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2026年7月18日土曜日

書評『禅と浪漫の哲学者・前田利鎌 ― 大正時代にみる愛と宗教』(安住恭子、白水社、2021)― 臨済禅と荘子に「自由」の本質を見いだした哲学者の短くも熱い人生

 
 

前田利鎌(まえだ・とがま 1898~1931)という、臨済禅と荘子をつうじて「自由」の本質を見いだした哲学者の、短くも熱い人生を描いた評伝であり、「愛と宗教」が前面にでてたきたものの短命に終わった大正時代を描いたものでもある。 

先日のことだが、『荘子  ―  古代中国の実存主義』(福永光司、中公新書、1964)という本を読んで、まったく魅せられてしまったのだが、その福永氏が大いにインスパイアされたのが前田利鎌の荘子解釈だったのだ。 

漱石門下の同門で親友であった作家・松岡謙が編集し、遺著となった『宗教的人間』(岩波書店、1932)は当時ベストセラーになり、哲学青年たちに読み継がれてロングセラーとなったのだという。

その本の中核をなすものとして、生前に出版された唯一の著書が再編集されたものが『臨済・荘子』(岩波文庫、1990)であり、この本も読み継がれている。  

分析の鋭さと熱いパッションに充ち満ちた『臨済・荘子』本を読んでから、ようやく『禅と浪漫の哲学者・前田利鎌』を読む準備ができたのである。 

というのも、わたしの場合、前田利鎌への関心は、臨済や荘子から発したのではない。しばらく前のことだが『平塚らいてう ― 近代と神秘 ―』(井出文子、新潮選書、1987)という本を読んでいて、らいてうの姉の孝子が大本教に入信していたこと、そしてその孝子と恋愛関係にあったのが前田利鎌であった、その事実を知ったことに発している。  

そしてたどりついたのが、『禅と浪漫の哲学者・前田利鎌』という本であったというわけだ。 

明治維新から約半世紀、猛スピードで欧米にキャッチアップするため「近代化」に邁進した日本。その「近代化」が日露戦争(1904~1905年)を境に物質面にかんしてはピークに達し、「近代」のもつ問題が急速に顕在化してきたのが大正時代(1912~1926年)である。

個人レベルでの精神的飢餓という問題である。「近代化」は、物質的なレベルにとどまり、個人の精神的救済などは、いっさい考慮に入っていなかったのだ。 しかも、表層レベルの西欧近代化深層レベルの日本人としての実存のあいだに大きな亀裂が発生していたのである。

「近代」を生きながら、「近代」を超えようと格闘したのが思想家で運動家の平塚らいてうだった。座禅をつうじて精神世界に親しんでいた人であり、その姉の孝子も当時大流行していた大本教に入信し、精神世界に没入した人であった。 当時の大本教は、「大正維新」を前面に掲げて破竹の勢いで拡張していた。

宮崎滔天らの「中国革命」に全面的にコミットしたあげく、財産を蕩尽して貧窮のどん底に落ちてしまった熊本の名家、その末子として生まれ貧窮のなかで育ったのが前田利鎌である。 

そんな環境で育った彼は、平塚孝子が帰依していた大本教が掲げていた「大正維新」もそうであったが、「社会革命」なるものに幻想などもつことができなかったのは当然であり、個人レベルの「精神革命」に没入することになる。それが学生時代にであった臨済禅であり、禅仏教の成立に多大な影響をあたえた中国の思想家・荘子であった。 

漱石の最後の門下であり、スピノザやニーチェなど西洋哲学に精通した哲学者でありながら、座禅と公案の厳しい修行に没入した求道の人。そして最終的につかみとった「自由」の本質。

それは、拘束するものからの解放を意味する西洋的な「自由」ではなく、なにものにもとらわれない東洋的な真の「自由」であった。「自由」とは、「自らに由って」立ち、常識もふくめてあらゆるものから独立するという意味なのだ。 

大正時代は新興宗教であった大本教にかぎらず、『歎異抄』と親鸞ブームや、友松円諦の真理運動など、宗教が前面にでてきた時代でもある。そして、自由恋愛の時代でもあった。 

