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2019年12月3日火曜日

JBPressの連載コラム第66回は、「ローマ教皇は宗教弾圧国家・中国とどう向き合うのか-世界が注目するバチカンと中国共産党の関係」(2019年12月3日)



JBPressの連載コラム第66回は、ローマ教皇は宗教弾圧国家・中国とどう向き合うのか-世界が注目するバチカンと中国共産党の関係(2019年11月19・20日)
⇒ https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58413

ローマ教皇フランスシスコの訪日が無事終了し、先週11月25日に離日した。

今回の訪問はタイとあわせての8日間だったが、30℃を超える暑さのバンコクから、いきなり氷雨の降る東京、さらには長崎、広島、ふたたび東京への駆け足の移動は、82歳の教皇にとっては、かなり過酷なものがあったのではないだろうか。

長崎と広島では原爆廃絶のメッセージを全世界に向けて発信、日本国民に好印象を残していった教皇フランシスコ。東京ドームでのミサで5万人のカトリック信徒を集めた教皇フランシスコ。まさに「ロックスター教皇」の人気ぶりがうかがわれる。

だが、教皇フランシスコが昨年(2018年)9月に中国共産党と結んだ「合意」についてご存じだろうか。数年にわたる秘密交渉の末に、21世紀の「叙任権闘争」ともいうべき長年の対立を終結させた「合意」の内容は非公開だが、明らかになっているい点だけみても、中国共産党に歩み寄りすぎという印象は禁じ得ない。

バチカンは伝統的に反共産主義であり、共産主義を「悪魔」とみなして戦ってきた。そのバチカンがなぜ中国共産党に歩み寄っているのだろうか。疑問は尽きない。ソ連共産党と中国共産党とに、なにか大きな違いでもあるのだろうか?

バチカンは、あえて「悪魔」と手を握ったのか?

つづきは本文で https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58413


<ブログ内関連記事>

JBPressの連載コラム第65回は、「ローマ教皇が仏教国のタイと日本を連続訪問する理由(前編・後編)」(2019年11月19・20日)

JBPressの連載コラム第64回は、「亡命から60年、懸念される偽ダライ・ラマの出現-チベット弾圧の中国政府、ダライ・ラマ後継者選びにも介入か」(2019年11月5日)


■バチカン関連

600年ぶりのローマ法王と巨大組織の後継者選びについて-21世紀の「神の代理人」は激務である

「免罪符」は、ほんとうは「免罪符」じゃない!?

書評 『バチカン株式会社-金融市場を動かす神の汚れた手-』(ジャンルイージ・ヌッツィ、竹下・ルッジェリ アンナ監訳、花本知子/鈴木真由美訳、柏書房、2010)

映画 『スポットライト』(2015年、米国)をみてきた(2016年5月5日)-カトリック司祭による児童の性的虐待スキャンダルを追うジャーナリズム魂、ローカルコミュニティに根ざす地方紙の葛藤

映画 『悪魔祓い 聖なる儀式』(2016年、イタリア)を見てきた(2017年12月4日)-シチリアのパレルモの教会で行われる悪魔祓い(=エクソシスト)を描いたドキュメンタリー映画


■イエズス会の布教メソッド「インカルチュレーション」

イエズス会士ヴァリニャーノの布教戦略-異文化への「創造的適応」

書評 『幻の帝国-南米イエズス会士の夢と挫折-』(伊藤滋子、同成社、2001)-日本人の認識の空白地帯となっている17世紀と18世紀のイエズス会の動きを知る
・・「イエズス会が日本布教から撤退した17世紀初頭、南米ではイエズス会のミッションは「教化村」という形で原住民たちとの理想郷をつくりあげていた。現在のパラグアイがその中心であった。南米大陸の中心にある内陸国である。(・・中略・・)イエズス会のミッションとしてはもっとも成功したが、160年の歴史をもちながら、いまではその痕跡が廃墟として残るのみとなった「パラグアイ・ミッション」は、清朝の中国における「典礼問題」とともに、同時代のヨーロッパではもっとも知られていたイエズス会の活動である」

