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2021年1月29日金曜日

書評『思想家ドラッカーを読む ― リベラルと保守のあいだで』(仲正昌樹、NTT出版、2018)― ドラッカーをその出発点であった「保守主義」の「政治思想家」として捉える

 

 経営学者ドラッカーの名前を一度も聞いたことがないビジネスパーソンは、まずいないだろう。聞いたことがなくても「目標管理」(MBO:Management by Objective)の人といえばドラッカーのことであり、知らず知らずのうちにドラッカーのマネジメントを実践しているはずだ。 

ピーター・ドラッカーが2005年に亡くなってすでに15年たつが、いまだに日本では「経営学者」として名が通っている。本人は「社会生態学者」と名乗っていた。どうやらドラッカー自身の自己認識と他者認識にズレがあったようだ。 

経営学の範囲を超えた著作活動を行っていたことを考えれば、「社会生態学者」のほうがふさわしいのではないかと私も思っていたが、その理由はこうだ。 

1990年から足かけ3年(正味2年間)にわたって米国にMBA留学していたが、MBAの授業ではドラッカーの「ド」の字も聞いたことがなかったからだ。どうやら、1990年時点で経営学においてはドラッカーはすでに時の人ではなかったことに気づいたのである。 

この認識はドラッカーを「神」として敬ってきた日本ではまったく通用しなかったが、ドラッカー死後の2010年代に入ってから、ようやく日本でも意識されるようになってきた。 

米国帰りの気鋭の経営学者・入山章栄氏の『世界の経営学者はいま何を考えているのか-知られざるビジネスの知のフロンティア』(英治出版、2012年)が出版されてからだ。すくなくとも、米国を中心とした経営学の世界では、ドラッカーはメインストリームではないのだ、と。 



■ドラッカーをその出発点であった「保守主義思想家」として捉える

では、ドラッカーをどう評価していくべきか。その1つは、ドラッカーを思想家として見ることであろう。しかも、経営思想家が誕生する前提である政治思想家としてのドラッカーである。

それは、第2次大戦前夜から始まった社会主義とナチズム、ファシズムの時代を生き抜いた西欧人が、いかに保守主義の政治思想を形成し、大戦後の米国で経営学にたどり着いたかの軌跡を振り返ることになる。 

重要なことは、ドラッカー自身は経営者ではなかった、ということだ。ビジネス関係者ですらない。大学の教職にあった知識人だが、ビジネス界の組織人であったわけではない。回想録のタイトルにあるように「傍観者」(bystander)であり、実践ではなく、徹底した「観察」によって考察を深め、産業社会における「マネジメント」を思想として確立したことにある。 

その意味で、この『思想家ドラッカーを読む-リベラルと保守のあいだで』(仲正昌樹、NTT出版、2018)を読むと面白い。著者は、ドイツを中心にした思想史の研究者である。  

著者は、ドラッカーに心酔しているわけではない。むしろ、自己啓発書が嫌いで、商売やビジネスにかかわることは正直いって苦手、できればかかわりたくない(笑)という思想史の研究者だ。このスタンスは、みずからを「傍観者」と規定していたドラッカーには、意外とフィットしているかもしれない。

この本を読んでも、当然のことながらドラッカー経営学はわからないだろう。「経営思想史」にドラッカーを位置づけた本ではないからだ。ドラッカーのマネジメントが、いかなる「政治思想」の背景から生まれてきたかを跡づけたものだ。 

19世紀末の転換期に爛熟期を迎え、20世紀初頭の第1次世界大戦によって旧社会が崩壊するに至った西欧。そのど真ん中ともいえるドイツ語圏のウィーンで生まれ育ったユダヤ系のドラッカーを、同時代のウィーンから生まれた経済学者のシュンペーターやハイエク、カール・ポランニー(ただしブダペスト生まれ)と比較すると、なにが共通し、なにが相違しているのかをつうじて見えてくるものがある。

ここにあげた経済学者たちは、いずれも欧州を去って米国に移り、それ以後は英語で著作活動を行っている「知の巨人」たちだ。 

仲正氏の本書で重要なのは、ドラッカー政治思想の原点ともいうべき、プロイセンの法学者フリードリヒ・シュタールの「保守主義」の政治思想をくわしく紹介しながら、ドラッカーがシュタールのなにを否定し、なにを受け継いだかを検討していることだ。

