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2020年5月4日月曜日

『法然の衝撃-日本仏教のラディカル』(阿満利麿、人文書院、1989)は、タイトル負けしていない名著。現在でもインパクトある内容だ


『法然の衝撃-日本仏教のラディカル』(阿満利麿、人文書院、1989)という本を取り上げたい。すでに30年も前の出版だが、タイトル負けしていない名著といっていいだろう。なぜいまこの本を取り上げるのか、まずはその背景となる理由を簡単に記しておく。

***

FBで「7日間ブックカバーチャレンジ」というチェーンメールのようなものが行われている。4月後半から続いている。

新型コロナウイルスのパンデミックによる「緊急事態宣言」の最中、自宅にステイすることを余儀なくされている人たちが多いなか、少しでも読書文化の向上に貢献しようという取り組みのようだ。趣旨そのものはともなく、あるテーマに関連して7冊をセレクトするという行為には意味があるので、その試みに乗っかってみることにした。

最初は、引きこもり(stay-at-home)関連で4冊セレクトしたが、4月25日早朝に父が臨終に近いという緊急連絡を受け取ってから、病院に直行、臨終には間に合わなかったが、葬儀一式にかかわるためバタバタしていた。初七日までは喪に服すと決めて、FBへの投稿をいっさい行わず、5冊目からの再開は、4冊目の後の5冊目だから「四五」すなわち「死後」と定めて、その関連の本を取り上げることにしたのである。

5冊目は、『唯葬論-なぜ人間は死者を想うのか-』(一条真也、サンガ文庫、2017)。この本は、葬儀一式にかかわった機会にはじめて読んだ本。この本については、内容をふくらませた上で、のちほどブログにアップすることにする。

6冊目に選んだのは今回紹介する、『法然の衝撃-日本仏教のラディカル』(阿満利麿、人文書院、1989)。亡くなった父が浄土宗であり、その関連から自分自身も浄土宗について知る必要を強く感じていたので、かつて2回ほど集中的に読み込んだ時期がある。いまからもう四半世紀も前に読んで、強い印象を受けた本が、この1冊だ。

以下、FBに投稿して、内容を紹介した一文をそのまま再録しておこう。

***

法然なくして親鸞なし!

日本仏教の二大勢力は親鸞を宗祖とする浄土真宗と、日蓮を宗祖とする日蓮宗だが、その親鸞は法然の弟子であり、法然の「革命性」を認識しなければ、いわゆる「鎌倉新仏教」を理解できないことを示した内容。

法然とその後継者である親鸞、法然と徹底的に対決した日蓮。南無阿弥陀仏という「六字の名号」で成仏できるとした革命性阿弥陀仏にのみ帰依するという、ほとんど一神教に近い性格。戦国時代末期の一向一揆の原動力がこれだ。

私自身は、特定の教団や教派に属すつもりはないが、もともと浄土系の家に育っているので、浄土宗や浄土真教とは何か、という問いには強い関心がある。

浄土系の仏教は、生きるチカラが湧いてくるという類いの教えではないが(と自分は思っているが)、安心して死ぬ、安心して死者を送るためには、ほんとにすぐれた教えであり、体系であると、今回あらためて確信した。

阿満利麿氏は、経歴によれば元NHKディレクターの宗教学者。阿満氏の著書は、かなり読んだが、この本が一番だと思う。それだけ内容が濃く、タイトル負けしていないインパクトの強い本なのだ。

***

旧著紹介ということで、ここで取り上げた次第。





<ブログ内関連記事>

「法然と親鸞 ゆかりの名宝-法然上人八百回忌・親鸞聖人七百五十回忌 特別展」 にいってきた

『選択の人 法然上人』(横山まさみち=漫画、阿川文正=監修、浄土宗出版、1998)を読んでみた

「法然セミナー2011 苦楽共生」 に参加してきた-法然上人の精神はいったいどこへ?