(2020年1月19日、9月22日 情報追加)




(2020年5月28日発売の拙著です)


 
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2019年11月20日水曜日

JBPressの連載コラム第65回は、「ローマ教皇が仏教国のタイと日本を連続訪問する理由(前編・後編)」(2019年11月19・20日)

(2014年の韓国訪問の際の教皇フランシスコ)

JBPressの連載コラム第65回は、ローマ教皇が仏教国のタイと日本を連続訪問する理由(前編・後編)(2019年11月19・20日)
⇒ <前編> いよいよローマ教皇来日、フランシスコはどんな人?
⇒ <後編> 次はどの国? 教皇フランシスコのアジア訪問の意味

天皇陛下の即位をお祝いする「即位式正殿の儀」と「祝賀御列の儀」が無事終了したが、今週末には、またまたビッグイベントが控えている。ローマ教皇フランシスコの訪日だ(2019年11月23~26日)

ローマ教皇の日本訪問は、前回のヨハネ・パウロ2世以来38年ぶりとなる。

フランシスコは、2013年に教皇になってからまだ6年しかたっていないが、すでに82歳の高齢である。前回のヨハネ・パウロ2世が訪日当時61歳であったことを考えると、年齢差がもたらすものは小さくないだろう。

今回の訪日は、日本単独の訪問ではなく、タイと日本でセットになっている。タイと日本を合わせて8日間の日程だ。

タイの滞在は足かけ4日間、日本滞在もおなじく足かけ4日間。 タイ訪問は、11月20日から23日までの足かけ4日間。訪問地はバンコクのみである。日本訪問は、11月23日から26日までの足かけ4日間。東京をベースに長崎と広島を訪問する。


(前回までの教皇フランシスコの世界訪問状況 Wikipediaより)

教皇フランシスコの海外訪問は、今回で32回目になるが、アジアでは5回目となる。今回のタイ訪問と日本訪問でアジアの訪問国は合計8カ国となるが、どう位置づけられるのだろうか? これまでのアジア訪問を踏まえて考えてみたい。

つづきは本文にて https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58257

 





<関連サイト>


POPE IN JAPAN 2019 公式サイト

「すべてのいのちを守るため 〜 PROTECT ALL LIFE 〜」(教皇フランシスコ訪日のテーマソング)


<ブログ内関連記事>

映画 『ローマ法王になる日まで』(イタリア、2015)を見てきた(2017年6月5日)-これぞサーバントリーダーの鑑(かがみ)だ!

600年ぶりのローマ法王と巨大組織の後継者選びについて-21世紀の「神の代理人」は激務である

スコセッシ監督が28年間をかけて完成した映画 『沈黙-サイレンス-』(2016年、米国)を見てきた(2016年1月25日)-拷問による「精神的苦痛」に屈し「棄教者」となった宣教師たちの運命

「免罪符」は、ほんとうは「免罪符」じゃない!?

書評 『バチカン株式会社-金融市場を動かす神の汚れた手-』(ジャンルイージ・ヌッツィ、竹下・ルッジェリ アンナ監訳、花本知子/鈴木真由美訳、柏書房、2010)

「説教と笑い」について

書評 『バチカン近現代史-ローマ教皇たちの「近代」との格闘-』(松本佐保、中公新書、2013)-「近代」がすでに終わっている現在、あらためてバチカン生き残りの意味を考える

書評 『神父と頭蓋骨-北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展-』(アミール・アクゼル、林 大訳、早川書房、2010)-科学と信仰の両立をを生涯かけて追求した、科学者でかつイエズス会士の生涯

書評 『もうひとつの「王様と私」』(石井米雄、飯島明子=解説、めこん、2015)-日本とほぼ同時期に「開国」したシャム(=タイ)はどう「西欧の衝撃」に対応したのか

