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2020年5月6日水曜日

『風の谷のナウシカ』を読み終えた(2020年5月4日)― マンガ版を購入してから四半世紀。いまこの時期だからこそナウシカを読む



新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が蔓延し、マスクしなくては外出もできないような、こんな状況下だからこそ読みたいのがナウシカだ。

言うまでもなく宮崎駿の『風の谷のナウシカ』。ただし、アニメ映画版ではなくマンガ版のほうだ。

アニメ版とマンガ版ではずいぶん違うという話を聞いていて、ではマンガ版を読んでみなくちゃな、ということで全7巻を購入したのが、いまからもう四半世紀も前の1995年のこと。表紙には「定価340円」とある。物価水準は現在の半分以下なのかな?

本格的に読み始めたのは、じつは連休に入る前のこの4月下旬からだ。誰かがネットで、「新型コロナウイルスのパンデミックの現在こそ読むべきだ」とか発言しているのを目にしたからだ。そうだな、いまこの時期を逃したらマンガ版を読まないまま終わってしまうかもしれないぞ、と。


(「腐海」のなかマスクを装着し王蟲(オーム)に乗るナウシカ)

途中で中断をはさみながらも、全7巻を読み終えた。読むだけでものすごく疲れた。

物語が複雑なだけでなく、扱っているテーマがあまりにも壮大だからだ。アニメ版のように単純化されたストーリーではないからだ。

ちなみにアニメ版は、マンガ版の第2巻までの内容。それに飽き足らない作者は、その後9年かけてマンガ版を第7巻まで書き継いで完成させた。だから、アニメ版とマンガ版は、ある意味では別物と考えるべきなのだ。

最後まで読み切って思うのは、光に満ちた静寂な世界は、生きている人間のものではない、生きとし生けるものすべてにとっての世界ではない、ということだ。それは、死者の世界である。魂の住まう空間である。

生命とは、「闇のなかに生まれる光」(第7巻)。そんな光であるからこそ、ありがたい。闇がなければ光はないし、「光しかない空間」は、人間を含めた生物の世界ではないのだ。それがたとえ汚濁にまみれたものであっても、人間は生き抜かなくてはならない。闇との共生が人間には求められるのだ。

言い換えれば「光しかない空間」は「向こう側の世界」であり、それが天上世界であるか地下世界であるかは関係ない。そしてそこは、あくまでも意識(あるいは魂)だけが存在する世界であり、肉体をともなわない世界である。

「光しかない空間」が「こちら側の世界」でないことだけは、確かなことなのであり、「こちら側の世界」でしか人間は生きることができないのである。そう気づいたとき、人間はふたたび「こちら側の世界」に戻ることができる。ただし、気づくのが遅すぎてはいけないのだ。還ってこれなくなってしまう危険がある。

もちろん、ここに書いたのは個人的な感想に過ぎない。だが、いまのような状態だからこそ、読むべきもの本なのだという主張には全面的に賛成だ。

『風の谷のナウシカ』のマンガ版の連載が始まったのは1982年、完結したのが13年後の1994年。単行本として出版されたのが1995年。その年に購入したわけだ。

1995年という年がどういう年だったのか、あえて書くまでもないだろう。オウムと王蟲(オーム)。偶然の一致とはいえ、なにか不思議な暗合を感じないわけにはいかなかった、ある意味では黙示録的な時代であったことを思い出した。ある種の「空気」があったのだ。

その時代の「空気」というものを感じないわけにはいかない。だが、そのこと自体は、作品の内容とは直接関係ないことだ。

というわけで、私もまたマンガ版の『風の谷のナウシカ』をいまこそぜひ読むべきだと言いたい。いくらでも深読みできる作品だが、どう読むかは読む人次第だ。ストーリーについては、ここで要約することはしない。

したがって、ここではそれ以上は書かないでおこう。最後まで読み抜くことだ。汚濁でまみれた世界であっても、そのなかで生き抜くことだ。


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(2020年5月7日 情報追加)


