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2026年7月8日水曜日

書評『ピーター・ドラッカー 「マネジメントの父」の実像』(井坂康志、岩波新書、2024)― 学問分野横断型の総合知性の人であったドラッカーの全体像を把握しようとした試み 

 

ビジネスパーソンでドラッカーの名前を聞いたことがない、そんな人はいないはずだ。 2001年に95歳で亡くなってからすでに22年になる(2026年現在)。

ところが、過去の人になるどころか、繰り返し繰り返しその名が呼び戻される巨大な存在だ。ところが、かえってそのために「マネジメントの父」という評価のみが固定観念と化してしまい、「知の巨人」の知性の拡がりが視界の外に消えてしまったような気がしないでもない。 

そもそも、ドラッカー自身が自分のことを「経営学者」などとは見なしていなかったことを知る必要がある。経営学の世界でも、ドラッカーは経営学者とは見なされてなかったのである。 

わたしが1990年頃にMBA取得のために米国に大学で学んでいたときも、授業でドラッカーのに言及されることなど一度もことはなかった。日本のビジネス界で知らない人がいないほそ絶大な人気のあったドラッカーが、米国の経営学ではまったく話題にのぼることすらないのだ! 

ドラッカーがやっていたことは、狭義の「科学」(サイエンス)ではない。マネジメントという現象に対する「観察」であり、しかも間接的な関与であった。もちろん、その考察内容とアドバイスがきわめてすぐれたものであったことは言うまでもない。

ドラッカー自身は「傍観者」(bystander)と表現している。「当事者」ではない、という意味だ。 知っている人は知っているだろうが、本人は「社会生態学者」であるという認識をもっていた。


本書は、外国メディアとしてドラッカーに最後にインタビューした著者が、いまだ理解されざる「思想家ドラッカー」の全体像を把握しようとする果敢な試みである。新書版でドラッカーの全体像を語り尽くすことなどそもそも不可能であるが、よくそのエッセンスをまとめ上げたものだ感心している。 

ドラッカーを経営学者だと思い込んでいる人は、おそらく聞いたこともないような人名がこれでもか、これでもかと登場してくることにウンザリしてしまうかもしれない。あるいは、ほぼ読み飛ばしてしまうことだろう。だが、わたしのような人間には、ディテールにこそ興味が向かうのであり、最初から最後まで興味が尽きない。 

第一次大戦後のウィーン時代での少年時代から、高校卒業後に職についたドイツのハンブルクとフランクフルト時代、ユダヤ系であることも理由のひとつとしてナチスドイツを離れてロンドンに移動し、さらに「新天地」の米国に移住するまでは、前半生のハイライトであり、ドラッカーの思想をつくりあげる基礎となっている。 

この時代については、ドラッカー自身も『傍観者の時代』などの著書をつうじて語っているが、経営実務家ではない研究者の著者は、「当事者」ではない、それこそ「傍観者」の視点から事実関係とドラッカーによる語りとのズレを視野に入れている。ドラッカーは自分が生きた時代の雰囲気を語るため、どうやらレトリックとして事実の改変も意識的に行っているようなのだ。 

本書でとくに印象に残るのは、ドラッカーの根底にあるのがドイツ時代に熟読したキルケゴールの「実存主義」哲学であること、そして24歳のときロンドンで日本の水墨画に偶然出会ってから95歳で亡くなるまで、コレクターとして日本の水墨画と禅画を愛し続けたこと、である。この2点がドラッカーの生涯を貫く通奏低音となっているのである。その意味を深く考えなくてはならない。両者に共通するのは人間の生死の根底にある「実存」と「自由」にかんする哲学である。

米国移住後にはメディア論のマクルーハンや、発明家で思想家のバックミンスター・フラーと密接な関係があったことなど、本書ではじめて知った。これらの点については、時間の余裕のあるときに深掘りしてみたい。前者はメディアとレトリックについての、後者は人間とテクノロジーに関係についてのディスカッション相手だった。

日本人はマネジメントという側面だけでなく、ドラッカーはなぜ日本の水墨画と禅画を愛したのか、なにをそこに観ていたのか、知る必要があるだろう。ドラッカーについて知ることは、日本人が日本についてよりよく知ることにもつながるはずだ。


つねに新たな現実に関心を抱いて思考を行い、学問分野横断型の総合知性として20世紀を生き抜いたドラッカーという思想家。

ドラッカーとは何者だったのか? この問いに対する解答の試みは、まだ始まったばかりである。 


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目 次
はしがき 
第1章 破局 1909~1928 
 第1節 幼少期の環境 
 第2節 時代への目覚め
 「インターミッション①」 憧れ ― オペラ『ファルスタッフ』 
第2章 抵抗 1929~1948 
 第1節 フランクフルトからロンドンへ 
 第2節 新天地アメリカ 
「インターミッション②」 『傍観者の時代』の危うい筆法 ― カール・ポランニー 
第3章 覚醒 1949~1968 
 第1節 ニューヨーク大学時代 
 第2節 初来日(1959年)
 「インターミッション③」 「大工の言葉」の使い手 ― マクルーハン 
第4章 転回 1969~1988 
 第1節 断絶 
 第2節 西海岸移住
 「インターミッション④」 失われた風景 ― 小説『最後の四重奏』 
第5章 回帰 1989~2005 
 第1節 ポスト資本主義 
 第2節 共生の社会へ 
「インターミッション⑤」 信仰生活 
終章 転生 2006~ 
参考文献 
あとがき

著者プロフィール
井坂 康志(いさか やすし) 
1972年生まれ。日本の経営学者・社会情報学者。ものつくり大学教授、NPO法人ドラッカー学会共同代表。東洋経済新報社を経て、現在ものつくり大学教養教育センター教授(ドラッカー経営学研究室)、図書館・メディア情報センター長。(Wikipediaなどから編集)



<ブログ内関連記事>

・・思想家ドラッカーの前半生の主著

・・ドラッカーの「山荘コレクション」(Sanso Collection)の大半が千葉市美術館によって買い取られて日本に里帰りしている

・・「法話という聴覚に訴えるメディアだけでなく、画賛という絵と文字をあわせた視覚に訴えるメディアも活用したということである。しかも、それを見る者を巻き込む involving media (マクルーハン)すら開発していた白隠」。 ドラッカーは白隠や仙厓の「禅画」に惹きつけられていた。仙厓のコレクターであった出光佐三とは、さぞかし話があったことであろう