「タイのあれこれ」 全26回+番外編 (随時増補中)

(2019年11月22日 情報追加)


 
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2019年10月22日火曜日

JBPressの連載コラム第63回は、「天皇の「継承」制度、世界の中でいかに特殊なのか-ダライ・ラマ、ローマ教皇との共通点と相違点」(2019年10月22日)


JBPressの連載コラム第63回は、天皇の「継承」制度、世界の中でいかに特殊なのか-ダライ・ラマ、ローマ教皇との共通点と相違点(2019年10月22日)
⇒ https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57967

本日(2019年10月22日)は、「即位礼正殿の儀」で国民の祝日である。めでたいことである。ただし、祝日となるのは今年限りのことだ。 

「天皇」が制度として、断絶を超えて連続性を保ってきた秘密はどこにあるのだろうか? 

今回は、天皇以外の制度と比較しながら、日本の天皇の特質について、さまざまな点から考えてみたいと思う。 

どの要素を取り上げるかによって、見える姿が異なってくるが、制度を比較することで、さまざまなことが見えてくることだろう。 

つづきは本文で  https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57967


というわけで、「比較」という切り口を使って、ローマ教皇とダライ・ラマと比較しながら天皇という制度の特徴について考えてみたいと思います。皆さんも、ぜひご一緒に。







<ブログ内関連記事>
 
JBPress連載コラム第54回目は、「発見に満ちている人工河川・利根川の“流域”-平時から身につけたい流域の視点と発想」(2019年6月18日公開)
・・天皇陛下の御著書『水運史から世界の水へ』(NHK出版、2019)を紹介

書評 『水運史から世界の水へ』(徳仁親王、NHK出版、2019)-歴史学から世界の水問題へ「文理融合」の実践

「世襲」という 「事業承継」 はけっして容易ではない-それは「権力」をめぐる「覚悟」と「納得」と「信頼」の問題だ!

600年ぶりのローマ法王と巨大組織の後継者選びについて-21世紀の「神の代理人」は激務である

書評 『バチカン近現代史-ローマ教皇たちの「近代」との格闘-』(松本佐保、中公新書、2013)-「近代」がすでに終わっている現在、あらためてバチカン生き残りの意味を考える

書評 『バチカン株式会社-金融市場を動かす神の汚れた手-』(ジャンルイージ・ヌッツィ、竹下・ルッジェリ アンナ監訳、花本知子/鈴木真由美訳、柏書房、2010)

書評 『日本の血脈』(石井妙子、文春文庫、2013)-「血脈」には明治維新以来の日本近代史が凝縮

(2019年10月25日 情報追加)


 
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2017年6月11日日曜日

映画『ローマ法王になる日まで』(イタリア、2015)を見てきた(2017年6月5日)― これぞサーバントリーダーの鑑(かがみ)だ!



映画 『ローマ法王になる日まで』(イタリア、2015)を見てきた(2017年6月5日)。アルゼンチン出身で、しかもイエズス会出身ではじめてローマ法皇(・・ただしくは教皇。以下、教皇と記述する)に選出されたフランシスコ1世の半生を描いた伝記映画だ。

オリジナルのタイトルは、イタリア語で ''CHIAMATEMI FRANCESCO - IL PAPA DELLA GENTE''(=『フランチェスコと呼んで-人びとのパパ』)。映画のスクリーンには、Call Me, Francis とあった。セリフの大半はスペイン語である。ちなみにフランシスコ教皇は、イタリア移民の出身である。

「人びと(=ピープル)のパパ(=教皇)。ヨーロッパ以外から初めてというだけでない。こんな素晴らしい人物がローマ教皇に選出されたのはじつに画期的なことなのであることが、この映画をみてよくわかった。

113分のこの映画を見て思うのは、フランシスコ1世こそ、「サーバント・リーダーの鑑(かがみ)というべき人だ(!)ということだ。「ロックスター・ポープ(=教皇)」という異名をもち圧倒的な人気をもつこの人は、真に民衆の側に立つ人である。