個人レベルの精神探求に全身全霊を投じたのが、「禅と浪漫の哲学者」の前田利鎌であった。家族制度の縛りのなか大本教に救いを求めたのが、既婚者で子持ちであった平塚孝子であった。

この二人は志向するところが異なっていたにもかかわらず、しかも女性のほうが13歳年上であったにもかかわらず恋愛関係になる。だが、最終的に溝は埋められないままに円満のうちに関係が終わる。志向するところが完全に合致することがなかったのだ。

前田利鎌と平塚孝子という、大正時代に生きた二人の知られざる関係をほどきながら、関連する人物たちを描くことで、大正時代がどんな時代であったのか、読者の関心を引き出すことに著者は成功している。 

政治や経済だけで社会を語ることはできないのである。「愛と宗教」の時代として大正時代を振り返ってみる必要がある。そして、なぜそれが外部環境の激変のなか、短命に終わってしまったことについてもまた。 


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目 次
推薦者の言 諏訪哲史 
1 はじめに 
2 小説『素顔』と前田利鎌 
3 前田利鎌–漱石──前田卓 
4 前田家の崩壊と利鎌の生いたち─『没落』の背景 
5 『宗教的人間』 
6 前田利鎌と禅との出会い 
7 平塚孝子という女性 
8 『素顔』にみる前田利鎌と平塚孝子 
9 日本の近代の明暗 
10 大本教 
11 大本教批判 
12 利鎌と孝子のその後、そして利鎌の最期 
あとがき
図版一覧/参考文献/年譜/索引

著者プロフィール
安住恭子(あずみ きょうこ) 
宮城県生まれ。宮城教育大学卒業。読売新聞記者を経て、演劇評論を中心に執筆活動。演劇の脚本・演出のほか、プロデュースも多数行なう。


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2021年3月23日火曜日

歴史人口学の立場から明らかにした「100年前のパンデミック」-『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ-人類とウイルスの第1次世界戦争』(速水融、藤原書店、2006)を中心に速水融氏の著作を読む

 
予定どおり一昨日(2021年3月21日)には、関東の1都3県にだされていた「第2次 非常事態宣言」が解除された。経済活動への悪影響を避けるためと、いまだ日本政府が固執している「2020年東京オリンピック大会」(1年延期済み)への地ならしという意味合いが強いのだろう、とささやかれている。

とはいえ、すでに世界的に「変異ウイルス」(variant virus)が流行しており、感染の「第4波」の襲来と「非常事態宣言」がみたび実施される可能性もけっして小さくない。あるいは別の対策がとられるかもしれない。


■忘れられた「100年前のパンデミック」を追体験する

今年2月のことだが、『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ-人類とウイルスの第1次世界戦争』(速水融、藤原書店、2006)を読了した。歴史人口学の立場から明らかにした「100年前のパンデミック」についての、唯一の著作である。「非常事態宣言」の公布中に読んでおかないと読む機会を逸してしまうかもしれないと懸念したからだ。  

日本の「歴史人口学の父」である著者の速水融(はやみ・あきら)氏は、もっぱら実質的に戸籍の役割をはたしていた「宗門改帳」を材料にした研究で、江戸時代の名もない一般庶民の生活を明らかにしたことで有名だが、大学院生の博士論文を指導するなかで、忘れ去られていたスペイン・インフルエンザの重要性に気づいたのだという。 

『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』は、1918年に始まり1920年に流行が終息した「スペイン・インフルエンザ」について、不完全な当時の統計資料の収集と分析、当時の新聞記事を材料にして描かれたものだ。 

淡々とした記述が400ページ以上も続く大著であり、正直いって読んで面白いという本ではないが、重要な著作であり、今後もリファレンスとしてかならず言及される本になることは間違いないであろう。 

1918年は「第1次世界大戦」が終結した年であり、しかもその終結には「スペイン・インフルエンザ」の影響がすくなからずあったことが指摘されている。 

1918年冬の「前流行」(=第1波)と、「変異ウイルス」により毒性が増した1919年冬の「後流行」(=第2波)の違いなど、この大著から得られる所見は少なくない。なによりも軍隊組織から「集団感染」が始まり、免疫をもたない新兵がバタバタと倒れていったこと、軍艦内での「集団感染」なども、現代的観点からみても興味深い。 