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2020年3月30日月曜日

映画『復活の日』(1980年、日本)を初めて見た-生物兵器と核兵器で2度滅亡した人類の「復活の日」

(画像をスマホでキャプチャ 以下同様)

アマゾンの prime video に『復活の日』があったので、はじめて視聴してみた。2時間36分。
   
1980年の角川映画。いまからもう40年前!の映画か。たぶん当時は大学受験勉強中だったためだろう、この映画の存在も知らなかったように思う。まったく記憶にないのだ。

原作は『日本沈没』で有名な小松左京のSF作品。中学生の頃、ベストセラーになって社会現象となったいたことを覚えている。『日本沈没』は読んだ記憶がある。だが、『復活の日』のほうがSF作品としては古いのだな。原作は読んでないが、1964年の発表らしい。



こんなストーリーだ。米軍が開発したウイルスによる生物兵器が何者かによって盗み出されて漏洩、これが原因となって原因不明の感染が拡大。しかも、いちばん最初に感染が爆発したのがイタリアのミラノというのが、今回の新型コロナウイルスとよく似ており、偶然とはいえ不思議な感さえある。謎の肺炎は「イタリアかぜ」と名づけられ、全世界に感染が拡大していく。



次々と起こる医療崩壊。そして、感染拡大はとどまるところなく、全世界がほぼ滅亡。残ったのは、たまたま寒冷地の南極基地にいた各国の人間と、潜水艦の乗組員などのみ。南極基地には2年分の食糧があるので、残された男性たちと圧倒的に少数の女性たちだけが生き残ることになる。

米ソ冷戦時代ということもあり、生物兵器だけでなく、核兵器も炸裂し人類は2度絶滅するという、なんとも救いのない設定だ。もちろん、「復活の日」というタイトルなので、最後に救いらしきものはあるのだが・・・




日本映画なのだがセリフのほとんどが英語で(日本人のセリフもかなりの部分が英語)、キャスティングもほとんどが外国人。出版業以外に多角化した事業でブイブイ言わせていた頃の角川春樹は、こんな映画を制作していたのだなあという感慨。興味のある人は、見たら面白いと思う。

設定自体は妙にリアリティがあるが、なんせ40年前の作品なので、妙に古くさい気がしなくもない。まあ、これだけテクノロジーの発展スピードが速い時代に生きていると、それはそれで仕方がないかな、と。



 

<関連サイト>

小松左京はなぜ『復活の日』を書いたのか(デイリーBOOKウォッチ 2020年4月10日)

(2020年4月17日 項目新設)


<ブログ内関連記事>

書評 『人類が絶滅する6のシナリオ』(フレッド・グテル、夏目大訳、河出文庫、2017)-人類滅亡シナリオの第1位は「スーパーウイルス」だ!

「サリン事件」から25年(2020年3月20日)ー「生物化学兵器によるテロ」という観点から、いまこそ振り返る必要がある!

映画 『猿の惑星』の原作は、波乱万丈の前半生を東南アジアで送ったフランスの作家が1963年に発表したSFである

書評 『人間にとって科学とはなにか』(湯川秀樹・梅棹忠夫、中公クラシック、2012 初版 1967)-「問い」そのものに意味がある骨太の科学論

梅棹忠夫の幻の名著 『世界の歴史 25 人類の未来』 (河出書房、未刊) の目次をみながら考える
・・「梅棹忠夫は、「科学や知的探求は、人間の業(ごう)であるから制御できない」という意味の発言を1970年の時点でしていたという。(・・中略・・)思えば、1970年頃は梅棹忠夫のような発言はけっして異様ではなかった。当時でたローマクラブによる暗い未来図など、進歩がうたわれる反面でかなり暗い未来図が提示されていた時代であった」

書評 『梅棹忠夫の「人類の未来」-暗黒の彼方の光明-』(梅棹忠夫、小長谷有紀=編、勉誠出版、2012)-ETV特集を見た方も見逃した方もぜひ
・・「1970年前後というのは「未来学」がブームになっていた頃である。その未来学をリードしたのが梅棹忠夫や小松左京といった人たちだ」

(2020年4月1日 情報追加)


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2020年3月22日日曜日

書評『人類が絶滅する6のシナリオ』(フレッド・グテル、夏目大訳、河出文庫、2017)-人類滅亡シナリオの第1位は「スーパーウイルス」だ!