(日本の上映館で配布されていた冊子)


「サーバント・リーダー」とは、人びとに「奉仕」する「サーバント」(=召使い)として、人びとの先頭に立つというリーダーのことである。先頭に立ってリードするという点は通常リーダーとおなじなのだが、目線と立ち位置のあり方が根本的に異なるのが「サーバントリーダー」だ。

「サーバントリーダー」は、つねに末端で苦労する声なき人びとの視点を共有しようと努力するリーダーだ。ピラミッドの頂点に立っているが、つねに視線はピラミッドの末端にある。

もともと「サーバントリーダー」という概念は、米国の実業家の実践から生まれてきた概念だ。もちろんその根底にはキリスト教がある。イエス・キリストその人が思考の原点にある。

フランシスコ1世の場合も、当然のことながらおなじである。新約聖書の「福音書」の精神に忠実に生きると、そういう道を歩むことになる。

冷戦構造時代、中南米やフィリピンなどのカトリック圏では、独裁政権のもとで苦難にあえいでいた民衆によりそう「解放の神学」に身を投じる司祭や修道士たちが多数いた。アルゼンチンでも軍事独裁政権のもと、多くの司祭や修道士が拷問され殺害されている。


(オリジナルのイタリア版のポスター)


アルゼンチンの首都ブエノスアイレスの大学で化学を専攻するホルヘ・ラファエル・ビデラが、修道士として神に仕える道を決めたのは20歳のとき。イエズス会に入会したのは、なんと日本(=ハポン)で宣教したかったからだった。日本人としては、見ていてつよい印象を受けるシーンだ。

日本は、イエズス会にとっては最大の成功事例であり、しかも悲劇的な結末に終わったことは日本史の常識といっていいだろう。16世紀半ば、戦国時代末期の日本にイエズス会の創設者のひとりであるフランシスコ・ザビエルが来日してから爆発的に拡がったキリシタン信仰だが、17世紀前半の「島原の乱」によって、ほぼ壊滅する。

そんなストーリーを、いつどこで知ったのか映画のなかでは語られていないのが残念だが、イエズス会士となって日本に派遣されることをつよく望んでいたのだという「原点」は、彼の人生の根底にありつづけたのであろう。

日本での「キリシタン迫害」の歴史と、アルゼンチン独裁政権での苦難の道が重なり合うようようだ。その後の人生を暗示しているかのようだ。


(右は「結び目を解くマリア」・・この意味は映画のなかで語られる)


若い頃に家族との会話で、Per aspera ad astra とラテン語の格言を引用して語っているシーンがある。「苦難をつうじて星まで」という意味だが、それが並大抵の「苦難」ではなかったことは、本人も知るよしはなかった。

軍事独裁政権のもと、つねに迫られた究極の選択にどう立ち向かい、切り抜けてきたか。組織のなかで責任をもつ立場ともなれば、現実世界においてはそれなりに妥協も迫られる。

組織を維持しなくてはならないが、しかしながら、あるべき正しい道を追求すべきであること。この映画は、そんな状況のなかで、いかに最善の解決をもとめて苦闘したかの記録でもある。


(ご自身が「目覚めよ!」と呼びかけるロックのアルバム)


もっぱら外面的な側面を中心に描いており、霊的な側面についての描写は最小限に抑えられているので、非キリスト教徒であっても違和感を抱くことなく見ることのできる映画である。

