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2023年10月27日金曜日

スピールバーグ監督の映画『ミュンヘン』(2005年、米国)を日本公開から17年ぶりに視聴。 一般人に対する残虐なテロ事件にどう対応すべきかという困難な課題

 

スピールバーグ監督の映画『ミュンヘン』(2005年)を amazon prime video でひさびさに視聴した。日本公開は2006だから、17年ぶりということになる。

163分とはじつに長い。長いだけでなく、全編に張り詰めた緊張感と、主人公のメンタルダメージもあって、ものすごく消耗してしまう。自宅でPCで視聴していてもそうだ。

ミュンヘン・オリンピック大会の選手村で起こったイスラエル選手団虐殺事件。その報復は、「神の怒り作戦」として、パレスチナのゲリラ組織指導者11人暗殺として実行に移されることになる。

そのミッションのリーダーとしてまかされたのが、対外情報機関「モサド」に所属していた主人公であり、その暗殺ミッションの成功と苦悩を描いた作品だ。

暗殺が実行されるのは、ヨーロッパ域内のローマ、パリ、キプロス、それにベイルート、そしてアムステルダムである。

ターゲットを絞り込み、一般人が巻き添えになることは極力回避するのが基本方針である。暗殺の実行者メンバーは、みな「存在しないはずの人物」という扱いになっている。主人公もモサドから籍を抜いている。

だが、まったくカタルシスのない映画である。爆殺と乱射という暴力シーンが連続するからではない。

報復のための暗殺作戦ミッションの成功ストーリーに見えながら、じつはそうではないからだ。

数人の暗殺に成功したがゆえに生まれてくるジレンマと心理的コンフリクト。もうこれ以上は自分にはできない。そこまで追い詰められる主人公は、最後までコミットすることなく職務の継続を拒否する。

いろんな意味で、あまり後味のよい映画ではない。むしろ、問題をつきつけてくる映画である。

ひさびさに視聴してみると、さすがに17年もたっているためか、鮮烈に覚えているシーンとそうでないシーンがあることが確認される。

ゴルダ・メイア首相じきじきの依頼のシーンと、パリでの爆殺シーンなどは鮮明に記憶していたが、それ以外は忘れていた。記憶というものがじつにあいまいなものであるか実感する。



■1972年ミュンヘン・オリンピック大会

自分は1972年のミュンヘン・オリンピックは、リアルタイムで知っている世代だ。

男子バレーボール代表チームをアニメ化した『ミュンヘンへの道』を毎週見ていた。男子バレーボールは見事に優勝している。その年の2月には、札幌で冬期オリンピック大会があった。東京でも雪が降っていた。

もちろん、イスラエル人選手団の選手たちが虐殺された事件もリアルタイムで知っている。全員が選手村の宿舎で殺害されたと記憶していたが、それはまったく違っていた。2006年にこの映画を見ていたのに、1972年の記憶が修正されていない不思議さ。

イスラエル選手団虐殺事件は、「ミュンヘン・オリンピック事件」とよばれている。1972年9月5日のできごとだ。イスラエルのオリンピック選手11名が虐殺された事件は、それはもう衝撃的な事件であった。

犯行を実行したのは、パレスチナ武装組織「ブラック・セプテンバー」(黒い九月)である。

日本赤軍の岡本公三などが、イスラエルのテルアヴィヴの国際空港で26人の死者をだす乱射事件を起こしたのは、1972年5月30日のことであった。日本人テロリストがイスラエルでテロ事件を起こしていることを忘れてはいけない。

航空機をハイジャックする事件もひんぱんに起こっていた。1968年から1972年にかけては、日本を含めた先進国で極左テロの嵐が吹き荒れた時代である。そんなさなかで発生したのが、ミュンヘン・オリンピック事件だったのである。


■「第4次中東戦争」は「ミュンヘン・オリンピック事件」の翌年

ことし2023年10月7日の、パレスチナのテロ組織ハマスによるイスラエルへのサプライズ・アタックから3週間たった。

「ヨムキプール戦争」とよばれる「第4次中東戦争」は1973年10月6日が起こってから、ちょうど50年目のできごとであった。ただし、この戦争は映画には反映されていない。

2023年10月7日は「ヨムキプール」から始まるユダヤ教の祝祭日の最後にあたる「シムハット・トーラー」でシャバット(安息日)あった。イスラエルは、また隙をつかれたのである。

コンサート会場での一般人虐殺キブツでの住民虐殺人質を拉致するするなどのテロ行為を行ったハマスに対する攻撃が行われている。イスラエル側の死者は1400人にのぼっている。