いずれにせよ、100年前はウイルスの存在すら知られておらず(!)、病因が明らかになっていなかった以上、効果的な対応がとれなかったのは仕方がなかったのである。 

著者の推計によれば、スペイン・インフルエンザによる日本国内の死者は45.3万人外地の死者は28.7万人(*当時は大日本帝国であった)、合計74万人であった。帝国全体の人口の約1%に該当する。

世界全体では、2000万から4500万人程度の死者と推計されている。世界人口の1%と推定されているから、日本が特殊だったわけではない。 


■あわせて読むべき2冊

このように、さまざまな有用な知見が多く記された書籍だが、いかんせん、面白さという点では、この大著の前に出版された『大正デモクグラフィー-歴史人口学で見た狭間の時代』(速水融/小嶋美代子、文春新書、2004)のほうが、「スペイン・インフルエンザ」をその1章として「大正時代」全体に位置づけているため、時代背景を踏まえて把握しやすい。 

この本は、速水融氏をして『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』に結実する研究を書かしめた、大学院生の博士論文のテーマを指導するなかから生まれた副産物でもある。

 

また、この大著の後に出版された『<増補新版>強毒性新型インフルエンザの脅威』(岡田晴恵編、藤原書店、2009)に収録されている医療史の立川昭氏との対談は、ざっくりした記述と問題点の指摘がクリアになっていて理解しやすいかもしれない。
 (*ちなみに、編者の岡田晴恵氏は、すっかりタレント化してしまったあの人だ) 

というわけで、もしこの大著を読むのなら、あわせて3冊を読むべきであろう。 

著者の速水融氏は、惜しくも2019年12月に90歳でお亡くなりになっている。そのため、遺著となった『歴史人口学事始め-記録と記憶の90年』(速水融、ちくま新書、2020)には、2020年1月から始まった「新型コロナウイルス感染症」(COVID-19)にかんするコメントは記されていない。当然のことながらメディアでのコメントもないのは、まことにもって残念なことだとしか言いようがない。 



■物的損害のあるなしが記憶の差異を生む

「100年前のパンデミック」が世界的に忘れ去られてしまったが、日本ではとくにパンデミック終息から3年後に「関東大震災」が発生したことも、忘却の理由としては大きかったようだ。

関東大震災の死者は10.5万人であり、人的損害の点ではパンデミックのほうが74万人と7倍以上とはるかに大きかったにもかかわらず、「スペイン・インフルエンザ」においては物的損害がなかったからだ。 

そう考えると、今回の「新型コロナウイルス感染症」もまた、過ぎ去れば、あっという間に忘却されていくのであろう。

正直なところ、完全に終息するまで、まだまだ時間がかかるだろうが、映画『コンテイジョン』(2011年)で描かれているように、シナリオ的には先が見えてきたこともあり、正直なところ私もまたすでに関心を失いかけている。 

だが、先にも記したとおり、もともとウイルス学者は、2003年にに大流行した「SARS」(重症急性呼吸器症候群)に危機感をつのらせて、「新型インフルエンザ」に警告を発してきたのである。鳥インフルエンザが変異する恐怖が消えてなくなったわけではないのだ。

今回の「新型コロナウイルス感染症」が終息したあと、新型のパンデミックに襲われる可能性があると考えたほうが無難というべきであろう。 

おそらく、それは「100年後」というわけにはならないだろう。すでに「大地変動の時代」の時代に入った日本列島であるが、地震と火山噴火、その他もろもろの自然災害に加え、パンデミックに対する備えも、マインドセットとしてもって置かねばなるまい。 



 

目 次

序章 “忘れられた” 史上最悪のインフルエンザ 
第1章 スペイン・インフルエンザとウイルス
第2章 インフルエンザ発生-1918(大正7)年春―夏
第3章 変異した新型ウイルスの襲来-1918(大正7)年8月末以後
第4章 前流行-大正7(1918)年秋~大正8(1919)年春
第5章 後流行-大正8(1919)年暮~大正9(1920)年春
第6章 統計の語るインフルエンザの猖獗
第7章 インフルエンザと軍隊
第8章 国内における流行の諸相
第9章 外地における流行
総括・対策・教訓 総括
あとがき
資料 1 五味淵伊次郎の見聞記
資料 2 軍艦「矢矧」の日誌
新聞一覧
図表一覧