このような人が同時代人として、この地球上に存在しているのだと知るとき、まだまだ世界も捨てたもんじゃないという、つよい想いを抱くのである。


■日本(ハポン)への熱い想い

映画の最後に、「(教皇となったフランシスコ一世が)日本へいく日は近い」というメッセージがテロップと音声で流れる。

イエズス会士になって日本に派遣されることを夢みていた青年時代の夢が、人生の終わりに近くなって実現しようとしているのである。

いまだ来日は実現していないが、カトリック人口の規模からいえば、アジアでは優先順位の高いフィリピンと韓国が先行したのは当然だろう。

いま現在でも来日の日程が発表されていないが、逆にいえば、それだけ教皇フランシスコにとって日本(ハポン)の意味合いが特別に大きいためかもしれない。日本人としては、なんだか不思議な感じがするのだが、キリスト教徒でもカトリックでもないわたしも、その日をおおいに待ち望んでいる。

すでに80歳近い教皇にとって、人生の最後に近くなってようやく実現する想い。これは、本人以外には想像もできないものなのであろう。

教皇になるにあたって「フランシスコ」を選んだのは、アッシジの聖フランチェスコ(・・スペイン語ではフランシスコ)が念頭にあったのだとわたしは思い込んでいたが、もしかすると聖フランシスコ・ザビエルもまた念頭になったのかもしれない。

間違いなく、日本でも熱狂的な歓迎を受けることになろう。



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<関連サイト>

映画 『ローマ法王になる日まで』(日本版 公式サイト)

ロックスター法王と呼ばれ、人々を熱狂させるローマ法王の半生を描く『ローマ法王になる日まで』予告編(YouTube)



Chiamatemi Francesco Trailer Italiano (2015) HD - YouTube (イタリア版トレーラー)

現教皇の苦悩描く映画、公開へ (カトリック新聞、May 25, 2017)


アルゼンチンで繰り返される新自由主義とポピュリズム(WEDGE、2017年6月9日)
・・「この国は新自由主義と労働者向けポピュリズムを交互に繰り返し、国力を劣化させてきた。大まかな歴史概略は次のようになる。 最初の軍事独裁新自由主義政権は、対外債務、失業、格差、インフレの4悪をばら撒き、イギリスとのマルビーナス戦争(フォークランド戦争)という大博打を打ち、敗北の後に崩壊(1983年)。その後急進党のラウル・アルフォンシンの民主政治に戻り、一時小康を得たが、ポピュリズム的傾向から財政赤字増加、5000%のハイパーインフレ、対外債務デフォルト、崩壊。再びのペロ二ズム政権(1989~99)。(・・中略・・) この国は70年前から国民は分断されており、悪循環から逃れたことは一度たりともない。なぜだろうか?(・・中略・・)この国には、他のメスティーソの南米が持つ国民の統合などはない。国民ではなく単に個人がいるだけである。」




<ブログ内関連記事>

■バチカンとローマ教皇

600年ぶりのローマ法王と巨大組織の後継者選びについて-21世紀の「神の代理人」は激務である

書評 『バチカン近現代史-ローマ教皇たちの「近代」との格闘-』(松本佐保、中公新書、2013)-「近代」がすでに終わっている現在、あらためてバチカン生き残りの意味を考える

書評 『バチカン株式会社-金融市場を動かす神の汚れた手-』(ジャンルイージ・ヌッツィ、竹下・ルッジェリ アンナ監訳、花本知子/鈴木真由美訳、柏書房、2010)

書評 『韓国とキリスト教-いかにして "国家的宗教" になりえたか-』(浅見雅一・安廷苑、中公新書、2012)- なぜ韓国はキリスト教国となったのか? なぜいま韓国でカトリックが増加中なのか?
・・ローマ教皇フランシスコ一世が、初のアジア訪問先として選んだのは韓国


■イエズス会

イエズス会士ヴァリニャーノの布教戦略-異文化への「創造的適応」

スコセッシ監督が28年間をかけて完成した映画 『沈黙-サイレンス-』(2016年、米国)を見てきた(2016年1月25日)-拷問による「精神的苦痛」に屈し「棄教者」となった宣教師たちの運命