ガザのパレスチナ人の一般民衆を巻き添えにした攻撃に国際的批判が起こっているが、それは当然だ。すでに5000人以上の一般人が空爆の巻き添えになっている。

イスラエルが公開したキブツでの虐殺現場の動画を見ていると、「ミュンヘン・オリンピック大会」での選手たちの虐殺シーンと重なりあうものがある。軍事衝突ではないのである。抵抗できない人質たちがマシンガンで虐殺されているからだ。

軍事衝突なら、軍人が戦場で解決すればいい。だが、一般人を対象にしたテロの場合は、そうはいかない。テロに対してテロで応酬せよという声が、かならず起こってくるからだ。

被害者遺族よりも、むしろ直接の当事者ではない一般国民の報復感情が燃え上がりやすいからだ。ホロコースト後のユダヤ人の場合は、なおさらであろう。

実際、モサドとシンベットが共同で「ニリ」という特殊部隊を創設している。要人暗殺作戦が何年にもわたって実行されるのであろう。「黒い9月」のケースにおいても、最後のターゲットが暗殺されたのは、事件から約7年後の1979年であった。

だが、テロに対する報復感情は、なにものも生み出さない。なぜなら、テロは行為そのものであるが、テロの背後には思想があるからだ。テロの指導者を抹殺したところで、その思想の継承者がまた生まれてくる

そんなセリフを主人公に語らせているスピールバーグ監督は、ユダヤ系米国人であるが、イスラエル人ではない。この映画は、公開当時はイスラエルでは批判も多かったという。その意味を考える必要がある。

この映画が製作され公開された2005年は、米国で「9・11」テロが起こった2001年から4年後のことであった。






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・・連続して暴力シーンを見せられることになる観客は、いったい「ドイツ赤軍」(RAF:Rote Armee Fraktion)とは何だったのかと自問自答せざるを得ない。






■スピールバーグ監督映画




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2022年7月11日月曜日

映画『マルコムX』(1992年、米国)をはじめて視聴(2022年7月10日)― 39歳で凶弾に斃れた「マルコムX」の鮮烈な生き方とリーダーシップに感銘を覚える

 

映画『マルコムX』(1993年、米国)をDVDではじめて視聴した(2022年7月10日)。201分と長いが、鮮烈な印象と、深い感動を与えてくれる映画だ。

製作と公開は1992年なので、なんと30年目にしてはじめてということになる。公開されたことは知っていたが、見る機会を失したまま、あっという間に30年もたってしまったのだ。 この伝記映画はもっと早く見ておいたほうが良かったかもしれないと強く思った。

マルコムXは、米国の黒人解放運動の指導者日本ではキング牧師ほど知名度は高くないが、きわめて重要な人物だ。おそらく、この映画の公開で多くの日本人はマルコムXについて知ることになったのだろう。

監督のスパイク・リーや主演のデンゼル・ワシントンだけでなく、登場人物はほとんどが黒人である。黒人の、黒人による、黒人のための映画だが、もちろんそんな狭い了見の作品ではない。

なんといっても、主演のデンゼル・ワシントンがあまりにもカッコいい。長身でハンサムだったマルコムXによく似ているだけでなく、すばらしい演技に引き込まれしまう。ほんとうにすばらしい演技としかいいようがない。
 



マルコムXは、生まれは南部のネブラスカ州オマハだが、青年時代に東海岸のボストンに移動。映画は、1943年のボストンから始まる。

将来は弁護士になりたいと少年時代に語っていたマルコム・リトルは、成績優秀でアタマがよかったが、黒人であるがゆえにその道を進むことはできなかった。

ワルの世界に入ってのし上がろうとするマルコム。麻薬吸引、違法ナンバー賭博、窃盗犯と犯罪を重ねていったすえに逮捕され投獄される。窃盗罪だけなら2年程度のところ、黒人なのに白人女性と関係したという罪で8年も獄中生活を送ることになった。

獄中でおなじ黒人の受刑者によってイスラーム団体「ネーション・オブ・イスラム」の教えに触れ、それに感化されていくうちに、劇的な「宗教的回心」を経て真人間に更生するのである。 

獄中生活をはさんでの、前半生と後半生の逆転ぶりも、目を見張るものがある。アッシジのフランチェスコもそうであったが、宗教指導者にとっては回心は重要な要素なのであろう。 

刑期を終えて釈放されてからは、そのブラック・ムスリム運動のイスラーム教団「ネーション・オブ・イスラム」のスポークスマンとして、信者の獲得に大いにたぐいまれな力量を発揮、教団のナンバー2にまでのし上がる。 

