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2026年7月28日火曜日

『VIVANT』シーズン1 の全10話(2023年)を2日かけて、amazon prime でぶっ続けで視聴。このドラマは日本のTVドラマにしてはめずらしくスケールの大きいエンタメ作品

 

話題になっていたものの、リアルタイムでは見ていなかった『VIVANT』シーズン1 の全10話(2023年)を2日かけて、amazon prime でぶっ続けで視聴。 

すでに「シーズン2」が2026年7月26日(日)から「第11話」として始まっていることもあり、まずは「シーズン1」を見ておかないと話の展開がわからなくなってしまうからね。

おそらくアフガニスタンなど、紛争の多い中央アジアのさまざまな国をイメージして合成したのであろう、中央アジアに位置する架空の「バルカ共和国」を舞台にした、国際アクションスリラーのインテリジェンスもの。日本のTVドラマにしてはじつにめずらしい設定だ。
 
バルカ共和国は、モンゴルとロシア、中国に国境を接しているという設定。ロケの大半はモンゴルだが、たいへんすばらしい。日本のTVドラマにしては、えらくカネかけてチカラの入った作品だな、と。 

モンゴルの俳優も主要な登場人物でキャスティングされ好感がもてる。セリフもかなりの部分がモンゴル語で日本語字幕、現地関連の文字表記はモンゴルで使用されているキリル文字。ディテールもなかなか凝っている。




VIVANT(ヴィヴァン)というのは、フランス語ではなく、日本語の「別班」(べっぱん)のことだ。自衛隊出身者によって構成される、ヒューミントを中心とした超法規的なインテリジェンス組織のことだとされる。国会質疑でも取り上げられたが、日本政府はその存在を公式に否定している。 


身分を擬装した自衛隊員が、国際諜報の世界で活動してきたことを、陸軍中野学校以来の「負の遺産」だとして、著者が知り得た情報をまとめあげたレポートだ。このドラマにはこの本にインスパイアされて制作されたようだ。ドラマに原作はない。まったくのオリジナル作品である。


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このドラマは、警察の公式組織である「公安」と、自衛隊の非公式組織である「別班」との対立と協調をベースにしているわけだが、そもそも「別班」は存在そのものが否定されている秘密組織である。

いや、だからこそ、フィクションとして描ける余地も大きいのだ。 このドラマはあくまでもフィクションであり、エンタメ作品として純粋に楽しむべきだ。近松門左衛門の表現だが「虚実皮膜」というではないか。

とはいうものの、砂漠でのアドベンチャーを体験しているのだが、準主演の阿部寛が無精髭のヒゲづらなのに対して、主演の堺雅人がきれいに顔が剃られていている不思議さ。日本人が大好きなセンチメンタルな要素が強すぎること。バルカ側の人物たちを演じる日本人俳優たちの日本語があまりにもなめらか過ぎる、などなど。ちょっと興ざめな感もするのだが・・・

欠点が皆無ではないが、全編を通してアドベンチャーものとして、アクションものとして、最後まで飽きることなく視聴できた。きわめて面白い作品であった。



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PS シーズン2の第2話は舞台がバルカだけでなくキプロスかと思っていたら、プノンペンとシハヌークヴィル経由でバンコクか。勝手知ったる場所での舞台展開は興味をそそるな。(2026年8月4日 記す)


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・・「石光真清とは何をした人か? 一言で言えば、民間人の写真屋に偽装して対露スパイ活動をおこなっていたインテリジェンス・オフィサーである」

・・日露戦争ではみずから志願して軍事探偵(=スパイ)として活躍したとされる中村天風








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2023年10月9日月曜日

書評『プロパガンダ戦史』(池田徳眞、中公文庫、2015 初版1981年)ー 戦時の宣伝工作であるプロパガンダは英国に生まれソ連に継承された



『プロパガンダ戦史』(池田徳眞、中公文庫、2015)を読むと、プロパガンダは第一次世界大戦の英国から始まり、ソ連を中心とする共産圏へと継承されていったことがわかる。