この作業をつうじて、ドラッカーの「保守主義」思想が、英国のエドマンド・バークやフランスのトクヴィルから来たものではないことが理解されることになる。 



■なぜ日本ではドラッカーが「神」とされたのか

読み進めるうちに、なぜドラッカー経営学が、とくに日本では大いに受け入れられたのか、その理由がおぼろげながら理解されることになろう。 

一言でいってしまえば、それは個人と組織の関係である。社会変動によっってバラバラになってしまった個人に居場所を与える「共同体」としての組織。すくなくとも20世紀までは、この認識が有効に働いていたことは、「日本的経営」がブームとなっていた時代を知っている人には、大いに納得がいくものだ。 

だが、21世紀の現在、デジタル資本主義の急速な進展がドラッカー経営学を陳腐化していることは否定できない。ドラッカー自身も、みずからを経営学者であるよりも、社会生態学者として認識してほしいと願っていたのもそのためだろう。時代はすでにドラッカーをはるかに追い越している。 

とはいえ、ドラッカーのマネジメントに価値がまったくなくなってしまったわけではない。「共同体」としての性格が生きている事業体(それはビジネスに限らない)であれば、その有効性は現在でも大いにあるというべきだろう。ドラッカーの経営思想をノウハウ化してしまえば、それは有効な経営ツールとなる。 

本書『思想家ドラッカーを読む-リベラルと保守のあいだで』は、ドラッカーを経営学という狭い枠組みからはずして、20世紀後半の主要思想を構築した思想家として位置づけるための第一歩である。

ただし、繰り返しておくが、この本を読んでも、ドラッカー経営学はわからないことは言うまでもない。逆に、ドラッカーのマネジメントを知った上で読むと、面白さは倍加するといっていいのではないだろうか。異なる視点でドラッカーを解剖した内容の本となっているからだ。



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目 次 
まえがき 人文学者、ドラッカーを読む
第1章 ウィーンのドラッカー
 1 世紀転換期のウィーンとユダヤ人
 2 "傍観者" の視点とは
 3 「昨日の世界」からの離脱
 4 ドラッカーのフロイト観
 5 ポランニーの功罪
 6 ドラッカーの基本的スタンス
第2章 守るべきものとは何か? 
 1 法学徒としてのドラッカー
 2 保守主義者シュタール
 3 ヘーゲルからシュタールへ
 4 「法治国家」とは何か?
 5 保守主義と革命のあいだで
 6 保守主義的国家論とは何か?
 7 ドラッカーと「ユダヤ人問題」
第3章 なぜファシズムと闘うのか? 
 1 ファシズム全体主義とは何か?
 2 マルクス主義はなぜ大衆を裏切ったのか?
 3 ブルジョワ資本主義の落とし穴
 4 「脱経済化」するファシズム
 5 「第三の道」としての産業社会
 6 株式会社という権力
 7 「自由」が生み出す正統な権力
 8 保守主義と「産業社会の未来」
第4章 思想としての「マネジメント」 
 1 ドラッカーの経済思想
 2 「イノベーション」の思想史的意義
 3 「イノベーション」のための組織とは
 4 分権的組織の共同体的意義
 5 マネジメントの社会的責任をめぐって
終章 弱き個人のための共同体としての企業
注
さらに深めたい読者のためのブックガイド
関連年表
あとがき


著者プロフィール
仲正昌樹 (なかまさ・まさき)
1963年、広島県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究博士課程修了(学術博士)。 現在、金沢大学法学類教授。文学や政治、法、歴史などの領域で、 アクチュアリティの高い言論活動を展開している。 著書に『今こそアーレントを読み直す』 (講談社現代新書)、『いまこそハイエクに学べ』(春秋社)、 『日本とドイツ 二つの全体主義』(光文社新書)、『現代ドイツ思想講義』(作品社)、 『集中講義!アメリカの現代思想』(NHKブックス)、『精神論ぬきの保守主義』(新潮選書)、 『現代思想の名著30』(ちくま文庫)など多数。


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2011年6月7日火曜日

書評『梅棹忠夫のことば wisdom for the future』(小長谷有紀=編、河出書房新社、2011)ー「思想はつかうべきものである」と言い切ったウメサオタダオ


■「思想はつかうべきものである」と言い切ったウメサオタダオのコトバのアンソロジー■

 「思想はつかうべきものである。思想は論じるためだけにあるのではない」、と1954年に言い切っていた梅棹忠夫。

 本書は、いまもなお、日本人を勇気づけ、元気づけるコトバの数々を、22巻にわたる「著作集」にまとめられた膨大な文章のなかから選び出し、モンゴル研究者の小長谷有紀氏が解説し、コメントをつけたものだ。