持ち前のアタマの良さと、獄中で独学で身につけた知識をフルに活用したスピーチは、立て板に水のような、たたみかけるような、アジ演説のような熱のこもったものだ。全身全霊のスピーチから発するオーラは、カリスマ的とすらいうべきものであった。 


(Malcolm X's Legendary Speech: "The Ballot or the Bullet" YouTube)


だが、急速にのしあがったマルコムXに対する嫉妬や、尊敬してきた教団の教主の不品行にの幻滅したため、「ネーション・オブ・イスラム」を離脱し、導師としてみずから別の教団を立つあげることになる。 スンニー派に改宗もしている。

それを機会にはじめて米国を離れ、メッカ巡礼でイスラームの真の教えに開眼、「第2の回心」ともいうべき宗教的覚醒を体験兄弟愛(ブラザーフッド)の実践へと向かっていった。黒人の解放から視野を広げて、神の下での平等な兄弟愛を説く宗教家に脱皮していったのである。

ところが、元いた教団との軋轢は激化し、執拗な脅迫と度重なる暴力のすえ、最期は39歳で凶弾に斃れることになる。集会に潜り込んでいた黒人3人によって銃弾を打ちこまれて暗殺された。享年39。あまりにも早い死であった。

マルコムXは信者たちとは距離をつくりたくないという理由で、セキュリティ強化の進言を受けても断った。だが、それが命取りとなったのである。 おなじ黒人によって暗殺されたのである。 だが、共産主義との関係を疑われFBIの監視下にあったのも事実であり、その死の真相はいまだ完全に明らかにされていない。

(非暴力のキング牧師とマルコムX 晩年は両者の思想は接近していたとされる Wikipediaより)


マルコムXの暗殺は、キング牧師はに先立つこと4年前のことだ。それは JFK がダラスで暗殺された翌年の1965年のことであった。1960年代のアメリカは暗殺の時代でもあった。 

それにしても、映画とはいえ暗殺シーンを目撃するのは、気持ちのいいものではない。

ただ、救いといえるのは、マルコムXは暗殺によって言論を封殺されたものの、現在に至るまでその主張と生き様が、ひとびとに慕われ続けていることだ。 

マルコムXというと、キング牧師とは違って、過激な主張と暴力もいとわない姿勢にやや違和感を抱いていたのだが、この映画を見て、晩年のかれが思想的に人間的にも、広い視野のもとに成長する過程にあったことを知った。もし暗殺されることなく生き続けていたら、と。

もっと早く見ておいたほうが良かったかもしれないと思ったのは、そんなマルコムXの晩年について知ることができたこともある。 





PS マルコムXについて知ったのは・・

マルコムXについてはじめて知ったのは、いつのことだったか定かではないが、神田神保町の古本市で白黒の表紙のマルコムX自伝という日本語の翻訳書を棚のなかにみつけて手にとってみたときのことだったと記憶している。その本は買わなかったが、強い印象として自分のなかに残ったのである。キング牧師と違って、教科書に登場する人物ではない。それが高校時代だったのか、社会人になったからのことだったかは、わからない



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2022年7月9日土曜日

日本はふたたび「テロルの時代」に戻ってしまうのか? ー 凶弾に斃れた安部元首相を悼む(2022年7月8日)

 
昨日(2022年7月8日)の午前11時30分頃、参議院選挙の応援演説を開始した安部元首相が狙撃され「心肺停止状態」というニュースが衝撃をもって世界中を駆け回った。

だが、残念ながら、蘇生することなくそのままお亡くなりになった。享年69。哀悼の意を表し、ご冥福をお祈りします。

犯人の動機は、現時点ではかならずしも明確ではないが、これは暗殺である政治家が凶弾に斃れたのである。テロリストによって、至近距離で背後から撃たれたのである。*

*その後の報道で、使用されたのは暗殺者の手製の銃と弾丸で、1発目は背後から発射されたが、2発目は振り向いた安部氏の正面に発射され、首と左胸を貫通、心臓に達する傷が致命傷になったことがわかった。(2022年7月11日 記す) 

警察や SP はいったいなにをやっていたのか? 現役の首相ではないから警備が手薄だったのか? この国では銃器を持ち歩いている人間など普通はいないだろうという慢心か? 