初版は1981年に出版された中公新書だが、ながらく入手不能となっていた。ようやく2015年に文庫化されて入手が容易になった。

それ以後、先駆的な取り組みを行った「日本人による、日本人のためのプロパガンダ入門」として、古典としての位置づけを与えられたわけである。

著者の池田徳眞(いけだ・のりざね)氏は、第2次大戦中には外務省ラジオ室で諸外国の短波放送を傍受する仕事を統括し、陸軍参謀本部駿河台分室で英米の捕虜を使った対敵謀略放送「日の丸アワー」を指導した人物である。

まさに生き字引というべき存在であるわけだ。

5年前に読んだがブログにアップし損ねていた。あらためて今回書いてみることにする。



■近代のプロパガンダは英国生まれ

冒頭に著者が参考にした英国のプロパガンダの原典ともいうべき『クルーハウスの秘密』からの引用が記されている。

宣伝とは、他人に影響をあたえるように物事を陳述することである

「対敵宣伝の3冊」として著者が紹介する本の3番目のものである。第1次世界大戦における宣伝本部「クルーハウス」の活動を、その責任者が大戦後の1920年に公表したものだという。この本については「第3章 対敵宣伝の教科書」でくわしく解説されている。

このように、対敵宣伝を意味するプロパガンダは英国で生まれ、英国で発達したものである。

さすが、エリザベス1世女王の寵臣であった17世紀のウォルシンガム卿が元祖スパイマスターとされる英国である。近代的な意味におけるプロパガンダが第1次世界大戦時の英国で生まれたのは、当然というべきかもしれない。

著者があげている『是でも武士か』は、第1次世界大戦時に日本人向けに出版されたプロパガンダ本である。「イギリスの秘密宣伝本部が日本を狙って撃ち込んできた、恐るべき宣伝弾丸である」と著者はいう。

大戦中の1916年に丸善から出版されたこの本は、その目的は「日本人のもつ親ドイツ感情を叩きつぶ」すことにあった。著者は「戦時の残虐宣伝の不朽の名著である」とする。3万5千部も売れたというから驚くべきことだ。

実際に、第1次大戦時の日本はドイツの租借地であった青島(チンタオ)を攻略、一般庶民にいたるまで反ドイツ感情が高まっている英国のプロパガンダは大成功を収めたわけである。ちなみにこのプロパガンダ本の翻訳者は柳田國男だという。柳田の知られざる側面を見るような気がする。

「宣伝者は質問を出し、結論は相手に考えさせる、という原理をよく守っている」と著者は指摘している。「宣伝とは質問である」と。

ヒトラーが英国を礼賛していたことは、『わが闘争』を読むとよくわかる。わたしは数年前にはじめて通読して、それをつよく感じた。第1次大戦における英国の対外宣伝を知り、英国をリスペクトしていたヒトラーは、ほんとうは英国とは戦争したくなかったのだ。



■プロパガンダには国民性が反映される

「第4章 各国の戦時宣伝態度」では、先進各国のプロパガンダの特性が分類されていて興味深い。

「ドイツは論理派」「フランスは平時派」「アメリカは報道派」「イギリスは謀略派」「ソ連はイギリスの亜流」とある。

おなじ英語圏といっても、本家本元の英国とくらべると、米国は英国の極意を学んでいないのが不思議だという。どうやらある種の「国民性」の違いがクセとして現れているようだ。

よく調べてみると、イギリスは第1次大戦でも第2次大戦でも、初めから敵の崩壊過程を頭に描いていて、その線に沿って宣伝をしている。(・・・中略・・・)イギリス人の宣伝態度を煮詰めていくと、イギリスは「謀略派」ということになる。

近代的なプロパガンダは第1次世界大戦の英国から始まり、ソ連を中心とする共産圏へと継承されていったわけである。

第1次世界大戦中に起こった「ロシア革命」で生まれたソ連体制が、共産主義の宣伝を行ってきたわけだが、ソ連については、著者は「プロパガンダが上手かというと、そうでもない」という。