 見開き右ページに梅棹忠夫のコトバ、左ページに小長谷有紀氏による 2010年時点のコメントが書かれている。梅棹忠夫のコトバには、発言された日時と場所、そして出典が記されているが、その先見性と平明さには、あらためて驚かされる。その現代的意味は、さらにコメントで確認することができる。
 
 梅棹忠夫自身が後半生をその発展に捧げた国立民族学博物館(大阪千里)で開催される「ウメサオタダオ展」にあわせた出版である。昨年(2010年)出版された『梅棹忠夫 語る』(小山修三=聞き手、日経プレミアムシリーズ、2010)とあわせて読めば、かっこうの「梅棹忠夫入門」となるだろう。ぜひ手元に一冊おいておきたい。


<初出情報>

■bk1書評「「思想はつかうべきものである」と言い切ったウメサオタダオのコトバのアンソロジー」投稿掲載(2011年4月10日)
■amazon書評「「思想はつかうべきものである」と言い切ったウメサオタダオのコトバのアンソロジー」投稿掲載(2011年4月10日)




目 次

はじめに
1. 知の獲得-ひらめきをのがさないために
2. 知の整理-ひらめきをあとから引き出せるように
3. 知の利用-ひらめきをそだてるために
4. 文明のかたち-世界を理解する方法
5. 家庭のすがた-女性のこれから
6. 情報のちから-情報産業論ことはじめ
7. 日本のゆくえ-わたしたちの立ち位置を確認する
8. 京都のみかた-特別の場所には特別の知恵がある
9. 国際交流のツボ-なしくずしの戦争のための戦略
10. 文化開発のツボ-心の足しのために
おわりに
梅棹忠夫略年譜


著者プロフィール

梅棹忠夫(うめさお・ただお)

1920年、京都市生まれ。1954年「アマチュア思想家宣言」で、カメラのように思想を使いこなそうと提案する。1957年「文明の生態史観序説」で、文明の複線的な展開という考え方をしめす。1959年「妻無用論」で社会進出するよう女たちを鼓舞する。1963年「情報産業論」で、ポスト近代のゆくえを提示する。1969年『知的生産の技術』で、市民のための情報生産活動を指南する。1977年、初代館長として国立民族学博物館をひらく。2010年、逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

小長谷有紀(こながや・ゆき)

1957年生まれ。国立民族学博物館教授。ユーラシア遊牧社会を研究。主として、モンゴルにおける牧畜の技術と儀礼について調査をおこなった。2011年、国立民族学博物館で開催される「ウメサオタダオ展」の実行委員長を務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。




<書評への付記>

 元気のでるコトバをいくつか抜き書きしておこう。なお、太字ゴチックは本文のままである。

 
宇宙線は、天空のどこかから、たえず地球上にふりそそいでいて、だれの大脳をも貫通しているはずだ。したがって、「発見」はだれにでもおこっているはずである。それはしかし、瞬間的にきえてしまうものだ。そのまま、きえるにまかせるか、あるいはそれをとらえて、自分の思想の素材にまでそだてあげるかは、そのひとが、「ウィルソンの霧箱」のような装置をもっているかどうかにかかっている。(P.12)

(初出:『知的生産の技術』、岩波新書、1969)


 これとほぼまったく同じことを、ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏が、カミオカンデで測定していた素粒子についていっている。「発見」があるかどうかは、それに気づいた人次第。気づくためには、自分のなかにセンサーがなかればならないということ。センレンディピティの本質とはそういうものだ。

 最後にもう一ど、思想はつかうべきものである。思想は論ずるためだけにあるのではない。思想は西洋かぶれのプロ思想家の独占物ではないのであって、アマチュアたる土民のだれかれの自由な使用にゆだねるべきである。プロにまかせてはいけない。アマチュア思想道を確立すべきである。(P.212)

(初出:「アマチュア思想家宣言」『思想の科学』1954年)


 梅棹忠夫の「根本思想」そのものの表明である。
 このコトバに対する小長谷氏のコメントも引用させていただこう。

 知識基盤社会とは、英語の knowledge-based society の翻訳である。・・(中略)・・
 六つも漢字をつらねた用語だから、普及するにはやや難がある。けれども、このことばを普及させる必要はあるまい。なぜなら、すでに半世紀以上も前に、日本は、「知識を基盤にした社会であれかし」と寿(ことほ)がれていた。一般市民こそ、思想の「利用」が開放されていたのだから。(P.213)


 いわゆるドラッカー・ファンには読ませてやりたいような内容ではないか! ドラッカーもまた舶来思想。舶来思想を喜ぶというメンタリティをいつまでももちつづけるのではなく、モンゴルをはじめとするフィールドワークをつうじてつくりあげた自前の思想にこそ耳を傾けるべきではないだろうか。