(米週刊誌 TIME 2022年7月15日号に予定されているカバー)


■日本近現代史は「テロによる暗殺の歴史」でもある

マンガ家のかわぐちかいじ氏の作品に、『テロルの系譜ー日本暗殺史』という名作がある。1970年頃の作品だ。日本は、近代の夜明けから政治家の暗殺の事例には事欠かないのである。

大老の井伊直弼の暗殺(1860年)に代表される幕末から始まったテロは、明治時代になってからも活発化、昭和恐慌後の1930年代にはテロの嵐が吹き荒れたのである。

政治家の暗殺というと米国という連想がすぐにでてくるだろうが、じつは近代日本は政治家の暗殺の歴史であるといっても過言ではない。

総理大臣在任中に暗殺された原敬(1921年)、狙撃されて重傷を負ったが翌年死亡した浜口雄幸(1931年)がいる。

首相退任後に暗殺されたのは、外地でのことであるが朝鮮人のテロリストの凶弾に斃れた伊藤博文(1909年)、五一五事件では海軍の青年将校によって犬養毅(1932年)が、二二六事件のクーデタでは陸軍青年将校たちによって高橋是清(1936年)が殺害された

また、のちに首相を経験することになる大隈重信は、外相時代に爆弾テロで右足を失っている(1889年)。

さらにさかのぼれば、立憲政治の開始前だが、事実上の最高政治指導者であった大久保利通は暗殺された(1878年)

首相経験者ではないが、戦後には、社会党の浅沼書記長が演説中に17歳の右翼少年に刺殺される事件(1960年)が起こっている。


(2度目に刺す瞬間を捉えた写真 Wikipediaより)


■日本はふたたび「テロルの時代」に戻るのか? 

お亡くなりになった安部元首相のご冥福を祈るばかりだが、その功罪については、いまは語らないでおこう。

不幸中の幸いというべきは、一般人が巻き添えにならなかったことだ。誤射の可能性はあったし、もし爆弾がつかわれていたら多数の死傷者がでた非惨事になっていたことだろう。

日本はふたたび「テロルの時代」に戻るのか? テロル(terror)とは恐怖のことだ。政治家本人だけでなく、一般大衆を巻き込んだテロが発生すると、一般大衆に恐怖心が生まれてくる。

この国にはいま、どんよりとしたイヤな空気が底にたまってまま解消されていない。

ルサンチマンというべきだろうか、やり場のない怒り、鬱積する不満。点火したらいつ爆発するかわからないガスが充満している状態だ。新型コロナ感染症(COVID-19)による行動制限と経済悪化が、その鬱積感をさらに加速させたことは間違いない。
  
そう、まさに「コロナ後」の時代は、はけ口としての暴力を加速させているのである。国外ではロシアによるウクライナへの軍事侵攻、日本国内では政治家の暗殺

「チカラによる現状変更」は戦争だけはない。暴力的に政治家の言論を封殺する動きもおなじだと考えるべきなのだ。

社会的弱者の捨て身の攻撃の矛先がどこに向かうか、まったくわからない恐怖。まさにハリウッド映画の『ジョーカー』に描かれた世界である。

2022年の「安部元首相暗殺事件」。この事件は、さまざまな意味で1995年のオウム真理教による「サリン事件」に匹敵するような気がする。安部元首相の名前は、近代日本の政治史における暗殺事件がらみで長く記憶されることになるだろう。

どんよりと重苦しい空気、ことばにならない感情。このトラウマは、長く尾を引きそうだ1930年代の空気感である。


■「言論封殺」は二重に行われる

言論封殺は二重に行われる。その本人の暗殺による口封じが一番目だ。これは物理的な封殺である。

さらに、日本では「死者をむち打つな」という暗黙の了解があるため、その死後に批判することも難しくなる。これが2番目の言論封殺だ。

礼賛以外の言説は、よほど慎重に行わない限りバッシングの対象となりかねない。

だからこそ、政治家の暗殺事件は、社会全体に重苦しい空気を生み出してしまうのだ。「物言えば唇寒し」状態である。

1995年に底が抜けてしまった日本社会は、今回の事件でさらに一段と底が抜けてしまったのではないか? この暗殺事件後の日本は、どういう方向に向かっていくのだろうか?