著者プロフィール
速水 融(はやみ あきら)
1929年10月22日~2019年12月4日没。日本の経済学者。国際日本文化研究センター名誉教授、慶應義塾大学名誉教授、麗澤大学名誉教授。経済学博士。歴史人口学、日本経済史専攻。文化勲章受章者。日本に歴史人口学を導入したことで知られる。また「勤勉革命」(industrious revolution)を唱え、世界における勤勉革命論のきっかけを作った。著書多数。(Wikipedia情報に加筆)


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2019年3月25日月曜日

書評『孤独な帝国 日本の1920年代  ポール・クローデル外交書簡 1921~27』(奈良道子訳、草思社文庫、2018)― フランスの国益のために働いていた駐日大使が本国に報告した大正時代の日本

   

『孤独な帝国 日本の1920年代-ポール・クローデル外交書簡1921~27』(ポール・クローデル、奈良道子訳、草思社文庫、2018)は、フランスの国益のために働いていた駐日フランス大使が本国に報告した「大正時代の日本」の記録である。

その当時から詩人で劇作家として有名であったクローデルだが、本職は外交官であった。本書は、1921年から1927年にかけて、本国での長期休暇をはさんだ足かけ7年間の日本滞在記録である。

この時期は、まさに「大正時代」にそっくりそのまま重なり合う。クローデルは、大正天皇の崩御(1926年12月25日)後の「大喪の礼」への参加を最後に、次の任地であるワシントンに向けて出発する。大喪の礼だけは、どうしても見届ける必要があると本国の了解を得ていた。クローデルは駐米大使として、今度は1929年の「世界大恐慌」をその震源地で体験することになる。歴史の証言者としてのクローデルに注目する必要がある。


(新任の駐米大使クローデル「TIME誌1927年3月21日号」 Wikipediaより)


1920年代の日本を、外国の外交官という外部の目でみる面白さが本書にある。それもたんなる旅行者の日記や旅行記ではない。外交官の日記でもない。外交官が、任地で本国の国益のために働いた記録である。当然のことながら、国益追求のために本国に提言した内容も含まれている。

だから、詩人クローデルの別の側面とった読み方も可能だろうが、文筆の才に恵まれた外交官クローデルの公式文書として読むことも可能である。むしろ、後者の読み方のほうが、得るものは多いだろう。私もそうだが、とくに詩人クローデルのファンではない人にとっては、そのほうが自然なアプローチである。

駐日大使として日本滞在中の、とくに大きな出来事であったのが1923年の関東大震災である。震源地は相模湾沖であり、地震の直接の被害は東京よりも横浜のほうが大きかったのである。東京は地震のあとに拡がった火災が死傷者発生の大きな理由であった。

駐日大使みずから横浜に救援に赴いており、その記述は現場からのものとしてじつに印象深い。横浜は、開国後の日本が最初に開いた国際貿易港の一つであり、フランスにとっては幕末以来、重要な拠点の一つであったからだ。

また、幕末以来といえば、日仏関係強化という観点からの、幕府の顧問として入っていたフランス人技術者たちにかんする記述もある。フランス人ヴェルニが設計と建設に携わった横須賀のドック(1871年完成)は、2010年代の現在でも現役として使用中だ!


(単行本カバーより)


クローデルが大使として赴任していた当時の日本は、第1次世界大戦による激変後とはいえ、まだまだ大英帝国が支配する世界であった。貿易関係では米国が最大で、文化面では世界大戦の敗戦国でありながドイツの影響が強いという状態。幕末と比べて、当時の日本ではフランスの影響力はきわめて小さなものでしかなかったことが本書を読むとよくわかる。

だからこそ、クローデルは日仏会館の開設に奔走し、日本におけるフランス文化の紹介、フランス語教育の拡充にもチカラを入れているのだ。いわばソフトパワー面からのイメージ向上策であり、極東におけるフランスの国益増進を図ろうとしたわけである。その意味では、きわめて職務に忠実な外交官であった。