・・ドラッカーが愛した日本の水墨画や禅画は、その背景に禅仏教があり、さらに禅仏教はインド生まれの仏教が老荘思想であって中国化したものであり、日本に伝わった禅仏教が室町時代の「東山文化」」という形で花開いたことまで考えるべき。老荘思想のうち荘子は「古代中国の実存主義」だと福永光司氏はいう。ドラッカーが実存主義の元祖キルケゴールに心酔していたことを考え合わせると、たんなる偶然の一致以上のものを感じないわけにはいかない


・・日本ではあまり論じられることのない、非営利組織としてのコミュニティである「メガチャーチ」に対するドラッカーの多大な関心が語られている

・・なぜかこの本は、『ピーター・ドラッカー 「マネジメントの父」の実像』では取り上げられていない。もちろん、保守主義の政治思想は重要だが、ドラッカー思想の全体ではない


・・ブダペスト出身の天才ポランニー兄弟のうち、ドラッカーは兄で経済学者のカールと米国の大学で同僚となり親しく付き合ったが、経営学者の野中郁次郎は弟の化学者で科学思想家のマイケルの「暗黙知」に着目して、「ナレッジ・マネジメント」(知識経営)を理論化した


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2014年4月22日火曜日

『「経済人」の終わり』(ドラッカー、原著 1939)は、「近代」の行き詰まりが生み出した「全体主義の起源」を「社会生態学」の立場から分析した社会科学の古典



『「経済人」の終わり ー 全体主義の起源』(The End of Economic Man: The Origins of Totalitarianism, 1939年)は、"社会生態学者"(socio-ecologist) ピーター・ドラッカーの実質的な処女作である。

「近代」の行き詰まりを欧州で体験し、深い教養をベースに社会研究の立場から分析した名著である。ドラッカー自身が出版から45年後(!)の「1994年版序文」で書いているように、リアルタイムに進行する社会問題を社会学的に分析したものだといえる。

その意味ではドラッカー自身が書いているように、ドイツの社会学者マックス・ウェーバーや、イタリアの経済学者で社会学者のヴィルフレッド・パレート(・・「パレート分析」のパレート!)、それに同郷のウィーン出身で父親の友人でもあった理論経済学者で社会学者シュンペーターの系譜につらなるものだ。

「あの経営学者ドラッカーの原点」という読み方ではなく、社会科学の一古典として読むべきではないだろうか。ドラッカーが「経営学者」となるのは、戦後アメリカにおいてである。

そろそろドラッカーからは「経営学者」という肩書きをはずしてあげようではないか! 虚心坦懐にテキストそのものを読んでみようではないか!


■「経済人」(ホモ・エコノミクス)とは?

『「経済人の終わり』というタイトルだが、「経済人」の終わり(?)といってもすぐにはピンとこないかもしれない。

「経済人」(economic man)とは、ドラッカー自身が第2章で説明しているように、18世紀の経済学の父アダム・スミス以来の「ホモ・エコノミクス」(homo economicus)概念のことだ。

「ホモ・エコノミクス」とは、経済活動において自己の利益の最大化を図ることを目的にした完全に合理的な人間のことを指した経済学の仮説のことである。


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このように絵にかいたような「経済人」(ホモ・エコノミクス)が、じっさいには多数派ではありえないことは、健常な「常識」をもった人にとっては当たり前だろう。

そもそも人間は非合理的な存在であることを前提にした「行動経済学」が近年発達してきたが、それでも主流の経済学においてはまだまだ「ホモ・エコノミクス」仮説が幅をきかせている。

なぜなら、自然現象を厳密に研究する「自然科学」とは異なり、人間が構成する社会そのものを対象とする「社会科学」においては、どうしてもドグマ的な支えを必要とするからだ。ドラッカーのこの指摘は重要だ。

ドラッカーは、「ブルジョワ資本主義」も「共産主義」も、ともに「ホモ・エコノミクス」仮説を前提とした経済モデルであり、その双方に失望した大衆は、「全体主義」に魅力を感じてなびいていったという分析を行っている。

つまり、ドラッカーはすでに1939年の時点で「ホモ・エコノミクス」仮説が現状理解には役立たないモデルであることを示していたのである。21世紀の現在、『「経済人」の終わり』が「古典」であるというのはそういう意味だ。


■若き日のドラッカーによるリアルタイムの「社会分析」

ドラッカー(1909~2005)は、オーストリア=ハンガリー帝国(・・通称ハプスブルク帝国)の首都ウィーンに生まれ育ち、ドイツで学問を修めて法学博士号を取得しジャーナリストとして働いていた。ドラッカーは経済記者としてヒトラーにも取材を行っている。

『「経済人」の終わり』は、ヒトラー率いるナチス党が政権をとった1933年に執筆を開始し、英国を経て米国に渡った1937年には執筆はすでに終えていたという。出版は1939年である。

当時の状況は、1918年に終了した「世界大戦」によって欧州の既存の秩序が大きく崩壊(・・ドラッカーの生まれたハプスブルク帝国も崩壊)、さらにニューヨーク発の「大恐慌」(1929年)で欧州も大打撃をこうむっていた。

10代の好奇心旺盛で多感な時代であったドラッカーにとって、生きた経済と社会の勉強となっていたことであろう。そしてまた欧州の未来には懐疑的であったからこそ、最終的に米国に移民することを決意したのであろう。


(ナチス党が政権を執った1933年当時24歳の若き日のドラッカー)


『「経済人」の終わり』は、リアルタイムで進行する事態を肌感覚で体験しつつ徹底的に観察し、欧州の伝統である「教養」(=リベラルアーツ)をベースに徹底的に分析したものだ。

ナチス党政権の推移をみて内容に確信をもったうえで、やっとのことで出版社をみつけ、アメリカの出版社から英語で出版された。出版後たちまちベストセラーになったという。

ドラッカーは当時の欧州の知的世界では主流であったマルクス主義には立脚せず、エドマンド・バークに代表される英国的「保守主義」の立場に共感を示している。

そういう理由もあるのだろう、本書は英国を救ったチャーチルの座右の書となったとドラッカーは書いている。

では、『「経済人」の終わり』の内容についてみておこう。


■「近代合理主義」の行き詰まりが「全体主義」に大衆を引き寄せた

本書は、「全体主義の起源」という副題に表現されたテーマを探究したものであり、ふつうは序文からはじめて順を追って読んでいくことになろう。

だが、それぞれの章が執筆された順番は異なり、内容的にもよく書けている章とかならずしもそうでない章がある。また全体的に記述が簡潔すぎて、十分な説明がなされていないという印象を受けないでもない。

そこで、章立ての順番ではなく、順不同に内容を見ていくこととしよう。

「第6章 ファシズム全体主義の脱経済社会」は、全体主義国家の「統制経済」の問題点について検証したものだ。

この分析を読めば、全体主義の「統制経済」がどう考えてもうまくいかないことが経済学的に自明であることが理解できる。これは第7章で分析される全体主義国家における「組織」との関連で理解されることが重要だ。

ドラッカーは、計画性という近代合理主義のワナについて語っているのである。


(画像をクリック!)