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<関連サイト>

The Vivid History of Assassinations in Japanese Politics(日本政治における暗殺の歴史) (Dan McLaughlin, National Review, July 8, 2022) 


・・山上容疑者自信も映画『ジョーカー』を見ていたのか・・

(2022年7月11日、31日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

映画『ジョーカー』(2019年、米国)-まさに現在、米国だけでなく、日本でも韓国でも、世界中のどこでも進行している事態をドラマ化した作品だ ・・「なにをやってもうまくいかない。大きな挫折と耐えがたいまでの屈辱。まったく癒やされることのない非条理。超格差社会の底辺でもがくアーサーは、精神的に病んで疲弊し、不満が鬱積していく。そして、ついに閾値を超えた鬱積が・・」(引用)



 






(2023年10月13日 情報追加)


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2022年4月4日月曜日

書評『破壊戦 ― 新冷戦時代の秘密工作』(古川英治、角川新書、2020)―「ダークパワー」で世界を脅かすロシアにかんする濃厚な現場レポート

 

『破壊戦ー新冷戦時代の秘密工作』(古川英治、角川新書、2020)を読んだ。「ウクライナ戦争」でその本質が誰の目にも明らかになったいまこそ、この本を読むべきだと強く思う。

内容は『「ダークパワー」で世界を脅かすロシア』というタイトルにすべきものだ。日経の記者としてモスクワ駐在を2回経験しているジャーナリストの著者は、ロシアを中心にして周辺諸国の取材を行っている。 

この本のテーマは、ロシアによる秘密工作である。情報機関に大きく依存したプーチン体制の悪行の数々である。 「平気でウソをつく国」の実態である。

毒物による暗殺、難民を利用した外交工作、ロシアマネーによる政治家の買収、フェイクニュースによるデマ拡散、サイバー攻撃といった手段でダークパワーを行使するロシアの実態に迫った、徹底した、しかもきわどい取材とその考察の成果である。 

2008年のジョージア侵攻、2014年のクリミア併合と、どんどんエスカレートしていくロシアの強行姿勢と、連動して激化していった秘密工作。2020年に始まった新型コロナウイルス感染症の爆発で、中国はロシアを模範としたダークパワーを全開させる事態に至っている。

そして、いままさにその渦中にある「ウクライナ戦争」となっているわけだが、この本を読んでいると、長引く戦争と経済制裁によって疲弊していくと、ロシアが弱体化していくことになるが、ますますダークパワーに依存していくことになるのではないか、という懸念を抱くことになる。 

その意味では、『破壊戦』というタイトルで大いに損をしていると思う。この本が新刊で出たとき、わたしはタイトルを見て「読む必要なし」とみなしてしまった。一般に「破壊」とは目に見える、形あるものをイメージするものである。見えないところで行われる「破壊」を「破壊」と認識するのは難しい。

本書の重要性に気がついたのは、つい最近のことだ。そして、遅ればながら読み終えたいま、もっと早く読んでおくべきだったと思っている。 その内容は、まさに『「ダークパワー」で世界を脅かすロシア』そのものだからだ。

新書本だが、じつに中身の濃い1冊である。著者による記事も含めて、断片的な情報はさまざまな媒体で読んでいるが、本書のように深い考察を踏まえたうえでまとめあげたものはそう多くない。読み応えのある本だった。 


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目 次 
はじめに 
第1章 工作員たちの「濡れ仕事」 
 1. 3つの猛毒事件
 2. 15万人の工作員
 3. 北極圏での少し怖い体験
 4. 市民インテリジェンス
第2章 ロシアのプレーブック
 1. 美女とカネとポピュリスト
 2. 「シュレーダリゼーション」
 3. マフィア国家の構図
第3章 黒いカネの奔流
 1. ロンドンの赤の広場
 2. パナマに透けたからくり
 3. マネロン銀行の実態
 4. 投資家の闘い
第4章 デマ拡散部隊の暗躍
 1.ネット工作のトロール工場
 2. プーチンの料理長
 3. トランプの勝利に貢献した北マケドニアの街
 4. 大物の正体 
 5. USA Really?
第5章 プロパガンダの論理
 1. ロシア人記者の告発
 2. RT編集長の怒り
 3. 「煙幕、煙幕、煙幕」
第6章 サイバー攻撃の現場
 1. ウクライナが実験場
 2. 元KGB・元ハッカー
 3. カスペルスキーの曇ったガラス
 4. ダークパワーの本領発揮
第7章 コロナ後の世界
 1. 中ロ発インフォでミック
 2. 台湾が恐れるシナリオ
 3. 「超限戦」の開花?
おわりに

著者プロフィール
古川英治(ふるかわ・えいじ)
1967年、茨城県生まれ。日本経済新聞社編集局国際部次長兼編集委員。早稲田大学卒業、ボストン大学大学院修了。1993年、日経新聞入社。商品部、経済部などを経て、モスクワ特派員(2004~09年、2015~19年)。その間、イギリス政府のチーヴニング奨学生としてオックスフォード大学大学院ロシア・東欧研究科修了。世界の大統領から工作員、犯罪者まで幅広く取材。『破壊戦―新冷戦時代の秘密工作』は初の単著となる。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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