1920年代は西欧列強による植民地支配の時代であり、日本からもっとも近いフランスの植民地は仏領インドシナ(ベトナム、ラオス、カンボジア)。クローデルは、日本と仏領インドシナとの貿易拡大のためにも奔走している。クローデルは経済分野が専門であり、鉄鋼製品の日本輸出や、世界大戦ではじめて実用化された軍用航空機の販促にもチカラを入れている。フランス売り込みのセールスマンでもあったわけだ。

クローデルがカトリック詩人であったことは有名だが、フランスの国益という観点から「パリ外国宣教会」のプレゼンスの弱体化を憂いている。日本のキリスト教再興は、フランスの宣教師によるものであったが、バチカンの方針で、九州の宣教区がイタリアのサレジオ会などに奪われつつあり(・・サレジオ会が日本での布教を開始したのは1920年代半ばから)、パリ外国宣教会は宣教区としての長崎を喪失する。こういう記述もまた、なかなか知る機会がないので興味深い。




クローデルには、朝日の中の黒い鳥』(1927年)という日本滞在から生まれたエッセイ集がある。このエッセイ集に登場する文章と、テーマとして重なる記事が、本書に収録された外交書簡にも登場する。ちなみに「黒い鳥」とはカラスのことだが、黒鳥(クロドリ)はクローデル(Claudel)と似た響きがあり、クローデル自身が気に入っていたのだという。


(帯にはイサベル・アジャーニ演じるカミーユ・クローデル)


クローデルといえば、ロダンの女弟子で愛人でもあった美貌の彫刻家カミーユ・クローデルを想起する人もいるだろう。狂女を演じさせたら天下一品のフランス女優イサベル・アジャーニが主演の映画『カミーユ・クローデル』の主人公だが、カミーユはポールの実の姉であった。


(16歳の弟ポールをモデルにしたカミーユの彫刻 Wikipediaより)


クローデルが外交官になったのも、日本赴任を希望していたからだ。ポール自身、姉の影響もあって日本への関心が芽生えたのだという。ロダンの日本趣味については言うまでもないだろう。

夢がすぐに実現することはなかったが、明治維新とおなじ1868年生まれのクローデルが駐日大使として日本に赴任したのは53歳の円熟期であり、50歳代全体を日本と密接な関係のもとに過ごしたことになる。これ以上の幸福はなかったのではないだろうか。しかも、日本赴任の前に中国には長く滞在しており、その経験が中国文明をとは異なる日本文明の独自性を理解する大きな土台になっていたと考えられる。

それにしても、日本語版のタイトルにある「孤独な帝国」はじつに絶妙なものがある。第1次世界大戦を連合国の一員として戦った日本だが、台頭する米国との軋轢が増大するなか、ワシントン条約によって日英同盟が廃棄され、日本はアングロサクソン世界から孤立し始めていた。国際情勢からみれば、日本が孤立を恐れ、不安にかられていた時代でもあるのだ。

大正時代とは、個人の権利が増大した大衆の時代であると同時に、明治時代後期にピークを迎えた健全なナショナリズムが斜陽化していった時代でもある。そんな時代の日本を知ることのできる得がたい記録として、またすぐれた資料として読む興味深い。

それにしても、日本語版の翻訳者は、翻訳者の域を越えて、じつに細かい点まで事実関係の検証作業を行っており、本書の資料的価値を大いに高めている。文庫版は600ページ近いが、最初から最後まで飽きることなく読み進めることのできる内容である。この時代の日本に関心のある人にとっては、得がたい記録といえよう。


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(2019年3月27日・31日 情報追加)


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2014年7月15日火曜日

書評『恋の華・白蓮事件』(永畑道子、文春文庫、1990)ー 大正時代を代表する事件の一つ「白蓮事件」の主人公・柳原白蓮を描いたノンフィクション作品


現在(=2014年上半期)放送中のNHKの連続テレビ小説 『花子とアン』は、少女文学の名作 『赤毛のアン』の翻訳者・村岡花子の生涯を描いたものだ。明治時代に生まれ、「先の大戦」を乗り越えて「戦後」まで生き抜いた一人の女性の物語である。