 日本語で思想を展開した梅棹忠夫。死してなお、フツーの日本人に元気を与える存在なのである。



<関連サイト>

「ウメサオタダオ展」(国立民族学博物館(みんぱく))・・2011年3月10日~6月14日



<ブログ内関連記事>

書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)
・・最晩年の放談集。日本人に勇気を与える元気のでるコトバの数々

書評 『裏がえしの自伝』(梅棹忠夫、中公文庫、2001 単行本初版 1992)
・・「わたしは・・・になれなかった」という「裏返しの自伝」-人生とはこういうものだ

書評 『知の現場』(久恒啓一=監修、知的生産の技術研究会編、東洋経済新報社、2009)

書評 『達人に学ぶ「知的生産の技術」』(知的生産の技術研究会編著、NTT出版、2010)

書評 『知的生産な生き方-京大・鎌田流 ロールモデルを求めて-』(鎌田浩毅、東洋経済新報社、2009)

書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)
・・大阪万国博覧会(ばんぱく)から国立民族学博物館(みんぱく)へ。志半ばでともに中心になって推進していた盟友の民族学者・泉靖一が斃れたあとをついだのが梅棹忠夫である。その泉靖一との対談記録で、フランンスで民族学を勉強した岡本太郎が議論をバクハツさせる!


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2011年1月9日日曜日

雑誌 BRUTUS (ブルータス) 2011年 1/15号 「特集 本-2011年、「世の中」を考える175冊。」 を読む




 雑誌 BRUTUS (ブルータス) 2011年 1/15号 本-2011年、「世の中」を考える175冊。は、日頃ビジネス書しか読まないビジネスパーソンこそ目を通すべき一冊だといっておきたい。

 「特集「世の中」を考える本。」は、2010年に話題となったテーマを 11に分類して、それぞれについて「読むべき本」について取り上げている。

 11のテーマとは、「正義と個人」、「お金と幸福」、「現代と仏教」、「マネジメント」、「日本と英語」、「今読む哲学」、「つながり」、「社会起業家」、「人口負荷」、「生物多様性」、「笑いと教養」。
 このテーマごとに一冊の本を取り上げ、二人の論者がそれぞれ別個に論じたり、あるいは対談という形で文字通り「複眼的」に論じている。そしてその論者が三冊づつ本を紹介している。

 このほか、「女子書店員お薦めする、あなたに読んでほしい「世の中」を考える本」、「2011年、「新しい言論」がここから始まる。」(コンテクスチュアルズ)、「女子力をなめるなかれ。そして怖れるなかれ」(酒井順子)、「巷にあふれる恋愛本を通して、己の恋愛道について考える。」(辛酸なめ子)、「自己啓発本、ポジティブ教はなぜ繁栄し増え続けるのか?」(清水健朗)というエッセイ。
 
 それから「2011年、世の中で起きることを予習しよう。」という記事と、特別付録として「2011年のキーパーソン30人を知る本ガイド」がついた構成にになっている。


■『もしドラ』を肴に語り合ったホリエモンと編集者の対話が面白い

 ビジネスマンである私には、「マネジメント」というテーマが、当然のことながらまず目に入ってくる。
 しかも、昨年2010年度のベストセラー『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(岩崎夏海、ダイヤモンド社、2010)、通称『もしドラ』を俎上に乗せてホリエモンこと堀江貴文(作家・実業家)と宇野常寛(批評家・編集者)が語り合ったものだから、なおさら興味深い。




 冒頭で宇野氏と堀江氏はいきなりこんなことをクチにしている。

宇野 『もしドラ』の中心読者と思われる30代サラリーマン男性は、出版業異界ではよく「ビジネス書しか読まない」と揶揄(やゆ)されます・・(略)・・
堀江 でもドラッカーの『マネジメント』なんて、普通ならわざわざ読まないよね。この表紙、とりあえず「萌えキャラ」が売れているから描いておくか、みたいなことないですか?