その理由は、英国から学んだにもかかわらず、英国が得意とする臨機応変さを欠いており、「イギリスの宣伝者には、次にどんな手を打ってくるかわからないという気味悪さがある」が、ソ連のそれにはないからだ、と。

2020年代に生きているわれわれは、ロシアによる「情報工作」にさらされているわけだが、1981年が初版の本書で指摘された点が、現在のロシアにどこまであてはまるのか、よくよく考えてみる必要がありそうだ。

もちろん、歴史的な発展プロセスを踏まえた比較検討が必要なことはいうまでもない。



■プロパガンダは日々進化している

「戦時における宣伝工作」について扱った内容だが、もちろん戦時以外の平時でも応用可能である。プロパガンダをつくる側の手の内を知っていれば、容易にだまされるはずはない

とはいえ、プロパガンダの原型は変わらないとしても、手を変え品を変えあらたなものが投入されつづけている。

人をだますのはよくないとしても、すくなくとも自分がダマされないという心構えをもつことは現代社会に生きるうえで不可欠である。

いかにダマされないか、いかにダマされた振りをしているか、これまた日々の精進が必要であるな、と。


(画像をクリック!



目 次 
第1章 外務省のラジオ室 
 ロンダヴァレーへの旅
 ラジオ室の大活躍
 敝之館(へいしかん)の人びと
 アメリカ国内放送の傍受
 対敵宣伝の3冊の名著
第2章 第一次世界大戦の対敵宣伝
 初期のプロパガンダ
 フランスのプロパガンダ
 ドイツのプロパガンダ
 イギリスのプロパガンダ
第3章 対敵宣伝の教科書
 『武器に依らざる世界大戦』
 『是でも武士か』
 『クルーハウスの秘密』 
 『対敵宣伝放送の原理』のヒント
第4章 各国の戦時宣伝態度
 ドイツは論理派
 フランスは平時派
 アメリカは報道派
 イギリスは謀略派
 ソ連はイギリスの亜流
 対敵宣伝の適格者 
第5章 第二次世界大戦の対敵宣伝
 各国の放送宣伝戦
 ドイツ映画『オーム・クリューガー』 
 アメリカ作の日本語新聞と伝単
 平時の激烈な宣伝戦
 ヨーロッパ破壊株式会社
付録 『対敵宣伝放送の原理』 
参考書
あとがき
解説(佐藤優)

著者プロフィール
池田徳眞(いけだ・のりざね)
1904(明治37)東京に生まれる。徳川十五代将軍徳川慶喜の孫にあたり、旧鳥取藩主池田氏第十五代当主。東京帝国大学文学部を卒業した後、オックスフォード大学に留学、旧約聖書を研究。帰国後、外務省、陸軍参謀本部、日本赤十字社等に勤務。外務省ラジオ室では諸外国の短波放送を傍受する仕事を統括し、陸軍参謀本部駿河台分室では、英米の捕虜を使った対敵謀略放送を指導した。1993年(平成5)没。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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書評 『紳士の国のインテリジェンス』(川成洋、集英社新書、2007)-英国の情報機関の創設から戦後までを人物中心に描いた好読み物

書評『国際メディア情報戦』(高木 徹、講談社現代新書、2014)-「現代の総力戦」は「情報発信力」で自らの倫理的優位性を世界に納得させることにある

書評『陰謀史観』(秦 郁彦、新潮新書、2012)- 日本近現代史にはびこる「陰謀史観」をプロの歴史家が徹底解剖

書評『ことばを鍛えるイギリスの学校-国語教育で何ができるか-』(山本麻子、岩波書店、2003)-アウトプット重視の英国の教育観とは?