善光寺御開帳 2009 体験記

葬儀は究極のサービス業である(2020年5月2日)-4月25日に永眠した父の葬儀一式にかかわって思うこと

書評 『唯葬論ーなぜ人間は死者を想うのか-』(一条真也、サンガ文庫、2017)-「なぜ生者は死者を弔うのか?」という問いを全18章で論じ尽くした渾身の一冊



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(2021年10月22日発売の拙著です)

 
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2020年5月2日土曜日

葬儀は究極のサービス業である(2020年5月2日)-4月25日に永眠した父の葬儀一式にかかわって思うこと


■【謹告】

去る2020年4月25日(土曜日)早朝、父が永眠いたしました。5月3日の誕生日を目前に控えての旅立ちでした。享年83。外出自粛が要請される時節柄、家族葬で浄土への旅立ちを見送りました。初七日が終わったいま、ここにご報告いたします。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。合掌。

「願わくば 光となりて 世をば照らさん」


■葬儀は究極のサービス業

父親が亡くなって、葬儀の一式にかかわることになったわけだが、いろいろ思うことがあったので、この機会に記しておきたいと思う。内容が内容だけに、関心のない人は無視してください。

***

まずは、やはり葬儀は絶対に重要だということ。冠婚葬祭はすべて人生の節目にかかわるものだが、生まれてきたものは、すべて死ぬ。これは宿命であって、宇宙の法則というべきものだろう。だからこそ、誕生とともに葬儀は、きわめて大事な儀式なのだ。

母の話によれば、父は宅で死にたいと希望していたが、病状が悪化したため急遽入院することになった。残念ながら臨終には立ち会えなかった(・・コロナウイルス感染防止のため、病院からは見舞いができないと言われていたのだ)。思うに、自宅で死ぬということは、じつはすごく難しことなのだとだな、と。

病院で亡くなってからは、病院で死に顔はみることができた。手を握ることもできた。病院から葬儀会社までの搬送には霊柩車に同乗し、納棺と告別式、そして火葬には立ち会うことができた。

そのすべてのプロセスに参加することで、死者を見送るということの意味、その重要性をあらためて認識した。儀式は、手順にのっとって粛々と行うことが大事であり、そしてそれこそ意味があることなのだ。

ちなみに故人は浄土宗だったので、浄土にいくことになる。告別式を執り行う導師(僧侶)の読経を聞くともなしに聞いていて、つむっていた目の奥で光が見えたような気がした。浄土は光に満ちた空間なのだ。

話を戻すが、納棺の儀にも立ち会った。映画『おくりびと』の世界そのものだ。映画を企画し、みずから主演を務めたのは元木雅弘だったが、今回の納棺師の方も、30歳台前半という感じの若い方だった。遺体を丁重に扱う専門技能と心遣い。これぞ、まさに究極のサービス業なのだな、と。

火葬場で焼いて、遺骨を骨壺に入れるわけだが、そのときの担当者も20歳台の若い女性だった。納棺師の方もそうだったが、全体的に若い人が多いことが印象に残った。そういえば、タレントの壇蜜もまた、若い頃には葬儀の仕事も体験していたのだなと思い出す。

家族葬で送ったのだが、葬儀いっさいを担当していただいた葬儀会社の葬祭ディレクターもまた、30歳台後半と思われる若い方だった。

映画『おくりびと』には、ほんとうに心から感動したが、あの映画の影響はすごく大きいのだなあと思う。高齢化社会にあって、死ぬ人は、これからどんどん増えていくわけだが、そういう世界に若い人たちが多いということに、心強い強い印象を受けた。

葬儀は、冠婚葬祭のなかでも、きわめつけのサービス業だ。こういう世界に若い人たちが多いということは、ほんとうに心強い。業界じたいは成長しているからだろうか。

いかなる動機からこの業界に入るのか、人それぞれで違いがあるだろうが、若い頃から死について考えることは、ほんとうに重要なことなのだ。

父親を見送るという機会に、いろいろ思ったことの一端を記してみた。


PS 明日5月3日は父の誕生日だった。誕生日を前にして逝った父の無念さを想う。


<ブログ内関連記事>

善光寺御開帳 2009 体験記
・・導師(僧侶)による読経を聞くとのなしに聞いていて、想起したのは善光寺のこと









 
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2011年9月10日土曜日

「法然セミナ ー 2011 苦楽共生」 に参加してきた ー 法然上人の精神はいったいどこへ?