『人類が絶滅する6のシナリオ』(フレッド・グテル、河出文庫、2017)という本を読んでいる。

移動中の暇つぶしに読み始めたのだが、内容の面白さ(というよりも怖さ?)と訳文が読みやすいので、思わず読み込んでしまう。

あえて「最悪の事態」という「悲観シナリオ」を呈示することで注意喚起するのが目的だと、サイエンスライターの著者は書いている。

まだ途中まで読んだだけだが、「第1章 世界を滅ぼすスーパーウイルス」が読ませる内容だ。つまり、人類絶滅シナリオの第1位は「スーパーウイルス」なのだ。しかも、この本で取り上げているのは「鳥インフルエンザ」で、発生源は中国が想定されている。人間と家畜がともに暮らす、中国の畜産業がおかれた不衛生な環境描写がじつに巧みで、目に浮かぶような書き方なのだ。

そして第2章は「 繰り返される大量絶滅」。以下、「第3章 突然起こり得る気候変動」「第4章 生態系の危うい均衡」「第5章 迫りくるバイオテロリズム」「第6章 暴走するコンピュータ」と続く。


***

と、ここまで読みかけの段階で書いてFBに投稿してみたところ、けっこう反応があった。2020年2月14日のことだ。その頃はまだ、新型コロナウイルスはWHOから「パンデミック」宣言はされてなかったが、実質的にパンデミックとなりかけていた頃だ。

ようやく時間的余裕ができたので、約1ヶ月後に第3章以下を読んでみた。通読して思うのは、結局「スーパーウイルス」と「コンピュータウイルス」という2種類のウイルスが最大の脅威となりつつあるという現状なのだな、と。ともに自然界に存在しているウイルスそのものではない。人間の手が加わることで毒性と破壊力が増したウイルスなのである。人間は、みずから作り出したもので滅び行くのか・・・。


***

現在、パンデミックと認定された新型コロナウイルスは、すでに専門家によって「COVID19」とWHOに命名された。だが、これでは専門的過ぎる。発生源となった中国湖南省武漢市にまつわる「武漢ウイルス」といったほうがわかりやすい。いや、そう言い続けるべきだろう。感染症対策に政治がからむことで、問題が複雑化しつつある。人間のエゴが感染症の問題解決を違う方向に誘導しようとするのだ。

とはいえ、本当に怖いのは、おそらく中国南部で発生が想定される「鳥インフルエンザ」の方だ。飛沫感染だけでなく空気感染するからだ。

専門家は新型コロナウイルス対策として「正しく怖がれ」というが、「鳥インフルエンザ」が発生した場合どうなるのか? 

連続的な発生も恐ろしいが、同時多発的に発生したら? さらに、台風や洪水、大地震や津波などの自然災害、それに加えてテロやコンピュータの暴走などが同時に起こったら???

まさに神のみぞ知る、としかいいいようがない・・・。





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スワイン・フルー-パンデミック、すなわち感染症の爆発的拡大における「コトバ狩り」について

夏風邪はつらくて厳しい-のどウィルスとの戦いを振り返る(2017年7月)


すでに「亜熱帯」化している日本でデング熱が流行したのは不思議でも何でもない-東南アジアのライフスタイルに学び、かつての日本人の知恵も活用せよ!

Παθηματα, Μαθηματα (パテマータ・マテマータ)-人は手痛い失敗経験をつうじて初めて学ぶ


書評 『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(ウンベルト・エーコ、ジャン=クロード・カリエール、工藤妙子訳、阪急コミュニケーションズ2010)-活版印刷発明以来、駄本は無数に出版されてきたのだ




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