書評『諜報国家ロシア ー ソ連 KGB からプーチンの FSB 体制まで』(保坂三四郎、中公新書、2023)ー ソ連から始まる「諜報機関」の本質を知らずに現在のロシアの体制を理解することはできない


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2021年6月20日日曜日

書評『復活! 日英同盟 インド太平洋時代の幕開け』(秋元千明、CCCメディアハウス、2021)-英国の動きを注視せよ! 世界情勢は確実に動いている

 

英国海軍史上で最大となる空母クイーン・エリザベスが、去る2021年5月22日に母港のポーツマス港を出港した。スエズ運河を越えてインド・太平洋海域に向かうことになる。 

インド・太平洋海域に「常駐」することになる航空母艦を中核にした空母打撃軍は、総員3000人規模の大所帯である。今年2021年の夏には、日本に寄港することになっている。多国籍による合同軍事演習も計画されているという。 

ついに英国が動き出したのだEUのくびきを離れて、英国は独自の動きを開始する。空母の派遣は、英国の国家意志の「見える化」である。 

だが、この動きはけっして「ブレクジット」(=EU離脱)によってもたらされたのではない。覇権国としての米国のパワーが弱まりつつある現状を踏まえて、それ以前から「グローバル・ブリテン構想」のもと、着々と準備を進めてきたのである。 

この一連の英国の動きを理解するためには、『復活! 日英同盟 インド太平洋時代の幕開け』(秋元千明、CCCメディアハウス、2021)を読むといい。英国のシンクタンク王立防衛安全保障研究所(RUSI)の日本特別代表の著者が、過不足なく簡潔に解き明かしてくれる。  

「日英同盟」復活に向けた動きが、いま進行しているのである。 

米国の横やりによって1923年に破棄させられた「日英同盟」は、最終的に1941年に日本を英米との戦争に導く結果となった。 

だが、現在においては、英国も日本もそれぞれ別個に米国とは強固な同盟関係を維持している。この背景があってこそ、日英は再び関係を強化しつつあるのだ。日英関係の強化は、日英それぞれの米国との同盟関係を補完することになる。 

英国の動きの背景と、日本の動きの背景はそれぞれ異なるが、地政学的にみたユーラシア大陸の両端に位置する「海洋国家」としての利害関係は一致している。これは、北極海を中心に地球儀を俯瞰してみれば、すぐにでもわかることだ。 

世界情勢は、1904年の日露戦争前夜と似てきたのである。だが、2020年現在は、ロシアに加えて中国がそこに登場してきた。いや、正確にいえば、ロシアの弱体化と入れ替わりに中国が台頭してきたというべきだろう。その中ロが事実上の軍事同盟関係として安全保障上の脅威ちなってきた。

「大陸国家」の海洋進出がもたらす脅威への対応がいまふたたび喫緊の課題となってきたのだ。 

そして、実質的に復活しつつある「新・日英同盟」の先にあるのは、「日米英三国同盟」である。 日米同盟、英米同盟、そしてインド太平洋海域を東西南北でつなぐ「日米印豪のクアッド」(Quad: Quadrilateral Security Dialogue、その他さまざな形のアライアンスは、自由意志によるコアリションとして機能していくことになる。

EUからはインド太平洋地域に大きな利害を有するフランスを先頭に、主に経済の観点からコミットしているドイツもまた、この動きに参加すべく動き出している。 

世界情勢は確実に動いているのである。米国だけを見ていてはダメなのだ。英国の動きに大いに注目しなくてはならないのである。



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目 次 
序章 
第1章 同盟の段階へ 
第2章 グローバル・ブリテン 
第3章 インド・太平洋へ 
第4章 なぜ、新・日英同盟なのか 
第5章 軍事同盟からの決別 
第6章 動き出す新・日英同盟 
第7章 英空母来航と日本 
おわりに 
参考文献・資料 