 きょうはこういうセミナーに参加してきた。「法然セミナー2011 「苦楽共生」」。セミナーというよりイベントといったほうがよさそうな内容だが(笑)

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「法然セミナー2011 苦楽共生」
 http://jodo.or.jp/onki800/kinen/presentation/seminar/2011.html
王貞治/宗次郎/八木季生
2011年9月10日(土)浄土宗大本山増上寺 大殿(本堂)
■開場:13:00 ■開演:13:30 ■終演予定:16:30
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 上掲のポスターに書かれているコピーに「苦しい時ほど前を向く。毎日の小さな幸せを信じてみる」とある。このコピーに「じ~んとくるもの」を感じたから出席を決めた。。

 もちろん苦しいことだけでなく、楽しいこともある。苦しいことだけの人生、楽しいことだけの人生。それはありえない。

 本日のテーマは「四苦八苦」生・老・病・死の「四苦」に、愛別離苦(あいべつりく)・怨憎会苦(おんぞうえく)・求不得苦(ぐふとくく)・五蘊盛苦(ごうんじょうく)をあわせて「四苦八苦」。これは釈尊仏陀が説かれたことそのもので、まさにそのとおりとしか言いようがない。仏教は苦を見つめることから始まるのだ。仏教は、なによりも観ることに始まる。

 ふだんほとんど念仏も唱えないし、ぜんぜん熱心ではないとはいえ、わたしも浄土宗の家に生まれている。祖父が養子先のお寺から脱出しなければ、わたしも今頃、どこかの浄土宗の寺院で住職でもしていたかもしれない(笑)

 ことしは「法然上人800年大遠忌」である。しかも 「3-11」にはじまった「末法の世」のはじまりでもあるという認識をわたしはもっている。そんな年に、たまには日本仏教の革命家・法然上人のことを考える一日にしたいと思って参加してみた。

 法然上人(1133~1212年)が専修念仏(せんじゅねんぶつ)を広めることで、日本ではじめて仏教を一般民衆の手に届くものにしたことは、まさに日本仏教における革命としかいいようがない。法然上人は、それほど意義ある存在だからだ。 


セミナー内容についての感想-オカリナの宗次郎さんのコンサートはすばらしかった!

 プログラムのなかでは、オカリナの宗次郎のコンサートは文句なしにすばらしかった。増上寺の本堂のなかでのコンサートは、音響は悪くない。欧州でも教会内部でコンサートを行うことは多いので、とくに違和感はない。

 テレビなどでは見たことがあっても、ライブの演奏を聴くのははじめて。オカリナの澄んだ音色が、自然との共生というテーマにぴったりであっっといっていい。音の響きは魂の響きというが、まさに心に響くものがあった

 宗次郎氏はトークのなかで、茨城県常陸大宮市に「オカリーナの森」を開設して、土に根ざした生活をしていると語っていたが、そういう「自然との共生」の実践が、すばらしいオカリナの響きに反映しているというのは、そのとおりだろうと思った。

 神社の境内やお寺の境内での演奏がふさわしいのだろうなと思ったのだった。

 宗次郎のオカリナ以外は、それほど印象には残らなかったのは正直なところだ。王貞治氏の話も、野球に関心を失っているわたしにはあまり興味のあるものではなかった。現役時代の王選手のファンではあったが、王監督のファンではないからだろう。

 年配者にとっては、おなじく年配者である王監督の存在そのものが同時代人として意味もあったのだろう。

 ただ一点、話のなかにでてきたジャイアント馬場の話はなつかしかった。ジャイアント馬場はプロレスに転向する前は読売ジャイアンツの投手だったからだ。王選手とは1年ほど同じ時間を共有したという。


「法然セミナー」でありながら、法然上人の話が皆無とは!?