「全体主義」は否定のための否定である。アンチとしてのみ存在する主義である。みずからがあたらしい価値を生み出したわけではない。

階級なき脱経済社会実現を妨げる階級闘争を説く共産主義は、全体主義にとっては絶対悪なので全否定された。

だが否定する対象は共産主義だけだったのではない。ブルジョワ資本主義もまた否定の対象とされた。大衆は、平等な社会を実現すると謳った「マルクス主義の失敗」にも、「.資本主義の約束不履行」にも激しく失望していたのだ。

この両者を否定したことによって一般大衆の不満を吸い上げることに成功したのが「全体主義」なのである。

英国やフランスのような先進資本主義国とは異なり、一般大衆に民主主義への愛着がなく、遅れて統一されたイタリアとドイツから全体主義がでてきた理由はそこにある。、

イタリアとドイツの違いはどこにあるかについての分析も読みごたえがある。「第5章 ファシズム全体主義の奇跡-ドイツとイタリア」である。

イタリアのファシズムとは違って、ナチズムを最初から「革命運動」であったとする分析はじつに鋭い。ナチス(NSDAP)とは「ドイツ国家社会主義労働者党」の略称である。「国家社会主義」を標榜していた政党であった。


■なぜユダヤ人が憎悪の対象とされたのか?

ブルジョワ資本主義と密接に結びついていたユダヤ人が憎悪の対象とされたのは、フランス革命のような「ブルジョワ革命」が成功しなかった後進国ドイツの事情がおおきくかかわっている。

ドイツではブルジョワ階級の地位が低く、ユダヤ人の権利獲得とブルジョワ階級の成長が同時進行であった。そのため、ドイツではブルジョワ資本主義の担い手とユダヤ人がおおきく重なっていたのである。

だから、「悪魔との聖戦」としての「ユダヤ人絶滅政策」が全体主義維持のために必須のものと位置づけられたのである。

以上の点について分析した「第7章 奇跡か蜃気楼か」は本書の白眉である。ただし、ドラッカーは共産主義運動の担い手が、ドイツにおいてもユダヤ人が多かったことにはまったく触れていない。

第4章の「キリスト教の失敗」については、全体のなかではちょっと異質な感じのする章である。背景となる文脈はいまひとつ理解しにくいということがある。場合によっては飛ばしても全体の趣旨は追うことはできる。

聞いたことのないような人名が次からつぎへとでてくるが、要は知的エリートたちが「経済人」モデルの問題点を解決するためにキリスト教倫理に戻ってきたのに対し、一般大衆は慣習以上の関心をキリスト教に対しては抱いていなかった、ということが指摘されているのだ。

つまり、キリスト教はすでにヨーロッパにおいて熱情を失っていたのであり、そのために宗教的な熱情をともなう「全体主義」に引き寄せられたという分析だ。この点については、『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011) が詳しいのであわせて読むとよく理解できるだろう。


■「社会科学の古典」としての一つの読み方の提案

以上、わたしなりの観点から『「経済人」の終わり』について簡単に解説したが、ドラッカーをマネジメントという側面からのみ見てきた人にとっては、この本の内容はすこしむずかしいかもしれない。

じっさい、記述が簡潔すぎるので、内容を読みとるのがややむずかしい。だが、さすがドラッカーの全著作を翻訳し、ドラッカーの「伴走者」として実質的なパートナーとして、その思想のすみずみまで理解しつくしている上田惇生氏の翻訳だけあって、日本語訳だけ読んで理解できるものとなっている。

2007年の新版では、さらに「チャーチルによる書評」など付録が増えたようだが、「人名索引」はあっても、「事項索引」がないのは残念なことだ。

そのかわりではないが、訳者がドラッカーと相談してつけくわえて見出しが内容の要約になっているのでおおいに参考にすべきだ。そのためは、読みだす前にじっくりと「目次」を読みこむことをすすめたい。

いまから約75年前に出版された本であり、その意味ではもはや「社会科学の古典」としての位置付けがなされるべき本であろう。

社会科学専攻の大学生でも気軽に読めるように、できれば岩波文庫や講談社学術文庫あたりで文庫化してくれるといいのだが・・・。だがダイヤモンド社にとってはドル箱のドラッカーを手放すことなどないだろう。

『「経済人の終わり』は、すくなくとも「初期ドラッカー」思想の中核をなすものである。「ドラッカーの思想の原点」かどうかは脇において、虚心坦懐に読むことをすすめたいのである。



目 次 (1997年版)

新版への序文(1994年)
1969年版への序文

第1章 反ファシズム陣営の幻想
 1. ファシズムへの誤解
 2. ファシズムの諸症状
 3. 大衆心理の不思議
 4. 「背理ゆえに信ず」
第2章 大衆の絶望
 1. マルクス主義の失敗
 2. 資本主義の約束不履行
 3. 「経済人」の破綻
 4. 合理の喪失
第3章 魔物たちの再来
 1. 世界大戦と世界恐慌が明らかにしたもの
 2. 魔物たちの追放
 3. 自由の放棄
 4. ファシズムの登場
第4章 キリスト教の失敗
 1. キリスト教の戦果
 2. 知的エリートとキリスト教
 3. 教会の無意味性
 4. ファシズムとキリスト教
第5章 ファシズム全体主義の奇跡-ドイツとイタリア
 1. ドイツ人とイタリア人の国民性
 2. 与えられた民主主義と獲得した民主主義
 3. ムッソリーニとヒトラー
 4. ドイツのナチズムとイタリアのファシズムの違い
第6章 ファシズム全体主義の脱経済社会
 1. 産業社会の脱経済化
 2. 社会有機体説
 3. 軍国主義
 4. 全体主義の経済
 5. 資源の輸入問題
第7章 奇跡か蜃気楼か
 1. 戦争と平和
 2. 聖なる戦い
 3. 反ユダヤ主義の原因
 4. ブルジョワ資本主義の化身としてのユダヤ人
 5. 組織がすべて
 6. 指導者原理
第8章 未来
 1. 独ソ開戦への期待
 2. 独ソの利害
 3. 新しい社会

