント論)、国際コーチング連盟認定プロフェッショナルコーチ(CPCC)、浄土真宗本願寺派僧侶(教師)、早稲田大学商学部元講師、事業再生実務家協会会員、社団法人経済同友会会員など多様な顔を持つ(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<書評への付記>

 「現在でもスーツを着てネクタイを締めた、第一線のビジネスマンとして活躍」と書いたのは、著者の安永氏とは面識があるからだが、グロービス経営大学院大学での「法話」ライブは一度も聞いたことはない。

 お坊さんだということは、安永氏を紹介してくれた私の友人からは聞いていた。現役のビジネスマンであり、スキンヘッドではない。僧衣を着ている姿も拝見したことはない。

 私のビジネス人生の岐路において、その選択にあたって貴重なアドバイスをいただいたこともあり、ここで紹介することとした次第である。 

 「第一線のビジネスマンであって、しかも・・・」というのがすごいのである。

 「できる人」でかつ「できた人」、というのはなかなか同一人物のなかでは両立しがたいものだ。その生きた見本のような人である、といっておこう。

 本書じたいが「法話集」なのである。といっても、けっして抹香臭い話はない。むしろ、「ビジネス人生論」といったほうがいいかもしれない。



<関連サイト>

スティーブン・ジョブスのスタンフォード大学卒業スピーチ(YouTube 日本語字幕付き)
・・ぜひ直接味わって欲しい、すでに「伝説のスピーチ」


<ブログ内関連記事>

書評 『ユダヤ人エグゼクティブ「魂の朝礼」-たった5分で生き方が変わる!-』(アラン・ルーリー、峯村利哉訳、徳間書店、2010)
・・不動産コンサルティング会社のエグゼクティブでユダヤ教のラビによる、毎週月曜日の朝礼でハナされたの5分間の法話




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