 増上寺の本堂は散歩の途中に何度も立ち寄ったことはあるが、本堂のなかに入ったのは久々だ。

 本堂のなかに椅子を入れるとコンサート会場としても使えるわけだ。ライティングも行えば演出も十分にできる。本堂のなかには線香の匂いが充満しており、なんだか法事の席に参列しているような気もしたが。

 来場者は、おそらく浄土宗の檀家の関係者が大半だったのではないだろうか。250~300人くらいは入っていたようだ。もっと多いかもしれない)。

 大半はわたしよりもかなり年上の世代であるようだ。リタイアしたご年配者の世代が中心だろう。

 そもそも人間は生まれた以上、かならず死すべき存在であるが、安心して「極楽浄土」にいく手助けをするのを最大の使命としているのが浄土系仏教であろう。

 とはいえ、自分がまだまだ死ぬとは思っていない若い世代には、なかなか湧いてこない感情だろう。これは日本仏教だけでなく、欧州のカトリック教会でも似たようなことらしい。若年層の既存教団離れは否定できない流れのようだ。

 だが、突然死や不慮の事故に巻き込まれて死ぬことは、年が若いかどうかにには関係ないことだ。「3-11」のような大地震と大津波で死ぬ事、これらがいきなり現実となって飛び込んできた。次から次へと自然災害や人災が続いて起こる状況になってきているのだ。日本仏教は果たして、こういう環境の激変にどこまで対応できているのだろうか

 世の中はふたたび、天変地異が続き、政治も混乱していた平安時代末期から鎌倉時代初期のような、「厭離穢土」(おんりえど)と「欣求浄土」(ごんぐじょうど)の時代相になってきているのではないか? こういう見方があってもおかしくない。

 各種の調査で、「3-11」後に個人の価値観に大きな変化が現れてきていることは報告されている。自分の身の回りでもそれは実感できるはずだ。当然のことながら死生観にも影響がでてきているのではないだろうか?

 だが、会社その他の組織は、こういった個人の価値観の変化にどこまで気が付いているのだろうか、対応できているのだろうか? 宗教組織もまた同じではないだろか? 浄土宗だけではないと思うが、なにか時代認識にズレがあるような気がしてならないのだ。

 講話もあったが、心に響いてくるものはまったくなかったコトバに人を魅了するものがないのは、法事の際のお坊さんの法話と同じである。可もなく不可もない話。すでに何度も失望しているわたしは、さらに失望を深める結果となってしまった。

 浄土宗のような大きな宗教組織で出世する人というのは、そんなものなのだろうか。行政手腕が高いことは必要だが、せめて聞かせる話をしてもらいたいと思う。政治家もそうだが、上に立つ人はその語るコトバで判断されるものだからだ。

 そもそも、民衆に仏教を布教する際の説教から落語が発生したのは日本芸能史の常識である。面白い話をしないと一般民衆の心をつなぎ止めることができないから、江戸時代の説教は落後みたいに面白いものだったらしい。説教と落語が分離してからは、説教はつまらないものの代名詞となってしまったのかもしれない。


日本仏教に内部からの変革による再生は可能なのだろうか?

 あらためて既成仏教教団には、まったく何も魅力も感じない自分をあらためて見いだしたのが、きょうの感想だ。

 すでに宗教的情熱をまったく感じることのできない日本仏教の既成教団ただ単に維持すべき制度と化して久しい組織体。日本で仏教離れが進行しているのは当然だろう。それは「葬式仏教」に対する批判だけではない。神社など、いわゆるパワースポットに若者が引きつけられる現象がさらに増大しているのとは好対照だろう。

 「廃仏毀釈」は仏教弾圧であったが、いま顕在化しつつあるのは、見えないところで進行する「内部崩壊」現象ではないか?

 あらてめて気がつかされたのは「法然上人=浄土宗」ではない、ということであった。わたしがナイーブ過ぎたのかもしれないが、いくら宗祖の法然上人を褒め称えたところで、法然上人の精神と実践から遠いのではないかという気がしてならないのだ。法然上人は祭り上げられてしまったのか?