年表-あの頃の歴史(第一次大戦から第二次大戦へ)
人名索引
訳者あとがき

*2007年新版では、より説明的な見出しに変更されている



<参考書>

ドラッカー思想における『「経済人」の終わり』の位置づけについては、さまざまな書籍や論文を参考にする必要がある。

経営学者によるものとしては、『ドラッカー、その思想-自由・管理・社会-』(三戸公、未来社、1971)をあげてきたい。

このほか、『現代思想 2010 Vol.38-10 特集 ドラッカー-マネジメントの思想』(青土社)に収録された諸論文が参考になる。



<関連サイト>

経済は「利己心」だけで動くのではない アダム・スミスが説く「共感」の哲学(1) (アマルティア・セン)  
・・『諸国民の富』(国富論)以前にアダム・スミズが出版したのは『道徳感情論』。厚生経済学の研究者で経済倫理にくわしいアマルティア・セン博士ならでは。「共感」と「利己心」というキーワード。アダム・スミスは「経済人」(ホモ・エコノミクス)だけを強調したのではない!

スミスを「純粋な資本主義」の擁護者とみなすのは誤り アダム・スミスが説く「共感」の哲学(2)(アマルティア・セン) 

グローバル時代に有効な「中立な観察者」の視点 アダム・スミスが説く「共感」の哲学(3) (アマルティア・セン) (日経ビジネスオンライン、2014年5月7日)
・・「中立的な観察者」を設定するスミス流のアプローチと「超越論的制度」である社会契約アプローチの違い

あらゆる偏見と差別に立ち向かったグローバルな宣言書アダム・スミスが説く「共感」の哲学(4) (アマルティア・セン) (日経ビジネスオンライン、2014年5月14日)
・・「スミスが階級、ジェンダー、人種、国籍の壁を軽々と飛び越えて人間の潜在能力は等しいとみなし、天与の才能や能力に本質的な差異を認めなかったことは注目に値する」  スコットランド人としてのアダム・スミスの立ち位置は「経済人」といった狭いものではない



<ブログ内関連記事>



■「全体主義の起源」

映画 『ハンナ・アーレント』(ドイツ他、2012年)を見て考えたこと-ひさびさに岩波ホールで映画を見た
・・ドラッカーとは異なる「政治思想」という観点から「全体主義の起源」を思想的に解明した哲学者アーレント

書評 『自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-』(グナル・ハインゾーン、猪俣和夫訳、新潮選書、2008)-25歳以下の過剰な男子が生み出す「ユース・バルジ」問題で世界を読み解く
・・「ユース・バルジ」という「人口爆発」による若年層男子の行き場の無さがファシズムにつながったと説く著者の見解は、なによりも「青春」を礼賛したムッソリーニやヒトラーユーゲントとして「若者」を組織化したヒトラーを考えると納得がいく

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ
・・キリスト教による世界観が衰退した「近代」の行き詰まりを宗教学の立場から跡付けた著作

『はじめての宗教論 右巻・左巻』(佐藤優、NHK出版、2009・2011)を読む-「見えない世界」をキチンと認識することが絶対に必要


■「第一次大戦後」と「第二次大戦後」のドイツ社会

人生の選択肢を考えるために、マックス・ウェーバーの『職業としての学問』と『職業としての政治』は、できれば社会人になる前に読んでおきたい名著
・・第一次大戦の敗戦後のドイツの百家争鳴状況にウェーバーが訴えたかったこと

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』を見て考えたこと
・・第二次大戦後」のドイツ。1968年ドイツ。ドイツ赤軍と極左テロの時代は何だったのか? ヒトラー世代の親たちへの反旗を翻した「若者」たち

書評 『忘却に抵抗するドイツ-歴史教育から「記憶の文化」へ-』(岡 裕人、大月書店、2012)-在独22年の日本人歴史教師によるドイツ現代社会論
・・第二次大戦後」のドイツ。



■ファシズム

書評 『未完のファシズム-「持たざる国」日本の運命-』(片山杜秀、新潮選書、2012)-陸軍軍人たちの合理的思考が行き着いた先の「逆説」とは

書評 『国の死に方』(片山杜秀、新潮新書、2012)-「非常事態に弱い国」日本を関東大震災とその後に重ね合わせながら考える

書評 『アラブ革命はなぜ起きたか-デモグラフィーとデモクラシー-』(エマニュエル・トッド、石崎晴己訳、藤原書店、2011)-宗教でも文化でもなく「デモグラフィー(人口動態)で考えよ!
・・フランス人からみたドイツの指摘が興味深い


■「経営学者」としてのドラッカー

書評 『知の巨人ドラッカー自伝』(ピーター・F.ドラッカー、牧野 洋訳・解説、日経ビジネス人文庫、2009 単行本初版 2005)-ドラッカー自身による「メイキング・オブ・知の巨人ドラッカー」

レビュー 『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』(アップリンク、2010)
・・「経済よりも社会のほうがはるかに重要だ」というドラッカーの発言がすべてを言い表している。「マネジメントはサイエンスでもアートでもない、プラクティス(実践)である」という発言も

書評 『ドラッカー流最強の勉強法』(中野 明、祥伝社新書、2010)-ドラッカー流「学習法」のエッセンス

NHKのアニメ 『もしドラ』 最終回(5月6日)後に全10回のおさらい-ミッションの重要性と「顧客」は誰か?