放送が開始されてしばらくたってから見始めたが、最初はミッションスクールで英語を学んだ一少女が、翻訳家として自分の道をみつけて生きていくストーリーだと思っていた。

ところがドラマが進展するとともに、主人公が通っていたカナダ系のミッションスクール東洋英和女学校に転入してきた同窓となったのが年上の柳原白蓮(1885~1967)。あの「白蓮事件」の白蓮(びゃくれん)か(!)、「大正三美人」の一人といわれていた白蓮もまた、東洋英和出身だったとは知らなかったな、と。

甲府の平民の娘と、出戻りとはいえ皇族とも縁続きの華族の令嬢とでは水と油のような存在だったが、その後、二人は「腹心の友」となる。しかもドラマが進展するにつれて、じつはこの二人はある意味では似た存在であることがわかってくる。文学者という共通点だけではなく、不倫の恋を貫いたという点においても似たものどうしだったということだ。

そんなとき、ずいぶん昔に新刊書として購入したまま読んでいなかった『恋の華・白蓮事件』(永畑道子、文春文庫、1990)を蔵書のなかに再発見して、この機会に読んでみることにした。女性史の分野ですぐれたノンフィクション作品を出していた永畑道子氏の作品である。

『華の乱』(文春文庫、1992)は読んでいたのだが、『恋の華・白蓮事件』のほうはなぜか読む機会を逸したまま、24年もの月日が流れてしまっていたのだ。だが、本には読むタイミングがある。それは、いまでしょ、というわけだ。

ドラマがいよいよ炭鉱王との結婚生活からの「脱出」に近づいたいま、『恋の華・白蓮事件』を一気読みしてみた。この本はじつに面白い! ドラマより実人生のほうが、はるかに波乱に富んだものだったことが、このノンフォクション作品を読むとわかるからだ。

(柳原白蓮 『恋の華・白蓮事件』の口絵写真より)

姦通罪が存在した時代、「不倫」相手の宮崎竜介は東大新人会のメンバーで吉野作造の民本主義や黎明会の影響下にあった人だけでなく、父は 『三十三年の夢』の著者で辛亥革命の孫文の盟友でった革命下の宮崎滔天(みやざき・とうてん)であった。

炭鉱王の伊藤伝右衛門は、富国強兵政策に不可欠な石炭採掘事業を裸一貫から大成功させた、さに立志伝中の人。

そして宮崎竜介とのあいだにもうけた息子の名付け親となったのが、大本教の出口王仁三郎であり、その子は特攻隊出撃の鹿屋基地で米軍の空爆で戦死してしまう・・・。

なんという波瀾万丈の生涯であることか。朝ドラでどこまで描かれるのかはわからないが、ある意味では、朝ドラの主人公の村岡花子を食ってしまうくらいの存在なのである。

本書の記述には、著者自身の個人的な回想も含まれるが(・・若き日の著者は、晩年の白蓮に熊本日々新聞の記者として会っているという)、白蓮サイドだけでなく、伊藤伝右衛門サイドにも徹底的な取材によってバランスのとれた記述を行っている。わたしのような男性読者としては、伊藤伝右衛門には、同情を禁じ得ないもの感じるのではないだろうか。

徹底的な事実探索によって白蓮を立体的に描き出した名ノンフィクション作品だが、著者自身のパッションもまた文字の向こうからにじみ出てきてくるのを感じる。

それは、著者である永畑氏にとって、博多と熊本に「地縁」があることも理由の一つであろう。母親の出身地が炭鉱王の博多であること、不倫相手となった宮崎竜介の父が熊本出身であることだ。熊本出身の女性史家・高群逸江(たかむれ・いつえ)に『火の国の女の日記?』という作品があるが、九州の人間は男も女も熱いようだ。

「大正生命主義」という文学史上のコンセプトもあるが、まさに大正時代は「生命」の時代であった。「生命」の時代とは、女の時代のことでもある。与謝野晶子の『みだれ髪』で和歌に目覚めた白蓮であるが、永畑氏が紹介している白蓮の歌は、不倫の恋が成就するまでものは与謝野晶子に匹敵するような印象を受ける。まさに「女歌」(おんなうた)である。

著者の永畑道子氏は調べてみたら、2012年に82歳でお亡くなりになっていたようだ。この本も、もともとの版元の新評論から独立したして藤原書房から2008年に復刊されているようだ。