 なるほどと思う。女子高校生がドラッカーの『マネジメント』を読むなんて想定はありえねー(!)という感想をもっている私には、この二人の発言はよくわかる。

 『もしドラ』の著者の岩崎夏海がもともと、作詞家でプロデューサーの秋元康の下で、AKB48のプロデュースにかかわっていたという指摘はなるほどと納得。AKB48も『もしドラ』も、ヒット商品を作り出す方法論にもとづいた作品なわけなのだ。

 対談の最後では、ふたたびこのように語り合っている。

宇野 最初に言ったとおり、ドラッカーブーム自体はある程度、サラリーマンのヒーリングの側面が大きかったわけですからね。
堀江 ドラッカーなんて20世紀型社会のマネジメント手法だから、いい加減もういいんじゃないの?と僕は思ってしまいますけどね。
・・(中略)・・
堀江 勝手にみんなが自律してやってくれる。僕は、逆にマネジメントなんかしなくてもいい組織が理想なんです。個人が活躍し、また小集団がコラボして、という時代がもう来てるんだと思いますよ。

 非常にいいことを言っているなと感心した。私はこの二人の言うこと、とくにホリエモンのこの発言には全面的に賛同する。

 これは私がいままで描いてきたブログの文章のすみずみに表現されていることと思う。あえてどの記事のどの箇所がそうだとは面倒なので指摘しないが。


■ビジネスをビジネスの視点からのみ捉える発想の貧困性と不毛性

 この特集のように、さまざまな幅広いテーマのなかに「マネジメント」や「お金と幸福」、「社会起業家」、「つながり」といった、広い意味のビジネステーマが置かれていることは、ビジネスをビジネスの視点からのみ捉える発想法がいかに貧困なものであるかを、問わず語りに語っていると言っていいだろう。 
 すべてについて紹介することはできないので、あとは直接手にとって中身を読んでほしいと思う。

 2010年の最大のトピックの一つは、サンデル教授の「ハーバード白熱授業」だろう。「正義」とは何かという哲学上のテーマだけが脚光を浴びたのではなく、ビジネスや経済だけでモノを語ることの不毛性について、多くの日本人、とくに20歳台以下の若い世代が強く感じていることのあらわれではないか、と私は考えている。
 世の中をほんとうに知りたい、ほんとうに理解したいという「やむにやまれぬ」想いの発露なのだ。

 ビジネス雑誌ではない、アート系の色彩が濃い雑誌 BRUTUS (ブルータス) は、「ライフデザインマガジン」の先駆者である。性別や年齢層、専門分野を問わず、幅広い読者層を持っている。

 私はこの雑誌は、面白いテーマがあるときには、ときどき買って読んでいる。

 なお BRUTUS は隔週刊の雑誌なので、書店の店頭ではもう見つけることができないかもしれない。その際は、アマゾンでは取り扱っているので注文したらよい。送料無料なので安心だ。






<ブログ内関連記事>

書評 『知の巨人ドラッカー自伝』(ピーター・F.ドラッカー、牧野 洋訳・解説、日経ビジネス人文庫、2009 単行本初版 2005)
・・ドラッカーを経営学者と狭く捉えないこと!

レビュー 『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』(アップリンク、2010)・・米国におけるドラッカーの位置づけがわかるDVD。日本での捉え方とは異なる

書評 『この国を出よ』(大前研一/柳井 正、小学館、2010)・・ドラッカーと同時代に経営グルとして活躍した大前研一による貴重な証言






(2012年7月3日発売の拙著です)








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2010年11月7日日曜日

書評『ドラッカー流最強の勉強法』(中野 明、祥伝社新書、2010)-ドラッカー流「学習法」のエッセンス




■「学ぶ楽しみ」を満たすためのドラッカー流「学習法」のエッセンスを紹介■

 「勉強法」に焦点をあてた「ドラッカー本」の一冊である。
 
 なんだまた、「柳の下のドラッカーか?」という気がなくもないが、けっして読んで損はないと思う。経営学者でも、経営コンサルタントでも、ビジネスパーソンでもない、著者のようなライターもまたドラッカーを使いこなしている、というのが本書のウリだろう。

 本書には、マネジメント関連の「ドラッカー本」とは異なる点が少なくとも一点ある。

 ドラッカー全体像の一部しか見ないという「マネジメント関連本」著者たちの視野狭窄(しやきょうさく)からは、著者が免れているという点だ。著書がマネジメントの専門家ではなかったことの、怪我の功名といってもいいだろうか。

 日本でのドラッカー・ブーム再燃は、いままさに飛ぶ鳥を落とす勢いのユニクロ柳井会長など従来からの熱心な読者によって、ドラッカーが米国以上にしっかりと受容されてきたという土壌があってこそのものである。

 その意味では、「経営学者」という側面だけではなく、「社会生態学者」と自称していたドラッカーの全体像を視野に入れている点は、大いに評価してしかるべきなのだ。

 本書で紹介されているドラッカーの「勉強法」についてコメントしておこう。とくに興味深いのが、「3ヶ月と3カ年勉強法」。同時並行的に様々な中期(3ヶ月)と長期(3年間)の「学習プロジェクト」を走らせていることだ。