 「法然共生」(ほうねんともいき)というコンセプトを打ち出し、ロゴもデザイン性豊かな斬新なものとなったが、これは企業組織と同じで、 CI を導入したからすべてが解決するわけがない。

 若者にくらべれば、比較的な意味では死期が近い老人たちにとっては、いまさら宗旨替えすることはないだろう。

 だが、広範な層で「葬式仏教」が既存の仏教教団離れを招いているのは否定できないのである。だがそうははいっても、既存仏教教団から葬式が分離されたら、教団は経済基盤を失うことになるので存続が困難になるだろう。これが日本仏教を支える経済構造であるピラミッド型の「檀家制度」が、あまりにも強固に確立されたがゆえに動脈硬化を招いている実態である。

 きょうのセミナーで何よりも失望したのは、「3-11」の影響が、ただイベントとしての「法然上人800年大遠忌」が延期されたことについてのみ言及されたことだ。

 「3-11」がみずからの立ち位置にいかなる影響があったかの言及がまったくないのだ。わずかな時間のあいだに 2万人以上の人が死んでいるのに、しかも放射能被害がかなり長期にわたって続いており間違いなく被害が顕在化することが明かだというのに、たとえ重要なものだとはいえイベントの延期しかアタマにないのだろかという気がしてしまった。イベントの実務担当者の発言としては許容されても、仏教教団の発言としては、どうも腑に落ちないものを感じる。

 人が死ぬということを、ただたんに仏教のものの見方である「無常」(=常ならず)という「変化の相」として確認しただけなのか?

 世の中はすでに「末法の世」となっているのに、時代認識があまりにもギャップがありすぎる。安定していたヘレニズム期の世界が崩壊し、心の平安(アタラクシア)を求めた人たちがキリスト教に救いを求める方向にいった古代地中海世界を思い出してしまう。

 「3-11」以後もある時期までは「1995年のオウム事件」の頃の終末意識とは違うのではないかと思っていたわたしも、あのときよりもさらに状況はひどくなりつつあるのではないかという気持ちになりつつある。原発事故による放射能の影響が、当初思っていたよりもはるかに長期的で悪い影響を与えつつあることが明らかになってきたからだ。

 こんな時にこそ、末法の世に生きた法然上人の精神と実践が、いまこそ思い出されるべきではないのか? ただ単に宗祖のコトバとしてではなく、「いま、ここに」生きる人間・法然上人のコトバとして。

 「法然原理主義」でもでてこない限り、内部からのほんとうの再生はないのではないかとさえ思う。もちろんここでいう「原理主義」とは、21世紀の「いま、ここで」法然を生きるという意味だが、そんな動きがでてきたらつぶされてしまうのだろうか? すくなくともほんとうの意味での「原点回帰」が不可欠だろう。コトバだけではなく、態度で示さないと。

 日本の仏教教団は、「1995年のオウム事件」の総括もいまだにすることもなく、あれ以来から 16年の月日を浪費したままだ。オウム教団も途中から犯罪組織と変貌していったが、そもそも既存の仏教教団に対するアンチテーゼや異議申し立てとしての意味合いがあったことまで否定すべきではないだろう。

 日本の仏教教団は、その他もろもろの日本の制度と同様に、制度疲労しているだけでなく、「思考停止状態」なのだろうか? 「物言えば唇寒し」ではないが、何が起きてもモノ言わぬ集団と化してしまったのか? もちろん、教団内部には問題意識の高い人たちもいることだろうが。

 「いま、ここに」生きる現代人の心に響かない仏教とはいったい何なのだろうか

 チベット仏教のダライラマ14世や、スリランカ上座仏教のスマナサーラ長老の話が、心に響くものがあるのとはあまりにも対照的だ。すくなくともこの二人は、「仏教が科学的」であることを前提に、多くの分野の人たちと積極的な対話を行っているからだろう。狭い教団内でのみ生きている人たちではない。

 浄土宗の周辺にはいても教団内部の人間ではないわたしにとっては、極端な話、どうでもいいといえばどうでもいい話なのだが...
 


<関連サイト>

宗次郎オフィシャルサイト
・・「オカリーナの森」についても書いてある


<ブログ内関連記事>

書評『お寺の経済学』(中島隆信、ちくま文庫、2010 単行本初版 2005)
・・ここまで制度として完成している檀家制度は、そっくりそのまま改革するのは難しいだろう。檀家離れによってボロボロと崩れていきながらも根幹そのものは生き残るだろう。やせ細っていきながらも、まだしばらくは生き続けるか?