著者プロフィール
秋元千明(あきもと・ちあき)
英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)日本特別代表。 早稲田大学卒業後、NHK 入局。30 年以上にわたり、軍事・安全保障専門の国際記者、解説委員を務める。東西軍備管理問題、湾岸戦争、ユーゴスラビア紛争、北朝鮮核問題、同時多発テロ、イラク戦争など、豊富な取材経験を持つ。一方、RUSI では1992 年に客員研究員として在籍した後、2009 年、日本人として初めてアソシエイト・フェローに指名された。2012 年、RUSI Japan の設立に伴い、NHKを退職、所長に就任。2019年、RUSI日本特別代表に就任。日英の安全保障コミュニティーに幅広い人脈があり、両国の専門家に交流の場を提供している。大阪大学大学院招聘教授、拓殖大学大学院非常勤講師を兼任する。著書に『戦略の地政学』(ウェッジ)等がある。


<関連サイト>

英国は日本を最も重視し、「新・日英同盟」構築へ-始動するグローバル・ブリテン(秋元千明 英国王立防衛安全保障研究所〔RUSI〕日本特別代表、Newsweek日本版、2021年3月16日)

「新・日英同盟」の始まりを告げる英空母「クイーン・エリザベス」来航が残した宿題(秋元千明 英国王立防衛安全保障研究所〔RUSI〕日本特別代表、Newsweek日本版、2021年9月21日)

(項目新設 2021年9月22日)


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2021年4月29日木曜日

書評『プーチンの世界-「皇帝」になった工作員』(フィオナ・ヒル/クリフォード・ガディ、畔蒜泰助監修、濱野大道/千葉敏生訳、新潮社、2016)-これぞプーチン分析の定番の基本書

 

友人のロシア経済専門家から読むように強く薦められてから3年。単なるレファンレンス書としてしておこうかと思ってもいたが、腰を据えて読むことにしたのである。

小さな活字の二段組みで500ページ超の単行本は、日本語訳でも読むのに骨が折れる。だが、その骨折りに値する内容だと確信できた。 

(原書2015年改訂増補版)

原題は、Mr. Putin: Operative in the Kremlin (Geopolitics in the 21st Century) by Fiona Hill and Clifford G Gaddy, 2015。日本語訳は、原本2012年の改訂増補版(2015年)の翻訳。 


■なぜ米国人による本書が基本書となるのか?

読む前まで、なぜ「プーチン分析の決定版」がロシア人によるものではなく、米国人研究者によるものか?という疑問を抱いていた。 

だが、読み進めていくうちにわかってきたのは、好き嫌いや良い悪いといった価値観ではなく、忖度なしで虚心坦懐に事実ベースで分析する姿勢こそ重要だということだ。この目的からいえば、ロシア人によるものにはバイアスが多すぎるということになるのであろう。

著者の2人は、民主党系のシンクタンクであるブルッキングス研究所(The Brookings Institution)に在籍する現代ロシアを専門とする研究者である。実像を把握しにくいプーチンのような人物には、インテリジェンス的な分析が最適のアプローチであることがわかる。 

断片的な情報や状況証拠から全体像を再現する手法は、ビジネスパーソンとしても大いに見習うべきものがある。 


■プーチンは「6つのペルソナ」 が複合した複雑な人物

さて、著者たちは、プーチンを複雑な人物であるという前提で分析を行う。

プーチンが表舞台に登場してから最初の大統領の任期を終えた2008年までをベースに要素分析を行っている。分析の切り口として「6つのペルソナ」を抽出し、この6つのペルソナ複合してできあがっている人物だとする。 

① 国家主義者 
② 歴史家 
③ サバイバリスト(=サバイバルを至上命題とする人物) 
④ アウトサイダー 
⑤ 自由経済主義者 
⑥ ケースオフィサー(=諜報員) 