 資格取得などの勉強にも応用は可能だろうが、むしろドラッカー自身は死ぬまで楽しんで取り組んでいたということが重要だ。「学習」成果がすべて著作として結実しているわけではないが、自分自身の「学習」成果を「目標管理」(MBO)していたことは参考になる。

 ただ私が思うに、ドラッカー自身は功利的な目的だけでなく、純粋に「知る楽しみ」として取り組んでいたように思われる。浮世絵の収集と研究も本業ではない趣味の領域である。
 おそらく出版社サイドの要請で、最近流行りの「勉強法」なんてタイトルになっているのだろうが、ドラッカーの意識としては「勉強」ではなく、「学習」(ラーニング)ではなかったかと思う。

 ドラッカー流「学習法」は非常に興味深いが、実際に実行するのはなかなか難しいものがありそうだ。ドラッカーを手近なロールモデルとするには、あまりにも多くの一般人とはかけ離れている存在だからだ。目指すにはいいが、あまりレベルのかけ離れた人をロールモデルにすると挫折することが多々あることは銘記しておきたいものだ。

 ただ、ドラッカー「学習法」のエッセンスを学んで、自分なりに工夫して応用することは大いに意味のあることであるといえよう。豊かな人生を送るためにも。


<初出情報>

■bk1書評「「知る楽しみ」を満たすためのドラッカー流「学習法」のエッセンスを紹介」投稿掲載(2010年10月16日)
■amazon書評「「知る楽しみ」を満たすためのドラッカー流「学習法」のエッセンスを紹介」投稿掲載(2010年10月16日)

*再録にあたっては、タイトルと本文の一部を修正・加筆した。





目 次

第1章 長距離型勉強のすすめ―「3カ月と3カ年勉強法」とは
第2章 勉強テーマはこうして決める―「価値観」「強み」「機会」の3要素
第3章 目標をマネジメントせよ―成果を上げる目標設定と自己管理
第4章 時間をマネジメントせよ―勉強時間を確保するための3つのステップ
第5章 「何をしないか」を決めよ―「選択と集中」と「フィードバック」で実行力を上げる
第6章 徹底的にインプットせよ―入手情報の「量」と「質」を上げる技術
第7章 勉強の成果はアウトプットで決まる―書きながら考える技術

著者プロフィール

中野 明(なかの・あきら)

ノンフィクション・ライター。1962年、滋賀県生まれ。関西学院大学、同志社大学の非常勤講師を歴任。執筆の柱はビジネス、情報通信、歴史の三分野(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<書評への付記>

 晩年のドラッカーの発言をリアリタイムで体験していた私には、この著者のように「経営学者」としてだけでなく、「社会生態学者」としてのドラッカー全体像を評価する姿勢が正当に映る。
ドラッカーは「経営者]ではなかったが、一貫して「偉大な教師」であったことには間違いない。
 
 私が 米国で M.B.A.コースに在籍していたと1990年当時ではすでに、米国のM.B.A.コースではドラッカーの「ド」の字もでてこなかったからだ。1980年代以降の経営環境の激変のなか、米国においてはドラッカー流の経営は主流ではなくなっていたのだ。この状況を自覚していたドラッカーは、非営利機関のマネジメントや年金問題などの社会問題で鋭い分析を行う「社会生態学者」として自らの立ち位置を再確立した。

 この点にかんしては、同時代に経営グルとして世界樹の経営者に大きな影響を与えてきた経営コンサルタント大前研一の記述を再録しておくのがいいだろう。『この国を出よ』(大前研一/柳井 正、小学館、2010)で以下のような貴重な証言を行っている。

ただし、ドラッカー哲学は1980年代に入ると、アメリカの経営トレンドのなかでは次第に人気がなくなりました。なぜなら、実際の経営者は彼が定義する優れた経営者像からはほど遠く、それでいてアップルのスティーブ・ジョブスやマイクロソフトのビル・ゲイツら、ドラッカーの法則に当てはまらない "自由奔放" な経営者が続々と登場したからです。・・(中略)・・ところが賢明なドラッカーはそれをいち早く察知して、経営哲学でお説教するスタイルからイノベーションに方向転換し・・・(後略) (P.106)


 『ドラッカー流最強の勉強法』に紹介された「学習法」に戻るが、なぜ3ヶ月なのか、なぜ3年なのか、が説明されていないこと、同時並行的に様々「学習プロジェクト」を走らせていたことを書くべきであった。

 おそらく3ヶ月は約100日、3年は約1,000日ということだろう。これについては、私はこのブログに 「三日・三月・三年」(みっか・みつき・さんねん) と題して書いている。