書店の店頭には、むしろ村岡花子の出身地にも近い山梨県山梨市出身の作家・林真理子氏の『白蓮れんれん』(集英社文庫、2005)という小説作品が平積みになっているが、ドラマの背後にあるリアルな世界は文学作品ではなくノンフィクションとして知りたいという人には、永畑氏の作品がいいのではないだろうか。

ぜひ著者にとっても初のノンフィクション作品となった『恋の華・白蓮事件』をおすすめしたい。


<付記>

ドラマの影響で柳原白蓮に対する関心が急上昇中だという。文藝春秋社もこの機会に装幀をあらたなものに変更して、文春文庫版の『恋の華・白蓮事件』の重版に踏み切ったようだ。電子書籍版もあるとのこと。ご参考まで (2014年8月6日 記す)



<関連サイト>

NHK連続ドラマ小説『花子とアン』 公式サイト

『新編 近代美人伝(下)』(長谷川時雨、岩波文庫、1985)より「柳原燁子(やなぎはら・あきこ)」(青空文庫)


伊藤伝右衛門が出版のために600円(・・当時の金額)を渡して出版にこぎつけたという白蓮の処女歌集 『踏繪』(ふみえ)も2008年に復刻されているようだ。表紙のデザインは竹久夢二によるものである。



<ブログ内関連記事>

NHK朝ドラ『花子とアン』関連

書評 『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』(豊田正義、講談社、2008)-「芸能界」と「霊能界」、そして法華経
・・NHKの朝ドラの2014年度上半期の『花子とアン』でナレーションをつとめる美輪明宏は長崎出身の九州人

NHK連続ドラマ小説 『花子とアン』 のモデル村岡花子もまた「英語で身を立てた女性」のロールモデル

宮崎滔天の 『支那革命軍談』 (1912年刊)に描かれた孫文と黄興の出会い-映画 『1911』 をさらに面白く見るために
・・宮崎滔天は白蓮の不倫相手の宮崎竜介の父親であった

書評 『ミッション・スクール-あこがれの園-』(佐藤八寿子、中公新書、2006)-キリスト教的なるものに憧れる日本人の心性とミッションスクールのイメージ


「近代日本」という時代と実業家・革命家

書評 『大倉喜八郎の豪快なる生涯 』(砂川幸雄、草思社文庫、2012)-渋沢栄一の盟友であった明治時代の大実業家を悪しき左翼史観から解放する

特別展「孫文と日本の友人たち-革命を支援した梅屋庄吉たち-」にいってきた-日活の創業者の一人でもあった実業家・梅屋庄吉の「陰徳」を知るべし

『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』 (読売新聞西部本社編、海鳥社、2001) で、オルタナティブな日本近現代史を知るべし!
・・福岡の風土を知る

夢野久作の傑作伝記集『近世怪人伝』(1935年)に登場する奈良原到(ならはら・いたる)と聖書の話がめっぽう面白い
・・福岡の風土を知る

書評 『日本の血脈』(石井妙子、文春文庫、2013)-「血脈」には明治維新以来の日本近代史が凝縮
・・白蓮の人生もまた維新の勝ち組と負け組が交差するところにあった


「大正三美人」と大正時代

「無憂」という事-バンコクの「アソーク」という駅名からインドと仏教を「引き出し」てみる
・・白蓮をふくめて「大正三美人」といわれた九條武子について取り上げている。『九條武子-歌集と無憂華』』という本がある。白蓮と武子は歌人としてお互い面識があった

歌人・九條武子による「聖夜」という七五調の「(大乗)仏教讃歌」を知ってますか?

マンガ 『はいからさんが通る』(大和和紀、講談社、1975~1977年)を一気読み ・・大正ロマン! ただしモデルの跡見女学園はミッショスクールではない。『花子とアン』は明治時代末期のカナダ系ミッションスクール東洋英和

映画 「百合子、ダスヴィダーニヤ」(ユーロスペース)をみてきた-ロシア文学者・湯浅芳子という生き方
・・大正時代はまた民本主義とロシア革命の時代でもあった

(2015年1月4日、2016年7月27日 情報追加)

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