ドラッカーは時代遅れ?-物事はときには斜めから見ることも必要
・・ホリエモンの興味深い発言を参照のこと

経営計画の策定と実行は、「自力」と「他力」という仏教の考えをあてはめるとスムーズにいく

(2014年8月14日、2024年2月12日 情報追加)


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2010年11月7日日曜日

書評『ドラッカー流最強の勉強法』(中野 明、祥伝社新書、2010)-ドラッカー流「学習法」のエッセンス




■「学ぶ楽しみ」を満たすためのドラッカー流「学習法」のエッセンスを紹介■

 「勉強法」に焦点をあてた「ドラッカー本」の一冊である。
 
 なんだまた、「柳の下のドラッカーか?」という気がなくもないが、けっして読んで損はないと思う。経営学者でも、経営コンサルタントでも、ビジネスパーソンでもない、著者のようなライターもまたドラッカーを使いこなしている、というのが本書のウリだろう。

 本書には、マネジメント関連の「ドラッカー本」とは異なる点が少なくとも一点ある。

 ドラッカー全体像の一部しか見ないという「マネジメント関連本」著者たちの視野狭窄(しやきょうさく)からは、著者が免れているという点だ。著書がマネジメントの専門家ではなかったことの、怪我の功名といってもいいだろうか。

 日本でのドラッカー・ブーム再燃は、いままさに飛ぶ鳥を落とす勢いのユニクロ柳井会長など従来からの熱心な読者によって、ドラッカーが米国以上にしっかりと受容されてきたという土壌があってこそのものである。

 その意味では、「経営学者」という側面だけではなく、「社会生態学者」と自称していたドラッカーの全体像を視野に入れている点は、大いに評価してしかるべきなのだ。

 本書で紹介されているドラッカーの「勉強法」についてコメントしておこう。とくに興味深いのが、「3ヶ月と3カ年勉強法」。同時並行的に様々な中期(3ヶ月)と長期(3年間)の「学習プロジェクト」を走らせていることだ。

 資格取得などの勉強にも応用は可能だろうが、むしろドラッカー自身は死ぬまで楽しんで取り組んでいたということが重要だ。「学習」成果がすべて著作として結実しているわけではないが、自分自身の「学習」成果を「目標管理」(MBO)していたことは参考になる。

 ただ私が思うに、ドラッカー自身は功利的な目的だけでなく、純粋に「知る楽しみ」として取り組んでいたように思われる。浮世絵の収集と研究も本業ではない趣味の領域である。
 おそらく出版社サイドの要請で、最近流行りの「勉強法」なんてタイトルになっているのだろうが、ドラッカーの意識としては「勉強」ではなく、「学習」(ラーニング)ではなかったかと思う。

 ドラッカー流「学習法」は非常に興味深いが、実際に実行するのはなかなか難しいものがありそうだ。ドラッカーを手近なロールモデルとするには、あまりにも多くの一般人とはかけ離れている存在だからだ。目指すにはいいが、あまりレベルのかけ離れた人をロールモデルにすると挫折することが多々あることは銘記しておきたいものだ。

 ただ、ドラッカー「学習法」のエッセンスを学んで、自分なりに工夫して応用することは大いに意味のあることであるといえよう。豊かな人生を送るためにも。


<初出情報>

■bk1書評「「知る楽しみ」を満たすためのドラッカー流「学習法」のエッセンスを紹介」投稿掲載(2010年10月16日)
■amazon書評「「知る楽しみ」を満たすためのドラッカー流「学習法」のエッセンスを紹介」投稿掲載(2010年10月16日)

*再録にあたっては、タイトルと本文の一部を修正・加筆した。





目 次

第1章 長距離型勉強のすすめ―「3カ月と3カ年勉強法」とは
第2章 勉強テーマはこうして決める―「価値観」「強み」「機会」の3要素
第3章 目標をマネジメントせよ―成果を上げる目標設定と自己管理
第4章 時間をマネジメントせよ―勉強時間を確保するための3つのステップ
第5章 「何をしないか」を決めよ―「選択と集中」と「フィードバック」で実行力を上げる
第6章 徹底的にインプットせよ―入手情報の「量」と「質」を上げる技術
第7章 勉強の成果はアウトプットで決まる―書きながら考える技術

著者プロフィール

中野 明(なかの・あきら)

ノンフィクション・ライター。1962年、滋賀県生まれ。関西学院大学、同志社大学の非常勤講師を歴任。執筆の柱はビジネス、情報通信、歴史の三分野(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<書評への付記>

 晩年のドラッカーの発言をリアリタイムで体験していた私には、この著者のように「経営学者」としてだけでなく、「社会生態学者」としてのドラッカー全体像を評価する姿勢が正当に映る。
ドラッカーは「経営者]ではなかったが、一貫して「偉大な教師」であったことには間違いない。
 
 私が 米国で M.B.A.コースに在籍していたと1990年当時ではすでに、米国のM.B.A.コースではドラッカーの「ド」の字もでてこなかったからだ。1980年代以降の経営環境の激変のなか、米国においてはドラッカー流の経営は主流ではなくなっていたのだ。この状況を自覚していたドラッカーは、非営利機関のマネジメントや年金問題などの社会問題で鋭い分析を行う「社会生態学者」として自らの立ち位置を再確立した。

 この点にかんしては、同時代に経営グルとして世界樹の経営者に大きな影響を与えてきた経営コンサルタント大前研一の記述を再録しておくのがいいだろう。『この国を出よ』(大前研一/柳井 正、小学館、2010)で以下のような貴重な証言を行っている。

ただし、ドラッカー哲学は1980年代に入ると、アメリカの経営トレンドのなかでは次第に人気がなくなりました。なぜなら、実際の経営者は彼が定義する優れた経営者像からはほど遠く、それでいてアップルのスティーブ・ジョブスやマイクロソフトのビル・ゲイツら、ドラッカーの法則に当てはまらない "自由奔放" な経営者が続々と登場したからです。・・(中略)・・ところが賢明なドラッカーはそれをいち早く察知して、経営哲学でお説教するスタイルからイノベーションに方向転換し・・・(後略) (P.106)


 『ドラッカー流最強の勉強法』に紹介された「学習法」に戻るが、なぜ3ヶ月なのか、なぜ3年なのか、が説明されていないこと、同時並行的に様々「学習プロジェクト」を走らせていたことを書くべきであった。

 おそらく3ヶ月は約100日、3年は約1,000日ということだろう。これについては、私はこのブログに 「三日・三月・三年」(みっか・みつき・さんねん) と題して書いている。

 重要なことだから何度もいうが、ドラッカー自身も「勉強」などという表現は使っていないはずだ。「学習」であり「学び」のハズである。
 強いて勉める「勉強」ではなく「学習」あるいは「研究」。学習とは Learning のこと。「学び」あるいは「学ぶこと」という表現の法がなおさらよい。
 
 『ドラッカー自伝』では、「学ぶ」楽しさと喜びを知り、それが生涯をつうじて持続したことが語られている。「勉強」ではない、「学び」まのだ、「学習」なのだ。

 余談になるが、本書でも触れられているが、ルター派とイエズス会が同時並行的に採用した「目標管理」制度(MBO:Management by Objective)について付け加えておけば、イエズス会では6年ごとに配置転換がある。6年は3年の2倍である。