 重要なことだから何度もいうが、ドラッカー自身も「勉強」などという表現は使っていないはずだ。「学習」であり「学び」のハズである。
 強いて勉める「勉強」ではなく「学習」あるいは「研究」。学習とは Learning のこと。「学び」あるいは「学ぶこと」という表現の法がなおさらよい。
 
 『ドラッカー自伝』では、「学ぶ」楽しさと喜びを知り、それが生涯をつうじて持続したことが語られている。「勉強」ではない、「学び」まのだ、「学習」なのだ。

 余談になるが、本書でも触れられているが、ルター派とイエズス会が同時並行的に採用した「目標管理」制度(MBO:Management by Objective)について付け加えておけば、イエズス会では6年ごとに配置転換がある。6年は3年の2倍である。

 これについては、『明るい未来は自分で創ろう-キャリアのための戦術と戦略-』(亀田紀子、日本経済新聞社、2001)に書いてあったのが記憶に残っている。イエズス会の経営になるボストン・カレッジのビジネススクールで教鞭をとっているときに知ったという。イエズス会では、いかなる理由によるものかわからないが、6年ごとに職場配置転換が強制されている、と。


 それにしても日本語の「勉強」や「勉強法」というコトバにはうっとおしいものを感じる。
 たしかにいま「大人の勉強ブーム」(?)というものがあって、野口悠紀夫や和田秀樹といった「勉強大好き人間」たちによる「勉強本」が売れているのは確かだが、どうも好きなれないのだ。

 「勉強」が趣味の人たちは、勝手に「勉強」してればいい、といいたくなるが、実は「勉強本」の著者たちは、「勉強」ではなく「学習」について語っているのである。彼らはイヤで「勉強」しているわけではない。「勉強」が人生そのものになってしまっているのであって、その状態においてはすでに「勉強」ではなく、生きる楽しみとして「学習」、「学び」を行っているのだ。現在はまだ「勉強」のほうがとおりがいいので、そうしているに過ぎないのだろう。

 しかし、「勉強本」を手にする読者は、果たしてどこまで気がついているのだろうか?



<ブログ内関連記事>

書評 『知の巨人ドラッカー自伝』(ピーター・F.ドラッカー、牧野 洋訳・解説、日経ビジネス人文庫、2009 単行本初版 2005)
・・ドラッカーを経営学者と狭く捉えないこと!

レビュー 『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』(アップリンク、2010)・・米国におけるドラッカーの位置づけがわかるDVD。日本での捉え方とは異なる

書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)
・・「好きこそものの上手なれ」

書評 『この国を出よ』(大前研一/柳井 正、小学館、2010)・・ドラッカーと同時代に経営グルとして活躍した大前研一による貴重な証言

「三日・三月・三年」(みっか・みつき・さんねん)

書評 『幻の帝国-南米イエズス会士の夢と挫折-』(伊藤滋子、同成社、2001)-日本人の「常識」から空白期間となっている17世紀と18世紀のイエズス会の動きを知る

(2014年7月7日 情報追加)



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2010年8月26日木曜日

レビュー 『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』(アップリンク、2010) ー ドラッカー自身の肉声による思想と全体像






■文字通り 「これを見ればドラッカーの全体像がわかる」 一本■

 "Peter Drucker - An Intellectual Journey"(ドラッカー 知の旅)の日本語字幕付きバージョン。

 日本語版タイトルどおり、「これを見ればドラッカーが60分でわかるDVD」である。

 最近ドラッカーが話題になっているけど本を読むヒマがない、本を読むのが面倒くさいという人にはもちろん、ドラッカーが「マネジメントの父」と呼ばれており、ドラッカー経営学のエッセンスくらいはわかっている人も見るべき DVD だといえる。

 なぜなら、先入観のない初心者であれば、ドラッカーが単なる経営学者ではないことがわかるから、時間の節約になる。

 一方、ある程度知っている人にとっても、経営学がドラッカー思想の中核をなしているが一部に過ぎないことを自覚する意味で必見だといえるからだ。


 私は、どちらかとえば後者の「ある程度知っている人」に分類されると思っているが、このDVDを見ていて強く思ったのは、なぜドラッカー経営学の思想が米国では定着せず、日本でこそ定着した理由がよく理解できるということだ。

 日本では多くの経営者がドラッカー思想を理解し、実践したからこそ、1970年代から80年代にかけての日本がアメリカを打ち負かすまでの勢いをもったことが理解できるのである。

 いわゆる「日本的経営」の形成に、ドラッカー経営学が与えた思想的な意味合いが大きかったということであり、今回のブームも、あくまでも経営学という範囲内での「ドラッカーブーム」再燃という側面が強い。