書評 『幻の帝国-南米イエズス会士の夢と挫折-』(伊藤滋子、同成社、2001)-日本人の認識の空白地帯となっている17世紀と18世紀のイエズス会の動きを知る


■アルゼンチン

書評 『精神分析の都-ブエノス・アイレス幻視-(新訂増補)』(大嶋仁、作品社、1996)-南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスは、北米のニューヨークとならんで「精神分析の都」である
・・アルゼンチン、とくにブエノスアイレスの精神風土についての洞察が深い。それは、その他の中南米諸国とは異なるものがある。そんなブエノスアイレスに生きるユダヤ系市民にとっての精神分析の意味

書評 『アルゼンチンのユダヤ人-食から見た暮らしと文化-(ブックレット《アジアを学ぼう》別巻⑨)』(宇田川彩、風響社、2015)-食文化の人類学という視点からユダヤ人について考える

映画 『マーガレット・サッチャー-鉄の女の涙-』(The Iron Lady Never Compromise)を見てきた
・・フォークランド紛争で英国に敗れ去ったアルゼンチン。現地ではマルビナス諸島というが、もともとアルゼンチンは英国文化の影響圏である。アルゼンチンが英国に敗北したことで、軍事政権は崩壊する。いわば意図せざる結果がもたらされたといえようか


■聖母マリア

書評 『聖母マリア崇拝の謎-「見えない宗教」の人類学-』(山形孝夫、河出ブックス、2010)-宗教人類学の立場からキリスト教が抱える大きな謎の一つに迫る


■アッシジのフランチェスコ

アッシジのフランチェスコ 総目次 (1)~(5)

書評 『マザー・テレサCEO-驚くべきリーダーシップの原則-』(ルーマ・ボース & ルー・ファウスト、近藤邦雄訳、集英社、2012)-ミッション・ビジョン・バリューが重要だ!

アッシジのフランチェスコ (4) マザーテレサとインド


■尊敬に値する人物

映画 『ダライ・ラマ14世』(日本、2014)を見てきた(2015年6月18日)-日本人が製作したドキュメンタリー映画でダライラマの素顔を知る

「ダライ・ラマ法王来日」(His Holiness the Dalai Lama's Public Teaching & Talk :パシフィコ横浜)にいってきた ・・「ダライラマ・スーパーLIVE横浜」(2010年6月26日)とでもいうべき一期一会

書評 『目覚めよ仏教!-ダライ・ラマとの対話-』 (上田紀行、NHKブックス、2007. 文庫版 2010)


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2013年2月12日火曜日

600年ぶりのローマ法王と巨大組織の後継者選びについて-21世紀の「神の代理人」は激務である



本日(2013年2月12日)のビッグニュースといえば、ローマ教皇ベネディクト16世が今月末の2月28日付で退位するというニュースでしょう。

つい先日には、@Pontifex というツイッターのアカウントを開設して英語のツイートをアップしたことが世界的なニュースになっていたばかりだったのですが。

正確にいうとローマ法王ではなくローマ教皇というべきですが、まさに「神の代理人」としての職務。しかし、85歳の高齢ではとても激務はつとまらないということで、まことにもって英断というべきでしょうか。

金融スキャンダルや性的虐待問題など、グローバルな巨大組織がかかえるさまざまなスキャンダルに対処してきた8年間でしたが、あまりにも複雑化した世の中のなか、カトリックのみならずキリスト教の将来性にも陰りが見えているなか、巨大組織をマネジメントする能力と資格はさらに高度化していると言わねばなりません。

在任中の退位は、600年前のグレゴリウス12世以来とのこと。グレゴリウス12世の場合は、シスマ(=教会大分裂)時代を収拾する役割を果たしての退位であったようですから、同じ退位といっても性格が異なります。

昨日(2月11日)が「建国記念の日」であった日本は、ことしが皇紀2673年(!?)ですが、ローマ教皇庁は歴史的に確定のできる世界最古の巨大組織ですね。すくなくとも1500年以上の歴史があります。