 これについては、『明るい未来は自分で創ろう-キャリアのための戦術と戦略-』(亀田紀子、日本経済新聞社、2001)に書いてあったのが記憶に残っている。イエズス会の経営になるボストン・カレッジのビジネススクールで教鞭をとっているときに知ったという。イエズス会では、いかなる理由によるものかわからないが、6年ごとに職場配置転換が強制されている、と。


 それにしても日本語の「勉強」や「勉強法」というコトバにはうっとおしいものを感じる。
 たしかにいま「大人の勉強ブーム」(?)というものがあって、野口悠紀夫や和田秀樹といった「勉強大好き人間」たちによる「勉強本」が売れているのは確かだが、どうも好きなれないのだ。

 「勉強」が趣味の人たちは、勝手に「勉強」してればいい、といいたくなるが、実は「勉強本」の著者たちは、「勉強」ではなく「学習」について語っているのである。彼らはイヤで「勉強」しているわけではない。「勉強」が人生そのものになってしまっているのであって、その状態においてはすでに「勉強」ではなく、生きる楽しみとして「学習」、「学び」を行っているのだ。現在はまだ「勉強」のほうがとおりがいいので、そうしているに過ぎないのだろう。

 しかし、「勉強本」を手にする読者は、果たしてどこまで気がついているのだろうか?



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レビュー 『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』(アップリンク、2010)・・米国におけるドラッカーの位置づけがわかるDVD。日本での捉え方とは異なる

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書評 『この国を出よ』(大前研一/柳井 正、小学館、2010)・・ドラッカーと同時代に経営グルとして活躍した大前研一による貴重な証言

「三日・三月・三年」(みっか・みつき・さんねん)

書評 『幻の帝国-南米イエズス会士の夢と挫折-』(伊藤滋子、同成社、2001)-日本人の「常識」から空白期間となっている17世紀と18世紀のイエズス会の動きを知る

(2014年7月7日 情報追加)



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2010年8月26日木曜日

レビュー 『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』(アップリンク、2010) ー ドラッカー自身の肉声による思想と全体像






■文字通り 「これを見ればドラッカーの全体像がわかる」 一本■

 "Peter Drucker - An Intellectual Journey"(ドラッカー 知の旅)の日本語字幕付きバージョン。

 日本語版タイトルどおり、「これを見ればドラッカーが60分でわかるDVD」である。

 最近ドラッカーが話題になっているけど本を読むヒマがない、本を読むのが面倒くさいという人にはもちろん、ドラッカーが「マネジメントの父」と呼ばれており、ドラッカー経営学のエッセンスくらいはわかっている人も見るべき DVD だといえる。

 なぜなら、先入観のない初心者であれば、ドラッカーが単なる経営学者ではないことがわかるから、時間の節約になる。

 一方、ある程度知っている人にとっても、経営学がドラッカー思想の中核をなしているが一部に過ぎないことを自覚する意味で必見だといえるからだ。


 私は、どちらかとえば後者の「ある程度知っている人」に分類されると思っているが、このDVDを見ていて強く思ったのは、なぜドラッカー経営学の思想が米国では定着せず、日本でこそ定着した理由がよく理解できるということだ。

 日本では多くの経営者がドラッカー思想を理解し、実践したからこそ、1970年代から80年代にかけての日本がアメリカを打ち負かすまでの勢いをもったことが理解できるのである。

 いわゆる「日本的経営」の形成に、ドラッカー経営学が与えた思想的な意味合いが大きかったということであり、今回のブームも、あくまでも経営学という範囲内での「ドラッカーブーム」再燃という側面が強い。

 さらにいうと、いまドラッカーに注目が集まるのが、「日本的経営」へのノスタルジーであったとしたら、それはあまり意味のないアナクロニズムではないかという気がしないでもないのだ。

 GE のジャック・ウェルチ元 C.E.O.といえば GE 中興の祖であるが、彼が断行した「業界で一位か二位でない事業からは撤退する」という戦略が、前任者に連れられて初めて出会ったドラッカーのアドバイスであったことが、ウェルチ自身のクチから語られていることの意味をよく考えるべきだろう。

 ジャック・ウェルチほど、「知識社会」における人材育成の意味を理解していた経営者は、ほかにはなかなかいないのではないかと私は考えている。


(DVD再生画面より)

 1990年代の初頭に M.B.A. 取得のためアメリカに留学していた私は、M.B.A.の授業ではドラッカーのドの字も聞いたことがなかったし、その後も同時代体験としてのドラッカーは、経営学者というよりも社会問題への鋭い洞察力で名の知られた、自称「社会生態学者」としてのそれであった。少なくとも米国ではそのように受け取られていたようだ。

 この DVD でも、米国人がドラッカーを「再発見」したのは、狭い意味の企業経営というよりも、むしろ広義の非営利組織の NPO のマネジメントの分野であったことがよく描かれていると思う。

 とくにいわゆるメガ・チャーチ(巨大教会)を取り上げたシーンは、米国社会を知らないと、いまひとつピンとこない内容なのではないかとも思われる。


 ドラッカーの基本思想が、営利であれ非営利であれ、その事業のミッション(=使命)は何か、目的は何かを明確にすること、そしてカネよりもヒトを重視すべきこと、知識社会を担うのはヒトであること、そのゆえにこそ生涯学習が重要なことなど、ドラッカー思想のエッセンスはすべてこの DVD において取り上げられている。

 「経済よりも社会のほうがはるかに重要だ」というドラッカーの発言がすべてを言い表している。「マネジメントはサイエンスでもアートでもない、プラクティス(実践)である」という発言も。

 この DVD は、なによりもドラッカー自身の肉声が収録されており、ドラッカーの教え子や影響を受けた経営者や評論家たちが語るドラッカーは、日本人が捉えているドラッカーとは少し違う観点からのものあって面白い。

 その意味で、ドラッカーの全体像を知るためには、この DVD を視聴する意味があるといえる。日本語字幕と英語音声のズレも興味深い。価格面でもお買い得な一本である。


(画像をクリック!)