 さらにいうと、いまドラッカーに注目が集まるのが、「日本的経営」へのノスタルジーであったとしたら、それはあまり意味のないアナクロニズムではないかという気がしないでもないのだ。

 GE のジャック・ウェルチ元 C.E.O.といえば GE 中興の祖であるが、彼が断行した「業界で一位か二位でない事業からは撤退する」という戦略が、前任者に連れられて初めて出会ったドラッカーのアドバイスであったことが、ウェルチ自身のクチから語られていることの意味をよく考えるべきだろう。

 ジャック・ウェルチほど、「知識社会」における人材育成の意味を理解していた経営者は、ほかにはなかなかいないのではないかと私は考えている。


(DVD再生画面より)

 1990年代の初頭に M.B.A. 取得のためアメリカに留学していた私は、M.B.A.の授業ではドラッカーのドの字も聞いたことがなかったし、その後も同時代体験としてのドラッカーは、経営学者というよりも社会問題への鋭い洞察力で名の知られた、自称「社会生態学者」としてのそれであった。少なくとも米国ではそのように受け取られていたようだ。

 この DVD でも、米国人がドラッカーを「再発見」したのは、狭い意味の企業経営というよりも、むしろ広義の非営利組織の NPO のマネジメントの分野であったことがよく描かれていると思う。

 とくにいわゆるメガ・チャーチ(巨大教会)を取り上げたシーンは、米国社会を知らないと、いまひとつピンとこない内容なのではないかとも思われる。


 ドラッカーの基本思想が、営利であれ非営利であれ、その事業のミッション(=使命)は何か、目的は何かを明確にすること、そしてカネよりもヒトを重視すべきこと、知識社会を担うのはヒトであること、そのゆえにこそ生涯学習が重要なことなど、ドラッカー思想のエッセンスはすべてこの DVD において取り上げられている。

 「経済よりも社会のほうがはるかに重要だ」というドラッカーの発言がすべてを言い表している。「マネジメントはサイエンスでもアートでもない、プラクティス(実践)である」という発言も。

 この DVD は、なによりもドラッカー自身の肉声が収録されており、ドラッカーの教え子や影響を受けた経営者や評論家たちが語るドラッカーは、日本人が捉えているドラッカーとは少し違う観点からのものあって面白い。

 その意味で、ドラッカーの全体像を知るためには、この DVD を視聴する意味があるといえる。日本語字幕と英語音声のズレも興味深い。価格面でもお買い得な一本である。


(画像をクリック!)


<参考サイト>

『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』予告編(YouTube 映像 日本語字幕つき)



<ブログ内関連記事>

書評 『知の巨人ドラッカー自伝』(ピーター・F.ドラッカー、牧野 洋訳・解説、日経ビジネス人文庫、2009 単行本初版 2005)-ドラッカー自身による「メイキング・オブ・知の巨人ドラッカー」
・・ドラッカー自身によるドラッカー入門

『「経済人」の終わり』(ドラッカー、原著 1939)は、「近代」の行き詰まりが生み出した「全体主義の起源」を「社会生態学」の立場から分析した社会科学の古典
・・ドラッカーは「思想家」として読むべきなのだ

書評 『この国を出よ』(大前研一/柳井 正、小学館、2010)-「やる気のある若者たち」への応援歌!
・・大前研一はドラッカーについては、かつて講演会でともにしたことが何度もあるといい、敬意を表しつつも、1980年以降なぜ米国でドラッカーが読まれなくなったかについて、貴重なコメントを行っている

ドラッカーは時代遅れ?-物事はときには斜めから見ることも必要
・・ホリエモンの発言が印象的

書評 『世界の経営学者はいま何を考えているのか-知られざるビジネスの知のフロンティア-』(入山章栄、英治出版、2012)-「社会科学」としての「経営学」の有効性と限界を知った上でマネジメント書を読む
・・「ドラッカーなんて誰も読まない!?  ポーターはもう通用しない!?」という帯のキャッチコピー

人生の選択肢を考えるために、マックス・ウェーバーの『職業としての学問』と『職業としての政治』は、できれば社会人になる前に読んでおきたい名著
・・「実践」としての政治と、「学問」としての政治学は、まったく別物である

シンポジウム:「BOPビジネスに向けた企業戦略と官民連携 “Creating a World without Poverty” 」に参加してきた
・・バングラデシュでグラミン

書評 『国をつくるという仕事』(西水美恵子、英治出版、2009)
・・広義のNPO(=非営利組織)のマネジメントとリーダーシップ

(2014年8月18日 項目新設)


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