書評『近世の仏教-華ひらく思想と文化-(歴史文化ライブラリー)』(末木文美士、吉川弘文館、2010)
・・明治維新の廃仏毀釈以前の江戸時代は、仏教が栄えた時代だった。浄土宗は?

「説教と笑い」について
・・カトリック教会における「説教と笑い」について、仏教もふくめて広く考えてみた

「落語の原点 節談を聞く」(仏教伝道協会)にいってきた(2015年4月2日)ー 熟練の話芸を LIVE で聴く。ナマの布教師の迫力は違う!

「築地本願寺 パイプオルガン ランチタイムコンサート」にはじめていってみた(2014年12月19日)-インド風の寺院の、日本風の本堂のなかで、西洋風のパイプオルガンの演奏を聴くという摩訶不思議な体験

書評『治癒神イエスの誕生』(山形孝夫、ちくま学芸文庫、2010 単行本初版 1981)

「ダライラマ法王来日」(His Holiness the Dalai Lama's Public Teaching & Talk :パシフィコ横浜)にいってきた

「釈尊成道2600年記念 ウェーサーカ法要 仏陀の徳を遍く」 に参加してきた(2011年5月14日)

今年も参加した「ウェーサーカ祭・釈尊祝祭日 2010」-アジアの上座仏教圏で仕事をする人は・・

ウェーサーカ祭・釈尊祝祭日 2009

「3-11」後の個人の価値観の変化に組織は対応できていますか?-個人には「組織からの退出」というオプションもある

(2024年5月15日 情報追加)


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2011年6月17日金曜日

特別展 「五百羅漢 ― 増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師・狩野一信」 にいってきた(2011年6月16日)


 これはスゴイ。これがいつわらざる感想だ。もう一度くりかえすが、これはスゴイ。この特別展を見逃してはいけない!

 法然上人八百年御忌奉賛 特別展「五百羅漢-増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師 狩野一信」のことである。江戸東京博物館(両国)での開催だ。

日時: 2011年4月9日~7月3日(「3-11」の影響で会期変更)
場所: 江戸東京博物館
主催: 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都江戸東京博物館、大本山増上寺、日本経済新聞社
監修: 山下裕二(明治学院大学教授)
企画協力: 浅野研究所
http://500rakan.exhn.jp/top.html

 昨日(2011年6月16日)、所要のついでに江戸東京博物館に立ち寄って、この特別展をみてきた。


そもそも五百羅漢(ごひゃく・らかん)とは?

 五百羅漢といえば、関東の人間なら、まずなによりも川越の五百羅漢を思い出すことだろう。埼玉県川越市にある喜多院の五百羅漢の石像は有名である。川越は、江戸時代の町並みを現在まで保存した「小江戸」の風情を残した町である。東京都心からはちょっとした小旅行にはもってこいの場所だ。

 その川越の喜多院にあるのが五百羅漢。羅漢さんの石像が500体、しかもどれひとるとして同じ表情をしたものはないという・・だ。しかもその五百羅漢のなかには、かならず自分とよく似た羅漢さんがいるといわれるほど・・なのだ。五百羅漢の画像は、wikipedia の喜多院の項目を参照されたい。

 わたしは、大学時代は東京都小平市に住んでいたので、いちどだけだが川越を訪れて五百羅漢を見てきたことがある。小平からだと埼玉県との県境は近いので、それほど遠いという感じではない。

 ところで、羅漢(らかん)は正式には阿羅漢(あらかん)、サンスクリット語のアルハット(arhat)の漢字表記。wikipedia にはこうある。

元々、インドの宗教一般で「尊敬されるべき修行者」をこのように呼んだ。
中国・日本では仏法を護持することを誓った16人の弟子を十六羅漢と呼び尊崇した。また、第1回の仏典編集(結集(けつじゅう))に集まった500人の弟子を五百羅漢と称して尊敬することも盛んであった。ことに禅宗では阿羅漢である摩訶迦葉に釈迦の正法が直伝されたことを重視して、釈迦の弟子たちの修行の姿が理想化され、五百羅漢図や羅漢像が作られ、正法護持の祈願の対象となった。

 そういえば、『阿羅漢』というタイトルの少林寺拳法ものの香港映画にあったような? 