<参考サイト>

『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』予告編(YouTube 映像 日本語字幕つき)



<ブログ内関連記事>

書評 『知の巨人ドラッカー自伝』(ピーター・F.ドラッカー、牧野 洋訳・解説、日経ビジネス人文庫、2009 単行本初版 2005)-ドラッカー自身による「メイキング・オブ・知の巨人ドラッカー」
・・ドラッカー自身によるドラッカー入門

『「経済人」の終わり』(ドラッカー、原著 1939)は、「近代」の行き詰まりが生み出した「全体主義の起源」を「社会生態学」の立場から分析した社会科学の古典
・・ドラッカーは「思想家」として読むべきなのだ

書評 『この国を出よ』(大前研一/柳井 正、小学館、2010)-「やる気のある若者たち」への応援歌!
・・大前研一はドラッカーについては、かつて講演会でともにしたことが何度もあるといい、敬意を表しつつも、1980年以降なぜ米国でドラッカーが読まれなくなったかについて、貴重なコメントを行っている

ドラッカーは時代遅れ?-物事はときには斜めから見ることも必要
・・ホリエモンの発言が印象的

書評 『世界の経営学者はいま何を考えているのか-知られざるビジネスの知のフロンティア-』(入山章栄、英治出版、2012)-「社会科学」としての「経営学」の有効性と限界を知った上でマネジメント書を読む
・・「ドラッカーなんて誰も読まない!?  ポーターはもう通用しない!?」という帯のキャッチコピー

人生の選択肢を考えるために、マックス・ウェーバーの『職業としての学問』と『職業としての政治』は、できれば社会人になる前に読んでおきたい名著
・・「実践」としての政治と、「学問」としての政治学は、まったく別物である

シンポジウム:「BOPビジネスに向けた企業戦略と官民連携 “Creating a World without Poverty” 」に参加してきた
・・バングラデシュでグラミン

書評 『国をつくるという仕事』(西水美恵子、英治出版、2009)
・・広義のNPO(=非営利組織)のマネジメントとリーダーシップ

(2014年8月18日 項目新設)


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2010年4月17日土曜日

書評『知の巨人ドラッカー自伝』(ピーター・F.ドラッカー、牧野 洋訳・解説、日経ビジネス人文庫、2009 単行本初版 2005)ー ドラッカー自身による「メイキング・オブ・知の巨人ドラッカー」





■「ドラッカー自身によるドラッカー入門」になっている本書は、ビジンスパーソンだけでなく、一般人にも一読をすすめたい■


 最近ふたたびドラッカー・ブームになっている。

 「ドラッカー経営学」をもっとも熱心に学んで受け入れ、高度成長を実現したのが日本企業であったことから、この流れが続いていくことはたいへん結構なことである。今後も長く影響を及ぼしていくことだろう。

 日本人が理解してきたドラッカー、日本人が誤解しているドラッカー、この両面を知るうえでも、まずこの『知の巨人ドラッカー自伝』をよむのがよい。

 本書はドラッカー(1909-2005)唯一の自伝とうたわれているが、正確にいうと少しだけ違う。訳者解説でも触れられているように、ドラッカーには欧州から米国に移住した時代までの前半生を題材にした『傍観者の時代』という、実に面白い本があるのだ。

 しかし、生誕から晩年にいたるまでのライフヒストリーを簡潔に語ってまとめられたのは本書だけだろう。何といってもビジネスパーソンにとっては、「マネジメント」という概念を発明した米国時代以降が面白い。GMから依頼された巨大企業組織の徹底調査から、「マネジメント」という概念が誕生したのである。

 本書の記述はあまりにも簡潔すぎるのが玉にキズだが、訳者によるインタビューによって補足されているので全体像をつかむことができる。また、訳者インタビューによって初めて明らかになった事実もあるので、その点は興味深い。 

 ドラッカーについて知るための、ドラッカー自身による入門書になっているといってよい。いわゆる礼賛本や解説本とは違い、ドラッカーによる肉声は正確な事実を後世に伝えることに徹している。




単行本初版のタイトル『ドラッカー20世紀を生きて-私の履歴書-』とあるように、日本経済新聞社の人気連載企画「私の履歴書」の一つとして、27回にわたって連載されたものだ。当時まだ日経を読んでいた私も、この連載をリアルタイムで読んで、たいへん興味深かったという記憶をもっている。

 このドラッカー自伝は、前半が退屈なウィーンから脱出し、さらにナチスドイツから逃れたロンドンからも沈鬱だとして脱出し、最終的に米国に移民として落ち着くまでの欧州時代を、後半が米国で全面的に開花して「経営学の父」となった後半生を描いている。幕末維新の激動期を生ききった福澤諭吉は、「恰(あたか)も一身(いっしん)にして二生(にせい)を経(ふ)るが如く」と述懐しているが、ドラッカーの人生もまたそのとおりであるといっていいだろう。前半生の欧州人としての体験なくして、後半生の「マネジメント生みの親」が誕生しなかったことが、この自伝を読むと理解される。

 「マネジメント」という概念は、「マネジメント」という既存の学問から生まれたのではない、自学自習による幅広い知識とさまざまな職業体験によって培われた、鋭く深い観察眼から生み出されたものなのである。

 ドラッカーは、狭い意味の「経営学者」というワクに収まるような人ではなく、自らを「社会生態学者」と称していたことはもっと広く知られていい。文庫版では、ドラッカーに「知の巨人」というタイトルがつけられることとなったが、「経営学者」よりもこの称号のほうが、はるかにふさわしい。

 自ら提唱していた「知識社会」の到来で、ドラッカーは今後もはるかに仰ぎ見る存在として、あるいは目指すべきロールモデルとして、生き続けていくことであろう。

 ビジネスパーソン以外の一般読者にも、「ドラッカー自身によるドラッカー入門」として、ぜひ一読をすすめたい。


<初出情報>

■bk1書評「ドラッカー自身によるドラッカー入門」になっている本書は、ビジネスパーソンだけでなく、一般人にも一読をすすめたい」投稿掲載(2010年4月15日)
■amazon書評「ドラッカー自身によるドラッカー入門」になっている本書は、ビジネスパーソンだけでなく、一般人にも一読をすすめたい」投稿掲載(2010年4月15日)



(画像をクリック!)