いっけん相矛盾しながらも、これらの要素が生身の人間のなかで融合し、ときに応じてその一部が前面に出てくる。そう理解すると、プーチンを把握できるようになるのだ、と。 

なによりも主権国家としてのロシアのサバイバルがミッションのため、たとえ民権を制限しても国家の存続が優先されるべきだとする「国家主義者」であり。

そしてまた本人も、サバイバルを至上命題とする「サバイバリスト」である。「サバイバリスト」は、結果として生き残った「サバイバー」とは異なる概念だ。

多民族・多宗教国家のロシアはとかく遠心力が働きがちであり、「国民統合」を図るために、使える事例を恣意的にロシア史のなかから引っ張り出してくる「歴史家」である。かなりの読書家であり、とくに歴史関係の本をよく読んでいるらしいとのことだ。

モスクワに対してサンクトペテルブルク出身であり、KGBでも主流ではなく傍流、その他さまざまな意味でインサイダーでありながらも距離を置く「アウトサイダー」であった。

KGB将校としての「ケースオフィサー」としての職業訓練が第二の天性となっており、国内外で工作員として情報を引き出し、思うように人を動かす術を身につけている。相手の弱みを握って脅すという手法である。そのためなによりも情報を重視する。

共産党護持のためのKGB出身であっったが、ソ連崩壊を招いたのは共産主義にもとづく非効率的な経済運営であったとして、社会主義的計画経済は全否定する「自由主義経済主義者」である。この点はきわめて重要だろう。

これらの要素分析を踏まえて一言でまとめれば、目的達成のためには手段にはこだわない「現実主義者」だということになろう。イデオロギーで動く人間ではない。


■「自由経済主義者」としてのプーチンの基盤 

本書の記述で興味深いのは、情報機関KGBがソ連のなかではもっとも経済を重視した組織であったということだ。これが「自由経済主義者」としてのプーチンの基盤にある。 

のちにソ連共産党書記長となったアンドロポフが KGB長官時代に改革路線を実行1975年に「プーチンの世代」の人間が採用されたこと、レニングラード大学法学部卒業のプーチンKGB 職員時代採用後の1984年にKGBの教育機関「赤旗大学」の1年コースに参加、米国の経営学書『Strategic Planning and Policy』(1978年)のロシア語訳をつうじて「戦略思考」を学んでいると推測されることである(*)。 

(*)同書の日本語訳はない。タイトルをあえて訳せば『戦略計画と政策』となる。「計画経済」における「計画」と、自由主義経済における「戦略計画」の違いに留意。同書のロシア語訳は著者である William R. King と David I. Cleland 両氏に無断で行われたものと考えられる。なお、プーチンの博士論文でも無断引用されているようだ。


また、東ドイツのドレスデン駐在(1985~1990年)にベルリンの壁崩壊を経験し、末期状態のソ連に帰国したプーチンは、ペレストロイカ時代のソ連を知らないのである。この事実はきわめて重要だ。 

さらに、工作員としてドイツ語に堪能なプーチンだが、英語での直接コミュニケーションはできないという。この事実もまた重要だ。プーチンの直接的な西欧認識は英語と英米人を介したものではなく、ドイツ語とドイツ人を介してのものだということになる。 

ドイツから帰国後、KGB職員のままサンクトペテルブルク副市長として担当していたのは、外資誘致の許認可事業であった。こうしたキャリアをつうじて経済通となったのである。 


■「株式会社ロシアのCEO」として国家を統治するスタイル 

そんなプーチンが2000年に大統領に就任してから確立したのが、「株式会社ロシアのCEO」として国家を統治するスタイルである。この切り口がそのネーミングも含めて、ビジネスパーソンである私には興味深い。 

「主権国家」としてのロシアの生き残りとミッションとし、そのため「戦略」として主要産業のエネルギー産業(石油とガス)をコントロールして財政安定を実現する。

多民族国家で他宗教国家としてのロシアの国家統一を維持するため、「愛国主義」を求心力として活用し国民統合に注力する。 

そのために能力が高く、かつ忠誠心が高い少数の人物を信頼して任せる。その他の分野でも、少数のお気に入りの人間を信頼して任せ、要所要所を管理してグリップするスタイルである。 


(本書の中文版 英語版や日本語版とのイメージの違いが興味深い)