 さいきんだと「アラカン」といえばアラウンド還暦を略して「アラ還」、50歳台後半から60最大前半の人を指しているようである。以前ならアラカンといえば、 嵐寛壽郎(あらし・かんじゅうろう)のことをさしていたようなので、ときどき世代の異なった人どうしでは、話がチグハグになることがある。

 余計な話をしてしまった、本題に戻ろう。


特別展「五百羅漢」の見どころ

 今回の特別展は、法然上人八百年御忌奉賛とあるように、法然上人ゆかりの浄土宗総本山増上寺(東京・芝)に秘蔵の仏画を一挙展示したものだ。

増上寺は、関東大震災と空襲によって焼け落ちたが、「五百羅漢図」をふくめた寺宝は焼失することなく、現在まで保存することができたという。そのなかの一つが、今回はじめて一挙公開された「五百羅漢図 全100幅」なのだ。掛け軸として装丁されているので「幅」という単位をつかう。

 狩野派の最後を飾る幕末の絵師・狩野一信(かのう・かずのぶ 1816~1863)は、1970年代に再発見されて、現在の日本では人気の高い曾我蕭白(そが・しょうはく)や、さきに大規模な里帰り展が実施されて根強い人気をほこる伊藤若沖(いとう・じゃくちゅう)とならんで、今後の人気を集めること間違いなし(!)の絵師である。

 つまるところ、狩野一信の仏画は、まったく現代的なのだ。いや、現代人の眼が欲しているというか、明治から昭和にかけてひた走りに走ってきた「近代日本」が終わって、ようやくわれわれの視野に入ってきた存在だといえるかもしれない。

 中国風にインドを描いたらこうなる(?)といったエキゾチズム追求のようにみえて、かならずしもそうではない。画題が要求する、奇妙きてれつな画風という捉え方もあろう。とくに「六道地獄」は最高だ。どうも地獄というものは、洋の東西を問わず、アーチストのイマジネーションを最高に刺激するもののようだ。



 何といっても不思議感がつよいのは「神通」(じんつう)。神通力(じんつうりき)の神通のことだが、超能力やテレパシーといったものを見える化した図像表現の数々だ。多宝塔や鏡から発せられる光線は、ウルトラマンのスペシウム光線のようなもの。

 上掲の写真は、購入したワッペン型磁石に採用された図柄だ。羅漢のひとりがかかえた鏡のなかに写っているのはお釈迦様の頭部。鏡の周囲に後光(ハロー)のような光線が放射状に拡散、それをみる者がおそれいりましたといいう表情で描かれている。

 仏教のありがたい教えが可視光線として、目に見える形で大きな影響を与える図像。鬼や悪魔がひれ服すさまを描いたものは、民衆教化という目的にはピッタリ。なにかしらキリスト教世界のイコンを想起するものがあって不思議な感覚を覚えるのだ。あるいは、フランスの近代画家ギュスターヴ・モローの「サロメ」にも似ている。後光をはなつヨハネの首に似ている。まあ、このモローの絵も、宗教絵画の流れのなかにあるのだが。

 このほか、アニメのように、顔の皮をビリビリとはがしながらほんとうの姿をみせる不動明王や観音など(・・下図参照)、不思議感にみちみちた仏画がつぎからつぎへと並んでいる。

 全体的に、構図といい筆力といい、予備知識がなくても見たら圧倒されるし、思わず細部をのぞきき込みたくなるような緻密さも兼ね備えた一級の作品である。仏教の信仰と知識があれば言うことないが、かならずしもそれは必要ない。これでもか、これでもか、と過剰に迫ってくるこれら仏画は、日本のバロックといってもいいかもしれない。