<書評への付記>
        
 ドラッカー(Drucker)という名字について、ピーター・ドラッカー自身が第一次世界大戦前にハプスブルク帝国、正確にいうと、オーストリア=ハンガリー二重帝国の首都ウィーンに生まれた人なので、ドイツ系だろうと思って、ドイツ語の辞書を引いて調べてみたことがある。

 Drucker(男性名詞)印刷工、印刷業者
 Druck(男性名詞) 圧力をかけて押すこと、印刷すること
  <drucken 印刷する、圧搾する

 
 本書によれば、ドラッカー家の祖先は、オランダで宗教書の印刷業をやっていた、とある(第12話)。オランダ語とドイツ語は近い関係にあるから、意味も似たようなものだろう(*)。本書の記述によれば、オランダにはいまでも Drucker という名字をもつファミリーが多いという。

(*)その後、『講談社オランダ語辞典』(講談社、1994)で調べてみたら、drukker は印刷工、印刷会社という訳語が載っている。動詞の drukken からの派生語である。発音はドゥルッカーか。(2020年9月22日 追記)

 おそらく推測するに、ドラッカー家の先祖はプロタスタントだったのではないだろうか。プロテスタンティズムが聖書を印刷することで普及したことは歴史的な事実である。印刷術は当時最先端の技術であった(*)。

(**)ところが、この記述は間違いだった。ドラッカーの先祖はポルトガルからオランダに脱出したセファルディム系で、両親はともにユダヤ系だがいずれもキリスト教に改宗していた「同化ユダヤ人」である。哲学者のスピノザもまたセファルディム系のユダヤ人であったが、その思想ゆえにユダヤ教会から破門された。

wikipedia英語版に以下の記述がある。

Peter Drucker was of Jewish descent on both sides of his family, but his parents converted to Christianity and lived in what he referred to as a "liberal" Lutheran Protestant household in Austria-Hungary. (2013年10月19日 追記)。


 オーストリア人のペーター・トゥルッカーは、父親の教育方針によって、子どもの頃から英語とフランス語を習得していたという。英国を経て、最終的に米国に落ち着いて、ピーター・ドラッカーとなる。

 ギムナジウムのギリシア・ラテンの古典教育も受けているが、こういった人文教育が崩壊しつつある最後の世代であったようだ。もっとも、本人はギムナジウムは面白くないので、自学自習する生活態度が身についたといっている。

 ブダペスト生まれのユダヤ系ハンガリー人・アンドリュー・グローブも、子どもの頃に父親の方針で英語を勉強していたことが、ハンガリー動乱で国を脱出し難民となったときも、米国に移民できることになったと述懐している。

 本書によれば、ドラッカー自身もグローブの米国定住にはチカラを貸している。ハンガリー人が、かつてのオーストリア=ハンガリー二重帝国の臣民の子弟であることもまた、何らかの意味で難民救済事業にドラッカーを向かわせたのだと推測できる。

 オーストリア出身で米国で大成功した有名人としては、シュンペーターなどの知識人を除けば、ハリウッド俳優でカリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツネッガーがいる。シュワルツネッガーもドイツ語なまりの英語をしゃべっているが、ドラッカーもそうであったことを、訳者で解説者の牧野洋が書いている。


 一般に知られている「経営学者ドラッカー」は、GMのコンサルタントになって徹底調査をおこなったことによって誕生した存在で、長年にわたって大企業の経営コンサルタントと大学教授をつづけてきた人である。

ところで、元代議士の栗本慎一郎"先生"が、まだ大学の"先生"だった頃の著作に、ブダペストの天才たちを描いた『ブダペスト物語-現代思想の源流をたずねて-』(晶文社、1982)という、忘れられた好著がある。

 本書にも交友関係の重要な一人として登場する、ハンガリー出身の経済学者カール・ポランニー(この人もユダヤ系)に関連したエピソードがある。

 この件についてドラッカーに質問状を送ったところ、来日したドラッカーから直接自宅に電話がかかってきて、奥さんが驚いたというエピソードが、「第2章 革命と恐慌の嵐をひかえて」の冒頭に記している。ドラッカーの『傍観者の時代』を一つの導きとして、『ブダペスト物語』が書かれていることも紹介しておきたい。

 ドラッカー自身は、「退屈なウィーン」から脱出し、最終的には米国に定住することにした人だが、ハプスブルク帝国の高官を父親にもったドラッカーに、これらハプスブルク帝国関連の人脈などがあることが、少なからず影響を与えていることは知っておいたほうがいい。
 
 そういうコンテクストのなかに置いてみると、メイキング・オブ・「知の巨人ドラッカー」の形成過程について、より深く知ることができるはずだ。

 世紀末ウィーンが、また世紀末ブダペストが、大量の天才たちを生み出したインキュベーターとなっていたたことは、思想史では常識である。この件については、機会をあらためてまた書いてみるつもり。



<関連サイト>

「私の履歴書 復刻版」  ピーター・ドラッカー 第1回 基本は文筆家 「マネジメント」を発明 95歳、なお講義続ける ピーター・ドラッカー(経営学者) (日経BiZアカデミー、2014年10月2日

(2014年12月26日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

レビュー 『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』(アップリンク、2010)
・・「経済よりも社会のほうがはるかに重要だ」というドラッカーの発言がすべてを言い表している。「マネジメントはサイエンスでもアートでもない、プラクティス(実践)である」という発言も

『「経済人」の終わり』(ドラッカー、原著 1939)は、「近代」の行き詰まりが生み出した「全体主義の起源」を「社会生態学」の立場から分析した社会科学の古典 ・・ドラッカーは「思想家」として読むべきなのだ

書評 『この国を出よ』(大前研一/柳井 正、小学館、2010)-「やる気のある若者たち」への応援歌!
・・大前研一はドラッカーについては、かつて講演会でともにしたことが何度もあるといい、敬意を表しつつも、1980年以降なぜ米国でドラッカーが読まれなくなったかについて、貴重なコメントを行っている

ドラッカーは時代遅れ?-物事はときには斜めから見ることも必要
・・ホリエモンの発言が印象的

書評 『世界の経営学者はいま何を考えているのか-知られざるビジネスの知のフロンティア-』(入山章栄、英治出版、2012)-「社会科学」としての「経営学」の有効性と限界を知った上でマネジメント書を読む
・・「ドラッカーなんて誰も読まない!?  ポーターはもう通用しない!?」という帯のキャッチコピー

人生の選択肢を考えるために、マックス・ウェーバーの『職業としての学問』と『職業としての政治』は、できれば社会人になる前に読んでおきたい名著
・・「実践」としての政治と、「学問」としての政治学は、まったく別物である

「フェルメールからのラブレター展」にいってみた(東京・渋谷 Bunkamuraミュージアム)-17世紀オランダは世界経済の一つの中心となり文字を書くのが流行だった ・・オランダのユダヤ系(セファルディム)だった哲学者スピノザ

(2014年8月18日 情報追加)


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