バチカンは、軍隊組織や企業組織のモデルとされてきた「官僚組織」ですから、後継者選びもまたシステム化されているわけです。いわゆるコンクラーベという選定会議です。通常3カ月以上かかるので「根比べ」とか日本人は言ってますが(笑) 長い間、後継者が決定されなくても大丈夫なのは、組織として盤石だからでしょう。

かつて西洋中世史学者の故木村尚三郎氏は、ローマ教皇庁は日本の総合商社のようなものだと言っておりました。その心は、世界中に張り巡らされたネットワーク。ただし組織論的にいえば、分散型組織ではなく中央集権型の組織ではあります。

現在のベネディクト16世はドイツ人ですが、その前のヨハネ・パウロ2世はポーランド人でした。つぎの教皇(法王)は、アフリカかアジアか南米からでしょうか? デモグラフィック(人口統計)の観点からいえば、カトリック信者はヨーロッパはすでに衰退、信者数が伸びているのは、アフリカやアジア、南米ですから、その地域からつぎの後継者を選出することは、信者のモラールアップの観点からいっても、大いに検討されてしかるべきことでしょう。あの米国ですら、すでに黒人の大統領を誕生させているのですから。

宗教組織とはいえど、人間がかかわる以上は、きわめて俗なる関心によって左右されるもの。そういう人間ドラマとしての読み物として、歴史小説家・塩野七生(しおの・ななみ)の『神の代理人』をおすすめします。いまから30年前に読みましたが、ルネサンス時代のローマ教皇たちを描いてこれほど面白い読み物もなかなかないと思います。

塩野七生というと、現在はローマ帝国という連想でしょうが、もともとは『ルネサンスの女たち』でデビューしたことを忘れるべきではありません。わたしは彼女のイタリア・ルネサンスものはほとんど読んでます。

つまらないビジネス書を読むヒマがあったら、はるかに有益な「人間学」である『神の代理人』本を読むことをお薦めします。






<関連サイト>

Papal resignation (教皇退位にかんする wikipedia 項目 日本語版なし)

新ローマ法王の候補者(ウォールストリートジャーナル 2013年2月12日)

ローマ法王(ローマ教皇 Pontif)のラテン語公式アカウント

Pope Benedict’s resignation: See you later - The papal resignation is an ecclesiastical earthquake. How the church interprets it will shape its future  (The Economist Feb 16th 2013)
・・もともと問題発言の多いベネディクト16世であったが、たしかに最後の一発は過激なものであった。引退後の教皇(法王)の名称問題も現時点では未確定だ


P.S. 退位したベネディトス16世は、名誉教皇(名誉法王 Pope emeritus)という名称になったようだ。穏当な表現ではある(2013年3月1日 追記)

P.S. 2013年3月13日(日本時間14日)、意外なことにあっさりと二日目にして新教皇が選出された。フランシスコ1世となる。清貧を旨としたアッシジのフランチェスコ精神で改革に臨むということだろう。76歳とやや高齢だが、南米出身者ははじめて。アルゼンチンのブエノスアイレス出身。イエズス会出身者では初の教皇。いきなりアフリカの黒人が選出ということにはならなかった。新教皇はイタリア系移民なので、バランスのとれた人事といってよいだろう。(2013年3月14日 記す)。


(バチカン公式サイト Holy See より 2013年3月14日)

退位表明直前のローマ法王が神学生たちと共にした夕食会(Foresight 2013年3月12日)
・・「「バチカンでは改革派と保守派の確執が続いてきたが、最近は保守派の巻き返しが激しくなっていた。改革派であるベネディクト16世は身動きがとれなくなる前に身を引き、次の法王選びに影響力を保持しようとしたと私は見ている。コンクラーベに参加する枢機卿の多くはベネディクト16世が任命していて、その人が目を光らせていることは暗黙の圧力になる」と出席した日本人司祭が語っている。教皇は退位して、日本語でいう「法王」となったわけだ。つまり「院政」である。



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