もちろん状況の変化に応じて、プーチン自身が前面に出て手動操作的に「戦術」面での微調整を行う国民の前に直接姿を現し、さまざまなパフォーマンスを行い対話するパフォーマンスを重視するのもそのためだ。これは企業経営のスタイルとよく似ている。 

いったん主要なポジションについた人間は、よほどのことがない限り、簡単にクビを切ったりはしない。逆にいえば、簡単に足抜けできない仕組みでもある。

きわめて属人性の強い仕組みであり、エリート層は利益を共有する運命共同体となる。 IMFショックの頃はやった表現をつかえば「クローニー・キャピタリズム」ともいうことになろう。

この仕組みで国家を運営することは、効率的で効果的だが、属人性が強いので制度的な脆弱性が存在する。いわゆる「余人をもって代えがたい」状況は、癒着を生み出す原因となるだけでなく、経営トップになにかあった場合は大きなリスク要因ともなりうる。 

企業経営においては株主によるチェックというガバナンスが働くが、大統領選挙という機会しかステークホールダーである国民によるチェックが働かない現在のロシアの制度には、欠陥があることは言うまでもない。 国家の運営は、企業の経営とはイコールではないのだ。もちろん、制度としての民主主義のない中国共産党よはマシであるが。

はたして、この仕組みがいつまで維持できるのか? もし維持できなくなったときプーチンは、そしてロシアはどうなるのか? ・・


500ページ超の内容を一言で要約するのはきわめて難しいが、急がば回れである。きわめて有用な内容が満載の書籍である。 現代ロシアの現在と行く末に関心のある人には、読むことを推奨したい。 


PS 共著者の1人のフィオナ・ヒル氏について

英国生まれで現在は米国籍。現代ロシア研究が専門で歴史学で博士号を取得、本書の出版後、米国家安全保障会議(NSC)元上級部長(ロシア・欧州担当)であった。

(プーチンの右隣が著者の1人であるフィオーナ・ヒル博士)

2019年には、トランプ前大統領の弾劾調査にかんして、米国議会で証人喚問に応じている。 いわゆる「リベラル・ホーク」として、プーチンのロシアには批判的だ。




目 次 

日本語版に寄せて フィオナ・ヒル/クリフォード・ガディ
第Ⅰ部 工作員、現わる 
 第1章 プーチンとは何者なのか? 
 第2章 ボリス・エリツィンと動乱時代 
 第3章 国家主義者 
 第4章 歴史家
 第5章 サバイバリスト
 第6章 アウトサイダー
 第7章 自由経済主義者
 第8章 ケース・オフィサー
 第9章 システム 
 補記 プーチンと博士号 
第Ⅱ部 工作員、始動
 第1章 ステークホルダーたちの反乱
 第2章 プーチンの世界
 第3章 プーチンの「アメリカ教育」
 第4章 ロシア、復活
 第5章 国外の工作員
 エピローグ 工作員の活動は続く 
謝辞
解説-『戦略家プーチンとどう向き合うか』(
ウラージミル・プーチン関連年表
注釈(抜粋)*詳細版なものは下記サイトにあるhttps://www.shinchosha.co.jp/images_v2/free_details/book/507011/Mr_Putin.pdf
参考文献・写真提供
索引


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・・「1960年にレニングラード音楽院(ソ連崩壊後の現在はサンクトペテルブルク音楽院)に留学していた17歳からの3年間の記録(・・中略・・)実際のソ連の現実はといえば、欠乏していたのは自由だけでなく、また物資も慢性的に欠乏していた。あこがれが実現したレニングラードの留学生活であったが、なかなか大変であったようだ」 
⇒ 前橋汀子氏は、1952年生まれで、レニングラードで育ったプーチンと同時代体験している。前橋氏のほうが9歳年上ということになる

・・この本の内容は『プーチンの世界』に多く負っている

・・ソ連(ロシア)と張り合ってきた英国情報部MI6


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