 わたしにとって狩野一信の作品は、見るのは今回が初めてだ。狩野一信という絵師の存在だけでなく、精魂傾けて描いた「五百羅漢図」が増上寺に所蔵されていたということすら知らなかった。この展覧会の存在をしったのも、ある意味では仏縁といえるだろうか。

 今回の展示には、増上寺のために作成した「五百羅漢図」と平行して、成田新勝寺もために作成された仏壁画も展示されている。これまた成田山新勝寺との縁も感じて感慨深い。

 狩野一信は、全100幅の完成まであと4幅をのこして画家は力尽きて病に斃(たお)れ、けっきょく完成を見ることはなかったという。のこり 4幅は、妻の妙安と弟子によって作成されたのだが、あきらかにパワーを感じることができないものになっている。

 見どころについては、今回の特別展の監修を行った山下裕二氏が解説したビデオが、特別展「五百羅漢-増上寺秘蔵の仏画  幕末の絵師 狩野一信」のサイトにアップされているので、行かれる前に見ておくとよいと思う。22分強でやや長いが、見ておく価値は十分にある。会場でもビデオは流されている。



 できれば会場で図録(税込み2,300円)も購入しておくことをすすめたい。貴重な図録というだけでなく、現代人の眼からみても、またあらたなイマジネーションをかき立ててくれるものであるからだ。

 日本には、ほんとうにすごいものが、まだまだ埋もれているのだなあという感想をもつのは、わたしだけではないはずだ。

 最後にまた繰り返すが、これはスゴイ。
 この特別展を見逃してはいけない!


両国駅と江戸東京博物館

 江戸東京博物館は、じつは訪れたのは今回がはじめて。特別展じたい、所要のついでに時間をつくって立ち寄ったのだが、博物館のある両国駅は、地下鉄都営大江戸線の開通によってずいぶん接続がよくなった。開通してからだいぶたつが、大江戸線を利用して両国にいったのは初めてである。

 両国は、国技館が蔵前から戻ってきてから、ふたたび両国国技館という形でセットにして記憶されるようになったが、かつては総武本線を経由した房総半島(内房線と外房線)と潮来方面行きの特急列車の始発駅としての意味をもっていた駅である。

 東京の都市計画はパリなどの欧州都市をモデルにしていたため、中長距離列車の出発駅は分散していたのだった。東北方面の長距離列車は上野駅、信州方面の中長距離列車は新宿駅、東海道方面の中距離列車は品川駅がそれぞれ始発駅だった。これらの駅をつなぐために敷かれたのが環状線である山手線。

 ネットワークの観点からは、すべてが東京始発になると利便性が増すが、駅ごとの個性や風情が喪失してしまったのは寂しいことである。

 国技館は JR駅の真ん前。江戸東京博物館も JR駅からは目の前なのだが、ぐるっとまわっていくことになるので 3~5分ほどかかる。地下鉄都営大江戸線の両国駅はすぐ近くである。

 両国駅からは東京スカイツリーも近い。両国駅のかつての風情はなくなりつつあるとがいえ、墨田区のあらたな魅力づくりによって、新生しつつあるといえるかもしれない。
 
 両国にとっては、あとはスキャンダルに揺れる大相撲が、一日も早く正常化することが求められていることだろう。

 江戸東京博物館はミュージアムショプが充実しているのがすばらしい。江戸がらみのおもちゃなど多数あるので、時間とおカネに恵まれたひとは、じくりと見て回る価値があるということを付け加えておこう。




<関連サイト>

特別展「五百羅漢-増上寺秘蔵の仏画  幕末の絵師 狩野一信」(公式サイト)

江戸東京博物館(公式サイト)



<ブログ内関連記事>

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・・狩野一信をより深く知るために、江戸時代の仏教の知識を与えてくれる本

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)
・真言宗の新勝寺、お不動さん(=不動尊)信仰、護摩、成田山と増上寺をつなぐのは祐天上人(1637~1718)

書評『HELL <地獄の歩き方> タイランド編』 (都築響一、洋泉社、2010)・・上座仏教の地獄ジオラマなどなど極彩色の世界

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・・近代のくびきを離れたいま、ようやく江戸時代のほんとうの姿がわれわれに見えるようになってきた


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